三人揃えば雌雄決裂 ◆eNKD8JkIOw




針目縫は恐れを知らない。



元の世界でも、彼女は己こそがこの物語の主役なのだと言わんばかりに好き勝手の限りを尽くしてきた。
楽しそうならば、本能寺学園という超がつくほど規格外の学校で行われている壊惨総戦挙にも、平気で乗り込む。
邪魔そうならば、相手がその本能寺学園で四天王と呼ばれる存在であろうと、平気で力をふるい、当然のようにそいつを排除する。
面白そうならば、相対した者に自分が親の仇だと自慢げに教え、彼女の狂乱した表情を肴に戦いに溺れる。

誰であろうと、何であろうと、針目縫を止められるものなどいなかった。
人間は等しく彼女の我儘の前に倒れ伏し。
機械だろうと彼女の我が道は塞ぎ得ない。
あの鬼龍院皐月でさえ、彼女に対して憎々し気な態度こそ取れど、力ずくでその行為を止めることはなかった。
皐月の親である羅暁などは、寧ろ縫のそういうところを買っていたともいえる。
買った上で可愛がり、自らの会社のグランクチュリエ(高次縫製師)の地位を授け、縫を更に増長させていたともいえる。

だから、そんな針目縫が。


「おーい! そこの2人!!」


空条承太郎と衛宮切嗣が衝突一歩手前と言わんばかりの空気を醸し出しているのを、完全に無視してその場に現れたのも、いつも通りの彼女と言えた。

勿論、紅林遊月の真似をすることは忘れない。
歩き方から表情、口調、彼女ならどう考え、受け答えするかに至るまで。
縫は遊月から収集出来た情報を基に、完璧に『紅林遊月』を演じている。
遊月なら、縫と違って至近距離まで近づかなければ、この二人の『肉食獣が睨み合っている』ような状況に気付けないだろう、と考えた上で、無邪気に彼らに近づいていっている。
そして、縫は遊月を演じた上で、遊ぶ気でいる。
この、なんかいがみあってる雰囲気の二人はどういう関係なのか。
どうやって接触すれば面白くなりそうか。どちらに付けばそれらしいだろうか。
もしくは、脅えたフリをして縮こまれば、彼らはどんな反応をするだろうか。
『遊び』のネタは尽きない。楽しくなくっちゃ人生損だ。楽しまなければ勿体ない。
せっかく見つけた燃えたシチュエーションである。鎮火させるなど、そんなのは針目縫ではない。
例え、なにか問題があったとしても。


「……遊月か」


例え、このデカブツが、今一番会ってはいけない存在であったとしても。
『紅林遊月』を知る数少ない人物、空条承太郎であったとしても。
『針目縫』は、小動(こゆるぎ)もしなかった。
ゲー、運が悪いなあ、なんて心の裏側で可愛く舌を出しては見るが。
動揺などしないし、悪態もつかないし、そもそも困ったという感情もほとんど抱かない。
もしも何かあっても、大した問題ではない。
いや、問題があったとしても、縫がいつも通り力を振るえば、それで問題は解決する。
今までだって大体そうだった。
纏流子も、鬼龍院皐月も、他の有象無象たちだってそうだった。
この場で出会った女の子も縫の力の前には無力だったし、あの首なし女もガンマンも、所詮は縫の前から這う這うの体で逃げ出したに過ぎない。
彼女を苛つかせたのは、それこそあの繭とかいう女によって身体を弄繰り回されたことくらいだ。


「久しぶり。これって、どういう状況?」


「詳しい話はあとだ。とりあえず、そこの男から離れてこっちに来な。ゆっくりでいい」


へえ、見かけによらず優しいじゃない。
当然口には出さないが、代わりに、困惑を混ぜた上で空条を頼りにするような不安の色を顔に浮かべてやる。
と同時に、真っ黒で、感情の窺えない瞳をこちらに向けて来るぼさぼさ髪の男に対しては胡乱気な顔で、警戒心を表に出してちらりと確認。
うん、こちらは初顔だが、なんとなく針目好みの顔をしている。チェックチェック。
うざいくらいギラッギラにエネルギーを漲らせている空条承太郎と、冷めた鉄面皮を黒光りさせているこの男。
虐めて良い声を鳴かせてやりたいのは空条だが、気が合いそうなのはボサボサの方な気がする。
なんとなく、察する。悪人である針目縫は、察する。
こいつは私の側に近いやつだと、察知する。
空条承太郎のような、あの纏流子と少し似た雰囲気を持つ男とは仲良くできないタイプ。
針目縫と、あの、純潔の着心地を知らなかった昔の纏流子が水と油であるように。
この二人は決して相容れない存在なんだろうなと、認識する。


