瞳に炎を宿せ

正義とは、なんなのか。


人を助けることか。
それとも悪を裁くことなのか。
または自分が正義と思えば正義になるのか。

ある少女はそのことを今日ほど感じることはなかった。
夢野綺羅星(ゆめの きらぼし)は正義感溢れる少女である。
学園の生徒会長として日々高校の為に自分ができることならなんでもしてきた。
予算案の作成だって、部活の助っ人だって、それが学園の為であるというのならなんでもやってきたのだ。
困ってる人を見捨ててはおけない、と。そんな彼女の信念に基づいて彼女は常に行動をしてきた。
そんな彼女はまず殺し合いに巻き込まれたと自分が知って強い憤りを感じていた。
いきなり集められて殺し合いをしろ?馬鹿げている、と。
そして彼女の憤りを更に倍増させたのは、ディパックの中に入っていた参加者リストらしきものに自分の妹を初めとする彼女の友人や自分の先輩たちの名前がそこにあったからだ。

高村和花。
たまに狐のコスプレをして現れるほわほわとした雰囲気を醸し出した、可愛らしい少女。
立花道雪。
常にリスのペットを連れ回している、敬語を使う礼儀正しい女の子。
久澄アリア。
自分の高校の先輩で、生徒会でお世話になった、頼れる女性。彼女もまた、クリオネのような得体の生き物を連れ回している。
そして、自分の妹である夢野セレナ。

四人とも、『綺羅星にとっては』自分と同じ戦うことなどを知らない一般人である。




そう。『綺羅星にとっては』なのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

夢野綺羅星は和花、道雪、アリアの3人はおろか自分の妹であるセレナが日夜平和を守るため戦う正義の魔法少女であることを知らない。
魔法少女が増えてきている中、お昼のニュースの話題を独占してしまうようなアースMGにおいて、彼女という存在はアースRの平沢茜よろしく、イレギュラーな存在なのである。

魔法少女の世界において、『夢野綺羅星』という名前はあたかも魔法少女ものの主役に相応しい名前である。
しかし彼女は物語の中で変身は出来ないし、主人公格を助ける役目を担うわけでもなく。
ただの『重要人物の一人夢野セレナの姉』としか見られていなかった。
いや、当初は名前すらなかったのだ。「夢野セレナの姉」としか見られていなかった。

彼女の名前をつけたのは、ネット上のその作品のファンたちであった。
『なんか4話でちょっと出てきた美人のセレナ姉の名前が見た目とあってないキラキラネームだったらクソ笑えるよなwwwwww』
『じゃあこの子キラキラネームみたいな名前にしようぜ』
『キラキラネームなら、綺羅星とかで行こうぜ』
『うはwwwwwwクソワロタwwwwww』

やがて姉の名前は「キラボシちゃん」となり、彼女の二次創作が多く作られるようになった。
そしてそれを受けた制作スタッフが、話題に乗るためにその名前を採用としたということである。
親からつけられた名前でもない「夢野綺羅星」は、やがて非公式から現実となった。
そしてそれが更に話題を呼び多くのファンに彼女の存在が熟知されるようになったのだ。

綺羅星の『設定』は更に付け加えられていった。
学園の生徒会長である、とか。
正義感ある女性、だとか。
基本なんでもできる女の子で、だけれども家にあるクマのぬいぐるみを大事にしてる。だとか。

やがて、それらは『公式設定』となり、『夢野綺羅星』は物語の本質には関わらない、『設定』だけで成り立っているキャラとなったのだ。


だから、大事にしているはずのセレナが魔法少女なのを知らないのは当然なのである。アースRの世界におけるアースMGのような魔法少女ものの作品において、綺羅星が『セレナやその友人たちが魔法少女であることを知っている』という描写が無かったから。
何故なら、彼女にそのような描写が施される事はなく、あくまでも敵側の精神描写に徹したために夢野綺羅星はそういった設定に陥ってしまったという訳なのである。

