第二回放送-Love your enemies- ◆gsq46R5/OE
命が、消えていく。
虚空に解けた夢が、消えていく。
魂は一枚のカードに封じられ、ゆっくりと、人は死んでいく。
ディルムッド・オディナが死んだ。
その呪いで多くの錯乱を生み出し、されども前を向いたその果てに、彼の英雄譚は呆気なく終わりを告げた。
魔王の剣に抱いた誉れも、友への誓いも切り裂かれ。
守ると誓ったものを守れずに、無念の中で朽ち果てた。
保登心愛が死んだ。
同伴者の本性に気付くことなく同じ道を歩み続けたが、きっと彼女は幸運だったのだろう。
痛みも恐怖もないままに、魔王の断頭台で首を刎ねられ。
苦痛の芸術の矛先となるより先に、舞台から転げ落ちた。
入巣蒔菜が死んだ。
彼女の生き様を語ることは、あまりにも難しい。確かなのは、眠り姫が成せたことは何もなかったということ。
眠りの園で心地よく微睡みながら、叩き切られ。
何かを残すこともなく、無念ですらなく、ただ死んでいった。
雨生龍之介が死んだ。
若き青さを胸に、この箱庭でも自分の芸術へ没頭し続けた男。彼の首を絞めたのは、その芸術趣向だった。
迂闊が招いた銃声を前に、あっさりと撃ち抜かれ。
最後に答えらしいものを得ながら、永遠の眠りについた。
蒼井晶が死んだ。
深愛する少女の為にと刃を隠し持ち、状況の変化に翻弄されながらも戦った少女は、あまりに不運だった。
父を喪った子鬼を前に、セレクターが出来ることは何もなく。
自身の思いの行く末さえ知らぬまま、その首はあらぬ方向へねじ曲がった。
カイザル・リドファルドが死んだ。
誰よりも正しい騎士道精神で、箱庭の殺し合いへと刃向かった彼の末路は、予定調和。
少女の狂乱を見抜けず、その正しさが仇となり、血反吐を吐いて。
かつて友と呼んだ男に全てを託し、魂の牢獄へ収監された。
範馬刃牙が死んだ。
最強の男、範馬勇次郎の死を前にして、若いグラップラーの心は簡単に壊れた。
勝利を目前で摘み取られ、一人の男が修羅となるきっかけを生み出して。
その遺骸はグラップラー・刃牙としてではなく、ただの『範馬』として海の底へと投げ捨てられた。
高坂穂乃果が死んだ。
愛と恐怖と友情に狂い果て、多くの罪を犯した少女に立ちはだかった死神は、最強の神衣であった。
彼女が敵うわけもなく、されども最期に――犯した全てを赦されて。
運命に翻弄され続けたスクールアイドルは、その生き様とは裏腹の、安らかな眠りに落ちた。
桐間紗路が死んだ。
迷いと罪悪感で対立を招いた、どこまでも普通の少女だった彼女。
あまりにも殺し合いの場には向かない娘は、堕ちた勇者の矢に貫かれて。
臆病な一匹のうさぎは、独りを恐れて、孤独に死んだ。
花京院典明が死んだ。
目の前で殺され続けた、見えざる敵に敗北し続けたスタンド使い。
彼が勝利を収めることはついぞなく、宿敵の養分に成り果てて。
それでも最期に勝利を宣言し、人間賛歌を証明した。
ジル・ド・レェが死んだ。
信仰に狂った魔元帥は、あまりにも多くの混乱と、数多の怒りを会場中に生み出した。
盟友の書なくして彼の本領が発揮されることはなく、神衣の怪物に一蹴され。
怨嗟の絶叫をあげながら、その妄執もろとも、粉みじんになって死んだ。
ジャン=ピエール・ポルナレフが死んだ。
優しく気高い騎士は、一人の少女に気を取られた。それは、生命戦維の怪物を相手取る上で致命的すぎた。
その報いとばかりに、その背を片太刀の欠けた鋏で貫かれ。
かつて守れなかった、妹のところへと旅立っていった。
折原臨也が死んだ。
愛する、愛する、愛する。彼は心の底から、人間という生き物を愛していた。
愛に基づき寿命を縮め、まさに蟲を踏み潰すように、情報屋は怪物に蹂躙されて。
一足先に、彼はあるかもわからない天国を目指す。
蟇郡苛が死んだ。
本能字学園の生きた盾という自らの役割を貫き、彼は常に盾であり続けた。
顔面半分を貫かれてもなお、不沈艦・蟇郡を沈めること叶わず。
一縷の後悔も、その胸になく。最後まで忠誠を貫いて、漢は逝った。
日輪が、箱庭の頂上へと昇る。
数多の物語と。
数多の無念と。
数多の未来と。
数多の絶望を載せて。
時は進む、それはまるで物語の頁を捲るように。
「――元気にしているかしら。定時放送の時間よ」
白い部屋からの起爆剤が、投下される。
◯ ●
『あれから、十四人が死んだわ。
