反吐がでるほど青い空 ◆wIUGXCKSj6



 人間は誰かを守る時、その愛情を知る。


 人間は誰かを守れなかった時、その悲しみを覚える。


 失った者も手に入れた者も、その感情は束となって繊維と化す。


 やがて一枚の布となるその繊維――培った感情と経験は何者にも負けない力となる。








 蟇郡が踏み込むと同時に纏は肩に担いだ傘を気だるく下ろし、迫る巨漢に対応すべく払いの構えを取る。
 風を斬るように振るわれた傘と空気さえも砕いてしまえそうな拳が衝突し、彼らの周囲が震え上がる。
 だが当の本人達はどれ程の衝撃が生まれようと、我関せずと謂わんばかりに一切の興味を示していなかった。


「随分と軽い拳だなあ蟇郡、テメェの図体は見せモンか?」

「貴様の一撃の方が軽いぞ纏……それでも貴様は纏流子かッ!!」


 挑発に囚われず蟇郡は拳に力を送り込むと、拮抗していようがそれを覆すように強引に殴り抜ける。
 傘の上を滑るように纏流子へ迫るも、彼女は後方へ跳ぶことによってこの一撃を回避。

「……ひゅー、怒りのゲージが振り切れてんのかよ」

 獲物を失った蟇郡の拳は数秒前まで纏流子が立っていた地点を破壊していた。
 振り下ろされた衝撃は大地に溝をつくり、何者をも砕く強い意思を開示しているようだった。


 さて。と、呟いた生命繊維の怪物は肩を回しながら一呼吸。


 うぜえ。うぜえ。うぜえ。


 目の前に立つ邪魔な壁を殺すべく、大地を蹴り飛ばすように駈け出した。
 風よりも速く弾丸のように突っ走ると、蟇郡を射程に収めた所で傘を振り上げる。

「ぶった斬れろォッ!!」

 両腕で振り下ろした一撃は豪快な音を響かせ蟇郡の腕に阻まれる。

「この蟇郡苛――その程度の一撃で沈む程軟弱では無いッ! 伊織が作り上げた三ツ星極制服、侮るで無いッ!!」

 顔の前に突き出された腕は纏流子の一撃を受け止めていながら、傷は無い。
 それどころかあの生命繊維に正面から立ち向かっており、両者は硬直状態に陥っていることになった。


 纏流子は知らない。
 極制服が更なる進化を遂げ世界を守るために、未来の己と同じ道を歩んだことを。

「ド変態な服じゃねえと思ったが、それも極制服か……生命繊維に劣るゴミ屑かァ!!」

 知ったこっちゃねえ。
 纏流子は瞬発的に腕へ力を込めると、重なりあった傘と蟇郡の拳を起点に己の身体を空へ跳ばす。
 傘を刀に見立て、取る体勢は全てを貫く突きの構え。
 落下する現象を含め、力の上乗せで蟇郡の極制服を貫かんと急降下を開始する。

「甘いッ! 迎撃で貴様を終わらせるぞ!」

 対する男は当方に迎撃の用意――腰を下ろし拳を突き出す体勢に移り纏流子を迎え撃つ。
 生命繊維を纏った女だろうが、今の男は強い。いや、女が揺らいでいるのか。
 極制服と云えど侮ることなかれ。この男、ちょっとやそっとじゃ崩れ落ちない生きた盾である。


「どっちが――甘いか解らねえなあ、おいぃ?」


 太陽輝く昼夜の激闘であるが、蟇郡の視界が眩み、標的を見失ってしまう。
 正体は傘だ。纏流子は斬るための武器では無く視界を閉ざすための目眩ましと使用。
 己は逸早く大地に着地するとガラ空きの――蟇郡の腹へ豪快な蹴りをかます。


「グッ!?」


 ヤクザキック。
 直立状態から繰り出された蹴りは敵の腹を捉えると、重たいを音を響かせる。
 身体を折り曲げた蟇郡。一瞬ではあるが戦場で止まってしまえばそれは格好の的となる。


