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それは、ふわふわとした夢のような、夢というよりは単なる記憶のようなものだったのかもしれない。

場所はいつものラビットハウス。

チノがいて、ココアがいて、千夜とシャロがやってきて……自分がカウンターの奥からそれを見ている。

何十回も繰り返された、いつのものかもはっきりしない光景。

天々座理世は、そんな記憶の中を漂っていた。




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「……」

ぼんやりと目が覚めると、土の匂いが鼻についた。
ここはどこなのだろう。自分たちは確か、旭丘分校に向かっていたはずなのではなかっただろうか。
そうだ、思い出してきた。6人で牛車に乗っていたら、途中で金髪の剣士みたいな人が襲ってきて、それで逃げようとしたら、空から――

「――っ!!」

「リゼさん!」

飛び起きた理世に、遊月が駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか? これ、飲んでください」

遊月は青のカードから缶入りの紅茶を取り出し、プルタブを開けて渡す。言われるままに口を付けると、少し濃い砂糖の味が広がっていく。
自分が気絶した前後の記憶は今一つ思い出せないが、少なくとも今の意識ははっきりしている。表面上は落ち着いた態度を見せている理世に、二人は安堵した。

「なるべく早くここを出るぞ」

自らも酒の空き瓶を放り投げながら、承太郎が遊月に目配せする。放送は聞き逃したが、脱落者と禁止エリアの確認は既に済んでいる。
衛宮切嗣。越谷小鞠殺人事件の容疑者筆頭。もっともあの場から逃げた時点で「クロ」だともいえるが、自らが裁く機会を逸したまま終わりを迎えてしまったのが惜しい。
ホル・ホース。DIOの配下であり、自分たち一行を二度に渡って襲撃してきた相手。打算で動くタイプであり、この場ではDIOと組んではいなかったのかもしれないが、ひとまずDIOの戦力の一つを削れたのは僥倖といえる。
宇治松千夜。理世と智乃の友人がどこかで命を落とし、理世はとうとう一人になってしまったことになる。……このことは理世には、できれば今の戦いにケリがついてから教えたい。

多大な犠牲を払いながらも襲撃者のうち一人、セイバーを倒した。だが、状況は油断できるものでは全くない。
ラビットハウスを出たときには6人の大所帯だった集団。それが今や2人を失い、3人と1人に分断された上、多大な疲労と手傷を負っている。
襲撃者の片割れ、纏流子は生き残っている。風見雄二が足止めに成功したものの、彼は生身の人間だ。1対1の戦闘では持ちこたえられず、早晩その骸を晒すこととなるだろう。
さらにDIOも針目縫も未だ生き残っている。この島には依然として安全地帯はなく、一人片付けたからといって安心のできる状況ではないのだ。

「――うん」

それを理解しているからこそ、遊月も頷く。
風見雄二を放ってはおけない。最初の襲撃があった場所に一刻も早く戻り、彼を助けなければいけない。
何とか格好つけてはいるが、内心はぐちゃぐちゃだ。血を流して倒れる智乃の姿は今でも目から離れないし、るう子のことだって気にかかって仕方がない。
それでも、今すべきこと、しなければいけないことは理解していた。
所詮、数時間を過ごした程度の仲だ。雄二がどんな人間なのかは、遊月には分かろうはずもない。けれど、彼女はもう目の前で命を失いたくなかった。
自ら戦場に行かせた言峰綺礼の命が果てた。彼が逝ったときの、胸に大きな穴が空くような感覚が忘れられない。
ただの善人ではないように思えた。けれど、彼にだって大切なな人間がいたはずだ――自分にとっての香月のような。
纏流子は怖い。けれど、智乃や言峰のような犠牲が出ることのほうがもっと怖い。だから、ぐちゃぐちゃな心を押さえつけて、立つ。

