彼女は貫く胸の華

 灰色の駐車場に、スパイダー・コルサのブレーキ音が甲高く響く。
 ドアを開いて白の建物を見上げると、上には赤の十字マークが見えた。
 ――間違いない、ここが病院だ。

 西崎詩織は、わずかに緊張を解いて、胸をなでおろす。
 やっと目的地に着いた――ただその一挙動も急ぎ目だ。
 ……救護物資や安全な休憩場所の確保。『旗』についての情報集め。
 この殺し合いや、先ほど見た触手のようなものを手から発する奇怪な少女に関する推理。
 まだやることはいろいろある。

 慌ててはならないが、怠けてもいけない。難しい話だがやるしかなかった。
 それにもちろん刑事として、そして大人として、同行者をいたわることも彼女は忘れない。
 車のエンジンを止め終えると詩織は、先ほど後部座席に保護した少女に優しい口調で語りかける。

「ごめんなさい、荒い運転だったかもしれないけど、病院に付いたわ。
 とりあえずここで休みましょう……いろいろ聞きたいこともあるけれど、心をまずは癒さないと……」
「……うぅ……」
「……!」

 ――ここでひとつの誤算が発生する。
 それは触手に襲われ衰弱したカウガール少女、不死原霧人が、
 病院に来るまでに意識を眠りに落としてしまっていたことだった。
 これはいけない。西崎詩織は奥歯をぎりと噛んだ。

 柔道で鍛えた詩織には体力はあるが、肉付きも体格もある少女を運ぶのは骨が折れる。
 時間がかかるし、移動の間は完全に無防備になってしまう。
 もし先ほどの触手少女がこちらを追ってきていたら。
 あるいは他の、乗っている参加者がこの場に来たら――。

「まずいわね……あなた、ちょっと、悪いけど起きて……?」
「……やだぁ……やだよ、サムライ……」

 身体を揺さぶって起こそうと試みるも反応は悪い。引っ張ってみても動かない。
 顔色は少し良くなっているものの、知り合いらしき人の名前を呼び、
 いじらしげに眉根を寄せて、苦しそうな息を吐くのみ。
 そういえば少女には名前すら聞いていなかった。これも誤算といえば誤算だが、

(どうする……? 西崎詩織。考えろ……!)

 状況をいい方向に向かわせるために、頭を回すのが先だ。

(この子をベッドまで安全に運ぶ方法――病院には傷病者を運ぶための担架はあるはずよね。
 ――いえ、一人じゃ担架を持っても意味がないわ。焦るな私、他になにか……。
 そうね、車椅子――車椅子に載せれば運べるし、それだけなら取ってくるにも時間はかからない。
 まずは車椅子を取ってきて、この子を載せて――待って。――そもそも、病院は安全なの?)

 聳え立つ無機質な病院を見上げて、詩織は思い至る。
 病院は目立つ施設だ。
 傷病者が多くなると予想される殺し合い状況下では、尚更その需要は高い。
 詩織が保護したい弱者も来るだろうが、それ以上にありうるのは、多少人が集まっていても関係なく、
 殺しを進められると自負している強者――乗っている者の襲撃ではないか。
 だとすれば病院は安全とは言い切れない。

(むしろ――誰かがすでに潜んでいる可能性も否定できない。クリアリングの必要性。
 でもそうなると、この大きな施設を1人で――? 現実的じゃないし、その間この子はどうするの?
 それに、もし乗っている者が――さっきの触手の子みたいな危険人物が来たとき、
 私に昏睡中のこの子を守れるだけの力が果たしてあるかと言うと――)

 ごくりと唾を呑む。汗で前髪が額に張り付く。
 未だ薄暗い空を覆うような高さの病院、という建造物が、だんだん詩織の心を威圧していく。
 泥沼に嵌る思考の中で、詩織はいったい何が正しいのか分からなくなっていく。
 こんなとき――黒田翔琉がいれば。
 あの、マイペースで豪放磊落で、けれど常に正しい道を進んでいく憎らしい探偵がいれば。
 あるいは今の詩織に、正解を示してくれるのだろうか?

(――なんて、探偵を頼ってるようじゃ私もまだまだね)

 頭をぶんぶんと振って悪い考えを振り払う。
 もっとシンプルに考えるべきだ。尊敬している父も言っていた。
 「迷うな。自分が正しいと思うことをしろ――正しさなんてものはいつも、自分の中にしかないのだから」、と。
 いま詩織が考える正しさは、憔悴した少女を安全な場所へと保護すること。
 幸い少女は襲われてはいたものの、外傷はなく手当ての必要はない。
 病院に安全要素と共に危険要素も感じ取ったのならば、病院にこだわる必要は、ない。

 地図を見る。 
 病院から一番近い施設は映画館、そして映画館前の駅。
 こんな状況で映画館に行こうという人間はあまりいないだろう。つまり逆に穴場ではある。
 しかし、駅――島に唯一用意されている交通網の近くというのは気になるところ。
 できればもっと、人気(ひとけ)がなさそうな場所。
 人が立ち寄る必要性を感じさせない場所のほうが都合がいい。

