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Vivid Survivors(後編) 不屈の夢の彼方まで ◆Oe2sr89X.U



 痛ましい、絶叫だった。少女として生まれ、数多くの戦いとドラマを経験した彼女が、その人生で間違いなく最大の声量での絶叫をあげた瞬間だった。
 無理もない。純粋な痛みもさることながら、彼女が今受けた傷はファイターとして致命的すぎるものだ。
 アインハルトはもう、左の拳を握れない。片手落ちの戦士がどれだけの不利を被ることになるか、想像するだけで背筋が凍る。彼女は今、まさにそうなってしまった。
 だがジャック・ハンマーは止まらない。人間だった頃ならいざ知らず、只の殺戮者と成り果てた今ならば、彼の親孝行を止めることが出来る悲鳴など、この世のどこにも存在はすまい。

「てめぇッ!!」

 発砲したのはホル・ホースだ。至近距離であるにも関わらず、誤射の可能性を完全に排して銃撃が行えるのは彼のスタンド特有の強みである。
 ジャックの潰れた右視界を切りながら進む弾丸は、見事意表を突くことに成功した。
 一瞬ジャックが怯んだ瞬間を、激痛とショックに支配されていても尚見逃すこと無く俊敏に動き、アインハルトはホル・ホースを背負うようにしてその場から離脱を図った。 
 しかしそれは逃走する、という意味ではない。袋小路を遠ざける程度の効き目だ。

 ジャックが、追い掛けてくる。
 その速度は今や、アインハルトよりも速い。
 ホル・ホースはこの時ほど、自分の『皇帝』に装弾数の概念がないことに感謝したことはなかった。
 もしも弾切れなどを引き起こし、一瞬でも手を止めていたならば、その瞬間にジャック・ハンマーは自分達を殺すことが出来る。この男は、それだけ強い。
 DIOとは違う意味での強さだった。ホル・ホースの脳内には今も、DIOの暗殺に失敗した時の記憶と恐怖が染み付いている。彼の強さが底の知れない強さなら、此奴の強さは理解の出来ない強さと言うべきか。
 眼球は絶対に鍛えることのできない部位で、尚且つ脳髄にまで直結している。
 そこを撃ち抜かれて死なない人間など百人に一人居るかどうかといったレベルの確率であろうし、よしんば助かったとしても、その後すぐにこんな速度と猛威で追い立ててくることなど絶対に不可能だ。
 尋常ではないタフネス。人間を超えているスペック。これでは、もはや――人間を『やめている』。

「ちくしょうがッ! 何だってんだ、てめぇはよォ~ッ!!」
「ジャック・ハンマー。今は何者でもない」
「知るかタコッ!!」

 叫ぶと同時、眉間に向けて発砲。撃ってすぐにホル・ホースは、しまった、と思った。
 そして予想は的中する。あまりにも分り易いその狙いを読んだジャックは頭を大きく横へ逸らすことで弾丸を回避し、軌道変更のそれも回避。体勢を立て直そうとするアインハルトへ追い縋り、その足を勢いよく払った。

 小さなうめき声とともに、アインハルトの体が揺らぐ。
 ホル・ホースは宙へ投げ出され、地面により痛む体に鞭打つ勢いで衝撃を与えられた。
 しかしこの瞬間、彼が案じたのは自分の身ではない。今狙われるのは、どう考えてもアインハルトの方だ。そして彼女を殺されれば、自分が生き延びられる可能性も完全に潰える――それに子供とはいえ、女性をこれ以上嬲らせ、ボロ雑巾のようにされるのはむかっ腹が立つというのもあった。

「貴様は後だ」

 銃口をどうにか向けた時、もうそこにジャックの姿はない。
 いつの間にか自分の傍らへ移動していたその爪先が脇腹を抉り、骨の一本が折れた感触と痛みが伝わってくる。
 そこへホル・ホースを守るべく果敢に跳びかかったアインハルトの拳は片手落ち。迎え撃つなど、ジャックにしてみれば造作もない話であった。
 拳と拳の衝突。力比べの趨勢が決する前に、ジャックが彼女の右手を掴み取る。
 咄嗟に左手でそれを払おうとする彼女だが、手首から先が食い千切られて指の一本さえ残っていない身でやれることには限度がある。そのまま彼女は腕を起点に、勢いよく地面へ投げ付けられた。

