駒鳥殺しの、その行方 ◆gsq46R5/OE
人を殺した。
宇治松千夜は夜の会場を薄ぼんやりとした意識で徘徊しながら、ぽつり回想する。
銃を取ったのは無意識だった。
銃把を握り、引き金に指を掛け、そのままそれを引くまで――自分がどんな感情をしていたかすら覚えていない。
ただ、無我夢中だったのは覚えている。
怖かった。
青褪めた顔でびくびく痙攣し、小さな口からごぼごぼと血を吐き出す姿。
ミステリー小説によくある描写通りに喉を掻き毟り、ベンチから苦悶しながら転げ落ちるヴィヴィオ。
虹彩異色の双眸は嘔吐感と共に湧き上がってきた涙で潤んでいた。
可愛げなど欠片も残っていない、恨めしげな眼差しと視線が空中で結ばれて。
――ぢや、ざん……なん……で……
気付けば、引き金は弾かれていた。
千夜を正気に戻したのは、他ならぬ彼女自身が鳴らしたベレッタの銃声。
銃口からは煙がふるふると立ち上っており、硝煙の煙たい香りが鼻孔を擽った。
すべてを悟るまでに時間はかからなかった。
宇治松千夜はそこまで鈍感で愚鈍な少女ではなかったし、自らの過失を何かに委ねるほど終わった感性をしてもいない。
高町ヴィヴィオという歳幼い女の子を、自分の手で殺した――その重責が、ズシリと肩へ伸し掛かったのだ。
揺々と、揺蕩う海藻のように胡乱な動きで千夜はさ迷う。
それに侍っているのは、小さな黒目とバツ印の口だけが描かれたうさぎのぬいぐるみ。
その手にカードを持って、ただ、何を言うでもなく急かすでもなく、足取りの覚束ない彼女についていく。
彼、あるいは彼女。
セイクリッド・ハートは、無機質な行動ルーチンの塊ではない。
ヴィヴィオが死んだ時に、防御を発動できなかった自分を責めたように。
千夜へ追いつくなり、彼女を殴りつけるかのような動きをしてみせたように。
宇治松千夜は、ただの少女である。
人とは少しだけ違った感性を持ってこそいるが、それも殺し合いの場で発揮されるようなものではない。
死ぬのは怖い。本部以蔵やランサーのように、卓越した戦闘能力を持つわけでもない。
人を殺せば狼狽し、我を見失い、罪悪感に打ち震える人並みの心を持ち合わせた女の子である。
クリスも程なくそれを理解した。――そして、その自律思考はやがて彼女へ催促することをやめた。
ヴィヴィオへ最終的に止めを刺した彼女に、何も思うところがないわけではない。
まして、今となってはあの殺人事件の真相を知る人物も宇治松千夜以外には存在しないのだ。
彼女には語ってもらわなければならない。
物を語れない自分の代わりに、ヴィヴィオの死の真実を。
クック・ロビンを殺したのが誰なのか、その真なるところを。
しかし、失意に沈む少女にとってそれがどれだけ酷なことなのかは改めて語るべくもない。
一度踵を返した身で舞い戻るのだから、彼女を疑う者もあるかもしれない。
それ以上に、駅へ戻るということは即ち、千夜は自らの犯した過ちと再び向き合うことを余儀なくされるのだ。
万引きやちょっとした悪戯などとはわけが違う。
彼女の罪は人殺しだ。たとえそれが結果論であれ、宇治松千夜が高町ヴィヴィオの命を奪い取ったのは事実。
重ねて言うが、クリスとしては勿論、彼女に証言してほしい。そうでなければ困る。
彼女に――酷なことだと認識した上で、それでもヴィヴィオを死に追いやったのが誰かを語って貰いたい。
だが、今の千夜にそれを強要すれば……真相以前に、彼女の心が壊れてしまうかもしれないのもまた確かだった。
疑いなどかけられようものなら、まず平静ではいられないだろう。
クリスにしたって、それは本懐じゃない。
いくら実質的な主の仇だとはいえ、魔導師でもなんでもない普通の少女に心を壊すほどの苦しみを強要するなど。
けれど。
そんなデバイスの計らいもまた、彼女を確実に追い詰めていた。
駅へ向かうか、それとも少女の友人を裏切ってどこかへ逃げるか。
どちらを選んだとしても、結果的に宇治松千夜を待ち受けるのは艱難辛苦だ。
事実、千夜の心はもはやはち切れんばかりの色んな感情でパンクしそうになっていた。
どうすればいいのか。
クリスの示す通り、駅へ戻ってすべてを離すべきなのか――……いや、迷ってなどとうにいない。
理解している。
自分が何をしてしまったのか。
そしてどうすべきなのかも。
時間の経過など待つまでもなく、千夜は理解していた。
その足を止めさせている感情が何かなど、明らかだ。
――怖い。
自分の過ちをもう一度目の前にすることが、それが白日の下にさらされることが、怖くて堪らない。
その時、自分が正気を保っていられるのかいないのか……そう考えるだけで怖気が立つ。
だから彼女は、あてもなくふらついていた。
あっちへ行ったかと思えばこっちへ戻り、戻ってはまたどこかへ。
夢遊病か離魂病の患者を思わせる朧気な足取りで、彷徨う、彷徨う。
そんな時間を過ごし始めて、どれくらい経ったろう。
いや、大した時間ではなかった筈だ。
