クリスマス

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「今日はークリスマスの飾りつけー サンタさんはー何処から来るのー」 「楽しそうだね、ミクさん」 「はい!私夏生まれで季節変化の乏しい機械の町で育ったので、クリスマスって初めてなんです」 ミクは青い長いお下げの髪を揺らして隣を歩くロックマンに微笑んで見せた。 異世界の冬、町を歩く大勢の人間達。白い息。予報では雪も降ると聞いている。 そのすべてがミクにとっては珍しく興味深いもの。それらをメモリに記憶できるだけ記録せんとばかりに視線を動かすうちに、ミクはひとつのことに気づいた。 町を行く人々だ。親子連れも多いがカップルも多い。人間達の殆どは互いに仲が良さそうで、大半は手を繋ぐなり腕を絡ますなり体を触れ合わせてる。 自分達はどう見られているのだろう。足を止めて店のショウウインドウを見る。 大きなくまさんのぬいぐるみの手前に写る二体のロボットは、人間の関係で喩えるなら親戚のお姉ちゃんと弟とかそんなところではないか。 確かに自分達は恋人同士では無い。 今でこそ移動中のちょっとした休暇でこんな風に二人で出かけているが、ここ日本に来た本当の目的は魔王の手下を倒すためである。 しかし、今日のこの日のこのタイミングを逃すと、次にいつ、二人きりで出かけたりできるだろうか。 勢いをつけて振り返る。 「ロックマン、腕組んで歩きません?」 今回のデートに誘うときの勇気に比べれば、そしてこのデートの最終目標達成のためには、これくらいの発言どうってことない。 EDFの専用機が日本に向かうまでの間、ミクはストーム1とボブ、そして琴姫と一緒に居た。 『日本か、何年ぶりじゃろうか。孫もお前さん位大きくなったかの』 ノートパソコンでメンテナンス中のミクの頭を優しく叩くストーム1。こんな時も胡坐をかいたそのすぐそばには機関銃。 『お孫さんには最高のクリスマスプレゼントですね』 筆の手入れをしながらボブが返すと琴姫も同調した。 『そういえばクリスマスの飾りつけで何かあったらいいですね』 『もみの木は無理でも柊の葉が手に入ればリースでも作りますのに』 クリスマス、もみの木、柊、リース……どれも言葉では識っていても実際にどんなものかは分からない単語の集団。 半分落とした意識の中でミクはそれらがどんなものであるかイメージを膨らます。 ――で、わしは若い頃柊の枝の下で婚約を交わして戦地に赴いたんじゃ ―ほう、では柊の木伝説は迷信ではなかったんですね ―流石死亡フラグブレイカーですね 「い、いいけど」 どうして急に?ちょっと困ったような顔でロックマンがミクの腕に恐る恐る手をかけながら聞く。 「えと、こうしたほうが仲良く見られるんじゃないかなーって。ほら、皆さんもこうしてるし!周りに溶け込めるかな、と思いまして」 その、い、嫌だったら別に!いや!あ、嫌って意味じゃなくて、僕は全然構わないから! 足の長さは違うのに案外歩く速度は変わらない。あるいは戦闘時のすばやさの違いからみてロックマンがミクの歩調に合わせているのか。 「しかし、どのあたりに生えてるものなんですかね、柊の木って……あ」 繁華街から少し離れたあたりでミクが立ち止まり灰色の空を見上げる。 「雪だね。ひょっとしてミクさん初めて?」 「はい、うわ、冷たくてなんだかくすぐったいです」 小さな子どものようにはしゃいでいたミクも、ロックマンからまるで保護者目線で見られていたと気づき慌てて傍に寄る。今度は先ほどより少し距離を置いて。 「ロックマンは見たことありましたか、雪」 「僕は冬生まれだからね。丁度去年のこれ位の時期かな、最初にワイリーが暴れだしたのは……ん、そういえばミクさん、何でそんなに柊が必要なの?」 お花屋ででも買えると思うけど、とロックマンが不思議そうに尋ねる。 「リースを作ろうと思いまして。ちょっとでも雰囲気出したくて。 お花屋は…その、前回の戦いで私達新装備買ったりメロンパンとか食パンとか使いすぎたりして正直お金がですね」 「わかった。それは僕のせいでもあるしね……それで僕か。植物のことなら富竹さんか魔理沙さんあたりが詳しそうだと思ってたけど」 「は、はい。