D-MODE

「だいたい分かった」

 警察署の『応接室』と書いてある個室の中心に黒田翔琉が立っていた。
 その近くにはホワイトボードが運び込まれており、黒のマジックで様々な情報や推測が描かれていた。
 ホワイトボードは狭すぎて、すぐに埋め尽くしてしまったので、壁にも書いてある。壁でも足りなかったので、床にも書かれていた。
 天井は届かなかったので書かれていない。

 旗についての情報。
 黒田の知っている自分の世界についての情報。
 そして、鉄缶に入っていたマスコット――ピンクのカエル「キュウジ」から聞いた、“魔法の国”の情報。
 あまりに書きまくられてしまったため、部屋はまるで呪いの言葉がびっしりと書かれているかのようにさえ見える。

「だいたいわかったって……」
「理解した、ということだ。事件の全容の理解は解決への第一歩、すべての探偵が行うべき初期項目。
 現状で分かっているなにもかもを洗い出して、未知のピースを推測で埋める、地道だが必要な作業だ、それが今終わった」
「……だ、だからってここまで書き込むことないじゃないか、かけるくん!
 床も! 机も! この缶まで! 文字だらけになっちゃって……」
「紙を取りに行くのは面倒だったからだな。俺は基本的に安楽椅子派なんだ」
「ものぐさなのかアクティブなのかはっきりしようよ……」

 テーブルの上、缶の中に入っているキュウジは呆れかえる。
 その缶にも情報が書き込まれている。
 「キュウジ オス 魔法少女のマスコット ショッキングピンク 羽虫が好き 猛禽類が嫌い 特技は大ジャンプ 趣味は歌……」
 テーブルにも情報が書き込まれている。
 「仮称:魔法の国 の魔法少女と呼ばれる存在を契約によって造り出す、マスコットと呼ばれる存在で……」
 もはやキュウジのプライベートな部分は年齢以外すべて洗い出されてしまった。年齢だけは死守した。
 そこはやっぱり現実的なところなので夢を与えるマスコットであるキュウジとしても教えては商売あがったりなのだ。

「というかかけるくん、こんなに情報ばっかり書いて、どうしようっていうのさ!」
「情報の大切さが分からないか? では試しにひとつ整理してみようか。
 まず――前提条件。俺が見ているこのピンクのカエルが幻覚でないのなら、”世界は複数ある”ということだ。
 時代考証も、なにより環境考証までてんでチグハグ、そもそも俺の世界観には喋るカエルも魔法少女も居なかった。
 同様にキュウジの世界では、探偵稼業は魔法少女の仕事の範疇で、
 探偵は居なくもないが、探偵だらけになるような土壌はない世界観だ。つまり、俺たちは別々の世界から来た」
「うん……そこは間違いないと思うよ……?」
「なら確定条件としよう」

 言いながら黒田はまだ文字の書かれていなかったソファーをひっくり返し、
 背に「1・世界は複数ある」と書いた。
 やっぱりアクション派じゃないのかとキュウジは思う。格闘が苦手な頭脳派とはちょっと思えない。

「そしてこの確定条件を”分かるところまで”詰めていく」

 書いた文字から線を伸ばし、項目を分けていく。
 ――どういう世界があるか?
 ――いくつ世界があるか?
 ――なぜ世界が複数あるのか?
 ――完全に別個の世界なのか? それともどこか一つから分岐した並行世界か?

「少し思いつくだけでもこれだけの条件が出せるわけだが、さてどれが“分かる”?」
「どれもわからないと思うなあ……」
「分からないのは情報が足りないからだ。他から情報を手に入れれば、確定したり推測できるものもある。
 例えばこの“参加者候補名簿”は大きな情報だな。
 俺もキュウジも知らない名前が載っている。というところ。そして、俺とキュウジが知っている名前の数も大事だ」