さらにネット上では彼女が『自分の名前』が嫌いなのは、『自分の親』がつけた名前ではないからという設定も付け加えられた。
『自分の親』は前述の通り、彼女たちを作り出した制作スタッフたちのことを暗喩しているのではないかという考察に溢れた。
勿論綺羅星がそのことを知っているはずがないが、そういった経緯がやがてアースMGに住む綺羅星に影響を与え。
成績優秀で完璧である、ヤマトナデシコの女性なのに名前が『綺羅星』で、そんな自分の名前が『嫌い』で、『家』が嫌いだということになってしまったということだ。
どこか彼女のプロフィールがちぐはぐなのは、『公式設定』が付け足されていったからであり、彼女のせいではないのである。



では夢野綺羅星のことについての話を終えた事で先ほどの状況に視点を戻すことにする。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうやって怒りを感じていた綺羅星の手にやがて握られていたのは、両刃が波打ったようなフォルムが特徴の片手剣、フランベルジェであった。
その波打った両刃が相手の止血を防ぐというドイツに実在した剣であり、剣道をやっていた綺羅星にはありがたいというのが相応しい武器。

これがあの音声が言っていた『支給品』か、と綺羅星は感じた。他の支給品らしきものは古びて錆びてしまっている『南京錠』と、『BR映画館上映作品一覧表』と書かれたパンフレット。おそらく使いどころは無いだろうからディパックの中に戻すことにした。

ふと剣を見る。
竹刀を持つことはあってもこういった真剣を握ることは人生で初めてである。
竹刀のように、面を取られても死なずに、一本を取られる訳ではないのだ。
面を取られる=頭をかち割られて死ぬ。
そのことをひしひしと剣が反射して映る自分が示しているかのようだった。

「…誰だ」

突然綺羅星が「歴史書」と書いてある本棚の方に声を投げかけた。
剣に反射している自分の後ろに、男らしき陰が映ったからだ。
勿論殺し合いの場においてそういった行動は死に直結することすらありうる。
しかし綺羅星はそれを承知で行動に移した。このまま見ているままで奇襲されるよりかは、面と向かって闘う方が割に合っていると考えたからだった。

その声のあとの数秒後。
綺羅星に呼応するかのように、一人の男が本棚の影からのそっ、と出てきた。
頭は丸めていて、目は垂れ目だが、瞳は死んではいない。部屋着であろう甚兵衛を着ており、おおよそ戦闘をする者には思えない。
手には「ナポレオン・ボナパルト」と書かれた漫画本の伝記を手にとっており、綺羅星からいきなり呼ばれたのにも関わらず、驚きもせず、ただ毅然とそこに立っていた。

「テメーこそ誰だ。先に名乗るってのが礼儀だろうが」

現れた甚兵衛の男は、綺羅星に不機嫌そうに言い放つ。
甚兵衛の男は、背中をボリボリとかきながら近くにあった勉強用の机の所の椅子に座り込むと、腕を組んだ。
その姿はまったくもってこの異常な状況にふさわしくないほど堂々としていた。
そのことが、『魔法少女でない』綺羅星にはどうも不気味に見えた。
目を凝らす。男の首輪には『A』の文字。自分の首輪の文字は先程確認した。『MG』───つまり、彼は敵である。
綺羅星は支給されたフランベルジェを持ち直すと、男に言った。

「…貴方のチームはA。私を殺す気か。その時は容赦はしない。私には守らなければならない人たちが居る」

目の前の男に対抗するように、厳しい口調で言い放つ。
勿論、殺すことはないと思うが、剣道をやっていた事もあるし腕には自信がある。また脅されたと勘違いして逃げてくれれば幸いなのだが。と綺羅星は考えていた。
だがその綺羅星の予想を大きく男は裏切ることになる。

「はぁ?何言ってんだテメー、馬鹿だな」

伺える風であったよりも今度ははっきりと不機嫌を表して男は綺羅星に言い放つ。
綺羅星の存在を無視するかのように段々とページを勧めていく手が早くなっているようにも見えた。
突如言われた暴言に対し、綺羅星は彼の態度に怯まぬように、声をやや張って口を開く。

