fool ◆NiwQmtZOLQ


C-6、ホテル。
そこに目を向ける人間は、その段階では誰一人いなかった。
そもそも、目立つ位置にあるのならともかく、会場の片隅にポツリと点在しているだけの宿泊施設は、わざわざ目を向けるような場所ではない。
そして、地下通路の出口という現状でこの施設が大きく注目される唯一の理由も、地下通路を知っている人々が悉く遠くにいたり地上に上がっていたりと、ホテルから目を離す一方。
そのホテルがあるC-6の周辺のエリア、という観点で見ても、そこには生存している参加者の影も形も見えぬ有様だった。

─────唯一、その男を除いては。

あれから。
DIOは、とことん上機嫌だった。
娯楽室にある様々な遊び道具、その全てで快勝に次ぐ快勝を繰り返したのだ。
ダーツやビリヤードでは、精密性に長ける『世界』によってブルズアイを連発し高得点の球を次々の沈め。
NPCと戦うレースゲームでは、道無き道を踏破し堂々の一位。
ゾンビを射撃するゲームに至っては、その程度の恐怖を全く怖れる筈のない帝王にとってはただの的当てゲームに変わりない。
そうして、ただひたすらに遊び尽くすこと、実に三時間。
午後四時を告げた時計を一瞥し、次にこの四時間に歩き回り続けた娯楽室を見渡す。

「………ククク………」

帝王の口からは、自然に笑いが漏れる。
まるで、何かに圧倒的な勝利を収めた後のように。

「アーッハッハッハッハッ!!」

漏れた笑いは、数秒後には高笑いに変わる。
その表情は、その声音は、DIOの圧倒的な自信に裏打ちされたそれ。
暫くその笑いが続いた後、勝ち誇った表情を浮かべ、DIOは高らかに言い放った。



「遂に、このDIOがッ!この部屋のゲーム全てを制覇したッ!」



─────そう。
苦節四時間、遂にやり遂げたのだ。
このホテルの娯楽室に備え付けられた全ての遊具において、DIOは頂点を手にしていた。
ランキングがあるものは全て一位にDIOの名前があり、どれも二位以下とは圧倒的な差を着けている。
スコアも考えられる限りほぼ最高で、恐らくはかなりのゲームの達人でもなければ抜かす事は出来ないだろう。
クレーンゲームの中は伽藍の堂と化し、エアホッケーでは有り得ない点数差がでかでかと表示されている。
対戦できるAIはどれも故障し、唯一DIOの席に圧倒的勝利の痕跡が残っているだけ。

まさに、完全制覇。
帝王の力をまざまざと見せつけるに足りるだけの光景が、そこには広がっていた。

満足そうな表情で頷いていたDIOは、しかしその次の瞬間己の頬を伝う汗に気付く。
思えば、散々にヒートアップしてしまった。
汗を掻く程に盛況していたとは思わなかった。
折角すっきりした体も、再び汗によってところどころベタついている。

「ふう…しかし、ここまでこのDIOを梃子摺らせるとはな。汗もそれなりに掻いた…丁度いい、もう一度風呂にでも入るとしよう」


─────DIOがこんなにも疲れているのには、勿論理由がある。
そして、勿論それはAIの故障ともつながっている。

簡単に言えば、『世界』での時間停止を用いたイカサマをやりまくったのだ。
ゾンビに不意を突かれれば時を止め。
スロットで目押しをする為に時を止め。
モグラ叩きで取り逃がしそうになれば時を止め。

その他にも100人が見れば100人がイカサマだというだろう手段を一切惜しみ無く使って、DIOはこの遊戯場を完全に制覇するに至ったのだった。
その代償が、遊戯を楽しんだだけとは思えない疲労感。


もし『世界』がなければ、DIOがここまで制覇する事が出来たかは─────誰も知る由もない。



風呂から上がったDIOが次にした事は、厨房を漁る事だった。
尤も、廃棄された食料を漁るようなそこら辺のマダオと同じ真似をする帝王ではない。
あくまで上品に、100年前のジョースター家に居た頃のような振る舞いで、大型の冷蔵庫の中を覗く。

取り出したのは、所謂つまみ─────その中でも超高級なものだけ。
その内の一つである生ハムを一つ口にしながら、帝王は上機嫌な様子で厨房を出た。

ホテル全体の案内図を見て、どこが適切かを考える。



やって来たのは、バルコニー。
しっかりと天井が設置されており、日光に晒される事は無い。
差し込む陽光も計算し、直射日光が当たる余地がないであろう場所にDIOは陣取った。
テーブルにつまみを置き、優雅に足を組んで悠然と備え付けの椅子に座る。
ホテルの質が高いからか、それなりに良い椅子の座り心地に癒されながら、DIOは笑う。

