royaled ◆..N2cWeukk




 広い部屋。

 洋風の部屋。

 ベッドが中央にあって、天窓からは光が差し込む、

 あそぶものだけがいっぱい置かれた、たったひとりの少女の為の部屋。

 少女はひとりきりだった。

 ひとりきりの部屋で、いま、少女は息絶えようとしていた。

「……」

 物心ついたときからずっと少女はこの部屋で暮らしてきた。
 どうしてなのかは、分からない。

 「お嬢様は生来病弱ですから」と、言われたことはあるけれど、
 確かに、よく気分が悪くなったり、体が熱くなったりはしていたけれど、
 誰とも比べることはできなかったけれど、それだけが理由じゃないんじゃないかって、なんとなく思う。

 だっておかしいから。

 メイドさんがひとりだけ付いて、彼女に食事や遊具を与えた。
 運ばれてきた絵本を読んで、少女部屋の外に無限の、夢限の世界が広がっていることを、
 そこにはひとりきりじゃない少女たちが幸せに暮らしていることを知った。

 自分にだってそうなる権利はあるはずなのに、それは許されなかった。

 たまに様子を見に来るこわい声の人は、彼女を「アレ」と呼んで生存確認だけをする。
 部屋に転がってる人形が汚れてないか確認するときみたいに。
 自分は人間じゃなくて、人形だったのだろうか? だから権利が無かったのだろうか?
 比べる対象をほとんど持たない彼女には、ついぞ分からないことだった。

「シロ……クロ……」

 名前をよぶ。
 友達のなまえを。
 友達は来ない。
 おかしい?
 いや、これはおかしくない。

 少女はひとりきりの世界で与えられた遊具を使って遊んでいた。
 その中になぜか対戦カードゲームがあって、それはひとりではできなかったので、
 彼女は彼女の頭の――部屋の中に、彼女の友達――娘たちをふたり、つくり出していた。

 良い子のシロと悪い子のクロ。

 彼女たちを使って、少女はたくさんたくさん、ゲームをした。
 カードを使えば、部屋の外の世界まで「彼女の世界」を繋げることができたから、
 外にいるはずのたくさんの幸せな少女たちを、幸せで失くすためのゲームをした。
 悪い子だとは分かっていたけれど、単純に彼女たちが妬ましかったから、
 願うことが、選ぶことができる彼女たちが妬ましかったから、彼女たちをたくさん地獄に突き落とした。

 友達が来ないのはその報いだ。
 悪い子のクロはいまも他の女の子の所で遊ばせているし、
 悪いことをしていた少女を良く思わなかった良い子のシロは少女自身が閉じ込めてしまっている。

 だから少女は誰にも看取られない。
 誰にも見られない。
 だれもかなしんでくれない。

「どうして……繭が死ななきゃ、いけないの?」

 他の子ではだめなの?

「どうして……繭が願っちゃ、いけないの?」

 わたしはそんなにとくべつだった?
 天窓から見える空に問いを投げかけても、答える人などいないから、雲に吸い込まれていくだけだった。
 震える身体は熱くて、寒くて、じとりとしていて、乾いていた。
 口から吐くのは魂の温度をした熱っぽい息で、見える景色は万華鏡みたいに回転して、
 だんだんとぼうっとしてきた少女の頭は、自分の身体の震えさえ、心地よく感じてきてしまう。

 ああ。
 これが死か。
 消えてなくなる、寸前の、景色か。

 動かすと痛みすら感じたけれど、それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
 越えられない天窓、何度も何度も夏の太陽を見て、何度も何度も冬の雪を見て、
 そのたびに外に出たいと思わされ、願わされ、すがりつかされ、裏切られてきたその空に、
 少女は最後の最後になって、それでも手を伸ばさずにはいられない。

「死にたく、ない……」

 夢の限りに。

「もっと……もっと……もっと……もっと……もっと……もっと!」  

 少女は、選ばせてほしいと、願った。

「もっと、遊びたい! もっと、呪いたい! もっと、もっと、繭は――生きたいっ!!!」




 ――「    」。




「え……?」

 叫んだ少女に返ってきたのは、死神の鎌ではなく、人の声だった。
 『良いよ』という意味の言葉が、少女の耳に届いた。
 声の元を見れば、普段開くはずのない部屋の扉が開いていて、
 見知らぬ人が立っていて、
 優しく笑っていて。

