第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6


朧気な少女――繭は素足のまま白き砦の中を歩き、時折口元に笑みを浮かべながら思い出し考える。
彼女の殺し合いの第一回放送より少し前、第二回放送より少し前と同じく死んでいった参加者の事を考える。


魔術師殺しは愚かだった。
参加者の中でも最強格の怪物相手にあれだけ渡り合える底力がありながら、
自らの悪謀に足元を掬われ、情けない痕跡を残すのみの最期を遂げたのだから。
その上、優秀な支給品に分類されるWIXOSSルリグデッキ『ブルーリクエスト』を
自らの好悪から持て余してしまうとは。
ルリグに与えた力に興味を持ち、どう立ち回るか少々注目していただけに拍子抜けだ。
正義の暗示を持つルリグを引き当てておいてあの様だとは。あの願いを持っていて……嗤う。


車椅子の勇者は油断が過ぎた。
想定した通りの動きを見せ、途中までプレイヤーとして期待以上の働きを見せていたのにも関わらず
一度の油断から力を奪われ、強奪者に対しまともな抵抗もできないまま、セレクターに引き摺られ、
呆気ない最期を向かえたのだから。
もし優勝に積極的なプレイヤーらしく、黒カードをよく確認しカード裏の説明の意味を理解できていれば、
もう少し有利に動けただろうに。
とはいえ彼女はよかった。特に力を奪われてからの焦りはこちらにも伝わり、心地よく心に響いた。
今際に銀の勇者に対し何も言い残さなかったのはちょっと不満だったけれど。


ゾンビの魔法少女は不運だった。
同行者に恵まれず、同行者を全て喪った後に親愛の情を抱いていた騎士の躯を見つけてしまったのだから。
彼女も焦りに支配されず所持カードを念入りに調べていれば、あの最期は回避できていたに違いない。
とはいえ、どこか達観していてつまらなそうだった彼女が必死になる様はそれはそれで良かった。
それに彼女の体質は一参加者として見たら懸念があっただけに、不具合が生じ参加者にそれを見られる事がなかったのは
こちらにとって少しばかり幸いだった。


桃色の勇者は無力なはずだった。
彼女は優秀なプレイヤーとなった二勇者とは逆の、無能なゲーム破壊希望者として想定していた通りの動きを見せ、
こちらはおろか、プレイヤーに対してもほとんどダメージを与えることなく、何も成せずに死んだと思えた。
なのにどういう訳か、優秀なプレイヤーのひとりを自死に追いやる程の影響を与えていた。
彼女の本意ではないにしろ、残った黒カードの行方を考えればこちらにとっては望まない結末だった。
それにあの戦いはどこか違和感を感じた。調べる必要があるかも知れない。


元隻眼の勇者、魔王ゴールデンウインドはサプライズの塊だった。
彼女は車椅子の勇者と違って、当初は積極的なプレイヤーになるのは期待していなかった。
だけどいざ蓋を開けてみれば、プレイヤーになってからの働きはこちらの予想をはるかに超えたもの。
彼女の妹の死の影響は実にこちらに有利に働いていてくれている。
悪魔化の薬を使った事も含め、大半の参加者とは別の意味で有意義な存在であった。
もっとも桃色の勇者を殺した直後自ら命を絶った事を除いてだが。


覇王はちょっと力の強い反ゲーム派の一人として、ただ殺されて終わると思っていた。
武術家にも関わらず彼女の嘆き、苦悩は大半のセレクターと同質のもの。
意外ではあったが、それだけに嫌いでは決してなかった。
最初の放送で暴走したのもプラス材料。いいカードになっているだろう。


ピットファイターも不運であった。
支給品に恵まれず、目標を早々に喪った影響が、彼にとってマイナスに働いていたのは間違いないだろう。
にも関わらず彼はゲーム進行によく貢献してくれた。彼もまた良かった。


夜兎の少女は面白くない意味で滑稽だった。
兄と和解できたと勘違いして満足気に逝ったのだから。
友人の死を知る事がなかった事もあり、面白みのある参加者ではなかった。


柔術家は最後まで道化だった。
修業によって付いたらしい過剰な自信が徐々に確実に突き崩され、否定される様は
セレクターの苦悩を見ているのと同様こちらから見て痛快そのもの。
ただ、予想外の動きをした時は面白くなく、素直に良いと思える参加者ではなかった。


アフロ男は拙速だった。
あの緑のルリグの急かしにあそこまで流されなければ、あんな最期は避けられたのに。
彼らしくもっと用意周到に仕掛けてさえいれば充分生き残れる目があっただろうに。
賢い男だと思えていたけれど、結局は詰めの甘い凡人だったのだろう。


白夜叉と皇帝のスタンド使いは力尽き、斃れただけ。
彼らの行動と感情は最初から最後まで、出した結果を含めてもこちらを楽しませる類のものでは決してなかった。
殺し合いではなく、ただの人間観察として見れば人によっては面白かっただろうけど。
どの道死んだ以上、これ以上思い馳せることはない。できれば忘れていたい男達。


