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*真なるクー 2  けだるい午後。  寝室の窓から、ぼんやりと外の森を見ていた。  昔、親父に見せて貰ったエロい映画、『エマニュエル夫人』のBGMが似合いそうだ。 「なーにやってんだろうな、俺」  この謎深い洋館を、これまた謎深い叔父さんから手に入れて、早や、三日。  世界を滅亡の危機から救ったと言えば、聞こえは良いが、要するに、悪魔と契約したようなものだ。  “クー・トゥルー”と言う名の、魔神。  この世ならざる美貌と、人間に抗う術を持たせぬほどの、その完璧で、淫猥なる姿態。  そいつが、訳の分からないツボから現れて……今、横に寝ている。  そもそも悪魔は眠るのか? 悪いヤツほどよく眠る、と言う事なのだろうか。  そう言えば、永い眠りに就いていた、とか話してたな。  そんな事を考えながら、その寝顔に目を落とした。  良く整ったギリシア彫刻のような顔に掛かる、さらさらとした美しい黒髪。  その透き通るように白い肌と好対照を成す、赤く扇情的な唇。 「んん……」  ヤツが緩やかに寝返りを打つと、その輝く豊満な胸が、シーツからこぼれそうになる。  ぶっちゃけ、エロい。また臨戦態勢になっちまうじゃないか。  さっき、ヤツの言うところの“奉仕”をしたばかりだと言うのに。  ふと、ヤツが目を開けた。 「ん……我が主(あるじ)よ、また、我に精を捧げると申すのか……良い。 いつでも、どこでも、主の、その白濁した体液を、我が深淵にて受け入れようぞ」  半開きの潤んだ瞳で、俺の目をみつめて。  手を広げ、淫蕩なセリフを囁いた。  乾いた、しかし、景気の良い音が部屋に響いた。  俺がスリッパで、ヤツの頭をはたいた音だ。 「クー! 我慢しろ。さ、食事にするぞ」  どういうワケか、ヤツはこのどうでもいい適当なスリッパに弱い。 だから、いつも肌身離さず、持っていた。そう、俺はまだ、完全にヤツを信用したわけではないのだ。  ヤツは、ほんの少し、がっかりしたような顔をした。  俺は無視して、ベッドから降りた。  さすがに、これだけの豪邸だけあって、ベッドは豪奢な彫刻を施されたキングサイズだった。 布団も高級そうな羽毛布団で、クーの言うところに寄ると、シーツはシルクだそうだ。 だが、やはり、これも他の調度類と同じで、ほどんど使われた形跡はなかった。  Tシャツとパンツで階下に降りる。  キッチンに行き、冷蔵庫を開けた。 「今日の分で終わりだな、こりゃ」  後ろから、いつものスクール水着で付いてきたクーが、少し首をかしげる。 「どういうことだ」 「最初から、ここには夏休みの避暑でちょっと寄って帰るつもりだったからな。 食い物がもうないんだ。金もないし」  クーはニヤリ、と嗤った。 「ふふ、そうか……私はこの三日間、主の精を受けて、ある程度、力が回復しているんだ」  俺は、隠し持っていたスリッパに手を掛けた。 「何を考えている、クー!」  俺を射すくめるような眼差し。 「なぁに、簡単なことだ……」  両手を大きく広げ、天に向かって叫んだ。 「いでよ! 我が眷属! “深きものども”よ!」  キッチンの窓から見えていた空が、一瞬にして曇る。雷鳴が轟き、大雨が降り出した。 「一体、何をするつもりだ! まさか、このまま世界を大洪水に巻き込んで、滅ぼす気か!」  俺は、スリッパを正眼の構えで突きつけた。クーは一瞬、びくっ、としたが平静を取り戻す。 「待て。落ち着け。聞いていなかったのか。我が眷属を呼びつけただけだ、ほら、窓を見ろ」  窓に目を向けると、また落雷があった。  その光に照らし出されたものを見て、俺は思わず、叫んだ。  窓一面に張り付く、巨大なカエルの顔、顔、顔。よく見ると魚の顔を持つ者もいる。  