誰かの為の物語 ◆gsq46R5/OE


  時は今、昼時へ差し掛かろうとしていた。

  「本部以蔵が」範馬刃牙を殺してから、既に結構な時間が経過している。
  宇治松千夜は、自分の体から段々と寒さが引いていくのを感じながら、日差しの下で座り込む。
  本部の助言により、濡れた制服は脱いで日差しに当て乾かしつつ、今は借りた道着の上のみを纏っていた。
  年の離れた異性の前で無防備な裸体を晒すということに、数時間前の千夜ならば躊躇いの一つも覚えたやもしれない。
  しかし、そんな当たり前のことを考えられるだけでも幸せなのだと、千夜は思い知らされた。
  死んでいった彼女達は――もう、何かを考えるということすらできないのだから。

  大勢の人間が死んだ。
  幼い、未来にあふれた高町ヴィヴィオは血を吐いて死んだ。
  千夜の前で本性を表した蒼井晶は首が折れ曲がって死んだ。
  自分の手で貫いた範馬刃牙は、鬼の手に砕き殺された。
  殺し合いが現実のものである筈がないと、そんなことを考えていた頃が懐かしいとすら思う。
  この島では、命が軽い。
  時間経過と共に、末期の輝きすらなく消えていく、湿った蝋燭の炎でしかない。
  自分の手で命を奪ったことも、目の前で奪われたこともある千夜にはそれが一層強く実感できた。

  最初の放送では、幸いにも千夜の友人達の名前が読み上げられることはなかった。
  しかし次は同じようはいかないだろうと、そう思う自分が心のどこかに居る。
  チノか、リゼか、シャロか。
  誰がそうなるかまでは分からないが、その全員が無事で事が運ぶとは、今の千夜には到底思えない。
  ……少なくとも、もう一人は死んでしまったのだから。
  誰も死なずに皆で日常へ帰るという夢を抱くには、宇治松千夜という少女は現実を知りすぎてしまった。

  木の棒を拾い上げてペンに見立て、地面へゆっくりとペン先を走らせた。
  描かれるのは、デフォルメ化された友人達の絵。
  その横に、彼女はこの殺し合いで出会った人達の姿を描き足した。 

  ――もう戻らない、ありえない夢の景色。かつて空想した、ありえたかもしれない未来の遺影がここにある。


  ぽたぽたと。
  描かれた理想の世界に、水滴が落ちた。
  人物の輪郭線に当たるとそれが崩れ、少しずつ、少しずつ、水の落ちた痕ばかりが増えていく。

  泣いたのは、一体何度目だろう。
  ここに来てから、泣いてばかりいる気がする。
  泣いてばかりで、何もできていない。
  唯一やれたことといえば、それは――




  ぞぶり、という嫌な音が、記憶野から蘇って脳裏に反響する。




  千夜は目眩を覚えた。
  ヴィヴィオを殺した時とは確実に違う、確かな殺意の生んだ結果を思い出す。
  見えていたのは、宙吊りにされた柔道家と、その首を圧し折ろうと力を込める男の後ろ姿。
  それを見た時、目覚めたばかりの千夜の思考回路は爆発した。
  気付けば剣を持ち、立ち上がり、ゆっくりと歩き出していた。
  幸いだったのは、範馬刃牙もまた『熱くなっていた』ことだ。
  本部以蔵との戦いの中で、彼はヒートアップし、勝利を目前に周囲へ気を回すことを完全に失念していた。
  もしも刃牙に冷静さが欠片ほどでも残っていたなら、殺されていたのは千夜の方だったに違いない。
  刃牙のコンディション、手元にあった確殺に足る得物、要らぬ迷いを抱けない精神状態。

  その全てが良いように、或いは悪いように作用した結果が、宇治松千夜と本部以蔵が生存できた理由だった。

  ナイフでは、身動きを止めるほどの致命傷には届かなかったかもしれない。
  平常の精神だったなら、きっと千夜は迷いを捨てられなかった。
  あの時の千夜には、全てが揃っていた。
  神がかり的な幸運に、守護られていた。

  思えば、最初からだ。
  最初から、千夜は運が良かった。
  恐ろしい騎士から逃げ遂せ、その後すぐに保護された。
  ヴィヴィオを殺したことだって、一歩間違えれば死んでいたのは千夜だった筈だ。
  晶が殺された時も、千夜は生き延びることができた。
  幸運の積み重ねのもとに、今の千夜がある。

