その嶺上(リンシャン)は満開 ◆7fqukHNUPM

――咲き誇れ、思いの儘に。


��    ��    ��

満天の星を天井にした、高い夜天の下で。
宮永咲が出会った少女は、名前を小湊るう子といった。

「バトルするかどうか選びなさいって、あの人は言ってました。
選択肢があるぶんだけ、みんなはまだしあわせだ……みたいなことも、前に言ってました。
ゲームをするかどうか選ぶのは私たちなんだからだって」
「うん……さっきも、そう言ってたよね」

後方には途切れた森林があり、前方にはゆるやかな坂道と市街地の景色がぼんやりと広がっていることから、ここが付近一帯でもかなりの高所なのだと分かる。
状況が状況でなければ、かつて夜の帰り道でホタルを見た時のように、自然の眺めに見入ったりもしただろう。
しかし二人が視線を落としているのは、腕輪の中で幾度も切り替わるカードの画面だった。

「でも、死ぬか殺すか、ずっと閉じこめられるかしか選べないなんて、ひどいです。
セレクターバトルでは、願いがマイナスになったりルリグになって苦しんでる人たちがいたけど、死んだら苦しむこともできなくなっちゃう」
「うん……殺しなさいって言われても、そんなことできないしね」

わけのわからない『殺し合い』を強いられてから最初に出会った者同士で、互いに警戒がなかったわけではない。
しかし、遭遇した瞬間にお互いが固まってびくりと身構える姿を目の当たりにすれば、『この人も私と似たようなものなんだ』と警戒を解くのに時間はかからなかった。

「るぅ――私も、そう思います。
誰かを傷つけたり、弄んだり、そんな目に遭わされた人の事は、見てきたつもりだから。
誰かを犠牲にするような選択は、したくないです」

すぐに分かったのは、彼女の方が咲よりも、ずっとたくさんのことを知っているということ。
あの灰色の人は何者なんだろうねと呟いたら、意を決したような顔になって語ってくれた。

「……ごめんなさい、何だか、るうばっかり話しちゃって」
「い、いいよそんなの。殺し合いを命令したのが知ってる人だったら、誰だってショックだし。
……私の方こそ、せっかく教えてくれたのによく分かってなくて、ごめんね」

るう子自身もどこからどこまでを話せばいいのか悩みながらだったらしく、最初は要領を得ないような話が続いたけれど、口を挟むことなく聞いた。
別に好きなように喋らせて落ち着いてもらおうとか狙っての配慮では無い。
咲はどちらかと言えばコミュニケーション下手であり、どういうことだと問いただすことさえもできなかったのが、聞き役に回っていた主な理由である。

「ううん。宮永さんはウィクロスとかセレクターとか全然知らなかったんだし、信じられないのが普通だと思います。――あの、たとえば、どんなことが分かりにくかったですか?」
「えっと、最初はカードゲームをやろうっていう話だったのに、どうしていきなり殺し合いに変わっちゃったのかな、とか……」

そう言うと、るう子は困惑したように目を伏せた。
もしかしてずれた質問をしただろうか、と咲は内心で焦る。

「繭は、ウィクロスのカードバトルだけじゃ、満足できなかったのかも」

るう子は小さな声でそう言った。

「私、繭もウィクロスのことは好きなんだと思ってました。
普通の子みたいにバトルがしたかったけど、できなかったから、セレクターバトルを皆にやらせてきたんじゃないかなって。
だから私、バトルで勝ってみんなを助けられるなら、止められても戦うつもりで。
繭とも、バトルのおかげで会えた友達の友達だから、きっと分かり合えるんじゃないかって……」

『戦うつもり』と言っていた時だけ、その瞳が戦う者に変わったかのように強く光った。
すごく麻雀に強い人が、人をぞくりとさせるような、怖い感じと少し似ていた。
だから、この子はきっとそのカードゲームが楽しくて強かったんだと思った。

「でも、違ったのかもしれなくて。
繭にとって、ウィクロスはただ復讐するための道具でしかなくて。
今までのバトルでタマもイオナも変われて、繭にも声を届けるはずだったのに、それも意味が無くて。
るぅの願いは悲しい戦いを終わらせることだったのに、本当の殺し合いなんてどうしたらいいか分からなくて。
ウリスがここにいるなら、イオナとタマもどうなってるか分からないのに……」

咲よりも年下の――合宿に遊びにきた夢乃マホと同い年ぐらいの少女が、他の人のことを心配して顔を曇らせている。
そんな姿を見せられては、いつも頼りない宮永咲だって、何か言わなくちゃと思った。

