イントロダクション


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 世界はひとつじゃない。
 今これを読んでいるあなたの「見えない隣」には、確かに他の世界がある。
 おとぎ話。絵本。アニメ。漫画。小説。ドラマ。特撮。架空戦記。
 誰かがどこかで描いたその空想は、他の世界での真実だ。
 あなたが絶対に知ることのできない場所で生きている、沢山の命、沢山の物語の一かけらだ。

 世界はあなたに直接は見えないけれど……確かに相互に、影響し合っている。
 例えばそれはちゃんとした形にすらなっていない、思春期の妄想であっても――――。


【世界座標(0,0,0)――アースR(リアル)】


「だからさ。世界史を覚えるには好きな偉人を見つけるのが早いんだって!」

 くる、くる、色白小柄のショートヘアの女子高生が、プラスチックナイフを遊ばせながら自慢げに言った。

「好きな人が何をしてるかって、妄想するでしょ? で、
 その人が生きてた時代を頭の中で完璧に妄想するためには嫌でもその時代を調べて覚えなきゃでしょ?
 そしたらもう、気付いたら覚えてるってわけ! だから咲もさ、まずは見つけるところからだよ!」
「ええー……偉人って言っても、もう死んでる人だよ? わたし、死んだ人は好きにはなれないよ」

 小説は読むけどジャンル的には歴史ものじゃないし、と、対面の少女は口をとがらせた。
 教室の机を囲んで勉強している少女たちの前には世界史の教科書が広がっている。
 明日は世界史のテストなので、友人同士で放課後の自主勉強に励んでいるのだ。
 ……といっても、高校一年生のテストに受験勉強勢ほどの危機感を持つ二人ではない。
 勉強というのはほぼ建前で、テスト期間直前の息抜きに雑談をするのがメインの目的だった。

「好きになるならやっぱり近くに生きてる人がいいと思うの。
 “フラウちゃん”は先祖様以外に好きな男の子、いないの?」
「いないよ? だってリッパー様より魅力的なヒトなんてこの世界にいないもん」
「うわあ、即答だ」
「リッパー様がどれだけ魅力的な方かを語るにはこの放課後は短すぎるから語らないけど、
 魅力的じゃなかったらいくら子孫だからって先祖の名なんか継ごうとしないでしょ?
 あたしは、リッパー様を真面目に尊敬してるし、大好きだし、ジャック・ザ・リッパーの子孫であることに誇りを持ってるの!
 誰にも有無は言わせないわ。そっちこそ、彼氏の一人でも作ってからそういうこと言いなよね!」
「え、いるよ?」
「え」
「サッカー部の先輩なんだけど、えへへ、らぶらぶなの」
「……!?」
「ちなみにもう付き合って一か月だよ」

 “リッパー様”への想いをまくしたてていた少女は対面の少女の何気ない一言に喉を刺される気分を味わった。

「ちょ、ちょっと待って。あたし達友達だよね。だったらそう言うことはこう、共有とか」
「友達だからって何でもすぐ教えないといけないワケでもなくない?」
「そういえば一か月くらい随分早くマネしに行ってるなと思ってたけど! か、彼氏とか!」
「あれ、けっこう噂になってると思ってたんだけど……知らなかったんだ。
 うーん……“フラウちゃん”の課題は、もっと現実に目を向けることだと思うなー」

 ――わたしたちが生きてるのは、現実(リアル)なんだからさ。
 世界史の本を閉じながら、恋人とらぶらぶな少女、花巻咲(さく)は言った。

「じゃあわたし、幸太さんと一緒に帰るから、行くね。明日のテスト頑張ろうね、花子ちゃん」
「えっあっうん……じゃなくてじゃなくて! あた、あたしは花子じゃなくて“フラウ・ザ・リッパー、肩斬華”――!!」

 ジャック・ザ・リッパーの子孫を謳う少女、片桐花子が慌てながら訂正する間に、
 花巻咲は教室のドアを開けてばいばいのポーズで彼氏の下へ向かっていってしまった。
 あとには数人の自主勉強勢と、片桐花子が中学校から作り続けているキャラクター、“フラウ・ザ・リッパー”だけが残された。
 現実に取り残された、妄想だった。


「……でも、それでもあたしは、“フラウ”なんだもん……」

 胸がきゅっと締め付けられるような寂しさを感じながらも、フラウは脳内ではっきりと妄想する。
 フラウ・ザ・リッパー。肩斬華。
 自分と瓜二つの姿をした少女が、確かに今もどこか別の場所で殺人をしている、そんな妄想を。
 妄想でしかないのは分かっている。
 それでも時折り、それがまるで自分が行っている、現実の事であるかのように思えるのだ。