ごめんなさい、私現物を見たことが無くてどういうのか分からなくて」 彼女なりのこだわりなんだろう。ロックマンは必死になって柊の木を一緒に探してほしいと願い出たミクの姿を思い出す。 この前のアメリカでの時もそんな事があったっけ、先ほどより少し早足で歩きながら、隣で大きく揺れるお下げに目をやる。 ミクはかわいいと思う。失礼だと思って面と向かって言った事は無いが、なんだか妹みたいでかわいいと思う。見た目は自分の方が幼いが、その、中身的に。 ロックマンは、でもなんだかそれだけじゃないような気もしていた。 だからこのあたりでちょっと行動を起こしてみても悪くは無いような……目の前でだんだんと量を増す雪のようにふわふわと考えていた。 「見つからないね」 雪が酷くなってきたし、ちょっと休憩でもしない? すぐ隣の歌唱用ロボットは雪に見とれていたのかへ?という気のない返事と驚いたような緊張したような変な顔で答えた。 人気の無い公園のベンチに二人で腰掛ける。 葉も落ちかけた木が小さな雪よけを作っていた。小柄な二体のロボット達はその雪の被害の少ない場所に並んでいた。 先ほどより吐く息は白く、仕様上あまり敏感でないはずの触覚器官機器が空気の冷たさを訴える。 むき出しの腿に雪が積もる。人工皮膚に覆われた鋼の体の表面に、人のような温もりは無い。 「結構、遠くまで着ちゃったね」 「はい」 「残念だけど、そろそろ帰った方がいいかもね。皆心配してると思うし」 「はい……いや、ダメです!」 おそらく冬の間水が止められているであろう噴水に張られた氷とそこに転がる氷の粒を眺めながら呟いたロックマンはミクの強い否定の言葉に驚いた。 普段控えめなこのボーカロイドの少女がこれほどまでに否定の感情を顕にしたのはどれだけ珍しいことか。 これまでの戦いの中で殆どの時と場合で最もミクの近くにいたロックマンが驚くほどに強い拒否。 「ダメです、クリスマスに柊は絶対なんです。来年もこうして二人会えるかなんて分からないから、今年じゃないと、今じゃないと!」 夏の日の空のような、透明度の高い湖の底で揺れる波のような綺麗な人工の蒼の髪を振り、ミクは真剣な目でロックマンを見つめた。 取り乱したことを恥じたのか、頭に熱が集まり見る見る顔が赤くなる。 「騙しちゃってごめんなさい。その、もちろんこの大人数でこんなイベントって初めてだったから、皆とクリスマスのお祝いをしたいのも本当なんですけど」 口ごもって顔を伏せる。ミクの頭に積もった雪が長い髪を滑り落ちる。 「ストーム1さんから柊の伝説を聞いて、その、絶対ロックマンと……」 柊の伝説?何のことだろうとロックマンは首をかしげ、恥ずかしそうに声を切り出すミクの事を直視出来なくなって思わず白い氷の粒を量産する灰色の空を見上げる。 視界の上半分はベンチのすぐ後ろに生えた木の枝に覆われた。 この季節だ。殆どの葉が散ってしまっているが丁度自分達の頭上の枝にだけ、緑色の葉が僅かに雪を積もらせているのを見た。 ひょっとしてこの事か。ロックマンは体を流れる電流の電圧が上昇したように感じた。 だとしたらミクは自分と同じ、いや、それ以上の事を考えている。それが堪らなく嬉しかった。 「ミクさん、」 恥ずかしさのあまり体を縮めていたロボットの少女がこちらを向く。何時もとは違い目線の高さが同じだ。その分顔の距離が近いと気づいたミクは姿勢を正す。 ロックマンはゆっくりと立ち上がり、ミクの前に出た。 「雪積もってるよ」 青緑の頭に、むき出しの細い肩に、膝の辺りで固く組まれた手に積もった雪を払い、乱れたお下げを整える。 「ロックマン?」 今度緊張するのはこっち番だね、とロックマンは笑う。ミクは意味が分からないようでとりあえずつられて笑う。 再び、今度はしっかりと、でも力はこめ過ぎずミクの肩を掴む。 「目、瞑って」 ようやく意を察したボーカロイドは、更に顔を赤くして瞼を閉じた。 雪は無音の世界を作り出し、二人の青いロボット達を見守るように優しく降りつづけていた。 ちゅっ 人間だったら判らないかもしれないほど小さな音を立てて二人の唇が離れる。 離れる際名残を惜しむように、でも優しく、ロックマンがミクの下唇を唇で引っ張るように噛んだことはミクの電子頭脳のメモリの最重要項目にロック付きで保管されるだろう。 