10月.

礼「それでは、今日はここまで。課題は次の授業のときに提出してくださいね」

―キーンコーンカーン

先生が出て行くのとほぼ同時にチャイムが鳴る。
休み時間になると、教室内は一気に騒がしくなった。
が、俺といえば…

主「ね、眠い…」

先ほどの授業中、少しうとうとしていたが、あの青木先生の授業で寝てしまうのは怖いような気がして…
って、言うかあの穏やかな笑顔でねちねちといやみを言われそうで、何とか眠るのだけは耐えていたのだ。

でも、もう限界かもしれない…
休み時間の間だけでも寝てしまおう!

俺は欲望のままに机へと伏せた。


リ「…さん?○○さん!」
主「うぇ!?」

突如名前を呼ばれ飛び起きる。

主「え、あ、え、は、リヨ、さん…?」

まだしっかりと覚醒しきってない頭で、何とか現状を把握しようとする。

ええっと、俺は確か休み時間に寝ようと思って、寝て、それで…もしや今授業中!?
…でもないな。

時計を見てみれば丁度眠り出してから5分ほど、休み時間の半分を過ぎたころだった。

リ「あの、言いにくいのですが、涎…」
主「あ」

慌てて袖で口元を拭う。
何処となくリヨさんがため息を吐いたような気がした。

主「やー、悪い悪い。で、何か用でも?」
リ「あ…その、上城さんのことなのですが…」
主「白雪?」

リヨさんの口から出た思いも寄らない名前に少し困惑する。

主「えっと…白雪が、どうしたって?」
リ「その…」
小「ねえ、灰塚さん!」
リ「あ…」

何か言おうとした瞬間、リヨさんの名前を呼ぶ声が響いた。
その声に彼女は口をつぐむ。

主「有栖川か、なんだよー」
小「うるっさいわね!あんたには用なんてこれっっっぽっちもないわよ!」
主「………」

いつもにも増して有栖川の俺に対する扱いが酷い気がする。
まあ別に、どうでも…いいんだけど。
俺は大人しく二人の話が終わるのを待つことにした。

小「で、さ、灰塚さん」
リ「あ…はい…」
小「先生が呼んでたわよ」
リ「え…」
小「ね?」
リ「あ、はい…」

そこまで言うとリヨさんはくるりとこちらを振り返り、軽くお辞儀をする。

リ「あの、そういうことですので…では」
主「え、あ、ちょ、ちょっと!」
小「だーかーらっ!あんたには何の用もないって言ってんのよ!ついてこないでよねっ!」
主「う…」

そう甲高い声でぴしゃりと言いつけられては、ぐうの音も出ない。
そのまま二人は行ってしまった。



あー、スッキリした。

休み時間、無事トイレで用を足し終え、教室へと戻っていく。
廊下は、やけに明るい声で話しに花を咲かせる奴、他のクラスの友達に教科書を貸してくれと頼み込む奴など、さまざまな生徒で賑わっていた。
そんな生徒達を横目で眺めながらゆっくりと歩いていく。

ドンッ!