 血色にまみれて路地裏に立ちすくむ“フラウ・ザ・リッパー”は、今日も血の付いたナイフを舐める。
 その姿がなんだかさみしそうで、切なそうで、でも美しくて綺麗で、かっこよくて。
 誰にも言えやしないけれど、正確には片桐花子が尊敬しているのは、自分の妄想の中の彼女だったりして。

「でも、……妄想、なのよね」

 やるせなさで机に突っ伏すと、
 花子の後ろの席に座って勉強している少年が広げている、数学の教科書が目に入った。
 表紙のグラフと二次曲線が数学が苦手な彼女の頭を痛くする。
 でもそうだ。例えるならば、あんな感じだ。
 グラフで言う(0,0)と(0,1)。ほんの少しだけずれてて、でも近くて、
 それでも絶対に同じ存在ではない二つの点――“あたし”と”フラウ・ザ・リッパー”。

「……ねえ、あんたは思うことってない?」

 花子は顔だけを上げて、後ろの席の男子に話しかけた。

「ほんの少しだけずれた、ここじゃない世界には……あたし達の理想の自分がいるんじゃないか、とか。
 普通じゃない世界がどこかにあったら、そこでのあたし達は何をしてるんだろう、とかさ。
 考えたことない? それとも、あたしが妄想しすぎなだけなのかな? 変なのは、あたしだけなのかな?」

 話しかけるけれど答えは求めていなかった。
 片桐花子の後ろの席に座っているのは、口を何かの事故で数針縫ったらしい麻生叫という少年であり、
 風貌からクラスで恐れられている彼は食事の時以外、その口を開くことはないからだ。

「……さぁな」
「そうよね、分かんないわよね……ってえ? あんた喋れたの?」
「喋れないと言ったことは……ない」

 苦い顔をしながら麻生叫はぼそぼそと喋った。

「口が痛むのと……ひとりが好きなだけだ」
「あ、そうなんだ。でもちょっと残念かも、麻生くんってあたし寄りのファンタジーな人間だと思ってたから。
 せっかくだから聞いちゃうけど、その傷ってなんで付いたの? 噂通りヤクザとケンカしたわけじゃないんでしょ」
「……さぁな」

 おもむろに、麻生叫は立ち上がってカバンを肩にかけた。

「俺は……知らない。……もし違う世界が存在するんなら。……そこに違う俺もいるんなら……、
 お前とは逆で……もっとマシな俺が居て欲しいと、願うくらいだ」
「傷の質問には答えてくれないの」
「ただ」

 小さな声で聞き取り辛いのにドアへと向かっていくのでさらに聞き取り辛くなる。
 だから片桐花子は、彼が気まぐれか何かで喋ったそこから続く言葉を、聞き取ることはできなかった。

「ただ。“この傷の原因になったやつら”みたいな、
 普通じゃないやつもこの世界にはいるってことは、覚えておいた方がいいかもな」
「……はぁ? ちょっと、聞き取れなかったんだけどもっかい……」

 ピシャリと扉が閉められた。麻生叫も家に帰ってしまった。
 今日はあたしの話を聞いてくれないやつらばっかりだな、と、片桐花子は頬を膨らませた。


 ――多少の“裏”はあれど。アースRは基本的に普通の人間しかいない。
 ヒーローも怪人も怪獣も妖怪も何もいない、超常の力なんて存在しない、
 あくまで普通のスペックを持つ人たちによる、いたって普通の、基本の世界である。


【世界座標(1,0,0)――アースP(パラレル)】


 同時刻。

「ひっ――ひ、ひぃいいいい!!!!?? 人殺し!? ニゲローッ!!」
「あ。ま、いっか」

 路地裏の血まみれの惨劇を眼にしたガソリンスタンド店員、谷口豪は、声をすくみ上らせその場から逃げた。
 風俗嬢だった死体から臓物を引きずり出し終えてナイフに付いた血を舐めていた殺人者、
 フラウ・ザ・リッパーはその叫び声に気を一瞬向けるも、放っておくことにした。
 彼女は目的以外の無駄な殺しを進んでしたくはないし、