「うん……分かった」


認識はすれど、縫は言われるがままに空条承太郎の側に付いた。
だって、情報も欲しいし。
遊月の口ぶりだと、どう聞いたって空条承太郎は『良い人』だ。
そして、自分が認識するまでもなく、その承太郎に警戒されている男は『悪い人』だ。
縫の歩んできた十数年の経験をもとに考えれば、基本的には『良い人』の方が利用しやすい。騙しやすい。与しやすい。
だから、針目縫は『良い人』の側に付く。
別に、空条に手を貸すつもりもないが。こちらが一方的に、搾れるだけ、搾らせてもらいたい。
搾って搾って残り滓になってから、気に入らないなら捨てれば良い。それまでは精々利用させてもらうとしよう。


そう思い、そう企み、何の気なしに空条承太郎の後ろに行こうと、彼の横を通り過ぎて。
紅林遊月の顔で、紅林遊月の足取りで、紅林遊月の腕を、手を、足を、空条承太郎に見せながら。
さりげなく背後から承太郎の袖口を掴み、守ってほしい女の子らしさをアピールしながら。
少しビビッているような、しかしそれを隠すように虚栄を張って「なんともない」というすまし顔をしている、ように見せかけながら。
見せかけているのに。
しかし彼女は、突き刺すような視線をすぐ近くで感じた。
言うまでもなく、空条承太郎の視線だった。


「…………」


「どうしたの?」とは聞けない。「私の顔に何かついてる?」なんて言えない。
遊月はこのような状況で、そこまで気が付くような少女ではない。
例えば、ロクな武器も持たず仲間も連れず、殺し合いの真っただ中で、この場で知り合っただけの友人を探す程度には、直情的だし。
例えば、出会った相手が小さな女の子だからと言って自分の持つ情報をペラペラと喋ってしまうほどには、迂闊だ。
だから『紅林遊月』は何も出来ない。気付かないフリをするしかない。
『針目縫』だから感じる、こちらの『中身』を覗き見られているような感覚を、気持ち悪いと思うことしかできない。


「なあ、遊月」


これは、リアクションの取れない面倒くささを続けなくてもよい幸いと言っていいのか。
それとも、縫の感じていた『悪い予感』が的中していた不幸を呪うべきか。
承太郎は、こちらにすぐに言葉をかけてきた。
それまでボサボサ髪男に向けていた注意を少し、いや、それなりの割合でこちらに傾けながら。
縫だって、意識していなければ「鋭くなった」と気付けないくらいのポーカーフェイスを保ちながら。


「お前に渡した『餞別』なんだが、今だけちょいと返しちゃあくれねえか」

「この衛宮って男は、どうも一筋縄ではいかなさそうなやつなんでな」


餞別。つまり、遊月に承太郎が渡していた支給品。
聞いてない。針目縫はそんな情報、紅林遊月から得ていない。
わざと、ではないだろう。
恐らく偶然。遊月がうっかり伝え忘れていた情報。
もしくは、重要ではないと判断して伝えなかった情報。
それが、期せずしてこの場で針目縫に牙をむく。
使えないなあ遊月ちゃん、と、愚痴を一つ胸の奥で呟き。
今度遊月ちゃんに会ったら「お仕置き」しようと心にメモした。