クーは、軽い足取りで、キッチンの勝手口に向かった。 「可愛いだろう? さあ、入れ」  扉を開けて、その不気味な生き物たちを招き入れる。 「おい、ちょっと待てよ、なんなんだよ」  びちゃびちゃと、音を立てて、ぞろぞろと入ってくる異形の生物。  みんな、背丈は俺と同じくらい。服は着ていない。 身体の表面こそ、その頭と同じ性質のようだが、他はほとんど人間と同じで、二足歩行だ。 ただ、股間には何もなかった。収納されて見えないだけかも知れないが。  クーは、ヤツらを横一列に並べた。 「横隊整列! さっさとしないか、このクズども!」  びしっと、音を立てるように綺麗に並んだ。 「番号!」  生き物たちが端から、一、二、三……と、順番に叫んだ。 言葉は分からないが、たぶん、そうだろう。  クーは、カエル頭一号の隣に腕を組んで、俺に問いかける。 「さ、どいつにする? こいつか?」  一号のほほを、倒れるほど殴りつける。 「どうした、礼は?」  よろめきながら、カエル頭は、敬礼をした。 「ゲ、ゲコ!」  カエル頭は、さっきまでの水とは違う、何か汗のようなものをかいている。  ガマの油、ヘビに睨まれたカエル。そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。  クーは鼻で嗤って、移動する。 「それとも、こいつか? なかなかイキがいいぞ」  次の魚頭二号のみぞおちに、ひざ蹴りを決めた。  後ろに激しくぶっ倒れる。  その顔をさらに、かかとで踏みつけた。 「ああ? 貴様、なんだその目は」  てか、魚の目の表情は解りませんよ? クーさん。  そう思っていると、クーは俺に振り向いて、微笑んだ。 「どうだ、我が主。どいつを食べたい?」  マジでか。 「そんな得体の知れない生き物なんか、食えるか!」  クーは、ちょっと肩を落とした。異形の者たちは、胸をなで下ろした。俺はない知恵を絞って考えた。 「そうだ、クー。お前、そんなヤツら呼べるなら、普通の魚も出せるんじゃないのか」  クーは、どこで覚えたのか、手をポンと打った。 「なるほど。さすがは我が主。早速、呼び寄せよう」  クーは異形の者たちを帰し、変わりに、魚を呼び出した。  次の瞬間。  キッチンの床が海水と、さまざまな魚で溢れた。 「うわぁっ!」  俺は、足元をすくわれ、転がった。  魚の尾びれが、俺の顔を幾度も叩く。 「いててて!」  クーはそれを見て、口元をおさえた。 「あ、クー! 嗤ったな!」 「うむ。嗤った。すまない。しかし、こんな気持ちになるなんて、初めてだ」  そう言いながら、俺に手を差し伸べる。 「何と言うか……上下関係でもない、敵対関係でもない、暖かくなるような、泣きたくなるような……」  俺はその手を取って、立ち上がった。  クーは、俺の手を離さない。 「我らの眷属の間にはない、こんな気持ちを、人間は、なんと呼ぶのだ?」  クーは真っ直ぐ、俺の目を探るように見つめた。  俺は、彼女に手を握られたまま、言い淀んだ。 「それは……」  目を逸らした。その先にスリッパが、あった。  あれはもう、必要ないのかも知れない。そう思った。  俺は、ゆっくりまばたきをして、彼女に向き直る。  大きく息を吸い込んで。  つぶやいた。 「恋、って言うんだ」  足元の魚の群が、なぜか猛烈に、ビチビチと跳ねた。 ***written by coobard ◆69/69YEfXI *coobard ◆69/69YEfXI 氏の 素直クール小説掲載サイト [[クーのいる世界>http://coobard.fc2web.com/]] ---- *[[真なるクー 01]] | [[真なるクー 03]] ----  
