killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE



  衛宮切嗣が行き先に定めたのは、旭丘分校であった。
  市街地での戦闘からどうにか逃げ果せ、その後足を向ける先の選択肢は二つ。
  北上してみるか、折原臨也との協力関係にあてを絞ってみるべきか。
  結論が出るまでに要した時間は、そう長いものではなかった。
  というのも、何も難しい話ではない。
  単純に分校は切嗣の現在地から近い場所にあり、そこで臨也と再度合流してから今後の指針を定めても問題はないだろうと思った為だ。

  折原臨也は、敏い男だ。
  敵対すれば恐ろしいだろうが、味方である内は使える。
  今後はどうあれ、少なくとも使える内は最大限に利用するべきであろうと、切嗣は踏んでいた。

  状況は決して芳しくない。
  空条承太郎からは不信を買った上、彼に背を向けて自分は逃げ出した。
  仕方のない状況だった、などという言い訳はまさか通らないだろう。
  少なくとも切嗣には、あの少年を納得させられるだけの弁舌を披露できる自信がなかった。
  空条承太郎という人物を直接垣間見たのはわずかな間だったが、切嗣のような人種にとって、彼のような人間は折原臨也以上に「食えない」相手だ。
  臨也の「食えない」が掴み所がないという意味ならば、承太郎の「食えない」は手強すぎて食うことが出来ないという言葉のままの意味になる。

  次に自分が彼の前に姿を見せた時、あの少年は本当に一切の容赦を捨て去ってくることだろう。
  その時は、覚悟を決めなければなるまい。
  自分が獅子身中の虫である可能性を、他の対主催派参加者に語られてしまった可能性もある。
  いよいよもって面倒な事になったと、さしもの切嗣もそう思わずにはいられなかった。

  とはいえ如何に承太郎を言いくるめるのが至難の業であっても、周りの人間に対してもそうであるとは限らない。
  それでも、なるべくならば空条承太郎と再会するのは避けた方がいいのは確かな筈だ。
  汚れ仕事に慣れきった魔術師殺しをしても、その尻尾を掴まれかねない――そう思わせる凄味と、高校生とは到底思えない度胸の持ち主。それが衛宮切嗣の垣間見た、空条承太郎という男だった。
  繭を打倒する上では確かに有力な実力者なのだろうが、切嗣にしてみれば都合の悪い相手なのは間違いない。
  幸いにも、まだ時間はある。
  その辺りについては、今後思案を巡らせていく必要があろう。

 「……此処か」

  そうこうしている間に、旭丘分校の校門前へと到着した。
  どこか牧歌的な、田舎の町か村を彷彿とさせる素朴な校舎だ。
  人の声はしない。
  ついでに言うなら、気配らしいものも感じられなかった。
  足音を潜めながら扉を開き、内へ足を踏み入れ――折原臨也達の不在を確信すると共に。

 「…………これは…………」

  そこで、驚くべきものを目にした。
  既に大部分が乾いている血溜まりの真ん中で、倒れている端正な顔面の男。
  胴体に深々とした刺し傷がある。恐らく、死因はこれだろう。
  死後数時間は経過しているものだと思われた。
  だが、こんな状況なのだ。死体程度、珍しいものでもない。
  凄惨を極める破壊を施されたわけでもない、死体としては比較的綺麗な部類のそれ。
  魔術師殺しの心を動かすなど不可能であろうその死体が、では何故に衛宮切嗣の驚きを買ったのかといえば。

  一言――その死体が、英霊(サーヴァント)のものだったからに他ならない。

 「ランサー……」

  ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナ。
  一度だけ対峙したことがあったが、到底人間の身で倒せる相手とは思えなかった。
  フィオナ騎士団の一番槍、輝く貌の名は伊達ではない。
  その彼が、今こうして、物言わぬ屍となって朽ち果てている。
  霊体である筈のサーヴァントが消滅することもなく、生身の死体を晒している。

