色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(前編) ◆gsq46R5/OE



  まるでロールプレイングゲームの大一番のようだ、と花京院典明は思った。


  その表現は些か間抜けだが、確かに的を射ていた。
  花京院一行の目の前にあるのは、一つの大きな扉だ。
  この先は大広間――本来はセットを配備して、スタジオとして使われるべき部屋である。
  索敵を配備しつつ、最大限に注意を払いながら進む必要があると思われたのは最初だけだ。
  程なくしてヴァニラと、恐らくファバロが言う「ジル・ド・レェ」のものであろう反応を感知したものの、彼らはすぐにどこかの部屋へと入り込み、以降全く動きがない。
  花京院たちの中に、その意図を理解できないような間抜けはいなかった。

 「待ち伏せ……だよなあ。これ」
 「恐らく。扉を開けた瞬間に何か仕掛けてくると考えるのが妥当でしょうね」

  露骨に嫌そうな顔をしているのは、ファバロ。
  冷静に分析するのは花京院だ。
  知略冴え渡る二人のブレインは、ヴァニラたちが取った作戦の厄介さを正しく理解する。
  当たり前だが、この先へ進むためには扉を使わなければならない。
  廊下にあった局内の間取り図を見てもそれは明らかだった。

 「壁を破って入るとかじゃ駄目アルか?」
 「少なくとも、『姿の見えないスタンド使い』の方は君の力を見ているんだ。
  過大評価しているならともかく、過小評価しているとは考え難い。
  まず間違いなく、それは奴らも想定済みでしょう」

  要は、どっちを選んでも同じだということ。
  この先に進むには、どの道相手に先手を許すことになる。
  そして質の悪いことに、敵の片割れの力はその先手で花京院たちの内一人を容易く葬り去れるそれだ。
  あれをまともに受けて、耐えられる人間はまず間違いなく存在しない。
  範馬勇次郎という規格外の超人ですらも一撃で仕留められた以上、例外があるなどと希望的観測をするべきではない。

 「ファバロ、君の意見を聞こう。どうするべきだと思う」
 「どうするもこうするも、最初から一つしかねえだろ」

  面倒臭そうに、ファバロは答える。
  やはりか。
  花京院も同じ考えだったらしく、浮かない顔をした。

 「突破口は真正面だけ。あれこれ搦め手を使えるだけの備えはどだい俺たちにはねぇんだからよ」
 「……それなら、僕が先陣を切ろう」

  危険なのは百も承知だ。
  しかしこの場で最も危険なく『姿の見えないスタンド使い』に対処できるのは、間違いなく花京院であった。
  現に彼は先程の邂逅で、一撃必殺のスタンド能力を防ぐことに成功している。
  少なくとも一撃で殺されることはない――それだけでどれほど全体の安全性が上がるかは言うまでもない話である。

 「きっと僕が突入してすぐに、奴は攻撃を加えます。
  それを見計らって二人はそれぞれ右側、左側から突入してください。
  ジル・ド・レェについては未知数なところもありますが……」
 「ま、優先すべきはあの消えるオッサンだろうな。スタンド使いだっけ?」

  ジル・ド・レェの戦力について、花京院たちが持っている知識は死体を操るということだけだ。
  それだけならば、別段恐れるに値するものではない。
  ファバロは実際そういう手合いと戦ったこともあるというし、話を聞く限り、神楽や花京院でも十分対処できる範疇だ。
  となるとやはり問題は『姿の見えないスタンド使い』。

 「俺には前のノウハウもある。ジルの野郎は俺に任せてくれ」
 「……分かりました。ただ、くれぐれも油断はしないように」

  さらっと楽な方を掻っ攫っていく辺りは、流石のファバロ・レオーネだ。
  彼の人となりをよく知るカイザルやリタがこの場に居たなら通じなかったろうが、相手はまだ出会って間もない二人。
  ファバロを信用している彼らに限って、彼の思惑に気付くことはない。
  そこに罪悪感を抱かないわけではなかったが、しかしあくまでファバロの立ち位置は生存優先だ。
  あの恐ろしげなスタンド使いとやり合って、腕の一本も持って行かれた日にはそれだけで大損害である。
  それに、死霊使いと戦った経験がある以上、どの道倒さねばならないジルの相手を自分がするという進言は、我ながら的を射ている。少なくとも、ファバロはそう思う。
  やるからには、手を抜くつもりはない。それで勘弁してくれやと、心の中で二人に詫びた。


  そして。
  花京院が、重い扉の取っ手へ手をかけた。
  大部屋というだけあって、扉は線対称に二枚一組の堅固なものだ。
  これもまた厄介と言わざるを得ないだろう。
  迎撃への対処が遅れる危険性がある。
  花京院は十分にスタンドの防御を張り巡らせた上で、一度深呼吸をし――やがて、その扉を開け放った!


