本能字の変(1) バクチ・ダンサー ◆gsq46R5/OE




  本能字学園――今宵この地は、戦場と化す。





 「うっわ……」

  絢瀬絵里はその建物を前にして、思わずそんな声を漏らした。
  若干引いたような声色。
  闇に覆われた空を貫く勢いで屹立している『それ』は、もはや学園の規模を完全に逸脱していると言ってよかった。
  遠目に見ただけでもその大きさの程は窺えたが、こうして実際前にしてみるとやはり圧巻だ。
  ……果たして、この学園にはどんな生徒が通っていたのだろう。
  そんなことを、ごく平凡な環境で育ってきた少女である絵里は思わずにはいられない。

 「オイオイ、なんだよこりゃ。
  学園ってレベルじゃねーだろ、こんなトコで育てられたらゆとり世代通り越してYUTORI世代になっちまうよオイ」

  坂田銀時も呆れたように両手を頭の後ろで組んで、本能字学園のその校舎を見上げていた。
  彼の住んでいた江戸では、学校と言えば専ら寺子屋だ。
  最近では昔ほど小じんまりしていない所もあるようだが、流石にこれほどのものは江戸にはないだろう。
  中も相当な広さがあるようだし、中には他の参加者も一人二人居るのではないかと銀時は思う。
  とはいえ、本来の目的地は此処ではない。
  あくまで自分達は今、目印としてこのバカでかい学園を利用するべくわざわざやって来たのだ。
  せっかく学園の中で待機してくれていた(かもしれない)連中には悪いが、今回は素通りさせて貰うとしよう。
  それに――中に居るのは、必ずしも善良な人間だとは限らないのだから。

 「銀さん、大丈夫? 疲れてない?」
 「こんなんで疲れるほどヤワな体してねえっての。草食系男子なんてもう時代遅れだぜ」
 「そ。なら、これから改めて学院を目指そうと思うわ」

  言うと絵里は地図を表示させ、改めてその場所を示す。
  こうして見れば、成る程。
  確かに、この本能字学園は迷わないための目印として実に最適な位置に存在していた。
  此処から北西に少し進むと、西側の島へと移動することが出来る。
  そこまで行ってしまえば後は楽だ。
  ほぼ何も考えず西へ進んでいくことで、目当ての音ノ木坂学院には辿り着ける――アクシデントさえなければだが。

 「(折角此処までは平穏に来れてんだ。頼むから、血気盛んな兄ちゃんとかは出てくんなよな……)」

  銀時は侍だが、かと言って殺し合えと命ぜられ、血を騒がせるような剣呑な性分はしていない。
  むしろその逆だ。
  開幕から既に数時間が経過した今ですら、これが何かのドッキリ企画であることを常に願っているほど。
  世紀末漫画に出てくるような荒くれ者と出会した日には、彼は憚りもなく絶叫するか、とても嫌な顔をするだろう。

  ましてや、この絢瀬絵里という少女は何の力もない女学生だ。
  正直な話、主催者とやらは何を考えているのかと思う。
  絵里のような娘を夜兎族と同じ土俵で殺し合わせるなど、競走馬とハムスターか何かが徒競走するようなもの。
  これが本当にゲームだというのなら、即日回収もしくは炎上モノの大転けをする所だ――などと考えつつ。

 「………………」

  ぐい。
  そんな、何かに引っ張られるような感覚を銀時は感じた。
  絵里の背にしては低すぎる。
  いや、それどころか絵里は銀時の方を見て硬直している様子だ。

 「…………いやいやいやいや」

  まさか、まさかそんなことあるわけないでしょ。
  そう思いながらも、坂田銀時の頭の中では既に不穏な想像が繰り広げられ始める。
  殺し合いの舞台となる前に、もしくは殺し合いの中で死んだ子供の幽霊。
  それが自分の袖をこうして引いているのではないか――そんな想像をかぶりを振って否定し。
  意を決して、嫌な想像を振り払うためにも彼は自身の袖元へ視線をやった。


 「……わかしらがさんなのん」
 「―――」


  ――――出、出たァァァァァァァァァァァァァ!!!!


  叫びそうになるのをすんでのところで堪えた己を褒めてやりたいと銀時はつくづく思う。
  我ながら情けないと思わないでもなかったが、しかし考えてみてほしい。
  未だ暗さの多分に残ったこんな時間に小さな子どもが、まったく気付かない間に自分のすぐ近くにいるのだ。
  迷子? なんて呑気なことを言える人間は少数だろう。少なくとも坂田銀時はそうではなかった。
  見ている絵里が色々失望しそうになるような顔を晒しつつ戦慄する銀時だったが、しかし本当に幽霊なわけもない。

  たったった、と。
  銀時達が今しがた来た方向から、どこか内気そうな眼鏡の少女が走ってくる。


 「もう、れんげちゃん、走っちゃ駄目って言ったでしょ」
 「でも、早く学校に行きたいのん」
 「本当に危ないんだからね……――あ」


  そこで少女は、明らかに勘違いをして脅えている銀時と、既に事の次第を理解しているらしい絵里を交互に見て。


  ―――― 自分の中で喚き続ける『愛』の旋律がいっそう激しくなるのを感じながら ――――


  ぺこりと頭を下げた。
  彼らがどういう人間かは分からないが、どうやら不安にさせてしまったのは確からしいと思ったからだ。
  そこで銀時も漸く、どうやら彼女達はちゃんとこの世の人間らしいということに気付いた。
  彼も男だ。勘違いで子供相手にひどい戦慄顔を晒してしまったとあれば、その沽券に関わる。

 「いや、謝ることなんかねーし。銀さんマジで全然ビビってなんかなかったから。
  お嬢ちゃんはなーんにも謝ることないから。さっきの顔もその子と睨めっこしたかっただけだから」
 「……え、えぇと……?」

  思い切り目を泳がせながら弁明する銀時に、眼鏡の少女は困惑している。
  はあ、と絵里は深い溜息をついた。

 「こっちこそごめんなさい、銀さんが早とちりしちゃって。
  私は絢瀬絵里。こっちの頼りない男の人は――」
 「頼りないとか言うなァァ! ……えー、こほん。坂田銀時デス」

  ……最初は焦ったけど、いい人達みたい。
  どこか凸凹したものを感じさせる二人の自己紹介を聞いた眼鏡の少女は、彼ら二人へそんな印象を抱いた。
  しかし彼女の内心は、必ずしもこの出会いを喜んでいるわけではなかった。
  それをおくびにも出さず、自己紹介を返すべく口を開く。

