犬吠埼風は■■である ◆eNKD8JkIOw





この世に何を思い




何を感じてる







泣いて、泣いて、泣いた。


供物として捧げ光をなくした左目で、右目とお揃いの大粒の涙を浮かべて。

もう永遠に歌うことが出来ない、声どころか顔そのものを失ってしまった妹の代わりに、声を枯らす勢いで。

まだ温かかった身体がどんどん冷たくなっていくのを、死体になっていくのを感じながら。


私は、勇者ではなく、殺人鬼でもなく。



妹を失った姉として、ただ泣いた。



皆殺しにするということは、妹を、樹を殺さなければいけないことも、分かっていたはずだった。


仮に私がそうしなくても、樹はこんな場所で長く生きることが出来るような性格ではないことも、理解していたはずだった。



でも、駄目だった。




言い訳も開き直りも、私に一時の安らぎをもたらすことはなくて。
これからの展望も合理的な考えも、私の足を動かす原動力になりはしなくて。
樹を殺したやつを殺す、という、人殺しとしての真っ黒な考えさえも。
今の私にとっては、とても虚しい、意味のないことのように思えた。

ただ、後悔だけが、悲しみに覆いかぶさるように私の心を削っていく。

もしも、あとちょっとだけ早くこの場についていたならば。
もしも、東郷と会話せず、真っ直ぐに分校を目指していたならば。
もしも、あの少女を殺そうとした時に、一瞬でも迷わなければ。

もしも、もしも、もしも。

いくつもの、もうどうしようもない選択が、どうしてそうしなかったのかと、余さず心に突き刺さる。
ズタズタになった思考回路が行きつく果ては、やっぱり『この殺し合いに呼ばれる前に』考えていたことと同じで。

「ごめんね」



もしも私が、樹を勇者部に誘わなければ。



「ごめんねぇ、いつきぃ……」



私が、樹を殺したも同然だ。



その事実が、刺さり続ける棘の中で、一番、死ぬほど、辛かった。





埋葬してあげなくちゃ。このままじゃあんまりにかわいそうだ。
泣き疲れて、冷静になってようやくそう考えて。
私は、樹の死を受け入れ始めている自分に気付いて、また涙を流した。





どうしてこんなに悲しいのか。



どうしてこんなに苦しいのか。





どうして樹が、こんな目に遭わないといけないのか。





そうして私は




ようやく、自分の過ちに気付いたのだった。






□ □ □



学校の裏手にあった森林部。
木々が乱れ生えるその場所の中で、一番広そうなスペースを確保して。
それでも少し手狭だったので、変身して大剣を振るい、邪魔な木を伐採してから。
土を掘る。墓穴を、掘る。
大剣をスコップ代わりにして、黙々と穴を広げていく。

「こんなもん、かな」

最後に、首のない彼女の腕輪から、全てのカードを抜き取っておく。
赤のカード。青のカード。数字が10のままだったので、一度も使われていないようだった。
そういえば私も、ここにきてからまだ一度も食事をとっていない。


『私みたいにうどんを沢山食べないと、女子力上がらないわよー?』

『えぇ~!そーなんですかー!?』

『風先輩、女子力とうどんの相関関係について、資料の提示を』

『いや、ほら、それはそのー。あれよあれ』

『素直にデタラメだって言えばいいのに……』


甘い思い出を、振り払う。


黒のカードは一枚、樹のスマートフォンしかなかった。
きっと、私と同じように樹もスマートフォンだけが支給されたのだろう。


『なんですか、これ?』

『勇者部専用の、特別なアプリってやつよ!』

『勇者にしか扱えない伝説の武器ってやつですね!ひゅー、かっこいー!』

『……来年、樹にもダウンロードしてあげなきゃね……』


苦い後悔を、呑み込んだ。


最後に、マスターカード。白のカード。
そのカードに描かれたイラストは、確かに、私の知る犬吠埼樹そのものだった。
もしかしたら別人かもしれない。樹の服がたまたま背格好が似ている誰かに支給されて、たまたまその子がそれを着たまま死んだのかもしれない。
そんな希望は打ち砕かれ、首なしの彼女は、間違いなく私の妹である犬吠埼樹であると、思い知らされた。

樹の身体を、穴に入れる。
思っていた以上に軽い身体を、これ以上痛い思いをしないように、静かに横たえる。
無言で、黙々と、土をかけた。

樹の足が、見えなくなっていく。
今日の勇者部はいったい何をしようかと、会話しながら二人で歩く通学路を、思い出した。

樹の身体が、見えなくなっていく。
新しい服選びについて行って、樹にはまだ早いセクシーな下着をわざと見せつけた悪戯を、思い出した。

樹の手が、見えなくなっていく。
いつか、家事が何にも出来ない樹にも、料理だけは教えようと考えていたことを、思い出した。


樹の顔は、土をかぶせるまでもなく見えなかった。
彼女の顔は胴体から切り離され、今やどこにあるのかも分からない。

その代わりと言わんばかりに、脳裏に樹の顔が浮かんだ。

美味しそうにうどんを頬張る顔が。
いつまでも変な夢から目覚めない寝顔が。
私の思い付きに振り回されて困った顔が。
タロットカードを慎重にめくる真剣な顔が。

『お姉ちゃん、大好き!』

…………笑顔が。

連鎖して、彼女との楽しい日常の記憶が、畳みかけるかのように押しかけてくる。
忘れないでと、懇願するように。
樹とのこれまでの思い出が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。
ずっと覚えていてと、縋り付くように。
樹とこれから一緒に進もうとしていた未来予想図が、どうしようもなく頭に残って。