「……よし」

 もうちょっと、待っててね。
 詩織は後部座席に横たわって呻く不死原霧人に声をかけると、もう一度運転席に乗り込んだ。
 走らせ、病院の入り口付近で一旦止める。
 入り口付近には急患用の医療室があり、そこには一通りの医療道具が揃っていることを詩織は知っていた。
 ごめんなさい、と謝りながら鍵を自動小銃で破壊し、侵入して、医療道具をデイパックに詰める。
 それをトランクに詰め終えるまで五分とかからなかった。

(器物損壊、不法侵入、強盗行為か。緊急時じゃなかったら始末書じゃ済まないわね)

 なんて。呑気に考える余裕がまだあることに少しだけ驚きつつ、
 再び慣れない左ハンドルで、詩織と少女は病院を後にする。
 向かう先は――島の外周――森の先にぽつりと存在する、“屋敷”。

(救える命を救うこと。それがこの場で今、私がやるべきこと――そうよね? お父さん)

 胸ポケットに手を当てながら、気持ちを落ち着かせるための長い息を吐く。
 そこに収められている警察手帳には、桜の代紋が刻まれている。

 西崎詩織はそれを貫く。




 ぐらぐらゆれる。そとのせかいをわずかにかんじる。
 でも、げんじつから、めをそむけたかった。
 あたしはゆめのなかにいた。

「やだぁ……やだよ、サムライ……」

 はじめてのヴィランとのたたかいで、アタシはまけてしまった。
 あいてはしょくしゅをつかっておんなのこをはずかしめてくる、ヴィラン。
 みためがつよくなさそうだったから、たいしたことないとゆだんした。
 とらえられて、ころされるとおもった。
 だけどあいてのもくてきは、アタシをころすことじゃなくて。ころされるよりおそろしいことをされた。
 こわかった。
 なのに、それいじょうに――――――アタシは。

「あつい、よ……あついぃ……」

 ――じわじわと。
 ヴィランにきざまれた“きず”が、ゆめのなかで“ねつ”をおびてくる。
 それはからだの“きず”ではない。
 アタシにきざまれたのは、こころの“きず”。

 はいぼくのきず。
 かいらくのきず。

 げんじつから目をそむけさせる、堕落への、いざない。

『んふふ、こんにちわ、お姉さま♪』

「……!」

 “それ”はアタシのすがたをとって、アタシのゆめのなかにあらわれた。

『あらぁ、驚かないでくださいまし。
 私(わたくし)にあなたの夢の中に入れるような力はありません。
 この私はあなたが見ている幻ですわ。私に刻まれた恐怖と――現実から逃げた後ろめたさが生んだ幻』

「なによ……アタシは、アタシは逃げないって……」

『逃げているじゃあ、ありませんか。
 眠るほど憔悴しているわけでもないのに、さっきあなたは、“起きるのを、拒否した”んですよね?
 まったく、助けてくれた人を困らせて。
 ちょっと怖い目にあったからって、わがまま言っていいと思ってますの? わるい子ですわ、わるい子ですわぁ♪』

「う……うるさい」

『あなたはいつも自分勝手なわるい子。正義に酔って、周りを顧みない子。
 手柄ばかり求めるその姿は、周りから見ればただのヒーローごっこ。成績は優秀でも――ヒーローの素質はあるのかしら?』

「うるさい、あんたにアタシの何が――」

『あら。私はあなたをよく知っていますわ。だって私はアタシですもの♪』

 闇ツ葉はららのことばづかいで、
 アタシのすがたをとった“それ”が、アタシをぎゅっと、だきしめる。
 いきなりのことにたいしょできない。
 アタシにだきしめられたアタシ。おどろくくらいの、あたたかさ。やわらかさ。
 こわがっていたこころが、どろどろにとかされていくみたいな。

『大丈夫。全部わかってますわ。
 あなたの苦しみも、悲しみも、ほんとうは誰よりもこわがりだってことも、アタシはぜんぶ分かってる。
 だから、――無理しなくてもいいんですわ。助けを求めても、いい。わがまま言って、良いんですのよ。
 だってあなたは今、“被害者”なんですから――あなたを咎めるひとなんていませんわ!』

 ぎゅーっと、だきしめられながら。
 みみもとでささやかれるあまいことば、うれしくて。
 アタシはからだのちからをぬいて、ぐずぐずにとろけていってしまう。

『いい子、いい子ですわ。わるい子でいても、いい子なんですわ』

 それはとてもきもちいいこと。
 なにもかんがえずに、
 じぶんだけにしたがってしまうのは、とてもとても、きもちいいこと。

『快楽には、人間は逆らえない。だから逆らわなくていい。さ、お姉さま――きもちよく、なりましょう?』

 アタシが心に咲かせていた、 
 勇気、の花が、じわじわと、堕落の熱につらぬかれて。
 意識が、どんどん――ゆめに“お”ちていく。




 屋敷は南蛮風のハイカラな外見をしていた。
 好事家が町のはずれに立てたのだろうか? プールなども完備されていて、豪華なつくりだった。
 中は一部屋一部屋が広い単純なつくりで、クリアリングも手早く済ませることができた。
 それでも一人でやったならもう少し時間はかかってしまっただろうが、
 幸いなことに詩織が屋敷に着いたとき、そこには正しい心を持った先客がいたのだった。

