第二回放送 -EXODUS- ◆NiwQmtZOLQ




踊るように、少女が跳ねる。
バレエのように美しく舞うその身体は、重力を感じさせない動きで空を横切り。
黒い背景に映えていた彼女の姿は、やがて壁が保護色の白となって部屋へと溶け込んだ。

「ふふっ」

少女━━━━━繭の機嫌は悪くなかった。
殺し合いの中で生き残った人間の数は、既に当初の半数に近い。
この分ならば、もうすぐ行われる自分の放送が終わって間も無く半数を切るだろう。


少女は思い出す。

自らの行いに悔いながら、無惨に死んでいった少女を。

何も出来なかった自らを呪い、最後にはただ捨て台詞を吐いて死んでいった青年を。

自分の最期の行動となったそれが根本から間違っており、救われた筈の少女を人殺しにしてしまった青年を。


思い出す度に、彼女の昏い心は嗤う。
堕ちていく魂の行く先である、自分がいた永遠の孤独。
絶望と失意に塗れそこへ叩き込まれる魂が、孤独で傷付いた彼女の心を歪ながらも癒している。


だが、同時に少女は思い出す。

悲惨な現実に何度も何度も打ちのめされ、最早何も信じられなくなりながら、最期の最期でほんの僅かに救われた少女を。

自分の愛する存在へとその身を捧げ、末期の意識の中で自分の全てに決着をつけ、最期の瞬間までその愛を貫いた青年を。

目の前の少女を救う事も斃す事も出来ず、それでも尚その生き様に一切の悔いは無いと言い切り、仁王立ちのまで逝った漢を。


それらを思い出す度に、繭の心はざわざわと揺れる。
魂をカードに閉じ込めて、永久に孤独を味合わせる。
嘗ての少女と同じ境遇で、嘗ての少女と同じ生涯の孤独に陥れる。
その言葉に偽りはないにも関わらず、希望を抱いて現世を去った彼等が、繭の心を揺らめかせている。

或いは、その言葉を信じていないのか。
死んで尚、天国へと導かれ、そこで救いがあるなんて思っているのか。
それとも、カードに閉じ込められて尚、誰かに希望を残したのか。
死ねば皆独りの筈なのに、まるでその先に誰かがいるとでもいうのか。

そして、繭が何より腹を立てているのは。
まるで、見せつけられているようだった事だ。
お前には、これが無いと。
お前には、こんな細やかな希望すら許されていないのだと。
お前には━━━━━救いも何もない孤独しか知らないお前には、分かるまい、と。

腹立ちを紛らわせるように、彼女はその足を進める。
向かう先は、決まっていた。






「やあ~、こんにちは~」

間延びした声が、広い部屋に響く。
部屋の中には、一つだけポツンと置かれているベッド以外には特に物が存在していない。

「こんにちは、乃木園子さん」
「園子でいいよ、まゆゆ~」

気の抜けたような間延びした声で、更に変な呼び名で呼ばれた事にむっとしながらも、すぐに表情を元に戻す。

この場所に来た理由は二つ。
一つは、この少女が何らかの行動を起こしていないか確認する為。
乃木園子━━━━━彼女自体が殺し合いに賛同するような人物ではない事は分かっている。
ゲームの維持の為には居て貰わなければ困る存在だが、核心に近い分下手な謀反を起こされる訳にもいかない。
そう言っていたのは「あいつ」。
その顔が脳を過ぎったが、特に気にする事もなく意識から消した。

そして、もう一つは。

「ねえ、あなたもそろそろ、殺し合いの会場は見飽きたかしら?」
「…………まあね~。これだけ見てれば、見覚えのある景色ばっかりにもなってくるかな~」

その言葉に、繭は顔を歪める。
にやりと笑う彼女を見返す園子に、繭は小さく囁いた。




「━━━━━それじゃあ、面白いものを見ましょうか」

そう言うと同時に、幾つもの窓が壁に現れる。
ふわふわと浮かんでいるそれを、薄笑いを浮かべて眺める繭と、顔色一つ変えないまま━━━━━尤も顔自体は包帯に隠れているのだが━━━━━見据える園子。
そうして間も無く、その窓が開く。
その中に移るのは、一人の少女。
ポニーテールに纏めたオレンジ髪の少女が、虚ろな目で何処かを見ている姿。



『…………ねえ、ちゃん……………』



ふと漏らしたその言葉から、園子も彼女の境遇を察する。
恐らくは姉が巻き込まれ、命を落としたのだろう。
二人はそうして暫く眺めていたが、全くと言っていい程動きのない彼女に飽きたかのような表情の繭が腕を振ると同時にその窓は閉じた。

