星に届け

月が欲しいと思っていた。
 夜空に燦然と輝く、完全な月が欲しいと思っていた。

 だが、シルクのスーツの裏に編みこまれた、彼の世界の今のアメリカの国旗。
 その国旗にかつて48個刻まれていた星は、20程度まで減っている。 
 他は全て奪われてしまった。
 敗けて取られて奪われてしまった。
 彼がまず最初にしなければならないことは、奪われた星を取り返すことだった。




 車輪は回り、黒衣の老人は世界の淵に辿り着いた。
 からからという車椅子独特の音が廻る中で、ルーズベルトの耳は静かな波音を聞く。

 深い森を抜けた先。

 世界の淵には何もなく、ただ海が広がっていた。

 水平線はかすかに青紫に光っていたが、海は底も見えぬ黒で、まるで淀んだ闇が重さを持って地を這い回っているかのようだった。
 闇は嫌いだから、ルーズベルトは上を見る。
 夜も明けぬ漆黒の空、一人殺して初めて、ルーズベルトは月を見る。
 星に囲まれながら輝くそれは、波めいて栄光と衰退を繰り返す影の周期の終点であり始点、
 ルーズベルトと彼の国が永遠にその姿で留めておきたかった望みの姿――完全なる光の円を描いていた。
 フルムーン。
 きれいだと、思った。
 あれが欲しいと、取り戻したいと、今でも願っている。


 嗚呼――

 だが見惚れるにはまだ早い。

 ――――取りに行くには、さらに遠い。


 老人は目線を現実に向き直し、海の向こうを注意深く眺め回した。
 ルーズベルトが麻生嘘子を追いかけず、逆方向に駆けてこの世界の淵、海辺まで来たのは、
 決して完全な月を望みながらその情景に酔いしれたかったからではない。
 望みに酔わなければ保てないような弱い心はとうの昔に捨ててきた。
 たった一人殺した程度、たった一つ星を捧げた程度では、月には届かない。
 ルーズベルトがやっておきたかったのはまず一つ、この島じみた世界の周囲に何があるかの確認だった。

 思い描く理想のビジョンは、
 忌まわしき枢軸国の参加者を皆殺しにした上での主催の打倒、そして束縛からの解放と勝利だ。
 そのビジョンを手に入れるためには、場当たり的な行動だけではいけないというのが大統領の論だった。
 すなわち、島の周囲の把握、例えば他の島が見えるか、などの情報の把握。

 システムによれば脱出は首輪の爆破対象とのことだが――首輪を仮に外せたとして、
 脱出する先の当てがなければそもそも島から脱出する意味がない。
 だからこそルーズベルトは、今いる島の近くに他の島、あるいは大陸がある可能性を考えていた。
 それを発見できれば首輪を外した後の航路も取れる。仲間を勇気づける材料にもなろう。
 足は不自由だが代わりに夜目は効く方だった。
 水平線目視5kmの先に僅かにしか見えぬ陸だろうとルーズベルトは発見できるつもりだった。

 つもりだったが。

 A-2から見える範囲の海に、遠く陸が見えるということはなかった。



 落胆ということはない。
 まだ西側だけだし、西側の海少なくとも5kmに“なにもない”という情報も、それはそれで大事な情報である。
 地図に港が存在することを考えれば、島が絶海の孤島である可能性も充分に考えられた。
 ルーズベルトは切り替えて、海に来た理由の二つ目を遂行する。

 漆黒に塗られた大型車いすの背面下部にあるカバーを開ける。
 すると自動的にそこから蛇腹のホースが降りてきて、浜辺の砂地に着地、そのまま海へと進んでいく。
 着水し、海水を吸い取って、後部タンクへ貯蔵するためである。

 ちゃぽん。
 と音を立てて、ホースが海へと着水。
 水がゆっくりと吸われていく。
 およそ10分ほどの給水時間。

 フリーメイソンの技術の粋を詰め込まれたルーズベルトの車椅子であるが、
 その動力は意外にも水だった。
 開始時点でメーターの0近くまで減らされていたタンク内の水を補充するため、というのが、
 ルーズベルトが海に来たもう一つの理由だった。

 水を電気分解してエネルギーを取り出しているのか、はたまた水素の核融合か何かでエネルギーを
 取り出しているのか――細かいことまではルーズベルトは知らない。
 製された不純のない水がもっとも効率よくエネルギーになるということは教えられたが、
 海水でも、多少効率は落ちるものの問題なく車椅子を動かすことができると技術者は言っていた。

 海水をタンクいっぱいに詰めて、動かせるのは四半日(6時間)といったところ。
 支給された飲み水を動力へ回すのはあまり頭のよい方法とは言えないため、
 およそ一日に四度はどこかで水を補充する必要がある。
 それもできれば塩っ気や不純物のない、綺麗な水が望ましい。

 ルーズベルトとしてはその他、島の東側から見える海も確認しておきたい。
 その点を踏まえ、地図を眺める――行く先を選定すると。

「まずは温泉。そして、泉、だね」

 北にある温泉では、地下から沸く純粋な水が手に入る可能性がある。
 まずはそこで、より車椅子にとって優しい水を手に入れ、
 出来うるならば半日で泉へと到達したいところだ。

 なに、仮に計画に変更をきたさなければならなくなったとしても、水道の通っているであろう
 公園・町・駅などに寄れば、一応水は補充できる(水道を探すと言う手間は発生するが)。
 燃料問題については、今後さして気にする必要はないだろう。

 そうこう考えているうちに10分が経った。
 試しに赤いボタンを押し、車いすを旋回させて前進してみる。
 制限によって元々の回転速が落とされているのか、やはり速度は劣るが、エンジンの暴発はない。
 メーターも回復している。さしあたり、補充は完了だ。

 あるいはこの島にメカニックが居るならば、この車椅子に掛けられた枷も外せるかもしれない。
 Axis Powers(枢軸国)やJapを星へ還すと共に、その線で人探しも行ってみるべきかもしれないとルーズベルトは思う。
 ともかくこれで――燃料の懸念は無くなった。

 ここからしばらくは、エンストを気にせずに“フルスペックで行動できる”。

 ルーズベルトは車椅子を走らせながら、青いボタンを押した。


 ――車椅子の底面からジェット機構が顔を覗かせる。
 ――ジェットから青白い熱光が発されて、車椅子が宙へと浮いた。


 同時に車輪はプロペラに、チェーンソーの刃部分はスライド可変して機体安定用の翼へと変形。
 これにて、車椅子の空路移動用モードの完成である。
 少しでも夜空に近づくために、ルーズベルトの車椅子は空を泳ぐ。
 月を取る為。
 それが叶わずとも、まずは奪われた“星”に手を届かせるために。

「さあ諸君、奪われたものを取り返す――戦争の始まりだ」


 彼の国の旗を胸に。
 大統領フランクリン・ルーズベルトは、出陣した。



【A-2/森/一日目/黎明】

【フランクリン・ルーズベルト@アースA】
[状態]:いたって健康、高揚、飛行中
[服装]:スーツ、ネクタイなどなど
[装備]:フランクリン・ルーズベルトの車椅子@アースA
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:連合国の人間と協力し、この殺し合いを終わらせる
1:枢軸国は皆殺し。容赦はしない
2:車椅子を治せるメカニックを探す
3:よりエンジンに優しい水を求め、温泉や泉へ向かう
[備考]
※まだ名簿を見ていません。
※ルーズベルトの車椅子には制御がかけられています。まだ何が使えて何が使えないか確認していません。
※一応ルーズベルトの車椅子は支給品扱いです。

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最終更新:2015年07月01日 20:34