 肺に溜め込んだ空気が、一気に逆流していくのを感じる。ジャック・ハンマーは柔道家ではないが、逆に言えば専門でないからこそその投げは容赦も型もなく、剣呑さと粗暴さが同居したアウトローなものに仕上がっていた。
 起き上がろうとするアインハルトを、ジャックは躊躇なく踏み潰す。
 肩がごりりと嫌な音を立て、アバラはぼりぼりと砕け、バリアジャケットの下の白い皮膚には内出血の跡が所々滲み始める。アインハルトの悲鳴は、最早戦いではなく、虐待か何かを連想させるものへ変わりつつあった。
 女性に優しい男を自負するホル・ホースでなくとも、こんなものを見せられて怒りを抱かない人間は異端だろう。

「いい……加減にしろ、ってんだ……この仏頂面野郎ッ!」
「後だ、と言ったはずだが」
「がッ!?」

 ジャックの爪先が、ホル・ホースの左目に突き刺さった。
 眼球が一撃で潰れ、尋常ならざる激痛が襲いかかってくる。
 堪えずことも出来ずに声をあげて悶絶する彼を尻目に、ジャックは再びアインハルトを破壊していく。
 踏み付けられ続け、体の各所を破壊されていった彼女の抵抗はもう弱々しい物になりつつある。永くはないだろうとジャックは認識。止めを刺す為に、その体へ馬乗りの姿勢を取る。
 こうなれば、もう努力ではどうにもならない。格闘技でマウントを取られることの意味は、絶対的な不利を意味する。満艦飾マコという少女――ジャックが今纏っている極制服の本来の持ち主であった少女のように。
 後はただ、潰されるだけだ。

(ちくしょうちくしょうちくしょうッ!! まさかあのクソ悪魔の居る方へ行った方がマシだったなんて思わなかったぜッ!! こんなイカレ野郎がいると分かってりゃ、絶対に来なかったのによぉ~~ッ!!!!)

 ホル・ホースは心の中で、あらん限りの後悔を吐き出していた。
 鏡がないので傷口がどうなっているかは分からないが、まず間違いなく目は元に戻らないだろう。こんな筈ではなかった。もっと上手く立ち回って、もっと賢く生き残る筈だったのだ。
 それがこのザマ。この化け物みたいな格闘家のせいで、何もかもが台無しになろうとしている。

 アインハルト・ストラトスは殺されるだろう。
 可哀想だとは思うが、ああなってしまっては、もう絶対に生き延びることは不可能だ。
 相手に遊びがあるならばともかく、あれほど無感動な顔で殺しに来れる相手なら、完全に詰んでいると言っていい。
 そしてその後はまず間違いなく自分だ。先の脳震盪の影響も、腹を蹴られたダメージも、目の痛みも全部残っているのだから、逃げきれるとは到底思えない。
 彼女も自分も、詰んでいる。高い所から誤って落ちた時の感覚に似ていたが、先に待つのは底の知れない死という奈落だ。挙句ホル・ホースは、自分は天国に行けるとそう思えるような人生を送って来なかった。

「クソ、ッ……死にたくねえ……死にたくねえぜ、おれはよ……!」

 這ってでも生きてやる。こんな所でくたばるなんて、めっぽう御免だ!
 痛む体に鞭打って動き出そうとし、そこで一度だけ振り返った。
 そこにあったのは、あまりにも無残な――アインハルト・ストラトスの姿であった。

