古城エリアエピソード~上海人形の冒険~


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「あれ? 誰か上海人形見なかった?」
 不意の呼びかけに、声の主以外の3人が一斉に振り向く。そこにはキョロキョロと周囲を見渡すアリスの姿があった。
「あの小さい人形か? 俺は見てないと言わざるを得ない」
「上海さんって、いつもアリスさんと一緒にいましたよね? いないんですか?」
 リョウとミク、それにロックの脳裏にすぐに小さな人形の姿が浮かぶ。
 西洋の人形のような、金髪の長い髪と可愛い洋服、それに見る者を和ませるシンプルだがほのぼのとした表情の人形。
 それは上海人形という、アリスといつも共にある、彼女のパートナーとでも言うべき存在。
 アンティークドールというよりはぬいぐるみといった方がいいのではないかと思えるほどの可愛らしさを秘めたマスコットであった。
「ええ。ちょっと目を離したすきに……あなたたちの誰かと一緒に遊んでいるのかと思ったんだけど」
「んぐ……ごっくん。こっちには来なかったです」
 パンをE缶で飲み込みながら、ロックも答える。
 ちなみにロックが食べているパンは、ダメージの大きいロックが食べやすいようにとミクが小さくちぎってあげたものだったりする。
「最近使ってもらえなかったから、グレて家出したんじゃないのか?」
「し、失礼ね! そんなこと……ないと思うけど……」
 冗談とも本気とも分からないリョウの言葉に、アリスは一瞬声を大きくしながらも次第に声のトーンが下がる。
 確かに新技……七色の万国人形を覚えてからというもの、上海人形を攻撃に使う回数は激減していた。最近の戦闘ではまったく活躍させなかったことも多い。
 とはいっても、それはアリスを責められるというものでもない。
 7つの特殊な力を持った人形を次々と操り、敵に様々な状態異常を負わせる新技は、単に攻撃力が高いというだけではなく、敵の攻撃を妨害し味方へのダメージを減らす、まさに攻防一体の攻撃である。
 仲間が傷つくのを少しでも防ぐために、上海人形よりも万国人形を優先して使うのは無理もないことであった。
(でも……まさか本当に……最近かまってあげられなかったから寂しくなって……とか……)
 いったん悪い方向に想像してしまうと、人はなかなかその思考を振り払えない。それは魔法使いであっても例外ではないようである。
 ……もっとも、彼女の知り合いのパワー系弾幕少女はそんなものとは無縁そうであるが。
「私、ちょっと探してくるわ」
 アリスは振り返り、やってきた道へと足を進めようとする。
 DIOを倒してやってきたこの部屋はここで行き止まりであり、この先は空間が安定していないニコニコ空間である。
 上海がこの部屋にいないのなら、空間の穴に落ちてしまったという最悪の想像をしない限りは、今来た道を戻って行ったという可能性が高い。
「あ、それなら僕も行きます」
 ロックが立ち上がろうとする。が、アリスは手を前に突き出して遠慮の意を示した。

「あなたは休んでなさい。あなたの怪我はまだ治ってないんだから、ミクにしっかり治してもらうこと」
 でも……と反論しようとするロックの体には、大小いくつもの怪我があった。殴られてヒビが入った腹部やナイフが突き刺さった傷痕がまだ痛々しく残っている。
 古城の主ことミステリアスパートナー・DIOとの戦いで時を止められるという反則じみた攻撃の中、彼一人が止められた時の中で仲間を守りながら奮戦したのだ。
 戦闘が終わってから、アリスたちは気がつかないうちに自分たちがどれだけ彼に守ってもらっていたかということを、そのボロボロの姿を見て思い知った。
 泣きそうになりながらも、傷だらけのロックの体を優しく抱きしめるミクの姿は今もアリスとリョウの記憶に新しい。
「大丈夫よ。ボスを倒したことで敵の気配もほとんどないから危険は少ないわ。だからミク、ここに残ってロックのことお願いね」
「あ、はいっ。わかりました」
 ミクはロックの隣で素直に頷く。心優しい彼女は上海を心配する気持ちももちろん強かったが、それと同じくらい、ロックの世話を自分がまかされたのが嬉しかった。
「それじゃ行くわよ、リョウ」
「待て、なんで俺が」
 いきなり話を振られ、リョウは少し驚いたような反応を見せる。
「なんでって、まさかあんたこの古城に女の子を一人で歩かせる気? まだ敵が残っていたらどうするのよ。男だったらそこのロックみたいに女の子を守る甲斐性見せなさい」
「お前、さっき敵の気配ほとんどないと言っていたぞ」
「そ、それはこれこれはこれよ! か、勘違いしないでね。消去法であなたが残ったから一緒に行ってもらうだけだからね。別にあなたでよかったとか思ってないから」
「どことなく海馬の奴に似ていたと思わざるを得ない!」
 なぜか怒ったようにリョウの胴着を引っ張るアリスを、ロックとミクは何かを理解したような微笑ましい目で見ていたのだが、当の2人は気がつかない。
「まぁ確かに人形を探すなら人手があった方がいいな。そんなに引っ張らなくてもちゃんと一緒に行くから、あまり怒るな」
「べ、別に怒ってなんか……じ、じゃあ行ってくるわね」
「はい。見つかるといいですね」
「リョウさんもアリスさんも、ゆっくりしてきてください」
 こうして、アリスとリョウは来た道を引き返して行った。



