黄金の風 ◆45MxoM2216

(私は違う…!私は、あんな男とは違う…!)
駅周辺で休みながら、犬吠埼風は自分に言い聞かせていた。

(守るために……生き返らせるために殺してる私と、あんな奴が同じな訳がない…!)
しかし、いくら自分に言い聞かせようと、彼女自身が気付いている。

自分はあの男と同じだと。
殺される側からしたら、殺す側の理由など何であろうと変わらないということを。
彼女自身が気付いている。



(……少し落ち着こう、こんなんじゃ考えも纏まらない)
が、いつまでも塞ぎこんでいる訳にもいかない。
樹を生き返らせるためにも、こんな所で立ち止まっている場合ではないのだ。

(やっぱり、このまま南下して東郷と挟み撃ちっていうのが一番良いかな
打ち合わせた訳じゃないけど、東郷が言った通りに南東の市街地を攻めてるんなら、自ずと挟み撃ちの形になる)
しかし、それには一つ問題があった。
彼女自身のメンタルである。

いくら魔王になる決意を固めたとはいえ、立て続けに三人もの人間を殺害し、雨生龍之介という理解できない男と遭遇した彼女の精神は著しく疲弊していた。

(こんな状態でそれなりに戦える他の参加者と戦ったら、返り討ちにされるわね……
多分、さっきは勝てた子供か大人か分かんない女の子にも負けるかもしれない)
彼女は死ぬわけにはいかない。
最初は、大赦を潰して世界を正しい形に変えようと思った。
東郷の願いも、恐らくはそれである。
なので最悪、自分が死んでも東郷が優勝してくれればよかった。

しかし、今は違う。
今の彼女の願いは、妹の樹が幸せになれる世界を作ることである。

世界を変えるという点では東郷と同じだが、細部が大きく変わるのである。
そして、東郷にとっては細部と割りきれるであろうその部分こそが、犬吠埼風にとっては一番大切なことなのだ。

細部のために、世界を変える。
一人のために、68人を殺す。

よって、犬吠埼風は死ぬわけにはいかない。

(いっそ、駅でずっと休みながら待ち伏せでもしようかしら)
放送によれば、電車の中であれば禁止エリアの影響を受けないらしい。
わざわざそんなことをするということは、当面の間は駅周辺は禁止エリアにならないと考えて良いだろう。

長距離移動をするため、あるいは移動し終わって、この付近にはたくさんの参加者が来るだろう。
そういった参加者を殺し続けるのも悪くないかもしれない。
なにより、そうすれば気持ちの整理にいくらでも時間を使うことができる。

(でも、せっかくの挟み撃ちのチャンスを棒に振るのはもったいないわね…)
堂々巡りになりかけている状態で、彼女は何気なくスマホを見た。

そこに深い意味はない。
現代人としてはありふれた、なんとなく手持ち無沙汰だったからスマホを弄るという行為。
その何気ない行為が、彼女の行動指針を決定させた。





『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』





犬吠埼風は匿名のチャットに書いてあるようなことをあっさり信じるような少女ではない。
かつて憎き大赦に散々騙されていたのだから、なおさらだ。
普通なら一笑に付すようなものだが、彼女にはそうできない理由がある。

それは、東郷美森が既に覚悟を決めていることである。
樹の亡骸を見てようやく決心がついた自分とは違い、東郷は最初から殺す覚悟を持っていた。
さらに、東郷と遭遇した温泉と樹の亡骸があった旭丘分校の近さも、この書き込みの信憑性を上げていた

しかし、不可解なこともある。

普通に考えれば東郷が樹を殺害した場面を目撃した第三者が書き込んだことになる。
しかし、東郷の名前と樹の名前の両方が分かるような目撃の仕方をした上で東郷から逃げ切り、さらにはその人物がチャットに書き込める電子機器を持っていなければそれは成り立たない。

そんな出来すぎなことが起こったとは考えにくい。

チャットにある"M”の文字は東郷美森(Mimori)を彷彿とさせるが、では東郷が自分で書き込んだのかと言われると疑問が残る。
自分からゲームに乗っていると流布する必要はないからだ。


