グラップラー ◆bT2EJKYnUo


「にゃ゛あ゛あああ゛ああ゛あ゛あ!!!」

夜道を自転車で爆走しながら奇声を上げる女が一人、その名は池田華奈。
風越高校麻雀部のレギュラー、それも大将の彼女は点計算はお手のものだがこの異常な状況に即応できるほど賢くはなかった。
それにしてもこれほどの不用意な行動を取るのには訳があるはず、彼女の周囲を見渡してみよう。
その原因はすぐに知れた。必死で自転車をこぐ池田の後方200mを無言で走る外国人。
そのジャック・ハンマーという追跡者は、池田に恐怖を感じさせるに十分な巨漢であり、大量に搭載された筋肉にも関わらず、体をシャープに絞る陸上選手を超えるスピードをも実現していた。
この殺しあいがスタートして3分で出会った二人は、会話すらなく追いかけっこを始めていた。
ジャックの殺意に溢れた瞳は、捕まれば死ぬという事実だけを池田に教えていた。
既に遭遇から10分が経過していたが、池田の足は止まらない。疲れすら忘れ、ただ自転車を前に進める。

(冗談じゃないしッッッッ)

(なんで私だけッ)

(なんで華菜ちゃんだけ夜の夜中)

(SFホラーをッッ……!)


SFホラー、池田の脳裏に浮かんだ単語はまさしく言い得て妙。
追跡者はターミネーターを通り越し、池田から見ればエイリアンとしかいいようのない、暗黒神話の世界の住民なのだ。
自転車で逃げる池田ですら息を切らしているのに、ジャックはまるで歩いているかのように平静。
時おり振りかえる池田の表情は徐々に険しくなり、やがて絶望に染まる。
下り坂。道の先に見えたのは、かなりの急斜面の下り坂だった。
スピードを落とすわけにはいかない。そんなことをすれば追跡者は容易に池田を捕らえるだろう。
だがこのままの勢いで突っ込めば、転倒の危険は大。その場合も、やはり待っているのは死。
迷う間もなく、自転車は坂に踏みいる。死に物狂いでバランスを保つ池田が、異変に気付く。

(圧迫感がなくなったし!)

ずっと感じていた、土を踏む足音と追い付かんとする気迫が消えていた。
まさか、諦めてくれたのか……そんな都合のいい予測は、次の瞬間消えてなくなる。
池田の眼前に、突如ジャックが現した。坂の上から飛び、常識はずれの飛翔で自転車を追い越したのだ。

「おごっ……!」

驚愕も追い付かず、池田の脇腹に激痛が走る。無言無表情のままで、ジャックがドロップキックを放ったのだ。
坂を下る勢いのまま蹴り飛ばされた池田は、自転車から振り落とされて脇道に体を投げ出す。
胃液が逆流する不快感と恐怖で、顔を上げることすらできない。
ザリ……ザリ……。歩み寄るジャックの暴力に怯えるだけの、池田。このままでは死、あるのみ。
だが彼女は、あえて立ち上がり逃亡を試みることはしなかった。 


(華菜ちゃんには何の落ち度もないし……! 死ぬ気で謝れば、きっとなんとかなるし!)


錯乱し、震えながら土下座。口早に「ごめんなさい……ごめんなさい」と繰り返し、憐憫を誘う。

「……」

そんな池田の姿を見て、ジャックはやはり無言で、だが確かに立ち止まった。
平伏する池田の前に腰を降ろし、じっと見つめる。そのまま、1分が経過した。

「……わかってく゛れ゛っ」

これは助かるかも、と池田が顔を上げ、言葉を発しようとした瞬間。
ジャックの、まさにハンマーのような拳が池田の下顎に着弾した。
顎が粉々に砕け、縮んだ顔は体全体を持ち上げるかのように宙に舞う。
空中で三回転する池田の体から、ビチャリと何かが零れ落ちた。それは喋りながら殴られたことにより千切れた舌。
舌に追従して、池田の肉体も地に落ちる。舌を噛みきった痛みで、不幸にもまだ意識はある。
仮に彼女が出会ったのがスポーツ選手なら、やはりこんな目には合わなかっただろう。
仮に彼女が出会ったのが武の追究者なら、こんな目には合わなかっただろう。
だがジャック・ハンマーは巨凶を追う者。父・範馬勇次郎に勝つために全てを捨てた彼は、もちろん人間性も捨てていた。
ビクビクと痙攣する池田の頭を潰し、完全に殺害すべく立ち上がるジャック。

「…………覇王断空拳!」

「!?」

そんなジャックを留めたのは、茂みから飛び出してきた二十歳前後の女性の拳だった。
放たれた攻撃の威力に、ジャックでさえ瞠目する。その一撃の威力は、一流のグラップラーにも劣らない。
女性……アインハルト・ストラトスは、倒れた池田を見て顔を青ざめさせた。
闘士でもない、しかも女性をこんな目に合わせる人間がいるなど、アインハルトには到底許容できるものではない。
義憤を胸に秘め、アインハルトは悪漢に立ち向かう。一刻も早く男を倒し、被害者を介抱せねばとの思いが、いつになく彼女を焦らせていた。

「覇王流、ハイディ・E・S・イングヴァルト!」

名乗りと同時に、衝撃波でジャックを吹き飛ばすアインハルト。
池田から戦いの領域を離さなければならないとの判断であったが、ジャックは彼女の思ったよりも飛ばされない。
強靭な脚力が、ジャックの肉体を支えていた。
間合いを詰めるアインハルトにジャックが応戦し、拳が応酬する。
ジャックの攻撃は当たらず、逆にアインハルトの魔力を込めた連撃はジャックの筋肉の鎧を幾度となく叩いた。
数分の格闘を経て、アインハルトが表情を曇らせる。何発打ち込んでも、相手を倒せる気がしないのだ。

(私の打撃が……覇王流が通用していない!?)