こうして、せわしなく出立の時が近付く。





だが、気ぜわしくも鋭い緊張感を孕んだ二人の間の空気を、



「――ちょっと、待ってよ」



かすかに震えた、底冷えのするような声が切り裂いた。





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天々座理世は、普通の少女だ。

もっとも、彼女を普通と称するのはやや語弊があるかもしれない。
モデルを依頼されたこともあるほどのプロポーション、長身、艶やかな黒髪。そうしたことを一切鼻にかけないさっぱりとした男勝りな性格と、それとは対照的なお嬢様育ち。
通う女子校ではとても人気があるし、今はもういない紗路は事実、彼女に対して恋慕に近いであろう感情を抱いていた。そうした者はほかにもいたかもしれない。
彼女を目当てにラビットハウスに訪れる客だって男女を問わず少なくないはずだ。彼女自身ががそうしたことに自覚があるかは少々怪しいものがあるが。
こうした側面を切り取ってみれば、天々座理世は普通ではない、非凡な容姿と能力を持った少女といえるだろう。

だが、一人の少女としての非凡さは、このバトル・ロワイヤルという究極の非日常に対する順応性があることを意味するわけではない。

確かに、射撃を趣味としモデルガンをいつも持ち歩き、自分専用のガンルームまで構えている点は普通とはいえないだろう。
だがそうしたことの根底にあるのは、あくまでも軍人である父親に対する尊敬と思慕の念だ。
少女は年頃になれば、父親に対しては反発することが多いという。が、反対に幼少期からの父親に対する思慕が残り続け、むしろ成長に従って強くなることもある。
理世もきっとそんな一人だったのだろう。だからこそ幼いころから今まで父親の後について、時には過激なほどの教えを受けながら射撃を身に付けてきたし、高価なワインを割ってしまったときには特別にアルバイトをして返そうとまでした。
射撃を趣味とし、たびたび軍隊のようなノリでの発言をすることもあるが、それは悪く言えばお遊びであり、事実として彼女自身もあくまでごく一般的な女の子になりたがっている。
もちろん銃を本当に人に向けることなど考えられないし、考えたくなかったはずだ。もしも彼女が同じように軍人になりたいと言い出したら、父はきっと諭すだろう。人の命を容易く奪う道具を持つことの意味を。

彼女は死を自分の間近に感じたことなんてない。
スタンド使いやバーテックスや天人や賞金首や生命戦維やテロリストやグラップラーと戦ったことなどあるわけがないし、カラーギャングがうごめく夜の街に出ることなど想像の埒外だ。それどころか、スクールアイドルや麻雀や格闘技の大会を目指したりするような、些細な非日常に飛び出したこともない。
大それた望みなんて何もない。あるとすればただ、ラビットハウスでの日常だけを守りたかった。
いわば、この会場に集められた70余人。理世たちは、真の意味で非日常と縁の遠い参加者の一人だったといえるのかもしれない。