  瞬間―――世界が割れるのではないかと錯覚させるほどの、音の洪水が響き渡る!


 「何ッ!?」
 「なッ、聞いてねえぞ!」
 「二人共、隠れるアル!」


  三人を襲ったのは、スタンド能力でもなければ、ましてや死人の小隊などでもない。
  そのどちらとも異なっていながら、それらに匹敵するだけの単体性能を保有する暴力だった。

  その名、ブローニングM2キャリバー。

  二十世紀の前半に生まれたにも関わらず、百年近い年月の経過した現在も生産と配備が続いている脅威的な完成度の高さで仕上げられた暴力装置。
  それを吸血鬼と化したスタンド使いが担い、暴風雨もかくやの飽和射撃に訴えているのだ。
  これが脅威でない筈がない――夜兎族の神楽さえも、矢面に立った日には易々撃ち殺されるだろう。
  神楽の番傘を盾に攻撃を防ぐ。幸い、それを食い破るには少々火力が不足していた。
  二十秒弱ほどの間、銃撃が続いたろうか。
  不意に音は止み、代わりに襲い掛かってくるものがある。

 「ッ――」

  思わず神楽は息を呑んだ。
  番傘を退けた向こうには、胡乱げな足取りで、しかし確かに此方へ近付いてくる死骸の小隊。

 「さながら、入れ食いとでも言うべき有様ですねぇ」

  せせら笑うのは、ファバロには見覚えのある顔。
  一度見たらまず忘れることの叶わないだろう、人間離れした人相の男。
  ジル・ド・レェ。
  この放送局を舞台に、盛大な殺戮劇を引き起こさんとしていた諸悪の根源だ。

 「……花京院はわたしが殺す。他は好きにしろ」
 「了解致しました。ではそのように」

  暗黒空間に消えるヴァニラ・アイスを見送って、キャスターは嗤った。

 「俺らも行くぞ!」
 「はい!」

  花京院たちは予定通りに分散して、それぞれの対処に当たる。
  ファバロはキャスター、ジル・ド・レェを。
  神楽と花京院はヴァニラ・アイスを。
  ここで確実に仕留める鉄の意志を持って、彼らは戦いの中へ身を投じる。


 ●  ◯


  ファバロ・レオーネは死者の姿を見ても、慙愧の念には囚われない。
  そもそも見知った顔ですらないし、そうだったとしても彼はきっと心を殺したろう。
  何故ならば、それもまたこの手の術者の強みだからだ。
  死者を傷付ける罪悪感。
  そんなものを戦いに持ち込んだ時点で、思う壺に嵌っているようなものだ。
  ファバロは行く手を阻まんとした、顔に布を巻いたゾンビの顔面へ躊躇なく蹴り上げを叩き込む。

  布が外れ、ぐしゃぐしゃの顔面が露わになった。
  よほど酷い殺され方をしたのだろう。
  心の中で少しだけ同情しつつも、躊躇なくその遺骸を足蹴にする。
  それから懐よりビームサーベルを取り出し、胴を両断した。
  藻掻く動作を見せた後に、ゾンビは動きを止める。

 「まず一体か」

  今回の戦いには、一つだけ前回と違うところがあった。
  前の時は、ゾンビの数が尋常ではなかった。
  それこそ、一体一体相手していてはキリがないほどに。
  先にファバロの体力が尽き果ててしまうほどの物量差が存在した。

 (けど、今回はそれがねえ)

  視認できるゾンビの数は、今倒した一体を含めても五体。
  死霊使いを相手取るにしては、破格と言ってもいい少なさだ。
  ジル・ド・レェが担う魔導書らしき書物に、ファバロは見覚えがあった。
  あれは紛れもなく、リタが持っていたものと同一だ。
  にも関わらず、この使役数の少なさ。
  単に死体に巡り合う機会が少なかったのか、それとも……

 「どうしました? 足が止まっているようですが、臆病風に吹かれましたかな?」
 「……ヘッ。んなろくでもねえ風に吹かれるべきはソッチの方だぜ、ジルさんよぉ!」

  踏み出すと共に、ファバロは威勢よく吠えた。
  推測でしかないが、あの魔導書には何らかの細工が成されている。
  使役できる死体の数の減少という、術者にとって圧倒的な不利となる細工が。
  地図内には確か墓地があった。
  大方、無尽蔵に死体を増やしての物量差による圧殺を危惧して繭が気を利かせたのだろうと推察する。
  この時ばかりは、ファバロは繭へ感謝すら覚えた。