 ――その頃。
「シャンハーイ」
 上海人形はのんびりと古城を散歩(空を飛んでいるから散飛?)していた。
「シャンハーイ?」
 ちなみに、彼女は別にリョウが予想したように構ってもらえなくて家出したわけでは全くない。
 単にヒマだった彼女は、ちょっと好奇心で城の中を見て回りたくなり、遊びに出かけただけである。もちろん、主人のアリスに対して恨みとか嫉妬とかそういったことは全く感じていない。
 もっとも、現状をまったく把握しようとしないその能天気さゆえに、彼女の主が今どれだけ心配しているのかも気が付いていないのだが。
 主人の苦悩もどこ吹く風と、上海は壁に描かれた絵や半分錆びついた鎧の飾りなどを物珍しそうに眺めながら飛びまわる。
「シャンハーイ♪」
 その上海の手には、丸くて小さく可愛らしいぷよぷよ……ではなく、いつの間にか上海と友達になっていただんごが抱かれていた。
 いつも地面から見上げる世界ではなく、空から眺める新鮮な視点の世界。だんごはそのつぶらな瞳で流れゆく景色を追っていた。
 一体と一個の探検は始まったばかりである。


 ――そんな上海が進む道の反対側を、1組の男女が歩いていた。
「チクショウ……なぜ俺の人形劇はウケなかったんだ」
「当たり前です。あんな、人形が単純なダンスをするだけの劇で誰が喜ぶんですか」
「ぐはっ」
 精神的ダメージを負った国崎を横目に、射命丸ははぁ、と小さくため息をつく。
 国崎往人と射命丸文。
 コンビでロックたち侵入者に挑んだのはいいが、あっさり返り討ちにされたコンビである。
「あなたみたいな能力、幻想郷では珍しくもなんともありませんよ。見たでしょうアリスさんの人形の使い方」
「お、俺だってだなぁ。この世界に来るまではこの芸で生計を立ててたんだぞ」
 古ぼけた人形を握りしめながら反論する国崎。しかし自分の能力のふがいなさに心当たりがありすぎるせいか、人形を持つ手が小刻みに震えていたりする。
「はぁ……私はどうして、こんなスクープとは無縁そうな人と組んでいるんでしょうか」
「だったら、別にさっきの連中についていってもいいだろ? 無理して俺についてこなくても」
「べ、別に無理はしてません! そ、そもそも最初に国崎さんが私を捕まえて『お前が、俺の一族がずっと探していた、羽の生えた少女か?』なんて言ってきたんじゃないですか」
 射命丸の脳裏によみがえる、この目つきの悪い青年との出会い。
 幻想郷を飛び回って取材をしていたはずが、どこでどう迷ったのか入り込んでしまったこの世界で、最初に出会った人間に肩を掴まれ、意味不明の質問をされたインパクトは強烈だった。
「そりゃそうだが……俺だって嫌がる奴を無理やり連れまわす気はない。お前が行きたいってんなら、もっと自由に好きな所に行ってもいいんだぞ。お前の翼と足なら簡単だろ?」
 射命丸の黒い翼にのばしかけた手を止め、代わりに国崎はぽんぽん、と軽く射命丸の頭に手を乗せた。被っていた帽子が少しずれた。
「……別に嫌ではないですよ。最初に出会った国崎さんを取材しようと決めた以上、途中で投げ出すのは私の主義じゃないですし、何より私がついてないと国崎さん本当にダメな人じゃないですか」
「……何気にひどいことを言われている気がするな。まぁ、そういう主義は嫌いじゃないけどな」
 そう言って、また国崎は射命丸の頭に手を乗せた。今度は叩くというより、そっと撫でる感じでわしゃわしゃと帽子ごと髪をかきまわす。
「わわ、ちょっと……もうっ。それよりこれからどうするんですか?」
「そうだな……とりあえずラーメンでも……ん?」
 その時、国崎は見た。
 その視線の先、道の向こうから飛んでくる、だんごを抱えた小さな少女の人形を。
 そして、国崎は感動した。
 例えるなら、元気いっぱいの少女から勢いあまって川に突き落とされ、その目の前にキュートなアザラシがいたような場面の如く。
 天然気味の少女に紹介され、無人の駅に住もうとしたら、改札口で猫が寝ていたような場面の如く。
 そんな心の底から湧きあがる、えも知れぬ感情が国崎の全身を駆け巡った。


