憎しみと共起

 歩く、歩く、歩く。けれど歩けど歩けど先は闇だった。
 軋む体を動かしても廃工場というものはどこまでも同じ風景で、進んでいるという実感がない。
 “黒腕の魔法少女”との交戦後、足を引きずり廃工場を進む雨谷いのりだったが、
 想像以上に広い施設の出口は、負傷体では辿り着くのも一苦労。意識も徐々に薄らいできた。

(思ったより、広い……? 北の方に行けば、よかったのかも……)

 屋根のある施設で休もう、と漠然と考えたいのりは、廃工場を出て東の「学校」へ向かうルートを選択した。
 地図としては北の「タワー」のほうが近くはあったが、学校ならば保健室がある。
 保健室であれば治療道具もしくは、痛み止めの入手ができるかもしれない。賭けだった。
 着くまでに意識が消えなければ、いのりはこの賭けに勝てるのだが。

(勝てる……かな……ううん、いけない。勝つんだ。ワタシはいつだって、勝ち続けなきゃいけない)

 弱くなりかけた意思を心中で叱咤し、足に力を込めた。
 弱さは敵だ。
 弱くては何も守れない。 
 弱くては何も殺せない。自分も、他人も、たいせつなものも、全部。

 ――昔は出来ると思っていた。
 “誰かを守ると言う意思”に気持ちのリソースを割いたままでも強くなれると思っていた。
 いや、じっくりと修行すればもしかしたらなれたのかもしれない。そういうヒーローに。
 師匠のようなヒーローに。

 でもいのりはその境地に達することはなかった。
 今でも弱いままだ。他事に割いていた意思を一つに固めたから、多少強くなったふりが出来ているだけだ。
 師匠が殺されたあと、師匠を殺した奴を殺すために、
 そうするしかてっとり早く強くなる方法がなかったから、そうすることを雨谷いのりは選んだというだけ。
 それだけだし、きっとそこまでだ。この道を、この『正義』を選んだ以上、雨谷いのりはもう“本物”にはなれない。
 “本物よりは強くなれない”。
 それでもいい。許せない悪を殺せれば。そうしなければ前を向けないのだから。それでいい――。


 ふと、遠い背後でガラス瓶が割れる音がした。


(……新、手?)

 ここに来るまでに、人の気配はなかったが。
 そういえば廃工場には高い煙突があった。まさか、いたのだろうか。煙突の上に、人が。
 真偽を確かめる――の前にいのりの思考には「逃げる」の三文字が踊る。
 このコンディションでの偵察行動(パトロール)にはリスクしかない。一般人なら逃げるべきだ。
 だがもし、もし仮に、音の先に『悪』が居て、誰かが『悪』に襲われているとすれば?

 ヒーローならば確かめにいくだろうし、救いに行くだろう。

(……ごめん、なさい)

 そして雨谷いのりは走った。
 音とは逆方向に。

(いまは、……いまのワタシじゃ誰も助けられないから。だから、ごめんなさい……!)

 心中で泣きながら、体を傷つけない限界速で、いのりは工場を駆けて逃げた。
 誰かが襲われている可能性よりも自分の身をかばう。
 それは雨谷いのりが『市民の味方であるヒーロー』ではなく、『ヴィランの敵であるヒーロー』として正義を振るうがゆえの行動だった。

彼女は彼女の正義(目的)のためには、時に憎むべき悪事からも、自分の良心からも、目を背けなければならない。
 切り捨てなければならない。
 その苦しすぎる生き方は、いつか少女が夢見ていただろうヒーローよりも、
 たった今彼女を追うように煙突から降りてくる、『悪を裁く装置のヒーロー』のほうに――むしろ似てしまっている。

 より多くを助けるため、より多くの悪を倒すため。
 少女はヒーローとして無様に生き延びる。

 かくして雨谷いのりは廃工場を出て学校へと向かう。


【C-7/平原/1日目/黎明】

【雨谷いのり@アースH】
[状態]あばら骨骨折
[装備]:ナイフ×2@アース??
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考]
基本:『悪』を倒す。特にクレア
1:学校で保健室を探し、休む
2:ガラス瓶を落とした「誰か」が近くにいるかも?
※「彼らは~灰色世界に抗えない」で早乙女灰色が捨てたワイン瓶が床で割れる音を聞きました。



+*+*+*+*+*+*+*+



 そう、世界は思い通りに動くとは限らない。むしろ思い通りになんて行かないことのほうが多い。
 理想を追い求めるには必ず何かしらの対価が必要になるし、
 その対価というのはほとんどが、捨てられないほど大切なものだ。
 では人生で最も大切であるはずの自分の命をあっさりと対価に捧げたかの魔法少女は世界を思い通りに動かせるのか?

「な、なあ、アスタ……」
『……ああ』
「こい、こいつ……」


「ギイイイイイイイイアアアアアアアアアアアウル!!!」


「こいつ……僕たちと……同じだ……」

 学士たる鬼小路君彦は狂喜した。
 邪悪なる卑弥呼は興味した。
 純真たるナイトオウルは恐怖した。

 魔法少女の平沢悠は、目の前の存在に共感した。

 がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、
 がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、
 がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、
 がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、
 がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、がん、

 廃工場入口の守衛室の窓に拳を叩き付け続けている、赤黒の悪魔のような人型存在に、平沢悠は出会った。
 よく見ずとも大柄、頭部から突き出た角に臀部から伸び往くたくましい尻尾、
 野獣じみた牙そして黒い肌と、どこから見ても人間離れしている。
 なのになぜか平沢悠は、そのバケモノの姿が、自分と非常によく似ている気がした。
 肩に乗っていた彼女のマスコットが静かに口を開く。