 清潔感のあるバリアジャケットの白が土埃でどろどろに汚れ、手から流れた血で地面を真っ赤に染め上げながら、しこたま殴られた顔面は無残な有様になっていた。
 折れていた鼻が醜く潰れ、頬骨が陥没し、歯など一本も残っていないだろう。
 その姿を見た瞬間、ホル・ホースは思った。ああ、これが『絶望』というやつなのかと、心の底からそう思った。
 返り血と自らの血で真っ赤に染まったジャック・ハンマーの姿は、まるで地獄の鬼(オーガ)か何かのようだった。
 その背中に鬼の貌は浮かんでいなかったが、血に染まった凄絶な彼の姿を前にして、ジャック・ハンマーが鬼の血を薄くしか引いていないなどと言える人間は、当の範馬勇次郎以外には間違いなく一人も居ないだろう。
 ジャック・ハンマーは、鬼(オーガ)だ。範馬勇次郎という存在の死で完成した、一体の鬼。

「………フー」

 彼の拳が、振り上げられる。
 目が見えているのかどうかも怪しいアインハルトを確実に仕留める、最大の力が籠もった拳だ。これを叩き付ければ少女の頭など、軽々粉砕してしまえるだろう。
 ホル・ホースはもう、銃口を向ける気にもならなかった。
 寧ろアインハルト・ストラトスという少女にとっては、殺された方が幸せだろうと、そう思えたから。どの道死ぬのなら苦しみは短い方がいいだろうと、その行く末を哀れんだゆえだった。

「さらばだ、覇王流とやら」

 断頭台から落ちてくるギロチンのような無情さで、王の命を潰す鉄拳が――落ちた。


   ◆  ◆


 諦めていたのは、ホル・ホースだけではなく、当のアインハルトもまた同じであった。
 只の逆境で膝を屈するほど、アインハルトは弱くない。だが今の彼女はホル・ホースが称した通り、死に体の状態だ。人間としても、ファイターとしても。再起不能レベルの傷を負って、朽ち果てかけている。
 体に付いた傷など改めて語るまでもない。しかしその中でも、食い千切られた左の手だけは話が別だった。
 失うだなんてことを考えもしなかった自分の拳が、もう二度と戻らない。それを自覚した瞬間、アインハルトの中の何かがぷっつりと切れた。
 彼女は覇王の記憶を継ぐ者だが、それはそれとして、一人の歳相応の少女である。
 十代半ばにも届かない年齢の少女にとって、身体部位の欠損というのがどれほど大きなショックか。まして彼女はファイターなのだから、ショックの度合いは更に跳ね上がる。
 もう拳は握れない。覇王流の技にも、二度とは繰り出せないものが出てくるだろう。
 それどころか戦いを続けられるかも分からない。それ以前に、この男には勝てない。この場を生き延びて、ミッドチルダの大地を踏むことは二度とないのだ。
 アインハルトは優れたファイターであったから、余計に強くそのことを理解してしまった。
 結果、心が砕けた。人より強かった心はグシャグシャにされ、踏み潰され、絶望の底に沈んでいた。

 コロナや、この会場で出会った仲間にもう一度会えないのは悲しい。それを思うとやり切れない気持ちになる。
 特にコロナはヴィヴィオを失い、自分が死んでしまったなら、元の世界からの知り合いはもう誰もいなくなってしまう。どうか彼女には最後まで立ち続け、生きて帰って欲しいと心からそう思う。

(ヴィヴィオさん……)

 独りぼっちで戦い続けるしか出来なかった自分は、いつの間にか沢山の仲間に囲まれていた。 
 皆でトレーニングをしたり、合宿をしたりして過ごす日々はとても楽しく、満ち足りた時間だった。
 だからこそ心のどこかで思ってしまっていたのだ。汗を流し、夜が来て、寝て起きれば。当たり前のように愛すべき日常が広がっていて、そこから誰かが欠けることは決してありえないと。
 日常は壊された。繭という少女の道楽で、アインハルトは友人を失った。
 そして今――アインハルト・ストラトスは自分の使命さえも失い、静かに朽ち果てようとしている。