  切嗣は死体に息がないことを確認すると屈み込み、腹の傷を検分する。
  傷口は大きい。
  室内に激しい戦闘の痕跡がないところを見るに、大方彼は不意討ちで殺されたものと推察できる。
  幾ら不意を突いたとはいえ、サーヴァントを殺傷した人間が居るという事実そのものがが驚嘆モノだ。
  繭の企てた殺し合いは、着々と進行しているらしい。
  淡水の中で暮らしてきた魚が海水の環境に適応するように、殺し合いの状況へ既に適合して行動している参加者も、この有様を見るに少なからず存在するのだろう。
  切嗣は取り出した噛み煙草を口へ運び、それで一服としながら折原臨也と一条蛍の到着を待つことにした。
  あと十分ほど待って音沙汰がなければ、既に通り過ぎた可能性も加味し、動き出すとしよう。


  ――そして、時刻は放送を経て、現在へと至る。





  放送を聞き終えた男の表情は、決して良いものではなかった。
  苦虫を噛み潰したような顔で、切嗣は繭の語った内容を反芻していた。
  会場全体で見ても最大級の危険人物であったキャスターが没したのは、予想外ではあったが良しとする。
  だがそれを差し引いても、切嗣にとってこの放送は、決して都合のいいものではなかったのだ。

  折原臨也。
  一条蛍と共に、この分校へ向かう筈だった男。
  苦境に立たされた切嗣が利用を目論んでいたあの男が、死んだという。

  確かに、不自然ではあった。
  別れた時間から考えて、そろそろ到着していてもおかしくはない頃合いだ。
  単純に到着が遅れている可能性も、或いは既に何処かへ立ち去ってしまった可能性も簡単に想像できたが。
  ここが殺し合いの会場である以上、当然「そういう」可能性は誰にでも、確実に存在する。
  切嗣の中にあった一抹の不安が、見事的中してしまったことになる。

  折原臨也という貴重な利用先を失ったのは手痛い。
  だが、その損失を引き摺った結果足が止まるのは愚かしいことだ。
  状況はこれで一層悪くなったが、切嗣は当初立てていたもう一つの予定をなぞることに決めた。
  北上し、DIOの打倒に向けて動く。
  当然、単騎での特攻は余りにも無謀が過ぎる。
  最低でもまずは北西方向の島を探索し、人員を募り、それからだ。
  その間に、後々の事を考えて行っておきたい工作もいくつかある。
  ――越谷小鞠の殺害から生じた自身の不利を帳消しにする為の、情報工作だ。

 「…………」

  切嗣は噛み煙草の風味を味わいながら、窓辺へと向かった。
  もはや待ち人は居ないのだから、この場所に長居する意味はない。
  少々普段と違った一服を終えたなら、すぐにでも切嗣はまた、殺し合いの渦中へと戻ることだろう。

  衛宮切嗣。
  魔術師であることに誇りを抱かず、道具として魔術を行使する魔術使い。
  付いた異名は『魔術師殺し』。
  誇り高き魔術師であればあるほど軽蔑の情を寄せずにはいられない、汚れた猟犬。

  だが、その胸にある願いは美しかった。
  彼が望むのは、恒久的世界平和。
  争いの根絶された世界。
  元を辿ればその為に、彼は聖杯をめぐる戦いへと足を踏み入れた。
  血と硝煙の香りを常に侍らせて、ここまで歩いてきた。
  彼には、聖杯が必要である。
  その為ならば衛宮切嗣は、どんなことだってできる。

  窓辺に立ち、彼方の空を見て、想うのは置き去りにした家族のことだ。
  最愛の妻、アイリスフィール。
  最愛の娘、イリヤスフィール。
  彼女達の為にも、自分は必ず帰らなければならない。
  生きてもう一度、イリヤスフィールを迎えに行かなければならない。

  また一つ、命を摘んだ。
  合理的な判断の下で、小さな命を潰した。
  天秤の守り手となることを誓った日から、一体何人、何十人を殺してきただろうか。

 「……待っていてくれ、アイリ、イリヤ」

  煙草を吐き捨て、遠い地の家族へ誓う。

 「僕は必ず――」




 「君達の下に、帰るから☆」




  その声は、衛宮切嗣のものではなかった。
  ひょいっと窓の上から逆さに現れた少女の顔は、切嗣にとって覚えがあるものだった。
  逃げ切った筈の、片太刀バサミの怪人。
  『針目縫』という名の、化け物であった。