「おぬしが最近世間を騒がせている“フラウ・ザ・リッパー”だな。その淀んだ魂、叩き切らせてもらう」
「誰?」
「柳生宗徳と申す」
「女の子って感じの名前じゃないけど」
「己も不本意なのだ、この姿は。だが、魂と武は常に磨いておる。今もライブ後よ」

 黒髪ポニーテールにアイドル衣装を着た剣客が、
 フラウ・ザ・リッパー肩斬華を成敗するためにその場に参上したからには、そちらに気を向けなければならなかった。

「おぬしの噂は聞いておった。娼婦を憎み、殺してまわる人斬りが居るとな。
 だがちと不可解だな。殺したことを隠そうともせぬとは。おぬし、どういう腹積もりだ?
 そんな惨憺とした死体を創り上げて、なにを示そうとしている?」
「……それ、あんたに言わなきゃいけないこと?」

 肩斬華は仕事着である黒のツナギの懐から新たなサバイバルナイフを取り出しつつ、挑発した。

「悪いけどあたし、あたしの邪魔するひとには容赦しないよ」
「小太刀使いか」
「あんたなんか模造刀じゃん。銃刀法違反恐れすぎじゃない?」
「おぬしのような弱愚者(おろかもの)には真剣を使う価値も無し」
「あっそう」

 駆け出す。柳生が来たのはつい先ほど。肩斬華の殺し方は見られていない。
 把握される前に先手で仕留めれば終わらせられる、はずだ。

「じゃ、死んで」

 狭い路地裏で少女が跳ねる。壁を蹴る、蹴る、蹴り上がる。そのまま加速し、ピンボールじみて壁を跳ねまわる。
 赤の斑が染みついた白肌が、暗い路地裏の至る所に咲く。
 常人ではその花の軌跡をとらえきれない――そして華は、おもむろに首を狙って、

「遅い」
「えっ」

 フラウ・ザ・リッパーは、ナイフを持っていた方の腕を掴まれる。
 柳生宗徳が、正面を見たまま、背後に手を回して見えるはずのない位置に咲いた花の棘を的確に掴んでいた。
 いや、違う。
 柳生とほぼ同じ視点に立った肩斬華はそこで初めて自らのウカツに気付く。
 模造刀だ。人を斬るような切れ味のないそれを柳生は横向きに立て、鏡として用いて背後を見たのだ。

「……!!」
「小童が、正面からすら向かって来ぬとはな。戯れに殺された者たちも浮かばれぬ」
「い、いぎ、っ痛……ああ、ンアアアアアーッ!!」
「だが、少々お主は殺しすぎた」

 そのまま捻りあげられる。カランとナイフは地に落ち、少女の悲鳴がこだました。
 地面に落ちかけた身体が引きずりあげられる。
 今度は喉をわしりと掴まれながら、そこだけで持ち上げられる形。

「ち、ちくしょ……」
「このまま喉を折ってやろう。おぬしが殺した者どもとは違い、楽な死に方になるのは癪だが」
「ざ、っけん、な……たしは……あたしはぁ!!」
「申し開きは聞かぬ。地獄で閻魔にでも答弁を垂れるがよい――舌を抜かれぬうちにな」
「が……」

 重力と腕力で締め付けられる喉、酸素が送られず意識が遠のく中で、
 フラウ・ザ・リッパーはなおももがき続けた。
 答弁だと? 必要ない。
 華は華なりの美意識を持って殺しをしている。地獄に行っても仕方ないと思っている。
 でもそれは今ではない。まだ足りない。まだ憎しみは消えきっていないのだ。

「……がァああ……ッ」

 殺すな。
 あたしを殺すな。
 あたしの胸の花を――摘むな!!

「イヤーッ!!」


「グワーッ!?」

 その時であった。突如として路地裏へと新たな闖入者が現れた。
 その者は柳生宗徳の脳天を貫かんとする正確無比なスパイラル・ストンピングを繰り出し、
 柳生はすんでの所で回避に成功するも、
 回転落下から次いで放たれた投げナイフをもろに肩に喰らい女子からぬ声を出す。

「かはっ……な、」

 理解できぬままにフラウ・ザ・リッパーは息を吸う。目の前にはガッシリした体格の覆面男がいた。
 柳生宗徳に向かってただならぬ殺意を向けつつ、慎重にカラテを構えている。