 ただ。これでいいのかもしれないとも、アインハルトは思っていた。
 高町ヴィヴィオは、聖女オリヴィエの記憶を継ぐ少女はもうどこにもいない。繭の思惑の前に、無情に消えた。もう彼女と会うことも、友誼を育むこともなければ、再度拳を合わせることもない。
 ――もしも。死んだ先にもしも続きのようなものがあるのなら、今度こそ彼女とずっと一緒にいたいと思う。

 理不尽な何かに引き裂かれることもなく、ずっと。アインハルト・ストラトスが愛した日常を繰り返しながら、他の皆がやって来るのをずっと待っていられたなら。
 それに優る幸せはきっと、ない。そう思ったから、アインハルトは諦めることを受け入れた。

 ――――アインハルトさん!

 だが、それを許さないぞと脳裏に響く声がある。それは愛らしい少女のもので、アインハルトが今一番聞きたいと思っていた好敵手の声でもあった。

 ――――これで、いいんですか? あなたは……本当に、これでいいんですか!!

 高町ヴィヴィオ。
 その声が、頭の中でうるさいほど大きく響いている。
 頭の中のヴィヴィオは怒気すら含んだ大声で、今まさに全てを諦め、死という未来に身を委ねようとしているアインハルトを一喝していた。
 薄れかけた意識が鮮明さを取り戻すくらいに、彼女の声はアインハルトの頭の中に深く、深く響いてくる。

 ――――違うはずです。私が好きだったアインハルトさんは、こんな所で諦めたりなんてしないッ!!

 ハッと、アインハルトは腫れた瞼を見開いた。
 ヴィヴィオが好きだった、アインハルト。それはきっとインターミドルに備え、毎日のように鍛錬を共にしていた頃の自分のことだろう。
 間違っても戦いの勝利を諦め、楽な方向へと逃避しようとしている情けない少女のことではない筈だ。
 ヴィヴィオだけではない。頭の中には、皆がいた。リオが、コロナが、ヴィヴィオが、ナカジマ家の皆が、なのはが、フェイトが、皆まっすぐにボロボロのアインハルトを見つめ、小さく頷いてみせた。

(でも……でも! 私は、もう……!!)

 ――――大丈夫。私が、皆が、アインハルトさんには付いてます!!

 頭の中に居た皆が、アインハルトを応援していた。諦めないで、立って、生きてと、皆思い思いの言葉をぶつけてくる。そして先頭に立つヴィヴィオも、まっすぐに自分の目を見据えていた。
 その姿を視界でなく、心で認識した途端、アインハルトの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 頭の中で手を差し伸べる美しい瞳の彼女の姿は、まさに記憶に残る、聖女オリヴィエの勇姿そのもので……

(そうだ……わた、しは…………)

 振り落とされる拳が見える。それに向けて、隻腕も同然になった腕を動かす。体勢は馬乗り。体はボロボロで、頭がふらつくどころか噛み締める歯の一本も残っていない。
 そんな有様になっても、いや、だからこそか。アインハルトは諦めるという選択肢を、自然に思考の内から外していた。残った拳を握る――使えなくなった左手は盾で、こちらが剣だ。
 ああ、と思う。役割が明確に分かっているなら、やりようなんてものは幾らでもあったのだ。

「ヴぁ、おう、ひゅうッ――」

 覇、王、流。呂律の回らず、ただ空気が抜けていくだけの口で、それでも名乗り上げる。

「――アインハルト・ストラトスッ!!」

 ハイディ・E・S・イングヴァルトとしてではなく、彼女たちとともに戦った一人の戦士として。
 左手で落ちてくる拳を止め、骨がバリアジャケット越しに砕ける激痛など意にも介さず、ジャック・ハンマーの顔面を真正面から右拳で殴り抜いた。
 破裂音にも似た音を鳴らして炸裂した拳は、だが威力で言えば然程でもなかった。
 死に体同然の少女が、魔力もろくに込めず放った一撃なのだ。極制服の強化を受けて魔人になったジャックを仕留めるには力不足も甚だしいと言わざるを得ない。
 しかし、アインハルトの拳を受けたジャックは大きく仰け反り、彼女が馬乗りの体勢を脱せるほどの大きな隙を作る結果に至ってしまった。
 何故、この屈強なるファイターが、たかが気力だけの拳を前にこれだけの有様を晒したのか? その答えは、まさしく彼の超人性を後押ししていた極制服にこそあった。

(くッ……!)

