2章.

ちさ菜side

見られた。
○○に、見られた―…………!

後悔ばかりが繰り返えされる。
どうして○○があんなところに…
なんで、よりによってあんなところを………

あの時に彼の顔を思い出し、更に恐怖を感じた。
あんな目を向けられたのは初めてだった。

ち「っ………!」

怖い、明日が来るのが。
彼に会うのが。
…………怖い。



主人公side

昨日から頭の中はぐちゃぐちゃのままだ。
整理がついてない。

(あ…)

ふと、校門のところに目を向ける。

(垂髪…………)

できるだけ、目を合わせないようにして通り過ぎる。

ち「○○っ!」

今はこいつに係わる気にはなれなかった。
無視して足を進める。
なのに彼女は小走りで俺の隣までやってきたかと思えば、歩幅をそろえて歩きだした。

主「…なんだよ」

思わず発した声はとても低く冷たいものだった。

ち「あ、あの…」
主「ついてくんな」
ち「…っ、やだ!」
主「うるさい」

まだ頭の中の整理がついてない。

(良い奴だと思ってたのに…)

裏切られた気持ちでいっぱいだ。
心底軽蔑した。失望した。
あれだけ好きだったのに………。
結局気持ちなんてもの、きっかけさえあればたった一瞬でこんなにも簡単に変るものなのだ痛感させられた。

ち「…ごめん」
主「なんで俺に謝るんだよ」
ち「……………」
主「謝る相手間違えてんじゃねえの?」

垂髪の表情が強張る。
でも別に言い過ぎたなんて思ってはいない。
言うべきことを言ったまでだ。
垂髪の足が止まるのがわかる。
隣から、視界から彼女が消えた。
それでも俺は足を進めることをやめず、振り向くこともせず校舎の中へと入っていった。



主「はあ…」

今日は一日中ずっと上の空だったよう気がする。
ほとんど何をしたのか覚えていない。
もちろん、いつもなら一緒にふざけあったりするはずの垂髪とは一言も口を聞いてないし、目も合わせてすらいない。

(なんか、凄く疲れた気がする…)

多分、精神的にきているのだろう。

(…早く帰りたい)

今はただそう思うので精一杯だった。
玄関で靴を履き替え外に出る。

主「!?」

いきなり、誰かに腕を掴まれた。
驚いて振り向く。

主「あ…」
ち「あ、あの、○○…」
主「離せよ」
ち「…じゃあ、話、聞いて…」

ぎゅ、と掴んだ腕に力が込められる。
人気のない玄関に、垂髪の静かな声が嫌に響いた。

主「手、痛いんだけど…」
ち「あ、ごめ…!」

力は弱まったものの、まだ彼女の手は俺の腕を掴んだままだ。

主「…俺は何も話すことないんだけど」
ち「だって○○怒ってる…」
主「怒ってない」
ち「怒ってる!」

(…別に、怒ってない。怒る理由がない)

それでも今は垂髪を見ているだけで苛立ちが治まらない。

ち「ねえ、ごめん…」
主「……………」
ち「許して…」
主「許すも何も…怒ってないって言ってるだろ!?…それに怒ったからって言って、」

(そうだ、何も、変らない…)

主「っ…」
ち「あっ」

俺は垂髪の手を振り払い駆け出した。

ち「あたし、○○と一緒にいられなきゃ、学校に来る意味ない…!」

後ろで彼女が何か言うのが聞こえる。
それでも見向きもせずにただ走る。
早く彼女の声が耳に入らないように、雑踏の中に紛れ込んでしまえるようにと。



礼「はーい、席についてー!」

先生が教室内に入ってくると、それまで騒がしかった教室内は一気に静かになる。

礼「それでは出席をとります」

毎朝の恒例だ。
出席番号順に、次々と生徒達が呼ばれ、返事をしていく。

礼「○○くん」
主「あ、はい」

俺も例に倣って返事を返す。

礼「…以上。欠席は垂髪さんだけですね」

え…?
返事がなかったからてっきりいつもの遅刻だと思ってたけど、休み…か

ふと、昨日のやりとりを思い出す。

いや…でも、体調不良だよな…きっと。



主「はあ…」
羽「なんだよ、ため息なんかついて」
主「いや、別に…」
羽「あ、分かった、あれだろ、垂髪」
主「っ!!」

その名前に心臓がどきりと跳ねる。
この前のこと、その後のやりとり、誰にも話してないし、恐らく…誰にも見られてもないはずだ。

羽「あーあー、彼女が休みってぐらいでさー」
主「え、あ、ああ、そうそう、休みだから寂しいなーって!ははは」

何とか心臓を落ち着かせる。
そうだ、多分あのことを知ってるのは俺だけだ。
気付いてる奴もいない…と思いたい。
俺も現場を見るまでは気付かなかったのだから。
いや、むしろそもそもイジメとかそういうのじゃなくて単なる友達同士の喧嘩だったのかもしれない。
気が動転していて垂髪には辛い態度をとってしまったけど…。
そう思いたい。
あんなに良い奴だった垂髪がイジメなんて思いたくない。