白「きゃっ」
主「わ、」

余所見ばかりでちゃんと前を向いてなかったのがいけないのか、誰かとぶつかってしまった。
小さくあげれた悲鳴は聞き覚えのある声だ。

主「…と、白雪か。悪い、よそ見してた」
白「あ、いいえ!白雪も走っちゃってましたし…」

そう言って、ちらりと舌を見せる。
そういえば、こうやって白雪と話をするのは久しぶりかもしれない。

主「あ、そういえばさー…」
白「あのっ…」

そのせいか、なんとなくまだ話していたい気持ちになって、何か話題をと口を開く。
しかしそれは白雪の静止によって、またすぐに閉じられた。

主「どうかしたか?」
白「その、みんなを待たせてますので…」
主「え、あ、そっか…」
白「それでは、失礼しますです!」

それだけを言うと、また白雪はぱたぱたと小走りでかけていった。
最近話していなかっただけに、もう少しいろいろと喋りたかったんだけども…。

主「はあ…」

どこか残念、…っていうか寂しい気分だな…



主「ったく、何で俺がこんなこと…」

ぶちぶちと誰にも聞きとられるこのない愚痴を吐きながら歩く。
しかしそれは半分諦めのようなもので。
先ほどのやりとりを思い出す。

鳥『お願い!今日裏庭の水遣りやって!』
主『はあ!?それ園芸部の仕事だろ!?』
鳥『実は今日見たいテレビの再放送なのよね!なのにビデオ録画忘れちゃって…一生のお願い!』
主『そもそもなんで俺が…』
鳥『うーん、断ってもいいんだけど…』
主『なら断る』
鳥『じゃあそのかわり今日から○○は園芸部ね!』
主『ちょっと、待て!何だその横暴な条件は!』
鳥『いいじゃない、別に』
主『良くない!』
鳥『…そんなに園芸部はいりたくないの?』
主『ああ』
鳥『…じゃあ、今日の水遣りよろしくねー!』
主『だから、なんでそうなる…って、おい!』

言い終わるが早いが脱兎のごとく姿を消す鳥越。
そして、今に至るわけだ。

主「はあ…まあ文句言ってもどうにもならないし、とっとと済ませて帰るか…」

どうにもならない不満をため息と一緒に追い出し、頼まれたとおり裏庭へと向かう。



木々が聳え立ち、おそらく構内で一番緑が多いであろう裏庭。
その隅にある水道、そこはこちらから見れば木の陰で死角となっている。
そのまま裏庭を横切り、辿りつく。

(えーと、ホースは…と)

視線をぐるりとまわし探す。
しかしその場で如雨露は発見できたものの、肝心のホールが見つからない。
もしこれを如雨露で水遣りしようものなら、日が暮れてしまうだろう。

(しゃーない、倉庫まで取りに行くか…)

ないことを悟り、ため息をつく。
諦めて倉庫までホースを取りに行くことにした。



(これで良いよな)

倉庫で1番長さのありそうなホースを手にとり裏庭へと戻る。
放課後の裏庭には人気が少ない。
一人ぐるぐると巻かれたホースを持ち、歩く。
静かな、裏庭独特の雰囲気。

(あれ…?)

風に吹かれ、木の葉がカサカサと音を立てる中、それに混じって話し声が聞こえた。
それも、どこか聞き覚えのある女子の声。

(誰か居るのか?)

しかし周りを見渡すも、姿が見えない。

(あ、もしかして…)

そのままゆっくりと目的の場所、水道へと近づく。
やっぱり思ったとおりのようだ、近づくにつれ、声が大きくなっていく。
何となく隠れて、木の陰から顔だけ出して覗いてみる。

(垂髪と、白雪…?)

そこにいたのは俺と同じクラスの二人。
しかし、この二人が一緒と言うのは始めてみるかもしれない。
それくらい珍しい組み合わせだ。

(何話してるんだろ…)

会話の内容が気になるものの、ここからだとよく聞き取れない。
それでも、その付帯の表情がまったく笑っていないことから、楽しい話ではないということだけは何とか分かる。
何となく、嫌な予感がした。

パンッ!!!!

それと同時に響く音。
高々と、垂髪の手が孤を描き、白雪の頬を撃つ音。
正直、目を疑った。

主「おい…っ!」

それでも目にしたそれに、思わず身体が前へと出る。

ち「え……………?」

その瞬間、ビクリと大げさなほどに肩を震わせ、目をいっぱいに広げてこちらを見る垂髪。
まるで、信じられないとでも言うような、何か恐ろしい化け物でも見たかのような表情。
血の気の引いた顔
何か言おうと開いた瞬間、また閉じる、それを繰り返す口。

ち「な、なんで、●●が、こんなとこに…?」
主「垂髪、お前……」

途切れ途切れに聞こえる言葉。
1歩近づけば、まるで距離を保つかのように彼女も後ろへと下がった。
もう1歩、と近づく。

ち「…っ!」
主「あ、おい…!!」

その瞬間、彼女は駆け出す。
追いかける間も、呼び止める間もなく姿を消した。

(………………)

呆然と彼女の去っていった方を見つめる。

(なんで…)