 喧嘩部特化型二つ星極制服――生命戦維で編まれた、本能字学園の技術の結晶。特にこの喧嘩部特化型極制服はジャックによく合った性能を持っていたが、その分燃費がひどく悪い欠点を制限により加えられてもいる。
 それこそ戦闘を不用意に続ければ、限界点がものの数分でやって来てしまうほどに。

(此処で、かッッッッ!!)

 アインハルトの猛攻もさることながら、ホル・ホースの『皇帝』が大きかった。放たれる弾丸を時に避け時に叩き落としとする中で、極制服の消耗は着々と進んでいたのだ。
 そしてちょうど今、極制服がもたらすアシストが完全に尽きた。そう、完全にだ。極制服は再度、休眠する。
 残るのは極制服が与えた疲労。それはジャックのパフォーマンスを目に見えて劣化させ、その瞬間を偶然にも縫って炸裂した拳が、予想以上の戦果を挙げた。
 更に言えば、ジャックの切り札……マックシングの発生にも期待できない。
 半日間以上のステロイド非摂取、殺し合いに運ばれる前の時間から合わせれば非摂取時間は更に伸びる。もしもこの会場で、彼が薬物ドーピングを行う機会があれば別だったろうが、生憎とそれはなかった。
 だが、それまでだ。片手の消えたファイターなど、極制服の力なくしても押し切ることは難しくない。
 アインハルトの姿は生きているのが不思議なほどだ。もはや油断だとかそういう次元でもなく、頑然たる事実として楽勝と認識してしまうのが普通だろう。
 それどころかジャックには、立ち上がってきたのが理解できない程だった。しかしそこは、彼もファイター。そして強い信念の下に動く身だ。
 すぐに悟った――この少女も、朽ちる訳には行かなかったのだ。

 ならば潰そう。その意気も諸共に叩き潰し、勇次郎を甦らせるための糧としよう。
 ジャックは待ちの体勢を取るアインハルトに勢い良く踏み込み、強烈なボディーブローの一撃を叩き込んだ。
 抵抗も出来ず、ボディに拳が吸い込まれた。……かのように思われたが、実際には、アインハルトの左肘を前に攻撃は止められていた。
 それと同時に拳へ走る鈍痛。防御主体の鋼性の構え、『牙山』だ。手がなくとも腕だけで繰り出せる技として駆使されたこれは、十分にその役割を果たす。

 ――小癪な真似を――

 ジャックは再び強く拳を握り、アインハルトの残り少ない体力を削り切るべく猛攻を仕掛けにかかった。
 しかし吹き飛ばされたのは彼の方だった。痛烈なアッパーカットを受け、両の足を地から放し、口から血さえ吐き出しながら宙を舞っていた。
 カウンターのように放たれた一撃が、彼の顎を抉ったのだ。何もそれは、大それた技ではない。

「ヴぁ、おう、ひゅぅ」

 繰り出されるは覇王流が奥義、覇王空破断。拳撃と共に衝撃波が飛び、空中のジャックを強く打ち据えた。
 されどジャックも強者だ。そこは吹き飛ばされながらも脚力で耐え切り、それ以上の後退と痛手を避ける。
 だがそれも、明らかに以前に比べて衰えが見えている。極制服の使用で溜まりに溜まった疲弊が、ジャック・ハンマーが誇る鋼の肉体に綻びを生んでいる。
 次いで、足取りも覚束ずに、アインハルトが迫ってくるのが見えた。
 繰り出す技は読める。覇王断空拳――彼女が誇る、絶大な威力を持った拳撃だ。以前ならば受け止めることも容易だったが、今の状態でそれをすることが良いとはとても思えない。