「――頼もしい人と合流出来て助かりました。感謝します、十兵衛さん」
「いいってことよ。霧人も連れてきてくれたことだしな。……して、嬢ちゃんたちはどうだ?」
「どちらもまだ、起きないわ。それにしてもこっちの子、脇腹にあざができてるわね。
 傷害罪。一体誰がこんなことを……犯人を見つけたら捕まえなきゃいけないわ」
「お、おう、そうだなぁ……」

 いま、西崎詩織は柳生十兵衛と共に屋敷の寝室に不死原霧人と花巻咲を寝かせ、一息ついたところだ。
 最初にこのスーツの男――柳生十兵衛に出会ったときは、少し疑いもした。
 気絶した少女を扉のそばの壁に寄り掛かるようにして座らせて屋敷の扉に手を掛けようとしていた、鋭い眼をしたサムライのような顔の男。

 すわ少女を手に掛けんとする犯罪者かとも疑いかけ、
 思わず銃と警察手帳を手に飛び出してしまったが、早とちりだとすぐに気づかされた。
 男はすぐに両手を挙げて潔白をアピールしたあと、後部座席の少女を見て驚いて駆け寄ると。
 娘の無事を確認した父のような、あるいは妹の無事を確認した兄のような表情で、嬉しそうに破顔したのだ。

 そう、伝説の剣豪と同じ名前を持つこの柳生十兵衛という男こそが、
 詩織が助けた少女、不死原霧人が言った“サムライ”だったのである。
 彼によれば肩に抱えていた少女は何者かに殴打されて森の中で倒れていたという。

「まったく、幼気(いたいけ)な女の子に危害を加えるなんて、これをやった奴は最低ですね、十兵衛さん」
「おう、本当にな……まったくそうとしか言いようがない」
「……どうかされました?」
「!? い、いやぁ何でもねぇよ。ちょっと俺も疲れがなほら、運んできたから」
「ああ、そうでしたか。そしたらそちらの茶菓子でも食べながら、少し休憩しましょう」

 詩織は十兵衛に支給されていた箱詰め和菓子を指して言う。
 4人分の支給品はもう確認したが、さしあたり有用そうなものが発見されることは無かった。
 武器は十兵衛が助けた少女、花巻咲――学生証がポケットの中から見つかった――が持っていた鉄パイプ。
 霧人が使っていたロープ。詩織に支給されたジェリコのみ。

 数でいえば6つあった不明支給品は、それぞれテーブルに載せられている。
 箱詰めクッキー、推理小説、扇子、青のペンライト、魔よけのお札、そして宝箱。
 宝箱については鍵で開けなければいけないタイプで今は手が付けられない状態だ。

「お、このクッキー美味えな。どこのブランドだ?」
「箱には徳川家の家紋が入ってますね。うーん、こんなブランドあったかしら。でも美味しい」
「にしても鉄扇かと一瞬思ったが、似たデザインでもただの扇子じゃあなあ……」
「魔よけのお札も、本当に効果があるのかどうかいまいち分からないところですね」
「あ、西崎さん――だっけっか? 俺に別に敬語使わなくていいぜ、俺ぁそんな偉ぇやつじゃねえ」
「そう? じゃあ、そうさせてもらうわ、十兵衛さん」
「おうおう。そっちのほうが俺としても話しやすい。さて――」

 十兵衛は天蓋つきの二つの大きなベッドの方を見る。
 苦しそうな息を吐いていた霧人も、頭に濡れタオルを載せると少し良くなった。
 花巻咲のほうも今の所ぐっすりと眠っている。
 踏み込んだ話をするなら、今だ。

 テーブルに座る詩織と十兵衛。十兵衛が、推理小説に手を伸ばす。

「これ――覚えあるかい? 西崎さん」
「ないわね。かといって勝手に書かれたにしては、詳細まで詰められすぎている」
「ってえこたぁ、そういうことってわけだ。あんたは“他の世界”じゃ、小説の登場人物になってるんだな」

 タイトルは『メイドは見た!~あるじ様、殺人事件でございます。~サラ・エドワーズの事件簿』。
 その推理小説に書かれていたのは、
 詩織があの黒田翔琉とイギリス旅行へ行く羽目になって、
 しかも事件に巻き込まれることになった時の話をそのまま小説にしたようなものだった。

 詩織はイギリス旅行の話を誰かに大っぴらに話したことはない。
 事件を解決したのはメイドだったし、
 黒田と一緒に旅行に言ったと周りに知れたら自分の探偵嫌いキャラに影響が出るからだ。
 にもかかわらずその話がこうして小説になっている。自分と黒田しか知らないような場面まで含めて。

 黒田が誰かに事件の話を聞かせ、その誰かが小説にしたという可能性は残るが、
 詩織の知る黒田の知り合いに小説家は居ないし、黒田がそういうことをする男だとはあまり思えなかった。
 あの男は基本的に解いた事件には興味を無くす。
 とすればこれは誰が書いたのか。

「他の世界……ねえ」

 この謎を解決する方法が、柳生十兵衛が示した異世界論だ。
 曰く、――世界はひとつじゃない。
 様々な世界が存在していて、自分たちはそのいずれかから集められたのだと。

