視えないモノ信じてゆく ◆gsq46R5/OE

  目を覚ますと、そこは地獄だった。
  競技としてではない。正真正銘、本当の殺し合いを要求されている。
  コロナ・ティミルは大人しい少女だが、人を思いやることの出来る優しい娘だった。
  直接殴りかかっていくことこそしなかったが――内心では、彼女も繭に強い怒りを沸き上がらせていた。
  世の中には、色々な事情で犯罪に走る人がいる。幸い直接巻き込まれた事こそなかったが、知識としては知っている。
  だからカード使いの少女にも、きっとこんなことをするに到る理由があったに違いないと、そう思う。

  それでもコロナは繭へ怒りを燃え上がらせていた。
  激しく何かを叫び、物へ当たり散らして暴れたりはしない。
  あくまで静かに、だが確かに、その心に怒りの炎を灯しているのだ。


  ヴィヴィオもアインハルトさんも、私よりずっと強い。だから大丈夫。簡単に殺されたりはしない。


  努めて冷静に、自らの胸にそう言い聞かせるコロナ。
  確かに怖いという感情もあったけれど、縮こまっているだけじゃ何も解決しない。
  こんな時だからこそ、怖がっちゃいられない――と自らを鼓舞する。

  ちょっと前のコロナだったなら、こうはいかなかった。
  いい意味でも悪い意味でも凡庸な、どこにでもいる普通の女の子。コロナ・ティミル。
  何しろ自分のことだから、簡単にその姿が想像できる。前向きなことなんて何も考えられない自分の姿が。
  誰かが助けに来てくれるのをじっと待つ。それか、現実逃避でもして時間を潰し、きっと生き残れなかったろう。


  でも今は違う。
  チームナカジマの皆と修行し、鍛えて、挫けそうになりながら、一生懸命歩いてきた『これまで』のこと、
  そのすべてが私の背中を優しく、それでいて力強く、前へと押してくれているのを感じていた。
  コロナは不思議なくらいに落ち着いていた。彼女自身、驚いてしまうくらい。
  もちろん怖くないわけじゃない。まだやりたいこともいっぱいあるし、親にだって甘えたい盛りの年頃なんだから。
  寝る前に空想した未来図やこの前のリベンジ、エトセトラ。やり残したことは、両手の指じゃとても足りない。

  それを奪われてしまうなんて、考えただけでコロナは泣き出しそうになる。
  カードの中にはヴィヴィオはいない。アインハルトさんも、ここに呼ばれていないリオも、コーチたちも、誰も。
  一人ぼっちという感覚を最後に味わったのはいつだろう。――覚えてない。コロナの周りにはいつも誰かがいた。
  そしてこれからも、一人ぼっちになんてなりたくはない。それが、コロナを支える原動力だった。
  浅ましいかもしれない。自分本位の考えで勇気を奮い立たせるなんて、落第点と言われてしまうかもしれない。


 「でも――悪いことじゃないよね。きっと」

  そう信じて、コロナは少し微笑んで、一歩を踏み出した。
  ついこの前まで、日課の練習でさえ挫けそうになっていたのが嘘のよう。
  殺し合いに参加させられているというのに、しっかり自分を保ち、やるべきことを理解できている。
  成長の実感を感じられた時が、何事も一番楽しい。どこかで聞いたような、ありふれた格言。
  この前の――アインハルトとの試合は、必死に食らいつくので精一杯だったけれど――
  けれど、全然それが辛いとは思わなかった。むしろその逆。確かな楽しみを、そこに見出してたはずだ。


  尚更こんなところじゃ死ねない。
  凛とした面持ちで、決意新たに歩き出すコロナ。


  それから少し進んだところでコロナは、早速一人目の、自分以外の参加者を見つけた。


 「わ……」

  一言で言うなら、眉目秀麗。
  ロングヘアの黒髪が目立つ外見とは裏腹に、まるで女々しさを感じさせない。
  しかし何よりもその外見で、コロナの目に止まったのは。

 「あれ――ミカヤさんの?」

  彼が腰から提げている、居合刀。
  より正しくは、居合刀型のデバイス『晴嵐』。
  インターミドルの出場選手、ミカヤ・シェベルが担っていたものだ。
  コロナもそう注視して観察したわけではなかったが、多分間違いない――と思う。