「意味が無いなんて、言っちゃダメだよ」

口にしてみた自分の声は思いのほか大きく、るう子が虚をつかれたように顔をあげる。

「私はね、麻雀をやってるの。好きだし、楽しいって思うから。
でも、るう子ちゃんたちのゲームほどひどいルールじゃないんだけど、麻雀ってお金を賭けたりもする競技だから。勝っても負けても辛かったり、人を傷つけたりすることがあって。
だから私も、麻雀を楽しくないと思ってたけど、それだけじゃないって分かったの」

宮永咲もまた、自分の好きなことを肯定できなかった歯がゆさを、知っているのだから。

「麻雀をしたから色んな人と打てたし、麻雀を通してなら話せそうな人もいるから。
殺し合いだとどっちのゲームも役に立たないかもしれないけど、ちゃんと経験になってくれてる。
繭って女の子のことを知ってるのも、るう子ちゃんにしかできないことだよ。
だから、意味が無いとか、無いと思うな」
「はい……」
「だからね。何とかして、ここから出る方法を考えよう。
帰ったら、また楽しく麻雀とカードゲームをやろうよ」
「はい」

るう子が少しだけ笑みを見せてくれて、本当にほっとした。
そして、うるうるとした眼で見つめられたのが恥ずかしかった。
こんなかっこよさそうな台詞、相手が年下の女の子じゃなければ絶対に言えてない。

「咲さんは強いんですね」
「ぜ、全然そんなことないよ! こうやって座って話すことになったのも、最初に腰が抜けちゃったからだし――」

いい加減に立ち上がろうと腰を浮かせた時だった。
メキリ、と。
背後から聞こえたのは、車輪で落ち葉や木の枝を踏みつぶしたような音だ。

「「――っ!」」

二人は引きつった声をもらし、身を固くして森林へと振り向く。
女子高生が1人と、女子中学生が1人。
一般の男性が凶器を持って飛び出してきただけで、揃ってこの世からお別れしかねない無力さだ。

「あの……」

しかし姿を現したのは、儚げな少女の声と、小さな人影だった。
車椅子に乗った、るう子と同年代のたおやかそうな少女。
そのタイヤを手押しでゆっくりと向かってくる動きは、足が悪くて歩けないヒトのそれだ。
しかも、その手にはスマートフォン以外に何も持っていない。

「……すみません、途中からお話を聞かせていただいて」

ぺこりと頭をさげる少女を見て、ほっと二人の警戒も解けた。
この少女を見て殺されるかもしれないと怯える人間がいたら、そちらの方が無理がある。

「ううん、いいよ。車椅子大変だよね。こっちから行くから――」

二人と一人の間にあるのは、家一軒分ほどの距離。
舗装もされていないその勾配を車椅子で進ませるのもどうかと、咲たちはこちらから近づこうとしたのだが。

「いいえ。お気遣いはありがたいですが、不要だと思います」

硬い、拒絶の意思がある声。
それを耳にして、咲たちは初めて気づく。
腕輪からの明かりに照らされた少女の顔が、思いつめたように眉尻をあげ、張りつめた表情をしていることに。
そして、少女が携帯電話を前方にかざしていることに。

その少女の変質は、一瞬にして劇的だった。
携帯電話が、青いガラス片をたくさん散らしたような光でその少女を包む。
光が収束した場所に身を現したのは、青と白の花飾りやリボンに彩られた天女にも似た装いだった。
頭や肩の周囲から生えている肩巾(ひれ)のようなリボンが幾本も地面へと屹立し、少女を吊り下げるようにして足の代わりを果たしている。
突然のことに対する困惑を差し引いた目でみれば、それはとてもきれいな姿だったけれど。
咲はなぜか、光の花びらを散らすその姿に、ぞくりとするような恐怖を覚えた。
恐怖は、次の瞬間に凶器を持つ。
どこからともなく少女の右手に出現したのはL字型をした金属のかたまり。

拳銃みたいな形の武器、と理解するのと同時。

「死んでいただきますから」

問答無用とばかり。
その銃口は、火を吹いた。


��    ��    ��


少女――東郷美森は、もとより、その少女たちの会話を聞いていた。
その少女たちをこれから殺すつもりで、潜んでいた。
すぐに飛び出さなかった理由の一つは、色々と考えることが多くて、逡巡していたから。
『勇者』が背負わされた『自殺することさえできない』という宿業はどうなったのだろう、とか。
呼び出した精霊の機動力がいつもよりぎこちない気がするのは、勇者を防御する力が落ちているということだろうか、とか。
バーテックスとも違う、あの巨大な竜は何だったのだろう、とか。

