BADEND

白雪姫side

気がつけば真っ暗な空にでほのかな光の月が出ていた。

いつ見ても月は非力だな、と思う。
どう頑張っても、どんなに照らしても太陽には勝てっこないのだから。

白「可哀相に」

心底そう思う。
でも、そのどう足掻いても勝てない辛さ、私は良く知っている。

白「さて、と」

鞄を持てば、中に入った彫刻刀がかちゃりと鳴った。

どう足掻いてもダメならやり直せば良い。
作り直せば良いんだ。
今の私にはそれが出来る力があるから。
その方法を見つけたから。



~~~~~~♪(着信音)

現在の時間、21時少し前。
夕飯も食べ終え、自室で一人ごろごろと寛いでいた。
そろそろ風呂にでも入ろうかと思った矢先、それまで静かだった部屋に携帯の着信音が響く。
誰からだろうか。
手を伸ばして床に放り投げてあった携帯を手に取り、相手を確認する。

主「白雪…?」

ピッ

主「もしもし?」
白『あ、○○くんですかぁ?白雪ですよぉ!』
主「ああ。で、どうかしたのか?」
白『へへ、ちょっと○○くんに見せたいものがあって』
主「見せたいもの?」
白『はいです!』
主「何?」
白『それは見てからのお楽しみです』
主「なんだよ、気になるなー」
白『ふふ。それじゃ、今から学校の美術室まで来てくださいです!』
主「へ!?今からって…」
白『それじゃあ待ってますね!』

―ブツッ

聞き返す暇もなく、会話が途切れた。
美術室って言っても…こんな時間に、か?
そもそも学校が開いているのかだって分からない。
…でも美術室に呼び出したということは、少なくとも彼女はいるのだろう。

主「……………。」

少しだけ考えて、上着を手に取った。



外の刺すような冷気にぶるりと身を振るわせた。
吐く息が白い。
真っ暗な空の中に一際大きく光る満月がそれを映し出していた。
ゆっくりとその満月の周りを蠢きながら通り過ぎていく灰色の雲。
それと同じように、地上では外灯の光を頼りにサラリーマンたちが群れを成して進んでいく。
まるで同じ顔のその集団の中から抜け出せるようにと走った。
身体を動かせば温まるとはよく言ったもので、もう寒さは感じない。
それでも身体は熱いほどなのに、指先や耳は凍りそうに冷たいままだった。



夜の学校は、昼間の活気は何処へ行ったのやら、そこには暗い大きな影がそこに立ち尽くしているだけだった。
繁華街からいくらか離れた静かな空間。
それだけがただひたすらに広がっている。
いつも通いなれた場所のはずなのに、それだけでまったく知らない場所に思えてくるのだから不思議だ。
なんとなく、中に入ることを躊躇してしまう。

でも、白雪はこの中で待ってるんだよな、一人で…一人で?

ぐるりと校舎を一視する。
ぱっと見渡す限り明かりなんて何処にもついていない。

白雪は、本当にここにいるのか…?

一つの疑問、そして不安が頭の中を過ぎる。
ポケットから素早く携帯を取り出すとリダイヤルを押した。

―トゥルルルルル、トゥルルルルル

周りが静かな所為だろうか、受話口から聞こえてくる音がやけに響く。
10回ほどコールが鳴ったところだろうか、突如その規則的な音が途切れた。

主「あ、もしも―…」
『おかけになった電話は、ただいま出ることが出来ません。ピーッと言う…』

そこから聞こえてきたのは、期待していた彼女の柔らかな声ではなく、コール音と同じように規則正しい人工的な声だった。
ピーッと言う音が鳴る前にぶつりとボタンを押す。

主「はあ…」

大きく口から出た吐息は、一等白くなりすぐに空気中へと消えた。
連絡がつかないとなると、やはりこの暗闇の中へと入っていかなくてはいけない。
まったく人気を感じないこの場所だが、それでも素直な彼女のことだ。
言った以上はきっとこの場にいるのだろう。

主「…よし」

意を決するように一人呟くと、足を中へと進めた。



暗い廊下を一人進んでいく。
電気をつけないのは、スイッチの場所がよく分からないから。
誰かに見つかってはいけないような気がするから。
そしてなにより、早く白雪と会ってこの孤独な空間を抜け出したいからだ。

カツ、カツ、カツ―…