「……よく組み立てられた」

「!?」

「完成度の高い技術体系ではあるが」

「"遊戯"の域は出ていない」

「……!!」

ジャックの挑発に、アインハルトの矜持が沸騰する。彼女にとって覇王流とは、自分だけでなく祖先と共に育んだ誉れ。
余裕ぶるジャックに、アインハルトはジョーカーを切った。


(……繋がれぬ拳<アンチェインナックル>!)


完全な停止状態から、魔力衝撃波で急激に加速し炸裂する、回避不可の拳。
必勝の意気で撃ち込みし奥義……しかし。

「いいパンチだ」

「ッッ!」

あのエースオブエース、高町なのはですら初見では被弾したその業を、ジャック・ハンマーは避けずに掴み取っていた。
アインハルトが腕に残留した魔力を地面に叩き込み、土煙を上げる。
握られた腕に力が込められる刹那……利き腕を潰される直前に、アインハルトが逃れられたのは幸運でしかなかった。
だがその幸運を活かせるのが、覇王の後継者たる所以、先祖代々に渡り受け継がれた戦闘勘。
アインハルトは即座に戦闘を切り上げ、池田を担ぎその場を走り去る。
土煙が晴れたとき、その場に残るはジャックのみ。

「……今のが魔術か」

一人たたずむジャックは、先の女が見せた不可思議な現象を噛み締めていた。
支給品の一つに、それらしい説明がついたアイテムがあったための推測。
にわかには信じられなかったが……と、そのアイテムを取り出す。
刻印虫。魔術の大家が作ったという、魔力を秘めた異形の蟲。
ピチピチと蠢くそれを瓶から一匹取りだし、口に放り込んでモニュモニュと噛み潰し、飲み込む。
なるほど、先程アインハルトに撃ち込まれた魔力のような不思議な感覚が、ジャックの口内に広がったではないか。

「……消えた」

しかし、その魔力がジャックの身体に残ることはない。魔術回路を持たないジャックには、魔力を肉体に留める術がないのだ。
ただ濃いだけの後味を残し、ジャックは物思いにふける。
範馬勇次郎を倒す、それだけがジャックの存在理由だ。
己の力を増す可能性があるアイテムを得るため、関係のない人間でも迷いなく殺す。
自分と同じく勇次郎に呪縛された弟であっても、それは変わらない。信愛の情がないわけではないが、そんなものに縛られていては勇次郎には決して勝てないのだ。

「勇次郎の前に立つ……」

ジャックの呟きは、闇夜に溶けて消えた。

【F-1/道路/一日目・深夜】
【ジャック・ハンマー@グラップラー刃牙】
[状態]:健康、満腹
[服装]:ラフ
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:刻印虫@Fate/Zeroが入った瓶(残4匹)
[思考・行動]
基本方針:勇次郎を倒す
   1:出会った人間を殺害し、カードを奪う
   2:勇次郎を探す
[備考]
※参戦時期は少なくともマックシング前。

「しっかりしてください、しっかり……」

安全な場所まで逃げられたと判断したアインハルトは、池田を介抱していた。
だがそれには殆ど意味がない。池田の命は、今にも尽きようとしている。
虚ろな目を泳がせながら、池田は最後の命の綱、とばかりに子供の姿に戻ったアインハルトの手を握りしめていた。
アインハルトは己のふがいなさを責める。デバイスがなかったから等と言い訳はしない。
ジャックを倒せていれば……いや、最初から逃げていれば池田は救えたかもしれない。
戦いを選んで力及ばず、流派に泥を塗り、助けようとした人間をも死なせる。
まさに大失態、先祖にも友人にも顔向けできない、と考えるほどの自己嫌悪。
胸一杯にたまったその感情が、池田の最期と同時に決壊する。

「死……にたく……ない……し……」

「あ……ああ……」

池田の瞳孔が開いていく。魂が、カードに封じられ腕輪から剥がれ落ちる。
アインハルトは、そのカードを空中で掴もうとし……取り落として、叫び声を上げた。

「う゛わあ゛ああああ゛ああ゛あああ……」

どれだけ涙が流れても、失われた命は戻らない。

  【池田華菜@咲-saki- 全国編  死亡】
  【残り66人】

【F-2/森/一日目・深夜】
【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:魔力消費(小)、強い自己嫌悪
[服装]:制服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(20/20)、青カード(20/20)
     黒カード:1~5枚(自分に支給されたカードは、アスティオンではない)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止める。
   1:仲間を探す。


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ジャック・ハンマー 041:LOVELESS WORLD
池田華菜 GAME OVER
アインハルト・ストラトス 023:華の行方

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最終更新:2015年08月16日 16:57