思い出の名無し選手

ゲームの主役はもちろん有人選手。
そんな中でチームの勝利を手助けし時には有人を差し置いてタイトルまで獲得するなど強烈な印象を残した名無し選手を紹介するページです。
※五十音順

青山智之
538期から横浜に入団したおんJ流入後最悪級の名無し。しかも高卒2年目にして肩力が劣化。なお横浜は彼を2年間抱えつつリーグ2連覇、日本一1度。
ミートG7 パワーG51 走力G7 肩力G5 守備力G7 エラー回避E11 疲労回復F9 弾道2 チャンス×盗塁○

今岡忠美
568期から中日に入団した守備が魅力のオールドルーキー名無し。高齢名無しとしては珍しく10年以上プレー、41歳で消されるまで中日を支えた。GG賞を複数回獲得するなど守備は勿論のこと、日本シリーズでもクリーンナップに座り本塁打を放つなど打撃でも貢献し黄金時代を支えた。ミートB/18 パワーA/161 走力B/17 肩力D/13 守備S/20 エラー回避B/18 疲労回復C15 弾道2 盗塁× ヘッドスライディング

江川忠晴
巨人の神名無し。ミS/20 パS/195 走C/16 肩D/13 守A/19 エD/14 疲B/17 弾道3。521年度にトリプルスリーに近い成績を残し名を上げると、ポスティングシステムを利用しメジャー移籍。その後の消息は知れない。左投右打。

笠原半次
523期に暗黒球団・阪神へ入団したおんJ流入後最強の名無し。28歳の入団時は左腕からMAX139km/hのキレのあるストレートに変化量の大きいスクリューとVスライダーに加えスライダーとカーブも操る5球種投手だった。入団当初こそは目立った活躍ができなかったものの、その後順調に成長していった笠原は名無しにも関わらず先発で防御率1点台を2度記録、チームをAクラスに導くこともあった。36歳で現役最終年となった531年度には、MAX154km/hのストレート[S]S、抜群のキレを誇るVスライダー[S]C5にキレ、制球力、変化量の全てが揃うスクリュー[A]A5にスライダー[D]C2、カーブ[C]D2と人の手では決して作ることのできない化け物へと成長した。そのあまりにも強すぎる能力ゆえに、この年を最後に笠原はNPBから永久追放となる。ちなみに、526年度に 防御率3.34 を記録している。

中嶋興一
507年度に30歳で中日に入団した名無し。当初はスタミナFで疲労回復力>先発調整力とどちらかといえば中継ぎ向きの能力で、鉄壁の第2先発陣へつなぐための捨て石のように扱われていた。ところが、投手陣が徐々に整備されていくにつれスターターとしての隠れた才能を発揮し始める。510年度に2桁勝利となる12勝を挙げると、そこから5年連続2桁勝利するなどし通算89勝を挙げた。513年度は中日のリーグ優勝と日本一に貢献。劣化の足音が聞こえてきた514年度オフ、きっぱりと引退を表明。38歳、「捨て石の美学」を貫いた野球人生であった。決め球はDカーブ[A]A5、スライダーとVスライダーはいずれも[B]B4。直球は最速147km/h[B]Eと案外そんなでもなかった。

前川俊介
highpena始まって以来の伝説の神名無し。楽天で人知れず力を蓄え、気づいた頃にはスタミナSに先発調整Sと絶倫・無尽蔵としか言いようがない体力、自慢のストレートは最速165km/h、さらに緩急を生かせるHシンカー&スローカーブを操るバケモノと化しており話題になった。highpenaの沢村栄治。神様、仏様、スンスケ様。