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「――ちょっと、待ってよ」



そして場面は戻る。



「どうした、天々座」

「チノは!? チノはどうしたんだ!?」

承太郎の訝しげな問いかけが終わるか終わらないかのうちに、理世が勢い込んで聞き返す。

「……」

それに承太郎は一瞬顔をしかめたが、

「香風は死んだ」

しっかりと理世の目を見据えて、言い放った。

「――っ!!」

息を飲む。体の震えが止まらない。
唇を血がにじむほどに噛みしめ、メイド服の白いエプロンの裾を破れそうなほどにぎゅっと握りしめる。

そのまま沈黙が数十秒続いただろうか。
うつむいていた理世が、はっとしたように顔を上げる。

「じゃ、じゃあ、チノのした……、チノは今どこにいるんだよ?」

死体、という言葉が出かけたものの、理世は再び勢いこんで問いかける。
2人は再び目配せしあい、今度は遊月が細い声で答えた。

「チノさんは…………置いてきた。……ごめん。……4人でここまで来るのに精一杯だった……」

遊月は消え入りそうな声で、最後に再び、ごめん、と言った。

「――そんな……」

その言葉に理世は、一歩、二歩、後退する。
そのまま数秒が経過し――突然、駆けだそうとした。遊月は慌てて彼女の袖を掴む。

「待て、天々座!」

「リゼさん、待ってください! まだ敵が、危な――」



「なんでそんなに冷静なんだよっ!!!」



二人の言葉を遮り、怒声が響き渡った。





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繰り返すが、天々座理世は普通の少女である。

表面には出したがらないけれどかわいらしいものが大好きで、部屋にはうさぎのぬいぐるみが飾ってあるし、普段はボーイッシュな服装ばかりしていても内心では女の子らしい服に興味津々で、今着ているメイド服を雄二から渡された時も実は心が躍っていたりしたし、
歯医者が苦手だったりするし、プールで遊んだりするときは柄にもなくテンションが上がってはしゃいだりするし、かわいい後輩たちが自分を慕ってくれたり、ラビットハウスの客が自分のことを噂していたりしたら、決して満更でもなかったりするし、
きわどい衣装を着れば顔を真っ赤にするし、部屋に黒い害虫が出てくれば大騒ぎするし、褒められれば目に見えて嬉しがるし、馴染みの小説家が仕事をやめたいと言い出したらちょっと本気で怒ったりするのが天々座理世だ。
どんなに美少女で、美人で、格好よくて、頭がよくて、優秀で、気品があって、エキセントリックで、浮世離れしていて、どんな事態にも慌てずに対処してくれそうだと思われていたとしても、
彼女は等身大の一人の女の子なのだ。

バトル・ロワイヤルが始まってからもうすぐ1日。
そんな天々座理世は、必死に戦い続けてきたといっていい。
特に針目縫との戦いにおいては、銃弾を眼に的中させるという離れ業を演じてのけてもいる。たとえ訓練されたプロであっても、実戦経験が皆無であれば標的に銃弾を当てることは容易ではないのだ。
普通の少女である理世に、どうしてそのようなことができたのか。

その答えは決まっている。香風智乃をはじめとしたラビットハウスに集まる面々を守りたいという思いがあったからだ。
マスターや小説家を覗けば、理世はおなじみの面々の中では最も年長だ。もちろん射撃の腕前のこともあるし、長年の鍛錬で体力そのものも間違いなくダントツだ。
だから、こうした凄惨な場におかれたら、みんなを守りたいと思うのはごく自然なことといえるだろう。特に智乃と再開を果たしてからは、そうした思いは一層強くなったといっていい。

加えて、理世はこのバトル・ロワイヤルの参加者たちの中で、最も「守られて」いたといっていい。
開始直後に出会った風見雄二。彼は超人的な異能こそないものの、戦闘や射撃、隠密行動の経験が豊富な頼れる男であった。
その後に特に長く行動していた折原臨也と衛宮切嗣……はともかく、言峰綺礼と空条承太郎の二人も同様に頼れる男だったし、実際に恐ろしい敵を撃退してもいる。
これだけ力だがれば。ひょっとしたら、みんな守れるのではないか。そんな希望を抱いてしまったとしても、責められる者がいるだろうか。

しかし現実は甘くはない。
心愛が、紗路が、彼女の手の届かないどこかで命を落とした。
二回目の放送で彼女たちの名前が呼ばれた瞬間、理世は比喩ではなく心臓が凍り付くかと思った。怖かった。自分もあと何分か後には彼女たちと同じように、死んでしまうかもしれないということが。
なんで。どうして。本当はそう喚いて泣き叫びたかった。

けれど、懸命に耐えた。目の前に智乃がいたから。
心愛の死を知った智乃は、目に見えて力を失い、現実をしっかりと見ることができないほどに弱々しくなっていった。
彼女の前でそんな自分の怯える姿を見せたら、ますます不安にさせ、怯えさせてしまうだろうから。
……偽りの『姉』である彼女に、少しだけ嫉妬を覚えなかったといえば嘘になるだろうけれど。

いわば、特に第二回放送からあとの理世は、智乃を守ることで自分自身を守っていたともいえるだろう。
それは決して欺瞞でも偽善でもない。普通の少女である理世が極限状態で自分を保つためには、必要不可欠といってもいい行為だった。

