やさしさに包まれたなら(HA★GA×リグル)

まさか、自分がスペルカードになってしまうなんて。
冬が来る直前の、木のうろの中にいるかのような感覚と暗闇に、リグルは身を縮こまらせた。
目の前にいきなり、魔王と名乗る怪しいスク水の大男が現れ
みょんな魔法を使って自分をカードに閉じこめたのは、もうどれくらい前だったのだろうか。
このほの暖かい闇の中では、時間の感覚がよく解らなかった。
一度だけ、冷たい空気に触れて、何か人に触られるような感覚もあったが
それは直ぐに消え、再び闇の中へと押し込められる。
外の見えない不安感と窮屈さに、リグルは羽をふるわせ僅かな抵抗を示す。
それでも、カードの中から出ることはかなわなかった。
「まあ、まだマシだけど」
呟くと、周囲にいた小さくて大勢の気配が、ゆらりと揺れる。
これは、カードになった直後の闇では感じられなかったものだ。
『だいじょうぶ?』『なれてないの?』
羽音の間から微かに聞こえるざわめきに向かって、リグルはなるべく元気そうな笑顔を向けた。
「何でもないよ。ただ、やっぱり外に出たいなあって思ってさ」
『でたい?』『でたいの?』『でゅえるになったらでられるよ、がんばろうね』
声こそは小さいが、なだめるような多くの“仲間”の声が、リグルを取り囲んだ。
「デュエル、ねえ?」
リグルにはよく解らなかったが、彼女と同じ、このカードに閉じこめられた“虫”達は
元からその姿で生を受け、デュエルという勝負事にのみ使役されているらしい。
簡易版の式神みたいなものなのだろうと、彼女は納得している。
『ごしゅじんさまは、やさしいよ』『ちょっとへんなひとだけど』『ぼくたちがすきだから』
虫達の声は優しく、主人を怖がっていない。
自分が使役される立場になるとは思ってもみなかったが、彼らが幸せそうなのだから
それほど変なことに使われたりはしないだろう。
ある程度の予想は出来るが、それでも不安には変わりない。
出来ることなら幻想郷に戻って、お尻の光る仲間達と夕暮れの空を羽ばたき
美味しい水をたらふく飲みたいのだけれど……と内心でぼやく彼女の目の前に、大きな影が現れた。
「あ、女王様」
『しょうがないよねえ。アンタは精霊でも何でもない、本当のムシなんだから』
一見するとグロテスクともとれる、巨大で毒々しいまでに鮮やかな躯を揺らしながら
この虫達の頂点に立つ、インセクト女王はリグルの頬を撫でた。
撫でた、と言うよりは、優しく傷にならないよう引っ掻いたとする方が正しいのかもしれない。
空元気を見せる彼女の心情を察してか、女王は困ったように目を細める。


『アタシ達も、元を辿ればヒトガタの魂に宿る魔物だった時もあるんだけれど。
 もう何時の記憶だか解らないぐらいに錆び付いちまってるから、アンタみたいな子は初めてなんだよ』
女王の言葉を静かに聞きながら、リグルは白い指を絡めあわせて俯いた。
「そうですか。ここから出られるか、解らないんですね」
頭の中では、幻想郷に残してきた仲間達や、友人の記憶がぐるぐると回っている。
彼女を慰めるように、女王はおどけて見せた。
『まあウチのマスターは、変人だけど虫だけは何でも可愛がってくれるヒトなのさ。
 ヘタレで姑息で一人じゃ何にも出来ない割に、プライドだけは高い馬鹿だから
 よくよく酷い目に遭うんだけどねえ。それでもへこたれない、虫のいいやつなんだよ』
「そう、なんですか」
そうだよ、と頷くと、女王はふっと頭上を伺った。
「さ、挨拶してきな」
挨拶? と思う間も無く、リグルの視界は白い閃光に包まれた。

「ひょうっ! 凄いなー!! やっぱり魔王がくれたカードはレア中のレアだ!!」
眩しさに慣れ、ゆるゆると目を開けると、彼女の顔を喜色満面の少年が覗き込んでいた。
驚いてぐっと後ろに下がろうとするが、うまく身体が動かない。
彼女の身体は、まるで半霊のように薄く透け、何もしなくとも宙に浮いていた。
抵抗が無駄だと悟り、リグルは仕方ないので目の前の少年を観察することにする。
緑の髪に緑の服。服の模様も眼鏡の飾りもすべて虫の柄だ。
「(虫好きって、こういうことね……)」
多少辟易しながらも、リグルは年頃の少年の顔が近くにあるということで、顔を赤らめる。
羽蛾はリグルの変化に気づかないのか、デュエルディスクを振り回して一頻り興奮した後
漸く彼女の方に向き直り、ぐっと鼻先に指を突きつけた。
「いいか、魔王様からの命令なんだぞ! 絶対に遊戯に勝つんだ!
 それでもってぎっちょんぎっちょんのぼっこぼこにして、アイツのレアカードも奪ってやるんだ!!」
ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!! と高笑いを続ける羽蛾を見て
リグルは四肢を動かせないものの、頭を抱えて蹲りたくなった。
「(あー…あの子達が、こんなトコから抜け出さない理由、何となく解ったわ)」
これだけ虫を愛していて、尚かつ負け犬フラグが立っていれば、逆に面倒を見たくなる。
自分が側に居てやらなければ、どこでどう道を間違えて酷い目に遭うか、解らないレベルの駄目人間だ。
言わば、彼自身が虫達を呼び寄せる、誘蛾灯のような存在なのだ。
リグルは、やっかいな巣に引っ掛かったなと感じながらも、羽蛾の方に向き直り
ぺこりと、心の中だけでだが頭を下げる。
「短い間、に、なる、と思いたいけど。宜しくお願いします」
「ひょ?」
虫の知らせのような感覚に、羽蛾は高笑いを止めて振り返ったが、時間が切れたのか
ソリッドビジョンシステムは終了しており、リグルの姿はカードの中に戻っている。
けれど、彼の耳には確かに、蛍の光のようにほうっと灯る、少女の声が届いていた。
羽蛾は不思議そうにカードと誰もいない空間を交互に見詰めていたが
やがて飽きたようにリグルをデッキに戻すと、誰にでもなく語りかけた。
「女王様はもう居るから、虫のお姫様ってところなのか、な」

終わり



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最終更新:2008年06月27日 17:57