 ならば先手を取る。
 技が出る前に潰せば、脅威は存在しない。
 ジャックの算盤が弾き出した最適解は、確かに的を射ていたと言えるだろう。
 繰り出される技が本当に断空拳であったなら、だが、それが一番手早い解決法であった筈だ。
 しかし繰り出されたのは、あろうことかまたもカウンターだった。ジャックの拳を逆に打つべく放たれた、多量の魔力を帯びた一撃。衝突の瞬間、ジャックは思わず拳を引いた。魔力の多分に込められたそれと真正面から張り合えば自分の拳が無事では済まないと、そう感じ取ったからだ。

 ジャック・ハンマーは知る由もないことだが、この技はアインハルトが誇る覇王流の技ではない。
 技の名は、アクセル・スマッシュ――かつて高町ヴィヴィオという少女が必殺技として用いていた、守りさえも攻撃に回す一閃必中の技であった。
 無論アインハルトはこの技を会得するために訓練したわけではないのだから、ヴィヴィオのものに比べれば細部は大きく異なっている。
 だがアインハルト・ストラトスが記憶の中で垣間見た、好敵手にして友であるヴィヴィオの一撃を思い返し、その極意を借り受けたのには違いない。
 今、アインハルトは一人で戦っているのではなかった。記憶の中の皆と、共に戦っているのだ。

 ジャックの拳が、アインハルトの顎を跳ね上げる。
 ぐらりと揺らいだ隙に、その顔面に右フックを打ち込むジャックだが、彼女がそのまま屈み込むと同時に繰り出された奥義・破城槌が生んだ衝撃で逆に体勢を崩される。
 復帰したアインハルトの、今度はれっきとした覇王断空拳の一打。
 受け止めるジャックは、しかしその顔に紛れもない焦燥の色を浮かべ始めていた。

「ヴ、おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 猛進してくるアインハルトの体力は、可視化したならもう1ミリ程度しか残っていないほどに減退しているはず。
 なのに、どういうわけだか彼女を攻め切れない。ほんの少しが削れない。そしてもう一つの不可思議として、アインハルトのパフォーマンスが徐々に向上しているような気さえする。
 今のアインハルトはまさに、最後の力を燃焼させている状態だった。
 その身に培った経験、残されたセンス、全てを全力で発揮し、文字通りの全身全霊でジャックに向き合っている。

 アインハルトが、ジャックの懐まで飛び込んだ。
 ボディーブローを受けた彼は吹き飛びこそせず持ち堪えたが、流石にダメージを受けるのは避けられない。しかしジャックは至近距離、絶対に外さない間合いでアインハルトへ文字通り牙を剥く。
 勝負を決めるための手段として、ジャック・ハンマーが用いたのはあろうことかまたもバイティングだった。
 最大の得意技にして、最も凶悪な攻撃。それをもって覇王の生涯に幕を引かんとしている。アインハルトも即座にそれを察知して拳を振り上げた。こうなると、もう勝敗を決める要素は一つしかない。
 バイティングを切り札とするジャック・ハンマーの驚異的な顎の力を打ち砕き、へし折るほどの力がアインハルトにあるかどうか。それだけが、勝負の分かれ目だ。
 しかし、しかしだ。此処で悪辣な運命は、今度はアインハルトに矛先を向けた。

 ――振り上げた拳が、接触を待たずに脱力する。
 出血多量、脳震盪、顎へのダメージ、崩壊した顔面、全てがアインハルトの生命力を現在進行形で蝕んでいた。それが限度まで達し、アインハルトは今この瞬間、まさしく『死にかけた』のだ。
 ジャックの歯が、アインハルトの首に突き刺さらんと迫る。少女の細い首など、ジャックにかかれば簡単だ。骨を噛み砕くような真似は不可能でも、頸動脈を切り裂けば出血多量気味の人間は数秒足らずで死ぬ。
 届かないのか。あと一歩で、届かないのか――アインハルトの胸に満ちる焦り、失意。しかし運命は彼女の敵に回ったが……



   ――――メギャンッ!! メギャンッ!! メギャンッッ!!!