 黒田翔琉は“参加者候補名簿”をびらりと見せる。
 すでに警察署で調達したマーカーによって、
 黒田が知っている名前とキュウジが知っている名前には線が引かれている。
 全体で載っている名前の数は150弱。
 そして、黒田とキュウジがそれぞれ知っていた名前と、共通して知っていた名前を合わせて、30程度となっていた。
 ちなみに共通して知っていた名前とはすなわち偉人勢の名前のことだ。

「偉人勢はとりあえず除く。本当に呼ばれているならそれは別の世界からの可能性が高いからな。
 二人がそれぞれ埋められた名前だけ数えると、20弱だった。
 一人につき10人程度の知り合いがいることになる。
 ということは単純計算なら、この殺し合いに呼ばれた世界は15個あるということになる。
 ……ただ、考慮すべきは、“同じ世界だけど知らない人”の存在だ。
 俺の世界からも俺が知っている著名人以外に呼ばれていたりするかもしれない。実際に、一般人に見える名前もあるしな。
 そう考えるともう少し減るわけだ。10個前後、あるいはもっと少ないか。
 さらに殺し合いに呼ばれなかった世界の存在も考慮しておこう」

 黒田はソファーに文字を追加する。
 世界は複数ある――いくつ世界があるか?
 ⇒少なくともこの場には10前後。呼ばれなかった世界を含めればもっとあるはず。

「なるほど……そういう流れだったんだ。すごいやかけるくん。やっぱり探偵だったんだね」
「探偵だぞ。そしてこの程度で驚いてもらっては困る。
 こうして推測した情報が他の謎の手掛かりや、新たな謎となるということもあるわけだ」

 黒田はさらに分岐を増やしていく。
 もはや問答もなしに、謎を増やしては推測し、答えを出していく作業。
 恐ろしいスピードでマジックを書き連ねていくその姿はまるで魔法陣を書く魔術師のようだ。

 ――10前後の世界はそれぞれどういう世界か?
 ◆探偵の世界と魔法少女の世界。ほかにも職業や概念に特化した世界があるか?
 ◆参加者名簿は日本語で書かれていた。全員が日本語を理解できるとみるべきか
   あるいは他の参加者にはその世界の言語で渡されているのか?
 ◆キュウジも日本語は理解可能。最初に流れたスピーカーからのアナウンスも日本語だった。
 ◆日本があるという点ではこちらの世界とキュウジの世界は共通している
  ⇒並行世界説の補強?
 ――そもそも世界が沢山あるとすれば――なぜその10前後の世界から呼ばれたのか?
 ◆キュウジは「旗」を見ていない 旗は関係ない?
 ――誰が集めたのか?
 ⇒たくさんの世界を集めるならばその世界について知っている存在が必要
  また、自分の世界以外の世界に干渉できる存在も必要となる
  この島のような世界に連れてこられているが、こんな島はキュウジも俺もしらない
  世界を移動させる力を持っている存在もまた必要
 ◆また、

「ちょ、ちょっとかけるくん!」

 あまりに終わりそうにないのでキュウジは思わずストップを掛ける。
 黒田翔琉もそこでようやくキュウジの存在を思い出したかのようにマジックを書きなぐる手を止めた。

「おっとすまんな。ついつい探偵モードに入ってしまっていた」
「ほんとうにやめてよ……その辺のおはなしをこれまでして、もう分かることは全部分かったんでしょ?
 いまのはおさらいなんだから、そんなに根をつめないでよ。僕らはその先の話をすべきだと思うな」
「同感だ」

 そう、今の推理過程はここまでの情報交換の合間にずっとなされてきていたことで、
 だから壁にも床にもびっしりと文字が這わされているし、黒田はもう推理の果ての「答え」まで出している。
 確認作業に時間をかけるほど今日の探偵に余裕はない。
 ぱんぱんと服についたホコリを払ってから、ごきごきごきりと黒田は肩を回した。

「重要な“成果”だけを確認しよう。

 分かったこと。
 ひとつ。 世界が複数あると分かったこと。
 ひとつ。 主催は複数の世界から人を集めて殺し合いをさせていること。
 ひとつ。 主催には複数の世界に干渉できるだけの強大な力があること。