こうしたことを振り返ってみると。

天々座理世の中にある、最後の一線を保っていたものが壊れてしまったのは。
目の前で香風智乃が命を落とした、あの瞬間だったのだろう。





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「天々座!」

「リゼさん! お願いです! 落ち着いてください!」

「離せっ! 落ち着いてられるか、こんなのっ!」

空条承太郎はもちろん、戦いの中を生きる男だ。あらゆる点で覚悟ができている。
そして紅林遊月もこれまで、セレクターバトルという一種の非日常の中を生きてきたといっていい。それに加えて、彼女はこの殺し合いに放り込まれて以降、幾多の危険をやり過ごしてきた。
針目縫による監禁を抜け出した。
ジャック・ハンマーとの遭遇を回避した。
再度の針目縫による襲来を退けた。
そして、絶体絶命に思えたセイバーと纏流子による襲来をも犠牲を出しながらも退け、こうして生きながらえている。
元の世界での経験に加えてこの短時間でこれだけの経験を積めば、本人が意識せずとも異常事態への耐性が身に付いていくのは必然であった。
それに加えて、今に至るまでるう子が生きているというのも大きいだろう。

「おかしいだろ!? みんなが、チノが死んだんだぞ!」

それゆえに、噛み合わない。
激昂する理世と、落ち着かせようとする遊月と承太郎。その間に、何か取り返しのつかない、致命的な食い違いが生じつつあった。

「何でそんなに澄ました顔してるんだよっ! 泣いたって喚いたっていいだろ! 当たり前だろっ! ふざけるなよっ!」

視界がぼやけていく。理世自身、悲しみだとか、怒りだとか、何もできなかった自分に対する苛立ちだとかが入り混じって、もう自分が何を言ってるかがよく分からない。

「リゼさん! チノさんだってこんなことはきっと望んでないです! だから、どうか今は――」

「うるさい! ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに、そんなこと言われたくないっ!!」

「――っ!!!」

今度は、遊月の息が止まる番だった。

「あ、あ、わたし、その」

「その辺にしておけ」

呆然とし二の句が継げない遊月をかばうように、承太郎がなお荒い息をつく理世に話しかける。

「悪ぃが、俺たちには余裕も時間も残ってねえんだ。
 ……あんまり、手をかけさせないでくれねえか」



それが、最後の引き金だった。



「……あ」

乾いた声が響く。

「そう、なんだ。二人とも、わたしが、邪魔、なんだな」

「おい天々座、そんな――」

「もういい! 勝手にしろよっ!」

理世はそう叫ぶと、未だ混乱がおさまらない遊月に何かを投げつけた。

「きゃっ!?」

「天々座ッ!」

そして2人がはっとした時にはすでに遅く、理世の姿は2人の予想をずっと超える速さで夜の闇に消えた。

「紅林っ!」

見えなくなってしまった理世の姿に舌打ちしながら、承太郎は頬を抑えて呆然とする遊月の元に駆け寄る。

「リゼさん……リゼさんが……」

譫言のように繰り返す遊月の傍らには、先ほどまで理世が持っていた紅茶の空き缶が落ちている。
まだ中身の入っていたこれを投げつけたのだ。大事がないのを確認すると、理世を追いかけようとし――しかし、低い声を上げて立ち止まってしまう。

「承太郎さん!」

悲痛な声を上げながら、今度は先ほどとは逆に遊月が承太郎に駆け寄る番だった。
今は強敵を退けたあとのいわば小休止の時間。それから準備もなく急に全力で追いかけようとしたのが災いし、傷が少し開いてしまったのだ。

「クソっ……」

毒付き、手近にあった城の壁を殴りつける承太郎。

「承太郎さん……」

遊月はそんな承太郎にかける言葉もなく、見守ることしかできなかった。



空条承太郎は、強い男だ。

それは最強のスタンドともよばれるスタープラチナを持っているという意味だけではなく、真の意味で強い男だ。
常に最適な解を選び出し、敵の隙を突く判断力。どんな絶望的な状況に置かれても屈しない精神力。後には海洋学者として活躍するほどの頭脳。
しかしそんな承太郎といえども決して完全無欠ではなく、短所といえるものは存在する。

空条承太郎は、ウットーしい女が苦手だ。

断っておくが、彼は女にもてないないわけではない。むしろ独特のいかつい風貌に惹かれる女性は数えきれないほどで、、街を歩けば彼の姿にひそかに声を立てる女性も多い。
だが異性に好かれることは、必ずしも異性の扱いが上手なことを意味しない。
例えば今こんな風に、目の前で取り乱されたり泣かれたり、あるいは現実から目を背けた言動をされたりすると、どうしてもその場で苛立ってしまう。
自分の隣に立つ女は、自分のペースに、強さに文句を言わずついてこれるような女であってほしい。