現にまだ放送は流れておらず、空の色も然程大きく変わってはいない。
時計を実際に確認しようという気にはなれなかったが、千夜は得も言われぬ虚しさに駆られた。
私は、何をしているんだろう。
ただ、じっとりと濡れた服の赤色へ触れる。
その行為は、夢に見た『彼』を否応なしに想起させる。
それでも、何故かそうしてしまうのはいよいよ焼きが回ったからなのか。
分からない。分からないが、なんだか不思議なほどの眠気に苛まれていた。
ああ。きっと、色々限界なのかもしれないな――千夜は、ぼんやりそう思い。
背後から聞こえてくる、焦燥した足音に……憔悴した顔で振り向いた。
そこには、自分と同じか、ある意味ではそれ以上にひどい顔をした。
高坂穂乃果の姿があった。
●
アイドルとしてあるまじき姿だと自分でも思った。
走ったせいで全身汗だくで、息を切らしているから空気もうまく吸い込めない。
喉が痛くて、足も痛くて――はぁはぁと吐き出す呼気は喘鳴のように見苦しい。
しかし、そうでもして足を進めなければならない理由が穂乃果にはあった。
スクールアイドルの高坂穂乃果としてではない。
一人の女の子として、急がなくてはならない理由があった。
南ことり。
大切な親友の一人。
こんなところで死んでしまうなんて、考えただけでも目の前が暗くなる。
そのくらいに大きなウェイトを持つ彼女が、今、危機に瀕しているのだ。
のんびりしている時間も、休んでいる暇もない。
だから恥も外聞も、手を血に染めるにあたって取り繕った偽りの顔もかなぐり捨てて飛び出した。
なのに、どうしてだろうか。
足を一歩踏み出す度に、何か大切なものが消えていく感覚がある。
今の穂乃果は、さながら穴の開いた皿だった。
あれだけいっぱいに満たされていたはずの『何か』が、今じゃ半分ほども残っていない。
そんなもの気のせいだと言ってしまえばそれまでなのに、どうしてかそれが出来ない。
自分の中から知らない内に何かが欠けていく。
それは、あまりにも怖い感覚だった。
>――――愛の黒子による効果は、ランサーがそばにいないことで一分一秒刻みに失われていく。
>――――今はまだ、『親友を助ける』という意識と並列して存在しているけれど、それもゆくゆくは。
その弊害は、既に彼女の心に顕れ始めていた。
ランサーに魅了されるあまり凶行を決意した時の穂乃果は、正しく彼のことで胸がいっぱいであった。
だが、今はどうだろう。
既に彼の存在は、彼へ向けた愛は、親友のことりを助けねばという観念を前に明らかな目減りを遂げている。
それこそ、意識しなければ頭の片隅に追いやられてしまうほどに。
当然、高坂穂乃果はランサーの持つ宿業を知らない。
自分の気持ちが彼の黒子によるものだなんて知る由もないし、だから気付けない。
ランサーという存在の大切さが、欠けていくことに。
気付かないまま、迷走の街道を突き進むしかない。
それはまるで、人殺しへ与えられる長き罰のようだった。
「――ぁ」
穂乃果の足は、不意に止まる。
体力の限界などではない。
そうせざるを得ない理由があったから、穂乃果は足を止めた。
視線の先には、お腹を赤い液体で汚し、全身至る所を泥に塗れさせた――ひどく疲れた顔をした少女が居た。
「――ひっ!」
「……っ……!」
拒絶の声は、二人同時だった。
穂乃果の本性を知っている千夜ならばまだしも、穂乃果までもが小さく呻き、身動いだ。
彼女にとって、千夜はヴィヴィオを銃殺した人物。
元から殺すべき相手だったと自分へ認識させた、危険人物だ。
殺そうとしたことが知られているだろうことを含めても、遭遇したくない存在なことに変わりはなかった。
けれど、それ以上に彼女を怯えさせたのは。
千夜の背後で、無表情でこちらを見つめるうさぎのぬいぐるみだった。
間違いない。あれは、ヴィヴィオが連れていたものの筈だ。
うさぎは、別に怒った顔をしてはいない。
彼女を糾弾する口も持たない。
ただ、見つめているだけだ。
なのに穂乃果にとってそれは、ひどく冷たい視線に見えた。
声を荒げて怒られるよりも、乱暴に暴力を振るわれながら怒られるよりも、ずっと恐ろしい――〝怒り〟。
少女は、心を満たしていた『殺人の動機』を現在進行形で奪われている。
だが、その行いまでもを忘却したわけではない。
止めを刺したのが千夜だとしても。
悪いのは千夜なのだと、どれだけ言い聞かせても。
自分の心を騙すことは出来ない。
高坂穂乃果は誰より知っている。
クック・ロビンを殺したのが誰なのかを。
●
一方の千夜は、尻餅をついていた。
当たり前だろう。
彼女は、高坂穂乃果の本性を知っている。
殺し合いに乗り、毒入りの料理で謀殺を企て、実行に移した人物であると知っている。
そんな相手と、一対一で遭遇をして何の恐れも抱かない高校生はいない。
情けなく尻餅をついて。
偶然、手が血塗れの腹を撫でた。
――その時、脳裏をフラッシュバックするのはあの光景。
自分を守るべく立ち、剣を構えて甲冑の少女と相対する、命の恩人の姿。