 『皇帝』は、変わらず彼女の味方だった。
 不規則な軌道で誰にも気付かれずに飛来した銃弾がジャックの口に炸裂し、その前歯をへし折り喉を貫く。
 ぐおんと跳ね上がる顎。その瞬間はまさに、千載一遇の好機であった。アインハルトは最後の力を振り絞り、握り締めた拳を――ジャック・ハンマーの腹筋に、全ての力と思い出を込めて、叩き込んだ!!
 くの字に曲がる体、吐き出される胃液。あと一撃だ。それさえあれば、事足りる。

「な、め、……」

 だが。


「ナメルナヨッッッッ!!!!」


 全身全霊、命全てを燃やして戦っているのは、ジャック・ハンマーも同じなのだ。

 ジャックの拳が、アインハルトより一瞬速く、彼女の顔面を貫いていた。顔を破り、頭蓋に届くまで深く突き刺さった拳。それを受けたアインハルトの腕が、だらりと、今度こそ完全に脱力する。

「が……ががががが、がが」

 ガクガクと痙攣さえしながら、動く拳。
 それはジャックの体へ一度だけ、ぽこ、と軽い音でぶつかり……

「……終わりだ」
「がぁ……がガガ……がががががぁぁぁぁぁ…………が、ガヘッッ!!」

 少女は、完全に動かなくなった。手を喰われ、体中を砕かれ、顔を潰されても戦い続けた勇敢な子は、死んだ。
 勝ったのは、鬼(オーガ)だった。拳を顔から引き抜くと、アインハルトの体は完全に力を失い、地面へ俯せに倒れ臥す。それからジャックは、自分の血に汚れた手を見ながら、今の戦いを回想する。
 覇王流という技術体系は、遊戯の域を出ていない。自分は確かに、そう言った。その認識は今も変わっていない。
 だが、アインハルト・ストラトスというファイターに対しては評価を改めねばならないと、彼は今そう思っていた。平和島静雄のような化け物じみた強さがあるわけでは決してないが、それでも、弱くはなかった。
 強かったと、そう評してもいい。最後の猛攻は、ジャックをして焦りを禁じ得ないほどのものだった。

「おめでとよ、兄ちゃんの勝ちみてぇだぜ」

 そしてファイター二人の戦いを締め括るゴングの代わりに鳴り響いたのは、冷たく弾ける銃声。
 極制服の酷使による疲弊、度重なる連戦で蓄積されたダメージ、それらが一斉に伸し掛かっているジャックにそれを回避する術は何一つとしてない。
 軌道の変更すらされないまま突き進んだ銃弾は、ジャック・ハンマーの眉間へ突き刺さり、その脳を撃ち抜いて向こう側へと貫通していった。

(勇次郎よ……俺は………)

 蘇る、地獄のような鍛錬の光景。殺人の記憶。
 それだけしても、自分は範馬勇次郎を越せなかった。
 目的の一つも果たせなかったのだから、父の域に至れている筈もない。

(俺は……ッッッッ)

 最後にあったのは、底のない無念。まだ生きたい。やはり死ぬ訳にはいかない。勇次郎を生き返らせねばならないのだ。そして勇次郎を越さなければ、生きていた意味がない。
 だから動け俺の身体と、ジャックは自らを鼓舞する。

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

 それでも、彼の体は微動だにすることなく。

「俺はッッッッッッッッ、まだ死ねんッッッッッッッッ!!!!」

 絶叫の中、止めの弾丸でこめかみを撃ち抜かれ、ジャック・ハンマーは完全に沈黙した。無念の形相を浮かべたまま死に果てた男へと、未だ硝煙の立ち上る銃を持ったガンマン――ホル・ホースは冷たく言い放つ。

