9月,

今日からまた新学期が始まった。
まだまだ残暑が厳しい中学校へと向かう。
約1ヶ月ぶりに見る校舎は懐かしくも何処か新鮮だ。
久しぶりに会う友達と挨拶を交わしつつ教室へと向かった。



空は雲一つない快晴。
そんな天気に恵まれた中、今日は体育祭が行われるらしい。
らしい、とそんな他人事のように思っても、結局出場するのは自分達生徒なのだから、他人事になるはずもなく。

(それにしても、暑い…)

もう9月下旬だと言うのに、この天気の所為なのか8月と変わらないような暑さだ。
それが根こそぎやる気を奪っていくようで、少しうんざりする。
別に体育祭自体が嫌なわけではないのだが、この気候はいかがなものか。
周りを見てみれば、やる気のある者、ない者、それぞれいる。

(でも、まあ、楽しまないと損だよな…)

きっと、これも後から振り返れば良い思い出となるのだろう。
そんなこんなで体育祭は始まった。



開会式も終わり、いよいよ競技が始まる。
出番が近くなった各クラスの選手たちが入場門へと集合しはじめた。
開会式での先生方の無駄に長い話の時には、始終ぐったりとしていた生徒達にも活気が戻る。
先ほどの開会式とは打って変わって、やる気が満ちていた。
面倒くさがっていた生徒達も、初めからやる気満々の生徒達も気が付けば一緒に熱中している。
もちろん俺も例外ではない。
やはりこういう対抗戦だと、勝ちたいと思ってしまうのが普通である。
俺の出場する競技は午後からの借り物競争だ。
まだそれまで時間はたっぷりとある。
何となくそれに緊張しつつ、今は応援へと熱を注いだ。



(ふう…)

当たり前だが、どんな時にでも生理現象はあるわけで。
用を足し終わり、またテントへと戻るべく歩く。
その時、ふと視界の端に映ったそれに足を止めた。

(有栖川…?)

テントから大分離れた校舎近く、そこの日陰で有栖川が1人ぽつりと立っていた。
何故かそれが気になり近づいてみる。

主「よ」
小「ん?…何だ、あんたか」
主「こんなとこで何してんだよ」
小「別に。ふう…みんな馬鹿みたいね、あんなに騒いじゃって…」
主「何だよ、年寄り臭いこと言って」
小「ほっといてよ」
主「ちぇ、人がせっかく心配してきてやったのに」
小「……………」
主「有栖川?」
小「あ、や、…何でもないわ」
主「?」
小「ごめん、あたしもちょっと嫌な言い方したわね…」
主「……………」
小「何よ?」
主「いや、いつもの有栖川らしくないなと思いまして」
小「いつもの、ね…そうかもしれない」

そう言って少しだけ俯く。

小「何か、おかしいのよね、2学期が始まってから…」
主「……………」

有栖川は、ぽつりぽつりと喋り出した。
そして俺は無言でそれを聞く。

小「2学期始まってからって言うか…、ううん、終業式の日、告白したあの時からかも…何か、自分では大丈夫だって思ってたんだけど、ね…」

そう言うと再び顔を上げた。
その目は何処かと遠くを見つめている。

小「何て言うか、上手く、いかないんだよね…どう接したら良いのか分かんないって言うか…ね。日向君にも、日向君の好きな人にも、それにまったく関係ない人に出すら、何か言っちゃいそうで…」

(日向の、好きな人…)

俺はその時初めて日向に好きな人がいるということを知った。

(そっか、だから有栖川は振られて…)

そこまで聞いたところで有栖川はこちらへと振り向いた。
自然と目が合う。

小「ふふ、なんでだろ。何だか分かんないけど、あんたには全部言っちゃうんだよね」

少し困ったような笑顔。
時々羨ましく思う。
こんなに一途で一生懸命な有栖川が、そしてそんな有栖川に思われている日向が。
でも、思うだけ、だ。
多分それを言ってしまえば困ることになってしまうから。
彼女も、俺も。
出そうになる言葉を飲み込み、ぽん、と手を彼女の頭に乗せる。

主「ま、何かあったら俺に相談しろって」
小「…ありがと」

そう言って照れくさそうに笑う。

小「…でも、何であんたに話しちゃうかホントは分かってるんだけど、ね」
主「え…?」
小「あんた、さ…うちの兄貴に、似てるんだよね」

(有栖川の兄貴って確か…)

数ヶ月前のことを思い出す。
そう、確かもうすでに亡くなっていたはずだ。

小「あたしが、みんなの輪から離れて一人でいるときは、いつも傍にいてくれたし、それに…」
主「それに?」

有栖川の手が彼女の頭に乗せた俺の手に重なる。

小「よく、こうやって撫でてくれた」

少し寂しさの感じられる笑顔。
重なっていた手が離れた。

小「…なんてね」
主「有栖川…」

できるだけ、明るい声を作る。

主「…何ならお兄ちゃんって呼んで良いぞ」
小「………っぷ、馬鹿!」

ぺし、と軽く俺の肩を叩く。
もしかすると、この関係が一番良いのかもしれない。
思っていることを素直に言えて、時には甘えて、ふざけ合える。
自分のものには出来ない、しかしかわりにずっと傍にいられる。