「あれは……たしかアリスさんと一緒にいた人形ですね。って国崎さん? あの人形がどうかしましたか?」
 空を飛んでいた上海人形を、飛んでいるセミを捕まえるように素早く、けれど小鳥の卵を抱きあげるように優しく、国崎は両手でキャッチした。
「シャンハーイ?」
 突然動きを止められ、上海は自分を捕まえた目つきの悪い男を表情を変えずに見上げる。
「おいお前、俺のモノになれ」
 国崎は開口一番そう言った。
 聞く人間にとってはドン引き間違いなしのセリフを、少女の姿をした人形に向かって言い放った。
「あやややや、これは大変です! 人が道を踏み外す瞬間を目の前で目撃してしまいました!」
 興奮した口調で、国崎から離れるように一歩引く射命丸。しかしカメラで国崎を撮ることは忘れなかった。
「シャンハーイ?」
「誤解だっ! って、今のセリフだと俺が危ない人みたいじゃないかっ」
「事実危ない人でしたよ」
 カメラを構えながら射命丸が突っ込む。心なしか声が少し冷たい。
「違うっ! 俺はただ、この人形で人形劇をすれば大ヒット間違いなしだと思っただけだ!」
 国崎の頭の中でイメージが出来上がる。
 大勢の観客。
 スポットライトを浴びる自分。
 自分の手の中で、可愛く手を振っている少女の人形。
『みんなー! 俺の人形劇で、大いに笑ってくれー!』
『いやっほ――――う! 国崎最高――――!!』
『EVERYBADY SAY!』
『国崎最高――――!!』
『LOVE & PEACE!』
『国崎最高――――!!』
「イヤッホ――――ウ! 俺、最高――――!!」
 目を光らせながら現実の世界で国崎が叫ぶ。射命丸はとりあえずその奇行をカメラに収めながら、こんな記事出して喜ぶ人いるんでしょうか、と冷静に考えていた。
「お前、俺と組まないか? 俺の人形劇にお前の和みオーラが加われば世界を取れるぞ。そしてゆくゆくは総理大臣とかになって、俺のプロマイドは女子高生を中心にそれはもうバカ売れで……」
 顔を上海に近づけながら、興奮した口調でスカウトする国崎。たまにハァハァ息が荒くなるのは金持ちになってラーメンを腹いっぱい食べるという妄想によるものであり、彼自身に変態じみた趣味は全くないのだが、はたから見れば完全に危ない人である。


「あらぁ、うるさいと思ったら、何やってるのかしら、お馬鹿さぁん?」
 どこからか聞こえてきた、管楽器のようにすきとおる声。ワンテンポ遅れて、トスッ、と耳に小気味よい音がした。
「……へ?」
 1秒。
 2秒。
 3秒。
 ようやく、国崎は自分の眉間に黒い羽が突き刺さっているのを理解した。
「うおぉぉぉぉぉ――――!?」
 自覚すると、痛みが襲ってくるのは早い。
 刺さった眉間から血をダラダラと流しながら、今じゃ人形劇のことも忘れて、国崎は何かに追われるように走り出した。
「あ、どこ行くんですか国崎さん! 早く手当てしないと……ああもう、本当に手がかかる人です! ごめんなさいお騒がせしました~」
 土煙を上げて全力ダッシュで走る国崎を射命丸は得意のスピードで追いかける。
「シャンハーイ」
 さっきまでスカウトされていたこともよく分かっていない上海は、そんな2人を手を振りながら見送っていた。
「……あらぁ? あなたは……」
 そんな上海に気がつき、黒い羽根の持ち主は廊下の影から姿を現した。
「ごきげんよう。可愛いお人形さん」
 黒い羽根を纏いし銀色の影。
 それは、この古城を守るミステリアスパートナーの1人――水銀燈であった。

続く