「……ごめん、それなんだけどさ」


しかし。


「実はあの後、西部劇に出てくるガンマンみたいなやつに襲われてさ……その時無くしちゃって……」


それでも針目縫は、平静に「ばつの悪い」といった演技をする。
この程度のことはまだまだ彼女の想定内だ。
そもそも、ラビットハウスからそう離れていない駅で、遊月と知り合った人物に出会う可能性だって高いに決まってる。
だから、何かあった時のために、彼女なりに色々言い訳は考えてある。
特に、ガンマンや首なしの悪口はここぞとばかりに考えているし。
場合によっては本能寺学園の馬鹿どもの情報を利用することまで考えている。
要は、嘘だとバレなければいいのだ。
仮にあのガンマンがこいつと知り合いだった場合や、縫から逃げた後にこいつと知り合ったとしても。
「じゃあガンマンみたいな男が二人いるんだね」とでも言えば、それで嘘はバレない。
特に、あいつらは縫の変身能力を知らぬのだから、仮に縫の悪評を広められていても問題ではない。
『針目縫』=『紅林遊月』だという発想には、普通は至らない。
遊月の話では、ラビットハウスに本能寺学園の面々がいたという情報はなかったので、そこ経由で縫の能力がばれる可能性も少ない。
『餞別』の話をしなかった遊月の杜撰さから、彼女の情報が本当に正確なのか疑問が残りつつもあったが。
遊月があの場を離れたあとに縫の能力を知るものがラビットハウスに現れた可能性も考えたが。
流石に、そこまでは考慮しきれない。悪い可能性なんて挙げればキリがないし、考えすぎて行動が雁字搦めになるなど、これほどつまらないこともない。
だから、とりあえずこれで騙せるだろうと、騙せなかったら二の矢を放とうと。
針目縫はいけしゃあしゃあと嘘をつく。自信満々に嘘をつく。
針目縫は気分屋で傲慢だが、馬鹿ではない。




「そうか」




そう、馬鹿ではない。



だから、この時、この瞬間の縫の判断は、即断即決のものだった。



「その」
空条承太郎の放つ『鋭さ』が膨れ上がると見えた時点で、縫はウソがばれたと判断。
「わり」
相手が完全にこちらを敵だと認識したのだと認識。
「には」
痛いほどの殺気に、言い訳は不可能だと頭の中の冷静な部分が言い。
「おま」
これはこれで面白くなりそうだと頭の中のハイテンションな部分が笑う。
「えさ」
ならば攻撃だ。しかし距離が悪い。近すぎる。
「んの」
だから、すぐ手の届く距離にいた承太郎から、バックステップで距離を取り。
「手は」
白のカードから片太刀バサミを取り出し、構え。





それでも、空条承太郎の方が『一手』早かった。





針目縫は空条承太郎から『2m』以上離れて、攻撃を行うべきだった。





構え、振るい、空条承太郎まであと数センチと迫ったハサミは、彼に届くことはなく。
その代わりと言わんばかりに、縫の顔面へと、鋭い拳が届く。
承太郎のものではない。承太郎本人も不良とのケンカで負けなしというほどには強いが、流石に縫に及ぶ力も速さも持たない。
だからといって、切嗣のものでもありえない。承太郎と一触即発だった彼が、承太郎に加勢する理由はないし、その実力もない。
加えて言うなら、いきなりこの場に現れた第三者が目にも留まらぬスピードで承太郎を救った、というほど、出来すぎている話でもない。
だから、承太郎を救い、本性を現した針目縫を撃退したのは、それこそ『守護するもの』
いつのまにか、そう、いつのまにかというほどに自然に承太郎の『傍にいるもの』
『凄腕のギャンブラーですら気付けないほど』超速の拳を叩き込む存在。
空条承太郎が力によって悪を裁き、信念によって正義を為すことの、象徴的存在。
『守護霊』にして『傍に立つ者』
その名は、スタンド。




「やれやれだぜ」




空条承太郎のスタンド――『スタープラチナ』




「人の話は最後まで聞きましょうとセンコーに教わらなかったか? 偽物さんよ」




『星』の名を冠するスタンドの拳撃が紅林遊月の姿をした針目縫をコンクリート壁めがけてぶちのめした。



♂♀



「どこへ行く気だ、衛宮」



衛宮切嗣は、恐れることなく言葉を返した。


「君と彼女がやりあいそうだったからね。ラビットハウスに救援を呼びに行こうと思って」


承太郎と遊月と呼ばれた少女の間に不穏な空気が立ち込めた、と見た切嗣は、いつでも動けるように意識しながら彼らの会話を聞いていた。
偽(?)遊月と承太郎がやりあっている間にこの場を離れ、状況を仕切り直すつもりだった。
これは好機だ。いや、好機にしなければ、自分に未来はない。
切嗣の現状は、お世辞にも良いものとは言えないものだ。
利用するつもりだった承太郎からは『真犯人』の疑いをかけられ。
承太郎の知り合いの振りをして近づき、襲い掛かるような危険人物と遭遇し。
おまけに、現状を打破しようにも、今の自分にはロクな武器がないと来ている。
今の衛宮切嗣はそれこそ、嵐の中で大波にいつ沈められるかも分からないボロ船のようなものだ。