 「悪いな、かわいこちゃん」

  南ことりのゾンビの眼窩にビームサーベルが貫通する。
  そのまま真横へ引き切れば、頭が歪に裂けて、ことりが崩折れた。
  背後より飛び掛ってくる名もなき一体を、毛ほどの動揺も見せず振り向きざまに斬首する。
  落ちた首を掴み取り、後続の一体の顔面目掛けて投げつけた。
  バランスを崩して進行が止まったそれの懐へ潜り込み、喉仏に切っ先を突き立て、真上へスライドさせる。
  それでもまだ動く素振りを見せたので、ダメ押しに此方も斬首した。

  余裕だ。
  一般人がやるならともかく、荒事に慣れたファバロを止めるには戦力として頼りなすぎる。
  キャスターの顔には、徐々に焦燥が浮かび始めていた。
  それを見て、ファバロは確信する。
  間違いない。
  奴の武器は、あの魔導書だけだと。

 「そうと決まれば、後は……」

  後は一体だけだ。
  神代小蒔のゾンビを前に、ファバロはほくそ笑む。
  これを乗り越えて術者を叩けば、それで終わりだ。

  潔く踏み出して――そこで。

 「ガッ……!?」

  右足に、小さな痛みが走った。
  それはやがて巨大な激痛を呼んで、ファバロをその場へ転倒させる。
  単なる転倒ならばすぐに立ち上がればいいだけの話だが、それが出来ない。
  全身の筋肉が硬直したかのように体を思うように動かせず、ガクガクと痙攣するだけで精一杯の体たらく。
  何が起こったのかファバロは初め理解できなかったが、睨み付けたジル・ド・レェの手に、見慣れない黒い銃のようなものが握られているのを見て――更にその銃口から何かが自分の足まで伸びているのを見て、何をすべきかようやく把握した。

  ファバロの世界には存在しない武装。
  ヴァニラ・アイスが武装に乏しいキャスターへ渡した拳銃型のそれを、テーザー銃という。
  これは、ヴァニラと彼がこの広間へ赴く前に、彼がヴァニラから貸し与えられた品物だった。
  トリガーを引くのと同時に電極を射出し、それを標的へ命中させることで電流を流す単体鎮圧兵器。
  非致死性武器であるために直接的な殺傷能力こそないものの、こうして一時的に動きを止められるだけでも十分だ。
  ファバロはしてやられた、と思った。
  最後のゾンビは、自分の目を塞ぐ為のデコイだったのだ。
  そうすれば、テーザー銃を確実に命中させることが出来る。

 「くそ……があッ!」

  とはいえ、当たりは深くない。
  身動きの取れない掻痒感と激痛の中、全身を使って藻掻き、どうにか電極を外す。
  しかしその時には既に、神代小蒔のゾンビは歯を剥き出し、腐った唾液を垂らしていた。

  まずい。
  このままでは殺られる――しかも、電流の名残で体がうまく動かせない有様だ。
  どうする。
  どうする。
  どうする。
  どうする――仕方ない。

  一か八かだ。
  ファバロは小蒔の歯が首筋に触れるすんでのところで頭を少しだけ後ろに引き、そのまま彼女へ叩き付けた。
  うまく顔面を斜めから打ち据える形となり、彼女の前歯が折れ、脅威が遠退く。
  その隙に大きく体を捩って取り落としたビームサーベルを手にし――彼女の頭蓋へ当てた。
  幸い、得物が得物だ。
  力を入れずとも人の肉程度なら容易く切り裂き、結果、彼女の頭は真横に両断される結果となった。

  どうにかなったか。
  ふらつきながらファバロは立ち上がり、遂に戦力を失ったキャスターを睥睨する。
  彼は少々驚いた様子だったが、ファバロがまだ自由に動けないだろうことにも察しが付いているのか、どこか余裕だ。

 「これはお見事」

  魔術師は柏手を打つ。

 「ですが、今の貴方で私を倒せますかねぇ」

  テーザー銃の痺れは、そう長いこと残留するものではない。
  違法改造されたものであれば話は別だが、キャスターが担うそれはごくごく一般的なタイプのテーザーだ。
  だから、じきに痺れは取れるだろう。
  問題はそれまでに、ぎこちない動きでこの殺人者を相手取れるかどうかということ。

 「しゃあねえな……」

  選択肢は、またしても一つだ。
  戦う? 論外である。
  ミシンガンによる銃撃も考えたが、やめた。
  ビームサーベルを一旦納めたのは、言わずもがな事故の危険を最大限減らすためだ。
  痺れに足が縺れて転倒し、あえなく自分の武器で串刺しとなった日には笑い話にもなりゃしない。
  今はとにかく、逃げに徹する。
  体が満足に動かせなくても、魔術師一人をいなすならば訳はない。