(兄貴、か…)

できることなら、これからも有栖川といたい。
それならば、この選択肢もありなのだろう。
一番近くでいられる。
もし、彼女に恋人が出来ても永遠に続けられる関係。
欲を言えば、それ以上になりたいのも事実だ。
それでも…

小「…さて、それじゃあテントに戻りますか」
主「え?」
小「ほら、何ぼさっとしてんのよ!あんたも一緒よ!」
主「ふ、はいはい」

二人並んで歩く。
今はこれが十分すぎるほどの関係だ。
この関係のまま、このまま、有栖川の近くにいよう。
そう心の中で誓った。




日「ごめん、みんなー!ちょっと聞いてくださいー!」

その声が響いたのは、ざわざわと騒がしい放課後の教室だった。
少しだけ教室内の音量が下がる。

日「今から空き教室の机の入れ替えがあるんですけど、委員会だけでは手が足りないので、少しだけ勇姿で手伝ってくれる人を募集します!誰か手伝ってくれませんかー?」

また元のボリュームに戻る教室内。
様々なところから「どうしよう」だの「めんどくさい」などと言った会話が聞こえてくる。

(あ…)

回りの様子を見ていたところで、ふと目に入った有栖川。
何ともいえない表情でそわそわと立ち上がったり座ったり、もうすっかり変える準備の整った荷物を弄ったりしている。

(…まったく、こいつは)

その様子を見ていると自然と笑みがこぼれた。
近づけばこちらに気付いたようで、ぴたりと動きを止める。

小「な、なによ…!?」
主「ほら、手伝い行くぞ」
小「え?」
主「…お前どうせ暇だろ?せっかくだから人のためになることでもやろうぜ」
小「まあ、そこまで言うならやってやらなくもないわよ?」

言葉とは裏腹にへにゃりと口元がにやけている。

小「さあ!ぐずぐずしてないで行くわよ!」
主「へいへい」

(…なんか、笑えるくらいの張り切りようだな)

有栖川は凄く強そうに振舞うが、それでもやっぱり本当は弱いただの女の子なのだ。
そんな有栖川が、彼女らしく有栖川小兎をやっていけるように、俺がその弱い部分をなくしてあげたいと思った。
常に余裕のある笑顔でいれるように。



―キーンコーンカーン

羽「あー、メシだメシ!」

チャイムが鳴り、昼休みが始まると共に教室内が一気に賑やかになる。

羽「な、お前今日弁当?」
主「いや、購買か食堂かで食おうと思って」
羽「なら食堂行かねえ?」
主「お、行く行く」
羽「よし、早く行こうぜ。場所なくなっちまう」
主「ああ、ちょっと待てよー…」

ええっと、財布財布、と…

がさごそと鞄の中を漁っていると、やけに響く甲高い笑い声が聞こえた。

ち「ね!上城さん、お昼外で食べない?」
小「上城さん、お弁当だったわよね?」
鳥「一緒に食べようよー!」
白「あ、はいです…!」

横目でその光景を見つめる。

有栖川、この前の体育祭の時とか一人だったわりに、けっこうクラスに上手く馴染んでるじゃん。
俺が一緒にいなきゃ、とか思い込んでたけど、案外そんな心配いらなかったかもな。

羽「あいつら、最近仲良いよなー…」
主「え、あ、うん」

突如同じ光景を見ていたらしい羽生治に声をかけられる。

主「なんか良いよな、ああいうの」
羽「あー…まあ、なぁ…」
主「どうした?」

どこか同意しかねるといった曖昧な返事に思わず聞き返す。

羽「いや、別にどうもしないっちゃあどうもしないんだけど…」
主「なんだよ」
羽「んー…前に垂髪、上城さんは苦手だって言ってたのになあ、と」
主「ふーん?」

どうやら俺と違って羽生治の興味の対象は垂髪と白雪だったようだ。
その言葉に先ほどの羽生治と同じように曖昧な返事をしながら、楽しそうに教室から出て行く女子の集団を見送る。
そう言えば、一学期は白雪が誰かと一緒にいるところなんてほとんどみなかったな…。
今じゃあんな風にみんなで楽しそうにしているわけだ。

主「まあ話してみると良い奴だったってこともあるしー…えーと、あれだ。昨日の敵は今日の友って言うじゃん」
羽「…それなんか違くね?」
主「気にすんなって…と、そうだ!食堂、食堂!」
羽「あー!早く行かんと場所なくなるぞ!!急げ!」
主「あっ、ちょ、待てよ!!!」

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最終更新:2008年08月04日 19:08