「お前本当に弱くなったんじゃねえか? 解散総選挙で戦った時の方が何倍も強かったんじゃ! ねえかァ!!」


 顎を豪快に撃ち抜く拳は天に轟く一撃だ。
 正面から喰らえば意識を失うなど当たり前、それだけで勝負が終結してしまう。

「嬉しいだろ、感じまくって声も出ねえか?」 

 生命繊維を纏った怪物の一撃だ。身体を鍛えた猛者とてその拳に沈むだろう。
 だが、この男は。沈まない。


「ぬ……ッ、フンッッ!!」


 纏流子の一撃を耐え抜いた蟇郡は拳を組むと大槌のように振り下ろす。
 轟と音と共に大気を震わせた一撃。喰らえばひとたまりもないだろう。
 しかし纏流子は油断していた。完全に顎を撃ち抜いたと思い込んでいた彼女は動けない。

 咄嗟の出来事に身体が反応せず、覚悟を持った男の攻撃を受けるしか選択は無かった。

 苦し紛れに両腕を交差させ即席の防御態勢に移るも、槌は全てを粉砕する怒りの鉄砕だ。
 哀れ。
 女であろうと悪の道を歩むなら。昔の仲間であれど牙を剥くならば。

 人間を殺す外道とならば。この蟇郡苛、容赦はせん。

 足元に倒れる纏流子に対し蟇郡は手を差し伸ばすことをせずに声を飛ばす。

「纏流子。貴様が何故純潔を着ているかは聞かないでおこう。
 俺はこの会場で学んだことがあった。だから、それは聞かないでおこう」

 蟇郡の知る纏流子は鬼龍院羅暁によって洗脳され世界を包み込むための尖兵になっていた。
 それを開放するべく、世界を終わらせないために鬼龍院皐月や満艦飾マコ、蟇郡苛は戦った。
 死闘の果てに。纏流子を救った彼らは最終決戦のために本能字学園を取り戻すために――これが彼の知る世界の理である。

 衛宮切嗣や折原臨也の邂逅を得て彼はワケの解らない真理を一つ知る。
 世界は一つの布で覆われている訳では無い。自分が住んでいる世界の他にも世界が存在すること。
 映画の中でしか有り得ない現象が現実問題として自分に降りかかっていた。

 折原臨也との会話の中にタイムマシーンの単語も飛び出していた。
 仮に時空を超越する機械が存在しているならば、どんな状況でも受け入れるしかあるまい。

 この纏流子は蟇郡の知る彼女であることに違いない。けれど、同じ時間軸の存在では無い。


「しかああああああしッ!!」


 腕を組み、修羅の如き形相で叫ぶ。
 溢れ出る闘気は仁王立ちによく似合う。呼応するように大気が震え上がるのだ。


「人を殺すとは何事だ……そんなこと、許されるわけも! していい道理も無いッ!!」


 神衣純潔に身体を囚われていようと。
 世界の敵に洗脳されていようと。
 大切な人間が殺されていようと。

 如何なる理由を連ね、己の境遇を嘆き、悲劇の色で着色したとしても。


「目を覚ませなど言わん。俺の手で終わらせることが――死者と生者への手向けとなる」


 今の纏流子を満艦飾マコが知ったらどんな反応を示すか。
 鬼龍院皐月が再び過去に囚われた妹を見たらどんな反応を示すか。

 差異や個々が抱く感情は本人しか解らず、蟇郡に真意を汲むことは難しいだろう。
 しかし。
 一つだけ。たった一つだけ。これだけは、理解出来ると己の心が叫ぶ。


 彼女達を悲しませたくない。


 纏流子を開放するとしたら。
 あの時と全てが同じなら。彼女の心が囚われているならば。


 満艦飾マコが居ない世界で――纏流子が元に戻る確証は無い。

 纏流子を純潔から開放した戦いは、人類が生き残るために全てを捧げた総力戦であった。
 装備も整わないまま纏流子の襲撃を受けた蟇郡達は鬼龍院皐月を中心に怪物を迎撃。

 即席の人衣一体を果たし身体に無茶で訳の解らない負担を掛けた鬼龍院皐月と鮮血。
 言葉が通じ合わない壁があるにも関わらず、纏流子にも引けをとらない戦闘を――継続出来る訳が無かった。

