前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA


 数度の激戦を経て瓦礫の山と化した放送局。
 そこでは勇者と悪魔が、つかの間の休息をしていた。
 両者は共に疲労困憊、満身創痍。回復するには時が要る。
 とりわけ勇者は身体(からだ)よりも精神(こころ)に重篤な傷を負わされた。
 化け物相手に華を散らして奮戦した少女は、目覚めて何を想うのか。







――人にはそれぞれ生まれた意味、背負った役割がある。



――聖女、ジャンヌ・ダルクがあるとき口にしていた言葉だ。



――これは夏凜殿にも通じるのではないかな?



――聖女と勇者は、どちらも国のため、世界のために生きる者。



――己の役割を考えれば、前向きに行動できるのではないかな?







 辺り一面、瓦礫しかないその場所で、地面にあぐらをかいて座り込む影がひとつ。
 悪魔・アザゼルはじっと目を瞑り、悪魔の如き少女・繭の声に耳を傾けていた。
 生意気な声で告げられていく、禁止エリアに死者の名前。
 沸き立つ苛立ちをどうにか抑えて、内容に集中する。


『また放送が聞けるといいわね』


 こうして第三回放送を聞き終えたアザゼルは、改めて怒りと焦燥を覚えていた。
 重要視したのは、アインハルト・ストラトスとホル・ホース両名の死亡。
 そして、名前が呼ばれないことから逆説的に判明する、ラヴァレイの生存。
 手にしていた駒のうち二つが永久に使えなくなり、疑惑を向けていた騎士の謀反がより濃厚になった。


(参加者が減る速度が速すぎるのも考え物だな)


 今後利用することも視野に入れていた賞金首の男やゾンビ娘を含めて、死亡者は十五人。
 第一回の放送から、参加者の死ぬペースが殆ど変化していない。
 人間風情がいくら死のうが悲しみはないが、有用な参加者が減るのは問題だ。
 参加者の残り人数を数えると、なんと二十四人。
 DIOや縫い目の女のような『乗っている』者、あるいは『力のない』者もいると考えれば、利用できる人数は更に減る。
 繭に一泡吹かせる目的が、より困難になるかもしれない。


(セレクターが死んでいないだけでも僥倖、か?)


 この殺し合いを打開する鍵となるだろう少女たち。
 三名のセレクター、小湊るう子と浦添伊緒奈、そして紅林遊月は未だ生存している。
 倒壊した放送局に戻ってこないのは、何者かに捕らわれたか、動けない事情があるか。
 すぐにでも探しに行きたいが、それには人員が足りない。
 この場所にはアザゼルと、傷ついた少女が一人しかいないのだ。
 せめてセルティがいれば。そう考えながら、すぐ隣で仰向けに横たわる少女――三好夏凜を見る。
 すると、タイミングよく夏凜が目を開けた。


「目覚めたか」
「……放送は?」
「なぜ俺が説明する必要がある。自分の眼で確認するがいい」


 アザゼルは夏凜に優しくする気など皆無だ。
 夏凜は利用するに足りる参加者であり、観察して面白い素材ではあるが、温情をかけるつもりはない。
 そもそも悪魔は温情など持ち合わせていないが。


「……そうね」


 対する夏凜の動きは緩慢であり、アザゼルの不遜な物言いに反論する気力もない様子だ。
 寝心地の良くないだろう地面から動く体力も、まだ回復しきっていないらしい。
 仰向けの姿勢のままで腕輪を操作していき、やがて顔を曇らせた。
 観察していたアザゼルは、そのタイミングを狙って話しかける。


「どうだ?望んだ情報は得られたか?」


 酒の肴を楽しむかのように、若き勇者の反応を愉しんできた悪魔は問う。
 当然のことながら、望まぬ情報ばかりであったことは承知の上だ。
 アザゼル自身の溜飲を下げる目的の、悪意しかない問いかけである。


「そう……」


 それに対して、ぼそっと呟く夏凜。
 アザゼルは期待通りの反応を予感して、何度目になるか、愉悦の笑みを浮かべる。
 絶望に染まる顔、不安を隠せない声、必死に強がる言葉。
 勇者を自称する少女が、勇気ある者らしからぬ表情を見せてくれるのは、愉快痛快この上ない。
 しかし、そんなアザゼルの期待を裏切るかのように。
 夏凜は上体を起こすと、はっきりと宣言した。