「ヌゥ……何奴!」
「ドーモ。男の娘スレイヤーです」

 覆面男はオジギをした。決闘前のアイサツと判断し、柳生宗徳も返答する。

「ドーモ、柳生宗徳です。男の娘スレイヤーだと……!?」
「貴様は歪んでいる。その歪んだ魂を天へ返す」
「なっ……そこの殺人鬼の方が明らかに歪んどるじゃろうが!? 狂人め……!!」
「男の娘殺すべし、慈悲はない。イヤーッ!!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ

 あ、今のうちに逃げよう。とフラウ・ザ・リッパーは思った。
 おそるおそる路地裏からすり足で逃げ出すと、平和な夕暮れの街が広がっていた。

 ――そう、アースPは表向きはアースRと何ら変わりない。 
 ただ“裏”を覗けば、例えば殺しの技術一つとっても、そのレベルは通常の人間の範囲を逸脱しつつあったし、
 フラウが知っている限りでも、超能力に超身体能力、異形の姿を持つ存在が跋扈している。
 そしてその影響は少なからず、“表”にも浸食している。


 フラウ・ザ・リッパーは家に帰る。誰も居ない一人暮らしの家だ。
 点きっぱなしのTVではアメリカの学者という肩書の褐色の女性が、最近世界で起こっている事件についてコメントをしていた。

『性別の歪み、なんですよね。私もまだまだ研究を始めたばかりですが、明らかに増加しています。
 少しホルモンバランスが崩れただけで起こるふたなり化やシーメール化……あるいはTS(トランスセクシャル)。
 意識レベルで、いえ細胞レベルで……はたまた世界レベルで――何かの外力ではないかと考えていま

 電源を切る。
 シャワーを浴びに、脱衣所に行く。血まみれのツナギを脱ぎ捨てる。
 肩斬華は浴場の鏡を見る。

「……戯れだって? 違うよ。あたしのこれは……」

 アースP(パラレル)は、通常に最も近く、そして最も、歪んだ世界だ。


【世界座標(14,-32,2)――アースH(ヒーロー)】


「ねーねー師匠。こいつはなんで悪だったの?」

 ヴィランとヒーローが戦う世界、アースH。
 この世界には毎年のようにヴィランや悪の組織が現れ、
 それに対してヒーローが戦うというサイクルが繰り返されている。
 今からカメラが合う光景もその一つだ。

 荒野に巨大なクレーター。その中央に、五体投地にて力尽きているヴィランがいて、
 そのそばで死体を木の棒で突っついている赤毛の幼女がいて、
 そしてその幼女のそばで灰色の男が、幼女がヴィランをいじいじする光景を灰色の目で見ていた。

「ぜんぜん歯ごたえなかったけどさ。うちね、ちょっと気になったんだー」
「誘拐、監禁、洗脳、殺害……罪状だけならいろいろある。
 “パーフェクト”の名前は協会と政府の手配書にも刻まれている。つまり、悪だな」
「師匠ー、そういうことじゃなくて。どうしてこいつは、悪になったのかなーって話だよー」
「知らんな。オレたちは正義を振りかざし、ただ悪を倒すだけだ。
 悪が悪になった理由には興味を抱く必要はない。そういうのは別の奴に任せておけ」
「えー」
「どうした。悪に興味があるのか」

 赤毛の少女――早乙女エンマは、
 ヒーローとしての師匠である早乙女灰色のその問いに、こくこくと頷く。

「うん」
「悪になりたいのか」
「違うよ師匠―。たださー、“どうして無くなんないのかな”って、思わない?」
「……何?」

 灰色はエンマの言葉に眉をひそめる。

「どういうことだ」
「だってさー、無くならないんでしょう、ヴィランって。いや怪人でも悪の組織でもいいけどさ。
 ヒーローがどれだけ集まって、倒しても、また生まれるなんて、へんだなーって思うのさ。
 どーして悪になるのかな。どーして悪は、生まれるのかな?
 それがわかれば、なにかできるんじゃないかって……そういう意味での、興味だよー」
「それは、お前の仕事じゃない」

 エンマの純粋な疑問から開きかけていた何かを、早乙女灰色はぴしゃりと言葉で閉じた。


「むう」
「ひとつ言っておくが……悪というのは、成るものじゃない。認められるものだ。
 自らが悪ぶってもそれがただのイタズラであれば、ヒーローは動かない。
 逆にどれだけ良いことをしているつもりでも、それが他の大勢に悪だと認定されれば、そいつは悪になる。
 だから“誰かを悪だと認定するものが居るかぎり”悪は無くならない。
 そしてオレたちの仕事は、悪と認定された者を倒すことだ――けして誰かを悪と認めることではない」