 殴られ、蹴られの応酬を見せつけられた蟇郡を始めとする四天王一同は作戦のために動き出す。
 やっとの思いで生命繊維からの開放を試みるも、作戦は失敗してしまった。

 状況を打開する決定的な要因が満艦飾マコと鮮血であった。

 鬼龍院皐月が斬り開いた道という名の隙間に。
 満艦飾マコと鮮血を捻子込み精神世界で、纏流子を説得させる常識無視の荒業。

 その中で何が繰り広げられるかは知らないが、纏流子は純潔を引き剥がした。


 だが、その状況を此処でもう一度、再現出来るだろうか。


 無理に決まっている。


 鍵も頭数も戦力も。
 何もかもがあの時とは違う。そして何よりも。


「折原臨也は貴様に殺される人間では無かった……少なくともこんな所で生命を落とす人間では、な」


 目の前で仲間が殺されて。
 許せる程、蟇郡は聖人ではない。
 一人の人間として。持ち合わせている感情がある。


「……せぇ…………るせぇな」


 む。と。眉をピクリと動かした蟇郡は倒れている纏流子が立ち上がる姿を見る。
 開いた傘を閉じ、杖代わりに己の体重を掛けながら膝を起こし血反吐を吐く。


「お前も鬼龍院皐月と同じで、どいつもこいつも高いところから偉そうに垂れやがってよォ……」


 流石に蟇郡の一撃が効いたのか辛そうな面立ちで睨んでいる。
 しかし戦闘不能や致命傷、瀕死といった状態までは追い込まれていないらしく、戦闘に支障は無い。
 傘を肩に担ぐと、尖らせた口が開き言葉が流れ始める。


「誰が誰を終わらせるって蟇郡ぃ? テメェ、忘れたか。
 お前は一度もあたしに勝ったことが無いだろう……あぁ?」


「ふん。貴様とて他人を見下しているじゃないか。俺が以前の俺と同じに見えるか纏流子」


「服は変わったなあ……それと」


 睨むように。
 口角を上げ、一呼吸置いた後に憎たらしい表情で敵の心を煽る。


「今のお前じゃ鬼龍院皐月とも合流出来てなさそうだしなあ……折原臨也? さっきの男も守れてねえし。
 主人のケツを追っかけることも出来なきゃ、仲間の生命も守れない……やっぱお前、弱くなってんじゃ――おいおい、怒るなって」


 言葉を最期まで言い切る前に、怒りの鉄拳が紡ぎを断ち切った。

 迫る拳を小さい動作で躱し、お返しの一撃をぶっ込むべく傘を振ろうとする纏流子だが、これも拳に阻まれる。
 吹き荒れる拳の嵐を回避し、回避し、回避し……回避し続ける。

「当たらなくちゃ意味無えよなあ?」

 薙ぎ払うようなラリアットが迫ればその場で屈むことにより回避する。
 直進的なストレートならば身体を横へ移動させることで回避する。
 接触の危険性があれば流すように攻撃を捌き回避する。

「だからお前はさっきの男の時と同じで……誰も守れずに、全部が遅えんだよ!!」

 右ストレートを上から拳で叩き付け蟇郡の体勢を崩し、前のめりにさせる。
 足が揺らいだ隙を狙い、姿勢を低くし懐へ入り込むと豪快に傘を振るい腹に攻撃を決める。

 場外へ白球を運ぶが如きスイングは巨躯である蟇郡の身体を宙へ浮かせた。
 舞う男を彩る黒赤は流れる血、漏れる血、吹き荒れる鮮血。
 声にならない叫びを上げながら蟇郡は大地へと落下し、今度は纏流子が彼を見下す構図となった。
 三ツ星極制服最終形態と云えど、生命繊維の化身である纏流子の戦闘力は桁が違う。