「俺ぁ実際、世界渡航を経験したこともあってな。人よりは察しが早かった。
 首輪の“あるふぁべっと”が、その世界を表してるんだとすりゃあ辻褄も合う」
「霧人ちゃんとあなたが『H』、私が『D』、咲ちゃんが『R』……確かにね。
 そちらの世界はヒーローとヴィランが跳梁跋扈する世界。に対してこっちは、探偵と怪盗の世界、か……」
「ちなみに俺が元いたのは江戸がずうっと続いてる世界だった。
 あんたが俺の名前に憶えがあるのも、そっちの世界の俺が居たってことだろうなあ」
「じゃああなたは他の世界の、私が知っているのとは違うけど同じ、
 剣豪の十兵衛そのものってことになるわけね――ややこしいわね!」
「そうだややこしい。
 そんで、あの“あかね”とか言う奴がどうしてこんなややこしいことをしたのかも、謎だ」

 詩織は口をつぐんだ。
 そうだ。一番考えなければいけないのはそこだ。
 様々な世界から人を集めて殺し合わせたのが仮に真実だとして、
 どうしてそんなことを主催はしたのか。
 ――分からない。はっきりいって、手掛かりが少なすぎる。ただ、

「世界、といえば、『旗』のこともあったわ」
「『旗』?」
「私がここに来る前、私の世界中の人が目の前に『旗』の幻覚を見ていたの。
 危険が迫っているのか、旗はほぼ全員が赤い色で――たまに青や黄色の人もいた」
「俺のほうじゃ、そういうことはなかったなぁ。だが」
「だが?」
「主催の奴がいろんな世界に手を出したってんなら……その『旗』も奴らの仕業かもな」
「……!」

 十兵衛の意見に詩織は目を見開く。

「あの赤旗が――主催からのメッセージだった? ここに連れてくるっていう?」
「かもな、ってだけだ。なんで西崎さんの世界だけにその『旗』が現れたのかも分からんし、
 それに世界の全員が『旗』を見たってんなら、それはそれで矛盾もある」

 そう言って十兵衛が取り出したのは、参加者全員に配られていた“参加者候補”のリストだ。
 詩織も確認済だが、そこには詩織の知る名前は十名に満たない数しか書かれていない。
 世界中に現れた『旗』の数に対しては、その候補者数は少なすぎる。

 殺し合いに連れてくるという行為に対して『旗』で知らせたのだとすれば、
 リストにはもっと多くの名が書かれていなければおかしい。
 ――結局、これについても不明点ばかりが挙げられ、答えには辿り着けそうになかった。

「実のある話ではあったけど、根本的な所は煙に包まれたままね」
「まだこんなもんだろうな。もしかしたらそこの宝箱からとんでもない情報が出てくるやもしれんし、
 焦らず気長にいくとしましょうや。それで――ものは一つ、相談なんだがな」
「何?」
「実は俺、ちょいとした焦りから、お前さんに一つ吐いちまってる嘘があってだな――」

 と。
 推理パートも一息ついて、
 十兵衛が改めて自分の罪を詩織に告白しようとしたときだった。


 ぴんぽーん。


 と、屋敷のチャイムが鳴らされた。

「……来客?」
「にしては――おかしくねぇか。チャイムを鳴らすってのは、“中に人が居るかも”って分かってるってことだろ」
「車は屋敷正面に停めたままだから、それ自体はあまりおかしくないんじゃ?」
「ここに最初から車があったとも考えられるだろ。……まあ、そうなるとチャイムを鳴らすこと自体は変じゃないが……」
「いいえ、待って。十兵衛さん、扉に鍵はかけた?」

 詩織ははっとした表情で十兵衛に問いかける。

「いーや、掛けてない」
「じゃあやっぱりおかしいわ。この状況で、入ってこれるのにわざわざチャイムを鳴らしたってのは――」

 バタン!!
 続いて聞こえたのは、少しいらついたような――扉が閉じる大きな音。

「どちらかというと、迎えに出てきた人を襲うための策よね」

 敵襲――そうと決まれば二人の行動は早い。
 跳ね上がるように椅子を蹴り、十兵衛が霧人の前へ。詩織は先の前へと動いた。
 広い寝室、窓を背に、守りの体勢。
 十兵衛は鉄パイプ、詩織はジェリコを握って、扉を見つめ呼吸を整える。

「安全な場所だと思ってここに来たのに、なかなかそんな場所ってのも無いものね……」
「そうやって軽口叩けんなら上等。神経研ぎ澄ませろよい、来るなら一瞬だ」

 十秒……変化なし。
 二十秒……変わらず。
 三十秒……誰も来ない。



「死ね――――化け物ッ!!!!」



 四十秒。
 少女は、窓を破って部屋に入ってくる。
 正面扉を閉めた大きな音は陽動だった。少女は正面から中に入ったと見せかけ、
 実際には屋敷の周囲を回って人の居場所を突き止めていたのである。

「な、」

 詩織が振り向いた時にはもう、小さな殺人鬼は獲物にドスを突き刺そうとしていた。
 学生服の少女が狙っていたのは――眠っている不死原霧人。
 の心臓で、

 キィン!