四国の中で覚えているどことも違うこの地図の会場は、どこなのだろう、とか。

色々なことを整理して方針を決めるのに時間をかけたこともあったけれど、襲撃を躊躇した理由も別にある。

この場所にいる人達にはみんな死んでもらって、願いを叶える。
東郷美森の願いは、世界をかろうじて延命させている『神樹』を倒すこと。
そして、この場所にいる四人の大切な友達――勇者部の皆の魂を、解放すること。
全てが終われば、先に死ぬことになる四人の仲間たちの後を追って逝く。
それは、やらなければいけないことだ。
勇者部の五人を、永遠に生贄として使い潰される宿命から救うために、必要なことだ。
けれど。
『勇者』の力を使って、人殺しをする。
友奈が『きれい』と言ってくれた勇者の東郷美森が、人間を銃殺する。
それは、いつもの5人の大切な『勇者部』を穢しているような気がして。
本当に、それをやるのだろうかと、身体が震えた。

どのみち、神樹を倒せば人類は生きていられないのだから、最終的にはここにいる70人どころではない大量の人間を殺すことになると、頭では分かっている。
勇者部の皆を解放してもらえれば神樹までも殺す必要はないかもしれないが、
殺し合いが終わった途端に精霊たちが復活して、再び神樹の力で死ねない体にされるかもしれない。やはり神樹は確実に殺しておいた方がいい。

やるしかない、と己に言い聞かせていた時だった。
二人の少女の、会話が聞こえてきたのは。

――誰かを犠牲にして願いを叶えたくなんかない?
勇者たちは、ずっと皆の幸せのために犠牲にされているのに。
『満開』によって体が動かなくなり、好きな人の記憶もなくなり、たった独りで寝たきりになり、それでも死ぬことさえ許されずに戦わされ続けるのに。

――選択しなければいけない?
友奈たちには、選択肢なんて最初から無かった。
『神樹さまを守らなければ世界が死ぬ』なんて言われたら、
『人の役に立つことを勇んでする』人ばかりの勇者部だったから、戦うことは分かりきっていた。
たとえ、『死ねない地獄』へと向かう一本道だったとしても。

――帰ったら、楽しい日常を過ごす?
結城友奈も、犬吠埼風も、犬吠埼樹も、三好夏凜も――そして東郷美森も、
それができれば、どんなに良かったか。

冷静になった。
覚悟は決まった。

無警戒に近づこうとする少女たちの前で、躊躇いなく変身。
すぐさま、短距離用の武器を出現させる。
そばに顕現するのは、いつもそうだったように、精霊の刑部狸だった。
二人の少女のうち、短髪で少し年上の少女が、何かを察したかのように顔色を変えた。

「るう子ちゃん! 危な――」

問答無用で発砲。
もう一人の手を引いて逃げようとした少女の腹部が、ぱっと赤く染まった。


��    ��    ��


赤くぬめりと迸った血液と、脇腹の衝撃は恐怖をもたらした。

「咲さんっ!!」

とっさに庇う体勢になってしまった少女の悲鳴が、壁を隔てたように遠い。
信じられない。こんなにあっけないなんて聞いてない。
簡殺されてしまうかもしれないと、怯えていた。
でも、たったこれだけで宮永咲が終わるなんて。全部が、終わるなんて。
抗おうとしても、体から力が抜ける。
体が横殴りにされるように、半身がぐるりと回る。
脚が崩れ、視界がななめ後方へと倒れるがままに流れていく。
腹部の焼けるような熱が、『これで終わりだ』と絶望を伝える。
麻雀に愛された才能だとか、全国大会に出場した実績とか、そんなもの人体を貫通する銃弾の前で何の役にも立ちはしない。

ただ、後ろにいるるう子ちゃんが続けて撃たれるところは見たくないな、と思ったので。
流れていく景色を横目に、目を閉じようとして。



――山の嶺から見下ろした世界が、目に入って来た。



夜の中でもここに高さがあること、ずっと下の方に真っ平らな地面があることは、輪郭が浮かびあがって分かる。
街の灯りは、まるで小さな花が咲き乱れたかのよう。
そして、高原の下から上へと吹き寄せる風からは、木々の薫りがした。
似ていた。
形も、匂いも。
いつかの、長野で見た『あの景色』と。