「無様に寝転びやがってよ……ったく」


 近付きながら塵を見るような視線で蟇郡を見下す纏流子は荒れている。
 彼女の中で何かが崩れているから。過去にはあって今にはない大切だったものが、崩れているから。

「守る守る守る……なぁ、蟇郡。誰が誰を守るだって?」

 唾を吐き捨て、怒り混じりに言葉を投げる。

「放送聞いてりゃ解かんだろ、守れて無えじゃんかよ」

 殺し合いが始まってから死者は絶え間なく出ている。
 そして彼女はその手を黒い鮮血で染め上げてもいる。

「さっきの金髪野郎に今度会ったら守り方を教えるって……笑わせんじゃねえよ」

 気付けば蟇郡が足元に来る所まで接近していた。
 傘を振り上げ、一つの生命を殺そうと、それを振り下ろす。


 守るべき存在。


 それは嘗て纏流子にも存在していた。
 けれど、消えてしまった。
 遅い。
 けれど、彼女が悪い訳ではない。
 それは仕方のない話でもある。


 だけど。
 納得出来るだろうか。それもまだ成人にも満たない少女に。

 言葉では表現出来ない。
 笑顔を振り撒く存在で、明るさだけなら超弩級の少女だった。

 悲しんでいる者を自然と笑顔にさせるような、太陽。
 表すならば太陽のような存在だった少女はもういない。

 とても強い少女だった。
 そのくせ、涙も見せる時だってある。等身大の少女だった。
 どんな時でも自分の味方で居てくれたのも、少女だった。

 だけど。


「マコは死んだ――ッ! 
 誰が誰を守るんだよ……守れるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 斬り裂いてやる。
 振り下ろした傘は、今までのしがらみを断ち切る意味も込める。

 本当に戻れなくなる。
 知り合いを殺せば、もう。




 あの頃には絶対に戻れ「ああ……満艦飾は死んだ」なくなるが、一撃は防がれた。




 腕に装備された布で一撃を殺した蟇郡は、己の身体に鞭を打ち立ち上がらせる。
 数分前に腹に貰った斬撃は鈍い衝撃を伴い彼の身体に大いな影響を与えてしまった。
 紅く染まり、血も流れている。誰がどう見ても致命傷である。


「満艦飾が死んだのは事実だ。それは覆せん。俺が弱かったのも、事実だ」

「そうだよ……マコは死んだ。もう、遅えんだよ」

「遅いか……ならば一生嘆くのか、纏」

「ア?」

「涙を流すこともある。それは俺とて一緒だ。
 だが……何時までも嘆いてその場で腐ることが満艦飾の望むことだと思うか?」

「何が言いたいんだよ、テメェ」

「……そうか。今の貴様にはこんなことも解らんのか」


 解ってはいたが、変わっていた。
 もう目の前に居る存在は知っている纏流子では無い。

 嘗て純潔を纏っていた時でも、一つだけ彼女らしいことが残っていた。
 鬼龍院羅暁の力になろうと、人類に牙を見せようと。

 それでも。


 人間を殺したことは無かった。


 その枷が外された今――目の前の女は人間に対する、全ての参加者にとっての敵。


「何故! 己を奮い立たせないッ! 燻っていれば満艦飾が蘇るのか?
 否、断じて否ッ!! 貴様は生きているのだろう纏流子ォ! ならば前を向け!

 満艦飾はそれすら出来ない……抗うことさせ出来んのだぞ!
 生きている俺達が! この手を汚すことで何が解決すると言うのだ!」


 終わらせるのがせめてもの、知っている人間としての優しさ。


「前を向いてりゃ……戻んのかよ」



「ぬ?」




 聞こえた声は小さくて、どこか弱さを感じさせる程度には細い。





「マコがまたあたしの前で」
「馬鹿やって」
「意味解かん無えことやって」
「ワケの解ら無えことやってよぉ」








「戻るワケが無えよなぁ……なぁ、蟇郡。あたしは今、最高にブチ切れてんだよ解るよな?
 知ってのとおり……折原臨也? の時みたいに人だって殺してる……次は誰だと思う」