  と、そんな視線を向けていると。


 「む?」
 「あっ」


  目が合った。
  別に疚しいことをしているわけでもないのに、訳もなく気恥ずかしくなる。
  そんなコロナへと、長髪の彼は近寄ってきた。
  晴嵐の本来の持ち主でもないというのに、すごく様になっている。
  ――と、コロナは不意に……距離を詰めてくる男の顔色が、実に険しいことに気付く。

  険しいを通り越し、鬼気迫ってすらいる。
  試合や練習の中でも、一度として見たことがない表情だ。
  思わずそれに気圧され、一歩、また一歩と後退り。
  そこで、ようやっと彼女は当然の疑念へとぶち当たった。


 (もしかして――)


  この人、殺し合いに"乗っている"?


  瞬間、コロナの背筋を、ぞっと冷たいものが駆け抜けていく。
  生まれて初めての、殺されるかもしれないという感覚――戦慄。
  無警戒だった。心のどこかで、こんな殺し合いにそうそう乗る人なんて居る筈もないと考えていた。
  その判断を後悔する。――いや、後悔してももう遅い。接触は成った、後は自分がどう対応するか。
  出来なければ……出来なければ。

 (ここでッ)
 「悪いが、止まってもらおうか」

  ここで死ぬ。
  そう判断し、拳を構えたコロナ。
  しかし、所謂戦闘モードに入ってすらいない。
  でも、これでも十分だった。何故ならコロナの体には――

 「おまえにも事情があるのだろうが、俺にもおまえを逃すわけにはいかない事情がある」
 (落ち着いて――)

     >構えた拳を、思い切り引く。
     >まっすぐに。
     >何度も練習した通りに――
     >まっすぐに引いて、そのまま――


 「えっ。いや、ちょっと。待て、何か猛烈に勘違いしていないか」


  ストライクアーツ――皆と一緒に育んできた、友情の証の力が、宿っている!


 「はあッ! …………って、えっ!?」


  と。
  ここでコロナは、男性の表情が変わったことに気付いた。
  いや、顔自体は変わっていない。
  鬼気迫る形相のままだし、今にも襲いかかってきそうな風貌のまま。
  ただその顔色はあからさまに悪く、おまけによく見ると何だか脂汗も浮いているような。


  ――あれ? わたし、なにか勘違いしてた?


  コロナがそう思った時には、時既に遅し。



 「いや待て待て待て待てボディはまずいヤバい俺の体に溜め込まれた<暗黒物質>が――――あべしッ!?」
 「ご、ごめんなさ――――――い!!」


  コロナの、この局面に限って言うなら、まったくもって無駄に研ぎ澄まされた正拳が、
  心なしか紫色になってきた顔色を余計に悪くした長髪男の腹筋に、見事なクリーンヒット。
  車は急に止まれないのと同じように、格闘家も急には止まれない。
  ……寸止めにすればよかったんじゃ? という話ではあるが――考えてもみていただきたい。
  殺し合いに巻き込まれ、いくら覚悟が決まっているとは言っても緊張していない方がおかしいだろう。
  ましてや年端もいかない娘。その前に、ご丁寧に腰から刀を提げた男が現れ、鬼の形相で迫ってくるのだ。
  これは怖い。青◯や伽◯子、天下の貞◯も真っ青である。だからこれは、起こるべくして起こった事故だった。

  錐揉み回転をしながら飛んで行く姿はさながら竹蜻蛉。
  そしてそれを慌てた面持ちで追いかける、コロナ・ティミル。
  殺し合いの場とは思えないシュールな光景が、ショッピングモールの中で繰り広げられていた。