「あの子は、あんまり動かなかったけれど…………他の子も見るかしら?」
「…………ううん、いいや」
「そう」

つれない返事に呆れながら、窓を全て消していく。
様々な柄や色で彩られた窓枠の中からは、全て今のように『観客』の姿が眺められるようになっている。



━━━━━『観客』を呼ぶにあたって、「あいつ」が制限したのは一つだった。

戦いに秀で、肝も据わっているような、そんな「強者」を呼ばない事。

それさえ守れば、何人呼ぼうが構わない、と言われた。

結局、『観客』として招いた人として選ばれたのは、平凡な毎日を生きているような少女達だった。

例えば、喫茶店で働く先輩や同級生に憧れる少女達。
例えば、廃校となる母校を救う為に歌を歌い踊りを踊る事を決意した少女達。
例えば、当たり前の平和になった世界で、当たり前のように平和な格闘技を行う少女達。
『観客』として招かれたのは、そんな少女達だった。

だが、それでいい。
繭にとって最も我慢ならない人種は、そういった「当たり前の日常を謳歌する人々」だったから。

険しい道程の中で、親しい仲間を殺される、或いは失った、そういう運命の中にいる、だとか。
得てして「強者」は、そういった不幸な環境に身を置く事が多い。
或いは、そういった不幸な環境にあったからこそ、「強者」となれたのか。

何であれ、そんな彼等だから、繭はまだ我慢出来た。
あの殺し合いに閉じ込めたほんの一部だけで、まだ十分だった。

けれど。
そんな残酷な現実など何処吹く風と、日常を謳歌する少女達。
或いは安穏と。
或いは平凡と。
そうやって過ごしていた少女達に対しては、それだけで済ませたくはなかった。

殺し合いとは別に、閉じ込めた部屋の中でひたすら殺し合いを鑑賞させる。
先輩や後輩や仲間や、そんな人々が打ちのめされ、死んでいく様を、まじまじとその目に焼き付けさせる。
悲しみに咽び泣く姿、激情に駆られ叫ぶ姿、ただ放心する姿━━━━━様々な彼女達の姿は、殺し合いとは別に繭の心を満たしてくれた。

ふと改めて、目の前の少女を見る。

目の前の少女、乃木園子は『観客』ではない。
あの世界を保つ為に用意された、歴とした舞台装置の一つだ。
だが、その境遇に、繭は僅かに興味を覚えていた。

一人の仲間が死に。
もう一人の仲間には忘れられ。
動かない体で、二年間延々と縛られている少女。
その境遇に、僅かに親近感を抱いていたのかもしれない。

だから、と。
繭は、園子へと口を開いた。

「ねえ、あなたはどう思う?
とっても可哀想なあなたは、この殺し合いをどう思っているのかしらね?
あなただって、本当はあの子達に嫉妬して━━━━━」



「━━━━━それ以上何か言ったら許さないよ?」

その言葉に、繭の身体は一瞬硬直した。
園子の言葉遣いや表情は、一切変化していない。
だが、その言葉に込められた怒りは、繭の心を押し潰す程に激しく煮え滾っている。

想定の範囲内、ではあった。
怒りを向けられて当然だし、その反応を楽しむ為にそう言ったとも言えるのだから。
下手に繭に手出しをすれば、何もかもがおじゃんになるのは園子にも分かっているだろう。
それを見越して煽るような言い方をした。

だから、それでも。
一時的に恐れこそすれ、繭はその言葉に心を変える事はなかった。
話は終わったとばかりに立ち上がり、そのまま放送に向かおうかと考え始めた。


それで、終わりのはずだった。





だが。
激情が収まった様子の少女が、ふと目を伏せて。
小さく、呟いた、言葉は。





「…………でも、うん。
━━━━━しょうがないよね、あなたも。
だから」




その、言葉は。



「私は、あなたを責めたりはしないよ」



繭の心に、一つの楔となって突き刺さった。



「……………ふ、ふふ、そうね、そうかもね」

ぎこちなく振り返り、口角を吊り上げて笑顔を形作る。
その表情のまま園子を見据えながら、逃げるように彼女はその部屋を後にする。
再びそこに残るのは、暗闇と小さなベッド、そしてそれに横たわる少女だけだった。

「……………だって、私がどうこう言える訳じゃあないからね」

ぽつりと。
友の思うままの世界の滅亡を、何をするでもなくただ見届けようとした事。
それを思い出しながら、残された少女も呟いていた。



部屋から出た瞬間に、繭は壁に拳を叩きつけた。

「何で…何でよ………!!」

苛立ちをそのまま口から吐き出すように、そんな言葉がついて出る。


それは、或いは望んでいた言葉なのかもしれなかった。
「同情」。
自分と同じ孤独にある少女に、自分を理解して欲しかったという感情が皆無だったとは、彼女自身も言い切れないかもしれなかった。