 推測できたこと。
 ひとつ。 「チーム」は世界ごとに分けられている可能性があること。
 ひとつ。 「旗」は主催が俺の世界に干渉したことを表していた可能性があること。
 ひとつ。 この島もまた、主催によって造られたものである可能性があること。

 まあ他にもいろいろと考えはしたが、まだ推測の域を出んな。閉じこもっていては情報も足りないか」

 根拠や論理は割愛するとして、
 この一時間程度のグリーティングで黒田翔琉が「理解」したのは以上の成果だ。
 かねてからの懸念だった「旗」事件についての推理が出来たのは非常に大きなことだった。
 さらに、自分が置かれている状況についてもある程度の把握を得た。

複数世界から人を集めての殺し合い。
 理由はまだ不明だが、おそらくは世界ごとにチーム分けをし、
 どういうわけかどのチーム――どの世界が生き残るかを決めようとしている。
 その力はあまりにも強大で、黒田翔琉に太刀打ちできるものかはかなり怪しい。
 ――ここまで、分かった。 

「さて、そして最後の問題」

 そしてそれでもひとつ問題は残った。
 その問題は――ここが机上ではなく現場だということだ。

「俺はこの場で何をすべきか、だが――」

 事件が起こった後ではない。今まさに起こっている真っ最中だということだ。
 こんなとき、探偵はどうすべきか。


 ――黒田翔琉は探偵として、何をすべきか。


 ぎょろりと黒田の黒目がキュウジに向いた。
 キュウジはぎょっとした。先ほどまでの探偵の鋭い目とは違う。
 その目にはこの理不尽への怒りが、正義に燃える男の怒りが、炎として灯っていた。

「何をすべきか、だが。そんなものは決まっている。
 ……俺にもかつては師匠が居た。
 探偵の師匠だ。その人は探偵になろうと目を輝かせていた俺に、いきなりこんなことを言うような人だった。
 “いいかカケル、探偵は事件を解決している時点で負けだと思え。出番があった時点で敗けだと思え。
  探偵の仕事なんてのは火事の消火だ。延焼しないようにする後始末だ。燃えたものは結局、戻らねえ”」
「かけるくんの……師匠……」
「事件が起こってしまっているという事態そのものを、重く見るような人だった。
 確かにそうだと、俺も思う。解決するのは楽しいし好きだが、解決するような事件が無くなるのが一番だ。
 まあ理想論だ、事件が無くならないから俺たちみたいのがいるわけだしな。それでも、探偵(おれたち)だって思ってるんだよ」

 黒田翔琉は言った。

「人を悲しい目に合わせるクソ野郎は許せねえって、探偵(おれたち)だって思ってるんだ」

 力強く、宣言した。

「俺は――この事件(殺し合い)を止めるぞ、キュウジ」
「かけるくん……!」
「そしてそれに際して一つ、質問がある」
「え?」
「キュウジ。魔法少女のマスコット。マスコット学園では主席だったが、未だ契約者はおらず。
 マスコットは、契約者を自らと一蓮托生とする魔法少女に変えることができる。そうだな?」
「え……うん……」
「ならば」


 そして力強く、質問した。


「ならばお前は、俺を――魔法少女にできるか?」



【A-4/警察署/1日目/早朝】

【黒田翔琉@アースD】
[状態]:健康
[服装]:トレンチコート
[装備]:キュウジ@アースMG
[道具]:基本支給品、週刊少年チャンプ@アースR、タブレット@アース???
[思考]
基本:この事件(殺し合い)を止める
1:眠気は覚めた
2:そろそろ動き出す
3:剣崎渡月に注意
4:詩織やナイトオウルたち知り合いも気になるが…
[備考]
※「旗」は主催によるものと推理しました。
※複数世界の存在と、主催に世界干渉能力があることを推理しました。
※チーム=アースや言語変換、偉人勢の世界があることなどについては推測程度。

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028.くろださん@うごかない 黒田翔琉 次のSS?

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最終更新:2017年05月24日 17:19