 「――園原杏里です。こっちは、宮内れんげちゃん……私達も、殺し合いには乗っていません」




  園原杏里にとって、坂田銀時という男は『不味い』相手だった。
  彼は、まごうことなき人間なのだろう。
  それも――相当に強い。
  銀時を一目見た瞬間から、杏里の中で叫び続ける愛の声が激しくなった。
  堪え切れるかどうかで言うならば、実に疑わしい域だ。
  今でこそどうにかなってはいるが、果たしてこの先、彼を斬らずにいられるか否かが極めて怪しい。

  しかし、逆に言えば今のままならどうにかなる。
  だからまだ、急を要して離れる必要のある相手とは言い難い。
  落ち着いた表情の裏で思案を巡らせ、寄生虫の少女は愛の言葉を文字通り『聞き流す』。




 「ウチ、学校に行きたいのん。今、あんりんと行くとこだったん」
 「学校? ……それって、ここ?」

  絵里が目の前にある本能字学園の校舎を指差すが、れんげはふるふると首を振って否定した。
  だよね、と絵里は肩を竦める。
  れんげの見た目から察するに、学校といえば小学校だろう。
  思い切り名前に学園と付いているし、そうでなくてもこんな小学校があってたまるかという話だ。

 「うーん……それなら、これ?」
 「! そうそう、これなのん!」
 「旭丘分校、かあ――」

  旭丘分校の位置はF-4。
  此処からはお世辞にも近いとは言い難い位置である。
  そして運の悪いことに、絵里達の目指している音ノ木坂学院とは全くの別方向でもあった。
  折角志を同じくする参加者と会えたというのに、これでは同行は難しいかもしれない。

 「私達はこっち、音ノ木坂学院を目指してるのよね」
 「あ……全然方向が違いますね」
 「ええ。だから、園原さんやれんげちゃん達と一緒に行くのは難しそう」

  杏里にとっても、それは残念な話だった。
  れんげへの寄生を決めた彼女ではあるが、常に二人で動き続けようなどと思っているわけでは決してない。
  何よりれんげは小学生だ。
  それを踏まえれば、出来るだけもっと大勢で行動した方が安全が保証されるのは自明の理である。

  ――坂田銀時という『人間』への懸念は、未だ消えぬままであったが。

 「銀さん、銀さん」
 「ん? どうしたよ、えぇと――ざんげちゃん」
 「ウチはれんげなのん。そんな平謝りしてそうな名前じゃないのん」
 「……、……で、どうしたってんだ?」

  杏里と絵里の憂鬱を余所に、れんげは最初のように銀時の袖を引く。
  どうやら彼女は彼女で、何か気になるものを見つけていたらしかった。
  小さな子どもというのは、時に大人では気付けないことへ気付いてのけるものだ。
  とはいえ、どうせ大したものでもないだろうと銀時は高を括っていたのだが。

 「人の声がするのん」

  ――首を傾げながら放たれたその言葉に、絵里と杏里までもが開いていた口を閉ざした。
  会話が途切れたことにより、夜の逆に煩いほどの静寂が耳へと流れ込んでくる。
  その中に、確かに話し声のようなものが混じっているのが絵里にも杏里にも、銀時にも分かった。
  さっきまではまったく気付かなかったが、れんげは目敏く……もとい耳敏く、誰より早くそれを察知していたようだ。
  大したものだという感心半分、未知の参加者が近くに居ることへの緊張半分。三人の心境は概ねそんなところ。
  程なくして、おずおずと切り出したのは杏里だった。

 「あの――あちらの方から聞こえるみたいですね、この声」
 「……校庭、とかかしら」

  無視するか、それとも接触を図ってみるか。
  どちらが正しいとは、決して一概には言えないだろう。
  相手は殺し合いに乗った殺人者かもしれない。
  はたまた自分達と同じように、殺し合いを良しとしない人間かもしれない。
  最悪――誰かが殺されかけているのかもしれない。
  近付いて危険を被るか、見ない振りをして罪悪感を引きずり続けるか、だ。

  すっと、絵里の視線が銀時の方を向いた。
  それを追うように、ややおっかなびっくりながらも、杏里も彼を見る。

 「え゛」
 「銀さん」

  いついかなる時も、男という生き物は先頭へ立たされるものだ。
  坂田銀時は何か反論しようとしたが、やがてごにょごにょと口ごもり。
  それから頭をボリボリとわざとらしく掻いて言った。

 「あー、わかったわかった分かりましたよ! 俺が先頭で覗けばいいんだろ、覗けば!」
 「あの……坂田さん、声が大きいです」
 「杏里ちゃん君割と容赦がないね!?」




  鬼龍院皐月と間桐雁夜が目指したのもまた、本能字学園であった。
  理由などなくとも、皐月という支配者が彼の地を目指すのは必然の道理。
  本能字学園は皐月の城である。
  かつて鬼龍院羅暁が皐月へと作らせたものでこそあるが、この学園はハナから奴の所有物などでは断じてない。

 「アレは、私が奴を討つために――生命戦維と戦うために育成した学舎だ」

  とはいえよもやこんな形で、この壮観なる姿を拝むことになるとは、さしもの皐月でも予想出来なかったが。
  これがもしも本物の本能字学園を移設したものであるならば、何とも皮肉なことをしてくれたものだと思う。
  怒りを通り越して笑いが出てくる程だ。
  だが、だからこそ彼女は己の城へと先に赴くことにした。
  奪われた屈辱を、敵とするには皐月をして絶大過ぎる敵の力の程を、余さず受け止めた上で凌駕するために。

 「そういえば皐月ちゃん。さっき話してくれた流子ちゃん以外にも、君と同じ学校に通っている子は居るんだったね」
 「ああ。満艦飾マコと蟇郡苛。どちらも、殺し合いなど頑として受け入れんだろうな……それがどうかしたか?」
 「君が学校を目指したように、その二人も同じことを考えているんじゃないか。
  だとしたら、この先で少し待てば合流できる可能性もある。そう思うんだ」

  否。
  皐月は雁夜の発言を、ろくに考える時間すら無しにそう否定した。
  彼女自身の凛とした雰囲気も相俟って、本当に『一刀両断』という言葉が浮かんでくるような切り返しだった。
  雁夜の言っていることは別段おかしなことではない。
  寧ろ有益な意見だろう。
  そもそもこれだけ目立つ校舎なのだから、学園で黙し待つだけでも参加者は集まってくる筈。
  それが皐月と同じくこの本能字学園へと通う身であるならば尚更の話だ。
  しかし、鬼龍院皐月はそれを否とした。

 「確かに、純潔を纏った流子の力は強大だ。今のあれへ挑むには、戦力を充足させた方がいいだろう」

  先刻も言ったように、皐月は自分の個人戦力に鮮血の力を足そうと、流子へは及ばないかもしれないと考えている。
  なればこそ、雁夜の意見に従い学園で待機するのが最も利口であろうというものだったが――

