悪魔の中身

レイ・ジョーンズは人間の闇を知っている。
「世界崩壊」前の彼は、犯罪者を相手取る仕事をしていた。新人だったが、それでも何度か場数は潜った。だから知っている。良心や倫理観などないかのように振る舞う悪党を知っている。
「世界崩壊」後も彼は極限状態に置かれた人間の醜さを何度も見てきた。それはゾンビとはまた違う醜悪さ。所詮人間も獣に過ぎないと訴えるような、残酷で、冷酷で、恥知らず。

だが、他の世界と比べても遜色なく、あるいはそれ以上に人間の【悪】に触れてきたレイ・ジョーンズでも、彼女、平沢茜は未知だった。

犯罪者、狂人、残虐。

そんな月並みな形容詞では表せないほどの【悪】。
そもそも動機からしてレイには理解ができなかった。

――世界が平凡だったから。

なんだそれは、とレイは思う。
そんなティーンエイジャーが家出をするような理由で、彼女は何人もの人間を殺して、いや、殺し合わせてきた。

その所業、まさしく悪魔(イレギュラー)。

だが、あまりにも理解ができないからこそ、レイはそれ以上、理解することを止めた。
レイの目的は生還である。ならば、ある意味ベテランである茜は重要な要素だ。
生かしておく。それに、外見は妙齢の日本人女性であり、実際に殺人を犯す、または誰かに危害をくわえるところを見たわけではない。

こと、適応力に関しては、レイの右に出る参加者は少ない。レイは心の中から生じる不快感、生理的嫌悪に蓋をして、あくまで善良なアメリカ市民、タフな元SWATとして振る舞うことに決めた。

レイと並んで歩く茜はすっかり登りきった太陽に照らされた海を見ている。
まるで、映画のワンシーンのように、海沿いを歩くレイと茜は、映えていた。


レイ・ジョーンズにとって平沢茜は未知である。
が、彼は未知に慣れている。次々に襲い来る不条理に耐性がある。

ならば、平沢茜はどうなのか。
自分のペースを崩さない彼女は、このバトルロワイアルも既知なのか。

結論から言えば、彼女の心中は決して穏やかではなかった。
まず、彼女の感情を占めるものは怒りだ。

観測者、と茜は自分を評価している。
あるいは読者、もしくは視聴者。

彼女は殺し合いを見ることが好きだ。
もし古代ローマに生まれていれば、コロッセオの常連、あるいは運営者に成っているだろうと確信する程度には、好きである。

そう、彼女は殺しあいを見ることが好きなのであって、殺しが好きなわけではない。
何度か見せしめと称して人間を銃殺、あるいは爆殺したことはあるため殺人処女でこそないが、それでもどこぞの狂人のように、殺人そのものには快楽を見出さない。

だからこそ、彼女は自分を殺しあいに招いた『もう一人の私』、AKANEに敵意や憎悪を抱いていた。AKANEも、茜の性質は知っているはずだ。知っていて、それでもなお、彼女を殺しあいに放り込んだのだ。ご丁寧に彼女に殺意を抱いているであろう参加者と一緒に。

ああ、果たしてこれほどの屈辱があろうか。
観客は、コロッセオへと引っ張り込まれ、今度は自分が主催者を喜ばせる劇の一部として扱われている。
家柄を誇らず、友人からも謙虚でいい子という評価を貰っている彼女だが、その本性は自分以外の全てを自分の欲を満たすためにあると思っている悪魔だ。だからこそ、自分がもう一人の自分の肴にされることに我慢できない。
引きずりおろす、と茜は改めて決意を固める。

彼女の心を占めるものは怒りだ。
が、それだけではない。
怒りに次いで大きな感情。それは矛盾のように思うかもしれないが、愉悦だ。

殺し合いに放り込まれたことこそ業腹だが、この趣向は悪くない。
主催者の地位を奪えれば、様々な世界の者たちをロワに参加させることができるのだ。

そのことを考えるだけで、彼女のテンションは上昇する。
ヒーローや探偵、魔法少女や偉人が同じフィールドで殺し合う様を見たら、ここ最近のマンネリも吹き飛ぶだろう。
いや、それだけではない。異世界にまで干渉できる力があれば、妄想だけで終えていたこんな趣向やあんな趣向も……と考え出したら際限が無くなる。
そういう意味では、彼女は今まさに、明日への希望を見つけたといってもいいのかもしれない。