��    ��    ��


「リンシャンカイホー?」
「麻雀の役の名前だよ。
『山の上で花が咲く』って意味なんだ」

空はどこまでも青く、高原の風は緑の匂いがする。
見下ろした景色は、小さな花の集まりのようで。

「咲く?」

嶺上開花(リンシャンカイホウ)。
その言葉の意味を教えてもらって、たちまちに好きになった。

「おんなじだ! 私の名前と!!」
「そうだね、咲」

見上げたその人の口には、笑みがある。
ずっと仲良しでいられると、疑わない人だ。
たとえ喧嘩したとしても、きっと仲直りすると決めている人だ。

「森林限界を超えた、たかーい山でさえ、可憐な花が咲くこともあるんだ。
 咲、おまえもそんな花のように――強く咲けば――」

それは、とっても素敵なことのようで。
この人がそう言ってくれるなら、きっといつかそんな風になれる。
宮永咲は、信じた。


��    ��    ��


――まだ、咲いたところを見せてない!

咲は、諦めてはいけない。



そこで、火が灯った。



右足を後方へと無理やりのばし、ザクリと地面を踏みしめる。
倒れそうになった体を、なかばるう子にもたれるようにして維持した。
るう子が驚き、どうにか咲をかばって前に出ようとする動きを、右手をかざして防ぐ。
眼前にいるのは、とどめを刺そうと狙いをつける少女の銃口だ。
あれがもたらす死だけは、止めないといけない。
左手で、黒いカードを探り当てる。
そのカードに何が入っているかはだいたい分かっていた。怯えながらも、一回だけ出し入れはしていたから。

カードを、自摸(ツモ)る。
口にするのは、いつもの言葉。
麻雀なら、牌が見えた時、それをツモる時にそう言うから。

取り戻せ。
いつか、和ちゃんに認められた、自信に満ちた私を。

――靴下は脱いでないけど、がんばる。





「カン」





��    ��    ��


腹部に血だまりの少女がそう言った時、東郷美森は次弾の引き金を引いた。
その時点では、命を狩る者と狩られる者のはずだった。

『カン』が言い切られるのと同時。
少女の眼から、『ゴッ』と炎がはじけて揺らぐ。
そしてすさまじい大きさの覇気が東郷を一直線に叩いた。

「きゃっ――!?」

勇者らしかぬ悲鳴が、口からこぼれる。
全ての知覚が、その一瞬で遮断された。
何をされたのかが分からないのに、それが恐怖だということは分かる。
友奈たちと初めて樹海化に巻きこまれて、二年ぶりにバーテックスを見た時に体が震えたような、それは『圧倒的なものに呑まれる』時の恐怖だった。

そして、知覚の戻って来た世界では二つの音が聞こえた。

ひとつは、ガキン、と鈍く鳴る金属音。
それは、少女たちを狙った弾丸が遮断された音。
とどめを防いだのは、謎の少女が持つカードから飛び出す『布のような形状の金属の物体』だった。
ただ飛び出しただけのそれは弾丸を逸らすことに成功したものの、そのまま少女の手を滑って地面へと落ちる。

もうひとつは、東郷のすぐ近くで聴こえた『フィン』という音と、小さな光。
それは東郷美森の左胸にある『満開ゲージ』の花びらが、ひとつ花弁を増やした音。
それまで三枚あった花びらが、四枚になった。

とどめを仕損じた。
次弾を撃たなければ。
頭ではそう判断して、しかし感情は、恐怖が、行動を躊躇させる。
少女が圧倒的な気配を纏って攻撃を防いだ瞬間に、満開ゲージ――勇者の『供物』が、一つ埋まった。

たまたま、ゲージが溜まるタイミングになっただけのことかもしれない。
敵を激破した数と満開ゲージの溜まるタイミングは必ずしも比例しない。
一般人に向かって弾丸を撃ちこんでも、ゲージが溜まることだってあるかもしれない。
しかし、ならば、今この時も放出されている『強大な気配』はどういうことだ。
相手は、カンと言っただけだ。
中学二年生にしては必要以上なほど博学な東郷美森のことである。
『カン』が麻雀用語だということは知っていたし、実際に麻雀を打ったこともあった。
その場に『三つ』が集まった時に、相手が放銃をした弾丸(ハイ)とかから『四つ目』を供給して、ひと塊を作る動きのことだ。
そんな言葉に、勇者が花を咲かせるための力が宿るとは思えない。

しかし、それが可能だとすれば。
物事を、とことん考えすぎるまで考えこむきらいのある東郷は、わずかな時間でそこまで考える。
満開ゲージを強制的に溜めることができるのならば。
もう一回でもそれが発生して、満開ゲージが全て埋まった時は、果たしてどうなる。

(もしかして…………強制的な、『満開』も?)