  後はただ、時間を稼ぐのみだ。
  コンディションが戻ったならば、倒しにかかる。
  ファバロは事実上の勝利を確信しながら、迫るキャスターへ手招きをし、挑発した。


 ◯  ●


  悪夢のような音が響く。
  法皇の一部が削り取られ、それは着実に花京院たちを追い詰めていた。
  戦力としては確かに、能力者ですらないファバロ一人が欠けただけである。
  しかしながら、それは彼らの予想以上に大きな欠落だった。

  神楽も花京院も、射撃を行うことは出来る。
  それでも、やはり一番手慣れているのはファバロだ。
  彼の精密かつ素早い射撃はヴァニラの動きを牽制し、状況を有利に運ぶ役割を果たしていた。
  その牽制が欠けただけで、ヴァニラ・アイスの動きは格段に上がる。
  いちいち妨害に入ってくる相手がいないのだから、そうなるのは自明だ。
  暗黒空間から顔を出し、時にはブローニングによる銃撃を試みる。
  そこを狙う神楽だが、範馬勇次郎の片腕が待っていたぞとばかりに彼女を迎え撃つのだ。
  これでは、攻めあぐねるのも無理はないというものである。

 「神楽ッ!」
 「分かってるネ!」

  床を、段差を削りながらの移動であるため、経路が丸分かりになるのがせめてもの救いだった。
  この欠点がヴァニラのスタンドから失われた日には、一行はまず間違いなく、為す術なく壊滅にしていたに違いない。
  それほどまでに、彼のスタンド能力は強い。
  破壊力という次元にない、『この世から消滅させる』力。
  まず間違いなく、花京院がこれまでに遭遇してきた中では最大の難敵と呼ぶに相応しい相手だ。


  だが、攻めあぐねているのはヴァニラ・アイスの方も同じであった。

  相手は二人。
  意思疎通のままならない動物などではなく、ちゃんと会話のできる人間が二人。
  厳密に言えば片方は宇宙人であるのだが、それについては一旦置いておくとして。
  認めたくはないが、神楽と花京院のコンビネーションは非常に突き崩しにくいというのは事実だった。
  彼らは双方ともに、血で血を洗うような荒事には慣れている。
  だからこそ、共に過ごした時間が数時間程度でも、その場の流れで十分な連携を組むことが出来るのだ。

  やはり、厄介なのは花京院だろう。
  数多のスタンド使いとの戦いを乗り越えてきただけのことはあり、その指示は極めて的確で、無駄がない。
  個人戦力の極めて高い神楽と合わさることで、二人の戦力は非常に高いものとなっている。

  忌々しい。
  ヴァニラは奥歯を噛み締めて、苛立ちを露わにした。
  心酔するDIOを裏切った分際で、小賢しくも立ち塞がることが癪に障る。
  今すぐにでもあの憎らしい面を、暗黒空間にばら撒くことで永久に消し去ってやりたい。
  そう思えば思うほど、殺しあぐねている自分の不甲斐なさが浮き彫りとなって怒りが増す悪循環だ。

  ファバロとキャスターの戦いと少々質は違うが、大義では同じの膠着状態。
  それが、ヴァニラ・アイスと花京院典明、神楽の現状だった。

  一瞬でも気を緩めれば、相手は自分を殺すことができる。
  そのことを常に念頭に置いて、慎重かつ大胆に攻め入る神楽と花京院。

  彼らが気を緩めるその一瞬。
  それを虎視眈々と狙いながら、逆賊を抹殺せんと憤るヴァニラ。


  今や、誰もが一瞬気を抜くことすら許されない。
  放送局の一室は、まさに剣林弾雨の地獄篇。
  いつ誰が脱落してもおかしくない、総身を突き刺すような緊張感に満たされていた。



 ●  ◯



  故に誰も、それに気付く者はいない。

  苛烈化する戦闘の中で、花京院にも索敵を飛ばし続ける余裕はなく。
  その他の誰も、激戦の中でか細い足音を聞き分けることなど不可能だった。
  だから、彼女は誰にも気付かれぬまま、悠々と歩を進める。
  嵐の前の静けさにも似た大人しさで、顔にだけは獰猛さを湛えたまま、やってくる。