 「嫌……私は……っ!」

  声が漏れた。
  ずっと無言だったからか、その声は掠れている。
  泣き腫らした瞳は悲痛に歪み、彼女の無力さを強調している風にも見えた。

 「私は、もう……!」

  生きてきた。
  生き永らえてきた。
  これまで、ずっと。
  ――屍の山河を渡って、生きてきた。

 「もう、自分のために、生きたくない!」

  その発言は、どれほど贅沢なものだろうか。
  聞く者があったなら、怒りを買ってもおかしくない台詞だった。
  しかし彼女の気持ちが理解できる者が、今生き残っている参加者の中にどれほど居るか分からない。
  悉く周りが破滅していく中、自分だけが生き残り続ける苦しみ。
  他人を踏み台にしてまで『生き残ってしまう』ことのおぞましさ。
  時間が解決するどころか、時間が経つごとに押し寄せてくる吐き気にも似た嫌悪感。
  それは、一介の女子高生ごときが背負うには重すぎる重圧だ。
  とても、耐えられるものではない。
  本部がこの場に居たなら、千夜は癇癪を自省しただろう。
  彼女にとって、本部以蔵は最早単なる小汚い中年男ではない。
  自分に代わって人殺しの咎を背負い、鬼になった守護者。
  力のない千夜が藪蚊のごとく殺されるのを断固として許さない、ただ一人の味方。
  彼に、これ以上の迷惑はかけられない。
  だがその本部は今、刃牙の死体を埋めてくると言い、頭の弾けた遺骸を背負って消えた。
  すぐ戻るとは言っていたが、それでも向こう十分は戻らない。
  そんな状況だから、気兼ねなく感情を曝け出すことができた。

  くい、くい。そんな風に、千夜の袖が引かれる。

  鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔で目をやれば、そこにいるのは小さなうさぎのぬいぐるみだった。
  高町ヴィヴィオの『友達』。
  即ち、千夜が殺した少女の『遺族』。
  かつてあれほど怖かったうさぎは空中へふよふよと舞い上がり。

  ぽんぽん、と。彼女の頭を優しく何度か叩いた。
  数時間前には責めるような響きのあったその動作。しかし今は違う。

  セイクリッド・ハートは人の言葉を喋らない。
  だから千夜には、彼、あるいは彼女が何を言っているのかも理解できない。
  でも、確かに伝わってくるものがあった。
  何ひとつ。そう、何ひとつとして温かいもののない世界。
  そこにただひとつぽつりと輝く、心に届く温かいものがあった。

 「……慰めて、くれるの?」

  こくこくと、セイクリッド・ハートが肯定の動作をする。
  それを見含めた時、千夜の中にあった何かが切れた。
  泥のように蟠る痰にも似た鬱屈が、確かに切れた。
  滂沱の勢いで溢れ出す、涙。
  けれどその意味は、これまでに飽きるほど流してきたものとは確実に異なる意味を含んでいる。

 「………さい………っ……!」

  愛らしいシルエットを、衝動のままに抱き締めた。
  涙で可愛らしい顔を見る影もなくぐしゃぐしゃにし、うさぎを抱く。
  それに、セイクリッド・ハートは抵抗しようとはしなかった。
  ただ、されるがままにしていた。

 「ごめんなさい……ごめんなさいっ……!! 私、あなたの友達を……っ……!!」


  ――とっとと死んじまえよ、人殺し。


  かつて浴びた悪罵の声が蘇る。
  胸の奥に、ずっと錆びた楔のように突き刺さっていたそれ。
  許されることのない罪と、晴れることのない汚名。
  抵抗することなく抱かれたままのセイクリッド・ハートの存在が、それをかき消していく。
  言葉はない、言葉はない。
  けれど確かに、宇治松千夜はそこに救いを見た。光を、見た。



  自分は許されたのだと、ようやくわかった。




【D-3/基地/一日目・昼】


【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)
[服装]:本部の道着
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid、不明支給品0~1枚
    黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実、盗聴器@現実、不明支給品1~2枚(うち最低1枚は武器)
[思考・行動]
基本方針:人間の心を……。
0:ごめんなさい、ありがとう。
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。
※制服は近くで干しています。