 「――ッ!」

  言峰綺礼より受け取ったコルト・ガバメント自動拳銃を抜き放つなり、一秒の迷いもなく頭部へ発砲する。
  眉間を撃ち抜き、即死させる。
  もしも普通の人間相手であれば、十分にそれが可能な間合いであった。
  射手たる切嗣の経験も申し分ない。
  少女の愛らしい顔が崩れ、汚らしい脳漿が飛散する。
  そんな光景を、針目縫という存在を知らない人間ならば誰もが予想するに違いない。
  少女相手に迷いなく発砲した切嗣を、外道と責めさえするかもしれない。

 「アハハハ☆」

  だが。
  生命戦維の怪物はそんな予想を、笑いながら裏切っていく。
  逆さのまま、飛び降り自殺さながらに落下してきて、弾丸が肌へ触れる寸前に鋏の一振りで叩き落とす。
  跳ね除けられた弾丸が、キィン、と甲高い音を立てて教室内で跳弾した。
  切嗣が二度目の発砲を行うよりも尚速く、針目は窓枠を飛び越え、切嗣の眼前にまで接近する。
  まるでカートゥーンの世界だった。
  そのどこかコミカルな容姿といい言動といい、針目縫という少女はあまりにも現実から乖離していた。
  これで内面さえまともであったなら、彼女はさぞかし皆に愛されたことだろう。

 「久しぶり――って程でもないよね? ボクの前から尻尾巻いて逃げ出した臆病者さん」

  そう、内面が問題なのだ。
  化け物じみた力量と体もさることながら、針目縫は残虐性の塊である。
  殺し合いという趣向に何の嫌悪感も感じず。
  笑いながら少女の首を刎ね。
  その死体で遊んでのける。
  もはや、外道の域すら過ぎていた。
  針目縫はまさしく、怪物としか形容のしようがない。

  固有時制御   二倍速
 「Time alter――double accel!」

  体内時間の加速に伴う速度の向上で、切嗣は針目の魔手が追い付くより早く間合いから脱出する。

  少しでも動きを封じるべく、その足を目掛けて発砲するのも忘れない。
  命中したかどうかを確かめるより速く、切嗣は教室を飛び出した。
  固有時制御の解除と共に、体へ強烈な負荷が押し寄せるが、気にしている暇はない。
  今の自分がすべきことは、あれを殺そうと取り合うことではない――
  理解しているからこそ、切嗣の行動は極めて迅速だった。

  まずは適当な教室へ転がり込み、窓を通じて脱出し、身を隠しながら逃げる。
  出来る限り遠くまでだ。
  どれだけ逃げたとしても、針目縫を相手取る上で過剰ということはあるまい。
  手近な扉を、開け放つ。

 「やあ、また会ったね☆」

  針目縫が、ピースをしていた。
  飛び退く。
  体内時間の加速を再発動。
  今度は玄関口へと向かう。

 「あらら、また会った」

  笑顔の針目縫が、廊下の向こうで通せんぼをしている。
  振り返れば、追いかけてきたらしい針目縫が居て。
  その数メートル後方に、また別の針目縫がニコニコと笑っている。
  計三体の針目縫が、切嗣の視界で笑っていた。

 「――三人だけじゃないよ☆」

  心を読んだように、一番奥の針目縫が笑う。

 「学校の外で、もう三人ボクが待機してるんだ。
  キミがどこから逃げ出しても、必ず別なボクが見つけて、先回りしちゃうってワケ☆」

  それがハッタリでないことは、校舎の外からも聞こえてくる耳障りな笑い声が証明していた。
  切嗣は心の中で舌打つ。
  針目縫の強さは、つい先ほど目にし、今しがた思い知らされたばかりだ。
  そんな女が六人に増え、しかも揃いも揃って切嗣を殺そうと包囲している。
  絶体絶命――まさにそう形容するしかない状況であったが。

 「いいコト教えてあげよっか」

  圧倒的優位に気をよくした彼女は、軽率に自身の弱点を切嗣へ喋り始める。

 「実はね、分身のボクはオリジナルのボクよりちょーっと弱いんだ」
 「特に耐久力がね、ダメなの。今なんて制限されて尚更」
 「キミの持ってるこわ~い武器が当たりでもしたら、ひとたまりもないよぅ」