  災害は、シミ一つない白衣を纏っていた。
  見る者へ与えるイメージなど、語るまでもない。


  清楚。
  淑々。
  誠実。
  潔白。
  清廉。
  無垢。





  ――『純潔』。





 「よう」

  扉が開く。
  突然の乱入者に、皆の視線が集中した。
  誰もが、目を奪われる。
  それほどまでに、彼女は――彼女の纏う花嫁衣装は、強烈な存在感を放っていた。

 「君は……?」

  花京院が問う。
  最初に彼女へ声を出して反応したのが、彼だった。
  彼を咎めるのは酷だろう。
  初対面の少女が、誰の目にも明らかな激戦地へ首を突っ込んで来たなら、その身の上が気になるのは自明だ。
  何もおかしいことではない。
  しかし彼は、きっかけを与えてしまった。
  ただこの地の破壊だけを、希望の淘汰だけを望んでやって来た災害の標的に据えられるような真似をしてしまった。

  要は、彼女は誰でもいいのだ。
  ファバロでも、神楽でも、花京院でも、ヴァニラでも、キャスターでも、誰でも同じことだと思っている。
  重要なのは、殺せるか殺せないか、ただそれだけだ。
  それだけが、勝ちを目指す少女の争点となるファクター。

  彼女は地面を蹴った。
  瞬間、人間では考えられないほどの加速が発生する。
  意図に気付いた神楽が止めようと動き出す。
  花京院の『法皇の緑』が、その進路を妨げんとする。
  前者は出遅れた。後者は元より役者が足りない。
  紐状のスタンドによる拘束を、片手で担う朱槍で引き裂きながら、止まることなく猛進する破壊の花嫁。

 「ッ、エメラルド――」
 「私は、纏流子」

  迎撃へ打って出ようとしたその胸へ苦もなく槍で大穴を穿ち、笑顔で名乗る。

 「覚える必要はねえよ」

  槍が引き抜かれると同時、花京院典明は血を吐きながら崩折れた。
  夜兎族の少女が鬼の形相で流子へと襲い掛かり、彼女たちは二人だけの戦いへ身を投じていく。


 ●  ◯


  怒号をあげて、神楽が番傘を振り上げた。
  流子はそれを紅槍でもって、容易く受け止める。
  その顔貌には凄絶な笑みが浮かんでいた。
  煽るような、嘲るようなその表情は、紛れもなく神楽の神経を逆撫でするためのものに他ならない。
  殺してやったぞ、と。
  壊してやったぞ、と。
  元の彼女からは想像もできないような悪意に満ちた顔で、纏流子は嗤っていた。

 「お前ェェェェェ!!」

  劈く咆哮と共に、砲弾の如き威力を秘めた傘の一撃が振るわれる。
  怒りによって戦闘民族の血が引き出された結果のその威力は、これまでのものとは比にならない強力さだ。
  だが、それをも流子は止めていた。
  事も無げに、そんなものかよ、と笑い飛ばしさえしながら、軽々と。
  更なる怒りで心を燃やし、怯むことなく向かっていく神楽の姿は怒り狂う夜叉か羅刹を髣髴とさせる。

  半身を翻してからの、内臓を抉るような爪先が流子の腹を捉えた。
  純白の神衣を纏ったその胴体が、くの字に折れ曲がる。
  立て直す猶予すら与えずに、首筋へと番傘を叩き付けた。
  しかし、彼女の手が受け止めている。
  砕いてやろうと力を込めるのではなく、止められたと判断した時点で、神楽は次の攻撃へシフトした。
  武器を持たない左手を固く握り、怨敵の胸板を打つ。
  衝撃波すら発生させながら流子を吹き飛ばし、間髪入れずに番傘の銃口に火を噴かせた。
  床を転がる流子の胴にそれらは吸い込まれる。
  がくがくと、倒れた彼女が奇妙なダンスを踊った。

  止めだ。
  鬼の形相で踏み込んで、その顔面を蹴り飛ばさんとする。
  殺すまではいかずとも、こいつは確実に――倒さなくてはならない。ぶちのめさなければならない。
  友と呼べるほどの間柄ではなかったと思うが、数時間を共にした同行者を目の前で殺されたのだ。
  根は人情に厚い夜兎族の少女に、その下手人を許すことなど……できるはずもなかった。

 「おいおい」

  しかし。
  足元から聞こえる声は、興醒めの色を含んでいた。
  そこに焦りや、苦し紛れといった様子は真実、皆無。
  怒りに浮かされた神楽すら底冷えするような声で、纏流子は兎の足を掴み取っている。

 「どのくらいのもんかと思ったが――」

  神楽は瞠目する。
  力で、自分が押されていた。
  地から離されまいと堪えている足が、少女の手によって持ち上げられる。体幹が崩れ、次の瞬間には浮遊感が襲った。
  脳裏に壮絶な火花が散る。
  何が起こったのか、神楽は一瞬理解できなかった。