羽「それにしても垂髪が休んでもう3日かー…」
主「そう、だな…」
羽「あいつ毎年皆勤賞とってたのに珍しいこともあるもんだな…こりゃ明日は大雪かな」
主「はは、まさか」

曖昧な返事を返しつつも、心の中では様々な考えが浮かんでは消え浮かんでは消えていた。



垂髪が休み始めて4日目。
普通の体調不良ならとっくに回復しているはずだ。

…やっぱり、休んでいる理由には他の何かがあるのだろう。

鳥「それでさー、」
小「えぇー」

ふと鈴の音のような軽やかな笑い声が聞こえた。
鳥越と有栖川。
そう言えば彼女達はこのところ垂髪や白雪と一緒に行動していたな…
何か知っているかもしれない。

主「あのさ、ちょっと良いか?」
鳥「へ?どしたのー?」
小「なによ?」

声をかけると話を中断させ、きょとんとした顔をこちらへ向けた。

主「その、垂髪と…白雪のことなんだけど」

その名前を出した瞬間、あからさまに二人の態度が不機嫌なものへと変わる。

鳥「で…その二人がどうしたって言うの?」
小「何が言いたいわけ?」
主「えっと、いや…その…」

二人の態度に、じんわりとした重圧的な息苦しさを感じた。
思わず言葉に詰まる。
しかし二人はそれにお構いなしで言葉を続けた。

小「言っとくけどね、あたしたちは何の関係もないわよ!」
鳥「そうよ、なーんもやってないんだからね!」
小「まったく、良い迷惑よね、誰かさんの所為で!」
鳥「ホントよねー?」
主「それって…」
鳥「なーんか垂髪さん、前から上城さんのことが気に入らなかったみたいだし?」
小「別に私たちはどうでもよかったのよ!」
鳥「だーかーらっ!私たちはなーんにも悪くないんだってば!ね?」
小「そうよ!…で、話ってこれだけ?」
主「えっと…」

一気にまくし立てられるように言われ、返答に困る。
事実にショックを受けるも、薄々は感ずいていたことだ。

主「その…なんで、垂髪はこんなことを…?」

そんな中、思わず口にしたのはふと浮かんだ疑問だった。

鳥「…さあ、なんだっけー?」
小「自分の胸に聞いてみたら?」
鳥「ねー?後は知らないっ!」

自分の、胸に…?

主「…………」

原因は、俺、なのか…?
嫌な汗が背中を伝う。
もう一度さっきの話題に戻り話し出す二人の声が、やけに耳に痛く響いた。



自分の胸に聞け、
先ほどの言葉が頭の中で反復する。

一体俺が何をしたんだよ…
何が悪かったんだよ…!

俺は俺なりに、普通に過ごしてきたし、ちゃんと周りにも気を使うように努力した。
特に人の迷惑になるようなこともやってない…はずだ。
もし何かあっても言ってくれればその場で出来る限りの対処はするし、こんなことにはならなかったはずだ。

主「はあ…」

もはやため息しか出ない。

暁「○○くん、どうしたの?そんなに落ち込んじゃって…」
主「あ、暁子ちゃんか…」

一人、悶々と考えていると心配そうな顔をした暁子ちゃんが声をかけてきてくれた。

そう言えば夏休み前までは女子の中で垂髪と一番仲が良かったのは暁子ちゃんだったな。
多分、彼女なら相談に乗ってくれると思う。
一人で考え込むよりも、この優しい声に甘えてみるのも良いかもしれない。

主「その、さ…」
暁「ん?」
主「垂髪のことなんだけど…」
暁「ふふ、ちさ菜休みだして4日目だからねー。やっぱり彼女のことが心配?」
主「いや、そうじゃなくって…」
暁「あれ?違うの…?」
主「その、白雪のことも関係してるって言うか…」
暁「上城…さん…」