 「だが、最早支配するのみでは足りんのだ」

  本能字の将とし君臨し続けるだけでは、纏流子に敵おうと、鬼龍院羅暁という巨悪には敵わない。
  皐月はあの日――羅暁へ敗北を喫した大文化体育祭の日、それを悟った。
  だから敢えて、皐月は本能字学園へ留まるという選択肢を選ぶことを拒否する。
  正気か狂気かのどちらかへ定義するとするならば、間違いなくそれは狂気の論であったろう。
  鬼龍院皐月という女を知らぬ者には、到底理解できないものに違いない。

 「済まないな。詰まらん我儘に付き合わせることになる」
 「……いや。確かに俺には、皐月ちゃんの言ってることはよく分からないが……
  それでも、君が言うなら間違いないんだろうな、という気はする。何故なのかは本当に分からないんだけどね」

  間桐雁夜は凡人だ。
  魔術師の家系から生まれ落ちた落伍者でありながら、分を弁えない無謀へ走り、迷走して死んだ道化だ。
  もしも彼が征服王の英霊を召喚していたならば味わうこともあったのだろうが、彼が喚んだのは湖の狂戦士。
  故に、雁夜は今日この日、初めて『圧倒的なカリスマ』というものを感じさせられていた。
  とてもではないが自分より一回りは年下であろう少女の言葉とは思えないほど、そこには説得力と重みがある。

  彼の知らない話だが、皐月は四人の優秀なしもべを有している。
  四天王と形容される彼らは皆皐月のカリスマへ触れ、打ちひしがれ、そして彼女へ例外なく心酔した。
  今の雁夜はきっと、その過程にある。
  マスターとして過ごす地獄に足を踏み入れてから、常に虐げられ続けてきた彼だからこそ。
  鬼龍院皐月という何にも怖じず、凛と進み続ける英雄に、ある種救われていたのかもしれない。

  やがて近付いてくる、学園などと形容するには大仰すぎるシルエット。
  それはただの巨大建造物というだけでなく、ある種威圧感のようなものさえ放っているように雁夜は感じた。
  固唾を呑み込み、皐月の後へと続く。
  無駄な会話は二人の間にはなかった。
  静寂の中に、断続的な足音ばかりが響いている。
  どれほど歩いた頃だろうか。
  不意に、皐月が足を止めた。
  ぎりりと、歯の軋む音がした。

 『――皐月』
 「ああ」

  露出の多いセーラー服――鮮血と皐月の会話は、ごく短く淡白である。
  それは二人にとって、それ以上物を語る必要などないことを意味していた。
  彼と彼女が共に過ごした時間は決して長くなどない。
  しかしそれでもだ。
  今、眼前に見える――白磁の神衣を纏い獰猛に笑む、あの少女を助け出したいという想いは共通している。


 「よう。来ると思ってたぜ、鬼龍院皐月」


  彼女は、本能字学園の校庭の、その真ん中で待ち受けていた。
  纏流子らしい堂々とした位置取りだが、今の彼女は皐月や鮮血の知る流子ではない。
  彼女と直接の面識がない雁夜でさえも、素直に流子へと戦慄の情を覚えている。
  禍々しいまでの殺気は、かつて彼が使役していたバーサーカーのサーヴァントにだって劣りはしないだろう。
  皐月が敵わないかもしれないと疑うのも、これなら分かる。
  だが当の皐月は怯みもせずに、毅然と変わり果てた妹と相対していた。

 「随分けったいな病人連れてるじゃねぇか。いつから皐月様は看護師志望になったんだ?」
 「その様子では、お前の支給品も純潔(それ)だけのようだな」
 「ハッ、十分だよ。鮮血を着こなせもしねェてめえをぶっ殺すのに、武器なんざ要らねえ」

  二人の間に漂う空気は、まさに一触即発。
  いつ開戦の火蓋が落とされても可笑しくない状況で、雁夜も右手を静かに構えた。
  魔術回路が生きている――つまり、雁夜はまだ魔術師として戦うことが出来る。
  だが、その戦力は微々たるものだ。
  皐月はああ言っていたが、雁夜の助力で戦況が変わる可能性はごく僅かに違いない。

 「侮るなよ、流子」

  それでも、鬼龍院皐月は一切の泣き言を漏らさない。

 「生憎と、今の私には勝算がある」

  ――四天王の力を借りずとも、纏流子を倒す勝算が。

  面白え。
  流子が呟き、一歩を踏み出した。
  それに合わせて、皐月も迎撃の一歩を踏み出した。
  互いの拳と拳が真っ向ぶつかり合って、――此処に宿命の姉妹喧嘩が始まったのだ。




 「……何だありゃ」

  校舎の陰からこっそりと、姉妹の戦いを見ている者がある。
  彼――坂田銀時の呟く声は、半笑いですらあった。
  校庭に居るのは三人。
  痴女のような露出の多い衣装を纏った少女達と、もう一人は――男のようだ。
  そして今、銀時の脳へ危険シグナルをけたたましく鳴り響かせている原因は、前者の痴女二人にあった。
  雑な言い方をすれば二人は戦っているのだが、どう見ても丸腰の女がする戦い方ではない。
  キャットファイトなんて次元を超えた、まごうことなき超人同士の戦いだった。

 「銀さん……?」
 「――あー、うん。冗談抜きで言わせてもらうとだな。ありゃやべえ。逃げるが吉ってやつだぜ」

  いつも通りの調子で言う銀時だったが、その目には真剣なものが宿っている。
  彼は只のちゃらんぽらんではない。
  園原杏里が抱く『妖刀』を狂喜させるほどの強き人間であり、この場の誰より多くの場数を経験している身だ。
  その上で言う。あれにもし巻き込まれるようなことになれば、絵里達はほぼ確実に死ぬと。

 「? 銀さん、どうしたん? ウチも見――」
 「はいはい、良い子だからね~。銀さんの言うことちゃんと聞きましょうね~」
 「む。ウチ、赤ちゃんじゃないのん」

  好奇心から覗き込もうとするれんげを上手くいなしつつ、銀時は杏里と絵里に目配せした。
  最初こそ大袈裟と思った絵里も、銀時のいつになく真剣な顔を見て何も言えなくなる。
  そして何より、彼女達の耳へもその『音』は例外なく飛び込んでいた。
  常人同士の戦いで発生するにしては暴力的過ぎる轟音の数々が、最早耳を澄まさずとも聞き取れる。
  何が起こっているかは、それを直に見た銀時にしか分からない。
  されど、この場において最も賢い選択肢は彼の言う通りにすることだというのは疑いようもなかった。

 「(あんなドンパチやらかす女が、神楽の他にも居たとはねえ……)」

  つくづく、ゲームバランスも何もあったものじゃない。
  或いは『奴ら』のように個人戦力の高い者同士で潰し合うことも見越した上での参加者選抜なのか。
  どちらにしろ、傍迷惑なことに変わりはない。
  ――あんな戦いがそこかしこで勃発しているならば、犠牲者は既に出ていると考えた方がいいだろう。