だから、この場で取り得るもっともよい手段は、逃走。

ラビットハウスに戻り、救援要請を行うと同時に。
緊急事態だからという理由で武器を確保する。

その間に切嗣を疑っている承太郎が死ぬのならそれも良し。
先ほどの話し合いで衛宮切嗣に疑いを持っていそうな厳しい視線を送っていたのは彼だった。
こいつさえ死んでしまえば、残るは口先で上手く丸め込めそうな少女たちが2人。
あとは、少し厄介そうだが、承太郎ほどは自分を疑ってはいなさそうだった風見雄二。
このあたりをなんとかすれば、今の『筆頭容疑者』の位置から脱却できる可能性は高い。
折原臨也も平和島静雄が犯人である方が都合が良さそうだったし、一条蛍は彼に任せておけば良いだろう。
また、今の切嗣には武器がないので、女の使う武器にもよるが、自身が承太郎を殺したという疑いはかけられないはずだ。
かけられたとしても
「もし殺したなら、わざわざラビットハウスに戻って承太郎が襲われたと告げることは切嗣にデメリットしかないはずだ」
と言い返せ、実際にそうでもある。
問題はこの偽遊月だが……もしもまた出会ったら、数の力で何とかするしかないだろう。最悪、女の子を壁として使っても良い。
少なくとも、今、承太郎と力を合わせてこの女を倒すという選択肢はあり得ない。
そもそも切嗣には武器がない。その上で、切嗣のことを邪険に扱うことが容易に予想される承太郎とチームプレイなど行えば……それこそ、自分が肉壁だ。
そうならない可能性に賭けるとして、負けた時の代価は、自分の命。
自分が死ねば、世界は救われず、アイリの命は切嗣にとっては至極どうでもいい魔術師の悲願とやらに使われるのだろう。
もしもそれが失敗したら、次は、イリヤが。
それだけは、断じて許さない。だから、自分は死ねない。
分の悪いギャンブルをする気はなかった。確実に利を取り、少しでも生存確率を上げる。

逆に、切嗣が逃走している間に承太郎が女を返り討ちにしても、それはそれで良し。
少なくとも一般人が多くいるラビットハウスに駆け込めば、承太郎も先ほどのように強硬手段で切嗣を問い詰める、もとい、排除しようとはしないだろうし。
なぜ逃げたと言われれば

「あの場にいたら承太郎の足手まといになるかもしれなかった」
「ならば頼りになりそうな雄二に助けを求め、切嗣自身も武器を持って承太郎の援護に向かう方が生存確率は高まったはず」
「一人で戦わせるような真似をして本当に申し訳ない。こういうことがないように、今後は自分も武器を持っておこうと思う」

とでも言っておけば、少なくとも客観的に見て切嗣が悪いということにはなりにくいし、武器を持つ理由にもなる。
まずは、武器だ。少しでも怪しまれぬように武器を調達せねば、サーヴァントが闊歩するような殺し合いで、自分のような魔術遣いは生き残れない。