「だが最後に勝つのは、おれだったな」

 フッと微笑んで決め台詞を言い終えるなり、ホル・ホースはその場に仰向けに倒れた。
 体の節々が痛む。中でもやはり潰された目が訴えかけてくる激痛は凄まじい物があり、今や意識を維持しているだけも相当な負担になっている。
 出来ればどこか屋内で休むべきなのだろうが、生憎と、もう一歩だって歩ける気がしなかった。
 凄腕の格闘家にボコボコに殴られ、痛め付けられて、今まで気絶せずにいるだけでもホル・ホースにしてみれば勲章ものの奮闘という話だ。
 薄れゆく意識の中、過剰なほどに眩い日差しに照らされながら、ホル・ホースはらしくない真似をしたもんだと呆れたように述懐した。したが、しかしすぐに「いいや、おれらしい行動だったか」と彼はへらへら笑う。
 なんてったってホル・ホースは、世界で一番女に優しい男なのだから。

 ホル・ホースは諦めていた。自分もアインハルトも此処で殺されるのだと決めつけ、それは彼女も同じだと勝手に納得していた。だが、違ったのだ。アインハルトは諦めてなどいなかった。
 ボロ雑巾のように痛め付けられ、生きているのが不思議なほどの状態になりながらも拳を振るい、果敢に戦った。
 結果彼女は勝てなかったが、本来なら、ああやって戦うことすら不可能だった筈。
 奇跡のような善戦で命を繋ぎ、その生き様を拳で語った彼女の精神は、気高い黄金色に輝いていたように思う。

「嬢ちゃんよ…………さすがのおれも……『敬意』ってやつを評するぜ。後は精々、ゆっくり休みな……おれもちょっとばかし疲れたからよぉ、少し、眠る…………ぜ………………」

 アインハルト・ストラトスという少女が今際の際に見た友人たちの姿は、身も蓋もないことを言ってしまえば単なる走馬灯の亜種、幻影に過ぎなかったのだろう。
 それでも彼女の中では、あの時見た皆の姿と言葉はまごうことなき真実だった。
 走り続けた覇王は眠りに就いた。聖女も去り、覇王も去り。彼女たちが戦う勇姿を見ることはもう二度とないだろうが、その鮮烈(Vivid)な生き様は、人々の記憶の中に永遠に残り続ける。

 不屈の夢の彼方まで羽ばたき続けた二人の少女に、どうか安らかな眠りがあらんことを。



【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはVivid  死亡】
【ジャック・ハンマー@グラップラー刃牙  死亡】




【G-2/一日目・日中】

【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、肋骨数本骨折、左目失明、気絶
[服装]:普段通り
[装備]:デリンジャー(1/2)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10) 黒カード:不明支給品0~2、タブレットPC@現実
[思考・行動]
基本方針:生存優先。女は殺さない……つもり。
1:休む。つーか休まないと死ぬ
2:ジョースター一行やDIOには絶対に会いたくない。出来れば会う前に野垂れ死んでいてほしい。
3:アインハルトの生き様に、強い『敬意』。
4:夏凜にちょっぴりの『敬意』。
5:どうするかねえ、これから
[備考]
※参戦時期は少なくともDIOの暗殺に失敗した以降です
※犬吠崎樹の首は山の斜面にある民家の庭に埋められました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。


支給品説明
【メルセデス・ベンツ@Fate/Zero】
アインハルト・ストラトスに支給。
エンジンは排気量2966cc、直列六気筒SOHCのM198エンジン。最高時速は260キロ。ガルウィングのドアが特徴的。
第四次聖杯戦争時に切嗣が、アイリスフィールとセイバーの冬木における足として運び込んでおいた物。元々は本国のアインツベルン城にあった、アイリスフィール曰く「切嗣が持ち込んできてくれた玩具」のひとつ。


時系列順で読む


投下順で読む


159:Vivid Survivors(前編) 引き合うように重なる拳 ジャック・ハンマー GAME OVER
159:Vivid Survivors(前編) 引き合うように重なる拳 アインハルト・ストラトス GAME OVER
159:Vivid Survivors(前編) 引き合うように重なる拳 ホル・ホース 167:リボルバーにくちづけを