規則的な一定のリズムで響く足音。
音と音の間合いの少なさから、自分が思っている以上に早足であることが分かる。
いや、もはや早足などではなく走っているのだろう。
目的地へ、一刻も早く辿りつけるように。



美術室と書かれた教室の前、やはりここも周りと同じように明かりがついていない。
ここまで辿り着けば、この暗闇も終わるだろうと思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
明かりの灯っていない美術室は、まるで自分も周りと同じだと言うように、一際その黒を主張していた。
いや、もしかしたら周りと同じどころか一番深い闇がそこには広がっているのではないだろうか。
そういった錯覚に駆られる。

恐る恐る扉に手をかける。
手を横に引けば、見た目に反したやけに軽い手ごたえで扉はスライドされた。

―カラリ

手ごたえと同じような軽い音が辺りに響く。
開いた空間より、1歩、前へと足を進めた。

主「白雪…?」

不安になり彼女の名前を小さく確認するように呼ぶ。
―返事はない。

更に大きな不安が頭の中を過ぎるが、それをかき消すように、さらに大きな声でもう一度呼ぶ。

主「白雪?」
白「…あ、○○くんですか?」

ガタリと奥の方で物音がしたかと思えば、すぐに彼女の返事が聞こえた。
それまで緊張で硬くなって身体が一気にほぐれる。

主「どうしたんだよ、電気もつけずに…」

キョロキョロと周りを見回しスイッチを探す。

白「○○くん…」
主「ん?」

白雪はその行動を停止させるように俺の名前を呼んだ。
振り向けば、窓から差し込む月明かりにぼんやりと照らし出された彼女が立っていた。

白「あのですね、やっと、完成したんですよぉ」
主「あ、そっか…おめでとう。で、完成って…何が?」
白「ふふ、それは見てのお楽しみですよ」

そう言って彼女はくるりと向きを変え、一歩前へと進む。

白「○○くん、言ってくれましたよね、間違えは正せばいいって」
主「ん?ああ…」
白「すごく…いい考えですよね。そうです、そうですよ、正せば、全部、全部ちゃんとなるんですから」
主「白雪?」
白「本当に、間違えだらけだったんですよぉ…白雪、ちょっと苦労しちゃいました」

また振り向き、舌を出して困ったような笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、その真面目な…いや、無表情な顔へと変化した。
何処となく冷たさを覚える、今まで見たこともない表情だった。

白「○○くんは…白雪のこと、好きですか?」
主「え…」
白「好き、ですか?」
主「あ、ああ、もちろん…」

そう、白雪のことは好きだ。
好きなんだ。
答えは決まっているのに、そのはずなのに、何故か一瞬そう口にすることを躊躇してしまった。
何故なのかは分からない。
この暗闇の所為なのか、初めて見る白雪の表情の所為なのか、それとも自分自身にも分からない何か心の奥にあるものがそうさせたのか。
いくらか考えを巡らせてみてもぴったりと当てはまる答えはない。
こんな考えを他所に、俺の答えを聞いた彼女はいつもの可愛らしい笑顔にと戻った。

白「白雪も○○くんのこと好きですよ」
主「あ…ありがとう」
白「だから、○○くんは間違ってないです」
主「…え?」

何処となく噛み合っていないような、思いもよらない白雪の言葉。
言葉の真意が分からず、思わず聞き返す。

主「それって、どういう…」
白「先生と、暁子ちゃんとは、間違っちゃったんですよね…でも、間違えは正せば大丈夫なんですよね、だから白雪頑張っちゃいました!」

どう返せばいいのか分からず、言葉に詰まる。
あ、だとか、う、だとか言いかけては口を閉じる。
そんな俺の様子などお構いなしに、白雪は言葉を続けた。

白「先生は白雪を好きになっちゃダメだったんですよ。だって白雪のことを好きになって良いのは暁子ちゃんですから。…でも、白雪思っちゃったんですよ、先生は可哀相だなあって。間違って可哀相だなあって。どうしようもないのに、どうかしようとしてもどうしようもないのに………困った人ですよね。だから、ずっとずっと幸せになんてなれっこないんです。だから、可哀相なんです。幸せになれなくて、不幸で、可哀相なんです」