『“人化の魔法”が掛けられているが、アレはもともとは獣……だな。
 そして平沢、どうやらあの獣、ガラスに映る自分の姿を殴り続けているようだ。
 あのパワーからして初撃で粉々に砕けたろうに。砕けた破片に移る小さな自らの姿すら、殺意を持って殴っている』
「つ、つまり……」
『自分の姿に憎悪している』
「……じゃあ」
『ああ。お前と同じ“人間嫌い”だ。呪いか何かで、人間にされていると見ていい』

 そのワードに、

「だよ、なぁ……ふ、あはっ、あははは」

 平沢悠が笑いだす。アスタはあくまでじっと見据える。
 道理であれば。目の前の存在は平沢悠がのん気に見つめていられるような存在ではない。
 どういう魔法力、強制力があればああ出来るかは分からないが、アスタの感知では目の前の5mは本来は50mだ。
 それを濃縮しただけのパワーとエネルギー、そして深海の底から湧き出るような底知れぬ“憎悪”、
 憎悪を食べて生きる悪のマスコットであるはずのアスタが、毛並みを逆立てて最大警戒するほどのイレギュラー存在である。

 今すぐここから逃げるべきだと、アスタは進言したくなる。
 だが。

「じゃあさ、あ、アスタ」

 珍しく平沢悠が希望を持った顔をしていたので、アスタは進言するのを留まらざるを得なかった。

「ぼ、僕と“あいつ”も……アスタと、僕みたいに。
 ――と、“友達”に、な、なれるんじゃないのかな?」 
『……』

 友達。
 恐らくは平沢悠が、生涯で最も、欲しかったもの。

『試してみよう。お前がそう言うなら』

 アスタの身体から黒い澱が噴き出て、平沢悠を包む。
 アスタは思う。
 思っている。
 もっと救われるべきだと。
 憎悪でしか生きられないものたちだって、もっと救われるべきなのだと。


+*+*+*+*+*+*+*+


 ティアマトは見た。
 黒翼を背中から、黒い牙を口から生やした少女が、空からティアマトの方へと降りてくるのを。

 ――ニンゲンか。そう思うも、判断がつかなかった。
 形はニンゲンだがニンゲンの匂いはしなかったし、なにより目がニンゲンとは違ったからだ。

 ニンゲンを、世界を憎んでいる目だ。
 ティアマトが知る限り。ニンゲンであるならばあんな目はしない。
 守衛室の窓に映る自分の姿を見て、
 小さくされ、人に近い姿にさせられていると気付いてからずっと憎しみに染まっていたティアマトの意識が、クリアになる。

「……ダレ、ダ」
「僕は、魔法少女だ」

 少女は綺麗な声で言う。

「……」
「魔法少女は、人間じゃないんだ」 
「……グルゥ?」
「だから、僕と君は。友達になれると、思う。な、名前を、教えてくれないかな?」

 魔法少女という言葉の意味が理解できず立ち尽くすティアマトに、少女は手を差し伸べてくる。
 その声は、その手は。ティアマトが今まで聞いた中で初めて――ティアマト個人をいたわる様な声だった。
 悪意に晒され続けるうちに悪意に敏感になったティアマトが、初めて悪意を感じ取れない声だった。

 獣は直感する。
 敵しかいなかった彼女の世界に、
 憎悪と怒りを叫び続けるしかなかった『彼女の世界』に。
 獣の姿を奪われた代わりに、何かが舞い降りたのかもしれないと。

 名前くらいは教えてやってもいいと、芽生え始めの知性は思うが、
 なにぶん“ティアマト”は通称であるため、彼女には自分で名乗る名前が無かった。


「……ナイ」
「な、名前、ないの? な、なら、××××ってのは、どう?」
『おい平沢、それはお前の初恋の人の名前ではなかったか』
「いいだろ気にするなよアスタ!」
「……オイ」

 名前はまあどうでもいいが、漫才を始めかけた少女とその従者らしき小動物にティアマトは問いかける。
 シンプルな問い。

「ナニヲスル?」
「そりゃあ――世界を壊す、さ」


 返答もまた、シンプルだった。


「僕と君で、このクソみたいな世界、クソみたいなニンゲン全員、ぶっころして――僕は僕の世界に、還るんだ」

 君はチームは違うようだけど、やりたいことは同じだろ? だから一緒にやろう。
 そう言って笑いかけてくる少女の声からは、またも悪意が感じられなかった。
 嘘は言っていない。自分を陥れようともしていない。純粋に人間を憎み、故に手を組もうと。
 ――面白い。


 ティアマトは、笑った。面白くて笑うのは、地上に出てきてから、初めてだった。


 片方は背中から生やした大きな黒腕で。
 もう片方は小さくされてしまっても今だ大きな黒腕で。

 かつて人間扱いされなかった魔法少女。
 かつて人間から化け物扱いされた怪獣。

 人間嫌いの化け物二つはもう友達。獣じみた哄笑をしながら握手を交わす。



【B-7/廃工場/1日目/深夜】


【平沢悠@アースMG】
[状態]:高揚
[服装]:スウェット
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考]
基本:元の世界に帰る
1:友達以外は皆殺し。歯向かう奴らは全殺しだ!


【ティアマト@アースM】
[状態]:手に軽傷、哄笑
[服装]:裸
[装備]:無
[道具]:無
[思考]
基本:人間が憎い
1:邪魔な物は壊す
2:攻撃する奴は潰す
3:魔法少女(平沢)は面白い奴
[備考]
※メスでした。
※首輪の制限によってヒトに近い姿になりました。
 身長およそ5m、ただしパワーと防御力は本来のものが凝縮された可能性があります。
※どうやら知性が生まれ始めました。だんだん言葉も喋れてくる?

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最終更新:2015年07月15日 21:47