そういう意味では、天々座理世は図らずも承太郎の求めるものに合った少女であったといえるだろう。
実際、ともに過ごした時間は短いとはいえ、彼女は戦闘も含む承太郎のペースによく付いてきた。
簡単には折れない強い女。それが無意識に感じていた、天々座理世という少女に対する承太郎の印象だったといえる。傍目には信じがたいが同年代の二人でもあり、こんな状況でなかったらより強固な絆を築けていたのかもしれない。
それに加えて、一条蛍が同様に近しい者の死から立ち直ることのできたのを見ていたことも、この場では良くない方向に作用してしまったのかもしれない。
理世よりも幼い彼女が立ち直れたのだから、理世だってきっと大丈夫。そんな思い込みがあったのは、否定することはできないだろう。
だからこそ、彼女が先ほどのように取り乱し、あまつさえ逃げ去ったことは、承太郎にとっては少なくない動揺を与えていた。かけるべき言葉を失した。

もしも彼の仲間がここにいれば。
ジョセフ・ジョースターならば、その経験と知恵で彼女を立ち直らせてみせただろう。
花京院典明やジャン・ピエール・ポルナレフならば、傷付き迷う彼女をエスコートしてみせただろう。
アヴドゥルならば、タロットカードなどを取り出しつつ占い師として彼女を導いてみせただろう。
イギーならば、飛びかかって彼女が笑い出すまで顔を舐めまわし、暗く重い雰囲気をぶち壊してみせただろう。
しかし、彼らはここにはいない。
三人の間の致命的な食い違いが招いたこの状況は、自分の力で何とかしなければならない。



遊月は声を押し殺して泣いていた。
チノが死んだ。言峰が死んだ。信じられると思っていたリゼまで行ってしまった。
ついさっきまで自分の周りには五人もの仲間がいてくれたのに、ここにいるのはぼろぼろになった二人だけ。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。大切な人を、大切なものを守りたいという思いは同じだったはずなのに、どうしてこんなにも食い違ってしまったのだろう。

『ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに、そんなこと言われたくないっ!!』

頭の中では、リゼの言葉が渦巻いていた。
チノの姉のふりをしながら、自分はいったい何をやっていたのだろう。
あのとき自分が前に出てかばっていれば。そもそも自分が知りもしないココアのふりなどしていなければ……
今の自分をるう子が、一衣が、香月が見たら、どう思うのだろう。とめどない後悔が頭の中で渦巻き、どこまでも消えてくれない。現実逃避の代償はあまりにも重く冷たく、容赦がなかった。

涙が止まらない遊月の頭に、不意に大きな手が乗せられた。

「紅林、お前は天々座を追ってくれ」

「え……」

「俺は風見に加勢しに行く。全部終わったらまたこの城に来てくれ。……今の俺じゃ天々座を説得なんてできねえし、何よりもう時間がねえ」

その言葉に遊月は、迷った。理世がああなってしまったのは、自分のせいだ。だからもう一度謝って、説得して、戻ってきたい。
けれど、今の承太郎を再び一人で戦場に立たせるのも、同じくらい怖かった。傷を負いすぎているし、何より今まで感じられなかった、焦りのような感情が浮かんできているのがはっきりとわかる。

「頼む。……このままじゃ、言峰の死が無駄になっちまう」

怖かった。
二人の命を左右しかねない重大な決断が、まだ中学生に過ぎない自分の肩に乗せられている。紅林遊月はそれがどうしようもなく怖かった。
しかし、ここは一秒でも早く決断を下さなければいけない場面だった。


「――……あ、私、は――」





【G-4城周辺/路上/夜中】

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、精神的疲労(小)、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、左腕・左肩に裂傷(処置済み)、出血(大)、強い決意、焦り(中)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(37/38)、青カード(35/37)、噛み煙草(現地調達品)、不明支給品0~1(言峰の分)、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0~2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ、約束された勝利の剣@Fate/Zero、レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:理世はいったん遊月に任せ、風見の下へ向かいたいが……
   1:回収した支給品の配分は、諸々の戦闘が片付いてから考える。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。また、少なくともDIOは真犯人でないと確信しました。
※第三放送を聞いていませんが、脱落者と禁止エリアは確認しています。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(中)、精神的疲労(大)、リゼの言葉に対する動揺(大)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:冷静にならなきゃ……!
   1:どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていませんが、脱落者と禁止エリアは確認しています。