 「なんだってこんな事に巻き込まれんだか……やっぱ日頃の行いってやつかね」

  空を見上げ、ぼやく。 
  彼も馬鹿ではない。
  どれだけおちゃらけた言動をしていようとも、内心ではとっくに理解している。
  ……この『殺し合い』が、日常の延長線で起こる乱痴気騒ぎとは全く違うものだということ。
  適当にオチがついて、寝て起きればみんな元通り……なんて都合のいい展開は存在しないのだと。
  今までに何度か、銀時はこういった『本当の鉄火場』に遭遇したことがある。
  その中でも、今回のものは最悪だ。
  雁字搦めに動きは縛られ、挙句手元には刀すらない。
  悪夢、である。

 「? 銀さん! 早く行くわよ!」
 「おうよ。落とし物とかしてねえだろうなお前らー」

  ともかく。
  この後どう動くかについては、もう一度話し合う必要がありそうだ。
  れんげと杏里の二人だけで旭丘分校へ向かわせるのは、今の争いを見る限り相当危険な筈。
  最悪、どちらかに目的地を後回しにしてもらうことにもなるやもしれない。
  頼むから、面倒な相手にだけは出会さないでくれよ。

  この殺し合いも見ているであろう悪趣味な神様に祈りながら踵を返した時。
  銀時は、一瞬でもそんな相手へ祈ったことを後悔する羽目になった。



 「やあ、何処行くのさ。折角なんだ、もっとゆっくり見ていきなよ」



  その瞬間、杏里達の背後へ現れた笑う青年を、坂田銀時は知っていた。



 「かむ……いッ」



  驚きを浮かべている時には、もう遅い。
  相手は夜兎。それもある宇宙海賊の最強部隊と畏れられる第七師団が団長、破壊の申し子だ。
  連中お得意の得物・日傘が精密機械で射出したかのような速度で放たれる。
  園原杏里の首の皮一枚を裂きつつ、それは正確に坂田銀時の顔面を貫く――かと思われた。

 「お?」

  雷槍――神威に失策があったとすれば、それは攻撃の軌道線だ。
  彼にそれを知る術は当然なかったが、もしも絵里かれんげの真横から傘を通していたなら、それで終わっていた。
  防御手段のない丸腰の銀時を貫き殺すなど、彼にとっては赤子の手を捻るようなものだ。
  だが。『園原杏里』という存在を介してしまったことにより、図らずも銀時はその生命を拾うことになった。

  一瞬だ。
  どこから現れたのか、一振りの刀が杏里の手に握られた。
  彼女はそれを、寸分の狂いもなく高速で振り上げ、神威の日傘を逸らしたのだ。
  次に、刃の一閃が半月の軌跡を描いて神威の首筋へと振り抜かれる。
  その動作は神威と銀時をして完璧と呼べるものであったが――相手は夜兎。そう容易くは決まらない。
  人間の動きを超えた柔軟で刃を軽々回避し、神威は僅かに後退して相変わらずの笑顔を浮かべている。

 「園原さん、今のは……」
 「……色々気になるだろうが、今は後だ。テメーら、全員下がってな」

  逃げろと、銀時は言わなかった。
  彼にしてみれば、神威は立派な『何をするか分からない相手』である。
  背中を向けた瞬間、あの日傘でドスリ――などと行かれては洒落にならない。

 「おや、そこにいるのはさっきのお嬢ちゃん。また会うことになりそうとは言ったけど、まさかこんなにすぐとはね」
 「あ、あの時の……うちゅうじんなのん!」
 「れ、れんげちゃん。知ってるの……?」

  絵里の頭はもうパンク寸前だ。
  すぐ近くで繰り広げられる激しい戦い。
  不意討ちでいきなり銀時を殺しにかかった、神威なる男。
  その不意討ちを防ぎ、剣道部も顔負けの一太刀を見舞った杏里。
  挙句、神威とれんげは一度遭遇したことがあるという。
  あまりにも、平々凡々とした日常を生きてきた学生には多すぎる情報量だった。


  園原杏里は、不思議な冷静さを持っていた。
  罪歌の自動防御により神威の一撃を防ぎ、返しで斬りにかかったが――返しの挙動は杏里の意思である。
  罪歌の声は、神威の登場によって声量を増すことはなかった。
  それはつまり、そういうことなのだろう。
  相手は人間ではない。だとすれば、あの身体能力も頷けるというものだ。

  事ここに至るまで、杏里は迷いを抱いていた。
  ――殺し合いを止めさせるために、斬る(愛する)べきか。否か。
  ――危険人物を罪歌の呪いに犯すことは、正しいことなのか。
  正直な所、それは今でも変わっていない。
  ただ、一つだけ確信があった。
  この神威という男。彼に限っては、そんなことを考えている場合ではない。

  迷いも呵責もなく、確実に命を奪うあの初撃の段階で、園原杏里はそう確信した。
  だから彼女は、自らの光(やどぬし)と決めた少女を守るべく、ここで剣を抜き放ったのだ。


 「……やれやれ。少しだけ予想外だったな」


  杏里の中に眠っていた『罪歌』の存在については、さしもの神威も気付くことは出来なかったのか。
  さすがに肝を冷やしたと肩を竦め、彼は日傘を片手に笑ってみせる。
  しかし彼は、『園原杏里』という予想外の事態を前にしても毛ほどの焦燥さえ抱いてはいなかった。
  折角の祭りなのだ。こうでなければ面白くない――もっとも、あの刀で斬られるのは御免被りたいが。

 「それは妖刀の類かな。まあ、何でもいいけどさ」

  他がどうであれ、戦闘の申し子である神威の目を誤魔化すことは出来ない。
  あの時杏里が見せた動きは、どう見ても自力で引き起こしたものではなかった。
  僅か一瞬。杏里が返しの刃で神威を斬りに出るよりも前に、彼は杏里の刀を化外の類と見抜いていた。
  妖刀などで斬られた日には、まずろくなことにならないのが目に見えている。
  その辺りを警戒しながら戦うのは面倒だが――同時に楽しそうでもあり、夜兎の心を踊らせた。

 「こんな狭いところで勝負ってのもなんだし、あっちへ行こうよ。
  ちょうど今、俺の仲間がやり合ってるとこなんだ」
 「……オイオイ。あの痴女二人はテメーのお仲間かよ。見かけによらずああいうのが趣味なのか、ウサギさんよ」
 「仲間って言うよりは協力者――いや、後に取っておくデザート、ってとこさ」

  言って笑う神威の心中は、銀時には理解できない。
  別に理解したいとも思わないが、誘いに乗らないことが何を意味するかも分かっていた。
  奴は女子供を進んで殺すよりも、強者との殺し合いを望む質だとは知っている。
  だが、しかし。それは必ずしも、『殺さない』こととイコールではない。