*真なるクー 2   けだるい午後。   寝室の窓から、ぼんやりと外の森を見ていた。   昔、親父に見せて貰ったエロい映画、『エマニュエル夫人』のBGMが似合いそうだ。 「なーにやってんだろうな、俺」   この謎深い洋館を、これまた謎深い叔父さんから手に入れて、早や、三日。   世界を滅亡の危機から救ったと言えば、聞こえは良いが、要するに、悪魔と契約したようなものだ。   “クー・トゥルー”と言う名の、魔神。   この世ならざる美貌と、人間に抗う術を持たせぬほどの、その完璧で、淫猥なる姿態。   そいつが、訳の分からないツボから現れて……今、横に寝ている。   そもそも悪魔は眠るのか? 悪いヤツほどよく眠る、と言う事なのだろうか。   そう言えば、永い眠りに就いていた、とか話してたな。   そんな事を考えながら、その寝顔に目を落とした。   良く整ったギリシア彫刻のような顔に掛かる、さらさらとした美しい黒髪。   その透き通るように白い肌と好対照を成す、赤く扇情的な唇。 「んん……」   ヤツが緩やかに寝返りを打つと、その輝く豊満な胸が、シーツからこぼれそうになる。   ぶっちゃけ、エロい。また臨戦態勢になっちまうじゃないか。   さっき、ヤツの言うところの“奉仕”をしたばかりだと言うのに。   ふと、ヤツが目を開けた。 「ん……我が主(あるじ)よ、また、我に精を捧げると申すのか……良い。 いつでも、どこでも、主の、その白濁した体液を、我が深淵にて受け入れようぞ」   半開きの潤んだ瞳で、俺の目をみつめて。   手を広げ、淫蕩なセリフを囁いた。   乾いた、しかし、景気の良い音が部屋に響いた。   俺がスリッパで、ヤツの頭をはたいた音だ。 「クー! 我慢しろ。さ、食事にするぞ」   どういうワケか、ヤツはこのどうでもいい適当なスリッパに弱い。 だから、いつも肌身離さず、持っていた。そう、俺はまだ、完全にヤツを信用したわけではないのだ。   ヤツは、ほんの少し、がっかりしたような顔をした。   俺は無視して、ベッドから降りた。   さすがに、これだけの豪邸だけあって、ベッドは豪奢な彫刻を施されたキングサイズだった。 布団も高級そうな羽毛布団で、クーの言うところに寄ると、シーツはシルクだそうだ。 だが、やはり、これも他の調度類と同じで、ほどんど使われた形跡はなかった。   Tシャツとパンツで階下に降りる。   キッチンに行き、冷蔵庫を開けた。 「今日の分で終わりだな、こりゃ」   後ろから、いつものスクール水着で付いてきたクーが、少し首をかしげる。 「どういうことだ」 「最初から、ここには夏休みの避暑でちょっと寄って帰るつもりだったからな。 食い物がもうないんだ。金もないし」   クーはニヤリ、と嗤った。 「ふふ、そうか……私はこの三日間、主の精を受けて、ある程度、力が回復しているんだ」   俺は、隠し持っていたスリッパに手を掛けた。 「何を考えている、クー!」   俺を射すくめるような眼差し。 「なぁに、簡単なことだ……」   両手を大きく広げ、天に向かって叫んだ。 「いでよ! 我が眷属! “深きものども”よ!」   キッチンの窓から見えていた空が、一瞬にして曇る。雷鳴が轟き、大雨が降り出した。 「一体、何をするつもりだ! まさか、このまま世界を大洪水に巻き込んで、滅ぼす気か!」   俺は、スリッパを正眼の構えで突きつけた。クーは一瞬、びくっ、としたが平静を取り戻す。 「待て。落ち着け。聞いていなかったのか。我が眷属を呼びつけただけだ、ほら、窓を見ろ」   窓に目を向けると、また落雷があった。   その光に照らし出されたものを見て、俺は思わず、叫んだ。   窓一面に張り付く、巨大なカエルの顔、顔、顔。よく見ると魚の顔を持つ者もいる。   クーは、軽い足取りで、キッチンの勝手口に向かった。 「可愛いだろう? さあ、入れ」   扉を開けて、その不気味な生き物たちを招き入れる。 