「とても同じ道を歩んだ女とは思えん。
 何が貴様をそうまでさせたかは聞かん。被害が広がる前に――終わらせる!」


 首から上を吹き飛ばすために放たれた蹴りとそれを迎え撃つ拳。
 何度目になるか解らない衝突によって、最初から決まってはいたが、道が別れた。

 もう戻れない。いや、戻る気も無いのだ。
 戻った所であの時間は二度と、流れない。過ごせない。体験出来ない。


「お前も殺して! 鬼龍院皐月も殺してやるよ! ああそうだ! 全員、ぶっ殺せばよォ!!」

「そうはさせるか! 貴様の軟弱な手で皐月様に触れられると思うなよ纏!」


 纏流子はその場で回転し蟇郡の胴体を狙うべく傘を一閃する。
 しかし蟇郡は人類の英知であり、最期の希望である三ツ星極制服で覆われた腕でそれを防ぐ。


「軟弱だぁ? あたしに勝てねえ奴が何ほざいてんだよ」

「誇りも信念も持たない一撃など紙切れ同然ッ! 皐月様のお手を煩わせるまでもなくこの俺が相手で充分だ!」


 一歩踏み込み、蟇郡の懐へ潜り込むとその場で跳び、頭突きを顎へ喰らわせる。
 脳に走る衝撃。倒れそうになるも踏み留まり、纏流子の身体に拳を叩き込む。


「がぁ……テメェをさっさと殺して皐月も殺してやるよ……あああああああああああああああああ」


 傘は腹を貫く槍となる。
 その一撃を左腕で防ぐと、蟇郡の右腕が纏流子に迫る。


「それは叶わん! 一つに俺は貴様に負けない。この生命はもう俺だけのものではないからな。そして――」


 纏流子は傘を引っ込めると、再度、目の前の敵を殺さんと突きを放つ。
 対する蟇郡は己の右腕に炎を纏わせ。限界の一撃を叩き込まんと拳を振り下ろす。


「皐月様が! 今の貴様に負ける訳無かろうがあああああああああああああああああ!!」




























「この勝負、テメェが敗者で勝者はあたしだ」



 鮮血は飛び交わない。
 聞こえるのは燃え盛る紅蓮の炎のみ。





 纏流子が繰り出した突きは蟇郡の顔、その面積左半分を貫いていた。
 傘は突き刺さったままであり、腕を離した流子は纏流子は勝利を確信し、嘲笑っている。



「テメェの生命も守れない奴が……守るって言っても説得力が無いんだよ」



 聞こえているかは解らない。
 けれど、自然と口が動いてしまう。
 何か動きを示さないと落ち着かないのだ。


「じゃあな蟇郡。あの世で仲良くやってろ……会えたらな」


 そしてその場を去る。
 死体に語りかける趣味など持ち合わせていない。
 渦巻く感情に縛られながら、彼女なりに前を見続ける。
 神衣純潔が無かったら。着ていなかったら。
 どんな未来を手繰り寄せることが出来たのだろうか。そんなことを考える思考回路を持ち合わせていない。