 「……お前らはなるだけ隅で見てろ。それとだ、杏里ちゃんよ」 
 「…………」
 「『出る』ってんなら俺は止めねえ。
  けどな――いざとなったら退け。退いて、あいつらを守ってくれ」

  それだけの相手なんだよ、こいつは。
  至って真剣な顔で断ずる銀時を待たずして、神威の姿は消えている。
  一足先に決戦場へ赴き、いつも通りの笑顔で待っているといったところか。
  絵里がれんげの手を引いている。
  その手は、小さく震えていた。

 「……えりりん、震えてるのん?」

  先導するのは銀時と杏里。
  無力な絵里とれんげはただ見ているだけだ。
  けれどれんげは、自分よりもずっと大きな絵里が震えているのが可哀想で。

 「だいじょうぶ。だいじょうぶなのん」

  ぽんぽんと、優しく背中を叩いてあげた。




 「ふん。格好を付けるなよ、銀時。侍が刀も持たず、一体何を成すつもりだ」


  戦場と化す校庭へ向かおうとする銀時の背中に、男の声が掛けられる。
  彼は一瞬だけ足を止めたが、振り向こうとはせずに背後へ手だけを翳した。
  そこへと放り投げられた一振りの剣を――使い慣れた握り心地ではなかったが、しっかりと掴み取る銀時。
  彼が振り返ったのはそれからのことだった。
  思わず溜息が出る。
  まったく、なんてタイミングでやって来るんだテメーは。

 「……来るんならもっと先に来とけよヅラヤロー。危うく俺が一人で貧乏籤引くとこだったぜ」
 「ヅラじゃない、桂だ。全く、素直にありがとう桂様と言えんのかお前は」

  黒髪に、袴姿の男だった。
  顔立ちは整っているが、どこかシュールなものを感じさせる雰囲気をしているのは銀時と同じ。
  銀時は彼から投げ渡された剣を確認し、うげえとやや引き気味の声を漏らした。

 「侍渡すにしちゃちと小奇麗過ぎねえかい、こいつはよ」
 「文句を言うな。正直俺もそう思ったからお前に渡したが、業物なことには違いなかろう」
 「で、ヅラよ。テメーいつからロリコンになりやがった」

  『桂』と名乗ったその男と銀時の視線が、彼の同行者らしいツインテールの少女に向けられる。
  れんげよりは年上のようでこそあるものの、それでも年は十代前半の筈だ。
  断じてこんな所に居ていい人間ではない――しかし、もしも只の護られる者ならば銀時はわざわざ言及しない。
  彼は少女の可憐な姿の中に、戦う者特有の『強さ』を見出していた。
  問われた桂はフッと微笑すると、彼と同じく少女へ視線を移す。

 「見た目は童女だが、肝は据わっている。
  彼女もまた俺と同じ、繭の討伐を――革命を引き起こすことを望む人間だ」
 「そーかい。狂乱の貴公子サマがそう言うんなら頼もしいや」

  狂乱の貴公子。
  どう聞いても良いイメージの浮かばない名前に、二人を見ていた絵里の表情が少しだけ翳る。
  絢瀬絵里はまったくの一般人だ。
  れんげのように独特なテンポを持つわけでもない彼女は、この状況で最も激しく恐慌していた。
  そんな様子を見かねてか、桂は歩きながら、彼女達へ改めて自己紹介をする。

 「桂小太郎。侍だ」

  侍。
  先程から何度か出ている言葉だったが、まずそれ自体が絵里達には理解の外だ。
  彼女達にすれば、侍などという存在は百年以上も前に廃れたもののはず。
  ましてや桂小太郎――その名前は、絵里が歴史の授業で習った長州の武士と一文字違いである。
  ひょっとすると、ひょっとするのだろうか。
  依然ひとり警戒の色を崩せていない絵里に苦笑しつつ、だが桂は毅然と続けた。
  怯える少女の目を見据えて、安心させるような声色で。

 「恐れることはない。俺はお前たち、弱き者の味方だ」

  ――モデル顔負け(自称)の、それはそれは見事なウインクを決めて言った。


 「…………ウインクがなければ完璧でしたね」


  絵里達を守るように立ちながら彼らへ続くコロナのぼそっと呟いたツッコミで、見事にオチがついた。




  桂小太郎とコロナ・ティミルの二人が此処、本能字学園へと向かう道中は至って平々凡々としたものであった。
  というのも、やはりショッピングモールから学園までの距離がそう長くなかったのがやはり何より大きいだろう。
  長距離の移動は必然的に、他の参加者と接触する可能性が高くなる。
  これがもし仮に、いきなりコロナの提案通り放送局を目指していたなら、こうはいかなかったに違いない。
  本能字学園と織田家の関係性がどうだとか、コロナが織田信長を知らず桂が熱弁をしたりだとか。
  挙句の果てに本能字学園の地では信長の亡霊が待ち、それに勝利すれば彼が仲間になってくれるだとか。
  そんなことあるわけないでしょうと反論するコロナに、根拠としてドラ●エⅤのエ●タークの話を熱弁してみたり。
  ――(※ちなみにエス●ークがあることをすると仲間になるというのは、このゲームの非常に有名なデマである)

  そんな緊張感とは縁遠い道中を経て、彼ら二人は本能字学園へ辿り着いた。
  そして最初に目にしたのは、校庭にて鎬を削る少女達の姿だった。



  ――――うわああああああああ信長だァァァァァァァァァ!!!!!



  絶叫しかける桂をコロナがどうにか物理的手段で抑え落ち着かせる場面があり、彼らは決めた。
  戦いに乱入し仲裁するのではなく、暫く様子を見、戦いの裏にある事情を把握してから動くことを。
  侍として何度も鉄火場を潜ってきた桂も、沢山の魔導師達を見てきたコロナも、共通して目の前の戦いをこう評した。
  『普通ではない』。
  白い衣装の少女は見ているだけで肌が痺れるような殺気を見せ、セーラー服の少女はそれを真っ向止めている。
  後者を援護しているらしきフードの男が少しばかり気になったが、あれに策もなく介入するのは自殺行為だ。
  そこで一旦回り道をし、もっと安全な場所から戦況を見守って、介入の時を窺おうと考えた――のだが。

  ――いざ赴いた先では、桂にとって見覚えのある銀髪の侍が、雷槍の暴れ馬と相対していた。

  しかも見れば、侍の癖をして帯刀すらしていない。
  あの夜兎を前に逃げるのも無謀な話だとは思うが、しかし丸腰で挑もうとは見下げた馬鹿者だ。
  しかしこんな所で遭遇してしまっては、見て見ぬ振りをするわけにもいくまい。
  それに――銀時はどうやら、ハーレムさながらに女子供を侍らせているようだった。
  如何に白夜叉と恐れられた豪傑といえど、非戦闘員を抱えた状態で宇宙海賊と事を構えるのは無茶であろう。
  そこで桂は、彼へ一つ『貸し』を作っておくことにした。
  自身の最後の黒カードに入っていた、禍々しさすら感じさせる西洋風の剣。