  三人の針目は、それぞれ語る。 
  切嗣は常に彼女達への警戒を解かぬまま、与えられた打開への手がかりを噛み締めていた。
  真偽を疑おうが、切嗣がこの場を潜り抜けるには、分身を撃破して数の優位を解消する以外にない。
  ガバメントを握る右手に力を込める。
  それを見るや否や、進路を遮る二体が一斉に動き出した。

 (本体は――)

  間違いない。
  本体は、ただ一人動かない奥の針目縫だ。
  それが分かったとしても、切嗣は決して本来の目的を見失わない。
  あくまで目的は逃走だ。
  針目縫を殺すというジャイアントキリングを狙っていては、命が幾つあっても足りない。
  この状況へ挑まねばならないという現状が既に、どす黒い死線の真っ只中であったが――
  衛宮切嗣は、死ぬわけにはいかないのだ。
  だから彼は、最善を尽くす。

  固有時制御   二倍速
 「Time alter――double accel」

  再度の魔術行使。
  鋏の刀身を潜り、微笑む分身の首に弾丸を撃ち込んだ。
  分身は力なく崩れ落ち、やがて消えていく。
  同時、背後から迫る二体目の分身。
  振り向きざまの一撃で、同じ末路を辿らせんとするが、予想通り。

 「ムダムダムダムダ☆」

  針目縫の分身は、二倍速の世界に適合していた。
  切嗣は覚えている、針目と承太郎の戦いを。
  銃弾を超える速度で動き回る針目と、銃弾を指で摘める速度でそれに応対できる承太郎。
  その戦いを見て、切嗣はこう思った。
  自分では、この二人に追い付けない――と。

  切嗣の世界が元に戻る。
  襲う、修正力のもたらす苦痛。
  その瞬間に放たれた攻撃へ、彼が対応するなど無理な話だ。
  片太刀バサミの切っ先が、切嗣の左肩を深く切り裂いた。

 「ぐ……」

  顔が歪む。
  血が溢れ出す。
  笑いながらやって来る追撃は、一方向からだけではない。
  分身の一体が殺されたことで進路が開けた本体の針目縫が、迫ってくる。

  固有時制御
 「Time alter――」

  体へ掛かる負荷は、恐らく甚大だ。
  既に二回、魔術を行使している。
  これ以上連発すれば、よしんば逃げ切れたとしても、その後の行動に関わってくるのは間違いない。
  そうまでしなければ倒せない相手。
  衛宮切嗣が生涯相手取った敵の中で、間違いなく最強――最凶であろう女。
  それが、針目縫だった。

  しかし、固有時制御では針目縫には対処できない。
  それは切嗣も知っている。
  ――では、分身ならばどうか?
  その答えも出ている。
  二倍速の世界は、笑う分身に呆気なく破られた。


  ――だが、切嗣の上限はそこではない。


     三倍速
 「――Triple Accel…………!!」


  三倍速。
  莫大な負担と引き換えに放つ、更に上の加速。
  案の定、分身の方の針目縫は驚いた顔をして、切嗣を見送った。
  その背を背後から蹴り飛ばす。
  切嗣の背後からは、『本体』の針目縫が迫っている。
  すると、どうなるか?

 「ありゃ」

  分身は、本体の放つ刃で切り裂かれた。
  同時に世界が元に戻る。
  毛細血管が断裂し、目の前が比喩でなく一瞬ブラックアウトした。
  されど体だけは動かす――今の瞬間は二度とないと知っているからだ。

  針目縫は強いし、彼女自身もそれを知っている。
  だからこそ、彼女は時に慢心する。
  先の発言がまさにそれだ。
  あの場で有無を言わさず襲い掛かっていたなら、切嗣は間違いなく、肩を斬られる程度では済まなかった。
  しかし彼女は自ら弱点を口にし、切嗣の心に活路を与えた。
  それと同じだ。
  初見で見せる三倍速――そこに分身をスケープ・ゴートにして切り抜けるという奇策を合わせることで、一度までは針目を嵌められると切嗣は確信した。
  そして実行し、成功を収めた。
  さりとて、二度も同じ轍を踏むような阿呆ではあるまい。