その瞬間、今までの和やかな雰囲気が消えた。
どこか神妙な表情の暁子ちゃんは何も言わない。
俺はそのまま垂髪と白雪のこと、今の現状を要点だけ簡潔に話した。

暁「そう…」
主「それで…」
暁「ごめんね、私、そんなことがあったなんて知らなくて…」
主「え、あ…そっか…」

続きを話そうとしたところ、やんわりと止められた。

暁「その、何にも分からないから、変にかかわると余計にややこしいことになっちゃうと思うの…」
主「…そっか…」
暁「ごめんね、力になってあげたいのは山々だけど…」
主「いや、全然大丈夫!こっちこそ、なんか…悪かったな」
暁「ううん、気にしないで」

困ったよう笑顔で答える彼女。
やっぱり、こんな風に頼ってしまうのは他願本力なんだろうか…

リ「…○○さん、」
主「え?」

突如声をかけられ振り向くと、そこにはリヨさんがいた。

主「あ…どうかした?」
リ「○○さん、数学のノートの提出がまだですよね?出していただけますか?」
主「あ、悪い!すっかり忘れてた…ちょっと取ってくるから」
リ「いいえ」

暁「…………」
リ「…………」
暁「…灰塚さん、どうかした?」
リ「…あなたは…ずるいです…」
暁「そう…そっか…」



ちさ菜side

結局はどうせみんな赤の他人なんだ。
あの時ほど痛感させられたことはない。
もう嫌だ。
みんな嫌い。

(回想)

女子A(ちさ菜)「ちょっと、絶対まずいって!先生に知られちゃったし・・・」
女子B「誰かがチクッたんじゃないの?」
女子C「でも誰が?」
女子D「知らなーい!でも、私関係ないし?」
女子A「え、でもあんただって…!」
女子B「あ、そしたら私も関係ないよね?私がやれって言ったわけでもないし」
女子A「え・・・?」
女子C「そうそう。私あんまり酷いこともしてないしみんなやってたことだし」
女子D「って言うか、主にやってたのってあんただよね?」
女子A「そ、そんな・・・だって・・・!」
女子B「そう言えば、あんたいっつも苛めてたよね?」
女子A「で、でもあたし一人じゃ・・・」
女子C「ちょっとやめてよね!人の所為にするの!」
女子A「っ・・・!」
女子D「ね、もう行こ?私たちまで苛めに加担してたって思われたら嫌じゃん」
女子B「そうよね、行こ行こ!」
女子A「あ、待って・・・!」

女子A「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ガツンと頭を殴られたようなショック。

女子A「・・・そんな・・・・・・だって、あたしは暁子のために・・・みんなだって・・・」

暁「ちさ菜?」
ち「暁子・・・!!」
暁「苛めって・・・ちさ菜だったの?」
ち「え・・・?」
暁「そういうのって、良くないと思う」
ち「だ、だって暁子・・・!」
暁「私、困ってるって、嫌なことがあったって・・・相談しただけよ?」
ち「で、でもあれは・・・!」
暁「そうやって人の所為にするのも・・・良くないと思うわ」
ち「…きょ・・・こ・・・・・・・・・」

(回想終了)

みんな表向きは良い顔してるけれど、実際腹の底ではろくでも無い事考えてる奴ばっかりなんだ。

ち「………………」

……でも、本当は私が一番汚い。
自分がそうしたかっただけなのに、心の底で誰かの所為にしてしまおうとしている。
人を好きになるのがこんなに恐ろしいことなんて思わなかった。
自分の嫌な面ばっかりが見えてくる。

ち「…っ、…っふ…○○………」

呼びかけてもそれに答えてくれる彼はここにはいない。
ただ空しさだけが残った。

みんな嫌い。
こんな自分も嫌い。

………○○に会いたい。



主人公side

垂髪のアパートの部屋の前、覚悟を決め、静かにチャイムを押す。
ドア越しに小さな呼び出し音が聞こえ、それを合図にバタバタと足音が聞こえる。

―ガチャ

開けられたドアから垂髪が顔を出した。
前、見たときよりも少しやつれたような気がする。
そして俺を見た瞬間、満面に笑顔を浮かべる。

ち「●●、待ってたよ」

それを直視できなくて、思わず目を逸らす。
あらかじめ、ここへくることはメールで伝えておいた。
垂髪が学校を休むごとに、彼女に対する嫌悪感は自然と薄れていった。
それどころか心配にすらなった。
自分でも、どう言う心境の変化なのかと思う。