「……東郷、それに友奈と風のことは、もちろん残念よ。
 この島にいる勇者は、もう私だけ……だから、アイツらの分まで、私は頑張るわ」
「なに?」


 流石の悪魔も、これには怪訝な表情をした。
 東郷美森という友人を目の前で殺害され、剣呑な殺意を放つ夏凜の姿を、アザゼルは記憶している。
 そのときと比べて、立ち直りがあまりにも早すぎる。
 放送によれば、勇者の知人は全て死亡したことになる。
 結城友奈――チャットの文面を受けて、ひどく心配していた相手もいたはずだ。
 ここで嘲笑すれば激情に牙を向けてくると考えていたアザゼルは、反応を奇妙に思いながらも、考えていた言葉を口にした。


「しかし、『なるべく諦めない』……だったか?その結果がこれとは、お笑い草だな」


 的確に傷を抉るアザゼル。
 夏凜は僅かに声を詰まらせながらも、決然たる態度で言い放つ。


「ええ。私が風を無理にでも止めれば、こんな結末にはならなかったでしょうね。
 でも、クヨクヨしていても仕方ないわ。アインハルトにも同じようなことを言ったけど、私のすべきことをしないとね」


 そこにアザゼルが期待したような、陰鬱な表情はない。
 言葉はどこまでも前向きで、気高く勇ましいものだ。
 まさしく語り継がれる勇者の在り様に違いない。


「アザゼル、チャットを見た?新しい書き込みが――」
「……フン」


 悩むのは終わりとばかりにアザゼルに向き直り、話題を変えた夏凜。
 スマホの画面を見せながら、どうこうと考察している。
 その姿に、アザゼルはイラついたように鼻を鳴らした。






 なぜ、三好夏凜はここまで前向きにいられるのか?
 身体的にも精神的にも傷ついているはずなのに、まるで痛みを感じていないようではないか?
 否、痛みを感じていないわけがない。むしろ感じているからこその態度なのだ。


 そもそも、夏凜が勇者であろうとしたのはいつからか。
 勇者に相応しい強さを身に付けるために、夏凜は多くの訓練を積んできた。
 素振りやランニングといった鍛錬を日課とし、栄養はサプリメントで合理的に摂取する生活。
 そうした弛まぬ努力の結果として、夏凜は確実に同年代の女子よりも優れた身体能力を有していた。
 しかし、「普通」の女子中学生と比較すると、その生活は酷く孤独なもの。
 本人にしてみれば孤独ではなく孤高であったかもしれない。
 とはいえ、愛と正義だけが友達――そんな冗談も笑い飛ばせない状態だ。
 加えて、少女は周囲と比べてその在り様が歪んでいると、理解できないほど愚かでもなかった。
 耐えることができたのは、才能が開花したという自負と、勇者になるという断固たる意志を堅持していたからだ。
 「勇者として四国を守る」――それは、夏凜にとっては当然の行為だった。
 夏凜は少女である前に勇者であろうとしていた。


 しかし、夏凜は任務の中で讃州中学勇者部に入部した。
 そしてそこからは、少女らしい――年相応というべき、初めての経験の連続だった。
 勇者部の仲間に自分の誕生日を祝われたこと。
 仲間と楽しく奉仕活動をしたり、海で遊んだりしたこと。
 子供たちと触れ合い、ぎこちないながらもコミュニケーションをしたこと。
 積み重なる思い出の数々は、少女に新たな意志を抱かせた。


「この暮らしを、この生活を失いたくない」
「勇者部の仲間たちを失いたくない」
「三好夏凜として皆を守りたい」


 これらの動機は、夏凜が独りで訓練している際には生まれ得ないものだろう。
 勇者としての動機以上に、少女としての動機が大きいのだ。
 おそらく本人も気づかない内に、夏凜の行動原理は変化していた。
 いや、最初から存在するべき純粋な行動原理を、勇者部と出会って得たというべきか。
 それによって、歪んだ在り様はいくらか矯正されたのかもしれない。
 義務感からではない純粋な動機は、それまで以上に夏凜を強く支えた。
 そう考えるならば、勇者であり、同時に少女でもある夏凜は、二重の強さを手にしていたと言える。
 自信を失い倒れそうなときに、支えてくれる支えという強さ。
 夏凜はこれまで、その強さに何度も支えられてきた。


