我魂為麺

「――――オーマイガッ! 我がパスタがどこにもないッ!」

ムッソリーニがここに訪れて最初に発した言葉がそれだった。
彼が最初にした行動はルールの確認でもなく、自分の作っていたパスタを探ること。
微粒子レベルでもデイパックにパスタが入っている可能性はあるのだ。それを確認しないムッソリーニではない。

だが現実はそう甘くない。
彼にとって命にも等しき存在はもう彼の手元に存在せず。己の総てを奪われたような喪失感と、愛人を奪われたが如き怒りがムッソリーニの全身を駆け巡る。

「パスタ――パスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタ」

愛しき名を幾度と無く呼ぶが、返事はない。
これまで情熱を捧げてきたパスタがないという残酷な現実。たったそれだけで、イタリア共和国首相はこうも不安定になってしまう。
もしも彼にパスタの麺や材料でも支給されていれば、パスタおじさんは獅子奮迅の活躍をしたことだろう。しかしそれは所詮、もしもの話で。

「ファッキンジャップ! 俺からパスタを奪うとは、あのクソビッチ断じて許せん」

だからこうして、主催者に怒りをぶつける。
自分が殺し合いに巻き込まれること自体はどうでもいいが、パスタを奪われたことが許せない。
パスタは人生だ。トイレでも、お風呂でも、寝る時も――いつも傍にはパスタがついていた。

「―――取り戻さねば」

パスタを。
燃え盛る魂を。
我が情熱を捧げてきた愛しき存在を。

「クソビッチ、貴様だけは殺す」

愛すべきパスタの為に。
再び祖国へ戻り、パスタを振る舞う為に。

「ゆえにパスタの仇を――尊厳を取り戻す戦争を始めよう」

何も知らない者が聞けば、なんとも馬鹿げている巫山戯た理由だ。されど、その覚悟に一点の偽りもなし。
彼にとってパスタは己が魂と同等の価値を見出していた存在であり。それを取り戻す為に命を懸けることは、男として至極当然。
誰に嘲笑われようが構わない。パスタ大好きおじさんと指をさすのならば、それでも良い。
しかし我が魂を――――パスタを奪うことだけは決して許さぬ。それだけは絶対に譲れない、ムッソリーニの誇りなのだから。

♂ ♀ ♂ ♀

パスタ大好きおじさんがパスタに情熱を燃やす一方で、甘味処の看板娘はのんびりとしていた。
この場に似つかわしくない、ふりふりの着物と頭頂部にリボンをつけた愛らしい少女――徳川家康は、だが男だ。
自分が復活した際に少女となったことや、平賀源内の意味不明な発明を始めとして摩訶不思議なことには慣れっこだし、殺し合いも元戦国武将にとっては既に経験済みのことであり。

「困ったのう。ただ看板娘として人生を謳歌していただけなのに、よもや殺し合いに巻き込まれるとは……」

それほど動揺することもなく、自分の失態に苦笑していた。
もしも平賀源内の存在を認知していなければもう少しは驚いたかもしれないが、彼女がそれなりの頻度で引き起こすハプニングの数々を聞いていれば、今回の騒動を現実だと受け入れることも難しくない。
それに最近の江戸はよくわからない異変が多いのだ。異国の者が唐突に出現するわ、柳生十兵衛がいきなりどこかへ消えるわで意味不明である。
ゆえに自分が異国へ転移する可能性や、自分が何らかの形で巻き込まれる可能性は少なからず考えていた。まさか殺し合いなどという形で実現するとは、思ってもいなかったが。

「それにしても、ちーむ制の殺し合いか。まるで戦国時代を再現しているようじゃな」

戦国時代。
それぞれの武将やその部下が己が命と誇りを懸けて戦った、群雄割拠の時代。
戦乱の世を生き抜き、天下統一を果たした家康はその時代の勝者といえるが――彼女は決して驕っていない。
様々な武将の生き様や武勇を知る彼女は、彼らを猛者と認めている。
そんな家康だからこそ――――彼女はニヤリと微笑した。

「だがしかし、それを再現しようと思っているのならば無理じゃ。
 此度の戦には夢がない。希望がない。多くの武士が求めていた浪漫がない」

そうだ。彼女の知る武士は、いつだって浪漫を追い求めていた。
各々の手段こそ違えど、天下統一という夢に向かって必死に突っ走っていたのだ。
女が見れば阿呆と思える行動であるかもしれぬが――――男が命を懸ける理由はそれだけで良い。

「命に背けば首輪を爆破する? その程度の脅しに屈するならば、誰も天下統一など夢見ておらんぞ」

天下統一を夢見て、血反吐をぶち撒けてきた男たちに下らぬ脅しは通用しない。
戦国時代は死が隣り合わせの世界だ。彼らはいつだって、自分の死を覚悟した上で戦ってきた。
それは家康とて変わらない。性別や姿形は変われど、戦国武将としての精神は魂に刻み込まれている。

「それにワシには待っている客がいる。彼らに甘味を振る舞う為にも、ここで足止めされるワケにはいかんのじゃ。
 だがだからといって、あの声の命令に従うつもりも毛頭ない。一度死んだワシが、まだ将来のある生者を無差別的に殺すというのも心苦しいからのぅ」

これでも彼女は天下統一を果たした猛者、徳川家康だ。
その気になればチームを率いて殺し合いを制することも難しくないだろう。
そんな可能性を認めた上で、敢えて彼女は別の道を選んだ。果てしなく険しい道だと理解して、それでも彼女は決めたのだ。