「おいおい、部屋はノックしてドアから入れってぇ、教わらんかったかね、嬢ちゃん!!」

 一直線に向けられたその殺意は、鉄パイプによって弾かれる。
 柳生十兵衛。
 不測の事態にも反射で動けるのが剣豪だ。
 弾いてそのまま、鉄パイプを剣に見立てて少女の脳天めがけ振り下ろす。容赦している場合ではない。
 だが、少女のほうは柳生の剣を幾度か体験済みであった。
 一般人なら避けられない速度のその大上段を、ひらりと蝶のようにかわす。
 柳生はさらに踏み込む。
 襲撃少女はドスで受け流すも、絶対的な筋肉量の差がそこにはある。打ち合いは不利。

「ぐぅ――邪魔……邪魔しないで!! 殺させて、あたしにその化け物を!」
「人違いじゃねぇのか! こいつはれっきとした人間だぞ!」
「違うわ! そいつはね、人の皮を被れるの!」

 だから姿なんて何の指標にもなりはしないのだと吐き捨てて。
 少女は咲く。
 アクロバティックに空中で回転すると、窓枠を蹴って天井へ。
 天井を蹴って、ベッドの天蓋を貫きながら、憎悪を殺意に乗せて叫ぶ!


「その纏ってる“淫気”! 間違いない、そいつが――朔(さく)を殺した『化け物』だ!!」


「だから! 何言ってんのかさっぱりなんだってぇの!!」


 しかし天蓋を目くらましにしての刺突さえ十兵衛には通じなかった。
 ラメ入りビーズで彩られたドスは、大きなベッドのマット部に思い切り突き刺さるのみで手ごたえ無し。
 十兵衛はその前にとっさに霧人の身体を抱きあげて、テーブルの方まで飛び離れたのだ。

「はぁ……はぁ……あんたの太刀筋……見覚えあるわよ……柳生ね?」
「……いかにも。俺ぁ柳生の十兵衛よ」
「いつもいつも……邪魔をしてくれるわね……分からないの? そいつが纏ってるおぞましい淫気を!」
「淫気だぁ……?」
「じ、十兵衛さん! 霧人ちゃん! だ、大丈夫!?」
「おうよ、何とかな! だがこいつぁ骨だぜ……!」

 西崎詩織はここでようやく状況を把握した。
 あまりに詩織の常識から離れた戦闘光景に、眼と脳が追いつかなかった。
 気づけばベッドは一つ大破していて、その上に膝を突く少女がマットからドスを抜き、立ち上がるところ。
 襲撃者のその少女は――見目麗しい色白小柄で、服から察せるにまだ学生。
 首輪の文字は『P』。
 またも詩織とは別の世界の住人か。
 整っているはずのかんばせも殺意に歪みきって、全身から黒い炎が吹き上がっているかのよう。
 そして――淫気、というワードをしきりに叫んでいる。
 詩織はそれに心当たりがあった。

「あなた! そっちの子が纏ってる淫気ってのは、さっき襲われたときに……」
「外野は黙ってて! これはあたしの復讐だ! 邪魔するならあんたも殺す!」

 襲撃者の少女が殺そうとしている不死原霧人が、先ほど襲撃された案件――あの触手の少女。
 今にして思えばあれもまた、別の世界の住人なのだろうが、
 あれに襲われた名残は、まだシャワーも浴びれていない霧人に色濃く残ってしまっている。
 もしかしなくても、襲撃少女はその残り香を自分の復讐相手と勘違いしているのではないか。
 そう推理して伝えようとするも、襲撃少女に言葉は届かない。

「西崎さん、こいつは俺が相手する! サキちゃんのほうは頼む!」

 十兵衛は霧人を広いテーブル上に寝かせると、再び鉄パイプを構え襲撃少女に対峙する。
 詩織は言われたとおり、銃を襲撃少女に向けつつ花巻咲をより守るような位置へと動く。
 先の戦闘シークエンスだけでも、この場で自分が戦いに加わっても何も手助けはできないということは理解済だ。
 それに、襲撃少女もあり得ない動きをしているが、
 おそらく全力でぶつかれば十兵衛のほうが一枚上手だということも、詩織には把握できていた。
 人を見る目はある方だ。
 この場は、十兵衛さんに任せておくのが最もリスクの少ない場面――。



「あつい」




「あついよぉ、サムライ……っ」



 だが、戦況は変わった。
 騒々しさにいよいよ起き上がった不死原霧人が――惚けた口調でサムライを呼んだかと思えば。
 彼女は目をとろんとさせたまま、後ろから、柳生十兵衛に抱きついたのである。

「なっばっ――み、霧人!?」
「サムライー……サムライの、におい……あんしん、する……」
「馬鹿やめろい! どうしちまったんだおめぇ、」
「あつい……あついの、あつくて、こわいの、ねぇサムライ……なぐ、さめて……?」
「……な――」

 媚を売る姿はまるで娼婦のように。
 夢心地、上目使いに訴えかけるそれは今まで見たこともないような同居人の蕩け顔。
 さしもの柳生十兵衛であってもこれには意識を乱さざるを得ない。
 カランと鉄パイプを取り落とし。
 大きな空白時間を脳内に生んだ。
 その隙だらけの心では。