主「あ…これ…」

手に持った学校からのプリント。
押し付けるように差し出す。

ち「ありがと…」

彼女はそれを受け取ると、まるで何か大切な宝物かのように抱きしめる。
何となくそれを見ているのが辛くなった。
………ああ、だめだ。
やっぱりこない方が良かったかも知れない。
…もう、帰ろう。

主「それじゃ、俺はこれで…」
ち「待って…!!!」

突如大声を出し、手ぶらになった俺の腕を引っ張る。
縋りつくように力の込められた手、眼差し。

ち「その、上がってって!お茶、入れるから!」
主「でも…」
ち「ね、お願い…!」

今にでも零れ落ちそうなほどに涙を溜めた瞳。
泣かせてしまう、そう思った時、

主「…分かった」

思わず頷いてしまった。
何故頷いてしまったのか。
やはりまだ彼女のことが好きなのか、それとも泣かせたくないという単なるエゴなのか。

俺は案内されるままに部屋へと足を踏み入れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

久しぶりに会った垂髪は良く喋る。
まるで何もなかったかのように。
本当に何もなかったのだと錯覚を起しそうになるほど。
いや、もうすでに起していたのかもしれない。

ち「ちょっと、●●!聞いてんの?」
主「え、ああ、悪い」

少しだけ、どこか懐かしい気分に浸っていた。
用意されたお茶を一口含み、喉を潤す。

~~~♪(着信音)

その時、ポケットの中で着信音が鳴った。
ふ、と我に返る。
黙る垂髪。
俺は携帯を取り出し通話ボタンを押した。

主「もしもし?」
白「あ・・・主人公くん・・・」
主「白雪?」

その名前を口にした瞬間、垂髪の顔色が変わる。

白「急に、ごめんなさい。あの、実は、またいつもみたいに気分悪くなって、でも、今誰もいなくて、不安で・・・」

電話口からでも分かる、弱々しい声が聞こえてくる。
そうだ、俺はここへはただプリントを渡しに来ただけ。
少し、様子を見るだけ。
長居するつもりはなかったのだ。
錯覚なんか起しちゃいけない。
俺はチラリと横目で垂髪を見た。

主「分った、すぐ行く」
ピッ

そう一言返すと、すぐさま通話ボタンを切った。

ち「あ、あの、主人公…」
主「…それじゃ、俺、もう行くから」
ち「なんで、あんな子なんか…!!」

その言葉を聞いた途端、俺の中で嫌悪感が蘇った。
そうだ、こいつは所詮こんなやつなんだ。

主「…用あるならさ、代わりに羽生治でも呼んどけよ、仲良いだろお前ら」
ち「で、でもでも…だからって!なんで、………上城さんなんかのところに…」
主「………垂髪」
ち「……………」
主「お前は、自分のしたこと分ってんの?」
ち「それは…!それ、は…」
主「……………」
ち「……………」

何も言わなくなる。

主「それじゃ、俺はもう行くから」
ち「あ…!」

垂髪が何か言いかけた気がするけど、もうそれには構わなかった。



【ちさ菜アパート前】

主「はあ…」

(結局、だよな…)

あれから、白雪の元へは行ったものの、やはり気になって戻ってきてしまった。
戻っては来たものの、あんな別れ方をしたのだ、なかなか垂髪の部屋には行きづらい。

(…自業自得ってやつか)

意を決すると重い一歩を踏み出した。

【階段上る】

(あれ…声が…)

垂髪の部屋の前、薄いドアの向こうから声が聞こえてくる。

(この声って…)

ち「羽生治…」
羽「何だよ」
ち「…………」
羽「結局、お前は俺じゃなくって…」
ち「今は…羽生治が良い…」
羽「はぁ!?お前、今更何言ってんだよ!!!」
ち「だって、●●は解ってくれない…から」
羽「っ俺だってなあ、解んねえよ、お前の事なんて…!」
ち「あ、羽生治…待ってっ…!」

(やばっ、どこかに隠れ…!)

―ガチャッ、バタン!

羽「…っ!!!」
主「は、羽生治…」
羽「……………」
主「あ、ちょ、ちょっと待てよ…!」

【階段下りる】

主「羽生治!」
羽「っ、何だよ、放っとけよ…!」
主「は………」

【羽生治走り去る】

徐々に遠ざかる背中。
言葉が喉に張り付いたようでうまく声が出ない。

(羽生治…)


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最終更新:2008年09月10日 12:34