2章;

リヨside

多分、私じゃないと気付かなかった。
私以外の誰一人として気付いてないと思う。
必要以上に、彼女のことを気にしている私だからこそ気付いた。

暁「ちょっと、相談したいんだけど…」

休み時間、いつものように聞こえてくる会話。
別に仲間に入りたいわけでも、聞きたいわけでもない。
それでも勝手に耳に入ってくる彼女の声。
気にしないようにと頭の中で思っていながらも、身体の方が言うことを聞かないようだ。
やはり余程ああいう人種にはコンプレックスを感じているのだと痛感させられる。

暁「最近、ちょっと困ってて…」
ち「え?どしたの?あたしで良かったら言ってよ!」
暁「うん、ありがとう。…その…上城さんのこと、なんだけど…」
ち「げっ!…あいつがまた何かしてきたの?」
暁「ううん、私がされたってワケじゃないんだけど…」
ち「何々?」
暁「私…好きな人、いるんだけど…上城さんが、ね、その人に…」
ち「あいつまた男にちょっかい出してんの!?」
暁「ううん、そんなちょっかいなんて…ただ仲良くしてて、それに私が焼きもちやいてるだけかもしれないし…」
ち「もう!暁子は優しいんだから!これで二度目だよ!?あいつ、前にも暁子の好きな人って知ってながら手を出してはぶられたってのにまだ懲りてないのかよ…!」
暁「あ…前にも…って言うか、その好きな人って…前から変わってないから」
ち「へ、そーなの!?ああ、もう!暁子ってば超一途!可愛いっ!!」
暁「そんな…もう、ちさ菜ったら!ふふっ」
ち「…で、さ。前から気になってたんだけど、その好きな人って…ずばり誰!?」
暁「えー?それはー…秘密!」
ち「ええー!?」
暁「無事にね、告白できたら教えてあげるよ」
ち「むー……………よしっ!そしたら、無事に告白できるように上城さんのことは私に任せてよ!またさ、制裁くわえればあいつも大人しくなるって!」
暁「あ、ううん!そんなのいいって!話…聞いてくれただけで嬉しいから」

そう言って微笑む茨さん。
私にはその笑顔がとても厭らしいものに感じられた。
比較的クラスの中心にいる人物が、そんなことを口にすればどうなるかなんて容易に想像できる。
そのことは周りへどんどんと伝わっていき、多分、上城さんは…………。
………だからこそ、彼女もそれを想定した上で言っているのだろう。

それで確信した。
やはり…茨さんは姉と同じ人種だ。
自分が上手くやっていくためには犠牲も厭わない。
そういう人種なのだ。

頭痛がする。
ガンガンと、嫌な音が頭の中で鳴り響く。
きっと彼女は自分には到底叶わない私を見るたびに腹の中で笑っているのだろう。
その厭らしい笑みを浮かべて。



主人公side

―ガラリ

勢いよく扉が開く。
その音に顔を上げると、先生がツカツカと教壇に上がっていくところだった。
朝のチャイムが鳴ったのはもう5分も前のことだ。
いつも時間厳守のはずの先生の遅い到着の所為か、教室内は騒がしい。

礼「静かに!」

少し大きめの声を出して生徒達を静める。
ぴたりと生徒達の声が止んだ。

礼「それでは出席…といきたいところですが、今日はその前に大事な話があります」
主「?」

突然の話に生徒達は疑問符を浮かべる。

礼「大変残念な話なのですが…どうやらクラス内でイジメが起こっているようです」

クラス中が一気にざわめきだった。
反応はといえば、どこか好奇心に目を輝かせる者、キョロキョロと辺りを見回す者、近くの生徒と喋り出す者とさまざまだ。

礼「静かに!!」

再び先生が声を張り上げ生徒達を静める。

礼「高校生にもなってこのようなことが起こるというのはとても残念です。と言うよりも、あってはいけないことです。今回のことで誰がどうだなどと問い詰めるようなことはしませんが、もし心当たりがある者がいればそのような行為は今後一切しないように。…それでは出席をとります」

それだけ言うと先生はいつもと同じように生徒達の名前を読み上げ出した。

それにしてもイジメ…か。
そんなもんがクラス内にあったんだなぁ…俺は気付かなかったけど。
でも普通、こんなことぐらいでなくなんないよなあ…。
もしかしたら逆上して酷くなるかもしれんのに。
ま、言われるまで気づかなかったし、俺には関係ないな。