時間は遡る。コシュタ・バワーを操り、ラビットハウスを目指す平和島静雄の姿が路上にあった。

彼は慣れ始めたと思ったはずの運転に苦戦していた。
これは当然といえる。今は夕方に近づきはじめた時間帯だ。薄暮の時間帯は最も注意力が散漫になり、事故が増えるという。運転に慣れたドライバーであっても、注意しなければいけない時間だ。
まして、静雄はペーパードライバーですらなく、ハンドルをまともに握ったことすらない全くの素人だ。闇が濃くなっていくにつれ、徐々にその走りはのろのろと遅くなっていく。
加えて、これはコシュタ・バワーに特有のことだが――この車にはライトがないのだ。おまけに、主催者の嫌がらせのように街灯もまばらときている。
こんな代物蟇郡はどうやって運転していたんだ、こりゃあもう車を使わずに歩いちまった方がいいか――苛立ちつつもそんなことを考え始めていた。

助手席の少女、一条蛍は、必死に運転に集中する静雄を気遣いながら、夕暮れに染まっていく空を時折見上げていた。
雲の上に、月が見え始めている。あそこで輝いているのは学校で習った一番星、金星なのだろうか。
それは綺麗だった。殺し合いの最中だというのに、吸い込まれるような錯覚を覚えた。――まるで自分の帰る場所の空のようだと、蛍は思った。



『今晩は。三回目の定時放送の時間よ』



びくりと体が跳ねる。まさにそう思った時、放送が始まったのだ。

「平和島さん……!」

「ああ」

二人は目配せしあう。やがてブレーキがかかり、車がゆっくりと止まる。
完全に止まる頃には、放送はすでに死者の発表に入っていた。

【衛宮切嗣】

二人の知る名前、今は分校で骸を晒している男の名前が読み上げられた。
エルドラの話では、正義の味方と呼ばれたことに怒りを覚えていたという彼。疑念だけを汚れのように残し、一人で勝手に逝った彼。

(……結局あんたは、何がしたかったってんだよ……?)

【東條希】

だが、それを考える間もなく、次なる知る名前が読み上げられる。
彼女がどこでどのような結末を向けたのか……それには、静雄はあまり興味は持てなかった。ただ、彼女が自身を殺そうとしたことを、蛍が知らずにいればそれでいい。
そして、最後にある一つの名前が読み上げられる。

【香風智乃】

「えっ……」

読み上げられた瞬間、蛍の体が硬直した。

「うそ……」

チノが死んだ。
安心できる相手だった。元の世界に帰ることを誓い合って、一緒に眠った彼女が死んだ。
本当なら今頃、あのラビットハウスで一緒にココアを飲んでいるはずだった彼女が死んだ。

「あ、あ、わたし……」

「ホタルちゃん!」

静雄は身を挺し、震える彼女をかばう。彼には香風智乃がどんな少女だったのかは分からないし、蛍との仲など知らない。
けれども、静雄はこうしてショックを受けている少女を見放しておけるような男では断じてない。

どれほどそうしていただろうか。

「大丈夫、です……」

震えが収まり、そっと静雄の肩に掌を押し付ける。

「行きましょう、平和島さん」

そのころにはもう、周囲はさらに暗さが増していた。
記憶が確かならば、彼女の傍には風見雄二と、天々座理世がついていたはずだ。彼らに何があったのだろう。とても心配だった。

「ごめんなさい……」

必死に平静を保っていたが、蛍の心中はぐちゃぐちゃだ。顔の何筋もの涙の後を、もう濡れてしまった袖でぬぐう。

「わたし、間に合わなかった……っ、間に合わなくて、ごめんなさい、チノさん」

蛍は顔を上げる。その悲痛な様子に、静雄の苛立ちはますます強くなった。

(クソッ……)