 「キミさぁ、生意気だよねぇ」

  背後からの声は笑っているが、僅かな苛立ちを含んでいるようにも見えた。
  針目縫は非常に高いプライドを持つ。
  他人を小馬鹿にした言動も、根源を辿ればそこから来るものなのかもしれない。
  そんな彼女が、自分を模した分身を、盾代わりに使われるなど我慢できよう筈もなかった。
  自分がやるならまだしも、他人にやられるなど、そのプライドが許さない。
  ――パチン。針目が指を鳴らした途端、切嗣が目指す玄関口の扉が開いた。

 「ちょろちょろ動き回ってさあ。弱くてちっぽけな癖にぃ。うーん、目障り」

  そこから、おどけた笑顔で更に三人の針目縫が入ってくる。
  二度の固有時制御を経て、一発きりの奇策さえ使って、ようやく切嗣は二体を殺した。
  そうして垣間見えた活路も、こうしてあっさり踏み躙られる。
  いつだとて化け物なんて生き物は、そんなものだ。
  かつて死徒という化け物のせいで、故郷を失ったように。母を殺さねばならなくなってしまったように。
  この時も化け物が、衛宮切嗣の希望を閉ざす。

 「だからさあ――」

  にぃぃぃ、と、愛らしい口元を三日月の形に引き裂いて。
  目元はその逆向きの三日月に歪めて。
  親指を立て、それを逆さに振り下ろして。


 「ちょっとバラバラになってみてよ、ネズミさん☆」


  『死刑宣告』をした。

  もはやこれは、殺人ですらない。
  人が人を殺すから、殺人というのだ。
  であればそもそも人でない針目縫が人を殺すのに対して、殺人という言葉を使うのは適切ではないだろう。
  では何と称する。
  答えは一つだ。
  四人の、同じ顔をした、少なくとも二倍速の世界に適合できる化物どもの姿を見ていれば、すぐに弾き出せる。

  この光景は――『虐殺』だった。
  別解として、『屠殺』とすべきかもしれない。
  生命戦維を尊び、それに抗う人間を侮蔑する針目が手を下すのだから、意味は通る。

 「……、」

  切嗣が、銃を握る。
  ゆっくりとその瞼を落とす。
  全てを諦めた動作だった。
  そこに殺到する、針目縫。
  彼は覚悟を決める。
  覚悟を決めるしか、ない。

  固有時制御
 「Time alter」

  何故ならば。

  衛宮切嗣には、諦めてはならない理由があるから。
  命を賭してでも叶えねばならない理想があるから。
  彼は何としても、この傲慢な化け物達に殺される訳にはいかなかった。


   四倍速
 「Square Accel」


  四倍加速。
  それは最早、負担が掛かるなどという言葉で片付けてはならない次元の術だ。
  命が惜しければ抜くことは出来ない、そのレベルに達している。
  そのことは、切嗣の全身を苛む、苦痛という言葉すら生易しい地獄の熱が物語っていた。
  血液が沸騰して意識が蒸発する錯覚は、確実に寿命を縮めた実感を与えてくれる。
  だがその恩恵は、確かにあった。
  針目縫の分身が、真横を抜ける切嗣を捉えられない。
  そして何より、最奥の――本体の針目縫が、驚きを浮かべている。
  その動きは――今の切嗣にとって、非常に鈍重なものに見えた。

  四倍速の世界で、初めて衛宮切嗣は針目縫を追い越したのだ。

  無論、それは長続きするものではない。
  四倍の加速を連発するのはまず不可能だし、事実、既に切嗣は満身創痍だ。
  平常時でさえ、使おうものならばどんな有様になるか想像出来ないような無茶をした。
  これ以上は無理だ。
  そもそも、針目から逃げ切るだけの体力が残っているかすら疑わしい。
  それほどまでの無茶をして、では衛宮切嗣は何を狙っているのか?


  答えは単純である。
  針目縫の殺害。もとい、討伐だ。
  元々切嗣は、針目を殺すつもりなど毛頭なかった。
  それは無謀な勝負だと踏んでいたし、事実今でも無謀だと思っている。
  だが、一応、案自体は最初からあったのだ。
  単に実行すれば後の方針が全てご破算になりかねないのと、あまりに分が悪い賭けだったから、極力その選択肢を選ばねばならない状況は回避するように立ち回っていたというだけの話。