休み時間に入ると、案の定と言うべきか、先ほどの先生の出した話題で持ちきりだった。
そこらかしこでイジメについての話題が飛び交っている。

主「イジメ…ねえ…」
リ「○○さん、どうしました?」
主「え…あ、いや…」

どうせ暇だし、この話題に俺も便乗してみるかな。

主「イジメなんかあったんだなーって思ってさ」
リ「あ、今朝の…」
主「そ。俺全然気付かなかったわー」
リ「………」
主「でも誰だろーなー…」
リ「それは…」
小「ねえ、灰塚さん!」
リ「え…!?」

何か言おうとした瞬間、リヨさんの名前を呼ぶ声が響いた。
その声に彼女は吃驚した表情で口をつぐむ。

主「有栖川か、なんだよー」
小「うるっさいわね!あんたには用なんてこれっっっぽっちもないわよ!」
主「………」

何だか今日はいつもにも増して有栖川の俺に対する扱いが酷い気がする。
まあ別に、どうでも…いいんだけど。
俺は大人しく二人の話が終わるのを待つことにした。

小「で、さ、灰塚さん」
リ「あ…はい…」
小「先生が呼んでたわよ」
リ「え…」
小「ね?」
リ「あ、はい…」

そこまで言うとリヨさんはくるりとこちらを振り返り、軽くお辞儀をする。

リ「あの、そういうことですので…では」
主「え、あ、ちょ、ちょっと!」
小「だーかーらっ!あんたには何の用もないって言ってんのよ!ついてこないでよねっ!」
主「う…」

そう甲高い声でぴしゃりと言いつけられては、ぐうの音も出ない。
そのまま二人は行ってしまった。



リヨside

小「ちょっと、灰塚さん分かってんでしょーね?もし言ったら…」
灰「…分かってます、言いませんよ」

そう、あなたたちのことなんて言おうなんて思ってない。
だからそんなに怖い顔なんてしなくても良いのに。

大体クラスの女子全体でやったこと、沢山名前を挙げれば挙げるほど一人当たりの罪は薄れていく。
私が本当に言いたかったのは、それの元凶のこと。
あの女のこと。

それでも、そのことは多分私しか気付いていないんだ。
信頼の厚い彼女のことだから、本当のことを言っても嘘吐き扱いされるのは目に見えている。
第2の上城さんになる。
そんな惨めなことは嫌だ。
だから、私はそんなリスクを犯してまで言おうなんて思っていない。
それが、一番賢い選択だ。



主人公side

主「あれ?今日も垂髪休みなの?」
羽「どうもそうらしいな」
主「ふーん……」

教室内、ぽっかりと空いた垂髪の席をチラリと見た。
垂髪が休み始めてちょうど4日目、普通の体調不良ならば回復している期間だ。

(どうしたんだろうなー…)

そんなことをボーっと考える。
そういえば、いつもムードメーカーの垂髪がいない所為か、このところとても静かだ。

鳥「それでさー、垂髪さんったらさー」
小「ねー、あれはいくらなんでもねー」

そのときタイミングよく垂髪の名前が聞こえてきた。
見ればすぐ傍で鳥越と有栖川が何やら話している。
なんとなく俺もその会話に参加してみることにした。

主「何々、垂髪がどうたって?」
鳥「あ、○○もちょっと聞いてよぉ!」
主「おお、聞く聞く」
鳥「あのさー、今垂髪さん休んでるじゃない?あれってさー、この前のイジメの話が原因なのよ!」

その意外な言葉に驚く。

主「え!?何、垂髪苛められてたの!!?」
小「ばーっか!そんな訳ないでしょ!」
鳥「そう、逆よ逆!」
主「逆ぅ?なのに何で…」
鳥「もー、にっぶい!」
小「立場が悪くなったからこれないに決まってるじゃない!」
鳥「ねー、先生どころかクラス中にまで知れ渡っちゃってねー、かわいそ!」
主「えー…でも俺全然気付かなかったけどなあ…」
小「あんたが鈍いだけじゃないの?」
主「いや、絶対知らない奴多いって!」

キョロキョロと辺りを見渡す。

主「な、暁子ちゃん!」
暁「え!?」

偶然その場を通りかかった暁子ちゃんに話をふってみる。

暁「えっと…?」
主「イジメ、あったって知らなかったよな?」
暁「あ…」

少し困ったように眉を顰めながら言葉を続ける。

暁「うん、こんなのって学級委員長失格かもしれないけど…」
主「あ、いや、違うって!そういうんじゃなくって…」
鳥「バカっ!」
小「サイテーね」
主「いや、だから…!」

リ「○○さん」

思いもよらなかった暁子ちゃんの反応に焦り、どうしようかと言葉を探していたところで名前を呼ばれた。
天の助けとばかりに振り向けば、そこには灰塚さんが立っていた。

主「あ…どうかした?」
リ「○○さん、数学のノートの提出がまだですよね?出していただけますか?」

数学のノート…数学のノート…あ、課題のやつ!