 「その程度で、純潔に勝てるとでも夢見たか? だったらとっとと覚めとけよ。生塵みてえなザマになる前になァ」


  流子は、放たれた爪先を苦もなく受け止めた。
  端から、彼女は怒髪天を衝く神楽の猛攻を敢えて食らっていたのだ。
  相手の戦力を見極めつつ、どのようにして対処するかを推し量る為に。
  雌伏に徹し、止めを狙った一発の時に事を起こした。
  足を掴み取り、神衣の力で底上げされた地力を用いて地より持ち上げ、崩れた体幹諸共、壁へと叩き込んだ。
  常人ならばきっと頭蓋骨が砕け散り、頭が奇怪に変形して、一瞬で愉快な死体になれる一撃だ。
  そうなっていないのはひとえに、神楽が宇宙の戦鬼――夜兎族であるが故。


 「だったらお生憎様ネ……」

  粉塵を巻き上げる破壊地点から、反吐を吐き捨てて兎が這い上がる。
  その頭からは血が流れ、顔は赤色と表情の歪みが混じり合っていよいよ修羅の様相を呈していた。
  ちょっと戦場に立った経験のある程度の者ならば、腰砕けになってもおかしくないだけの気迫。
  かつて我を失った時からずっと諌めてきた『血の本質』が、地獄の釜から溢れ始めている。

  ――夜兎を殺すには、全てを失う腹積もりで戦わなくてはならない。
  それを怠った者はこれまで、例外なく兎の皮を被った鬼に喰らい殺されてきた。

 「そうなるのは……テメーの方アル」

  今しがた頭部へ強烈な衝撃を受けたばかりとは思えない俊敏さで、夜兎は神衣に突貫する。
  もはや微塵の躊躇もなく放たれる、人を殺せるだけの威力と突破力が宿った刺突。
  岩石はおろか、下手をすれば鉄板すら貫いてもおかしくはないそれを止めるのは、鉄をも凌ぐ純潔の生命戦維。
  並ぶものなしと謳われた戦鬼の嬰児が振るう矛をも止める、宇宙最強の衣。
  朱槍をぐるぐると回転させれば、それはさながら高速回転するプロペラだ。
  番傘の吐いた弾丸を叩き落とし、突破法を強引な力押しのみに限定させる。
  そして、神楽にはそれを可能とするだけの地力があった。
  回転する槍の隙間を縫って右手を差し入れ、柄を掴み、がら空きになった流子へ蹴撃を叩き込む。

  クリーンヒットだ。
  しかし、神楽の表情は堅い。
  何故なら花嫁は、未だ笑っているからだ。

 「そうそう、初めて見た時から聞きたかったんだよ。なあ、チャイナ女。てめえ、兄貴か何か居たりしねえか? 
  とびきりいけ好かねえ性格をして、いつもニコニコ笑ってやがる――ちょうどそういう傘をぶん回してる奴だよ」

  神楽の表情が、驚きに満ちる。
  その特徴に合致する人物を、彼女は一人しか知らない。
  それは紛れもなく、神楽がこの広大な宇宙でただ一人兄と呼ぶ男。
  悪意を滲ませて嗤う流子の顔は、何かを確信したようなものへと変わっていた。
  神威を、知っている。あのバカ兄貴と、こいつは会ったことがある――

 「安心しろよ、殺しちゃいねえ。いずれ殺すが、今はその時でもねえ」

  一瞬の虚を突かれた。
  引くのが遅れた右足を、ずぶりと朱槍の穂先が貫通する。
  鋭い痛み。素早く傷口から刃を抜くと、真っ赤な液体が噴き出した。
  たかだか足を潰された程度で戦えなくなるような夜兎はいない。
  まだ戦える。傘を握る手に力を込め、動かさんとした刹那、今度はその二の腕を貫かれた。
  左手を動かそうとする。
  それも、流子が動く方が速い。

  ここで神楽は悟った。
  先程、自分が直撃させた蹴撃。
  あれは自分が当てたのではなく――相手がわざと『当たった』のだと。
  神威の話によって神楽が隙を生もうと生むまいと、その時点で自分は相手の思う壺に嵌っていた。
  何か行動を起こそうとすれば、先回りしてその行動を潰す。
  最早、その繰り返し。
  並の戦士相手なら、夜兎の力押しでどうとでもできる――しかし纏流子は、並の戦士のスペック等では断じてない。

 「――――ッ!」

  雄叫びに近い声をあげ、一度後ろへ下がるしかないと判断。
  バックステップで地面を蹴り飛ばす。
  その足の甲を、朱槍が床に縫い止めた。
  動きを途中で無理に中断されたことで傷口が歪に広がり、耐え難いほどの激痛が彼女を襲う。