声を漏らしそうになる口元を、無理やりに引き締める。


ねえ、樹。


多分、放送であんたの名前が呼ばれたら、私はもう一回泣くと思う。


だって、仕方ないじゃん。世界で一番大切な妹が、二度も『殺される』んだもの。


我慢できる自信なんて、これっぽっちもありゃしないわ。


でも、それで終わりにする。


涙を流すのも、鼻水を垂らすのも、泣き言を言うのも、それでおしまいにする。



そこから先は






血も涙もない人殺しとして、私は生きて行こうと思う。




ただ。


樹は、私が返り血に塗れるところなんて、見なくても良い。


樹は、私に斬り殺される人の悲鳴なんて、聞かなくて良い。


人肉の匂いも、筋繊維を断ち切る感触も、口の中に広がる血の味も。
何も感じずに、この『カード』の中で、眠っていて良いんだ。


ただ、ひとつだけ。


「ずっと、一緒にいて」


それが私の、樹への最後の我儘。
樹の魂が入ったカードを、胸に抱きしめる。
樹はここにいる。確かに、この中にいる。
たかがカードという紙切れ一枚。
こんなにも薄っぺらい、だけど絶対に超えられない壁の向こうで、私と共にある。

私が全てを犠牲にするまで『ここ』にいる。いてくれる。
死してなお、分たれることなく、私の許にいてくれる。

それだけでいい。それだけでいいんだ。
それだけで、私は立ち上がれる。
それだけで、私は前に進むことが出来る。

「樹と一緒なら、私は何にだって立ち向かえる」


「樹と一緒なら、私は何時までだって頑張れる」


樹と一緒なら。


樹のためならば。


誰だって


勇者部だって、殺して見せる。


誰一人として殺せず、かつての仲間たちに背を向けて逃げ出す弱気な私とはさよならだ。
世界を正しくするだとか、そんな綺麗事で自分を着飾るのはもうおしまい。
違うのだ。それは、本質的には犬吠埼風の願いではないのだ。
だから本当にこれで良いのかと迷ってしまうし、東郷の意志の強さに引け目を感じてしまう。




そうだ、私の本当の願いは。




私は、妹さえ――樹さえ幸せになってくれれば、それでいい。




それこそが、犬吠埼風の本当の願い。
最愛の妹が幸せになるために、結果的に正しい世界が必要となるだけで。
世界も、大赦も、バーテックスも、本当は樹に比べれば、どうだっていいことなのだ。

樹が望む世界を、私は願う。

その結果として皆が生き返るのならば、それで良い。
その結果として世界が正しくなるのなら、それで良い。
その結果として殺人鬼になった姉なんて要らないと言われたら……それでも、良い。

それで犬吠埼樹が幸せになってくれるのならば、私は全ての選択を受け入れよう。


だって、私は樹のお姉ちゃんだもの。


たった二人きりの、家族なんだもの。


樹の夢を奪った、張本人なんだもの。


もちろん、こんな願いが間違っていることなんて、百も承知だ。
樹のためなんて言い訳をする気もない。これはただの私の、世界への我儘だ。
妹を勇者部に引き込み、化け物と戦わせ、声を失わせ、可能性を摘んだ私が、自分のために行う罪滅ぼしだ。
私は自分のためだけに他者を傷付け、場合によっては仲間をも殺し、屍の山頂で樹と再会することを目指すんだ。

そうだ。だとしたら。

『勇者』が皆の平和のために戦う正しきものなのだとしたら。
自分を犠牲にしてでも、世界のために戦う尊きものなのだとしたら。



私は『勇者』でなくても良い。



勇者なんて肩書は、捨てても良い。こちらから願い下げだ。
私は私のために、私の願いのためだけに、戦う。


「さよなら、私が勇者である世界」


「さよなら、樹が幸せになれない世界」


「私は新しい世界へ、樹のための世界へ行くわ」


無想する。


全てが終わり、何もかもが更地になった、果てにある。


樹が幸せになる世界を。


声を取り戻し、自由を取り戻し。
友達とカラオケに行ったり、演劇で音声をやったり、ボーカリストとして拙くも頑張って活動していく、彼女の日常を。
はにかんだ笑顔を見せる、私のたった一人の妹の姿を、夢想する。


