楽しさと狂気と

「な、なんだ!あれは…!!」

ティアマトを追いかけているためにダンプカーを走らせていた鬼小路君彦は目の前の光景を信じることができなかった。
目の前にいた全世界のモンスターマニアにとって伝説の存在ティアマトが50m級の大きさから小さくなり、人間のような見るに堪えない姿に変わっていってしまったからだ。
これでは怪獣ではなく怪人である。鬼小路にとってもはやあれはティアマトではない。ただの出来損ないのレプリカのようなものであった。

「はぁ~…凄いのお!なあ君彦!あれはどういう仕組みなんじゃ?」

世界が違う故か怪獣を見たことない卑弥呼は、その変化も目の前の怪獣が行ったことではないかと考えていた。当然のことだ。
卑弥呼がかつで女王であった邪馬台国でも、呪術の類で猛獣を作り出した事はあったが、あのサイズの物は見たことなかったし、ましてや更に小さくなり人型になるような技術は存在していなかった。
なので単純な疑問として君彦に返したのだが、双眼鏡を覗く君彦はワナワナと震えていて、言葉を返すことはない。

「…ふざけるな」
「…君彦さん?」

ナイトオウルがダンプカーを一旦停めて、君彦を運転席から不思議そうに見た。
わなわなと震えているその表情は、自分の玩具を無理やり取られた子供のようにも見え、涙すら見えた。
そしてゆっくり大きな声で、彼は大きく目を見開き、空に向かって叫ぶ。

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!なんだ!なんだあの姿は!あれは俺の求めていたティアマトではない!あんな小さくない!あんなに人間のようではない!もっとティアマトってのは!美しい物だ!素晴らしいものなんだ!!!!ふざけるな…!ふざけるなぁ!」

君彦はダンプカーから飛び降りると、着地もうまくできずにその場に崩れる。
だがそれを気にもとめず立ち上がるとティアマトの方へと大きくて足を振りかぶり、無様にも思える姿で全速力で走っていった。
ナイトオウルは突如とした君彦の奇行に困惑していた。
先程までの子どもらしい一面は既に消えていた。彼のあの憎悪にも近い表情は、ナイトオウルを怯ませるのに充分だった。

実はナイトオウルは、2代目だ。
偉大な祖父の名を受け継いだのはつい最近のこと。
祖父が死んでから2年後、死亡説が囁かされていたナイトオウルを復活させたのが自分であった。
祖父は西崎という新人女警部の事をいたく気に入っていたようで、彼女をおちょくっていたとも聞く。
それほどまで余裕があった祖父とは違い、彼はまだまだ未熟者(一応西崎のことを言及するものの本心ではない)。
困惑するのも無理はなかった。

「追え、ないとおうる」

あたふたしているナイトオウルに、冷たく、また先ほどの無邪気な声色とは異なる声色で卑弥呼が言い放った。
口角は高く釣り上がり、目はティアマトを見た時のようにキラキラと輝いているが、どこか濁っているようにも思える。
そしてにやりと、口角を歪ませながら卑弥呼は含み笑いをしながら言い放った。

「面白いものが見れそうじゃ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ティアマトおお!!!!何があったんだ!君の姿はそんなに醜いものじゃないはずだ!まるで漆のように美しい鱗!すべて切り裂く鋭い爪!世の中を恨むような眼光!すべて…すべて無くなってるじゃないかあああ!ふざけるな!!」

ティアマト『だったもの』に君彦はぜえぜえと息切れをしながらたどり着くと、まず真っ先にそう咆哮した。
殺し合いの場において大声を挙げるなんて愚策ともいえるが、今の彼にはそんなことは関係ない。
ただ素晴らしき存在の、あのティアマトが何故こんな姿になってしまったのか。彼はそれが許せなかったのだ。

「ぜえ…ぜえ…こ、これもすべてあの女!AKANEという奴のせいだろう!ぬ、ヌッフフフフフ…大丈夫だぞ…俺が、俺がなんとかしてやる!なぜなら俺は、どくた───」

君彦がそう言い終わる前、一瞬であった。
ティアマトがその右手を大きく横に振りかざした瞬間、鬼小路君彦の上半身と下半身は分離し、君彦の上半身が原形をとどめないような形になって吹き飛ばされたからだ。
上半身を失った下半身はその場で崩れ落ちる。ティアマトはそれを見て近寄るとその下半身を───おもむろに食べ始めた。

ティアマトにとってディパックの中の食料なんて人間においての豆一粒と変わらないようなものだ。 ゆえに、ティアマトは食べれるうちに食べてしまおうと考えたのだった。
着ている化学繊維から成り立つ邪魔な布はすべて破り捨て、人間という食材ありのままの姿にする。
それをティアマトは大きな両手で掴むとそのまま貪るように食べ始めた。
骨もそのまま噛み砕く。今必要なのは食べれるものだ。
やがて、そこにあった人間だったものは跡形もなく綺麗に無くなっていた。
ふと腹が満たされたティアマトは吹き飛ばした上半身の方を見た。
あれはもう、食べるのは難しいだろう。
服の繊維が絡まっている。勿体ないが諦めよう。

