今日からまた新学期が始まった。
まだまだ残暑が厳しい中学校へと向かう。
約1ヶ月ぶりに見る校舎は懐かしくも何処か新鮮だ。
久しぶりに会う友達と挨拶を交わしつつ教室へと向かった。
空は雲一つない快晴。
そんな天気に恵まれた中、今日は体育祭が行われるらしい。
らしい、とそんな他人事のように思っても、結局出場するのは自分達生徒なのだから、他人事になるはずもなく。
(それにしても、暑い…)
もう9月下旬だと言うのに、この天気の所為なのか8月と変わらないような暑さだ。
それが根こそぎやる気を奪っていくようで、少しうんざりする。
別に体育祭自体が嫌なわけではないのだが、この気候はいかがなものか。
周りを見てみれば、やる気のある者、ない者、それぞれいる。
(でも、まあ、楽しまないと損だよな…)
きっと、これも後から振り返れば良い思い出となるのだろう。
そんなこんなで体育祭は始まった。
何が一番体育祭で嫌かと聞かれれば、おそらくほとんどの生徒達が、式で聞かされる先生の長話と答えるだろう。
普段なら長話なんてボーっとただ聞き流してれば終わりなのだが、この炎天下では話は別だ。
何せただ立っているだけで体力が奪われていくのだから。
数人の先生が代わる代わる話をしていき、後はこの理事長の話で最後なのだが、この話が特に長いのだ。
(早く話を終わらせてくれ…)
きっとどの生徒も思うことは一緒だろう。
もはや先生の話などは頭に入っていないし聞く気も無い。
ここから見える限りみんなぐったりとしている。
先生は早くこの状況に気づかにのか、それとも気づいた上での嫌がらせなのか。
気を紛らわそうと、いろんなことをぐるぐると頭の中で巡らせていると、何やら後ろの方がざわつきだした。
(……………………?)
気をそちらの方へと集中させてみれば、どうやら誰かが倒れたらしいということが分かる。
ただの朝礼でさえ、たまに貧血などで座り込んだりする生徒がいるのに、この状況なら尚更だろうと思わず納得してしまう。
(ほら先生、みんなもうしんどいんだって!早く話を終わらせてくれよー…)
願いが通じたのか、それともさすがに見かねたのか、その後すぐに話は終わった。
これもさっき倒れた奴のおかげだろうか。
(ところで誰が…)
ふと目線をやると、青木先生に抱きかかえられた女生徒の姿が見えた。
(あれ…あれは白雪?)
倒れた生徒と言うのは白雪だったようだ。
確かに身体も弱いし納得がいく。
(心配だな…)
さっき僅かにだが喜んでしまった自分に罪悪感を感じた。
倒れたのが、少し気になっていた彼女だったからだろうか。
いや、それにしても本来人が倒れたなんてこに喜ぶのは、誰であっても不謹慎だろう。
(はあ…)
先ほどの青木先生に抱きかかえられた白雪の姿を思い出し、複雑な気持ちになった。
いよいよ競技が始まった。
各クラスの選手たちが入場門の所へと集合している。
先ほどの開会式とは打って変わって、生徒たちにやる気が満ちていた。
やはりこういう対抗戦だと、勝ちたいと思ってしまうのが普通である。
まあ、今から始まるリレーでは、俺は選手ではないので応援のみなのだが。
それでもただの応援にすら何だか熱が入ってしまう。
(…はずなんだけどなあ、普段なら)
まだ、さっきの白雪のことが気になり頭から離れない。
俺の出場する予定の借り物競争は、午後の部だ。
まだまだ時間はたくさんある。
(保健室、行ってみるか…)
一生懸命応援しているみんなには悪いと思ったが、それでも自分が出場する競技までに戻れば何も問題はないはずだ。
俺はクラスごとに用意されたテントを抜けると、保健室の方へと足を進めた。
誰もいない静まり返った校舎内。
やけに俺の足音が響く。
保健室の前に着くころには、校庭の騒ぎがずいぶん遠くのことのように感じた。
コンコン…
一応ノックをして保健室へと入る。
主「失礼しま…」
ガラッ
俺がドアを開けるよりも早く、中からドアが開いた。
礼「…○○か。」
主「先生…?」
礼「どうしてここに…怪我でもしましたか?それなら保健の先生が校庭に待機して…」
主「あ、いえ、上城さんの様子を見に…」
礼「あ、そうですか…。…上城さんならまだ眠っています。それでは、私は校庭に戻るので…」
主「え、あ、はい…」
そう言い残すと先生は足早に校庭へと向かって行った。
それとは逆に、俺は保健室へと入る。
薬品の匂いだろうか、その独特の匂いがつんと鼻を突く。
(えっと、白雪は…)
白「…●●…くん…?」
主「白雪?」
ベッドの方に近寄ろうとした瞬間、名前を呼ばれた。
それに反応し目をやると、白雪が上半身を起してこちらを見つめていた。