最後に彼女の中で最も小さな、されど確かにある感情。
それは、恐怖だ。
死にたくない、と彼女は思う。
観測者である彼女にとって世界の中心は自分である。彼女は全ての価値を自分に置いている。
だからこそ、人並みに、人並み以上に、彼女は死を恐れている。

平沢茜は聡明である。元々の悪魔じみた閃きと英才教育によって、彼女の思考力は水準を超えている。が、それは殺し合いを生き抜く武器としてはいささか弱い。
何より、彼女は腕っぷしが強くない。元々運動が好きではないのだ。おそらく単純な身体能力なら参加者でもワーストクラス。アースRの参加者だけを比較しても、平均以下であることは確実。

はっきりいって、もし彼女が最初に出会った参加者が、殺意を胸に秘めていたら、平沢茜はとっくに脱落している。
それは彼女自身も重々承知している。

大物ぶるのも、余裕の笑みを見せるのも、全ては経験則だ。
この極限状況でそのように振る舞う者がいれば、他の参加者は警戒、または頼もしく思うだろう。
いずれにしても、生存率は上がる。

彼女が見てきたいくつのも殺し合いでも、マイペースを貫いた参加者は必ず終盤まで残っていた。

経験則に関しては平沢茜はトップだ。
終盤まで生き残る参加者の行動や傾向を分析し、その中で自分でも行える行動を選択。
今まで見てきた何十何百の死と同じにならないように、茜は頭を働かせる。


ざあざあと波が揺れている。
港にはいくつか漁船が泊まっていた。
レイが調べたところ、エンジンは問題なく使える。
が、当然沖合に出れば首輪がボン、だ。
レイも茜をそれを理解しているからこそ、今のところこの漁船群にたいした価値を置いていなかった。
「この後どうする、茜」
レイは支給された食料――味気ない乾パンだ――を口に入れながら、横でコーヒー牛乳を飲む茜に問う。
「……そうねー、このまま放送が始まるまで、港に待機ってのはどう?」
ちらりと、レイは腕時計を見た。
もう1時間もしないうちに放送が始まる。
「俺も同じ考えさ。今慌ててここを移動するメリットがない」
「そ。それに茜ちゃんはもー疲れちゃったよおー」
そう言って、ごろんと茜はベンチに体を横にした。
無防備にレイにその肢体を、晒す。
「ジョーンズさーん、マッサージおねがーい」
そう言って、童女のようにあどけなく、笑う。
こういった相手を、レイ・ジョーンズは殺せないと脳内で冷たく計算しながら。
「はは、おやすいごようさ」
そう言ってレイは彼女の踝に手を当てる。
「いやーん、何か手つきがやらしー」
「おいおい、君から頼んだんじゃないか」
そう言って、レイは手慣れた手つきで、彼女の足をほぐしていく。
(あ、思ったよりも上手い、この人)
と、彼女が若干緩んだ脳でそんなことを考えた時。
「ところでさ、せっかく時間があるんだ。さっきの話しの続きをしたいんだけど、いいかい」
(やっぱり、来たか)
平沢茜は考える。
今話すべきこと。まだ話すべきではないこと。それを冷静に吟味しなければならない。


もし第三者が今の二人を見れば、年の離れたカップルだと思うかもしれない。

が、二人の間に絆が芽生える可能性は――今のところ、零である。





【H-5/港/一日目/早朝】


【平沢茜@アースR】
[状態]:健康、精神的疲労(小)、肉体的疲労(中)
[服装]:普通の服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考]
基本:主催を倒し、自らがこの殺し合いの主催になる
1:AKANEの元へ行く
2:ジョーンズには守ってもらいたい
3:叫、駆、嘘子の動向が気になる
4:放送があるまで港で待機
[備考]※名簿は見てます


【レイ・ジョーンズ@アースEZ】
[状態]:健康 
[服装]:ボロボロのスワット隊員服
[装備]:スペツナズナイフ×4@アースEZ、小説『黒田翔流は動かない』@アースR、仮死薬@アースR
[道具]:基本支給品
[思考]
基本:主催を倒す
1:一般人は保護
2:茜の話をもっと聞く。そのために今は茜を保護するのが先決か
3:マシロ、マグワイヤーが気になる
4:俺が作られた存在?
5:放送があるまで港で待機
[備考]※平沢茜に生理的嫌悪感を抱いています


047.CORE PRIDE 投下順で読む 049.みつどもえ
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022.世界の座標軸からみえるのは 平沢茜 次の登場話?
022.世界の座標軸からみえるのは レイ・ジョーンズ 次の登場話?

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最終更新:2017年05月24日 17:04