 灰色はエンマにやってもらいたい仕事をひとつ、抱えている。
 そのためにはエンマに、彼のようなヒーローになってもらう必要があった。
 巷にはびこる、自らが悪と信じるものを倒すような出来そこないではなく、
 命じられたことをこなす、正義の刃に。

「お前は悪を断ずるだけでいい、エンマ。その理由を問う必要はない。
 倒すべきものが悪かどうかは、お前が決めることじゃない。ヒーローに私情を挟むな」
「うー……分かったよー、師匠」

 まだ幼く、全否定の言葉に対しては不満もあるものの、
 とりあえずは灰色に従順なエンマは、
 木の棒でつついていたヴィランの心臓をそのまま、木の棒で貫き殺した。



「あの灰色女(グレー・ビッチ)、また功績あげてるわね」
「おいおい霧人(ミスト)さんよお、お前さん、他人にビッチなんてえ言える服装かい」

 昼にヴィランが討伐されれば、夕方には特集が組まれるのがアースHの常識である。
 “完全狂”パーフェクト討伐のニュースは、夕刻のヒーローニュースで大々的に取り上げられた。
 ヒーロー養成学校の優等生、不死原霧人もまた、
 居候の侍と共にそのニュースを視聴し、そして毒を吐いていた。
 政府の犬として淡々と悪を裁く早乙女父子(便宜上こうなっているが、彼らは全く似ていない)はヒーローからの評判は悪く、
 不死原霧人もまたこの二人のことは良く思っていなかった。特にヴィランを殺してしまうあたりが気に食わない。

「うるさい! カウガールにケチ付けるなっていつも言ってるでしょ。
 サムライ、アンタは黙ってて。あーそれにしても全く、悔しいわね!
 アタシも早くヒーロー資格取って、裏切りのクレアとか、雨宮いのりとかの危険人物を捕縛したい!」
「おい! 家ン中で縄あ振り回すんじゃねえよ!」
「立ち止まってられないわ! ちょっと鍛錬してくる! 皿洗い任せたわよサムライ!」
「あ、おい待て! 今日の当番はおまえさん……」

 侍が止めるのも聞かず、不死原霧人は鍛錬場へと向かってしまった。
 ヒーローの世界には似つかない着流しの侍、柳生十兵衛は、
 居候させてもらっているとはいえ家の主人のいつも通りの奇行に大きなため息をつく。

 しょうがない、と皿洗いに取りかかろうとしたところで、
 ヒーローニュースが新たなニュースを発表する。

『新たなニュースです。先ほど、切り裂きジャックを名乗る男ヴィランが町はずれの郵便局に現れ……』
「ああ、また新顔かい。懲りないねえ」

 柳生十兵衛はもはや物珍しさを失ったそれらの報道を、耳で軽く聞き流した。
 彼はこの世界の住人ではない。もともとは別の世界に居た、剣客である。
 旅をしていたある日、水を切らして探した山中に現れた泉に飛び込むと、この世界に居た。

 それから数年、こちらで不死原の家に居候しながら剣客稼業と、
 ヒーロー養成所の剣道部外部コーチをしているが……どうにもこの世界には慣れることが出来ないでいた。

「今回もまた、一年だ。一定周期でヒーローと悪が、示し合わせたように代替わり。
 まるで何か、運命づけられてるみてえなんだよなあ。明らか気味が悪いのに、誰も気にしねぇしよ」


 今日もアースHは、筋書きをなぞるように回り続ける。
 だが、その筋書きはいつか、破滅へと向かう筋書きだ。
 すべての世界は……EZへと向かう。


【世界座標(0,0,1000000000)――アースEZ(エンズ)】


 アースEZは荒廃している。
 アースEZには死しかない。
 ここは終点、未来はない。ここから先には何もない。

 世界はピラミッド状の檻に包まれている。
 二次元平面上に広がる無数の世界は、Z軸の上、未来へと必ず進む。
 そしていずれ檻に触れ、歪みながら進路を変え、
 すべての世界はX=0、Y=0、つまりはアースRの延長線上に収束する。

 たった一つの結果へとたどり着く。崩壊。破滅。行き止まり。
 ピラミッドを壊す方法は、今だ見つかっていない――――――。


【世界座標(-78,-134,2378)――アースF(ファンタジー)】


「なるほどねぇ」

 もはやR世界とはかけ離れ、日本の面影すらない世界。
 ドラゴンや精霊、モンスターが生活し、魔法と錬金術にて魔王と戦う世界。
 Rからみればそれはおとぎ話、ファンタジー世界の出来事である……ここはアースF。
 そんなアースFに存在する一つの街、聖十字協会の総本山『聖アルビオン』の一角にて、
 とある錬金術師が探究心の果てに、「理」に辿り着いた。