ある者は勇ましく、ある者は迷走の末に、ある者は無念の中で、死んでいったわ。
残っているのは三十九人。次に日が沈む頃には、きっと盤面の駒数は半分を切るでしょうね』
くすくすと、その声は嗤う。
生者全ての腕輪から発せられる声。
繭――箱庭の主であり、参加者達の絶対支配者。
そして、打開を目指す者にとっての不倶戴天の敵。
その声は鈴の鳴るような音色で、昼を迎える箱庭によく響く。
『じゃあ、早速死んだ子の名前を――』
ふふっ。
また、繭が嗤った。
神経を逆撫でするような、声だった。
『――言う前に、新しい禁止エリアを教えてあげないとね。
今回も、封鎖されるのは三箇所よ。
ペナルティは六時間前に言ったのと同じだから、勘違いしたりしないようにね。
【B-5】
【E-3】
【G-7】
……以上三つのエリアが、三時間後の午後三時にはもう入れなくなるわ。
鉄道に乗っている間は入れるのは変わらないし、そこは安心していいわよ。
ああ、それと。
時間をかけちゃってごめんなさいね。
A-4の橋の修理が、ついさっき完了したわ。これからは普通に通れるようになる』
どくん。
どくん。
どくん。
会場中から、心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。
すべての参加者にとって、最も大事な事項。
すなわち――誰が死んで、誰が生きているのか。
それを、繭の声が読み上げる。
笑みを、浮かべた。
にちゃあと、唾液が歯と歯の間で糸を引いた。
「では、死者の名前を読み上げるわ。
よく聞きなさい。そして受け止めるの。
もう戻らない命を噛みしめて、これからのゲームに臨んで。
【ランサー】
【保登心愛】
【入巣蒔菜】
【雨生龍之介】
【蒼井晶】
【カイザル・リドファルド】
【範馬刃牙】
【高坂穂乃果】
【桐間紗路】
【花京院典明】
【キャスター】
【ジャン=ピエール・ポルナレフ】
【折原臨也】
【蟇郡苛】
――はい、全部で十四人。生き残りは、あと三十九人。
そろそろゲームも中盤で、もっと加速してくる頃かしら。
さあ、噛み締めなさい。
そして自分が何をすべきかを、理解するの。『選択』するのよ。
……ふふ。
それができたなら、これからどう生きるかなんて、自ずと見えてくるはずよ――」
囃し立てる声。
それは愉快そうに嗤ってから、最後を締め括った。
「次の放送は午後十八時――また、私の声が聞けるといいわね」
● ◯
「随分とご機嫌だったではないか、娘よ」
「…………」
放送を終えた繭へ、そう笑いかけたのは、いけ好かない男だった。
黄金の頭髪を逆立たせ、目が痛くなるような同色の鎧を纏った美しい風貌の男。
古代バビロニア――繭が生まれる遥か、遥か以前の時代に名を馳せたとされる、万古不当の英雄王。
真名・ギルガメッシュ。繭は、そう聞かされている。
『あいつ』が呼んだ、『いざという時』の為のカードの一枚であると、聞かされている。
「ギルガメッシュ」
繭にはわかる。
というよりも、こいつの笑い方を見ていれば誰でもわかることだ。
この男は、馬鹿にしたように笑う。――嗤うのだ。
繭のことを、いつもいつも、憐れな道化を見るような瞳で見る。
「『あいつ』は、何をするつもりなの」
「くく――流石の貴様でも気付くか。あれが、おまえの望みとは違う方へ歩もうとしていることに」
「……答えて」
繭にとっての命の恩人。
繭だけでは追い付かない部分を、補ってくれた協力者。
タマヨリヒメを支給品に混入させた、張本人。
「さてな。それには未だ時期が早い――今はそう答えておこうか」
だが、と、黄金の男は付け加える。
「我(オレ)に言わせれば、貴様も奴も、等しく愉快な見世物だ。
存分に躍るがよいぞ、我がそれを許す」
くつくつと笑い、霊体になって消え去る姿を見送って……
繭は、ぎりっと歯を噛み締めた。
やっぱり、こいつは嫌いだ。
そう、改めて思うのだった。
――事態は、少しずつ、少しずつ……彼女の手を離れて、どこかへ向かい始めている――
黄金は笑う。
己を呼んだ者。
紛れもない邪悪へ。
人類種の仇敵へと。
その在り方を心の底から嫌悪しつつも、さりとて、彼女達の奏でる音色はあまりにも愉快であったから。
今はまだ、協力する。
サーヴァントらしく、従属に預かって。
黄金の王は、事態を俯瞰するのみ――。
「何を夢見る、鬼龍院羅暁」
最終更新:2016年03月06日 22:22