「…ぐるるる…タベタ…カッタ…」

ぽつりと呟くように、唸るような鳴き声の中から声が聞こえた。
気のせいかもしれない。だが、それらしき音、怪獣だった頃の鳴き声からは考えられない高い声。

ティアマトは、『知性』を得始めている。もちろん幼児にも満たない知性ではあるものの、かつてのティアマトであれば服の繊維云々で食べないことはなかった。
そもそも───『繊維』という物質の存在も知らなかったはずだ。

「ぐるる…ニンゲン、コロス…!ミナ、コロス…!」

ティアマトはそうまた呟くと目の前の食料をその場に放置して、またゆっくりと歩みを進める。
人間を憎む怪獣は皮肉にも、最も憎むべき『人間』に徐々に近づいているのであった。
【A-7/草原/1日目/黎明】

【ティアマト@アースM】
[状態]:無傷、怒り心頭
[服装]:裸
[装備]:無
[道具]:無
[思考]
基本:人間が憎い
1:邪魔な物は壊す
2:攻撃する奴は潰す
3:廃工場の方へ向かって破壊する
[備考]
※メスでした。
※首輪の制限によってヒトに近い姿になりました。
 身長およそ5m、ただしパワーと防御力は本来のものが凝縮された可能性があります。
※どうやら知性が生まれ始めました。あくまでも断片的。

◇◆◇◆◇◆◇

「…そんな…」

双眼鏡を握ったまま君彦は走っていった為に、先程よりも必要以上にジープをティアマトに近づかせる必要があったナイトオウルは、目の前の光景を信じることが出来なかった。
ジープを停まらせて、遠い物陰に隠れてながら見ているとはいえ、これは少し衝撃的すぎる。
経験の少ないナイトオウルには、あのグロテスクな光景を耐えることはできなかった。

「うっ…うええ…ごほっ、ごほっ、おええ…」

数秒間吐いたあとに、ディパックの中にあったペットボトルの水を口に含み、ゆすいだ。
喉の中が焼けるような感覚。
間違いない。この場は異常だ。
振り回されていて忘れていたが、この場は殺し合い。ああいった怪物を、下手すれば殺さなくてはならない。
しかし、それが出来るのか?ナイトオウルはとてつもない絶望感と恐怖感に襲われていた。

「いや~ないとおうる見たか?〈楽しい〉のお~!」

だが、そんなナイトオウルの事など露知らず、卑弥呼は相変わらず楽しそうな表情を見せていた。
ナイトオウルは恐怖を覚えた。一体なぜ、この年端も行かない少女はけたけたと笑っていられるのか。

「…楽しいって…人が!人が死んだんですよ!なのになんで───」
「ないとおうるよ、妾は『楽しいこと』が見たいのじゃ。あれは実によかったのではないか」

震えながらのナイトオウルの声に対して、素っ頓狂に、当たり前のように卑弥呼は返した。
卑弥呼の目的はただ一つ。主催者に打倒するわけでもない、ただ楽しいものを見たいだけ。
それを見るのを邪魔する者が居るならば、殺すしかない。
彼女が生きていた時代も、それが当たり前と言えるものであり、彼女はただ『楽しいこと』を求めていただけ。
ゆえに戦争を起こし、魏の皇帝を洗脳したりと、散々なことをやり遂げることができた。
現代においては上手くいかず失敗することもあるがそれもまた一興。ムカムカするが結果的には楽しくなってしまうのだ。

「…もう嫌です!私はここから離れます!卑弥呼ちゃん!君は狂ってる!皆!皆どうかしてる!」

ナイトオウルはゆっくりと立ち上がると停めていたジープへと向かい始める。
足がふらつきながら、表情には軽蔑に近いものを伺わせてゆっくりと向かっていた。

「どうかしておるのはお主じゃ。ないとおうる。この場に呼ばれた段階で、そして君彦が殺されている間黙って見ていただけで───妾と大差ない」

それを見た卑弥呼は、また冷たく、ナイトオウルに言う。
ナイトオウルは気にもとめない。運転席に座ると、シルクハットを脱ぎ捨てて髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
シートベルトを閉め、エンジンをかける。大きな音を立てて、ジープのエンジンが温まっていく。

「もううんざりだ…こんな場所」

そう言って、ナイトオウルはハンドルを握った、その時だ。
卑弥呼が手に持っていた鎖のような剣、『蛇腹剣』を取り出してブツブツと呪文を唱えると───ナイトオウルの首の右側を貫いた。
ナイトオウルは目を見開き、口を何回も酸素が足りなくなった魚のようにパクパクさせながら、卑弥呼の方を見つめた。

「…悪いのお、ないとおうる。お主を逃がしたら妾の悪評が広まってしまいそうじゃ」

やがて何かナイトオウルは言葉らしき音を発したが、口の中に広がる血が貯まり、ろくに喋れずに。そのまま糸が切れたようにその場に崩れた。
蛇腹剣を引き抜くと、卑弥呼は巫女服の中に仕舞い込む。

(…妖力で動く剣、か…妾の知らないことがあるものじゃな)