 「があああああッ! ぐ、ぎ……!」
 「どうした? 私をゴミみてえにしてくれるんじゃなかったのかよ、ええ?」
 「お、ま゛え……ぎ、があああああ…………!」
 「ハッ、つまらねえ」

  片手では槍を突き刺したまま、残った左手で、流子は神楽へ痛烈な打撃を見舞った。

 「所詮妹だな。
  あの野郎を褒めるつもりなんざこれっぽっちもねぇけど……
  てめえ、弱すぎんだよ。
  何もかも、兄貴の劣化でしかねえ」

  一発だけではない。
  何度も、何度も。
  神楽が反論を吐いたり、行動でその悪罵に反抗することすらもできない勢いで。
  最初の意趣返しのように、殴りつける。
  その度に体勢が揺らぎ、足の傷口が押し広げられ、絶叫するほどの苦痛がやって来る。
  拷問とも呼べる所業を浴びせられながらも、意識を失うことなく、果敢に流子を睨み付けるは夜兎の意地か。
  されど、悲しきかな。
  限界はやがて訪れた。
  一撃一撃が岩を砕くような威力に匹敵する神衣の拳を何十発と浴びて、これまで耐えていたのがまず『異常』。
  一際強烈な拳が神楽の顎を跳ね上げた所で、彼女は完全に意識を失った。

 「あぁ?」

  それでも、その闘志は潰えていない。
  それを証明するかのように、彼女の右手は伸びていた。
  意識が消え、ともすれば浄土に送られてもおかしくない痛手を受けた筈なのにも関わらずだ。
  握り拳を作った右手が、流子の頬に触れた。
  当然、痛みはない。痒さすら感じさせられないほどの、甘い当たり。

  脳裏にフラッシュバックする光景。
  それは、本能字学園で受けた一発の拳。
  間桐雁夜という、哀れに坂道を転がり続けた男の最後の意地が生んだ、仇敵が言うところの『敗北』。

  またか。
  また、意地か。
  そんな胡乱げなものが、私を苛つかせるのか。
  高揚が失せ。
  苦虫を噛み潰したような気持ちが、湧いてくる。

 「下らねえ」

  槍を引き抜く。
  粘り気のある血が滴った。
  そのまま、チャイナ服の胸倉を掴み上げる。

 「どいつもこいつも、やれ意地だ、救いだと」

  ひょいと、間抜けな擬音が聞こえてきそうな気軽さで、流子は神楽を真上へと投げ上げた。
  彼女の番傘を拾い上げれば、それを振りかぶって。

 「地獄でやってろ」


  落ちてくる夜兎へと、叩き付けた。
  華奢な身体が地面と数度バウンドしたところで止まり、動かなくなる。
  まだ息はあるようだが、この様子では、どの道あと一撃で済む。
  それだけの攻撃をぶち込んだ。
  苛立ちの発散も込めて、打てるだけ打った。
  朱槍を振り上げれば、二番目に殺した聖女にそうしたように、横たわる胸の中央へ振り下ろす。


  その前に、飛来した射撃を叩き落とす。
  舌打ち混じりに見れば、アフロ頭をした男が、見覚えのある銃を構えて突撃してくるではないか。
  馬鹿かこいつは。
  そんなものが、今更私に通用するとでも思ったのか。
  なら、その馬鹿げた思い込みごと地獄まで送ってやる。
  槍の刺突を、スライディングの要領で神楽の救出を試みるアフロへ放った。

  が、それを止めている光があった。
  月並みな単語で称すれば、それはビームサーベル。
  創作の世界でしか見ないような武器が、宝具の一撃を止めていた。
  流子は一瞬だけ、予期しなかった展開に驚く。
  その隙があれば、アフロ頭には十分だった。
  ファバロ・レオーネに限っては、それで事足りた。

 「悪いな、トンズラこかせてもらうぜ!」

  彼は元より、賞金稼ぎというアンダーグラウンドな生き方に徹してきた遊び人もどきだ。
  喧嘩の心得がある流子よりも、その場しのぎの小細工や、鉄火場から逃げる為のノウハウは熟知している。
  相手の予期せぬ展開を作って、生まれた一瞬を突き、後は素早く逃げる。

 「待てコラ、てめえッ」

  一度は捨てた番傘を拾い上げ、槍投げの要領で投擲する流子。
  捨て台詞がてらに振り向いたファバロの顔から血の気が引いていくのが分かった。
  だが、あの手の人間の悪運が強いというのは世界共通だ。
  傘は彼の耳たぶを掠めはしたものの、逃げる足取りを止めるまでには至らない。
  追い立てようにも、当たらないと判断するや否や逃げることだけに全力を注いだファバロの方が速かった。
  姿は角を曲がった向こう側へと消え、扉が蹴り開けられるような音がしたことから、みすみす逃がしてしまったようだ。