主「起きてたのか?あ、それとも起したか?悪い」
白「あ、いえ…」
そう答える白雪の顔は真っ青だ。
まだ気分が良くなってないのだろう。
主「大丈夫か?顔色、凄い悪いけど…」
白「はい…大、丈夫、ですよ?」
そう言いながら一目で無理をしていると分かる笑顔を向ける。
その痛々しい表情を見ていると、何故だか胸を締め付けられる思いがした。
主「まだ、少し横になってなよ」
白「でも、でも…せっかく○○くんが来てくれたのに…」
主「俺のことは気にしなくて良いから」
白「…ごめんなさいです」
主「謝んなくて良いって!それじゃ俺、邪魔にならないように校庭戻るから」
白「え…」
主「また様子見にくるよ」
そう言って踵を返す。
白「ま、待ってください!」
主「え?」
突然呼び止められ振り返る。
白「その…行かないで、ください…」
主「……………」
白「傍に、いて、ください…」
主「白雪……」
そう言いながら、今にも泣きそうな表情の彼女。
足が自然と彼女へと近づく。
主「分かったよ。それじゃ、もうしばらくここにいるから」
答えつつ、髪を梳くように優しく頭を撫でる。
白雪は安心したように目を細め笑った。
その顔を見ていると、さっきまでの複雑な気持ちや罪悪感が薄れ、どこか暖かな気持ちへとなった。
(そろそろ、か…)
ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。
あと15分ほどで俺の出場する番だ。
白雪はまだ気持ち良さそうに眠っている。
顔色もマシになってきたようで、頬にはかすかに赤みも差していた。
(行くか)
起すのもあれなので、そっと立ち上がる。
しかし、くん、と何かに引っ張られた。
主「白、雪…」
寝ていたと思っていた彼女が服の裾を持ち、こちらを見つめていた。
白「行かないでください…」
主「あ、でも、もうすぐで俺の出場する競技が始まるから…」
白「行っちゃ、ヤ、です…!」
そう縋るように言うと、彼女は半身を起した。
白「あ…う…」
主「あ、ほら!まだ横になってた方が…」
白「………ッ」
主「白雪?」
白「…ぅぇえッ……ゴホッ」
(水音っぽい効果音)
主「!?」
白「あ…あ…」
特有の鼻を突くにおい。
急に起き上がった所為か、白雪は胃の中のものを吐き出した。
そんなに量は多くないものの、服やベッド、布団、シーツが汚れてしまう。
白「…ぅっ…ご、ごめんなさい…です…っく…ひっく…ぅえええええん!」
主「だ、大丈夫だから!」
泣き出した彼女の背中をさすってやる。
主「…大丈夫か?まだ吐きたい…?」
白「…っく、ひっく…もう…だい、じょうぶ…です…っく」
主「そっか。まあ気分悪いときは吐いた方が楽だって言うし…さっきよりは楽になったか?」
白「…はい…ぐすっ、あ、ありがとう…です」
泣いている彼女と汚れたベッドを見て、ポケットの中から携帯を取り出してメールを打つ。
宛先:鉄野 羽生治
件名:悪い
内容:気分が悪くなって、今保健室。悪いんだけど、借り物競争代わってくれないか?今度奢るから。
それだけを打ち込み、送信すると、再びポケットの中へとしまった。
主「とりあえず、着替えないとな。保健室だし予備の服ぐらいあるだろ」
白「でも、○○くん、競技…」
主「いいって。代役立てといたから気にすんな」
それに、こんなひどく弱々しい彼女をここに放っていけるはずがない。
体育祭と白雪、どちらが大切かと言われれば、俺は迷わず白雪を取るだろう。
そこで、ふと気づく。
(そうか、俺…多分、白雪のことが好きなんだ…)
前々から少し気になってはいたものの、はっきり好き、と意識したのは初めてかもしれない。
少し熱を持ったような気がする顔を隠すように、俺は服を見つけるべく棚の中を漁り始めた。
主「お、あった」
予備の体操服は、以外にすんなりと見つかった。
それを白雪に渡す。
主「ほら、カーテン閉めてこれに着替えな。布団は何とかしとくから。」
白「あ、はい…です」
服を受け取ると、白雪は大人しくベッドを仕切るカーテンの向こうへと入っていった。
とりあえず俺は布団をどかせ、服の横に置かれてあった新しいシーツへとかえる。
白「あの、○○くん…」
ふと、カーテンの向こうから不安そうな白雪の声が聞こえた。
主「ん?何だ?俺は、ここにいるから。な?」
白「はい…ありがとう、です」
俺の答えに安心したような声が返ってくる。
その一言一言がとても愛おしく感じる。
(やっぱり、俺白雪のこと、好きなんだな…)
再度確認するように心の中で呟いた。
最終更新:2008年09月03日 18:31