逆に、武器を持つことを承太郎が表立って反対し出したら、それこそ

「死地に向かう相棒に武器一つさえ与えないなんて、酷いやつだ」

と抗議すれば良い。
先ほどの話し合いとは違い、この場合は『殺し合いに乗った相手に襲われた後』に武器を融通してくれと頼んでいるわけだから、正論は切嗣にある。
それに、これは予想だが、承太郎は切嗣のことを信頼していないからこそ、ラビットハウスでは切嗣の糾弾を行わなかった。
それがどうしてなのか、切嗣に隠れた能力があるだとか隠している支給品があるだとか、色々懸念してのことだと思うが。
とりあえず、承太郎は周りのメンツ、特に残った女の子二人を出来るだけ危険に巻き込まぬよう、自分だけで切嗣との決着をつけようとしていたに違いない。
だからこそ、ラビットハウスでは、承太郎は先ほどのように切嗣に強気に出れないはずだ。
表立って「お前が犯人だ」と切嗣を刺激すれば周りに被害が及ぶことを恐れている……ことを逆手に取る。
そして、もしも武器を持つことを反対されたならば、承太郎が強く出れない間に周りからの同情を買い、承太郎は間違っているという認識を他のメンツに植え付ける。
今から、あの肉を前にした肉食獣のようなオーラを纏う承太郎を懐柔するのは難しい。
ならば、周りから懐柔し、承太郎よりも切嗣の方が正しい人間だ、という雰囲気を作ってしまえば良い。
更に、その過程で武器も手に入れ『もしもの時』に備えることまで出来れば、今の状況に比べれば上出来にもほどがあるだろう。

以上の理由により、切嗣はいつでも逃げられるように気を配った。
どちらに転んだとしても、自分は承太郎を助けようとしたんですというアピールと言い訳もできるし、強化も図れる良い策だ。
だから、切嗣は承太郎と遊月の顔をした誰かが戦闘を開始した、と見るや否や颯爽と踵を返し、全力でこの場を後にしようと一歩を踏み出した。


までは良かったのだが。


衛宮切嗣の誤算は一つ。


「救援?いらんな」


あまりにも、空条承太郎が強すぎたこと。


まさか、一瞬で勝負を決められるほど承太郎が強いとは、切嗣も思ってはいなかった。


「彼女に襲われて改めて実感したんだけど、やはり今の僕に武器は必要だと思う。
いつまでも丸腰じゃ、今のような状況で君を助けることも出来やしない」


とりあえず逃げようとしたことを誤魔化そうと、話をすり替えてみる。


「知らんな」


だが、承太郎には取り付く島もない。
それどころか、今の切嗣の行動……承太郎を置いて逃げ出そうとしたことにより、切嗣を見る目がますます険を増している感すらある。
こうなってはにっちもさっちもいかない。
先ほども言ったように、承太郎の援護をすることはあり得ない。
かといって何もしなかったところで、危険な状況には変わりない。
だから、あの時取り得る内で最適と言われる選択肢――逃走を取ったにも関わらず、結果は芳しくない。


「これ以上おかしな動きをしてみな、その瞬間にテメエは『クロ』だ」


とまで言われる始末である。
一難去ってまた一難、どころではない。
状況は、悪化の一途をたどっている。
思わず出そうになる舌打ちを何とか抑え、平静を心掛ける。
まだだ。まだ、手はあるはずだ。
自分の手札を確認しろ。
相手の手札を予想しろ。
見逃していることはないか。
利用しうるものはないか。
今取り得る最適な手段を模索し続けろ。可能性を考え続けろ。
1%でも高く、自分が生き残る道を、全てを救える道を、探し続けろ。
そうでなければ、今までしてきたことに、奪ってきたものに。
何の意味も、理由も、与えられはしない。



「びっくりしたなあ」



と、ここで。



「女の子の顔を殴るなんて、野蛮人~」



全く予想していないところから『可能性』はやってきた。



彼女は、なんてことないという『綺麗な』顔で、破壊されたコンクリートの向こうから姿を現した。
ピンク色のロリータドレス、頭に巻かれる可愛いリボン。
金髪のツインテールが、くるりくるりとロールしながら膝下まで垂れている。
特に目立つのは、左目に眼帯。毒々しい紫のソレは、危険生物の警告色を思わせる。
先ほどまでの少女とは、似ても似つかぬ外見だ。
しかし、口ぶりからして、間違いなくこの少女こそが、承太郎を騙し、襲った張本人。
まさか、遊月よりもなおひょろっとした華奢な姿をしているとは。


「なになに?ボクだけ蚊帳の外?悲しいなあ。ショックだなあ」


ぴょこんぴょこんとホップ、ステップ。
スキップをして承太郎の前に立つ。
女の子に免疫がない男の子ならば見つめられるだけで赤面必須な、お人形さんのような可愛らしい顔立ち、服装。
普通ならば悪い意味で目を引くだろう眼帯も、彼女の着こなしの前ではオシャレなファッションのようにも見えてくる。
だけど、今はどこか作り物めいたソレが、ニッコリと笑顔の形を作り。