「ンッンー……実に!スガスガしい気分だ!歌の一つでも歌いたいくらいにハイな気分だァ~~ッッ!」

改めて現状を鑑みれば、その感想が出て来たのは必然だった。
ポルナレフと花京院は死んだ。
残る憎き敵は承太郎と、ここには呼ばれていないジョセフとアヴドゥル。後はイギーとかいう犬コロだけだ。
更に、こちらにはまだヴァニラ・アイスという最強の狂信者、そしてしっかりと為すべき事を為す事が出来る男、ホル・ホースがついている。
花京院とポルナレフが死んだ今、承太郎は孤独。それに対して、未だ欠けていないこちらの勢力。
更には、こちらは「未来」を知っているというアドバンテージまで持っている。
仮に空条承太郎のスタープラチナが本来の歴史と同じように「時の止まった世界」に入門したとしても、不意を突かれるなどありはしない。
そして、不意を突かれなければ、本来の時間停止の使い手であるこのDIOと『世界』が承太郎の『スタープラチナ』如きに負けるはずがない。
どちらが有利か、どちらが勝利を収めることが出来るのか─────最早、決まったようなものだ。

「ここまで優位に立ってしまうと、ついつい承太郎に同情の一つでもしたくなってくるというものだなァ~?」

そう呟きながら、懐から青いカードを取り出す。
その中から取り出したのは、血のように真っ赤な赤ワイン。

─────酒、飲まずにはいられないッ!
こんな時に好きなだけ飲まずして、いつ飲むと言うのだッ!

それは、吸血鬼となる前のあの時とは違う。
圧倒的な優越感、そして帝王の余裕からなる美酒を愛でる時間だ。
あの愚かで惨めな、父親とは認めたくもない存在とは大きく違う─────それが今の自分、帝王となったDIO。

「やはり、このDIOにはこのような最高級のワインが似合うとは思わんか?」

誰に言うでも無くそう零しながら、厨房から持ってきていたワイングラスへとワインを注ぎ、一息に呷る。
人間の血とはまた違った風味に満足感を抱き、更にもう一杯グラスに注いだ。
つまみも幾つか同時に口に放り込み、ジョースター家での豪勢な食事を思い出して、僅かな懐かしみと今はそれより上にいるという優越感が更に増長させた旨味に舌鼓をうつ。
それを何度か繰り返し、やがてボトルは空っぽになった。

「フム…………これだけでは足りんなぁ?」

更に青カードを振り、ボトル数本を取り出しておく。
それをひたすら飲み、たまにつまみの補充をする為に席を立つ。
そうやって、ひたすらに悦に入る行為を繰り返しているうちに─────時間は進み、段々と日が傾いてきていた。



─────そう、西日が差し込みつつあったのだ。
既に時刻は午後五時を回り、既に太陽は沈みかけ。

そして。
DIOがいた場所が、彼が選択した場所がそこでさえなければ、彼は辛うじて事なきを得ていたことだろう。
確かに、DIOが選んだその場所は直射日光が当たるとは思えないような場所。
その判断は全く間違っていなかったのだが─────一つだけ、彼が考慮しなかった事実がある。
それは、そのバルコニーが、併設されたプールを一望できるという構造になっており、手すりがガラス張りになっていたこと。
そして、これまでは上から差し込んでいた光が、よりその入射角を拡げてプールの水面に反射する。
すると、どうなるか。

─────当然、反射した光が、バルコニーにも届くようになる。

それまでは上手く日陰の部分になっていたそこに、唐突に反射した日光が差し込み出す事となったのだ。

気付いたのは、何となく立ち上がったその瞬間。
奇妙な感覚が不意に体を襲ったと思うと、DIOはその場に崩れ落ちていた。

「な…………!?」

倒れこむ事で、辛うじてそのままダルマ落としのように溶かされていくのは免れた。
だが、何よりも彼が驚いたのは突然の日光。
出処はどこだ、隠れなければ、そんな思考がぐるぐると渦巻く。

もし彼が酒を飲まず、アルコールが回っていなければ、より冷静に復帰の方法を考えることができたかもしれない。
しかし、判断能力が鈍っていたDIOが選択した行動は、床を壊して隠れるという安易なもの。
勿論、この時点で彼の脳内から「現在地はバルコニーである」という事実は微塵も残っていない。

「何ィィィィィ!?」

次にその事実を思い出したのは、壊し抜けた床のその下を見た時だった。
このまま落ちれば、太陽が直にこの身に当たる事となる。
そうなれば、吸血鬼たるDIOの身体は粉微塵となって消え去る定め。
どうにかならないか、と必死にアルコールで鈍りに鈍った頭脳を巡らせて。



─────けれど、全ては遅かった。



えんりょなく迫る日向が、すぐ目前に迫り。
いちも二も無く身を引くも、もう遅い。
プールに反射した日光によって、彼の体の様々な部分がボロボロと崩れていく。
リンゴ─────上階に備え付けられていたフルーツの一つ─────も落下し、共に落ち行くそれに更なる危機感を覚え、それでも辛うじて掴まる事に成功し。
るり色の美しい彫刻は脆く、焦った世界の力加減によって無残にも砕け散った。
ふ、と吐いた息が、は、と有り得ない物を見たという驚愕の息に変わる。
ウソだ、まさか、と言葉を零し。
るり色の破片が、最後に日光を浴びて一際強く輝いた。





「バカな…このDIOが…このDIOがぁ~~~~!!」





そうやって。
邪悪の化身DIOは、あまりにも呆気なく。
自らの慢心に呑まれ、その身体を灰燼に帰した。



【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 死亡】