(夏凜と友奈を混乱させようとしてるのかしら……?それとも、残りの参加者にプレッシャーを与えようと……?)
東郷のような頭脳派なら、自分の思いつかないような策もいくらでも思いつくだろうが、それでも違和感は拭えない。

もう一つは、樹の殺され方
東郷が銃殺したとして、あんな首が切られたような死体になるとは考えにくい。

つまり、チャットの文章は現実味と胡散臭さを両方持っているのである。
悩んだら相談……といきたいところだが、魔王には相談できるような相手はいない。

となれば、自分で確かめるしかない。



「詳しく聞かせてもらうわよ、東郷」

こうして、彼女は自分の行動指針を決めた。
当初の予定通り参加者を殺しながら市街地へ行く。
そして、そこにいるだろう東郷を見つけて話を聞く。

(そうだ、私は立ち止まっている訳にはいかない…!)
犬吠埼風は、決意する。選択する。

(甘かった……!魔王になったつもりだったけど、つもりのままだった!)
自分は魔王というにはまだまだ甘かった。
だから、龍之介のような異常者と出会うだけでここまで精神的に追い詰められるのだ。

(覚悟を決めろ、犬吠埼風!
魔王なら、もう一度樹の声を聞きたいなんて思うな!言えなかった『おめでとう』を伝えたいなんて思うな!)


これは、嘘の始まり。



(そう、私は世界征服を企む邪悪な魔王、犬吠埼風……いや、違う!)
犬吠埼風を、やがてはこの島全体を包むかもしれない、苦くて残酷な嘘。

(魔王なんて……どこにもいはしなかった……せいぜいダークヒーロー止まりの半端ものだった!)
それでも、根っこの部分はどこまでも優しい嘘だ。

(私は今度こそ魔王になるために……この名前を捨てる!)
彼女は妹を救うために。
犬吠埼家の長女として、犬吠埼家の次女を救うために。
彼女は"犬吠埼”の名を捨てる。

樹が生き返った時、自分の姉がしたことに苦しまないように。
たかがメンタルなんかに戦闘力を左右されるような、女子力の低いことをしないために。
そしてなにより、もう勇者だった頃の自分を引きずって迷わないように。



『私は今より、犬吠埼風などではない……』
そういえば、自分は変身すると髪の色が金色に変わる。
金色、黄金、ゴールデン……うん、良い響きだ。

『我が名は……』
魔王に"風”などという和名は似合わない!



『世界征服を企む邪悪な魔王……黄金の風、ゴールデンウィンド!』


どこか大仰で芝居じみていると同時に、どこまでも真剣に。
魔王の2度目の覚悟は完了した。


これにより彼女は、「妹のために戦う犬吠埼風」から「世界征服のために戦うゴールデンウィンド」へと変化した。
道中の人間を滅ぼすという決意とともに、魔王はまっすぐに市街地を目指す。

彼女の自己暗示とも言えるこの嘘はいつまで続くのか。
嘘で包んだわざとらしい口調は、この島さえも包んでくれるのか。
神であろうと神樹であろうと、魔王の前途を知る者はいない。



ふと、スマホのチャットを覗いてみる。



『私、結城友奈は放送局に向かっています!』



『Y』という発信者のそれを見て魔王は





特に反応せずに、まっすぐ歩き続けた。


【C-6/駅周辺/一日目・午前】
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、優勝する覚悟、魔王であるという自己暗示
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(39/40)、青カード(39/40)
     黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカード、キュプリオトの剣@Fate/zero、村麻紗@銀魂、罪歌@デュラララ!!、不明支給品0~2 枚
     犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
   0:我が名は魔王、ゴールデンウィンド……。
   1:南下しながら参加者を殺害していく。戦う手法は状況次第で判断。
2:市街地で東郷と会ったら問い詰める
[備考]
※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。
※村麻紗と罪歌の呪いは、現時点では精霊によって防がれているようです。
※村麻紗の呪いは精霊によって防がれるようです。
※罪歌はただの日本刀だと考え、黒カードにして詳細を確認せずしまい込んでいるようです。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。


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103:狂気の行方 犬吠埼風 136:騎士の誓いは果たせない