 本来ならばそこで死ぬはずだった少女は――延長戦を、許された。




 ――少女は、自由を与えられる。
 ――少女は、世界を見せられる。
 ――少女は、その呪いは、許諾される。




✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻ 



 だから。――ゲームは始まった。



✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻



 白い部屋。

 無機質な部屋。

 ステージが前方にあって、壁の窓にだって手が届く、

 あそばれるものだけがいっぱい連れ去られた、たったひとりの少女の為の部屋。

 少女はひとりきりだった。

 しかし少女はいま、70人以上の人間たちを見下ろしていた。


「ルールを説明してあげる」

 群れ惑う彼女の遊び相手達を黙らせて、灰色の少女がゲームのルールを説明する。

「これからあなたたちには、この部屋の外にある世界で殺し合いをしてもらうの。
 なんでもありの、バトルロワイアル・ルール。制限時間は72時間。
 最後のひとりになるまで、武器も、知恵も、作戦も、全部使って戦って、生き残りなさい。
 生き残った、たった1人の良い子には――報酬。どんな願いでも、叶えてあげる」

 楽しそうに笑いながら片腕を曲げ、顔の近くに持っていった。
 そしてもう片方の手で、腕を指差しながら続ける。

「腕輪がついているのは、確認できているでしょう?」

 70人弱の遊び相手も自分たちの腕を確認する。
 そこには確かに、騎士の手甲に似た幅広の腕輪が嵌められている。
 さらに、その腕輪にはめ込まれている、
 「白色の、イラストのないカード」の存在も、全員が確認できていた。

「そこに嵌められている「白」の「マスターカード」に、いろんな情報を表示するわ。
 ルールの確認がしたいと願えばそこに出てくるし。
 時間の確認をしたいと願えば、そこに表示される。
 参加者の確認も、暗い所を明るく照らすのだって、自由自在にできるの。
 自分がどこにいるのか分からなくなっても、願えば地図と現在位置を表示してあげる。
 脱落した子が何人いて、誰なのか――6時間ごとに放送するけど、そのカードでも確認できるの。すごいでしょう?」

 「マスターカード」は腕輪から外すことはできない、とっても大事なカードだから、
 大事にしなさい――――そう少女は追記した。
 続いて、懐から黒、赤、青のカードを取り出して、ステージ下へと見せびらかす。

 黒のカードには「?」マークが白文字で大きく刻まれている。
 赤のカードにはショートケーキのイラストが描かれている。
 青のカードには水滴のイラストが描かれている。

 これらはそれぞれが特別なアイテムを召喚する、「アイテムカード」だと少女は言う。

「黒のカードは、ランダムカード。『出てきて』って願ったら、武器とか、道具とかの、アイテムが出てくる。
 このカードだけ、出したものをカードに戻して持つことができちゃうの。何が出てくるか、お楽しみ」

 「黒」は最低1枚、最高3枚。
 何枚あって何が入っているかは、運で決まる。

「赤のカードは、食べ物のカード。『あれが食べたいな』って願ったら、その食べ物が出てくる。
 青のカードは、お水のカード。『あれが飲みたいな』って願ったら、その飲み物が出てくる」

 「赤」と「青」は必ず1枚ずつ。呼び出したものは戻せない。
 ケーキから、お肉から、オレンジジュースから、お酒まで、自由に呼び出せるけれど、
 左下に書かれている使用回数「10」は使うたびに減っていき、「0」になるとカードが消えてしまう。
 実際に赤のカードからリンゴを、青のカードからペットボトルを、少女は召喚して見せる。
 マジックにも似たその現象にざわめく者、驚く者、警戒を深めるもの、それぞれいたが、

「あなたたちに与えられるのは、マスターカードと、この3種類のカード。
 これらを上手く使って、ゲームを勝ち抜いて。
 いっぱい願って、いっぱい選んで、いっぱいいっぱい……あはは、争いなさい!!」


