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~魔術師の手記~



私はとうとう探り当てたのだ。あの慄然たる存在を。
『ルルイエ異本』『ネクロノミコン』によるところのクー・トゥルー、真なるクー。
偉大なる邪神にして大いなるものの大祭司。
深き禁断のルルイエにて夢見るままに眠る存在。
発音不可能な名状しがたい音節で構成され、クー・スルー、クズリュウなど数多くの名を持つそのものは、クー・リトル・リトルという別名も持つ。
それが従来の説だった。しかし私はそれが誤りであることを突き止めた。
クー・トゥルー、クー・スルー、クズリュウ、クー・リトル・リトル、その他諸々。
そうして語られるそれらの神性は、その全てが別個の存在であるのだ。
これから私はそのことを証明するための儀式を行うこととする。
行う儀式は『ネクロノミコン』のクー・トゥルーに関する部分を参照した。
生命を生じせしめるエネルギーを秘めた数億の生命の元素を献じ、ルルイエ語で所定の呪文を詠唱し、クー・トゥルーへの讃歌を捧げた。
儀式は完全に成功した。慄然たる気配を漂わせて、一つの矮躯が出現した。
やった。やったのだ。私は自説を証明し、魔術師としての力量を示したのだ。
それは少女だった――この世のものとは思えぬ名状しがたき美しさである。
その少女は、主に小学校で用いられる健全な、そしてそうであるがゆえに逆説的な不健全さをも内包するスクール水着を法衣のように纏い、「膨らみかけ」に至りつつある途上の途上たる薄い胸を傲然と張って、眠たげな瞳で支配者の如く私を睥睨している。

私は寒々しい恐怖に襲われた。召喚に用いた魔法円が私を守護する城壁であることは承知しているが、神たる存在の前にはそれの何と心細いことか。
反射的に跪き、偉大なる海の王――女王――に対して隷従の姿勢を示した。
「偉大なるクー・リトル・リトル。私めは貴方様の忠実なる下僕にございます」
私は恐怖と興奮を押し隠し、努めて平静を装ってクー・リトル・リトルの答えを待った。
最早、この時の私に、召喚の逆呪文を唱えて送還するという発想はなかった。
恐怖に縛られ、美貌に打たれていたのだ。
「……よい」
クー・リトル・リトルは鷹揚に頷いた。外見相応の幼い、しかしあらゆるものを平伏させるに足る威厳を孕んだ声であった。
「楽にせよ」
私に立ち上がるよう促した。逆らえるはずもない。私はゆっくりと立ち上がり、続く言葉を待った。
「時に魔術師よ」
「何でございましょう」
「いつまで我を立たせておくつもりか。結界を解き、玉座を用意せよ」
「これは不調法を致しました。しばしお待ちを」
私はまず魔法円を正当な手順に則って消し去り、クー・リトル・リトルを解き放った。

「玉座はどこか」
クー・リトル・リトルはきょろきょろと周囲を見回すが、私は何世紀も前の王侯貴族ではない。
日々の生活に困窮しないでいられる程度の財力はあるものの、その内部に秘蔵しているのは研究機材と資料、最低限の家具類のみである。とてもではないが、邪神クー・リトル・リトルの玉座として供するに値するような立派な椅子があるはずもない。
「申し訳ございません。玉座を用意するにはしばしの時間が必要でございます。
恐れながら、それまでの間は、私めが愛用しております椅子をお使いいただければ幸いでございます」
「……うむ。あれか。なかなかよさそうなものではあるが、少々硬そうだな」
「即刻、クッションを持って参ります」
「いや、それには及ばぬ。そうだ。お前、そこに座れ」
私の申し出を拒否したクー・リトル・リトルは床を指差した。臣下は床で控えろということのようだった。
「そうではない。我は座れと言ったのだ」
片膝を突いて跪いたところ、叱責を受けた。ならばと我が国における公式の場においての座り方である正座の形を取ったところ、また叱責を受けた。
「もっと脚を崩し、楽にせよ」
私はその通りにした。クー・リトル・リトルは私を一瞥して満足げに頷くと、ゆっくりと近づいてきた。
何をされるのかはわからない。だが、それが何であろうと抗うことなどできはしない。
私は目を閉じ、クー・リトル・リトルが行おうとしている何かを静かに待った。

クー・リトル・リトルが私の前で停まった時、それは起こった。
始まりは、温かく冷たい、そして柔らかく軽いものが膝に触れ、圧し掛かってくる感触であった。
目を開けて確かめてみれば、そこにあったのは、まるで子供のように私の膝に座るクー・リトル・リトルの愛らしくも冷厳な威厳に満ちた姿であった。
「うむ、よい座り心地だ。ルルイエのそれに劣らぬ……いや、勝るものだ」
クー・リトル・リトルは肉の薄い尻を私の膝に乗せ、頭と背を私の胸に預け、満足そうな吐息を漏らした。
「よし。これより我の玉座は、魔術師よ、お前とする。異論がないのならば、このまま我を捉まえていて、常に支えていて欲しい。我はお前が気に入った」
相手がクー・リトル・リトルであれば尚更だが、そうでなかったとしても、安息の地を見つけた
かのような表情を浮かべる少女を無碍にすることなど、できようはずもない。
「わかりました、クー・リトル・リトル」
私はスクール水着によって秘められた華奢な矮躯の腹部に腕を回し、それをしっかりと保持した。
「礼を言うぞ、魔術師よ……時に、クー・リトル・リトルでは呼びにくかろう。クーでよい。特別に許す」
かつて神が人間に略称を許したという事例はかの『ネクロノミコン』にもなかった。
つまりはこれは破格の待遇で、私は邪神に気に入られてしまった――引き返せなくなったのだろう。

「ではそうさせていただきます、クー」
「うむ……時に魔術師。我はお前に呼び出された時、まだ夢を見ていたのだ」
それはそうに決まっている。『ネクロノミコン』にそうあったのだから。
思えば、就寝中のところを叩き起こすが如きは恐るべき無礼であった。
怒りのままに殺さずに済んだことは、まさに僥倖であったとしか言うことができない。
「我は眠い」
現れた時から眠たげな瞳をしていた。だからそれは冷静に考えればわかる。
「では、寝所のご用意をいたしますので、少々お待ちを……」
「ここでよい」
「は……」
「ここでよいと言っている。我はお前の腕の中で夢を見たい」
眠たげに目をこすり、欠伸を漏らすその姿は偉大な邪神にはとても見えず、年長者に甘えたがる年頃の少女の愛らしいそれでしかなかった。
「では、ご存分にお眠りください。私がこうして捉まえていて差し上げますので」
「うむ……」
身体を反転させ、私に抱きつくような姿勢になって丸まると、クー・リトル・リトル、いや、クーは、私の服の生地を握りながら寝息を立て始めた。


written by 適当 ◆iQ7ROqrUTo


真なるクー | 真なるクー異聞 02