12月;

ついつい羽生治と食堂で喋りこんでしまい、遅くなってしまった。
日が落ちるのが早い冬場、もう辺りは真っ暗だ。
それに比例するように気温もどんどん下がる。
帰ろうとする頃には昼間よりも寒さが厳しく感じられた。

主「あ、いけね…」

外に出てその寒さを自らの身で感じ、マフラーを教室に置き忘れたことを思い出した。

羽「どした?」
主「教室にマフラー忘れた」
羽「ったく、ドジだな。まあ明日でもいいじゃん」
主「やだよ寒い。明日の朝だって冷えるだろうし」
羽「ご愁傷様」
主「俺取りに戻るわ」
羽「俺待ってたほうがいいか?」
主「どっちでも」
羽「んー…じゃ、寒いし先帰るわ」
主「何だよ、友達甲斐のない奴だなー」
羽「どっちでも良いっつったのお前じゃん」
主「しゃーねえな、今日は大目に見てやるよ」
羽「はは、何だよそれ。…うー、寒っ!そんじゃ俺帰るわ」
主「ああ、また明日な」
羽「おう、じゃーな」

寒そうに背中を丸め去っていく羽生治を少しだけ見送る。

(さてと…)

肌を刺すような寒さに震えつつも教室へと向かった。



真っ暗な校舎内、すぐに済むし電機のスイッチの位置を探すのも面倒くさいので、そのまま進む。
コツ、コツ、と自分の足音だけがやけ響く。
人の気配のない校舎内、きっと今この階に居るのは俺くらいだろう。
足早に教室へと向かう。

(……………?)

教室に近づくにつれ、何か音が聞こえてくるような気がした。
気のせいかとも思ったが、近づくにつれ大きくなるそれ。
確かにそれは教室の中から聞こえてくるのだ。
何の音かと聞かれれば、それは、分からない。
ただ、何か柔らかいものを殴るようなくぐもった衝撃音。
そして、喉から搾り出すような嗚咽とも呼吸音ともつかないほどの微かな息遣い。
そんな得体の知れない、聞きなれない音。
一体教室の中では何が起こっているのか。

(………………)

怖いのか不安なのか、それとも好奇心から来る期待なのか。
心臓が大きく鳴る。

教室の扉は閉ざされて入るものの、ほんの数センチ、隙間が開いている。
中を覗くには、十分すぎるほどの隙間。
そこから月明かりの光が細長く伸び、廊下を分断している。

ごくり。

緊張の所為か、いつの間にかカラカラに乾いた喉を、唾を飲み込み潤す。
足音が響かないようにと、ゆっくり、ゆっくり近づく。

(え………?)

その隙間から見えた光景に、思わず言葉を失った。
何も出てこず、ヒュ、と息を呑む。
一瞬、ここが何処だとか、今何をしているとか、何を見ているのとか、わけが、全てが分からなくなった。

その隙間から見えたもの、それは、
乱れた髪、汚れた制服、頭を庇うように抱え、這い蹲い、薄く笑みにも似た表情を浮かべた1人の少女と、
箒を握り、ただただそれを叩きつける、顰めた眉に、噛み締める唇、そして目には涙を浮かべたもう1人の少女。

(なん、で………)

そんな非日常的な光景に、悪い夢でも見ているのだ、と思い込もうとするも、その2人の少女の顔は、はっきりと現実で。
よく見知った顔。
そう、今日も、昨日も、一昨日も、ずっとずっとその前も見た、クラスメイトの茨暁子と灰塚リヨ。

(嘘…だろ…)

リヨさんの細い腕が綺麗な孤を描き振り下ろされるたび、暁子ちゃんの身体が鈍い音を立て小さく跳ねる。

(こ…んな…)

―カツッ

(…!)

思わず、まるで倒れこむように後ずさった瞬間、大きく足音が響いた。
その瞬間、リヨさんの視線がゆっくりとこちらへと向く。

目が、あった。

(ッ!!!!!!!!!!!!)

呆然と、まるで焦点が合っていないかのような瞳。
吸い込まれそうなほど真っ暗なその瞳が無性に怖かった。
頭から、離れない。

ふと我に返ると、校門に寄りかかっていた。
あの瞬間、どうやら俺は一目散に走り出したらしい。
どんな風にここへきたのか、あまり思い出せないが。
まだ、気が動転している。
心臓が鳴り止まない。
情けないことに、足も少し震えている。

(なんなんだよ…!)

わけが、分からない。
何とか身体を落ち着かせようと試みる。

(こんなことって…)

今見たことは、本当に現実だったのだろうか。
そうだったらいいのに、いや、絶対そうだ、きっと、疲れてたんだ、幻覚だ。
何とか思いつく限りの言い訳で自分に言い聞かせようとするも、納得のいく答えはそこにはない。

(くそっ…)

未だ、さっきの光景が目に焼きついて離れなかった。




今日は学校へ行くのがひどく億劫に感じられた。。
それが何故なのか、理由は明確だ。

やっぱり、昨日の・・・

確かにこの目で見たことなのに、未だに信じられない。
それどころか、あの出来事は夢で、そして俺自身まだその夢の中から覚めていないような、不思議な、そしてひどく不安定な感じだ。
いつもと変わらない騒がしい教室がよけいにそんな気分にさせた。

(リヨさん…)

そんな考えの渦中の彼女をボーっと見つめる。
最近は気まずくて、あまり喋ることさえしなくなった。

(俺たちって…まだ、付き合ってんのかな…)

前に口論はしたものの、はっきりと別れるとは口にしていなかった。
それでもあれは別れ話になっていたんだろうか、それともやっぱりただのケンカなんだろうか。
どちらにしても長くは続かないだろう。
それに重ねて、昨日のあれだ。

(あー、もう!頭ん中ぐちゃぐちゃだ…)

リ「………」
主「!?」

ふいにリヨさんと目が合った。
咄嗟に目をそらせてしまう。

(…吃驚、した…)

しかし、もう一度彼女の方を見る気も起こらない。
仕方なく机に顔を伏せた。


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最終更新:2008年08月05日 14:36