「――ふっざけてんじゃねーぞこのモジャモジャ女!!」


 高笑いして命じた少女に対し、真っ先に非難の言葉を浴びせたのは猿めいて甲高い男の声だった。
 少女が不機嫌顔で見下すと、西洋風の冒険者服を着た赤いアフロの男。顔が濃い。
 その隣に、神秘的なオーラを発し、露出度の高い格好をした桃色の悪魔が、彼を庇うように控えている。美人であった。

「モジャモジャ……? あなたのほうがモジャモジャじゃない」
「うるせぇ! あのなあ、いきなり連れ去られたと思ったらカードを使って殺し合えだぁ?
 子供のままごとじゃねーんだからそんな道理が通るわけねーだろうが! こちとら忙しいんだよ!」
「そう。ヘルヘイムに行くのに忙しい」
「お、おうそ、そうだ! アーミラ、やっちまえ!」
「うん!」

 どこか腰が引けている男の号令に素直に従い、桃色の黒魔が灰色の少女に牙を剥く。
 とん、と白い床を蹴るとすでに高速で滑空しており、蝙蝠に似た艶のある黒翼が大きく羽ばたいていた。

「あなた……じゃま!!」

 弓矢の速度も砲弾の速度も置き去りにする加速直線運動で近づき、勢いのままに回転。
 少女めがけて体幹を伸ばした流星蹴りを繰り出すさまに、躊躇は一切ない。
 悪魔が必ずしも悪魔らしい姿をしているわけではないことを知っていたのか、あるいはただ純粋すぎる故か。
 真っ直ぐすぎるその攻撃は――しかし届かない。

「だぁめ。いまは繭のターンだもの。相手ターン中に攻撃なんて、ルール違反は――悪い子よ?」

 魔族の少女の脚を止めたのは、「竜の手」だった。
 繭(まゆ)と名乗った少女の翳した黒いカードから、赤い「竜の手」が召喚され、少女を止めていた。
 そのまま手は桃色悪魔の脚を掴み取り――ぎちぎちと締め付ける。

「う……あぁああああああああ!!」
「アーミラ!!」
「アーミラ嬢!!!」

 アーミラと呼ばれたそれは明らかに致命的な絶叫をする。
 アフロのみならず、リーゼントの貴族風の男が人ごみをかき分け、それを助けんと駆けつけようとした。
 だが魔族の速度に比べればそれはあまりにも遅い。

「やっちゃえ! 『バハムート』!!」

 「竜の手」はカードから腕までを出し、大きく振りかぶって――投げた。



 動作からわずか一拍。
 衝撃音が響き、煙が晴れると、アフロ男のそばには擦過傷でずたぼろになった桃色悪魔が倒れていた。

「あ、アーミラ」
「ふぁ……ば……」

 アフロ男、ファバロ・レオーネは冷や汗をたらりと流して固まる。
 掴まれた脚が捻じれ、ちぎれかけていた。
 腕は折れてあらぬ方向に曲がっていた。
 頭から血が流れていた。明らかに致死量のそれが、嘘みたいな勢いで広がって水たまりを作る。

「アーミラァっ!!」


 駆け寄って手を取るが、その手は冷たくなり始めている。
 なぜ。この数奇なる同行者は、並みの悪魔なら一撃でのしてしまう強さを持っているはずだ。
 それがなぜ。わずか一合。一撃で。
 あの少女が言っていたのは何だ。あの腕は。『バハムート』?

 ――『バハムート』と言ったのか?


「ファバロオオオオオオオッ!!! アーミラ嬢はッ!? あ、アーミラ嬢オオオオオオオッ!!??」

 遅れてリーゼントの男がその場に到着し、煩い叫びを上げる間にもファバロは思考の渦の中にいた。
 ありえない。封印されているはずだ。
 どころかその封印を解かせないために色々と作戦を練っていたのでは?
 なのに――――だとしたら――それは、あまりにも――最悪だ。


 だが一端の賞金稼ぎの想像する最悪など、連鎖する最悪の始まりに過ぎなかった。

「ルール違反の悪い子には、おしおき」

 灰色の少女が冷たく告げる。
 ファバロとリーゼント男、カイザルが見守る中、桃色少女が力尽きようとしていたそのとき。
 そのからだが淡い光に包まれて、そこからまるで魂が抜け出るような光の奔流が、線状のアーチを描いて伸びた。