つらつらと言葉が羅列されていく。

白「でもね、可哀相な人は助けてあげなきゃダメなんです。だって可哀相なんですもの。白雪も可哀相だったんですけど、○○くんが助けてくれましたもんね!へへ…。だから、白雪はもう可哀相じゃないんです。そしたら、今度は白雪が可哀相な人を助けてあげる番ですよね?」
主「あ…そう、だな…」

突如投げられた疑問符に、戸惑いながらも頷く。
答えた自分自身、これがどういったことなのかさっぱり分からないのだが、その答えを聞いた白雪は満足そうににっこりと笑った。

白「だから、白雪は先生を助けてあげたんですよ。間違いは正すんです。だって間違ったまま足掻いてもどうにもならないですから。間違いは間違いのまま受け入れられることはないんですよ。だから、本当にしてあげたんです。本当は正しいですから、正しい本当に。だって先生、白雪のこと好きって言ったから、諦められないって、どうなっても好きだって。だから、白雪、助けてあげたんです。白雪、よく鈍いって言われるし、運動もお勉強も得意じゃないんですけど、ちゃんと得意なものもあるんです」

持ち上げた彼女の手には1本の彫刻刀が握られていた。
刃先が水気を帯びているようで、それが月明かりを反射し、ぬらぬらと妖しく光っている。

白「美術部さんですから、これは誰にも負けない自信があるんですよぉ。そしたら、思った通り上手にできたんです」

そう言いながら奥へと進んでいく。
俺はと言うと、まるで身体が凍りついたかのようにその場から動かない。
いや、動けるのだけれど、まるで動き方を忘れてしまったかのように、どうしていいのか分からないのだ。

白「○○くん…?こっちですよ?」

ああ、そっちへ行けばいいのか。
もはやわけが分からずに命令を出さなくなった脳の代わりに白雪が指示を出した。
彼女の後ろから付いていくように足を進めた。

白「先生は…どうしても白雪が好きだっていうんだったら先生をやめなくちゃだめだったんですよ。だって先生のままじゃ白雪のことを好きになっちゃダメですもん。じゃあ先生は暁子ちゃんになるしかないですよね。でも1番暁子ちゃんのことを分かってるのは白雪ですから、1番暁子ちゃんにしてあげられるのも白雪なんですよ」

そんなはずはないのに、少し、足元がぬかるんでいるような気がする。
硬い床の上じゃ絶対にないはずなのに、まるで雨上がりの細かい土の上のような。
ぬるぬるする。

白「だから、白雪が作り変えてあげたんですよ。で、ちょうどさっき完成したんです。この前、言いましたもんね、完成したら、○○くんに一番に見せるって…ほら、これです。まだ、上手く立たないんですけどね、へへ」

そう言って彼女が指差す先、丁度棚の影となっていて月明かりも届かない暗闇の片隅。
丁度人間と同じくらいの大きさの何かが壁に寄りかかるようにして存在している。

ただでさえ静かだったのに、更に静かになったような気がした。
これ以上無音になったらどうするのだろうと言うくらい耳が痛い。
それと同じく心臓がやけに音を立てて動くから、そちらも痛い。
身体の心から冷えていく気がする。
いや、もうとっくの昔に冷え切っていたのかもしれない。
もうすでに脳が考えることを放棄してしまっている。

白「ね、もっと近くで見てくださいよぉ、そっくりなんですから」

その言葉に背中を押されたように1歩、1歩とその黒い塊に近づいていく。
光の届かないその闇に吸い込まれるように。

主「ッ―…」

声が出ずに思わず息を呑んだ。
そこにあったのは紛れもなく―…

白「ね、暁子ちゃんです」



白雪side

○○くんの歓喜の悲鳴が聞こえる。
きっとこの後、よくできたな、なんて褒めてくれるに違いない。
そう思うだけで心が躍るようだ。

やっと、全部思い通りになった。
それが私は嬉しくてたまらなかった。

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最終更新:2008年09月10日 15:53