 ●


 「いやはや、まったく遠慮のない一撃をかましてくれたものだ」
 「――ほ、本当にごめんなさいっ! わたしったら早とちりで……」
 「なに、謝ることではない。ただ二~三週間ほど青アザになり、ふとした刺激のたびに悶絶するだけだ」
 「やっぱり根に持ってませんか!?」


  不運なのか自業自得なのかよく分からない男。彼の名前は、桂小太郎といった。
  コロナと桂の間にあった誤解はあっさりと解け、こうして一息ついている。
  咄嗟のことだったから変身をせずに、ありのままの力で正拳突きを放ったのだが、まさかそれが功を奏すとは。
  幸い桂は丈夫な質のようで、口振りとは裏腹にもう大分ケロッとしている。
  ――本人曰く、「この程度なら日常茶飯事」。……彼、一体どんな日常を送っているんだろうか。


 「しかし、俺としても幸運だった。いや、殴られたことはまったく幸運ではないが。
  如何に俺といえど、この事態は少しばかり手に余る。いち早く他の参加者と合流しておきたいと思っていたのだ」
 「あ……わたしもです。殴っちゃったわたしが言うのもなんですけど――桂さんと会えて、ちょっと安心しました」
 「うむ。実力があるとはいえ、コロナ殿のような幼子が一人で歩き回るのは危険だからな」


  実力があると評価されたことに、コロナは少しだけ嬉しくなる。
  桂は『晴嵐』をデバイスとして使うことこそ出来ないが、彼の言を聞く限りでは、相当な実力者に思えた。
  そんな人物から実力者と評されれば――こんな状況でも、やっぱり嬉しい。

 「まったく。お互い、災難だな」
 「そう、ですね……」

  災難、どころの騒ぎではない。
  こんなもの、ツイているツイていないの次元さえ過ぎている。
  正直なところを言えば、コロナは今でも夢であってくれないかと期待しているほどだ。

  口にこそしないが、桂も同じ心境だった。一夜の悪夢であったなら、どれほど良かったことだろう。
  桂小太郎は攘夷志士である。
  今でもお尋ね者なことに変わりはないし、コロナとは違って何度も何度も、死線を潜り抜けた経験を持っている。
  その彼をしても、これほど最悪な出来事に出会したのは初めてだった。
  奇妙奇天烈なカラクリやアイテムで一騒動、くらいならよくある話。
  だが今回の騒動の根幹にある、『カード』の厄介さはまさしく前代未聞と呼ぶに相応しい。
  桂は、腕に巻かれた輪へと視線を落とす。
  ルールによれば、この腕輪とカードを通じて食糧や水分の供給を受けることが出来るそうだったが。


 「主催者は、この腕輪を用いて俺達をいつでも殺す――もとい、カードに幽閉できるらしい。
  今は見逃されているのかもしれないが、繭の機嫌一つで俺達の命など、塵にも芥にもなるだろうな」
 「……ッ」
 「……ままならないものだ。だが、屈するわけにはいくまい」


  先ほどまでのボケ倒していた空気はどこへやら。
  遠くを見据えて何かを憂いているような、そんなシリアスな顔つきで桂は黄昏れていた。

  この現状に甘んじているという事もそうだが、何よりも。繭を倒さない限り、誰も生き残れないということに。
  無論これは、殺し合いに背く場合の話だ。"乗る"連中は、こんな細かいことを考えはしないだろう。

 「コロナ殿。先に言っておくが――俺は繭を討つ気でいる」

  腕輪を外しての脱出という手もある。だが、無意味だろう。
  敵は世界の垣根を越えて人間を集め、不可思議なカードの力を自在に操る妖術師。
  この殺し合いへ完全に終止符を打つためには、元凶の彼女を断つより他にはない。そう桂は踏んでいた。

 「倒幕……ではないがな。革命と言っても間違いではないだろう。奴の支配を脱し、斬り伏せる」

  当然、簡単に行かないだろうことは確か。
  中には殺し合いに乗った者も、少なからず居るはずなのだ。
  時間をかければかけるだけ、生き残りの数は減っていく。
  その屍を踏み越えて進んだとして。
  それで繭に果たして刃が届くのかも分からない。
  あまりにも不確かな賭けだった。――しかし、桂がどうする、と聞く前に、コロナが口を開く。