「あ……アアアアアアアアアアアアッ!!」
「――なっ」
「――にぃ!?」

 悪魔のまさに断末魔の叫び声と共に、
 光の線は全ての「参加者」に平等に嵌められている腕輪へと吸い込まれていく。
 そして光が全て吸い込まれたその後、腕輪からカードが剥がれ落ちた。

 ファバロとカイザルは瞠目する。
 白紙だった「マスターカード」にイラストが描かれている。
 動かぬ絵となったそれは――

「アーミラ嬢……アーミラ嬢が……カードにぃいいいいい!!??」



「あははははっ。これが最後のルール。
 繭に逆らったり、刃向かったりしたら、あなたたちの「魂」はマスターカードに閉じ込められちゃうの。
 それだけじゃないよ? 死んじゃっても同じ。不死だろうと何だろうと、死んだらみんなカードの中。
 出せるのは繭だけ。でも、出してあーげない。弱い子は、永遠に暗くて寒い所で、暮らす運命。そう、運命!」

 繭は両手を広げる。
 病人らしきその青白い細腕に、漲っているのは呪いだ。

 少女を憎む思い。
 大人を憎む思い。
 世界を憎む思い。

 思いは呪い。呪いはまじない。
 まじないは魔法となり、少女は世界を創造する。
 ここは彼女の世界、羽化できない繭の、彼女だけの為の世界。
 演出も、設定も、規律も倫理もぜんぶぜんぶぜんぶ、彼女の思い通りなのだから。



「――選択、しなさい。
 たくさん殺して生き残るか。
 殺されて永遠にカードの中で暮らすか――ふたつに、ひとつ!!」



✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻ 



 それ以外の選択肢は、ない。



✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻




 説明は終わり、部屋はもう要らないものになった。
 地響きとともに白い部屋の床は崩れゆく。ステージを除いてひび割れる。
 悪魔の少女との戦闘跡も消える。
 動けなかった者、動かなかった者、動きたかった者、困惑も焦燥も恐怖も愉悦も、
 瓦礫と化していく部屋と共に、すべてが下に控えていた巨大なワームホールに飲みこまれていく。

「ち……ちくしょぉおおおおッ!!」
「ファバロォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 赤髪のアフロ・ヘアーは崩れる足場に手を伸ばし、寸での所でアーミラのカードを掴む。
 リーゼントの騎士は戦友の名を叫びながら落ちて行き、ワームホールへと吸い込まれていった。
 遅れてアフロヘアーも宙へ投げ出される。
 近くを落ちるアーミラに手を伸ばすが、すでに魂のないそれは青年の手を握り返さなかった。

「……!」

 そして少女もまたワームホールへと消える。
 逆さまになった視界の中で、青年に残されたのは、絵だけになってしまった同行者のカードだけだ。
 物言わぬカードとなったそれに、道具にされてしまったそれに、
 いつもひょうきんな表情の青年は、真剣に向かい合う。


「……選択……か……」


 そして平等に吸い込まれる。
 向かう先は、繭の世界。
 バトルロワイアル・ゲームのために造られた、いびつな少女の、ゲーム・マップだ。

 すべての参加者はそこで選択する。
 生きるか、死ぬか、殺すか、助けるか。
 叶う願いはひとつだけ。選ばれる選択肢は、ひとりだけ――。



【ゲームスタート】



【主催】

【繭@selector infected WIXOSS】
【???@???】


【4種類のカード】
白:マスターカード
 腕輪に嵌まっているカード。
 地図ナビ、時計、名簿、脱落者の確認、点灯などいろいろ行えるカード型端末。
 死んだり主催に刃向かったりしたら、このカードの中に魂が封印されて喋ったり動いたりできなくなる。
 基本腕輪から取り外せないが、死んでカードに封じられた後に剥がれ落ちる。
黒:ランダムカード
 つまりランダム支給品。出したものをカードに収納できる。
 一回出してからカードに再収納すると効果欄が浮かび上がって詳細が確認可能。
赤:フードカード
青:ウォーターカード
 食料と飲料。任意のものが出せる。1回につき1人前までで、10回まで。
 一度出したものは元には戻せない。


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091:第一回放送 -この声は冒涜-
アーミラ GAME OVER
ファバロ・レオーネ 037:Broken Promise
カイザル・リドファルド 013:アキライブ!