1章

白雪姫side

ガラリ。
朝、今日も扉を開け、中へと入る。
騒がしい室内。
ぐるりと見渡し視界を細めて意識を一点に集中させた。

白「………………。」

やはり彼女とは視線すら合うことがない。
瞬間あたりがぼんやり霞む。
すう、と息を肺まで届かせ
ふう、と息が切れるまで吐き出す。
何を期待していたのだろうか。
そんなこと、あるはずがないのに。

ゆっくりとした動作で自分の席を目指す。
目的の場所に着くと丁寧に鞄を置き、机に突っ伏した。
…やはり気分が悪い。
瞼を閉じれば広がる暗闇の中、雑音だけが耳へと響く。
目の前に広がる虚無の世界。

―『私、ね。好きな人が出来たの。』

ふと、遠い記憶の隅に追いやったはずの声が響いた。
いやそんなことはあるわけない。
あるはずがない。
あれはもうどうしようもできないことだ。

変わることが怖かった。
ただそれだけだったのに。
ただそれ以外、望まなかったのに。
どうしてこんな風になってしまったのだろう。

(………なん、で…)

ふいに窓から見上げた空は、
眩しく光を放ち、残酷なほどに輝いて見えた。
ああ、気分が悪い。



主人公side

前々から薄々気づいてはいたけれど、白雪の視線の先にはいつも同じ人がいる。

主「仲良いよなぁ」
白「ふぇっ?」
主「あの2人」

白雪の視線の先には暁子ちゃん。
いつものように垂髪と楽しそうにお喋りをしている。

白「あ…」
主「混ざらないの?」
白「いえ、白雪は…」
主「そっか」

少し辛そうに視線を下げ口篭る彼女。
そう言えば、彼女が他の女子と一緒にいるところは滅多に見ない。

(うーん…なんか、な…)



①理由を聞く
②何も聞かない



主「どうして?」
白「え?」

俺の口にした疑問符に、目を丸くしてこちらを見る。

主「え、あ、いや、何となく、ちょっと…気になったからさ…」
白「うーん…どうして、ですかねえ…」

眉根をよせ、困ったような笑みで答えになってない答えを返す彼女。
しまった、と少し後悔した。



俺はあえて軽く流した。
こう言うことは、あまり深く突っ込まない方が良い気がする。

ふと、いつの間にか視線を上げた白雪と目が合った。

白「白雪には、○○くんがいますから!」

そう言うとにこりと微笑んだ。
裏とか、汚れたのもとか、そういったものの一切ない綺麗な笑みだった。



白「○○くん!次は移動教室ですよぉ、一緒に行きましょう!」

その声に顔を上げれば、もう既に教科書やノート、筆記用具などを準備して抱きかかえるように持っている白雪が目に入った。

主「ん、ああ。用意するからちょっと待ってろな」

返事を返し、俺も準備しようと机の中を漁る。
うーん・・・我ながら汚い机の中だ。
ほぼ置き勉なので大量の教科書やノートがぎゅうぎゅうに詰まっている。
目的のものを探すのにも一苦労だ。

主「えーっと・・・」

白「ふふ、早くしないと遅刻しちゃ・・・きゃっ」
主「白雪!?」

突如聞こえた小さな悲鳴に驚いて顔を上げる。

鳥「わ、ごめんね!ぶつかっちゃったー」
主「・・・何だ、鳥越かよ」
鳥「こらー、失礼だぞっ!罰として園芸部にー・・・」
主「あー、はいはい。・・・白雪、平気か?」
白「あ・・・は、はいです・・・」
鳥「もー、軽くぶつかっただけだってば!人を化け物みたいにー!・・・ね、上城さん平気だよね?」
白「え、あ、はいです・・・全然平気です・・・!」