  纏流子は舌打ちをした。
  それから、槍を拾い上げる。
  ゆらりと振り向いた先には、吸血鬼と、魔元帥。
  怪物の口元が、にぃっと歪んだ。


 ◯  ●


  流子と神楽の熾烈な戦いが行われている傍らで。
  恐怖を乗り越えた少年は、末期の苦痛に呻いていた。
  胸に空いた大穴は止めどなく血液を排出し、肺をやられたのか呼吸さえままならない。
  誰が見ても確実な『死』が、花京院を連れ去ろうとしているのは明白だった。
  もはや、この世に存在するどんな医療技術を駆使したところで彼の命を繋ぎ止めることは不可能に違いない。


  花京院は、悔やむ。
  自分は結局、何もできなかった。
  範馬勇次郎に殺されかけ、横槍でそれを屠られ。 
  その下手人を撒くために奔走した挙句、今度は救いの余地があった命を目の前で奪われた。
  死をもって償わせるなどと豪語しておきながら、結局はこの体たらくだ。
  忌まわしき暗黒空間のスタンド使いに死を与えるどころか、自分が誰よりも先に朽ち果てようとしている。
  それが悔しくて悔しくて、花京院は声にならない声を出しながら足掻いた。
  もうスタンドすらまともに出せない有様に成り果てながら、せめて仲間を助けようと、手を伸ばす。


  が。
  伸ばしたその手は、何にも届くことなく、文字通り踏み砕かれた。
  激痛は幸い麻痺を始めており、走らない。
  見上げればそこには、彼があれほど倒すと息巻いていた『姿の見えないスタンド使い』が見下ろしていた。

  せめて、こいつだけでも。
  攻撃しようとした瞬間、強烈な蹴撃がこめかみを蹴り飛ばす。
  ヴァニラは執拗に花京院を蹴りつけた。
  憎悪と憤激を込めて、死にゆく命に鞭を打つ。
  やがて満足すると彼は屈み込み、花京院の首筋へと自らの指を突き立てた。
  その行為から全てを理解し、花京院は自分の末路を悟る。


 「き……さまらは……DIO、は……負ける…………」
 「……」
 「……おまえ……たちは………、何も勝ち取ることは……ない…………!
  勝つのは、……きさま、ら、が……もっとも忌む、正義の血統……だ……!!」

 「……言いたいことはそれだけか 花京院典明」

  意識が明滅する。
  もう時間はない。
  奴の血肉となるにしろ、体の限界が訪れるにしろ。
  どの道、あと十数秒と保たない命だ。

 「――『ジョースターの血』が必ず貴様を、DIOを滅ぼすッ! それまで精々、首を洗って待っていろ……!!
  貴様も、DIOもッ! 朝が来れば消えてしまうような、ただのか細い暗闇に過ぎないと思い知れッ!!」
 「下らんッ!」

  ヴァニラ・アイスは血管を浮き出させ、激怒と共に吸血を開始した。
  花京院の血が急激に抜けていき、命が尽き果てる。
  その逆に、ヴァニラは体に力が満ちるのを感じていた。
  血を吸うのはこれが初めてだったが、成程確かに、吸血鬼にとってこれは格好の養分だ。

 「道端をほっつき回る薄汚い野良犬の血にも劣るジョースターの泥水などが、DIO様を滅ぼすだと?
  そんなことがあり得るハズがない……そのような世迷言を辞世の句として逝くとは、無意味な死としか言いようがないぞ、花京院典明よ。裏切り者には最も相応しい末路だ」

  死体を潰そうとも思ったが、ジル・ド・レェの魔導書のことを思い出して中断する。
  本当のところを言えば、グズグズの肉塊になるまで踏み躙ってばら撒いてやりたいところだ。
  しかし、くだらない正義などにうつつを抜かした法皇が屍の兵士に堕ちさらばえるというのも悪くはない。
  そう考えて、振り上げた足をゆっくりと元に戻した。


  花京院は死んだ。 
  音が消えたことからするに、あちらも片が付いたらしい。
  視線をやれば、純潔の破壊者もまた、此方を見ていた。
  もはやこの場には、『殺す側』の存在しか残っていない始末だった。


【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース  死亡】


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119:進化する狂信 花京院典明 GAME OVER
119:進化する狂信 神楽 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(後編)
119:進化する狂信 ファバロ・レオーネ 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(後編)
119:進化する狂信 ヴァニラ・アイス 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(後編)
119:進化する狂信 キャスター 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(後編)
122:勝てるわけねえタイマン上等 纏流子 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(後編)