「どうにもキナくさいと思っちゃあいたけれどねぇ。
 魔王は斃れたってのに、世界は平和になるどころか、帝国やら魔勇者やらテロリストやら、
 むしろどんどこ破滅に進んでってるのは何故かと思えば。なるほど、こういう仕組みだったわけだねぇ」
『これは……つまりは、この四角錐が、世界を縛る檻ということか……?』
「そういうことだねぇ、ドエナール卿。あ、周囲気を付けてよぉ。見られたらやばいからねぇ」

 魔王率いる悪魔軍の元幹部、ドエナール卿に空間接続窓を飛ばし、
 アースF最高の錬金術師……サン・ジェルミ伯爵は、
 アースFでも有数の魔術師と協力して世界の成り立ちについての研究を進めてきた。
 その結果が、この世界の檻の発見である。

「世界は空気に浮いて上昇する泡のようなもの、なんだねぇ。
 ふわふわ浮いて――檻に集められて頭打ちになる。そうなるようになっている」
『この檻を壊さぬ限り、我らの破滅は避けられぬのか。伯爵よ、どうやって壊す』
「さっぱり分からないねぇ。なにせ泡の外側の話だ。
 あくまで泡の内側にしか居ない僕たちじゃ、どうしようもないかもしれないねぇ……おや」
『どうした、伯爵?』

 ドエナールが伯爵の目線が変わったことに反応した。
 伯爵はどうやら、何かを発見したらしかった。

「いやさ……見なよ、ドエナール卿。ここ。
 どうやら僕たちは、ずっとずっと“見られていた”みたいだねぇ……」
『なん……だと?』

 伯爵が指差した世界散布図の一角。
 座標にして、四角錐の中心(セントラル)に近い場所にある一点……。
 そこに、世界が、“留まって”いた。

「この世界だけ、一切その場から動いていない。
 それだけじゃなく、魔力に似た波動線で、すべての並行世界を観測しているねぇ」
『……時間を止めているのか』
「おそらくは。もしかしたら、こちらや他の世界に干渉してる可能性もある」
『中心(セントラル)の世界、か……それが“檻”の製作者である可能性は?』
「どうだろうねぇ。檻を作ったのがこれなら、自ら檻の中には入らないんじゃないかねぇ……」

 多分だけれども、と伯爵は前置きし、考えを語った。
 おそらくこの中心の世界は――アースFよりも早く世界の構造に気付いて、
 他の世界が“割れない”ように観測し、管理しているのではないか、と。

「僕が見る限りじゃ、安定してる世界は中央線を進んでいる世界だけさねぇ。
 他の世界は今にも割れそうだ。何かイレギュラーが起こったら、檻に触れる前に崩壊するくらいにねぇ。
 これはおそらく、それを避ける役を買って出ているんだろうねぇ……正義感の強いこと!」
『敵か味方かで分ければ、味方、と言うことか……』
「それもまだ分からない、ねぇ。だけども、コンタクトは取りたいところだね」

 世界の破滅を防ぐアイデアはもうあるんだし、と伯爵は続けた。

『なにっ?』
「僕を舐めちゃあいけないよドエナール卿。きっと試していないだけで、向こうも思いついてはいるはずさねぇ。
 それをやってみないか、と働きかけてみたいのさ。まあ犠牲は大きいし、リスクも高いけれど」
『……詳しく、話を聞きたいものだな』
「簡単な話だよ、足し算さ足し算――」

 伯爵はいつもと口調を替えず、表情も笑顔を崩さないままに。
 ドエナールに向かって、この世の底から冷え込むような声で発案を投げかけた。

「一個の世界では檻を貫けないなら、““複数の世界を束ねればいい””」



【世界座標(0,0,500000000)――アースセントラル】



      ――なあそうだろう? 観測者さん?