甘味屋の弱い方は命を無駄に捨てた。
あれだけ柔術家が身も心も削って守ろうとしていたのに関わらず。
でもあそこで死んでくれたのはこちらにとって好都合。
反ゲーム派の回復役が一人いなくなってくれたのだから。
イレギュラーのセイクリッド・ハートに対し調査できる余地も生まれた。


あのアイドル巫女も不運だった。死ななかったら反ゲーム派内に混乱が広がっていたのに。
彼女は非力だったけど、こちらにとって非常に都合のいいプレイヤーだった。最後の最後まで。
友達を見捨てた時、開き直れば良かったのに。実に残念。


「ふふ」


死んだ参加者を一通りに思い出した繭は上機嫌で目的の部屋に向かう。


「……」


今、繭の心に湧き出る感情は他者の不幸を喜ぶ愉悦ばかりではない。
愉悦とは真逆の特定の参加者に対する不快な感情も
そして彼女もよく分からない得体の知れない感情もあった。
だが、それらは繭の喜びを上回るものではない。
故に繭はこのゲームを止めるつもりはない。
憂さ晴らしをし、生を謳歌できるようにする為に。

繭は顔を少し上げた。視線の先は開いた窓一つ。
彼女は立ち止まる。ゲームの一場面を鑑賞する為に。



「あら?」


その声は驚きと興味に彩られていて。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


白い部屋と多数の大きな窓に覆われた部屋。
朧気な少女――繭は頭上に浮かぶ巨大な時計を見上げていた。
午後5時59分。舞台となる会場の上空の陽は殆ど落ちており、夕日は端っこで消えかけの炎のようになっている。
陽光に弱い人外どももこれなら外出が可能だろう。
そして繭が主軸となり回っているゲームはいよいよ佳境に入った。
今しがた一人が命を落とし、場合によっては5名以上の死者を出すであろう集団戦が舞台の南方で起ころうとしている。
楽しみだ。懸念は定時放送中に決着が着いてしまう場合くらいであろう。
繭の口端がわずかにつり上がっていた。


「……」


うさぎ小屋の少女は迂闊だった。
もっともあの場で殺されなくても、あの不安定な状態だとそう遠くない時期に命を落としていただろう。
協力者いわく元より最弱クラスの参加者。生きていても大して影響はなかったと思える。
毒にも薬にもなれなかった、そんなちょっと面白い程度の参加者だったと繭は位置づけた。


繭は放送を開始した。


『今晩は。三回目の定時放送の時間よ
 忙しい子もいるでしょうけど、最低でも名簿と禁止エリアの確認はしておいた方がいいわよ。
 繭、つまらない結末は見たくはないもの。
 まずは禁止エリアの発表よ』


【B-7】
【C-3】
【G-7】


『午後9時になったら、今言ったエリアは禁止エリアになるわ。
 エリア内に留まっている子は時間までに離れなさい。
 それから、自分の支給品確認はきちんとやっておいた方がいいわよ。
 あと時間が来るまでに禁止エリア予定地を調べてみるのもいいかもね。
 思わぬ所で得るものがあるかも知れないのだから。
 これは繭からのアドバイスよ。
 次は死んでしまった参加者の発表を始めるわよ』


【衛宮切嗣】
【東郷美森】
【リタ】
【結城友奈】
【犬吠埼風】
【アインハルト・ストラトス】
【ジャック・ハンマー】
【神楽】
【本部以蔵】
【ファバロ・レオーネ】
【坂田銀時】
【ホル・ホース】
【宇治松千夜】
【東條希】
【香風智乃】


『全部で15人よ、15人。残り24人。
 ふふ……ここまでやる気があるなんて驚いたわ。今夜中にも決着がつきそうよね。
 でもね、もし長引いて決着がタイムリミット寸前になったとしても、
 優勝した子にはちゃんとご褒美を上げるから心配しないで。
 次は正子――午前0時に放送を始めるわ。また放送が聞けるといいわね』




放送が終わった。


「……」


繭は一息をつくと、椅子状になった窪みに腰を下ろし考える。
放送一時間前に協力者の一人から提案された繭自らによる黒カードの確認と白カードの確認。
繭は遅くとも優勝者が決まる瞬間までに、カードに封じられた参加者の魂を手元に集めなければならない。
でなければゲーム終了後、予定していた取っておきの遊びができなくなる。それではつまらない。

黒カードに関しては自分の力がちゃんと支給品に影響を及ぼしているかの確認である。
黒カードは参加者への枷である腕輪と白カードと比べて、仕様上及んでいる力は少ない。
だが、それでも強弱に関係なく意思持ち支給品の自由を奪う事には成功している。
ただひとつ、高町ヴィヴィオの支給品でパートナーであったセイクリッド・ハートを除いて。

繭は参加者の意思と力が及ばない範囲での支給品の自律行動はできないようにしている。
なのにあのデバイスは単独で助けを呼び、つかの間だが宇治松千夜の救命に成功していた。
千夜がどう転ぶか解らなかった事もあり、これまであえて介入はしなかったが。
さらに枷を外す意思持ち支給品が出てくるか解らない今、参加者への干渉を極力避けつつ
何とか原因を調査する必要があるだろう。
自意識はなくとも、能力制限が解除されると厄介な支給品もある。