 ◯  ●


  放送局を根城とする邪悪、キャスター。
  その討伐へ向かうのを後へ回し、休憩を続けたのには当然理由がある。 
  宇治松千夜。
  身の丈に合わない過酷な仕打ちをされ続け、摩耗しきった彼女。
  直接的に手を汚したのは自分だとはいえ、致命を与えたのは他ならぬ彼女だ。
  体も心もボロボロのままで、彼女に剣ヶ峰を登らせることはできない。
  そんなことをすれば、また、守護れなくなる。

  ――目先のものも守護れない男に、守護の何たるかを語ることは許されない。

  だから時間を取った。
  少女の安息を優先した。


  そして。
  本部以蔵は、海を前にしていた。
  首から上の完全に破壊されきった青年を背負って、潮風を浴びていた。
  あまり長々と郷愁に浸ってはいられない。
  距離が近い場所だとはいえ、うだうだやっていては千夜の身が危ないのだ。
  そう思うならば、端から離れるべきではなかったのではないか。
  事実、その通りだ。
  本部は今、守護者の在り方とは矛盾した行いをしている。

 「済まねえとは言わねぇぞ、刃牙よ」

  これは、修羅道に堕ちた守護者が最後につけるケジメだった。
  これまでの無能だった己と完全に決別するための儀式とも言い換えられるだろう。
  この行動に、何一つとして合理的な理由も、意味もない。
  守護るべき相手を放置してまで行わねばならないことでは、間違いなくない。
  目的だけを遂行する鬼の行動ではない。
  感情に任せた非合理な行動は、人間だけに許された特権だ。

  千夜には、刃牙を埋葬してくると言った。
  あれは、嘘だ。
  本部は現にスコップのようなものは一切持っていないし、埋める気があるならばこんな場所をわざわざ訪れはしない。
  切り立った崖の下までの距離は相当なものだ。
  岩肌が棘々としていることもあって、仮に本部が落ちたとして、受け身で耐え抜くのは難しいに違いない。

  背負った刃牙を地へ乱雑に下ろし、その首根っこの布地を掴みあげる。
  奇しくも、千夜が凶行へ及ぶ際に互いが置かれていた状況の真逆の構図だった。
  皮肉にしちゃ塩味が効いてやがる――小さく笑って、本部は崖の縁に立ち。

 「じゃあな、『範馬』」

  そのまま、死体を投げ捨てた。
  青年の無残な遺骸は宙に舞い、岩に何度もぶつかって形を歪に変えながら、海へ落ちて、見えなくなった。
  今、本部以蔵は外道の行いをした。
  既に命の失われた体を死後も破壊するなど、人の行いではない。
  まさしく、それは鬼の所業。修羅道へ踏み入った彼には、最も相応しいものだ。

  黙祷はしない。
  ただ踵を返し、守護るべき者のもとへと歩き始める。
  決別は成った。
  もう、人の道への未練も、清算すべきケジメもない。



  見果てぬ茨の修羅道を、守護者はひとり、歩く――



【D-3/海周辺/昼】


【本部以蔵@グラップラー刃牙】
[状態]:全てを守護る強い決意、背中に刀傷(処置済み)、ダメージ(大)
[服装]:上は裸、下は道着
[装備]:黒カード:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)@Fate/Zero、乖離剣エア@Fate/Zero、紅桜@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、範馬刃牙の白カード、赤カード(19/20)、青カード(17/20)
    黒カード:こまぐるみ(お正月ver)@のんのんびより、麻雀牌セット@咲Saki 全国編
    カイザル・リドファルドの不明支給品1~2枚(カイザルが確認済、武器となりそうな物はなし)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を守護(まも)る。
0:鬼になる覚悟。
1:放送局に行き、キャスターを討伐する。
2:放送を行い、高坂穂乃果の説得を試みる。
3:騎士王及び殺戮者達の魔手から参加者を守護(まも)る。
4:騎士王、キャスターを警戒。
[備考]
※参戦時期は最大トーナメント終了後。


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117:哭いた赤鬼 宇治松千夜 156:万事を護る者
117:哭いた赤鬼 本部以蔵 156:万事を護る者