少し慌てた様子で白雪は返事を返す。
人見知りっぷりは相変わらずのようだ。

鳥「ねー?」
主「はあ・・・白雪はお前と違ってかよわいんだから程々にな」
鳥「あららー、まるでお姫様みたいに扱っちゃってぇ!」
主「んなことねーよ」
鳥「きしし、照れるな照れるな。・・・あ、上城さん!」
白「ふぇ!?あ、な、何ですかぁ?」
鳥「上城さんってよくこいつといるけど、たまには私たちとも遊ぼうよぉ!あんまり話す機会とかなかったんだけど、上城さんとは前から仲良くしたいって思ってたんだよねっ!」
白「は、はいです・・・!」
鳥「ふふ、んじゃーねっ!」

鳥越は笑顔で軽く手を振りながら遠ざかる。

主「まったく、騒がしい奴だな」
白「え、あ、・・・」
主「でも悪い奴じゃないんだよ。だから良い機会だし、白雪も仲良くしてみると良いと思うぜ」
白「あ・・・そう、ですね」



主「ふぁー・・・」

隠しもせずに大口を開いて豪快に欠伸をする。
いつもに増して朝日が眩しく感じるのは、多分夕べの夜更かしの所為だろう。
丁度今日が数学の課題の締め切りだったからな・・・

白「○○くん、おはようです」
主「お、白雪か。おはよう」
白「なんだか眠そうですね」
主「ああ、昨日なかなか課題が終わらなくってさー」
白「ふふ、実は白雪もです。お揃いでー・・・」
ち「おっはよー!」
主「ぅわっ!」

突如背中から衝撃。
思わず前のめり、転びそうになったがなんとか踏ん張る。

ち「よっ!」
主「おーまーえーなー・・・」

俺の背中におぶさる形になっていた垂髪がひょいと顔を覗かせる。

ち「甘いな、○○・・・これくらい耐えられないなんて修行が足らんぞー!」
主「修行も何も俺は一般的な男子高校生ですから!つか、思いから離れろ!」
ち「うわーん、○○がいじめるー!」

大げさに泣き真似をしながらもどうにか離れてくれた。
あー・・・やっと軽くなった。

主「お前いきなりはやめろよなー」
ち「ははっ!可愛い悪戯じゃんかぁ!朝の挨拶代わりっ!」
主「はあ・・・お前に付き合ってたんじゃ、いくら身体があっても保たんわ・・・」
ち「いししっ!・・・あ、上城さんもおはよー!」
白「あ、おはよう・・・です・・・」

白雪は、少し俺の後ろに隠れるようにして挨拶を返す。
相変わらずの人見知りだな・・・。
そういえば、俺とは今でこそ仲良いけど、初めの頃はこんなだったけな。
やっぱり、これをどうにかしないとなかなかクラスにも溶け込めないんだろうなあ・・・。
まあ垂髪はクラスの中でもムードメーカーで中心的な人物だし、こいつと仲良くなれればどうにかなるとは思うんだよなあ・・・。
やっぱりここは俺がフォローしていくしかないか!

主「ほら、白雪怖がってんじゃん」
ち「えぇ!?怖くないって!ほらほら、るーるるるるー・・・」
主「白雪は狐か!」
ち「あははっ!」
主「ほら、白雪もなんとか言えって」
白「えっと、あのぉ・・・」

何か言おうとしつつも口籠る。
やっぱり初めから垂髪のテンションはキツいかぁ・・・

羽「・・・お前ら、こんなとこに溜まって何やってんの?」
主「あ、羽生治」
ち「おっはよー!」
羽「よっス。ところでお前ら課題やってきたか?」
主「もっちろん。そのせいで寝不足なんだよなぁー・・・」
ち「へ?課題って、なぁにそれー?」
主「・・・・・・」
羽「・・・お前、やってきてないの?」
ち「えぇー?課題なんてあったっけなー・・・」
主「羽生治さん、羽生治さん、あの課題ってたしかー・・・」
羽「ああ、やってこなかった奴は放課後補修・・・」
ち「はぁ!?マジ!!?」
羽「俺ですらやってきたって言うのに・・・」
主「ああ、俺も。白雪だってちゃんと、なぁ?」
白「ふぇ!?・・・あ、はいです・・・」
ち「うっそ!あたし今日の放課後はバイトなのにぃーっ!!」
羽「御愁傷様」
主「だな」
ち「あーーーーーーー・・・っ!」