未だ、信じられない光景。

白「●●くん…?」

名前を呼ばれ、ふと我に返る。

主「あ…は、白雪…!」

思い出したように駆け寄る。
彼女は逃げるでも座り込むでもなく、ただただその場に立っている。
目に映る、その僅かにだが腫れた頬がやけに痛々しい。

主「大丈夫、か…?」

ゆっくりと確認するように頬に手を重ねる。
手のひらへと生々しい熱が伝わってきて、嫌でもこれは現実なのだと分からされる。

白「白雪は、大丈夫ですよぉ?」

白雪は、そう言って笑みを見せた。
いつもと変らない笑顔。
それが余計に辛く感じた。

前から薄々は思っていた。
それでも、できるだけ気付かないふりをしてきた。
何が、大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫なものか。

主「白雪…」
白「なんですか?」

変らない笑顔で聞き返してくる。

主「…いや、」

言いかけた言葉を飲み込む。

主「とりあえず、保健室、行こうか」

そのかわりに、それとは別の言葉を吐いた。




昨日から頭の中はぐちゃぐちゃのままだ。
整理がついてない。

(あ…)

ふと、校門のところに目を向ける。

(垂髪…………)

できるだけ、目を合わせないようにして通り過ぎる。

ち「○○っ!」

今はこいつに係わりたくなかった。
無視して足を進める。
なのに彼女は小走りで走り寄り隣を歩く。

主「…なんだよ」

思わず発した声はとても低く冷たいものだった。

ち「あ、あの…」
主「ついてくんな」
ち「…っ、やだ!」
主「うるさい」

まだ頭の中の整理がついてない。

(良い奴だと思ってたのに…)

裏切られた気持ちでいっぱいだ。
心底軽蔑した。失望した。
あれだけ好きだったのに、気持ちなんてきっかけさえあればたった1日でこんなにも簡単に変るものなのだ思わされた。

ち「…ごめん」
主「なんで俺に謝るんだよ」
ち「……………」
主「謝る相手間違えてんじゃねえの?」

垂髪の表情が強張る。
でも別に言い過ぎたなんて思ってはいない。
言うべきことを言ったまでだ。
垂髪の足が止まるのがわかる。
隣から、視界から彼女が消えた。
それでも俺は足を進めることをやめず、振り向くこともせず校舎の中へと入っていった。



主「はあ…」

今日は一日中ずっと上の空だったよう気がする。
ほとんど何をしたのか覚えていない。
もちろん、いつもなら一緒にふざけあったりするはずの垂髪とは一言も口を聞いてないし、目も合わせてすらいない。

(なんか、凄く疲れた気がする…)

多分、精神的にきているのだろう。

(…早く帰りたい)

今はただそう思うので精一杯だった。
玄関で靴を履き替え外に出る。

主「!?」

いきなり、誰かに腕を掴まれた。
驚いて振り向く。

主「あ…」
ち「あ、あの、○○…」
主「離せよ」
ち「…じゃあ、話、聞いて…」

ぎゅ、と掴んだ腕に力が込められる。
人気のない玄関に、垂髪の静かな声が嫌に響いた。

主「手、痛いんだけど…」
ち「あ、ごめ…!」

力は弱まったものの、まだ彼女の手は俺の腕を掴んだままだ。

主「…俺は何も話すことないんだけど」
ち「だって○○怒ってる…」
主「怒ってない」
ち「怒ってる!」

(…別に、怒ってない。怒る理由がない)

それでも今は垂髪を見ているだけで苛立ちが治まらない。

ち「ねえ、ごめん…」
主「……………」
ち「許して…」
主「許すも何も…怒ってないって言ってるだろ!?…それに怒ったからって言って、」

(そうだ、何も、変らない…)

主「っ…」
ち「あっ」

俺は垂髪の手を振り払い駆け出した。

ち「あたし、○○と一緒にいられなきゃ、学校に来る意味ない…!」

後ろで彼女が何か言うのが聞こえる。
それでも見向きもせずにただ走る。
早く彼女の声が耳に入らないように、雑踏の中に紛れ込んでしまえるようにと。

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最終更新:2008年08月02日 04:53