  針目は校舎の外へ配備させていた分身まで使い、自分を殺そうとした。
  もしも切嗣を学校から脱出させ、その先で袋叩きにする算段だったなら、この方法は選ばなかったし、何より『選べなかった』。
  しかし針目縫は嗜虐心を出した。
  自分のプライドを損ねられたことに腹を立て、切嗣を虐殺することで鬱憤を晴らそうとした。
  その非合理的行動のせいで、切嗣はこうせざるを得なくなった。

  四倍の世界を駆け抜ける。
  四人の針目縫が追い掛ける。

  彼女達に発砲しつつその傍らで、越谷小鞠の死体から回収した黒カードから、一個の武器を取り出す。

  玄関の扉を乱暴に開け、外へと飛び出す。
  追って殺到し、校舎を出る針目縫。
  そこへ切嗣は『武器』だけを置き去って、四倍加速を維持したまま、校舎の中へと戻り、扉を硬く閉めた。


 「――なあああああっ!?」


  針目縫の素っ頓狂な声がして。
  加速が解除されると同時に、くぐもったような爆音が炸裂した。




  切嗣の取った戦略は、難しいものではない。
  越谷小鞠の死体から回収した支給品の一つ――『軍用手榴弾』を使った。それだけの話だ。
  四倍加速により一時的ながら速度で勝った切嗣を殺すべく、押し寄せた四人。
  彼女達だけを外に出し、壁を隔てた上で、至近距離から手榴弾を炸裂させる。
  それが、衛宮切嗣の編み出した、針目縫を殺す手段だった。

 「――……ァ……ッ…………が…………!!」

  しかし、代償は大きい。
  魔術の乱用により体中が激痛に苛まれ、様々な箇所の毛細血管が断裂して内出血を引き起こし、視界は絶えず明滅している有様だ。
  この後自分が生きるのか、それとも死ぬのか、切嗣にすら分からない。

  四倍の加速で針目縫に勝てるかどうかは、完全に賭けだった。
  針目がそれにさえ適応できるのであれば、切嗣に打つ手はなかった。
  あの場で分身達に貫かれ、裂かれ、千切られ、宣言通りの惨死体を晒したに違いない。

  玄関口の扉は破片の着弾によって貫かれ、罅割れ、硝子部分がすっかり真っ白になってしまっている。
  貫通してきた破片は切嗣の腕や足を傷付けたが、幸いにして、この傷が原因で死ぬということは無さそうだ。
  ずるりと背中を扉に凭れたまま、切嗣は脱力する。
  口からの喀血が服を汚す。

 「ハァ……ハァ…………ハ――ッ…………」

  ゆっくりと深呼吸をし、鼓動を整えなければ、本当に心臓が破裂してしまいそうだった。
  意識を失いそうになるのを、どうにかすんでのところで堪え続ける。
  青カードから取り出したスポーツドリンクで喉を潤し、少しでも波が引くのを待つしか彼にはなかった。
  化け物殺しを成した『勝者』の姿にしては、あまりにも泥臭く、人間的なその姿。

 「ッ……あ…………ぐッ――ぅ」

  しかしその姿は、決して間違いではない。
  衛宮切嗣――『魔術師殺し』の戦いは、いつだとて英雄的なものとは無縁であったのだから。
  それに。


 「――が」


  衛宮切嗣は。


 「ざ――――――――んねん、でしたっ☆」


  そもそも、勝っていない。








  ――扉を貫いて、切嗣の背を破り、胸板を内側から引き裂いて無骨な片太刀の刃が生えていた。
  止めどなく溢れ出す血が、心臓こそ外せど、もう助からないことを一瞬で証明する。
  口からこれまでで最大の量の血反吐を零し、目を見開いて、切嗣は右手を伸ばし空を掻き毟る。


  まだだ。
  まだ、僕は。
  死ぬわけには、いかない。
  アイリ。
  イリヤ。
  願い。
  世界を。
  込み上げる数多の無念に抱かれながら、されど伸ばした手は何かを掴むことなどついぞなく。


 「――――僕……は………………まだ…………………………」


  無念のままに、魔術師殺しは、死んだ。



【衛宮切嗣@Fate/Zero  死亡】




 「いやー、助かったよ。本当にありがとうね――」

  針目縫は、生きていた。
  その分身は全滅しているし、身体には手榴弾の破片が貫いた痛々しい傷口が幾つも見られる。
  しかし、至近距離で手榴弾の炸裂を受けたにしては破格と言っていい容体だった。 
  本来ならば爆風で全身を焼かれ、破片で頭を砕かれ、美しさの片鱗もない死体を晒していなければ可笑しい。
  では、何故針目は魔術師殺しの殺し手を回避できたのか。
  答えは、こちらも単純である。
  何も難しくない――幸運の女神は、針目縫に微笑んだというだけの話。