「誰があの世に行く……誰がだ」



 風が吹いた錯覚に陥る。
 信じられないと謂わんばかりに振り返ると、あの男が生きていた。


「たかが顔の半分を貫かれた程度で俺が死ぬと思ったのか?」


「はは……あははははははははは!
 そうだった……そうだった! テメェらはワケの解かんねえ連中だったな悪い悪い」


 腹を抱えて嗤う纏流子は何処か嬉しそうだった。
 更なる闘争か、予想を越えて来た生命力に対して、生存に純粋な心で喜んでいるのか。

 真意は本人にしか解らないが、立っているならばやることは一つしか無い。


「黙って倒れていれば死なずに済んだのに馬鹿だよ、本当にお前らば――あ」


 影。
 視界が黒く染まる。
 正体は蟇郡、嘲笑っている間に接近されていたのだ。
 慢心か。それとも身体が止めを拒んだのか。

 何にせよ。


 蟇郡の一撃が纏流子の腹を捉えた。


 紅蓮の炎は衝撃と共に消えた。
 纏流子の身体に響いた一撃は生命繊維と云えど骨の数本は破壊しただろう。

 腹を抑え鮮血を吐く女と、悲しげな瞳を持つ男。
 この先の結末はただ一つ。戦いの果てだ、生きるか死ぬかの二択である。


 何も思わない。そんなのは嘘だ。
 けれど。此処で、今、殺さなければ。


 誰のためにもならない。
 そして。死ぬことこそが纏流子にとっての救いでもある。


「俺達もいずれは追い付く。あの時と変わらない笑顔を見せてくれ。あいつの涙はお前が拭け――むッ!!」


 苦しむ纏流子に救済(止め)を刺さんと、鬼を身体に宿らせる蟇郡。
 しかし彼の瞳に映る光景は、その拳を止めるに充分な現象が起きていた。


(神衣純潔が綻びを――引き剥がすことも可能か!?)


 神衣純潔と云えど、幾ら生命繊維と云えどこれまでに繰り返された激戦は無視出来ない。
 結果として蟇郡の拳が僅かな綻びを作ることに成功したが、それは彼だけの力ではなく、これまで積み重なった結果である。
 誰一人して纏流子を開放すべく交戦したワケでは無いが――たった一つの淡い希望が灯った。


「俺に出来るかは解らんが貴様から純潔を引き剥がしてやる!」


 鬼龍院皐月も、鮮血も、満艦飾マコも居ない。
 ヌーディスト・ビーチの面々も居なければ、隣に立つ四天王も居ない。
 自分では役不足かもしれない。だが、賭ける価値はあると判断した男は止まらない。

 彼が目指すはただ一つ。
 神衣純潔を纏流子から引き剥がし元の状態に戻すこと。

 無理やり剥がせば生命の危険がある。そんなことは解っている。
 それは纏流子の生命力に、底力に、ワケの解らない力に頼るしかない。


 最も心配するべきは蟇郡自身の生命である。


 極制服に覆われていない腹には横一文字の傷が刻まれており、血が流れ続けている。
 戦闘の中で多数の打撃を浴び、一度は大地に倒れ伏していた。
 そして――顔には未だに傘が突き刺さった状態であり、幾ら本能字学園四天王が一人の男だとしても――それでも彼は止まらない。


 綻びの箇所――纏流子の胸に相当する場所に腕を差し込み、両の足は大地に突き刺す勢いで固定する。
 傍から見れば変態の所業だが、やっていることは一世一代の大勝負だ。
 彼らを知っている人間ならば誰も茶化すことはないだろう。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 渾身の力を込めようと、純潔は引き剥がせない。
 まるで糸で縫われているように頑丈で、纏流子と一心同体になっているようであった。
 人衣一体。
 まさに文字通り。だが、怯むわけにはいかない。

「これでええええええええええ引き剥がれろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ぬ」

 引き剥がすことだけを考えていた男は目の前の神衣純潔にしか視界を定めていなかった。
 これさえ無くせば。この忌々しい生命繊維を引き剥がせば。
 満艦飾マコが求めたあの纏流子が帰ってくると信じていたのだ。

 それは無茶な希望論では無く、本気で彼女を開放しようとしていた。
 現に一度、彼女が己の力で神衣純潔を引き剥がした光景を蟇郡は目撃しているのだ。
 今回に限りそれは不可能。なんてことはあり得ない。

 道理を蹴っ飛ばして無理を押し通す。
 蟇郡がやろうとしていることは――不可能ではない。

 しかし無理を押し通すからにはそれなりの代償が必要となる。
 例えば、だ。

 神衣純潔を引き剥がそうとしているが、纏流子は気絶している訳では無い。
 意識は存在しており、勿論、行動することも可能である。

 つまり、だ。



「テメェの心臓――これで潰したぜ」



 嘗て大阪で纏流子と鬼龍院皐月の姉妹は激闘を繰り広げた。
 その結末は妹が目潰しを活用し姉を追い詰め、姉は神衣純潔の肩をドリルのように伸ばし纏流子の喉元に突き付けた。

 今、纏流子が着ているのは神衣純潔である。



「が……ぐ、纏……貴様……ぁ」



 右肩から伸びた絶望の螺旋が蟇郡の心臓を貫いていた。


「いきなり他人の服に手を突っ込んだと思えば……テメェは馬鹿だなぁ蟇郡。
 鬼龍院皐月と一緒だ。テメェ自身は絶対だと思い込んで勝手に他者を決め付けて痛い目を見る……あぁ、情けないねえ」