「おい、ちょっと待てよ、なんなんだよ」   びちゃびちゃと、音を立てて、ぞろぞろと入ってくる異形の生物。   みんな、背丈は俺と同じくらい。服は着ていない。 身体の表面こそ、その頭と同じ性質のようだが、他はほとんど人間と同じで、二足歩行だ。 ただ、股間には何もなかった。収納されて見えないだけかも知れないが。   クーは、ヤツらを横一列に並べた。 「横隊整列! さっさとしないか、このクズども!」   びしっと、音を立てるように綺麗に並んだ。 「番号!」   生き物たちが端から、一、二、三……と、順番に叫んだ。 言葉は分からないが、たぶん、そうだろう。   クーは、カエル頭一号の隣に腕を組んで、俺に問いかける。 「さ、どいつにする? こいつか?」   一号のほほを、倒れるほど殴りつける。 「どうした、礼は?」   よろめきながら、カエル頭は、敬礼をした。 「ゲ、ゲコ!」   カエル頭は、さっきまでの水とは違う、何か汗のようなものをかいている。   ガマの油、ヘビに睨まれたカエル。そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。   クーは鼻で嗤って、移動する。 「それとも、こいつか? なかなかイキがいいぞ」   次の魚頭二号のみぞおちに、ひざ蹴りを決めた。   後ろに激しくぶっ倒れる。   その顔をさらに、かかとで踏みつけた。 「ああ? 貴様、なんだその目は」   てか、魚の目の表情は解りませんよ? クーさん。   そう思っていると、クーは俺に振り向いて、微笑んだ。 「どうだ、我が主。どいつを食べたい?」   マジでか。 「そんな得体の知れない生き物なんか、食えるか!」   クーは、ちょっと肩を落とした。異形の者たちは、胸をなで下ろした。俺はない知恵を絞って考えた。 「そうだ、クー。お前、そんなヤツら呼べるなら、普通の魚も出せるんじゃないのか」   クーは、どこで覚えたのか、手をポンと打った。 「なるほど。さすがは我が主。早速、呼び寄せよう」   クーは異形の者たちを帰し、変わりに、魚を呼び出した。   次の瞬間。   キッチンの床が海水と、さまざまな魚で溢れた。 「うわぁっ!」   俺は、足元をすくわれ、転がった。   魚の尾びれが、俺の顔を幾度も叩く。 「いててて!」   クーはそれを見て、口元をおさえた。 「あ、クー! 嗤ったな!」 「うむ。嗤った。すまない。しかし、こんな気持ちになるなんて、初めてだ」   そう言いながら、俺に手を差し伸べる。 「何と言うか……上下関係でもない、敵対関係でもない、暖かくなるような、泣きたくなるような……」   俺はその手を取って、立ち上がった。   クーは、俺の手を離さない。 「我らの眷属の間にはない、こんな気持ちを、人間は、なんと呼ぶのだ?」   クーは真っ直ぐ、俺の目を探るように見つめた。   俺は、彼女に手を握られたまま、言い淀んだ。 「それは……」   目を逸らした。その先にスリッパが、あった。   あれはもう、必要ないのかも知れない。そう思った。   俺は、ゆっくりまばたきをして、彼女に向き直る。   大きく息を吸い込んで。   つぶやいた。 「恋、って言うんだ」   足元の魚の群が、なぜか猛烈に、ビチビチと跳ねた。 ***written by coobard ◆69/69YEfXI *coobard ◆69/69YEfXI 氏の 素直クール小説掲載サイト [[クーのいる世界>http://coobard.fc2web.com/]] ---- *[[真なるクー 01]] | [[真なるクー 03]] ----  

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