怒りと、繭への殺意を必死に押し隠しながら、ごまかすようにため息をつく。
思えばこの殺し合いが始まってこのかた、小鞠といいあの金髪の少女といい、犠牲になるのは幼い少女ばかりだ。殺し合いなんていうのは、自分やあのノミ蟲のようなクズだけでやりあっていればいい。
なぜ何の罪もない子供たちが死ななければいけないのか。そんな思いを何とか押さえつけて、エンジンを踏み込もうとし――

「……暗いな」

周囲がすでに真っ暗といえるほどの暗さになっていることに、静雄は初めて気が付いた。

「なあ、ホタルちゃん」

二人の視線が合う。

「……歩くか」





*





どれほど歩いたのだろう。季節はなぜかよく分からないが、蛍には夜の風は嫌に冷たく感じられた。青のカードから出した温かい飲み物で、二人は時折体を温める。
二人の間には相変わらず、ろくな会話もない。先ほどかばってくれたことからも分かるように、一応の信頼関係のようなものはできているものの、共通の話題のとっかかりが見つからないのだ。
ふと、小鞠との思い出――大切な思い出のことが頭をよぎった。あの時もこんなふうに、星空の下を二人で歩いた。その記憶が、チノを失った悲しみが未だ癒えない自分の心を少しだけ慰めてくれている気がした。

「あの~お二人さん、ちょっといいですかね~……?」

急に響いた二人のどちらのものでもない声に、蛍の体が再び跳ねた。

「……何だよ」

「あっちの方角から、かなり濃い魔力を感じまして、一応教えておこうかと」

声の主はブルーリクエストのデッキ――エルドラのものであった。彼女は言った通り、周囲からルリグの魔力の探索を行っていたのだ。

「あっちって、一体どっちだよそりゃ」

「ええと、ちょうど進行方向の……たぶん、東の山のほうですね」

「……ルリグ? だったか、そいつの気配なのか」

「うーん、ルリグの気配はよくわからないですね……ただ膨大な魔力が弾けてるっていうか、そういうのを感じます」

その言葉に二人のの視線が合う。
ラビットハウスは9時からの禁止エリアに指定された。そこにいた面々は移動するはず。その時彼らが向かう候補は、蛍と臨也が向かった分校が真っ先に上がるだろう。
だから、こちらもラビットハウスを目指して自然と鉢合わせの形になるだろう。今の二人はそういう考えで動いていた。
二人には魔力云々というのは分からないが、とにかくそこが危険ということは分かる。

「気をつけようか、ホタルちゃん」

二人は再び歩き出す。



そのまま、地図上では「H-4」の路上に入ったころだろうか。何かの気配を感じ、二人の間にはまたしても緊張が走った。
気配はちょうど、問題の城の方角から漂ってきた。しかし、敵意は感じられない。むしろ怯えているような、焦っているような気配が伝わってくる。

「……おい」

軽く静雄がそちらに向かって声をかけると、ガサリという音とともに気配の主の姿が一瞬見えた。

「えっ……リゼさん!?」

かすかに見えたその姿に、驚いたことに蛍の反応があった。自分と同じくらいの長身にメイド服。共に過ごした時間はわずかだったが、その姿は見間違えるはずがなく、ラビットハウスであった少女――天々座理世のものであった。

「待ってください、リゼさん!」

声をかけるも、あっという間に走り去ってしまった。ちょうど山沿いに、自分たちの進行方向と同じくラビットハウスのほうを目指しているようだ。

「知り合いかよ!?」

「はい、リゼさん……ラビットハウスで会った人です」

どうすべきか。彼女を追うべきか。それとも、問題の城の方へ向かうべきか。
ラビットハウスで待っていると言ったはずの彼女が、どうして一人でこんな場所にいるのか。やはり何かがあったのか。
それに加えて。静雄は自分がこれから進む方向だったはずの、「H-5」方面の路上を見やる。
蛍はまだ気付いていないが、不自然に明るい光が、いびつな形に点滅していた。それはバンの四人組の一人が使う炎を連想するまでもなく、明らかに火事だった。