頭を抱えて項垂れる垂髪。
だが自業自得だ、可哀想とは思わん。

ち「・・・!!」
主「うおっ!?」

突如意を決したように顔を上げる垂髪。

ち「上城さんっ!」
白「・・・・・・!?」

一気に勢い良く顔を上げたかと思えば、垂髪の手は白雪の手をがっちりと固定した。
あー・・・これは、もしや・・・。
白雪に至っては何が何なのか分からない様子で目を白黒させている。

ち「課題!見せてっ!お願いっ!!」
白「ふぇ!?」

      • どうやら犠牲者が決まったようだ。

白「あ、あの・・・っ!」
ち「ねっ、この通り!お願いっ!」

う・・・白雪が困ったような瞳でこちらを見てきている。
キラキラと助けてオーラが全開だ。
寝不足の俺には朝日より眩しい・・・仕方、ないか・・・・・・

主「こら、白雪嫌がってるだろ」
ち「じゃあ、○○が見せて!」
主「はあ!?何で俺が!!?」
ち「いいじゃんケチー!」
主「ケチじゃありません!」

白「…くすっ」

ち「あー!上城さん笑った!!」
白「え…あ、ご、ごめんなさい…」
ち「あははっ!謝ることないって!いいのいいの、面白い時は笑いなって!」
主「お、垂髪のくせに良いこと言うなー」
ち「くせには余計ですー!」
主「ははっ、悪い悪い」
ち「上城さん、こんな奴とばっかり付き合ってちゃダメだよー!」
主「お前に言われたかねーよ」
ち「ふふっ、今度からは私とも仲良くしよーよ!」
白「あ………」
主「おいこら無視かよ」

ちらりと白雪の方を見やる。
その表情は戸惑っているものの、決して嫌な表情ではない。

ち「あははっ、仕方ないから今日のところは課題別の誰かに見せてもらうわ」
主「自分でやるって選択肢はないのかよ」
ち「そんなの私の辞書にはないね!」

そう言いながら、まるで嵐のように去っていく。

主「まったく…人騒がせな奴だな」
白「…でも、楽しい人ですね」

どことなく嬉しそうな白雪の表情。
その表情を見ていると、何だか自分まで嬉しくなった。



ーキーンコーンカーン

羽「あー、終わった終わった」

放課後を告げるチャイムが鳴るのとほぼ同時に、羽生治が軽く伸びをしつつ言う。

羽「・・・さて、さっさと帰るか」
主「あ、なあ、もし帰り暇なら本屋寄ってかねえ?」
羽「あー、悪い。今日はちょっと用事あるんだわ」
主「そっか、ならいいや」
羽「また今度な」
主「はいはい。またなー」

ものの見事に振られ、後ろ姿を見送る。
一人で行っても良いんだけど、何となく味気ないよな・・・。

あ、そうだ、白雪でも誘ってみるか。

主「白雪ー!」
白「?」

少し大きめの声で名前を呼べば、ちょうど帰る準備もできたのか鞄を抱え、こちらにとてとてと歩いてきた。

白「どうしたんですかぁ?」
主「白雪、帰り暇?」
白「暇ですよぉ」
主「そっか、なら一緒に帰んない?ちょっと本屋寄りたいんだけど・・・」
白「はいで・・・」
ち「上城さーん!」