肩から手を外して、立ち上がりやすいように片手を差し出すロックマンの顔はほんのり赤い。 自分も同じか、それよりもっと酷いんじゃないかと思いながらミクは差し出された手を掴み立ち上がる。 帰ろうか、と上目遣いで彼が言う。 厚い雲に覆われた空は、さっきよりも暗い。雲の向こうの太陽が傾いた証拠だ。 深めに被ったヘルメットは更に影を作り、青い少年型ロボットの瞳の輝きを引き立てている。 じっと見ているとなんだか恥ずかしくなって、ミクは首を上下に動かすことで返事に代えた。 幸せだ。とにかく幸せだ。 どんなに困難な歌を一人で歌い上げても、どんなに大勢の観客の前で歌を歌えても、この幸福感には及ばないのではないか。 ボーカロイドとしてちょっと問題があるかもしれない考えかもしれないが、今のミクはそれくらい満ち足りているのだ。 柊の木なんて、 「そういえばミクさん」 ロックマンが繋いでいた手を離し、今度は指と指を絡める形で繋ぎなおしてくれた。 なんだかよくわからないけれど兎に角ロックマンに触れていたくて、ベンチから立ち上がるときに差し出された手をそのままの形で握ってしまっていたみたいで、 ロックマンからすれば非常に歩きにくい姿勢だったようだ。 「ミクさんの言ってた柊の伝説って、クリスマスの日にその枝の下でキスをした男女は永遠に結ばれるってやつ?」 「あ、ロックマン知ってたんですか。それです」 公園の入り口辺り、慌てて肯くとロックマンが立ち止まって笑う。 「あはは、やっぱり。ミクさん、それ間違って覚えてるよ。本当は柊じゃなくてヤドリギだよ」 「ええ?!」 ミクは恥ずかしくなってそっぽを向き、早くその場を離れようとするも、戦闘用ロボットの少年がボーカロイド少女の手を引き返してそれを許さない。 「ヤドリギってね、あれのことだよ」 ロックマンが指差した先は、先ほど自分達が腰掛けていた場所のすぐ真上。 「あ」 「まあ、結果オーライってやつだね」 顔を赤くして再び来た道を引き返すロボット二体。 火照った頬を基地に帰り着くまでに冷ますには、雪が降るくらいの気温が丁度いい。 終
「今日はークリスマスの飾りつけー サンタさんはー何処から来るのー」 「楽しそうだね、ミクさん」 「はい!私夏生まれで季節変化の乏しい機械の町で育ったので、クリスマスって初めてなんです」 ミクは青い長いお下げの髪を揺らして隣を歩くロックマンに微笑んで見せた。 異世界の冬、町を歩く大勢の人間達。白い息。予報では雪も降ると聞いている。 そのすべてがミクにとっては珍しく興味深いもの。それらをメモリに記憶できるだけ記録せんとばかりに視線を動かすうちに、ミクはひとつのことに気づいた。 町を行く人々だ。親子連れも多いがカップルも多い。人間達の殆どは互いに仲が良さそうで、大半は手を繋ぐなり腕を絡ますなり体を触れ合わせてる。 自分達はどう見られているのだろう。足を止めて店のショウウインドウを見る。 大きなくまさんのぬいぐるみの手前に写る二体のロボットは、人間の関係で喩えるなら親戚のお姉ちゃんと弟とかそんなところではないか。 確かに自分達は恋人同士では無い。 今でこそ移動中のちょっとした休暇でこんな風に二人で出かけているが、ここ日本に来た本当の目的は魔王の手下を倒すためである。 しかし、今日のこの日のこのタイミングを逃すと、次にいつ、二人きりで出かけたりできるだろうか。 勢いをつけて振り返る。 「ロックマン、腕組んで歩きません?」 今回のデートに誘うときの勇気に比べれば、そしてこのデートの最終目標達成のためには、これくらいの発言どうってことない。 EDFの専用機が日本に向かうまでの間、ミクはストーム1とボブ、そして琴姫と一緒に居た。 『日本か、何年ぶりじゃろうか。孫もお前さん位大きくなったかの』 ノートパソコンでメンテナンス中のミクの頭を優しく叩くストーム1。こんな時も胡坐をかいたそのすぐそばには機関銃。 『お孫さんには最高のクリスマスプレゼントですね』 筆の手入れをしながらボブが返すと琴姫も同調した。 『そういえばクリスマスの飾りつけで何かあったらいいですね』 『もみの木は無理でも柊の葉が手に入ればリースでも作りますのに』 クリスマス、もみの木、柊、リース……どれも言葉では識っていても実際にどんなものかは分からない単語の集団。 