 夏凜は殺し合いの中でも、支えを胸に行動してきた。
 しかし、無限に押し寄せてくる不安や焦り、悲しみや怒りという感情で、夏凜の精神は摩耗していった。
 それが限界に達したのが、先刻の針目との戦闘である。
 激情に任せて行動した結果としてホル・ホースを斬り殺してしまった、という思い込み。
 加えて放送で呼ばれた名前が追い討ちをかけた。
 仲間である少女たちの喪失と、助けられたかもしれない、という深い後悔。
 もともと夏凜は殺し合いに乗った風、殺された樹、チャットに乗った東郷の情報、友奈の安否と、限りない不安を覚えていたのだ。
 許容範囲を超えたショックを受けて、千々に乱れていた心はいよいよ分裂した。


 勇者としての夏凜を奮い立たせていた矜持を失い。
 少女としての夏凜を支えてくれていた仲間を喪い。
 安定するために、安心するために、夏凜は支えを求めた。
 その結果「少女」を放棄して「勇者」であろうとする「三好夏凜」がいた。


 何度も何度も傷つけられて、その度に立ち上がれるのは、夏凜が勇者だから。
 アザゼルに死者を侮辱されて、力量差を見せつけられても反抗できたのは、勇者の正義感によるものだ。
 真の正義とか難しいことまでは、夏凜は考えていないだろう。
 ただ、皆が憧れる「勇者」だという事実が与えてくれる勇気の力を以て、夏凜は正義を貫いている。


 もちろん、前向きな感情だけではない。
 もし、夏凜がかつてのまま「勇者」であり続けたなら、仲間を喪い多大なショックを受けることはなかっただろう。
 逆に言えば、多大なショックを受けたのは夏凜が変化したからだ。
 勇者であり少女でもある――その道を進んだせいで、仲間を喪うという悲劇に見舞われたのだと。
 そう深層心理で考えてしまったのだ。

 この悲しみ、痛みから逃れるにはどうすればよいのか?
 端的に言えば――痛みを感じすぎた夏凜は、このとき「三好夏凜という少女」であることを放棄した。
 それが自分の感じる痛みを最小限に留める唯一の手段だと考えたのだ。
 そうしなければ、無限に湧き出る怨嗟と憎悪の坩堝に、なすすべもなく吞み込まれてしまうから。
 だから、夏凜は少女であることを辞め、純粋な勇者であろうとしている。
 後ろを振り向くことを止め、前だけを見て進もうとしている。
 これは、ある種の自己防衛といえるだろう。






『この書き込みは犬吠埼風さんのスマホからです。
 スマホは風さんが亡くなっていた場所から拝借しました。
 狂乱の貴公子とブランゼルは、万事屋から南東の市街地を探索します』


「書き込みをしたのは“F”。内容から見て風のスマホで間違いないわ。
 たぶん、るう子の書き込みを真似たんでしょうね……どちらも名簿にはないし、あだ名なんじゃないかしら」


 夏凜は自身で確かめるように、チャットの新しい書き込みを読み上げた。
 既にチャットを見たアザゼルにとっては無意味である。
 しかし、アザゼルは考察を話す夏凜をじっと見つめてから、唐突にこう指摘した。


「狂乱の貴公子は分からないけど、ブランゼルは確かアインハルトがそんなことを――」
「三好……貴様、左目の視力が落ちているな?」


 話を遮られた夏凜は、数拍置いて頷くと、左目に手をかざした。
 隣で見ていただけのアザゼルでも気づいたのだ、自覚がない筈もない。
 自らそのことに触れずにいたのは、心配をかけまいとでもしたのか。
アザゼルはそう考えて少し苛立ちを覚えた。