  神造兵装・無毀なる湖光(アロンダイト)。

  それが名剣であることは、桂も触れた瞬間に分かった。
  にも関わらず何故に剣として劣る晴嵐を握っているのかと言えば、銀時が言ったのと同じ理由である。
  泥臭い侍には、この一振りは似合わない。
  どうせ武器は二本あるのだし、最悪晴嵐が破壊されたらこちらへ乗り換えればよい……彼はそう考えていた。
  ……よもやこんな形で役に立つとは思いもしなかったが。



 「おやおや、ちょっと見ない間に人数が増えてるようで」

  笑顔――時に『殺意』と同義であるその表情を浮かべ、戦場に立つ雷槍の夜兎、神威。
  それに相対するのは三人だ。
  『白夜叉』坂田銀時。
  『狂乱の貴公子』桂小太郎。
  『罪歌の母』園原杏里。
  これだけの人数差がありながら、一切気圧された様子がない辺りは文字通り、怪物と呼ぶ他ない。


 「――おいコラ、テメェ! こっちが終わるまで適当にぶらついて来るんじゃなかったのかよ!?」
 「そのつもりだったんだけど……ちょっと俺は俺の方で、見知った獲物を見つけちゃってさ」




  神威へと苛立たしげに吼えたのは、鬼龍院皐月と現在進行形で鎬を削り合う纏流子だ。
  皐月と流子の戦いは未だ、全くと言っていいほど終息の気配を見せていない。
  当然、押しているのは流子の側。
  神衣純潔を纏った生命戦維の申し子は、俄仕立ての連携で打破出来るほど弱くはないのだ。
  雁夜の刻印虫が――繭の措置なのか、反動を無視して行使できるようになったそれらがまるで意味を成していない。
  今の流子にとってこの程度は羽虫にも等しい。
  腕を振り払うだけで虫達が無残に蹴散らされ、彼女へかすり傷すら与えられていなかった。

 「チッ……邪魔だけはすんじゃねえぞ」

  奴と問答をするのは無駄と判断し、早々に会話を打ち切る流子。
  神威と仮初めの協力関係を築いてすぐに分かったことだが、あれは基本話の通じない人間だ。
  いや――人間、ではないのかもしれないが。
  とにかく、こと戦闘においては特に、流子が神威と足並みを揃えるのは困難だった。
  どちらが戦闘を担当し、どちらが下がっているか。
  最初に決めた(と流子は思っている)ことからしてこの通り、奴には守るつもりはないと来た。

 「よそ見をしている暇があるのか?」
 「うるっせェんだよ――てめぇはよォッ!」

  語りかける皐月へ苛立ち混じりに吼え、流子は再度宿敵との決闘へと臨む。
  皐月は鮮血の変身形態を使いこなしている――着こなしている。
  それどころか、流子の知り得ない技まで生み出している。
  その戦闘センスは流石と言う他ないが、しかし流子は彼女に負けるなど、欠片も思ってはいなかった。

  何故なら、鬼龍院皐月は神衣鮮血と意思疎通することが出来ない。
  変身を使いこなしてくることまでは想定済みだった。
  されど、そのカラクリには察しがつく。
  大方、皐月の指示を鮮血が聞き、技を出している――といったところだろうと。

  そう思っていたのだが。

 『皐月――左だ! 翔べッ!』
 「分かった、鮮血!」

  流子がやや優勢ではあるものの、決して戦況は一方的ではない。
  皐月は傷付きながらも流子の暴威へ食らいつき、少しずつ学習している。
  否。
  彼女の命運を繋いでいるのは決してそれだけではない。
  現在、鬼龍院皐月の強さを裏打ちしている最大の要素にして、纏流子の計算を最も狂わせているもの。

 「ハッ。随分と仲良くなったもんじゃねえか、えぇ? 鮮血よぉ」


  それは――鬼龍院皐月と神衣鮮血、この二人が完全に『通じ合っている』ことだった。


  鮮血が皐月へ指示をし。
  皐月がそれを聞いて動く。
  時には皐月が鮮血へ。
  鮮血と皐月が息を合わせ、流子の想定よりも遥かに優れた連携を見せている。
  当然、流子が鮮血を着ていた頃のそれには遠く及ばないが。
  それでも、流子から一方的に蹂躙されない程度の奮戦には繋がっていた。

 『流子――確かに私と皐月それぞれの力では、お前には及ばないだろう』
 「一人と一着、のみではな!」
 『だが……今はッ!』

  その光景が、流子にとっては堪らなく苛立たしい。
  頼んでもいないお節介をべらべらと並べ続けるあの服も、それを纏い正義面する鬼龍院皐月も。
  すべてが癪に障る。
  最早流子の一挙一動から、遊びや加減といったものは跡形もなく消え失せていた。
  当然攻撃は激化する。皐月達も、搦め手でどうにか命綱を繋いでいるといった有り様だ。
  しかし、吹けば飛ぶようなか細い綱(それ)が――呆れるほどしぶとい。わけがわからないほど、太いのだ。

 「私と鮮血で一人だ―― 鮮・血・閃・刃ッッ!!」

 「蚊トンボみてぇに飛び回りやがって――鬱陶しいんだよてめぇらぁぁッ!!」

  激昂しながら叩き込む攻撃は空を切り、鮮血閃刃の切れ味が流子の頬に一筋の傷を生んだ。
  カウンターで叩き伏せんとするが、その程度のことを読めない皐月ではない。
  飛び退き、返しの拳が飛ぶよりも早く決闘の最前線より離脱。
  ヒットアンドアウェイの要領で皐月と鮮血は、流子へ僅かではあるが確実にダメージを通している。
  双方が双方の声を聞くことで『通じ合っている』からこそ、そこには隙がない。
  仮に他の者が鮮血を着てこの状態へ至ったとしても、純潔の流子相手に此処までは戦えないだろう。
  そう、普通なら。

 「いつまで、そうして無様を晒し続けるつもりだ」

  だがしかし、相手は普通の人間ではない。
  彼女は鬼龍院皐月。
  凡人からは遥か遠く、超人の枠すら凌駕して余りある。
  彼女を枠に当て嵌めるには、『鬼龍院皐月』という特殊な枠を作るしかない――それほどの傑物だ。
  鮮血を纏った状態での最大の弱点を克服した彼女は、流子をして容易くは攻め落とせない難敵と化していた。