 「――わたしも、協力します。協力させてください」
 「……そうか。良いのか、などと訊くのは、その様子では無粋のようだな」


  フッと気障に笑んで、桂は頷いた。
  それに、コロナは決して一時の感情に動かされて同意したわけじゃない。
  きちんと考えた。幼いなりに、小さな頭で、『主催者』と戦うことの難しさを考え――自覚した。
  そうした上で、彼女もまた『革命』の道を選び取った。
  前に進むために。この悪夢のような殺し合いを、完全に終わらせるために。
  それに、

 「きっと、ヴィヴィオたちも――わたしの友達も、同じことを言うと思いますから!」

  ヴィヴィオも、そしてアインハルトも、ここで逃げたりはしないだろうと思えたから。
  だからコロナは勇気を出した。勇気を出して、あの繭と戦うことを心に決めた。
  その勇気を買ったからこそ、桂は止めない。そんな無粋を働くほど、桂は彼女を甘く見てはいなかった。
  まだ未熟なきらいはあるが、強い少女だと思う。断じて、このような殺し合いで散らされてはいけないと感じる。

 「そうか。では、暫しの間共にゆこう。――そうだな。まずはおまえの友人達を探すところから始めるか」
 「え……でも、桂さんのお知り合いはいいんですか?」
 「はっはっは、構うことはない。奴らはどの道殺しても死ぬか怪しい連中だ。黙っていてもいずれ現れるだろう」

  信頼しているんだ。コロナはそう思った。
  自分も、友であり好敵手<ライバル>であるふたりを信じている。
  信じて――必ず再会するんだと、決めた。


  こうして、狂乱の貴公子と小さな戦士は、来る『革命』の時へ向けて動き出す。
  彼らの攘夷の行方が勝利か敗北か、それを知る者は、今はどこにも居やしない。



 「――そういえば、桂さん」
 「桂じゃない、ヅラだ……あ、間違えた桂だ」
 「えっと。結局桂さん、最初に会った時、なんであんなに鬼気迫った顔をしてたんですか?」
 「なんだ、そんな事か。いや、実は繭の説明を聞いている時からずっと腹が痛くてな、殴られた時は正直どうなることかと思った。だがこのロワの新たな門出を俺の<ピーー>で彩ることがなくてめでたしめでたしだ」
 「……えーと」


  コロナは、首を傾げた。
  桂は、思い出したかのように顔色を真紫にした。


 「トイレ、行かなくて大丈夫なんですか?」


  桂は風になった。
  数分後、彼は心なしかキリッとした顔で戻ってくるのだが、
  彼が果たして無事便器という名のゴールへ辿り着けたのか、それともやらかしてしまったのか。
  それを知る者は、桂小太郎しかいない。



【D-6/ショッピングモール/一日目 深夜】
【桂小太郎@銀魂】
[状態]:健康、スッキリ、腹部にダメージ(小)
[服装]:いつも通りの袴姿
[装備]:晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0~2枚
[思考・行動]
基本方針:繭を倒し、殺し合いを終結させる
   1:コロナと行動。まずは彼女の友人を探す
   2:神威、並びに殺し合いに乗った参加者へはその都度適切な対処をしていく


【コロナ・ティミル@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:健康
[服装]:制服
[装備]:ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを終わらせたい。
   1:桂さんと行動。ヴィヴィオたちを探す
[備考]
※参戦時期は少なくともアインハルト戦終了以後です。



支給品説明

【晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid】
桂小太郎に支給。
元はミカヤ・シェベルが使っていたデバイスで、日本刀の形をしている。

【ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid】
コロナ・ティミルに本人支給。
ルーテシア・アルピーノが作った魔導器で、コロナの相棒のような存在である。


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桂小太郎 039:攘夷、北へ
コロナ・ティミル 039:攘夷、北へ