もしも、許されるならば。


もしも、こんな人でなしの私でも、新しい世界で樹に一声、二声、かけることが許されるのならば。


私は、あの日言えなかったことを言おう。
あの日、樹にどうしても伝えられず。
本当は、誰よりも先に言うべきで。
私が優勝しなければ、もはや永遠に届かない、その言葉を。

「樹」

彼女の魂がこもったカードを、前にして。
リハーサルのつもりで、精一杯気持ちを込めて。
今の樹には決して聞こえていないだろう、祝辞を述べよう。


「ボーカリストオーディション、一次審査突破おめでとう」


声が出せる新しい世界で。
可能性が満ちた、素晴らしき新世界で。
彼女の努力を、応援しよう。
彼女の才能を、祝福しよう。
彼女の挑戦を、見守ろう。


彼女の夢を


「あんたは、自分の夢を叶えなさい」


私は、何を犠牲にしても、叶えてあげる。


例え勇者部を、私自身を、犠牲にしてでも。


お墓に、土を最後までかけ終わる。
もう、ここに未練はなかった。もしも次に会うのならば、笑顔でと決めていた。
振り返ることなく、前に進む。もう戻ることは出来ない道を、一歩一歩踏みしめていく。
さよならは言わない。諦めるつもりなんて、あるはずない。
代わりに、ポケットにしまった大切な『魂』にそっと、手をふれる。



無機質な樹のカードが、今はほんのわずかに温かく感じた。



□ □ □ □ □



埋葬からの帰り道。
とりあえずあの学校で放送までは待機しようと、先ほど来た道から引き返しながら。



ふと、考えた。




『勇者』じゃなければ、私は何者なのだろう。




皆のために戦う『勇者』は捨てた。
この世界は一人だけしか生き残れない、願いを叶えられない世界なのだから。

何の力も持たない『村人』にはなる気がない。
誰かに助けてもらうのを待つだけの、何かに救ってもらうのを待つだけの輩には、絶対になるものか。


それじゃあ。
力を持っているのに、自分のためだけにしかそれを用いる気がない存在とは、私とは。
何者なのだろう。


勇者部を作り、勇者部五箇条を作り、大赦からのお役目を果たそうと頑張っていた今までの私の在り様。
そんな、寄り掛かっていた『勇者』という絶対的な正しさの殻を脱ぎ捨てて、裸になった私の心。
『樹のための世界』という強い望みを支えるための、新たな『土台』が欲しかった。
『勇者』という呪縛から卒業するための『依代』が必要なのだと、強く思った。
そうしないと、私の心がまた『勇者』に引き付けられそうな、嫌な予感がした。



私は、犬吠埼風は、何者であるべきなんだろうか。






……ああ、そうだ。思いついた。







『私を怖がって悪者扱いを始めたのは、村人たちの方ではないか!』
『話し合えば、また悪者にされる!』


あの時そういう台詞を入れたのは、私だっけ。
当たり前だ。力持つものが自分のためだけに力を振るえば、皆から排斥されるに決まっている。
そのことを理解していながら、それでも今の私は自分の望みの、贖罪のためだけに生きていく。殺していく。


もう、どちらが正しいとか正しくないだとか、そんな話し合いをする気は、一切ない。


『結局、世界は嫌なことだらけだろう、つらいことだらけだろう!』


今度はこういう台詞を入れようと考えていたのも、私だ。
そうだ。世界は嫌なことだらけだ。
信じていた存在から騙され、本来喜ぶべき報せに絶望し、悲しくって死にたくなる。


だから、そんな間違った世界なんて、消してしまうのだ。


『見てみぬふりをして、堕落してしまうが良い!』


それだけは、違う。

私は、見た上で、理解した上で。
勇者から、堕落する。
正義から滑り落ち、使命から転げ落ち。
自分が作った『勇者部』からも。
楽しくて、ゆるくて、優しい空間からも、身を投げる。
もう、あの場所に戻る気なんてない。
ここから先は、ずっとずっと堕ちていくだけの、私でいる。
友奈とも、東郷とも、夏凛とも。
『勇者』として、並び立つ気はない。
そうして願いが叶うのならば、それでいい。それがいい。



もしかしたら、私は自分が究極的にはそんな存在だと自覚していたからこそ。
己の感情でしか動かない、己のしたいことに身を委ねる、エゴイズムの塊であると無意識に感じていたからこそ。



あの『役』を自ら、買って出ていたのかもしれない。



「なーんて、考えすぎかな」



よし、決めた。





もはや、犬吠埼風は『勇者』ではない。






「でも、今の私にはぴったりな役柄だわ」






今の犬吠埼風は――――









「『待っていろ、勇者ども!我が闇の力が、貴様ら全てを喰らい尽くすであろう!』」










――――『魔王』である。











「待っててね、樹」





【F-4/旭丘分校/一日目・早朝・放送直前】

【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康 
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(20/20)、青カード(20/20)
     黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である
     犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
   1:放送までは学校で休息。食事もとっておきたい。
[備考]
※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。


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065:闇を欺いて 刹那をかわして 犬吠埼風 098:誰かの為に生きて