けれど、実際に彼女から言われたそれは。
自分と同じ、孤独な少女からのそれは。
気が変になりそうな程に、繭の心を打ち砕いた。


人の善意に触れる事が無かった、永遠の孤独の中にあった少女への。
人の善意を信じ、自らも善行を積む世界で、孤独になってしまった少女の言葉。
元が同じ孤独であるからこそ、繭はそこから生まれる心の違いに気付かされてしまっていた。

許せる、という事が。
許せてしまう、という事が。
繭には、どうしようもない程に見せつけられているように感じた。


自分が手にする事が無く、与えられる事もなかった━━━━━優しさだとか温もりだとか、そんな「当たり前」を。


「━━━━━許さない」

そして。
だからこそ、彼女は更に募らせる。
自分がそれを手に出来なかった事への怒りを。
それを手に入れて、輝かしい日々を送っている人々への憎しみを。
彼女の騒めく心が、更に加速していく━━━━━その時。

「繭様」

不意に、少女の背後から声が掛かる。
少女が振り返ると、そこにいるのは一人の女性。
黄色のスーツに身を包んだキャリアウーマンのような彼女━━━━━鯨木かさねは、繭に対して言葉を続ける。

「そろそろ放送の時間です。準備の方を━━━━━」
「…………ねえ」

鯨木の声を遮って、繭が口を開く。
そこから紡がれる言葉の内容に、鯨木は僅かに眉を顰めた。

「頼み事があるの」

より、絶望を加速させる為に。
自分という存在の道連れに、共に絶望に堕ちる人々の姿を見る為に。

「あいつには、内密にしてほしいんだけど━━━━━どうかしら?」

繭は、そんな言葉を言い放つ。
まるで、苛立ちを吐き棄てるように。



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『お待たせ。
ふふっ、良かったわね。前の放送から六時間、無事に私の声を聞けて。
もしかしたら、全く無事じゃないかもしれないし、私の声なんてむしろ聞きたくないなんて怒っている人も多いかしら?
でも、私のこの話を聞き逃して勝手に自滅なんてしたくないでしょう?
だったら、しっかり聞いておいた方が良いわよ。

まずは報告。
前の放送でも教えた、A-4の橋だけど……ついさっき、修理が終わったわ。
それと一緒に、A-4の禁止エリア設定もおしまい。また最初と同じように、島を行き来出来るようになったわよ。
お互いの島に、もしかしたら気になる人もいるんじゃないかしら?
探す為に、あるいは━━━━━殺す為に。
せっかく直したんだもの、ちゃんと使ってくれると助かるわ。

じゃあ、次。
とっても重要な、禁止エリアの発表よ。


【B-5】
【E-3】
【G-5】


今回の禁止エリアは以上よ。
今そこにいるって人は、急いで出ていった方がいいんじゃないかしら?
近くにいる人も、うっかり入っちゃってカードに閉じ込められたくはないでしょうから、気をつける事ね。

そして、お待たせ。
多分皆お待ちかねの、この六時間での死者の発表よ。
ふふっ、皆不安かしら?好きな人が、仲間が、呼ばれちゃうかもしれないって?
それじゃあ、発表するわよ。



【ランサー】
【保登心愛】
【入巣蒔菜】
【雨生龍之介】
【蒼井晶】
【カイザル・リドファルド】
【範馬刃牙】
【高坂穂乃果】
【桐間紗路】
【花京院典明】
【キャスター】
【ジャン=ピエール・ポルナレフ】
【折原臨也】
【蟇郡苛】



以上、おしまい。
今回は。前回と合わせれば………ふふっ、もう半分を切りそうね。
たった半日でこれなんて、皆頑張っているみたいね。
それに、半分だから………そろそろ皆一人くらい、知り合いが呼ばれちゃったんじゃないかしら?

最後に、二つ言いたい事があるわ。
でも、どっちも直接言っちゃうのはつまらないわね。
まず、一つは………そうね、ヒントは学校よ。
もう知っている人も少しいるみたいだから、分からない人は実際に行ってみるか、その人達に聞いてみるのはどうかしら?
もう一つは━━━━━もう忘れちゃってるかしら?それなら、思い出して、とだけ言っておくわね。
それとも、まだ知らないだけなら━━━━━もう一回、自分の手札を見直しておきなさい。カードバトルなら、自分の手札を把握する事はとっても大事なんだから。

━━━━━それじゃあ、今回の放送はここまで。
もしもまだ生き残れていたら、六時間後にまた会いましょう』




そうして。

様々な思惑を乗せて、ゲームは更に加速していく。

その終着点も━━━━━その最深部に蠢く存在すらも、未だ明かさないままに。






※A-4の橋の修理が完了し、同エリアの禁止エリア設定が解除されました。
※繭が鯨木に頼んだ頼み事の内容は後続の書き手さんにお任せします。

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最終更新:2016年03月06日 22:27