 「無様なのはお前だろうが、鬼龍院皐月。
  そんな中途半端で醜い神衣を着て、バカみてえに踊ってよ。私は、そうなるのは御免なんだよ!」

  皐月は静かに歯噛みする。
  今の流子は、鬼龍院羅暁の手で完全に純潔へ服従してしまっている。
  それを恥などとは微塵も思わないどころか、あの様子では快楽すら覚えているようだ。
  分かっていたことではあるが、やはり易々と解決できる難題ではない。

  ――だが、それでも。

 「愚かな」

  それでも、諦めるわけにはいかないのだ。
  皐月一人の力では、殺し合いは打倒できないし羅暁にも届かない。
  纏流子という存在の助力がなくては、何もかもが終わってしまう。
  不屈の闘志を胸に秘め、かつて敵として戦った神衣を着こなし、変わり果てた妹を救い出すべく歯を食い縛る。


  それを見て――纏流子は、コールタールのようにドロドロとした苛立ちを沸騰させる。
  つくづく鬱陶しい。
  邪魔だ。  
  どうしてこの女とあの出来損ないは、こうも人の神経を逆撫でするのだろうか。
  再び突っ込んでくる皐月を見、流子は何度目かも分からない舌打ちをした。
  その時、視界の端に蟲が飛んでいるのが見えた。
  それを片手で叩き潰すと、気持ちの悪いべっとりとした体液が飛沫する。

  流子は地面を蹴った。
  迫ってくる皐月と『すれ違い』、そのまま疾駆する。
  皐月が勢いよく振り返り、流子の意図を理解し――何やら叫んだ。
  言葉にはなっていたはずだが、流子にとってはどうでも良いものだったから、理解することも放棄した。
  そのまま走り抜け、片目の白濁した惨い面の男の懐へと飛び込む。

 「てめぇもだよ。邪魔なのは。知らん顔してんじゃねえぞ」

  間桐雁夜が何か口にするよりも先に、彼の腹に大穴が開いた。
  蟲を潰すのと何も変わらない適当さで、纏流子はこの時初めて、人を殺した。




  初撃は神威だった。
  低い体勢で走り、妖刀罪歌を躱し、桂の顔面を粉砕するべく蹴り上げを放つ。
  晴嵐を真横に構えて受け止める桂だったが、勢いを殺し切れずに身動いでしまう。
  そこへ繰り出される追撃。それは奇を衒わない正拳突き。
  しかし、『単純』とは決して弱さとイコールではない。
  特に彼のような、達人すら超えた域にある戦闘生物の『単純』は兵器の一撃にも等しいのだ。
  身を反らして回避――否、避け切れない!

 「何だよ、テメーから誘っといてンなヅラ追い回しやがって。俺とも遊ぼうじゃねえか、神威くんよ」

  が、神威の拳が桂へ致命傷を与えることはなかった。
  銀時が彼の真横から突貫し、体重を乗せた一突きを見舞ったのだ。
  夜兎の衣服を僅かに切り裂いた程度で手傷には繋げられなかったが、それでも桂はこれで難を逃れた。
  晴嵐の斬り上げをバック転で躱すと――背後から迫る杏里の一閃に靴底を合わせた。
  かと思えば剣閃の勢いを利用し、バネ代わりに斜め方向へ弾丸の如く跳躍してのける。

  お望みならば、いつでも向かってやる。
  とでも言わんばかりに、神威は挑発を買い銀時を狙った。
  振るわれる日傘。単なる傘と侮るなかれ、この恐ろしさは彼の妹を従業員に持つ銀時が一番よく知っている。
  似合わない聖剣で止める。――流石に業物だ。夜兎の膂力を相手にして、軋み一つ起こしていない。

 「硬いなあ。只の刀なら、このまま折り砕いてやるところなんだけど」
 「……そこのヅラからの貰い物でな。悪いが、値打ちが知りたきゃお宝鑑定団にでも行ってくれや」

  次の瞬間、銀時の右の脇腹に衝撃が走った。
  神威の回し蹴りだ。
  軽く血を吐きながら、銀時は地面を転がりながらどうにか体勢を立て直す。

  しかしそこからの追撃は許さんと、左右から二人の剣士が挟撃を仕掛けた。
  晴嵐、そして罪歌。
  どちらも生半可な刀などより遥かに優れた代物であり、神威をしても破壊には難儀するだろう。
  加え、罪歌は妖刀だ。神威は罪歌が帯びる呪いの形こそ知らねど、絶対に触れてはならぬものとは理解していた。
  罪歌を右手の日傘で受け止める。
  晴嵐を左手の手首から先のみで同じように受け止め、そのまま刀身を握った。

 「ほら、折角の妖刀(ワケアリ)なんだ。俺にもその呪いとやら、見せてよ」

  そのまま晴嵐ごと桂を、右手側の杏里へ衝突させんとする。
  晴嵐を離せば当然最悪の事態は避けられるが、そうすれば神威へ二本目の武器を渡してしまうことになる。
  それもまた最悪だ。桂はそれだけは何としても避けねばならんと判断し、晴嵐を離さなかった。
  神威の魂胆は今彼が口にした通り。
  武器を離せない桂を杏里へぶつけ、あわよくば妖刀で桂へ傷を付けさせる、というもの。
  未だ不明の妖刀の力を測りつつ相手一人を潰す、成る程合理的な一手である。
  だが、桂も何から何まで神威にやられっぱなしではない。

 「……おや」
 「あまり、舐めないで貰いたいものだな」

  何も難しいことはしていない。
  桂はただ、その場に全力で踏み止まっただけだ。
  夜兎の剛力相手に持ち堪えるのは至難であり、このまま踏ん張ろうと数秒保つのが精々だろう。
  しかしそれだけ耐えられれば、体勢を立て直した銀時が飛び込んでくるには十分な時間を稼ぐことが出来る。

 「おおおォォォォ!!」

  裂帛の気合を叫びに乗せた銀時の剣を首を逸らすことで躱し、神威は晴嵐を離して杏里の方へ体重を掛けた。

 「っ」

  罪歌の戦闘経験をしても圧倒できない夜兎の怪力が、華奢な杏里のバランスをそれだけで崩させる。
  日傘を刀身から外しつつ飛び上がり、神威は頭上から彼女の頭目掛けて突きの一撃を振り落とした。
  人間の頭程度ならそれこそ潰れた果実のようにしてしまえる腕力の為、受ければ自動的にそれで詰みだ。
  この兎を相手取る上で、「もしも」だとか「ひょっとすると」といった言葉は意味を成さない。
  彼らはイフの可能性さえ残さずに敵を潰す。狩る。それすら分かっていない者に、夜兎の相手は荷が重い。
  杏里はその点まだ、彼らの真髄を理解してはいなかった。
  だから、『本来なら』――彼女は木っ端の如く、その中身を撒き散らかすことになっていたのだろう。