彼女に支給された武器の1つは、ヘイス・アーゴイル特性の、魔力や妖力を原動力とする蛇腹剣であった。
魔力や妖力が無いものが使うとただの剣だが、あるものが使うと剣の部分がまるで鎖のように伸びていき、相手の急所を貫くことができる、というアーゴイル商店自慢の一品だ。

ナイトオウルは殺さずとも口封じのために拷問してもよかったかもしれないが、とちって殺してしまった。その点は反省すべきである。
ジープを運転する人間が居なくなってしまったが、この際仕方ないので自分で運転してみるとしよう。
ナイトオウルを運転席のドアを開けて外に蹴飛ばすと、卑弥呼は運転席に座った。

ぴこん。ぴこん。ぴこん。
高い金属音が鳴る。卑弥呼の巫女服の上着の中に閉まってあったレーダーだった。
近づいている参加者の首輪を探知するというものらしい。詳しいことは知らないが…なんにせよこの近くに二人、参加者が居るようだ。
方角、距離的にもB-6だろうか。

「折角じゃし行ってみるとするかのお…てぃあまとはつまらぬ外見になったし、他の参加者のところで楽しむのもいいじゃろう」

そう言うとエンジンがかかったままのジープをギアチェンジして、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
鈍い音が鳴る。
向かう先は『楽しさ』を求めれる場所。
そのためならば殺すことも厭わないし、弱者のフリをするのもいいだろう。


「はははー!ゆけいゆけい!妾を止められる者はおらんわー!」

ジープが一台、闇を切って走り抜けた。

【鬼小路君彦@アースM 死亡】
【ナイトオウル@アースD 死亡】

【F-6/ジープで平原を疾走/1日目/黎明】
【卑弥呼@アースP】
[状態]:健康、興奮
[服装]:巫女服
[装備]:無
[道具]:基本支給品一式、蛇腹剣@アースF、生体反応機
[思考]
基本:「楽しさ」を求める
1:アハハハハ!行け行けぇ!!
2:このままB-6を目指す
[備考]
※怪獣が実在することを知りました。

【生体反応機@アースEZ】
周囲二キロにわたって参加者の首輪を探知してレーダーに映す。
誰なのかまでは分からない。



「あー…かわいいなぁ。キスしたいくらいだよ…ほんと」

すやすやと眠るエンマを見ながら、柊麗香はうっとりとしながら呟いた。
先ほどの強さとは一転、疲れて眠っているエンマを見ると、悪戯をしたくなる。
ただそれは、子供の悪戯ではなく、もっと汚れたものではあるが。

柊麗香は男である。
吸血鬼の力を手に入れていた頃、通りすがりの可愛い女学生を捕まえ、『楽しんだ』あとに皮を剥ぎ取り、自分のものとした。
今は力を封じられて出来ないが───もし力が戻れば麗香は真っ先にエンマを狙うだろう。
勿論エンマの強さは知っている。おそらく上手くは行かないだろうが、麗香はそう願った。

「…駒にするには、勿体ないくらい。ほんとにそう思う」

髪もつやつやと艶があるし、流れるように美しい。肌は雪のように白い。
体には幼さが残るが、麗香としてはそれがまたそそる。
それにほどよい筋肉が彫像のような肉体を作り上げていた。

これが『自分』に出来れば、なんとよいことか。

「…ま、今は我慢ね。楽しみはあとに取っておかなくちゃ」

麗香は空を見上げた。
この殺し合いが始まってもう数時間だ。
吸血鬼の力を封じられてしまった自分が生き残れる自信はあまり無いが、エンマを使えばなんとかなるはずだ。

「楽しみは最後。今は生き残ることを優先しなくちゃね」


二人の楽しさを望む女が出会うのは、あと少し。
【B-6/町/1日目/黎明】

【柊麗香@アースP(パラレル)】
[状態]:健康
[服装]:多少汚れた可愛い服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:生き残る
1:早乙女エンマを利用する。
2:エンマちゃんかわいいよペロペロしてくんかk(以下略
※吸血鬼としての弱点、能力については後続の書き手さんにお任せします

【早乙女エンマ@アースH(ヒーロー)】
[状態]:疲労(中)、まだ回復中
[服装]:血で汚れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:師匠と合流して、指示を仰ぐ
1:zzz
2:麗香(名前は聞いていない)と一緒に師匠を探す


029.星に届け 投下順で読む 031.彼女は貫く胸の華
029.星に届け] 時系列順で読む 031.彼女は貫く胸の華
016.ティアマトの逆襲、または如何にして私は淫乱ピンクと怪盗と共に怪獣を追っかけることになったか 鬼小路君彦 GAME OVER
016.ティアマトの逆襲、または如何にして私は淫乱ピンクと怪盗と共に怪獣を追っかけることになったか ナイトオウル GAME OVER
016.ティアマトの逆襲、または如何にして私は淫乱ピンクと怪盗と共に怪獣を追っかけることになったか 卑弥呼 049.みつどもえ
011.殺人鬼×少女×少女 早乙女エンマ 049.みつどもえ
011.殺人鬼×少女×少女 柊麗香 049.みつどもえ

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最終更新:2017年05月24日 17:03