どうすべきか。敵が待つかもしれない城へ向かえばいいのか、それとも理世を追って話を聞くべきか。しかし、そちらにも敵は待ち構えているかもしれないのだ。



二人は同じような胸騒ぎがした。嫌な予感に包まれていた。どちらに進んでも悲劇が待っているような、そんな予感が。



【G-4とH-4の境界付近/夜中】


【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:東條希への苛立ち、全身にダメージ(中)、疲労(小) 、やり場のない怒り(小)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(6/10)
    衛宮切嗣とランサーの白カード
    黒カード:縛斬・餓虎@キルラキル、 コルト・ガバメント@現実、軍用手榴弾×2@現実、コシュタ・バワー@デュラララ!!、不明支給品0~1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。
  1:理世が出てきた方向(城)へ向かうか、このまま理世を追いながらラビットハウス方面へ向かうか?
  2:小湊るう子と紅林遊月を保護する。
  3:テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  4:1と2を解決できたら蟇郡を弔う。
  5:余裕があれば衛宮切嗣とランサーの遺体、東條希の事を協力者に伝える。

[備考]
※一条蛍、越谷小鞠と情報交換しました。
※エルドラから小湊るう子、紅林遊月、蒼井晶、浦添伊緒奈、繭、セレクターバトルについての情報を得ました。
※東條希の事を一条蛍にはまだ話していません。
※D-4沿岸で蒼井晶の遺体を簡単にですが埋葬しました。
※D-4の研究室内で折原臨也の死体との近くに彼の不明支給品0~1枚が放置されています。
※衛宮切嗣、ランサーの遺体を校舎近くの草むらに安置しました。
 影響はありませんが両者の遺体からは差異はあれど魔力が残留しています。
※校庭に土方十四郎の遺体を埋葬しました。
※H-4での火災に気付いています。


【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、精神的疲労(中)、静雄に対する負い目と恐怖(微)
[服装]:普段通り
[装備]:ブルーリクエスト(エルドラのデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、
    ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
    蝙蝠の使い魔@Fate/Zero、ボゼの仮面咲-Saki- 全国編、赤マルジャンプ@銀魂、ジャスタウェイ×1@銀魂、
    越谷小鞠の不明支給品(刀剣や銃の類ではない)、筆記具と紙数枚+裁縫道具@現地調達品
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   1:リゼさん……何があったんだろう。
   2:何があっても、誰も殺したくない。
   3:余裕ができたら旭丘分校へ行き、れんちゃんを待つ
[備考]
※旭丘分校のどこかに蛍がれんげにあてた手紙があります。内容は後続の書き手さんにお任せします。
※セレクターバトルに関する情報を得ました。ゲームのルールを覚えている最中です。
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣、平和島静雄、エルドラと情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。現状他の参加者に伝える気はありません。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

※エルドラの参加時期は二期でちよりと別れる少し前です。平和島静雄、一条蛍と情報交換しました。
 ルリグの気配以外にも、魔力や微弱ながらも魂入りの白カードを察知できるようです。
 黒カード状態のルリグを察知できるかどうかは不明です。





「はぁ、はぁ……」

少女は走っていた。何かから、自分の罪から逃れるかのように走っていた。

(蛍、ちゃん……)

一瞬だったが、見覚えがある顔だった。というより、当初は彼女を救出するために分校に向かっていたはずではなかったのか。そんなことがもう、遥か遠い昔に思える。
ただ怖かった。彼女と会ったら、何があったのか全部話さなければいけない。それは事実も自分の無力さも、何もかも直視し、認めることに他ならないから。

(帰り、たい……)

ラビットハウス。日常の象徴。みんなの、自分の宝物。ふわふわとした夢に浸っていられる場所。今はただ、そこに帰りたい。
そこがもはや禁止エリアと化したことにも気付かず、彼女が思うのはただそれだけだった。



【G-5/夜中】

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:現実逃避、疲労(極大)、精神的疲労(極大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:ラビットハウスに帰りたい。
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。


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186:GRAND BATTLE 天々座理世 191:少女/芝居と師弟
186:GRAND BATTLE 紅林遊月 191:少女/芝居と師弟
186:GRAND BATTLE 空条承太郎 200:死者は交叉への標
168:夜へ急ぐ 平和島静雄 191:少女/芝居と師弟
168:夜へ急ぐ 一条蛍 191:少女/芝居と師弟

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最終更新:2017年08月20日 08:51