――嶺の上に、花が咲く。



また、『満開』をさせられる。
また、『散華』をする。
また、大切な人を忘れて――。

(――ダメ!!)

考えすぎるのは、悪癖だ。
手荷物――カードを探ろうとする二人をそうさせないため、次の動きを取る。
小型の銃を捨て、狙撃用の巨大な銃を呼び出した。
近距離とはいえ、二人を同時に殺そうと思ったら貫通力のある弾丸を使うべきだから。
銃床を肩にあてて押さえ、安定姿勢を保持。
スコープの中にいる標的たちは、距離が近くていつもより大きい。外しようもない。
だが、異変はとどまらなかった。
ピシ、とスコープに幾すじかの亀裂が生まれる。
まるで大きな地震がきた時の窓のように、のぞき窓はガタガタと震える。
何が起こったと考えるより先に、スコープが破裂した。

「いつっ……!」

粉じんのように砕け散った無数の破片。
それが、東郷の右顔面にぶち当たった。
精霊の防御も間に合わず、とっさに閉じた右目をガラス状の破片で叩かれる。
眼球をかばいながらも、それは右目の視界と、平衡感覚――リボンで跳躍して距離を詰めるために必要なものを、しばらく潰す。
それを隙として、もう一人の少女が動いた。
左目には、もう一人の少女が球状の武器を投げる姿が映る。
少し転がすように投擲されたのは、煙幕弾だった。

「…………えいっ!」

弱々しいかけ声とは異なり、煙は爆発的に撒き散らされた。
通常の煙幕榴弾よりも大量の煙を吐くよう改造でもされているのか、折よく風も止まった嶺の上が白煙に包まれる。
闇雲に狙撃銃を撃っても、重たく駆けだす足音の主を捕えた気配はない。
川蛍を呼び出して、遠隔攻撃用の青い光線で包囲攻撃をするか。
そう判断したけれど、その命令をくだせなかった。
会場の広範囲から目にとまる、高い山の上だ。そして、遮蔽物ゼロの丘という目につきやすい場所。そして、川蛍の青い光線がきわめて目立つ、夜だ。
目撃されたのが、飛んで火にいるような一般の人ならいい。でも、もし殺人を目撃したのが勇者部の誰かだったら――

今さらの迷いに過ぎなかった、と反省したのは刑部狸が顔の破片をそっと取り去ってくれた後だった。
神樹を滅ぼすと決意した時点で、それは『人類を殺すところを皆に見せる』ことに他ならないのだから。
視界と平衡感覚とが回復した頃には、東郷美森だけがその場に残っていた。
金属の布きれは止血に使われたのか、その場から持ち去られている。

逃がした。
そう認識するのと同時に、どっと重圧がきた。
もし足が動く体だったら、きっと生まれたての小鹿みたいに震えていたと思う。

変身を解いて、地べたに座りこみ車椅子にもたれかかる。
謎の少女の方は、きっと仕留めた。
こんな山の中で、お腹を勇者の武器で撃たれて、そう長く生きていられるとは考えにくい。
勇者部だった東郷美森は、人を殺した。

仕方なかった、とかごめんなさい、なんて言わない。
東郷美森は、これから世界ぜんぶさえ殺すのだから。
そのためなら何だってすると覚悟したはずなのに。
震えが身体を走るのは、彼女がまだ、中学二年生の
そして、満開の恐怖を、今しばし思い出してしまったから。

(あの時……満開ゲージが溜まると思ったら、一瞬だけ躊躇した。
忘れることが、怖かったからだ。
……でも、だけど!
私は、そんな苦しみから、皆を解放する! そうしなきゃ!)