突如呼ばれた名前。
言いかけた言葉を中断させ、声のした方を振り向く。

ち「上城さんも一緒に帰ろ!」
鳥「ね、何か食べて帰ろうよぉ!」

そこには数人の女子の集団がいた。
おそらく帰り道の相談でもしているのだろう、楽しそうな声が聞こえる。

白「あ・・・」

戸惑ったように眉を下げ、そちらと俺とで何度も視線を往復させる。

白「えっと、その・・・」
主「あ・・・俺は良いから行ってこいよ」
白「で、でも・・・」
主「折角のお誘いだろ。な?」
白「・・・・・・」

まだ困ったような素振りでオロオロとしている。
それが少し可愛くもあり、微笑ましい。

鳥「上城さーん、行くよー?」
小「そんな奴ほっといていいわよ」
主「有栖川、お前なあ・・・」
ち「早く早くー!」
白「あ・・・」

どうやらここまできてもまだ決めかねているようだ。

主「ほら」

軽く背中を押してやる。

白「あ、ごめんなさい・・・それじゃあ、また・・・」
主「ああ、楽しんでこいよ」
ち「そんじゃ上城さん借りてくねー!」

笑顔で手を振り、白雪と女子の集団を見送る。

主「・・・で、俺は結局一人になった訳ですか」

軽くため息を吐きつつも、決して嫌な気持ちではない。
ただ、なんて言うか、少し寂しいような・・・。
多分年頃の娘を持つ父親ってこんな気持ちなんだろうなあ・・・。

主「って、何俺老け込んだ気持ちになってんの!?さー、帰ろ帰ろっと!」



―キーンコーンカーン

羽「あー、メシだメシ!」

チャイムが鳴り、昼休みが始まると共に教室内が一気に賑やかになる。

羽「な、お前今日弁当?」
主「いや、購買か食堂かで食おうと思って」
羽「なら食堂行かねえ?」
主「お、行く行く」
羽「よし、早く行こうぜ。場所なくなっちまう」
主「ああ、ちょっと待てよー…」

ええっと、財布財布、と…

がさごそと鞄の中を漁っていると、やけに響く甲高い笑い声と共に俺の気になる彼女を呼ぶ声が聞こえた。

ち「ね!上城さん、お昼外で食べない?」
小「上城さん、お弁当だったわよね?」
鳥「一緒に食べようよー!」
白「あ、はいです…!」

横目でその光景を見つめながら、ホッと胸を撫で下ろす。

白雪、けっこうクラスに上手く馴染みだしてるじゃん。
前はこんな風に誰かと一緒に昼飯食べてるとこなんて見たことなかったもんなー…。

羽「あいつら、最近仲良いよなー…」
主「え、あ、うん」

突如同じ光景を見ていたらしい羽生治に声をかけられる。

主「なんか良いよな、ああいうの」
羽「あー…まあ、なぁ…」
主「どうした?」

どこか同意しかねるといった曖昧な返事に思わず聞き返す。

羽「いや、別にどうもしないっちゃあどうもしないんだけど…」
主「なんだよ」
羽「んー…前に垂髪、上城さんは苦手だって言ってたのになあ、と」
主「ふーん?」

その言葉に先ほどの羽生治と同じように曖昧な返事をしながら、楽しそうに教室から出て行く女子の集団を見送る。
もちろん垂髪も白雪も楽しそうにしているわけだ。

主「まあ話してみると良い奴だったってこともあるしー…えーと、あれだ。昨日の敵は今日の友って言うじゃん」
羽「…それなんか違くね?」
主「気にすんなって…と、そうだ!食堂、食堂!」
羽「あー!早く行かんと場所なくなるぞ!!急げ!」
主「あっ、ちょ、待てよ!!!」



白雪姫side

少しでも、期待してしまった私が馬鹿なんだ。
許してくれるなんて…そんな訳ないのに。

ち「あ、ごめーん!ちょっと飲み物買ってきてくれない?」
小「だったら、あたしもー」
鳥「悪いけど、お金は立て替えといてね?」

白「………はい」

こうなることは分かってたはずなのに…。
彼女達には私と仲良くする気なんて毛頭なかったんだ。

白「………馬鹿みたい」

心のどこかでは浮かれていた自分を嘲り笑ってやった。



礼「それでは、今日はここまで。課題は次の授業のときに提出してくださいね」

―キーンコーンカーン

先生が出て行くのとほぼ同時にチャイムが鳴る。
休み時間になると、教室内は一気に騒がしくなった。
が、俺といえば…

主「ね、眠い…」

先ほどの授業中、少しうとうとしていたが、あの青木先生の授業で寝てしまうのは怖いような気がして…
って、言うかあの穏やかな笑顔でねちねちといやみを言われそうで、何とか眠るのだけは耐えていたのだ。

でも、もう限界かもしれない…
休み時間の間だけでも寝てしまおう!