「……ほら、やっぱりそいつが化け物だ!!」
「!!」


 十兵衛は壁を天井を咲いて迫り来る襲撃者に対して、反応することが出来なくて。


「――やめなさいッ!!」


 だから西崎詩織は、引き金を引いた。




 フラウ・ザ・リッパー肩斬華の誕生は数年前に遡る。

 彼女には親友がいた。
 名前は、鼻木朔(はなき・さく)。
 アースRにおける片桐花子の親友、花巻咲(はなまき・さく)に値する人物である。

 むかしは内向的だった花巻咲の対になるように、鼻木朔は行動的な人物で、
 当時は普通の少女だった華も彼女に引き摺られるようにして色々なところへ出かけた。
 どんなときでもよく笑い、快活なエネルギーにあふれている朔のことを華は信頼していた。
 だから6月、肝試しの時期に危険な路地裏に行ってみようとの誘いも、
 止めもしなかったし断りもしなかった。

「だ、大丈夫なのかな……」
「鬼が出て取って喰うなんてことがない限り大丈夫でしょ!」

 結果として、鼻木朔は闇から出てきた吸血鬼に取って食われ、
 その存在を皮だけにされて、何者かも分からなくされて、死んだ。

 華は親友が食べられ、中身を吸われて皮だけにされ、
 その皮を着られる過程を、隠れさせられたゴミバケツの隙間から全て見ていた。
 あまりの出来事に覚えることが出来たのは、
 その光景と、化け物が漂わせていた性のにおい――淫気だけだった。

 ゴミバケツの中で固まっていた華は警察に保護された数日後、図書館に籠って調べた。
 どうやら少女の失踪事件はここ最近になって急増しているらしい。

 ――あいつだ。
 ――あいつが少女を食べているんだ。
 ――少女を食べて、少女に成り代わっているんだ!

 華だけがそれを知ることが出来た。
 だから華だけが、そいつを退治することができる。
 華は決意した。――あたしがあいつを、必ず殺す。

 フラウ・ザ・リッパーの誕生である。

 化け物はどいつに化けているのか見当もつかないから、
 華は淫気を身体に染みつかせた少女や女性を手当たり次第に殺すほかなかった。
 それはほとんどが外れで、娼婦や援助交際後の学生だった。
 殺人を犯したあとはきちんと“中身”を引きずり出し、
 あのおぞましい化け物かどうかを確認したから間違いなく言える。
 まだあの化け物はどこかで少女の皮を被って生きながらえていると。


 この殺し合いに呼ばれたときもだから彼女は元の世界に帰ることしか考えていなかった。
 柳生宗矩に「戯れ」と揶揄された彼女の復讐を完遂させることだけが彼女の生きている理由であり、
 こんなふざけた殺し合いに関わっている暇などなかったからだ。

 男という時点でありえないと思ったが、最初に出会った長耳の男からは淫気は感じなかった。
 やはりこの島には仇敵はいないのだろう。そう思って海の方へとあてどなく歩いて、
 屋敷の近くにまで来たところで、華は急に驚くほどの淫気を感じた。
 そう、闇ツ葉はららが不死原霧人になすりつけた触手粘液――その淫気である。
 感度を倍増させる魔力が込められたその粘液から発される淫気たるや並みのものではない。

 間違いなく、屋敷に“奴”がいる。

 実際のところ、彼女の仇敵である柊麗香は今や魂吸血能力を封じられてしまっており、
 身体に纏う淫気もそう強いものではないのだが……。
 あくまで淫気だけを頼りに彼女(彼)を探している華がそう勘違いしてしまうのも、無理はないといえよう。

 ともかくそれが、肩斬華が不死原霧人を狙うこととなった理由であり。

 それを邪魔した西崎詩織が、殺された理由でもある。


「あたし言ったよね――? 邪魔するならあなたも殺すって」

「……警察はね……人を助けるのが仕事なの……命が奪われるところを、黙って見てるなんて、出来ないわよ……」


 詩織の胸にはドスが突き立てられている。
 ジェリコから放たれた銃弾を躱したフラウ・ザ・リッパーが返す刀で投擲したものだ。
 それは寸分違わぬ正確さで、詩織の警察手帳を貫いた。
 彼女の胸の華を。
 心臓まで。
 ――その一撃で、詩織の死は確定した。

「はーっ……ねえ、せっかくこっちを向いてくれたんだし……私の推理、聞きましょうよ」
「どうして初対面の人の話をわざわざ聞かなきゃいけないのか、教えてくれるならいいけど」
「あなたは、大切な人のために殺しをしてる」
「……へぇ」
「いっぱい犯罪者は見てきたからね……見れば、なんとなく分かるわよ……どう?」
「そうね。正解よ。でもだから何なの? 復讐しても誰も喜ばないとか、そういうきれいごとを言うつもりなら」

 そんな葛藤はもう通り抜けたよ――と華は言う。
 がばっと制服をずらし、ブラをずらし、見せるのはいつも鏡で確認する彼女の花。
 入墨されたそれはシロツメクサ。
 花言葉は、「幸福」「約束」「私を思って」「私のものになって」、そして、「復讐」。

「あたしはあたしの胸に咲いた、この花を貫くって決めたんだ。迷いなんて、遠い昔に捨ててきた」
「……そうね……そこまで決意してるんだってのは、伝わってきたわよ。
 でもね……あなた、多分、考えられてないわ……“復讐を終えたのこと”をね」
「何……?」
「復讐の先には――何もないわよ」