「言っている意味が分からない」
「この殺し合いに素直に乗るやつ、だよ。テメーだよ馬鹿は」
「私は殺し合いに乗ってない!」

綺羅星のフランベルジェを握る力が、自然と強くなる。
あの子たちを守らなくては。あの子たちよりも年上である自分がなんとかしなければ、と。
だから殺し合いなんて馬鹿な事には乗らず、元の生活に戻りたい、と。
そういった決意からだった。
同時になのになぜこの男は唐突に現れるや否や私のことを決めつけるのだろうと疑問に思えてきた。だがその疑問を言葉にすることが少しはばかられたのか、綺羅星は俯く。
男は綺羅星のそういった様子を見て、今度は大きく息をついた。
そして持っていたナポレオンの伝記本を相変わらず読み進めながら、今度は先ほどとは打って変わって諭すように、口を発した。

「じゃあ仮にだ。俺がテメーの言う大事なものを捕まえてこれ以上近寄ったらこいつを殺す、と言ったとする。
テメーの手には自動小銃が握られている。弾は六発だ。テメーはそれを撃たないで話し合いだけで大事なもん助けようとすんのか?」
「それは…」

俯いていた綺羅星の顔に動揺が映る。
確かにそういった状況が無いとは言えない。おそらく自分は話し合いに応じなかったら相手を攻撃するだろう。
ただ、それは『殺し合いに乗った』という見方もできてしまう、それならば先ほどの自分の「殺し合いに乗ってない」という言葉が、嘘になってしまうこともありうる。
綺羅星が動揺する中、男は待ってましたというように本を読みながら立ち上がり、綺羅星の方を向かず、黙々と漫画を読みながら呟いていく。

「甘いなぁ。テメー人殺したことねーだろ?生憎だが俺はあるんだ。何万という人を殺してきたと言ってもいい」
「…」
「嘘じゃねえよ、本当さ。いわゆる軍人さんってやつ『だった』んだぜ、こないだまで」

男がパタンと本を閉じて、綺羅星の方をはっきりと向いた。
やがてまた背筋を伸ばしてから立ち上がると、本をディパックの中に入れた。
綺羅星は男の言葉のふしふしに疑問を感じたものの、そのことはどうでもいいと考える対象から外した。
綺羅星の様子を見てから、男は話を続ける。

「…話を戻すぞ。さっきの状況になって撃たねえ奴はいない。扱ったことない素人でも一か八かで
撃ってみるはずだ。そんな状況で撃つ方を選んだ段階でテメーは殺し合いに乗ったことになる。明確な殺意を人に向けるんだからな。
…どうだ。それでもお前は、こんな状況が作り出されるかもしれないと分かった上でも、『自分は殺し合いに乗らん』とほざくのか」

男の目に光が宿る。その瞳は完全に綺羅星への挑戦とも言えるような瞳である。
確かに、綺羅星のように自分の知人全員を誰も殺さずに、自分が汚れないように───殺す手段を用いずに助け出すのはというのはほぼ不可能に厳しいことだ。
しかし、綺羅星は守る必要があった。まだ幼いあの子達を、自分の信頼する先輩を、自分の最大限の力を使って守るという使命が。

「───私には…妹がいるんだ。まだ幼くて、ドジなところもあるが、心が優しい子だ。その子がこの殺し合いに巻き込まれてるかもしれない。いや、その子だけじゃない。妹の知り合いの子や、私の信頼していた先輩もいる。私は確かに貴方の言う通り甘いかもしれない。私はただの人だから。けれど…
私は負けない。こんな意味のわからない、幼い子の未来を奪うような奴らに負けるわけには行かないんだ」

答えにはなっていない、唐突な言葉だった。
男の質問の問いを無視するような内容。しかし、考えるよりも先に言葉が出ていた。
綺羅星も、自分で情けない、みっともなくて子供じみた言葉だとは感じていた。
しかし、それでも、一抹の希望を見出さないと逆に自分が潰れそうになりそうになっていた。
だからこそ、そういう言葉を言ったのだと思われる。自分の弱さを隠すために、そして本当にそうなることを願うために。

(………なんだ、コイツの目は。東條のヤローの、濁りきった目とは違う、現実を知らないくせに変な使命感を感じている瞳は)

男は前述の通り軍人であった。
若い時の自身が見てきたまっさきに死ぬ兵士たちこそ、目の前の女のような目をしていた。
「自分が国を守るんだ」と、言って勇敢に戦い、死んでいった者達。
男は軍人の仕事が嫌だった。そういう若者たちを、戦友を多くみてきたからだ。