俺は欲望のままに机へと伏せた。


リ「…さん?○○さん!」
主「うぇ!?」

突如名前を呼ばれ飛び起きる。

主「え、あ、え、は、リヨ、さん…?」

まだしっかりと覚醒しきってない頭で、何とか現状を把握しようとする。

ええっと、俺は確か休み時間に寝ようと思って、寝て、それで…もしや今授業中!?
…でもないな。

時計を見てみれば丁度眠り出してから5分ほど、休み時間の半分を過ぎたころだった。

リ「あの、言いにくいのですが、涎…」
主「あ」

慌てて袖で口元を拭う。
何処となくリヨさんがため息を吐いたような気がした。

主「やー、悪い悪い。で、何か用でも?」
リ「あ…その、○○さん、上城さんと仲良いですよね…?」
主「白雪と?」

リヨさんの口から出た思いも寄らない名前に少し困惑する。
仲が良い、とは言っても最近はあまり話していなかったし、今じゃ多分他の女子達の方が仲が良いんじゃないだろうか。
そう思いつつも一応聞いてみる。

主「えっと…白雪が、どうしたって?」
リ「その…」
小「ねえ、灰塚さん!」
リ「あ…」

何か言おうとした瞬間、リヨさんの名前を呼ぶ声が響いた。
その声に彼女は口をつぐむ。

主「有栖川か、なんだよー」
小「うるっさいわね!あんたには用なんてこれっっっぽっちもないわよ!」
主「………」

いつもにも増して有栖川の俺に対する扱いが酷い気がする。
まあ別に、どうでも…いいんだけど。
俺は大人しく二人の話が終わるのを待つことにした。

小「で、さ、灰塚さん」
リ「あ…はい…」
小「先生が呼んでたわよ」
リ「え…」
小「ね?」
リ「あ、はい…」

そこまで言うとリヨさんはくるりとこちらを振り返り、軽くお辞儀をする。

リ「あの、そういうことですので…では」
主「え、あ、ちょ、ちょっと!」
小「だーかーらっ!あんたには何の用もないって言ってんのよ!ついてこないでよねっ!」
主「う…」

そう甲高い声でぴしゃりと言いつけられては、ぐうの音も出ない。
そのまま二人は行ってしまった。



主「ったく、何で俺がこんなこと…」

ぶちぶちと誰にも聞きとられるこのない愚痴を吐きながら歩く。
しかしそれは半分諦めのようなもので。
先ほどのやりとりを思い出す。

鳥『お願い!今日裏庭の水遣りやって!』
主『はあ!?それ園芸部の仕事だろ!?』
鳥『実は今日見たいテレビの再放送なのよね!なのにビデオ録画忘れちゃって…一生のお願い!』
主『そもそもなんで俺が…』
鳥『うーん、断ってもいいんだけど…』
主『なら断る』
鳥『じゃあそのかわり今日から○○は園芸部ね!』
主『ちょっと、待て!何だその横暴な条件は!』
鳥『いいじゃない、別に』
主『良くない!』
鳥『…そんなに園芸部はいりたくないの?』
主『ああ』
鳥『…じゃあ、今日の水遣りよろしくねー!』
主『だから、なんでそうなる…って、おい!』