 それは彼女の口から発されたとは思えないほど、重いトーンの言葉だった。
 たくさんの事件を、たくさんの復讐とその果てを見てきた詩織だからこそ言える言葉。

「達成感も……喜びも……嬉しさすらも、そこにはないの……。
 ただ、結局大切な人は帰ってこないって言う、虚しさだけが残るだけ……。
 仮に復讐を遂げたとしたら……あなたはその先、何の目標もない世界で生きる苦しみを、味わうことになるわ。
 それってきっとね……なによりも、かなしいこと……」
「……」
「あは……もう、げんかい、みたいね……。
 ……あなたのことも、すくい、たかったのに……悔しいな……」

 どしゃり。
 肩斬華が言葉を言い返す前に、西崎詩織は床に崩れ落ちた。
 そしてすぐに、動かなくなった。
 心臓を刺されて生きている人間はいない。当たり前だ。


【西崎詩織@アースD 死亡確認】


「……何よ。言うだけ言って死んじゃってさ。そっちこそ自己満じゃん」

 ようやく返せた言葉もなんだか負け惜しみみたいになって、肩斬華はいらいらした。
 いらいらしていたから、ドスを抜いて再度手にしようと詩織の方へ一歩向いたところで、
 自分に向かって投擲されていたロープに気付くことが出来なかった。

「なっ」

 ぐるりと巻かれるロープ。
 速度と瞬発力に定評のあるフラウ・ザ・リッパーでも、その縛りから抜け出ることはできなかった。

「やって……みるもんだな、他人の武器を使うってのもよぉ……」

 ロープの先に目を向けると。
 鬼のような形相をした男が、射殺すような目線を華に向けていた。
 傍らには腹部を抑えてのたうちまわる不死原霧人の姿。
 柳生十兵衛はまとわりついてくる霧人に、花巻咲にしたように無慈悲な鉄拳を叩きこみ、
 その腰につけていたロープを奪い取ると肩斬華を捕縛したのだ。

「なんで……いたい、いたいよ、サムライ……」
「何でもくそもあるかぁッ! 色に惑わされおって、お前さんは後で説教だ!
 ……ああくそっ、情けねえ! 弱さに堕ちた霧人も、そんなこいつに一瞬でも乱された俺も!
 霧人を助けてくれた恩人を、目の前で殺されて――武士(もののふ)失格じゃねえか!
 腹ァでも斬りてぇ気分だが……、その前にお前さんにゃあ、これ以上の狼藉を許さねぇぞ……!」
「……ぐ、あ、あああッ!」

 ぎりぎりと食い込んでいくロープ。
 未熟な霧人のそれと違って手首をしっかりと固定する捕縛の仕方であり、抵抗できる隙は皆無である。

「主催の思惑に乗るのは癪だが、お前さんを生かしておくのは危険すぎる。殺させて、貰う!」
「かはっ……!」

 十兵衛がロープを捌くと、肩斬華の首にそれは巻きついた。
 奇しくも元の世界で、柳生を名乗るアイドルにされたのと同じ――首締めという方法で。
 今度はフラウ・ザ・リッパーの命の灯が脅かされる番となる。

「ああああ……ア……」
「……何やら言いてえこともあるみてぇだが、俺は聞かねえ……地獄で閻魔にでも愚痴るんだな!!」
「が……」

 口上までもなぞらえて同じような展開。
 前回は男の娘スレイヤーが現れて肩斬華は幸運にも救われたが。
 まぐれは、二度はない。
 今度こそ肩斬華の喉は潰され、骨は折れて、彼女は地獄へと向かうだろう。
 普通であればそうなる。
 だがしかし――殺し合いという状況。
 そして異世界から集められた様々な因果が、普通の展開を歪ませて。

 胸に咲いたクローバーの化身は、彼女にまたも、偶然の幸運を呼び込む。



「は――花子ちゃんに、なにしてるの!!」



 その幸運とは、その場にいた誰もが意識を外していた、もうひとり。
 花巻咲であった。
 彼女が震える手で握るのは、先ほどまでは西崎詩織が握っていた自動小銃。
 そしてそれを向ける先は、彼女にとっての友達の姿をした少女を殺めようとしている、柳生十兵衛。

「わ、私の友達を、殺さないでっ!」
「な……」
「いますぐその縄、緩めてよ、じゃないと――う、撃つわよ!? というか、う、撃つ!!」
「おま、落ち着け――」

 落ち着けるわけもない。引き金を引くなら一瞬だ。
 ドン、という発砲音。
 咲が持つジェリコの銃口から発射された銃弾は――これまた幸運にも。
 あるいは不運にも、なのか。柳生十兵衛の腹部へと着弾した。

「ぐ……あ……っ」
「に、逃げよう花子ちゃん!! この人から逃げるの!」
「ま、待って、あそこに朔の敵が――ってえ? ええええ? さ、朔(さく)??」
「そうだよ咲(さく)だよ花子ちゃん! ね、早く!」
「うそ……うそだ……でも、淫気は感じない……何で……?」
「ああもうじれったいんだってば、行くよ!」

 腹部を抑え膝をつく十兵衛を後目に、混乱する華を引っ張るようにして咲は
 サッカー部マネージャーで鍛えたのだろうバイタリティで窓を踏み越えると、華に手を差し伸べる。
 ロープが緩み、抜け出せるようになった華は、
 何が何だか分からないままにその手を取り、窓から逃げ出した。