             ――ああそうだ。ならば、始めよう。



【世界座標(0,0,0)――アースR(リアル)】



「ふんふんふふーん。あ、麻生くんだ。帰り道?」

 世界は戻って、アースR。リッパーに憧れる少女と無口の男の一幕から二時間後。
 時刻にして、夜に差し掛かったころだった。
 帰路を歩く麻生叫の目の前に、少女が現れた。
 いや、彼女は少女ではない。5年前から姿が変わらない、少女めいた悪魔。
 このR世界に存在してはいけないはずのイレギュラーにして麻生叫の“敵”である。

「……」
「スルーはウケるけどおねーさんは気落ちしちゃうな。
 せっかく色々知ってる生き残りの一人なんだから、もっとおねーさんと会話しましょーよー」
「……俺は普通の学生だ」
「近所では人を狂わせる言葉を吐きヤクザをも倒せる暴力を持ち
 脳内で常に人を虐げることを考えている都市伝説めいた化け物人間って噂なのに?」
「それは妹の吹いた法螺だ……迷惑しているんだ。
 普通に暮らすのは……できないとしても。せめて平穏に……暮らさせてくれ」
「ふーんふんふん、カケル君のほうとはホント、真逆だよねえー。
 同じ学校に二人いるのも面白いけど、
 ま、君は元々普通で、それで普通のまま、殺して殺して優勝したパターンだもんねー」
「……」
「あ、大丈夫大丈夫、君の暮らしにはおねーさんはもう手を出さないよ。妹さんにもね。
 今日会ったのもけっこう偶然、おねーさんはスーパーの帰りなんだ。ただ……たださあ」

 スーパーの買い物袋を持った悪魔はそこまで言うと、麻生叫に向かって、ちょっと複雑な表情をした。

「予感、なんだけどね。
 もしかしたら“私じゃない私”とその周りのやつらが、近々何か起こすかもしれなくて」
「……?」
「あたしが君を巻き込まないと決めてる以上、君が巻き込まれることはないのかもしれないけどさ。
 もしなにかの間違いで、巻き込まれちゃったらごめんね、なんて。おねーさんは言っておこうかなとは思ったんだよね」
「何の……話だ」
「“世界座標”の話だよ」

 この現代に在りながら、金にものを言わせて人を拉致り集め、
 地下で人を殺し合わせる悪魔(イレギュラー)――平沢茜は、
 麻生叫が今までの人生で一度も聞いたことのない言葉を使った。

「座標で決まっているはずの世界が、動こうとしてる。世界が束ねられようとしている。
 “私じゃない私”が、それを見て、笑ってるのが見えたんだよね。
 ……ま、面白いことを起こすってんなら、おねーさん的には、ばっちこいなんだけどさ――」

 それをするのが“この私”じゃないってのは、ちょっと許せないかもね、と。
 結局意味の分からない話を妙に大仰な風に言いのけて、平沢茜は麻生叫の前から消えた。


【世界座標(-1,14,0)――アースD(ディレクティブ)】


 その日の夜、羽田神達生は『赤旗』を見た。

「うわ、まただ……嘘だろ、まじか……ッ」

 探偵と犯罪者が人口の4割を占め、日々事件が起こり続ける日本、アースD。
 そんな世界に生まれた羽田神達生が『赤旗』を見るのは今回が初めての事ではない。
 各地の洞窟や遺跡を巡る高校の探検部で、とある洞窟に向かったときに初めて『旗』が見えたあの日から、
 彼の前に『旗』が現れることは自らの命の危機と事件の始まりを意味していた。

 小太りな身体をベッドの上で震わせる。家で『旗』を見たのは初めてだ。
 それも『赤旗』。三色ある旗のなかで最上級の事件を示す旗の色だ。
 『旗』が現れた場所からは、逃げる必要がある。そうしなければ彼は“犯人”と出くわしてしまう。

 震えている場合じゃない。
 達生は部屋から転がるように飛び出ると、一階へと降りる。家から出てどこかへ。
 いやそうだ、母がいた。母も一緒に連れて出なければ――

「あらタツオちゃん、そんなに急いで……あら? タツオちゃん“も”?」
「……え?」
「ほら、その胸の前の。さっきからずっと見えてるのよねえ、変よねえ、どういうことかしら」
「え」

 母のいるリビングを見た達生が見たのは、『赤旗』だった。
 達生だけでは、なかった。
 達生の母にも、『赤旗』が立っていて。達生の母もまた、『赤旗』を見ていた。

「嘘だろ」
「?」
「旗はぼくにしか、ぼくだけにしか現れないし、ぼくしか見えないはずなのに」

 ピコン!
 驚く達生のポケットからLINEの新着通知が届いた。
 かと思えばぽこぽこと通知の雨が降り注ぐ。なんだ。何があったんだ。
 スマートフォンのロックを解除して、達生はトーク画面を眺めた。