主「悪い!すっかり忘れてた…ちょっと取ってくるから」
リ「いいえ」
鳥「やばっ!そう言えば私もまだじゃん!」
小「あたしもだわ!」
鳥「ごっめーん、灰塚さんちょっと待っててー」
リ「あ、はい…」

暁「…………」
リ「…………」
暁「…灰塚さん、どうかした?」
リ「…茨さん、あなたは…ずるいです…」
暁「…そう…そっか…」



―キーンコーンカーン…

礼「はーい、静かにー!今からテストを返します」

そう言うと先生は、先日あったテストの答案を返し始めた。
一人、また一人と、テストを受け取っては席へ戻っていく。
その表情は実に様々だ。

礼「○○くん」
主「あ、はい」

名前を呼ばれ、俺も席を立ち受け取りに行く。

主「…ぅわっ」

ちらりと点数を見て思わず声が上がった。
赤点…とまではいかないが、それでもぎりぎりだ。

主「危ねー…」
羽「なんだ、赤点じゃないのかよ」
主「ぅわっ、羽生治…!?」

突然の背後からの声にまた声を上げる。

主「お前…!勝手に見んなよ!」
羽「まあまあ、細かいことは気にせずに」
主「…ったく。あー…それにしてもどうしよこの点数…」
羽「いいじゃん、赤点じゃないんだから」
主「それはそうだけどさー…」
羽「だってお前、このところずっと遊び呆けてたもんなー…愛しの彼女様と!」
主「そ、それは…」
羽「よっ!色男!」

茶化すようにニヤニヤと笑いながら囃し立てる羽生治。
内容が内容だけに、うざいような嬉しいような恥ずかしいような…

主「そっ、そんなことよりお前はどうだったんだよ、点数…」
羽「あ、ほら、先生テスト返し終わったみたいだぜ、前向けって」
主「うわ、ずりぃ」

仕方なく言われたとおりに前を向く。

礼「えー、それで赤点だった人についてですが…」

先生が赤点の人のための補修について話し始めた。
ホントに危なかったなー…こんなめんどうなの受けたくないもんな。

礼「以上です。…あ、灰塚さんはこのあと職員室まできてくださいね」
リ「はい…」

そう言うと先生は教室を出て行った。

リヨさん、どうしたんだろ…



ぐらりと脳が揺れるような刺激。
眩暈がした。
確かに、自分でも少しは覚悟はしていたけれども。

礼「灰塚さん…何故呼ばれたか、分かってますね?」
リ「……はい」

どうしよう、その言葉が頭の中で反復する。

礼「どうして…いつもトップクラスだったあなたが行き成り成績を落とすなんて…」
リ「……………」

このところ、ずっと○○さんと過ごしていた。
勉強する暇もないほどに。
○○さんは誰とも比べずに私を見てくれるから、私自身も他のものと比べたり嫌な現実を見なくてすむ。
その分○○さんを見ていれば良いのだから。
それだけで安心できた。

礼「何か理由でも…?」
リ「………いいえ」

そう、理由なんてない。
ただ私があの人たちとは人種が違っているだけだ。
少しでも努力を怠ればすぐに転落してしまう。
何でもかんでも適当にこなせてしまうあの人たちとは違う。
それだけだ。

リ「私の…勉強不足でした」
礼「…、そうですか。一応、お家の方には連絡させてもらいますね」
リ「ッ………!」

家に連絡なんてされれば、あの家族のことだ、何を言われるのか、どうなるのかなんて生まれた時からずっと過ごしてきた私には手に取るように分かる。
それでも、私にできるのは努力ぐらいだったのに、それを怠ってしまったのだから、こうなるのは当然だ。
今の私に、それに反論する資格なんてない。

リ「………はい」

そう答える以外に、選択肢はない。

~~~~~~~~~~~

―ガラッ

主「あ、リヨさん!おかえり」
リ「あ…はい…」
主「何だったの?」
リ「その…美化委員のことで…」
主「ふーん?」

思わず嘘をついてしまった。
こんなこと○○さんには知られたくない。
失望されたくない。
私を受け入れてくれる人なんて彼以外にいないのに。

主「リヨさん、どうかした?」
リ「え?」
主「なんか、元気ないからさー」
リ「あ、いえ…このところテストだったもので、徹夜続きで…」
主「うわ、それはキツイな、ちゃんと休んだ方が良いよ」
リ「はい、そうですね…」

目を合わせれば、へらっと笑う彼。
その優しい笑みに、少しだけ心が落ち着いた。

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最終更新:2008年09月10日 05:23