言い終わるが早いが脱兎のごとく姿を消す鳥越。
そして、今に至るわけだ。

主「はあ…まあ文句言ってもどうにもならないし、とっとと済ませて帰るか…」

どうにもならない不満をため息と一緒に追い出し、頼まれたとおり裏庭へと向かう。



木々が聳え立ち、おそらく構内で一番緑が多いであろう裏庭。
その隅にある水道、そこはこちらから見れば木の陰で死角となっている。
そのまま裏庭を横切り、辿りつく。

(えーと、ホースは…と)

視線をぐるりとまわし探す。
しかしその場で如雨露は発見できたものの、肝心のホールが見つからない。
もしこれを如雨露で水遣りしようものなら、日が暮れてしまうだろう。

(しゃーない、倉庫まで取りに行くか…)

ないことを悟り、ため息をつく。
諦めて倉庫までホースを取りに行くことにした。



(これで良いよな)

倉庫で1番長さのありそうなホースを手にとり裏庭へと戻る。
放課後の裏庭には人気が少ない。
一人ぐるぐると巻かれたホースを持ち、歩く。
静かな、裏庭独特の雰囲気。

(あれ…?)

風に吹かれ、木の葉がカサカサと音を立てる中、それに混じって話し声が聞こえた。
それも、どこか聞き覚えのある女子の声。

(誰か居るのか?)

しかし周りを見渡すも、姿が見えない。

(あ、もしかして…)

そのままゆっくりと目的の場所、水道へと近づく。
やっぱり思ったとおりのようだ、近づくにつれ、声が大きくなっていく。
何となく隠れて、木の陰から顔だけ出して覗いてみる。

(垂髪と、白雪…?)

そこにいたのは俺と同じクラスの二人。
しかし、この二人が一緒と言うのは始めてみるかもしれない。
それくらい珍しい組み合わせだ。

(何話してるんだろ…)

会話の内容が気になるものの、ここからだとよく聞き取れない。
それでも、その付帯の表情がまったく笑っていないことから、楽しい話ではないということだけは何とか分かる。
何となく、嫌な予感がした。

パンッ!!!!

それと同時に響く音。
高々と、垂髪の手が孤を描き、白雪の頬を撃つ音。
正直、目を疑った。

主「おい…っ!」

それでも目にしたそれに、思わず身体が前へと出る。

ち「え……………?」

その瞬間、ビクリと大げさなほどに肩を震わせ、目をいっぱいに広げてこちらを見る垂髪。
まるで、信じられないとでも言うような、何か恐ろしい化け物でも見たかのような表情。
血の気の引いた顔
何か言おうと開いた瞬間、また閉じる、それを繰り返す口。

ち「な、なんで、●●が、こんなとこに…?」
主「垂髪、お前……」

途切れ途切れに聞こえる言葉。
1歩近づけば、まるで距離を保つかのように彼女も後ろへと下がった。
もう1歩、と近づく。

ち「…っ!」
主「あ、おい…!!」

その瞬間、彼女は駆け出す。
追いかける間も、呼び止める間もなく姿を消した。

(………………)

呆然と彼女の去っていった方を見つめる。

(なんで…)

未だ、信じられない光景。

白「●●くん…?」

名前を呼ばれ、ふと我に返る。

主「あ…は、白雪…!」

思い出したように駆け寄る。
彼女は逃げるでも座り込むでもなく、ただただその場に立っている。
目に映る、その僅かにだが腫れた頬がやけに痛々しい。

主「大丈夫、か…?」

ゆっくりと確認するように頬に手を重ねる。
手のひらへと生々しい熱が伝わってきて、嫌でもこれは現実なのだと分からされる。

白「白雪は、大丈夫ですよぉ?」

白雪は、そう言って笑みを見せた。
いつもと変らない笑顔。
それが余計に辛く感じた。

前から薄々は思っていた。
それでも、できるだけ気付かないふりをしてきた。
何が、大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫なものか。

主「白雪…」
白「なんですか?」

変らない笑顔で聞き返してくる。

主「…いや、」

言いかけた言葉を飲み込む。

主「とりあえず、保健室、行こうか」

そのかわりに、それとは別の言葉を吐いた。

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最終更新:2008年09月10日 14:08