「それとも、こんなよわそーな女ごときは歯牙にも欠けないってアピールなのかな?
ひゅーひゅー☆かっこいいね☆ その格好も古臭くて、いかにも君の野蛮さを引き立ててるよ♪」


承太郎は、無言だった。
ただ、切嗣に向けていた注意を大幅に、目の前に立つ『無傷の』女の方に向けたのが切嗣にも分かった。
どうせなら、こちらを完全に無視してくれればやりやすいのに。
筋骨隆々の長身男と、テレビにでもアイドルとして出てきそうな可愛い小さな女の子。
男の傍には、男に負けず劣らず逞しい青人形、スタープラチナが油断なく拳を構えて立っており。
少女は、そんな大男たちを、まるでショーケースの中の大きなぬいぐるみを見ているのかのように、ニコニコと見つめている。
向かい合う二人は、どこまでも対照的で。
一見、勝負になるとは、とても思えない。


「ごめんね☆」


ちゃきん、と、音が鳴った。
今、承太郎と少女のどちらが切嗣の運命を握っているかといえば、切嗣に明確な敵意を向けている承太郎の方だろう。
少女は承太郎の方だけを見て、切嗣のことなど気にもしていないように見え、今すぐ切嗣をどうこうするつもりもないようだ。
そのため、切嗣の方も、少女よりも承太郎の方に大きく注意を向けていた、という言い訳もできる。


それでも、切嗣は、目の前の少女が武器を、奇妙な形の剣を取り出したその瞬間を、見ることが出来なかった。



切嗣が、遅まきながらに認識することが出来たのは。



「ごめんね?こんなよわそーな見た目で」



眼帯の少女がどこからか、剣を取り出したということ。



「ごめんね?勝てるって『勘違い』させちゃって☆」



そのまま、真正面から承太郎に突っかけたということ。


そして、切嗣が気付いた時には、正面の彼女は既に残像となっており。


超速のステップでフェイントをかけたのだ、とようやく脳が認識し。


瞬き一つする前に、彼女は承太郎の右側に存在しており。


彼の無防備な脇腹めがけて、刃を振るっている、ということ。




「なんちゃって」




いや、違う。


右側の攻撃すらも、フェイント。


先ほど承太郎に殴り飛ばされた時とはまるで次元の違う、多段階のスピードアップ。


すすーっと滑り、コメディのようにさえ見えるのに、切嗣では反応さえままならない異次元的な速さで。


本命、承太郎の真後ろから、彼の首を刎ねようと。


二つのフェイントを重ね、死角を狙い攻撃する。



「こちらこそ、悪かったな」



スタープラチナは。
空条承太郎は。
冷汗一つかかず。
頭一つ動かさず。
当たり前のように。
『承太郎から見て死角の』
『切嗣が反応さえできなかった』
3連撃目を『真剣白刃取り』していた。



「死なれちゃあ遊月のことを聞けなくなっちまうから『手加減』してやったんだが」



「相手がお前だと分かればその必要もねえな、針目縫」



スタープラチナが万力の力を籠めようとも、片太刀バサミは折られない。
生命繊維を断ち、絶つ、太刀は、片刃であっても業物の域を超える代物だ。
しかし、針目縫がどれだけ力を込めても、スタープラチナへと刃を押し込むことは出来ない。
膠着状態。ならば、これは隙ではないか。限りなく薄いチャンスではないか。
しかし、そんな切嗣の思考さえも読んだのか。
承太郎は、あえてハサミごと針目を投げ飛ばす。
ジェットコースターよりも早く吹き飛ばされる針目は、しかしその程度で体勢さえも崩すことはなく。
猫のように体をひねり、衝撃を逃がし、軟着陸した針目は、興味深そうに承太郎へ話しかけた。