半分落とした意識の中でミクはそれらがどんなものであるかイメージを膨らます。 ――で、わしは若い頃柊の枝の下で婚約を交わして戦地に赴いたんじゃ ―ほう、では柊の木伝説は迷信ではなかったんですね ―流石死亡フラグブレイカーですね 「い、いいけど」 どうして急に?ちょっと困ったような顔でロックマンがミクの腕に恐る恐る手をかけながら聞く。 「えと、こうしたほうが仲良く見られるんじゃないかなーって。ほら、皆さんもこうしてるし!周りに溶け込めるかな、と思いまして」 その、い、嫌だったら別に!いや!あ、嫌って意味じゃなくて、僕は全然構わないから! 足の長さは違うのに案外歩く速度は変わらない。あるいは戦闘時のすばやさの違いからみてロックマンがミクの歩調に合わせているのか。 「しかし、どのあたりに生えてるものなんですかね、柊の木って……あ」 繁華街から少し離れたあたりでミクが立ち止まり灰色の空を見上げる。 「雪だね。ひょっとしてミクさん初めて?」 「はい、うわ、冷たくてなんだかくすぐったいです」 小さな子どものようにはしゃいでいたミクも、ロックマンからまるで保護者目線で見られていたと気づき慌てて傍に寄る。今度は先ほどより少し距離を置いて。 「ロックマンは見たことありましたか、雪」 「僕は冬生まれだからね。丁度去年のこれ位の時期かな、最初にワイリーが暴れだしたのは……ん、そういえばミクさん、何でそんなに柊が必要なの?」 お花屋ででも買えると思うけど、とロックマンが不思議そうに尋ねる。 「リースを作ろうと思いまして。ちょっとでも雰囲気出したくて。 お花屋は…その、前回の戦いで私達新装備買ったりメロンパンとか食パンとか使いすぎたりして正直お金がですね」 「わかった。それは僕のせいでもあるしね……それで僕か。植物のことなら富竹さんか魔理沙さんあたりが詳しそうだと思ってたけど」 「は、はい。ごめんなさい、私現物を見たことが無くてどういうのか分からなくて」 彼女なりのこだわりなんだろう。ロックマンは必死になって柊の木を一緒に探してほしいと願い出たミクの姿を思い出す。 この前のアメリカでの時もそんな事があったっけ、先ほどより少し早足で歩きながら、隣で大きく揺れるお下げに目をやる。 ミクはかわいいと思う。失礼だと思って面と向かって言った事は無いが、なんだか妹みたいでかわいいと思う。見た目は自分の方が幼いが、その、中身的に。 ロックマンは、でもなんだかそれだけじゃないような気もしていた。 だからこのあたりでちょっと行動を起こしてみても悪くは無いような……目の前でだんだんと量を増す雪のようにふわふわと考えていた。 「見つからないね」 雪が酷くなってきたし、ちょっと休憩でもしない? すぐ隣の歌唱用ロボットは雪に見とれていたのかへ?という気のない返事と驚いたような緊張したような変な顔で答えた。 人気の無い公園のベンチに二人で腰掛ける。 葉も落ちかけた木が小さな雪よけを作っていた。小柄な二体のロボット達はその雪の被害の少ない場所に並んでいた。 先ほどより吐く息は白く、仕様上あまり敏感でないはずの触覚器官機器が空気の冷たさを訴える。 むき出しの腿に雪が積もる。人工皮膚に覆われた鋼の体の表面に、人のような温もりは無い。 「結構、遠くまで着ちゃったね」 「はい」 「残念だけど、そろそろ帰った方がいいかもね。皆心配してると思うし」 「はい……いや、ダメです!」 おそらく冬の間水が止められているであろう噴水に張られた氷とそこに転がる氷の粒を眺めながら呟いたロックマンはミクの強い否定の言葉に驚いた。 普段控えめなこのボーカロイドの少女がこれほどまでに否定の感情を顕にしたのはどれだけ珍しいことか。 これまでの戦いの中で殆どの時と場合で最もミクの近くにいたロックマンが驚くほどに強い拒否。 「ダメです、クリスマスに柊は絶対なんです。来年もこうして二人会えるかなんて分からないから、今年じゃないと、今じゃないと!」 夏の日の空のような、透明度の高い湖の底で揺れる波のような綺麗な人工の蒼の髪を振り、ミクは真剣な目でロックマンを見つめた。 取り乱したことを恥じたのか、頭に熱が集まり見る見る顔が赤くなる。 「騙しちゃってごめんなさい。