助けて、と口がぱくぱく動いた。
酸素を求める金魚のように情けない動作。
焦燥しきった顔と相俟って、そこには絶望しきった色彩がある。
けれど、助けは来ない。
来るわけがないのだ。あの駅からは自分で逃げた。
守ってくれた人は――
「……あ」
もういない。
今度はもっと鮮明に、あの時の憧憬がよみがえる。
夢に見た姿なんかじゃなく、本物の彼の姿が。
刀を構え、自分を助けて傷を受けながら、それでも一歩だって退かずに立っていたあの侍が。
彼はきっとこんな気持ちだったのだろう。
……いや、同じにしてはいけない。
彼が戦ったのは、穂乃果のような普通の娘などではなかった。
金色の剣を携えて、迷わず殺しにかかって来る手合い。
恐怖も絶望感も、自分よりずっと上だった筈だ。
それでも彼は守ってくれた。
「あ……」
彼は責めなかったろう。
夢だとはいえ、彼をそんな風に思ってしまった自分に嫌悪感が湧いた。
自分が悪いことはわかってる。
けど、それでも。
あの人はきっと、全部分かった上で――それでも守ってくれたんだと思った。
何よりも如実にそれを伝えてくれるのは、腹部を濡らす液体。
今や乾きかけている、土方十四郎という人物の生きた証に他ならない。
顔を上げた。
そこには、まるで幽霊か何かを――否。
もっと恐ろしい物を見るような目をした、高坂穂乃果の姿があった。
千夜は思う。
……怖くない。
千夜は普通の少女だ。
死ぬのは怖い。本部以蔵やランサーのように、卓越した戦闘能力を持つわけでもない。
人を殺せば狼狽し、我を見失い、罪悪感に打ち震える人並みの心を持ち合わせた、普通の娘だ。
穂乃果も普通の少女だ。
スクールアイドルだろうと、諦めが悪かろうと。
――ぬいぐるみ一体の冷たい視線で動けなくなるような、普通の娘だ。
彼女達はどちらも普通。
戦場を馳せた経験もなければ、未知の冒険をした覚えもない。
けれど彼女達には違いがあった。
その違いはごくごく微々たるもの。
しかしながら、命運を分けるほどに大きなものだった。
ランサーは穂乃果の前から消えた。
彼女はそれを受けて暴走し、凶行へ走った。
土方十四郎は千夜へ消えるよう促した。
彼女はそれから迷い、悩み、恐慌し、けれど事の本質を見出した。
土方は千夜を守って死んだ。
なら、彼に守られた自分がすべきこととは何なのか。
――断じて、過程がどうあれ人を殺した事実から逃げることではないだろう。
立ち上がり。
千夜が一歩踏み出すと、穂乃果は目を見開いて一歩後退った。
守られた少女二人。
人殺しの少女、二人。
そのあり方は、さながら鏡に写したよう。
似通っていながら、決して同一とはなり得ない。
同じ黒子に魅了されていた二人が、とうとう真っ向から向き合わざるを余儀なくされ。
放送が鳴り響くのと同時に――宇治松千夜は口を開いた。
【C-2/1日目・早朝】
【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(極大)、情緒不安定?
[服装]:高校の制服(腹部が血塗れ、泥などで汚れている)
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実 、不明支給品0~2枚、
黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid
[思考・行動]
基本方針:心愛たちに会いたい……でも
1:?????
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。
【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、動揺、千夜とクリスへの強い恐怖
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:ヘルメット@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(6/10)、青カード(10/10)
黒カード:青酸カリ@現実
[思考・行動]
基本方針:優勝してランサーとμ'sの皆を生き返らせる?
0:?????
1:今はただ、ことりの元へ
2:本部を殺害する?
3:参加者全員を皆殺しにする?(μ'sの皆はこの手で殺したくない)
[備考]
※参戦時期はμ'sが揃って以降のいつか(2期1話以降)。
※ランサーが本部に殺されたという考えに疑念を抱き始めました
※ランサーが離れたことで黒子による好意は時間経過とともに薄れつつあります。また、それに加えて上記の疑念によって殺意が乱れ、『ランサーだけでなくμ'sの皆も生き返らせよう』という発想を得ました。
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最終更新:2015年11月11日 04:49