「ということで此度の戦は辞退しようかのぅ。
 ワシの目的はただひとつ――――お主を成敗して、この下らぬ遊戯を終わらせることじゃからな」

ゆえに彼女は、自信に満ちた表情で堂々たる宣言をする。
敵が未知の技術を有する謎の組織であっても、それに怯えるほど天下人の肝は小さくない。
そして家康は、敵陣へ征く為に一歩を踏み出し――――。

「ファッキンジャップ! 俺からパスタを奪うとは、あのクソビッチ断じて許せん」

パスタおじさんの怒声を聞きましたとさ。

「ふぁっきんじゃっぷ? ぱすた? ……もしかして、これのことじゃろうか?」

支給品を確認した際にデイパックに入っていた袋を再度確認する。
見たこともない未知の言語が複数並び、その中にご丁寧に日本語で“ぱすた”と書いてあった。

「うーむ。これは届けてやらねば、面倒なことになりそうじゃ」

これほどの大声を張り上げるということは、男にとってはこのパスタとやらが余程と大切なのだろう。
もしも届けぬまま行動して見つかれば、パスタを盗んだとかそんなことを言われて、無益な争いに発展する可能性も有り得る。ゆえにここは男に接触して自主的にこのパスタを渡すのが最善だと家康は考えた。

♂ ♀ ♂ ♀

「第一次パスタ戦争の幕開けだッ! チーム戦など関係ない、俺の狙いは貴様だけだクソビッチ!」

大声で戦争の開幕を宣言するパスタおじさんを見て、苦笑する家康。
一方のパスタおじさんは、流石とも言うべきか。少女の存在に気付くこともなく、ただひたすらにパスタのことや女を捕えて処刑する手段を考えている。

「さっきから何度か呼びかけておるのだが……聞こえておらぬか。
 ええい――このぱすたが目に入らぬか!」

某時代劇のように掲げられる紙袋のパスタ。
厳密に言えば麺しかない状態で、これだけでは使い道のないものだが――。

「ん? 今パスタって言ったな? パスタがどうした? パスタがパスタがパスタがパスタが、パパパパパ――――パスタだと!?」

言うまでもなく、パスタおじさんには効果抜群である。
頬を叩いて夢でないと確認した後、少年のように目をキラキラと輝かせてパスタを眺めるムッソリーニおじさん(48)。

「うむ。やはりお主が探していたのはこれであったか。
 ワシには価値がわからぬし、どうやらお主の持ち物らしいから……ほら、受け取るのじゃ」
「有り難い。……先程は無礼な態度をとってしまい、済まなかった。謝罪しよう」
「なに、ワシは何も気にしておらんから大丈夫じゃ。それより、そのぱすたについて教えてくれぬか?」

「ほう! 知りたいか、パスタについて!」
「あー、乗り気なようで悪いのじゃが、出来るだけ簡単に――」
「遠慮する必要はない。パスタについて隅から隅まで教えてやる」

――そしておじさんはパスタについて熱く語り始めた。
信長であればブチ切れるレベルの至極どうでもいい話を聞かされても、しっかりと相槌を打つ家康は流石の貫禄である。

「――つまりパスタは人生だ」
「成る程。お主のぱすたに注ぐ情熱とぱすたの素晴らしさは理解した。
 ……理解したのじゃが、こうも聞かされると食べたくなるのが人間というものじゃ。ここで調理することは出来ぬのか?」
「言われなくとも調理するつもりだ。パスタの恩は、パスタで返す――それが俺の流儀さ。
 幸いにもここには学校が存在する。家庭科室まで行けば、調理器具や食材もあるだろう」
「うむ。ならばまずは、そこを目指そうかの。この遊戯を終わらせるのが目的じゃが、焦る必要はない。食材があるのなら、甘味やぱふぇを料理することも出来るし、一石二鳥じゃ」
「同感だ。俺もパスタを侮辱したビッチは許せんが――それ以上に今はこのパスタを調理したい」

「ぱすたを侮辱したびっち? 誰のことじゃ?」
「このICプレイヤーに録音された声の女だ。パスタを侮辱した罪、断じて許さん」
「ふむ、やはりお主も逆らうのじゃな。この女に」
「俺のチームはAで君はEだ。逆らうつもりじゃなければ殺しているさ」
「そうじゃのう。殺しているかどうかは兎も角、ワシを襲っていたはずじゃ。
 ……長い付き合いになりそうじゃから、名乗っておくかの。ワシの名は徳川家康じゃ」
「ベニート・ムッソリーニだ」
「うむ。これからよろしく頼むのじゃ、むっそりーに」
「ああ。共にパスタの素晴らしさを伝えよう、イエヤス」

戦国時代に天下統一を果たした武将とイタリア共和国首相。
二人の偉人は互いの素性を知らないまま、硬く握手を交わした。

【C-5/平野/1日目/深夜】

【徳川家康@アースE(エド)】
[状態]:健康
[服装]:
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考]
基本:この下らぬ遊戯を終わらせる
1:むっそりーにと共に学校へ向かってぱすたや甘味を食す

【ベニート・ムッソリーニ@アースA(アクシス)】
[状態]:健康
[服装]:
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3、パスタの麺
[思考]
基本:パスタを侮辱したクソビッチを処刑する
1:イエヤスと共に学校へ向かってパスタを調理する

001.そして世界が生まれゆく 投下順で読む 003.信長様の為に
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最終更新:2015年07月04日 21:39