「へえ」


「誰から聞いたのかは知らないけど、このボクのことを知っていて、その上でそんなことを言えるんだ」


ここまでの攻防を見て、切嗣は悟る。
この二人は、文字通り自分とは次元が違う。
マスター(現代の魔術遣い)が介入出来る域を超えている。
まさしくサーヴァント(聖杯に選ばれた英雄)のレベルだ。
例え愛用の銃と起源弾を持っていても、1対1で正面からぶつかったら、絶対に切嗣はこの二人には勝てない。
例え切嗣の切り札たる『固有時制御』を用いたとしても。
例え、二倍速で動けても、少々無理して三倍速で動けても、身体の自壊を承知で四倍速で動いたとしても。
銃弾を超える速度で動き回る針目縫と。
銃弾を指で摘まめる速度で彼女に対処できる空条承太郎。
切嗣は、この二人には追いつけない。この二人の速度には及べない。
しかもその上、承太郎はそんな針目と相対してなお、切嗣から目を離さない。
流石に、その注意は針目に9、切嗣に1といった塩梅ではあるが。
お前などその程度で十分に対処できると言わんばかりに。
お前のことを見逃す気は全くないぞと言わんばかりに。
空条承太郎は、衛宮切嗣に、未だに睨みを利かせている。


「ゴタクは良いから、ツラ貸しな」


「なーにぃ?ツラァ?それ何語?日本語喋ってほしいんだけど♪」


「テメエの下品な顔を少しばかりお上品にしてやる、と言っているんだ、アバズレ」


ならば、付け込める隙は、承太郎が針目を逃がせないということだろうか。
分かりやすく、針目を挑発していることからも分かるように。
ここで彼女に逃げられては、遊月がどうなったのか分からない。
死んでいる可能性も十分にあるが、死んでいない場合が問題だ。
もしも死んでいない場合、遊月はほぼ間違いなくどこかに監禁されている。
放送で名前が呼ばれないために、針目縫が紅林遊月として行動するための偽装工作のために。
ならば、この場から逃してしまっては、承太郎に『遊月の格好をした針目がいる』という情報が伝わる以上
針目が遊月を生かす必要をなくし、用なしとして殺しに行く可能性も大いにある。
だから、承太郎は蒲郡苛から得ていた針目の情報――自分勝手で傍若無人で自分の力を絶対視している自信家、という性格を利用する。
ここで逃げては彼女の自尊心が傷ついてしまうと、針目に思わせている。


「すこーしだけ……イラっと来たかなあ!」


承太郎の、計算通り。
針目は三日月のように裂けた口で笑みの奥から怒りを覗かせた。
もはや、針目が承太郎から逃げ出すなんてことは彼女のプライドが許さないだろう。
だから、承太郎がすべき残りのことは。
このまま、針目縫をスタープラチナと空条承太郎がぶちのめし。
無理やりにでも遊月の情報を引き出してから、処遇を考え。
その次にようやく、切嗣を『尋問』する必要がある。
それまでの間に承太郎は、針目を相手にしながら切嗣のことも見張らなければならない。

馬鹿げている。切嗣は冷静にそう評価する。
そんなことが、一人で出来るわけがない。
しかし、承太郎は妥協する気は一切ないようだった。
空条承太郎の『正義』は、こんなことくらいでは曲がらない、とでもいうように。
針目縫も、衛宮切嗣も、他の邪魔が入らぬうちに。


空条承太郎が、ここで裁く。


氷のごとき冷静さの奥で燃える瞳が、そう語っていた。
若い。自分の限界も考えていない。もしくは、自分に限界などない、とすら考えている。
しかも、なまじそんなことをやってのけられそうなほどに実際に強いのだから、なおタチが悪い。
それ故に、無茶をする。大人である切嗣が無茶だと思いこんでしまうことでも、やってしまう。
厄介だ。何もかも計算高く打算して動く切嗣では、承太郎を計りきれない。


(空条君の言葉を借りる形になるが……やれやれ、だ)


衛宮切嗣の受難は、終わらない。

だが、切嗣とて、ただこの状況に甘んじ、結果を受け入れるだけになるつもりもなかった。
なんとかして、どんな手を使ってでも、例え誰かを陥れたり、殺したりする必要があっても。
いつもどおり、容赦なく、非情に、外道に。堕ちるところまで堕ちたとしても。
絶対に、生き残らなければならない。絶対に。



この手で、世界を救うために。


時系列順で読む


投下順で読む


111:和を以て尊しと為す(下) 針目縫 126:六人揃えば群雄割拠
111:和を以て尊しと為す(上) 空条承太郎 126:六人揃えば群雄割拠
111:和を以て尊しと為す(上) 衛宮切嗣 126:六人揃えば群雄割拠