咲いてしまった花は、もう散るばかり。
もし花が散華することに胸を痛め、耐えられないと嘆くなら。



この世から、花そのものを滅ぼしてしまうより他に、道はない。



【F-3/山頂付近/一日目 深夜】
 【東郷美森@結城友奈は勇者である】
 [状態]: 健康、両脚と記憶の一部と左耳が『散華』、満開ゲージ:4
 [服装]:讃州中学の制服
 [装備]:車椅子@結城友奈は勇者である
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
 [思考・行動]
基本方針: 殺し合いに勝ち残り、神樹を滅ぼし勇者部の皆を解放する
   1: 参加者を殺していく。
   2: 友奈ちゃん、みんな……。
 [備考]
※参戦時期は10話時点です
  ※車椅子は、東郷美森の足も同然であると判断され没収されませんでした

��    ��    ��


意識を浮上させた宮永咲が倒れていたのは、神社の境内だった。


目覚めて、目に入ったのはがっちりとお腹に巻き付けられた腹巻のような金蔵の布。
そして、耳に入ってきたのは、ガンガンという鈍い音。
るう子がこぶし大の石を握りしめ、咲の腕輪を必死に壊そうとしていた。
何をしてるんだろ。
そう思い、腕輪にはまったカードを見て、気づく。

死んだり、繭に逆らった人はカードに閉じ込められるというルールだった。
だからるう子は、咲の腕輪を壊し、ルール違反をさせようとしている。
生きているうちに、死ぬ前に、カードに閉じ込められたら、ルリグみたいにそこで暮らせるかもしれないから。
いい子だなぁと思った。
そんな彼女に声をかけようとしたけれど。
声は、かすれた。

「ごめん、無理みたい……」

るう子が、はっとしたように咲と目を合わせる。
涙でぬれた目に、咲の顔が写っている。
水面みたいだ、と思った。

色々な記憶が、走馬灯を作っていく。

キラキラした水面と、お魚さん。
病院と点滴。
炎に包まれた車椅子。
黒い服を着ていた姉。
だから、理解した。
これから、どこに行くのかを。

「カードの中に入っても、変わらないと思う。
死んだら、全部、終わりなんだよ。カードから出てきたりとか、会えたりとか、しないんだよ」
「知ってるなら……ちゃんと分かってるなら! どうして、るぅを、庇ってくれたんですか」

叱りつけられるような声をかけられて、申し訳なさがあった。

和ちゃん。
部長。
優希ちゃん。
マコ先輩。

お姉ちゃん。

会いたい人にも、会えないのに。
どうして、るう子を守ろうとしたのか。

「ごめんね……体が、動いちゃった。
私の方が、ちょっとだけ、お姉さんだから、なのかな?」

会いたい人に会えないのが。
もう麻雀ができないことが、悲しくて、辛くて。
でも、ひとつだけ良かったことがある。
あの嶺の上で、思い出して、踏みとどまったこと。

「……でも、私は…………選択したん、だよ。
私にしか……できない……こ、と」

さっき意味が無くなんかないと、小湊るう子に言った。
だから、彼女の選択も彼女を救けてくれたらいい。
哀しみから抜け出して、また楽しくゲームができるような、そんな選択を。

ああ、でも。
最後にひとつ、気になる。



「私――ちゃんと咲けてたかな?」



嶺の上に咲く、花のように。


【宮永咲@咲-Saki- 全国編 死亡】
残り69人

【F-3/神社/一日目 深夜】
 【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
 [状態]:健康、悲しみ
 [服装]:中学校の制服
 [装備]:なし
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:チタン鉱製の腹巻@キルラキル
黒カード:不明支給品0~2枚、宮永咲の不明支給品0~2枚
 [思考・行動]
基本方針: 誰かを犠牲にして願いを叶えたくない。繭の思惑が知りたい。
   1: 咲さん――!
   2: 浦添伊緒奈(ウリス?)、紅林遊月(花代さん?)、晶さんのことが気になる
 [備考]
※参戦時期は二期の8話から10話にかけての間です



支給品説明

【東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である】
東郷美森を勇者へと変身させるアプリが入った携帯電話。
近距離、中距離(ショットガン)、狙撃銃、遠距離砲の攻撃手段をそれぞれ使い分ける。
宿った精霊はそれぞれ刑部狸、不知火、青坊主、川蛍。

【チタン鉱製の腹巻@キルラキル】
蟇郡苛が、最終話の決戦で護身用に着用していた巨大腹巻。
針目縫の攻撃を受けても「ちょっと痛かった」程度で済むらしい(ただし大量に出血していた)。

【煙幕弾@現実】
小湊るう子のアイテムカードに単体で支給。
改造でも施されたのか、通常の煙幕弾よりもかなり多量の煙を排出するため、煙の拡散しやすい屋外でもしばらく持つ。


時系列順で読む


投下順で読む



東郷美森 050:New SPARKS!
小湊るう子 048:交わらなかった線
宮永咲 GAME OVER