 「流子ちゃん☆」
 「……おう」

  切嗣を貫いたまま、傷だらけで片膝を突く針目縫の傍らに立つのは、白い露出の多い衣装を纏った少女だった。
  彼女の名は、纏流子。
  とある女が産み落とした、三人の娘の一人。
  針目縫の姉妹にあたる、もう一人の生命戦維の怪物に他ならない。
  戦いの渦中にあった切嗣も針目も気付けなかったが、流子はこの分校へと接近していた。

  蟇郡苛を殺し、止まらない、出処も分からない苛立ちを抱えながら、流子は走った。
  ひとしきり走った後で、あまりの苛立ちに地図を見ることすら忘れたことに気付いた。
  そうして確認してみて、自分が通りすぎたすぐ後ろに、旭丘分校なる施設があることを発見。
  校舎の裏側方面から施設へ近付き、ぐるっと回って玄関口へと接近した。
  切嗣も、針目も流子の接近に気付くことが出来なかったのは、これが理由である。

  さしもの彼女も、これだけの連戦をしてきたのだ。
  疲労とダメージは蓄積しているし、腹立たしいが精神的な理由でも、一度休憩を挟みたかった。
  もし分校に参加者が居たなら、その都度またぶち殺してやればいい。
  その程度の気構えで流子はやって来て、その矢先に、針目縫が殺されかけている瞬間を目にした。

  纏流子にとって、針目縫とは父の仇だ。
  纏一身を殺害し、断ち斬りバサミの片割れを持ち去った仇敵だ。
  しかしながら、今の流子は『着られる』喜びを知り、母に同調した状態にある。
  であれば当然、針目と共鳴こそすれど、敵対する理由はない。
  純潔の力を使い、伸ばした服の一部で爆破寸前の手榴弾を真上へ跳ね除ける。
  これで針目は爆発の直撃を避け、分身によって破片のダメージも最大限軽減され、難を逃れたという訳だ。

 「ところでさあ」
 「……何だよ」
 「流子ちゃん、何かあった?」
 「はあ?」
 「いや、なーんか、流子ちゃん『らしくない』なあと思って☆」

  おどける針目に、流子は舌打ちをする。
  全くその通りだったし、今の流子にとっては、針目は間違いなく同胞だ。
  しかし――彼女にそれを話す気にはならなかった。

 「何でもねえよ。心配されるようなことじゃねえ」
 「そーおー? ……あ、じゃあ休憩がてらさあ。中でちょっとだけお話聞いてくれなーい?」
 「……言っとくが、二人で組んで殺して回ろう、とかってのは御免だぜ」
 「やだなあ、ボク達が固まっちゃったらそれってどう考えてもオーバーキルじゃない。
  効率悪いにも程があるってもんだよ。ボクはただね――」

  針目は、いつも通りにニッコリと笑った。

 「これまでのこととか、これからのこととか。とにかく、ちょっとゆっくりお話しよう、ってね☆」



【F-5/旭丘分校/一日目・日中】


【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0~1(紅林遊月が確認済み)
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:流子ちゃんとお話したい。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:流子ちゃんのことは残念だけど、神羅纐纈を完成させられるのはボクだけだもん。仕方ないよね♪
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(大)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品1~2枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:縫と話す?
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。



支給品説明
【コルト・ガバメント@現実】
言峰綺礼に支給。
アメリカ合衆国のコルト・ファイヤーアームズ(コルト)社が開発した軍用自動拳銃。
装弾数七発。

【軍用手榴弾@現実】
越谷小鞠に支給。
爆発による殺傷ではなく、撒き散らす破片による殺傷を目的とした兵器。


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139:弓兵なき戦場 衛宮切嗣 GAME OVER
145:Not yet(前編) 針目縫 157:インタビュー・ウィズ・纏流子
144:反吐がでるほど青い空 纏流子 157:インタビュー・ウィズ・纏流子