その、もちろんこの大人数でこんなイベントって初めてだったから、皆とクリスマスのお祝いをしたいのも本当なんですけど」 口ごもって顔を伏せる。ミクの頭に積もった雪が長い髪を滑り落ちる。 「ストーム1さんから柊の伝説を聞いて、その、絶対ロックマンと……」 柊の伝説?何のことだろうとロックマンは首をかしげ、恥ずかしそうに声を切り出すミクの事を直視出来なくなって思わず白い氷の粒を量産する灰色の空を見上げる。 視界の上半分はベンチのすぐ後ろに生えた木の枝に覆われた。 この季節だ。殆どの葉が散ってしまっているが丁度自分達の頭上の枝にだけ、緑色の葉が僅かに雪を積もらせているのを見た。 ひょっとしてこの事か。ロックマンは体を流れる電流の電圧が上昇したように感じた。 だとしたらミクは自分と同じ、いや、それ以上の事を考えている。それが堪らなく嬉しかった。 「ミクさん、」 恥ずかしさのあまり体を縮めていたロボットの少女がこちらを向く。何時もとは違い目線の高さが同じだ。その分顔の距離が近いと気づいたミクは姿勢を正す。 ロックマンはゆっくりと立ち上がり、ミクの前に出た。 「雪積もってるよ」 青緑の頭に、むき出しの細い肩に、膝の辺りで固く組まれた手に積もった雪を払い、乱れたお下げを整える。 「ロックマン?」 今度緊張するのはこっち番だね、とロックマンは笑う。ミクは意味が分からないようでとりあえずつられて笑う。 再び、今度はしっかりと、でも力はこめ過ぎずミクの肩を掴む。 「目、瞑って」 ようやく意を察したボーカロイドは、更に顔を赤くして瞼を閉じた。 雪は無音の世界を作り出し、二人の青いロボット達を見守るように優しく降りつづけていた。 ちゅっ 人間だったら判らないかもしれないほど小さな音を立てて二人の唇が離れる。 離れる際名残を惜しむように、でも優しく、ロックマンがミクの下唇を唇で引っ張るように噛んだことはミクの電子頭脳のメモリの最重要項目にロック付きで保管されるだろう。 肩から手を外して、立ち上がりやすいように片手を差し出すロックマンの顔はほんのり赤い。 自分も同じか、それよりもっと酷いんじゃないかと思いながらミクは差し出された手を掴み立ち上がる。 帰ろうか、と上目遣いで彼が言う。 厚い雲に覆われた空は、さっきよりも暗い。雲の向こうの太陽が傾いた証拠だ。 深めに被ったヘルメットは更に影を作り、青い少年型ロボットの瞳の輝きを引き立てている。 じっと見ているとなんだか恥ずかしくなって、ミクは首を上下に動かすことで返事に代えた。 幸せだ。とにかく幸せだ。 どんなに困難な歌を一人で歌い上げても、どんなに大勢の観客の前で歌を歌えても、この幸福感には及ばないのではないか。 ボーカロイドとしてちょっと問題があるかもしれない考えかもしれないが、今のミクはそれくらい満ち足りているのだ。 柊の木なんて、 「そういえばミクさん」 ロックマンが繋いでいた手を離し、今度は指と指を絡める形で繋ぎなおしてくれた。 なんだかよくわからないけれど兎に角ロックマンに触れていたくて、ベンチから立ち上がるときに差し出された手をそのままの形で握ってしまっていたみたいで、 ロックマンからすれば非常に歩きにくい姿勢だったようだ。 「ミクさんの言ってた柊の伝説って、クリスマスの日にその枝の下でキスをした男女は永遠に結ばれるってやつ?」 「あ、ロックマン知ってたんですか。それです」 公園の入り口辺り、慌てて肯くとロックマンが立ち止まって笑う。 「あはは、やっぱり。ミクさん、それ間違って覚えてるよ。本当は柊じゃなくてヤドリギだよ」 「ええ?!」 ミクは恥ずかしくなってそっぽを向き、早くその場を離れようとするも、戦闘用ロボットの少年がボーカロイド少女の手を引き返してそれを許さない。 「ヤドリギってね、あれのことだよ」 ロックマンが指差した先は、先ほど自分達が腰掛けていた場所のすぐ真上。 「あ」 「まあ、結果オーライってやつだね」 顔を赤くして再び来た道を引き返すロボット二体。 火照った頬を基地に帰り着くまでに冷ますには、雪が降るくらいの気温が丁度いい。 終 #comment()

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