 二人の姿が窓の外から見えなくなるまで、二分とかからなかった。


【H-4/森/1日目/黎明】

【花巻咲@アースR】
[状態]:軽傷(腹部)
[服装]:学生服
[装備]:ジェリコ941(13 /16)@アースR
[道具]:なし
[思考]
基本:帰りたい
1:花子ちゃんと合流できた、やった
2:十兵衛許せない
[備考]
※肩斬華を片桐花子と間違えました。

【肩斬華@アースP(パラレル)】
[状態]:健康、疲労(小)
[服装]:学生服
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~2
[思考]
基本:元世界へ帰る
1:『化け物』に復讐する
2:え……朔???
3:不死原霧人=『化け物』のはず
4:『淫気を発してる女』は見かけ次第殺す
5:『淫気を発してる女』でなくても自分の邪魔をすれば殺す、かも
6:復讐の先には何もない、か……。
[備考]
※花巻咲に対しかつて殺された親友、鼻木朔の面影を見ています




 ――不死原霧人が正気を取り戻したのはそれから数分後のことだった。
 部屋に充満し始めた血の匂いが、快楽と堕落の負の引力から霧人の精神を引き上げた。

「え……さ、サムライ……」

 まず目に入ったのは、倒れている十兵衛。その腹部から広がる血だまり。
 苦しそうに息を吐きながら、時折ぴくり、と動いている。
 まだ生きている、けれど声もない。……非情に危ない状況だ。
 そしてベッドの近くにも女の人が倒れている。
 こちらは胸のあたりに、ラメ入りビーズでデコられたドスが刺さっている。
 ――駆け寄って手を取ってみると、死んでいた。
 どうして。どうしてこんなことに。どうしていったいこんなことになっているの。

「あ、アタシ、な、何を――何をしてたの――?」

 ちかちかという頭痛と、腹部の痛みと共に思い出す。
 先ほどの先頭で自分が犯した罪をありありと思い出してしまう。
 弱さから甘い言葉の夢に堕ち、痴女じみた言葉を遣い、十兵衛に抱きついて――。
 そのせいで、女の人が――アタシを助けて、くれた人が――死んでいる。
 アタシが――アタシのせいで。
 あのときちゃんと起きていれば――夢の中に、逃げ込まなければ……。

「あ……あああ、う、う……ああああああ!!!」

 頭を抱えて霧人は叫ぶ。
 その叫び声に触発されたのか、辛うじて十兵衛が言葉を紡ぎだす。


「み、霧人……起きたか」
「さ、サムライ、どうしよう、どうしよう、アタシ――」
「いいか――西崎、さんが、医療道具をデイパックに詰めてる。使え。医療マニュアルの授業、覚えてるかい」

 十兵衛は、出血で体力を奪われながらも冷静に霧人に指示する。
 霧人も理解力は低くない。パニックを一旦遠くへ置いておいて、いま自分がやるべきことを見つけ出す。

「う、うん、覚えてる……覚えてるよ、だから……た、助けるから! しなないで、サムライ!」
「おう、まだ死なねぇよ……ああ、しかしちくしょう……」

 慌ただしく西崎詩織のデイパックを取りに行く霧人の姿を最後に視界に収め、
 ヒーロー世界のサムライは、静かにその意識を手放そうとしていた。
 最後に――悔恨の思いを込めて、一つだけ呟く。

「あの子の名前……咲(さき)じゃなくて、咲(さく)だった、か……」

 ――学生証には漢字の読み方まで書いてねえもんなあ。
 ――いやいやホント、やっちまったやっちまった。

 ――あ、まだ死なねえよ死なねえ。
 ――こんな失態ばっかで死んじまったら、親父殿に笑われっちまうってえの。


【H-4/屋敷/1日目/黎明】

【柳生十兵衛@アースH】
[状態]:重傷(腹部に銃創)、気絶
[服装]:スーツ
[装備]:ロープ@アースR
[道具]:支給品一式、鉄パイプ@アースR
[思考]
基本:刀返してもらってすぐに主催者を切り伏せる
1:ちくしょう…こりゃぁ武士失格レベルの失態
2:基本挑む奴には容赦はしない。
3:今日の献立を考える
4:霧人にはあとで説教だ
[備考]
※アースDの情報を共有しました。

【不死原霧人@アースH】
[状態]:軽傷(腹部)
[服装]:カウガール
[装備]:医療道具
[道具]:基本支給品、ジェリコ941の弾《32/32》
[思考]
基本:この殺し合いを終わらせる
1:サムライ(柳生十兵衛)を助ける
2:闇ツ葉はららへの恐怖
3:アタシは一体何を……ヒーロー失格じゃん……。
[備考]
※名簿は確認しています。


※スパイダー・コルサ@アースAがH-4屋敷前に停まっています。
※西崎詩織の胸にデコ・ドス@アースRが刺さっています。
※H-4屋敷の寝室テーブル上に以下の支給品があります。
 箱詰めクッキー@アースE、推理小説@アースR、扇子@アースR、
 青のペンライト@アースC、魔よけのお札@アースG、宝箱@アースF

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最終更新:2015年07月01日 20:37