 「ちぃ、やっぱり速いな」

  だが生憎と、園原杏里は普通ではないし、一人で戦っているわけでもない。
  神威の命を奪い取る石突を、彼女は女子高生にあるまじき速度と精度の斬撃で迎撃していた。
  結果それは、確殺といってもいい手応えと間合いで放たれた夜兎族の攻撃から生き延びるという偉業を引き寄せる。
  今の杏里と同じ状態に立たされて、こうして生き延びられる者など宇宙広しといえどそうは居るまい。

  ――彼女も、池袋の町で様々な存在を見てきた。関わってきた。

  この神威のように、異常なほど強い人間にも杏里は実のところ覚えがある。
  その名は、平和島静雄。
  彼女の振るう妖刀・罪歌が最も愛したがった、名実ともに『池袋最強』と謳われる『人間』だ。
  彼は神威ほどの速度こそ持ってはいなかったが、力ならばこの青年さえ凌駕する可能性はあるだろう。
  杏里は、静雄と遭遇することを望んでいない。
  理由は言わずもがな。彼を前にした時、この妖刀を制御しきれる自信が杏里には欠けている。
  静雄と神威の違いは、人間であるかそうでないかだ。
  少なくとも罪歌はこれを人間だと看做しておらず、杏里自身もそうだろうとそれに同意している。

 「けど、これで終わりとは考えないでほしいかな」

  弾いた筈の日傘を強引に引き戻し、槍の要領で杏里の心臓めがけ刺突。
  止める――だが、本命はこれではない。
  彼女の左の脛に激痛。それで杏里はバランスを崩してしまう。
  足払いだ。罪歌の力をしても容易くは破れない怪力で刀を封じ、そのまま機動力を削ぎにかかった。
  この目論見は見事に成功し、杏里は敢えなく地へ膝を突く格好になる。

  止めを刺す瞬間、背後から迫る二人の侍。
  振り向き加減に日傘の一撃で双撃に対処すると、銀時の胸倉を掴みあげ、彼をそのまま地面へ叩き付ける。
  肺の空気が逆流する感覚にペッと反吐を吐き捨て、白夜叉はされど食い下がろうとするが。

  ここで――園原杏里が最も恐れていた事態が発生する。


 「――なっ、貴様!」


  迸った剣閃を止めたのは桂だ。
  そして剣閃の主は神威ではなく――味方であるはずの少女、杏里。
  銀時が完全に体勢を戻す前に、あろうことか彼女は彼の首筋目掛けて鋭い一閃を放ってのけたのだ。

 (愛愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)

  杏里は神威と戦う中でも、あることへ常に留意していた。
  それは坂田銀時と過度に接近しないこと。
  桂小太郎も相当に危険なラインであったが、銀時に限ってはそれよりも更に一つ上の危惧があった。
  罪歌が、愛したがっている。この強く雄々しい侍を斬り、愛したいと狂喜しながら喚いている。
  そして今。神威の攻撃によって二人の距離が開戦後では最短の間合いにまで近付いた。

  加え杏里にも余裕がなかった。
  機動力を破壊とまではいかずとも痛めつけられ、その激痛と焦燥で少しだけ――心へ隙が生まれたのだ。
  故に起こるべくしてその事態は発生する。

 (愛愛愛愛坂田銀時愛愛愛愛愛しましょう愛すの愛し合うの愛愛愛愛愛愛愛愛)

  もし桂が割って入っていなければ、銀時は無傷では済まなかったろう。
  この妖刀を前にしては、かすり傷でさえ致命傷に等しい。
  罪歌の愛は感染する。切り傷どころか切っ先で皮膚を少し裂いた程度でも、問題なく愛の業病が伝染する。
  ネズミ算式に感染者を際限なく増やし続けていく、それが罪歌の最大の恐ろしさだ。

 「ああ、やっぱりそういうことなんだ。君、それを完全に制御出来てるわけじゃないんだね」

  笑顔のまま、神威はそう言ってのける。
  ――杏里が銀時と接近するのを過度に避けていることには、戦闘が開始してからすぐに気付いた。
  無理矢理にでも足並みを合わせるための苦肉の策だったのだろうが、こればかりは裏目に出たと言う他ない。
  戦いの中で相手が何かしら不自然な動きをしていれば、ある程度精通した者ならすぐに気付く。
  ましてこの宇宙人は天下の宇宙海賊の最大戦力とされる戦闘の天才だ。
  彼はそこから罪歌の特性に目星をつけ、彼女が避ける坂田銀時を用いることで『検証』した。
  無論、力づくの精神論で刀を抑え込めない状況を作り上げることも忘れずに。

 「へっ……妖刀ってのはどいつもこいつも、本当にろくでもねえな。分かっちゃいたがよ」
 「あ――あの」
 「……事情は大体分かった。要は俺が杏里ちゃんに近付かなきゃいいわけだ」

  言うなり銀時は距離を取りながら、すれ違いざまの斬りつけを神威へ見舞う。
  流石に片手間の牽制と相手も油断していたのか、彼はそれを片手で受け止め――掌から血を出した。 

 「へぇ。良い物使ってるね」
 「お褒めに預かり光栄です、とでも言えば満足かよ」
 「冗談。俺を満足させるのは得物じゃない――」

  神威の笑みが、よりいっそう残酷なものへ変化する。
  銀時はそれに薄い微笑みで応えたが、その内心は決して余裕綽々などではない。
  こちらは三人。相手は一人。 
  普通に考えれば圧倒的に此方が優位になる筈の状況で、神威は互角以上の戦況を作り上げているのだ。
  『怪物』。
  一言、彼を称するならそれが一番手早いだろうとすら思う。

 「君自身だ、お侍さん」

  迫る怪物。
  桂と杏里の助力も、この速度では間に合わない。
  ―――上等だ。
  銀時も聖剣を構え、それを迎え撃つべく地を蹴り神威へと突撃した。
  剣と拳――二つの暴力が、最短距離で交差する。

















            「『世界』――――時よ止まれ」


















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040:かしこくもかわいくもないエリーチカはただの絵里ザベス 坂田銀時 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
040:かしこくもかわいくもないエリーチカはただの絵里ザベス 絢瀬絵里 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
024:あいあいびより おおきなやまをみた 園原杏里 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
024:あいあいびより おおきなやまをみた 宮内れんげ 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
019:憎みきれないろくでなし 鬼龍院皐月 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
019:憎みきれないろくでなし 間桐雁夜 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
039:攘夷、北へ 桂小太郎 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
039:攘夷、北へ コロナ・ティミル 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
042:神威純潔(かむいじゅんけつ) 神威 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
042:神威純潔(かむいじゅんけつ) 纏流子 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
044:頭文字D DIO 051:本能字の変(2) その覚醒は希望