「片目を失ったのは、風のことを受け止めてやれなかった罰よ」


 しかし、どうやら苛立ちは増していきそうだ。
 夏凜は敵を恨むでもなく、自ら必要のない責任を負い、そして前へ進もうとしている。
 悲嘆に暮れているようでは前進できないと考えているからだろう。


「……」


 悪魔はそれが気に食わない。
 人間は、ひたすら己の無力さに打ちひしがれていれば、それだけで娯楽としては上々。
 苦悶の声を上げさせるなり、絶望に命を捨てさせるなり、楽しむ方法はいくらでもある。
 それなのに、己の弱さを認めてなお立ち上がるなど、まるであの――


(――聖女のことを思い出している、というのか?この俺が)


 アナティ城を襲撃した際に眼にした、強く気高き乙女ジャンヌ・ダルクの姿は、鮮烈にアザゼルの脳裏に焼き付いていた。
 そして悪魔は無意識に、しかし確実に、その仇敵の姿を三好夏凜に重ねていた。
 勇者と聖女。「勇気」あるいは「信仰」を拠り所として生きる人間として、類似した部分がある二つの存在。
 健気にも前を向き続ける女勇者に聖女を重ねるのは、全く不自然なことではない。
 ただし悪魔が勇者や聖女に対して向ける感情は、好意や憧れとは対極に位置するもの。
 当然、無意識に聖女を思い浮かべたことを自覚して生まれる感情は、嫌悪のみ。


「チッ」


 舌打ちをして、アザゼルは夏凜を見つめた。
 年端も行かない少女が、急激に聖女のような心を持てるものか。
 倒壊した放送局に訪れた、傷だらけの姿と絶望した表情は記憶に新しい。
 何があったのかは結局聞いていないが――あれだけの傷を、二時間弱の睡眠程度で完全に回復できるものか。
 目覚めてすぐに、聖女の如く前向きに気丈に生きられるものか。
 ありえない。アザゼルはそう断言する。


「それで、話の続きだけれど」


 アザゼルは、もはや夏凜を弄ぶことで悦に至ろうとは考えなくなっていた。
 今現在の夏凜は、必死に勇者であろうとすることによって、精神の安定を図っているだけ。
 いわば現実を見ずに逃げている状態だ。
 完全無欠な勇者になることで、苦悩や悔恨といったマイナスの感情から逃れようとしている。
 むしろ勇者として前向きにしようとしているだけ、気丈だと言えるのかもしれない。
 少なくとも、周囲からはそう見えるだろう。


(つまらん)


 しかし、アザゼルに言わせれば、現実を見つめられずに放心しているのと大差ない。
 勇者の皮を被った抜け殻のような存在――今の夏凜をアザゼルはそう評価した。
 必死にもがく人間ならまだしも、抜け殻などに興味はない。
 興が冷めたと言わんばかりに溜息をついて、アザゼルは今後のことを考えることにした。






 三好夏凜は「勇者」であり、「勇者」以外のなにものでもない。

【E-1/放送局跡/一日目・夜】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(大)、脇腹にダメージ(中)、疲労(中)、胸部に切り傷(大)、応急処置済み)
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:市販のカードデッキの片割れ@selector infected WIXOSS、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0~1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、弓矢(現地調達)
         市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS、ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!、スクーター@現実、不明支給品0~2、タブレットPC@現実、デリンジャー(1/2)@現実
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0:今後の行動を考える。ラヴァレイの処遇も決める。
1:三好……面白くもない。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
4:繭の脅威を認識。
5:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
6:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマとるう子から話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※チャットの書き込みを(発言者:F)まで確認しました。



【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(中)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、満開ゲージ:0、左目の視力を『散華』、「勇者」であろうとする強い意志(現実逃避)
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0~1(確認済み)、東郷美森の白カード、東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
1:『勇者として』行動する。
2:アザゼルと今後の行動を話し合う。
3:仲間たちのことは……今は考えない。
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※セルティ・ストゥルルソン、ホル・ホース、アザゼルと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:F)、友奈からのメールに気づきました。


時系列順で読む


投下順で読む


175:虚ろなる生者の嘆き:End in…? アザゼル 194:New Game
175:虚ろなる生者の嘆き:End in…? 三好夏凜 194:New Game