しかし、男は徐々に階級が上がるにつれて、そういった瞳を持つ人物を見ることは立場上無くなっていきやがて男は兵士を駒として、戦力としてしか見れなくなっていった。

そして『軍略の天才』と呼ばれた男が権力を得た時に、日本とアメリカが戦争を始めた。
結果は日本がロシアの援軍で息を吹き返しての大勝利。国中が歓喜に湧いた。
だがこの男はそれが信じられなかった。ロシアが日本に協力する理由などまるでなかった。まるで『自分たちを駒と扱っている神々が、戦局を変えてしまったから』とも言えるようにも思えた。
男は一人、歓喜の輪から外れ、ひっそりと歴史から姿を消した。自分を戒めるために。自分の狂ってしまった目を、もう使わないようにするために。

男は綺羅星の目をもう一度見た。
透き通った瞳だ。日本人には珍しい黄色の瞳が、その透明度を更に強くしていた。
やがて男は綺羅星から図書館の天井にある窓の向こうに広がる星空を眺めながら、ずかずか、と綺羅星の元に歩き出した。

(…最初はひっそりと死のうと思ってたが…面白そうじゃねえか)

やがて、綺羅星の真正面に来て、口を開いた。

「───気が変わった。名前教えろ…ぼさっとしてんじゃねえ。教えろっつてんだ」
「…夢野綺羅星。神王寺学園3年2組出席番号27番」
「おしキラキラ。テメーに協力してやる」

呆気にとられる綺羅星。当然である。
さっきまでの敵対心のようなものを見せていた男が、突然協力すると言い出したのだから。
更に自分の事を『キラキラ女』と呼んでいる事には少しムッとするがそれを気にしている場合ではなかった。

「何をいきなりそんなことを…」
「気が変わったんだよ、別に好きに殺しあえばと思ってたが面白そうだ。こいつが開かれた理由とやらも知りたいしな」

にんまりとして笑い出す男。綺羅星はこの男を信頼していいか迷ったものの、とりあえずその本題に入る前に、男に聞いておくことがあった。

「…名前を。名前を教えていただきたい。なんと呼べばいいか、私も分からない」
「キラキラ。テメーは『俺の事を知らない』、珍しい奴だから前の役職で、わかりやすーく教えてやる」

そういうと男は、綺羅星の目の前で足を揃えて立ち、右手の手のひらを水平にして、右耳のこめかみあたりにやった。
そして、これまでのだるけが感じられた声から一転し、顔に精悍さを取り戻しながら、仰々しく綺羅星に言うのであった。

元大日本帝国陸軍中将。そして元関東軍作戦参謀。石原莞爾(いしわら かんじ)だ。テメー珍しい見た目だが日本人だろ?俺の事知らないとは言わせないぜ」
「…え?」

綺羅星の顔から緊張が解けて、驚きの表情を見せた。
何故ならば石原莞爾という男の名前は綺羅星は知っていたのだ。
彼女が勉強した日本史の板書ノートの中に書き込まれていた『重要語句』の一つとして。
あの満州事変を起こした関東軍の参謀として。
『設定』で作られた彼女は『事実』として知っていたのだった。


【D-5/図書館「歴史・文化」エリア/1日目/深夜】

【夢野綺羅星@アースMG】
[状態]:健康
[服装]:神王寺学園制服
[装備]:フランベルジェ@アースF
[道具]:基本支給品、BR映画館上映映画一覧@アースBR、南京錠@?
[思考]
基本:知人たちを助け、この殺し合いを終わらせる。
1:…この人は何を言ってるんだろう。
2:セレナ…
3:石原のことを信頼していいのか…?
[備考]

【石原莞爾@アースA】
[状態]:健康
[服装]:甚兵衛
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ナポレオン・ボナパルトの伝記@アースR、不明支給品1~3
[思考]
基本;とりあえずは主催に対抗してみるか
1:キラキラ(綺羅星)に付き合う
2:東條のヤローはいんのか?
[備考]
※名簿を見ていません。

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最終更新:2015年07月04日 21:59