 神衣純潔の螺旋を引き戻した纏流子は嘲笑いと共に目の前の男とその光を愚弄する。
 絶対的な力を持っていても使い手が可怪しければ、真の力は発揮出来ない。

 蟇郡があのまま止めを刺していれば幾ら生命繊維の怪物と云えど本気で死んでいたかもしれない。
 だが、彼は手を差し伸ばした。それが運命の別れ道だ。

 殺す覚悟はあった。
 最初から殺すつもりで戦っていた。
 慢心など無かった。ただ、一筋の希望に全てを捧げただけだ。


「………………俺が死んでも、俺は死なん」


 顔、腹、心臓。
 三箇所から血を流し続ける蟇郡は死んでいても不思議では無い。
 だが、その瞳は死んでおらず、今も口を動かす脅威の生命力を見せ付けている。

「はぁ? 日本語で話せよ」

「皐月様が……仲間達が、俺が死んでもその志が死んだことにはならん」

「テメェが死ねばよ。それで人生は終わりじゃねえか」

「ふ……そうかもな。俺の人生はこれで終わるが、後悔など無い人生だったよ」

「聞いてねえよ」

「皐月様に出会えたことで俺の人生は実りのある人生だった。
 猿投山、蛇崩、犬牟田……同じ四天王の仲間に出会えたこともだ。
 本能字学園に通う生徒全てが俺達の財産であり、思い出だった。違うか」

「勝手に語ってんじゃねえ」


「この会場に来てからも俺が出会った仲間達は……そうだ、俺の人生は無駄なんかじゃ無かった」


「だから勝手に語ってんじゃねえ……!
 さっきまで勢いはどうしたんだよ。急に脈絡も無く語り始めやがって……何なんだよテメェは!」


 勝者は纏流子であり敗者は蟇郡だ。
 傷は両者喰らっているも差は歴然であり、蟇郡は今にも死にそうである。
 だが、生に満ち溢れているのは何故か後者である男だった。


 絶え間なく血は流れ続け、顔の半分が潰れている。
 けれど、瞳は暖かく、とてもこれから死ぬ人間とは思えない。
 彼の口から溢れる言葉は不満や罵倒では無く、思い出や感謝の念が込められている。
 理解出来ない。この男が理解出来ない。
 自分の中で渦巻く感情に処理が追い付かず、纏流子の身体中に不快感が駆け巡る。


「この蟇郡苛、己の生き様に後悔することなど何もない」

 仁王立ち。
 その修羅が生命を落とした。
 誰にも看取られない最期ではあるが、何故か。何故か、説明は出来ないが。
 背中や隣に寄り添う仲間達の幻想が纏流子の視界に映った――そんな感覚に陥っていた。


「んだよ……テメェの生命はこんな所で終わる程軽くてチンケなモンなのかよ……おい、おいおいおいおいおいおい」


 苛立ちが止まらない。
 勝ったのは纏流子である。だが、何だこの不快感は。
 爽快感を求めて戦いを広げる狂信者では無い。けれど、なんだこの感情は。



「結局どいつもこいつも――あたしから離れてもう会えない所にまで行っちまう」



 失ってから初めて気付くこともある。
 失うことを経験しなければ得られないこともある。
 だが、失うことを前提で考えるほど、人生を謳歌していない。

「あぁ」

 空を見上げる。
 太陽は変わらず輝き続いている。
 けれど、失ったあの頃(輝き)はもう、戻らない。












「反吐がでるほど青い空だな」





【蟇郡苛@キルラキル 死亡】

【G-4/南部/一日目・昼】



【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(大)疲労(大) 精神的疲労(極大)数本骨折、説明出来ない感情
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品1~2枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:この場所から離れる。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。


時系列順で読む


投下順で読む


144:キルラララ!! わるいひとにであった 纏流子 149:killy killy MONSTER
144:キルラララ!! わるいひとにであった 蟇郡苛 GAME OVER