そして腕輪と白カード。
腕輪については第一回放送前にある懸念が生じたが、今は放置していいだろう。
あれから何の変化もない。

白カードについて気がかりが2つある。
1つは開始時に見せしめとしたアーミラの白カードが、会場のどこかに落ちて行方が解らなくなっている事。
もう1つは魂喰いとやらを行ったキャスターの白カードの詳細。

アーミラの白カードは今は無くても、今後特に大きな影響はないが、こちらにあって困るものでもない。
形式上非参加者である彼女の白カードは回収するに躊躇する理由はない。捜索は協力者に頼むか。

そしてキャスターの魂喰い。協力者の一人からどういうものか聞いている。
そうなってしまったものだったら諦めるしかないが、キャスターが死んだ後も聞いた通りのままだと困る。
死んだ参加者は生前の強弱経歴に関わらず、等しく非力な魂になって封印されなければいけないから。
よって同化とやらをされた魂2つの有無と、自らの能力の欠点を知る為にもできるだけ早く調べておきたい。
だが、当のカードは参加者の一人が所持している。
よりにもよってこちらの秘密の幾つかを知る、反ゲーム派のセレクター 小湊るう子が。


繭は少々のイレギュラーは覚悟していたが、シロが支給品にされたことも含め、
これだけ積み重なると何もせず放置する訳にも行かない。
密かに手を打つか、臨時放送でもするか。もしくは……。


「……まあ、9時を回ってからでいいわよね」


3つの区域が禁止エリアとなり、南方での大戦の決着が付いていると想定される時間帯。
強豪を含め消耗した参加者が多数になった状況なら、隙がある。


「……」



繭は歩く。協力者たち、ヒース・オスロらの元へ。



「……クロの」


それはシロと対になる原初のルリグの名前。
繭は自らの長髪を手で撫で、髪の色を見た。


「……クロがそののままで、シロもシロのままでいてくれればよかったのだけど……」


髪の色は昔と違って薄緑。足取りは重い。
寝たきりだった頃よりはずっとましだけれど、身体はまた健全とまではいかないようだ。
能力とバハムート無しで敵対者と遭ったらと思うと寒気がしてしまう。


「早く健康になりたいのに、あの人は……。あんなことを……!」


やや強く踏みしめる。
ほとんど力が入ってないはずなのに地面が一部陥没した。それは繭の異能がなせる現象。
そしてこれは協力者に対する不満の表れ。でも強く叩くようなことは考えていない。

繭の今の身体と増強された異能はヒース・オスロの協力があってこそのもの。
恩義もあるが、生き続ける為にも彼の存在は必要。
このまま時間が経ち、健康になるまでは。
そう奮い立たせ、繭は不満と未練を打ち切り、さらにそれを強調するかのように呟く。


「あのシロはタマ、クロはユキ……。
 わたしの分身で大事で必要な子達だけど、わたしの知るシロとクロじゃないもの」


ヒース・オスロと会ってから、しばらくして繭の知るシロとクロは消えてしまった。
繭は最初こそ小さい喪失感を覚えるのみだったが、日に日にその思いは強くなり、
やがて行動に支障が出るほどの大きなものとなった。
それは協力者の一人の提案が実行されるまで続いた。


「でもいいの。わたしの目に届く所で居続けてくれれば、それで」


その提案は別のシロとクロを攫ってくる事。
繭はそれで自らの欠落を埋められるか不安だったが、杞憂だったようだ。
ここに原初のルリグがこの世界に連れられた時、繭の欠落感はほぼ消えていた。
それどころか2人のルリグの記憶も一部流れ込んできたくらいだ。
もっともそれは現状ゲーム開催への少々の助力にしかなっていないが。


「ねえ……もうひとりの繭……。あなたはいまどうしてるの?」


その呟きは別の繭に問たものではなく、行方を知ろうとするものでもなく。
自虐を込めた、別の自分への哀れみの言葉。
繭は1枚のカードを出す。ドラゴンの寝顔を写している、バハムートのカードを。
繭がカードを凝視する。ドラゴンの両眼が開き、繭は黒い巨大な物体に包まれる。
それは実体を伴わないドラゴンの肉体。
しかしそれは幻影ではない。もし仮にここに繭以外の誰かがいれば感じ取れるだろう。
トップクラスのプレイヤーからも絶大と認識されるだろう、力を。


「いい子ね……。もう少ししたら出られるからね。それまで辛抱よ……」


繭は実体の無いドラゴンの体を撫でた。
バハムートはどこか満足気に顔を歪ませるとカードへと戻った。
万が一、敵対者がここに入り込んでもこれなら……。
繭は薄く笑う。

「わたしはね、呪いながらしあわせになるの。
 むかしのシロとクロが消えてしまった代わりに動けるようになった、このわたしで。
 バハムートといっしょにねえ」

そして――


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147:第二回放送 -カプリスの繭- 繭182:Nothing But a Dreamer

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最終更新:2016年09月13日 20:43