 「旗が見える」「なにこの赤旗」「旗恐くね?」「そういえばお前、前旗がどうとか言ってなかった?」 
 「どこ行っても付いてくるんだけどホント何」「地震でも来るのかな」「コワーイ」「やばいでしょ」

 探検部の面々、その他の知り合い、特に関わりもないようなクラスメイトまで……。
 全員がほぼ同時に『赤旗』を見ており、しかもそれから逃げられていない。
 達生は気が違いそうになった。画面をスクロールする指が震え、表情が真顔になり、息が止まる。

「なんだよ……これ……なん、なんだよ……!!」



「つー訳でだ、俺の把握してる限りじゃ世界中の全員が『旗』を見てる。西崎お前、これをどう見るよ」
「集団幻覚……と言って収めたいわよ、警察としてはね。でもさすがに言いくるめられないわ。
 こちらの意見としては、事件なんてレベルじゃない、危機だと思うわよ。何が起こるかはわからないけれど」

 それから一時間もするころには、『旗』がアースDの住人全てに見えていることを警察が把握した。
 警察が把握したと言うことは、この世界では探偵に知れ渡ったと言うことでもある。
 私立探偵・黒田翔琉と、探偵嫌いの刑事・西崎詩織もまた、普段の犬猿さを忘れて真剣にこの問題に向き合っていた。

「ともかく何でもいい、そっちは仮犯人をでっち上げろ。このままじゃ不安で二次災害が起こる」
「どうやって」
「サイバーテロにしとけよ、スマホやテレビに幻覚ウイルスだ」
「無理あるわよ……でもとりあえずは、それしかないかしらね……そっちは何を」
「決まってんだろう。犯人を捜す」

 西崎は電話口の向こうの男のトーンが一段上がったのを感じ取った。
 思わず呆れる。

「あなたねえ」
「こちらの意見を言ってなかったな。俺としちゃこれもいつもと同じだ。事件だよ。
 自然災害がわざわざ『旗』なんて立てて俺らに知らせてくれるか? ありえねぇ、絶対誰かの意思が絡んでる。
 事件なら解決できる。クソ迷惑な犯人野郎の居場所も目的も動機も暴いて、天日干しにしてやるよ」
「……はあ。これだから嫌いだわ、探偵って」
「なんとでも言え、犬。俺たちはこういう生き物なのさ」
「ばーか」


 捨て台詞を吐いて西崎が受話器を切った。
 いつも通りの光景。いつも通りの流れ。

「――いつも通りに解決して、いつも通りに戻らなきゃなぁ」

 私立探偵は首をゴキリと鳴らし、肩を回転させて、腕をまくった。
 だがどうやって解決すると言うのだろう。『旗』を出している犯人は、この世界にはいないと言うのに。


【世界座標(0,0,500000000)――アースセントラル】


『こちら世界観測管理システムAKANEです。
 世界座標(0,0,300) アースBR(ブレイク)への世界統合試験を行います。
 統合対象の主な世界は
 アースR
 アースP
 アースH
 アースMG
 アースF
 アースM
 アースD
 アースA
 アースE
 アースSR
 アースSF
 アースEZ 以上の12世界です。
 その他、小さなアースや観測不可能なアースの混入可能性も数%存在します。』

『統合準備には一週間ほどの期間と莫大なエネルギーを使用します。
 さらに、統合が完了した場合、アース内にはもとあったアースの内1つのアースしか残りません、
 他のアースは世界の構成エネルギーとなって霧散します。
 よってAKANEからの提案ですが、
 統合準備の間、各アースからランダムにメンバーを選出し、
 統合後に残るアースがどれなのかを決めるというのはどうでしょうか?』

『了解いたしました。
 では各アースからランダムにメンバーを選出し、決定試験を開始いたします。
 なおこれに際し、アースDではフラグの大量発生が確認されますが、よろしいでしょうか?
 ……はい。では行います。
 方法は――アースRでのわたくしの意向に準拠し――アースの名称を一時的に変更――』



『殺し合いによる、選出といたします』



【世界座標(0,0,300)――アースBR(バトルロワイアル)】



 かくして、殺し合いのために造られた世界にて。
 選ばれた命たちによる、殺し合いが開始される。



※殺し合いは、アースセントラルにサン・ジェルミ伯爵が働きかけたことにより開始された世界統合実験です。
※OPおよび登場話で出てこなかったアースは遡って修正されます。

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