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セルティ・ストゥルルソンは、動けなかった。


支給品、凄まじいスペックを誇るオートバイであるV-MAXを取り出そうとしていた手も止まり。
彼女を攻撃し、一度は謀りながらもセルティから逃げ続けていた怪しい男を追っていた足も止まり。
その非現実的な状況に、一瞬、思考も止まりかける。
目の前のガンマンも同じく、足を止めていた。
だが、セルティは男がようやく観念したのだとは全く思えない。
恐らく、いや、きっと。

彼は自分と同じく、目の前に繰り広げられている光景のせいで、動けないのだ。

追いかけっこを繰り広げていた両者を同時に止めたその光景。
百鬼夜行に匹敵する首なしのデュラハンと、百戦錬磨の暗殺者とが同時に、咄嗟には動けなくなったその光景。


フリフリなピンクな衣装に眼帯をした少女が。
緑色の可愛らしい衣装に身を包んだ金髪の少女を。
壁に、串刺しにしていた。


(……どうすればいい)


セルティ・ストゥルルソンは首なしの化け物だ。いわゆる、デュラハンと呼ばれる存在だ。
だが、彼女は同時にお節介で、困った人を見ると助けずにはいられない良識人でもある。
だから、セルティがまず思ったのは、串刺しにされている女の子を助けなければ、という至極常識的なものだった。
一歩を踏み出し……かけて、しかし、そこでセルティの足は、今の自分の状態を思い出して止まってしまう。

今の自分には、ヘルメットがない。つまり、首なしであるということを隠せない。
それは即ち、まともな人間が見れば百人中百人が『化け物』と認識して然るべき状態である。
今の今までガンマンに逃げられ続けていたのも、間違いなくそれが根本的な原因なのだ。
しかもセルティは首がなく、つまり声を出すことも出来ないので、普通の人間と意思疎通を図るためには手元にあるPDAを使う必要がある。
ならば、ここで自分が出ていった時に、どうなるか。

仮に、あの眼帯ピンクな格好をした魔法少女のコスプレっぽい女の子が、殺し合いに乗っている人間だとしよう。
串刺しにしているもう一方。金髪に緑服な、こちらも魔法少女のコスプレっぽい女の子を、今から殺すところだとしよう。

その場合、セルティが思いつく限り、取りうる手段は二つある。


一つ目。力ずくでピンクの方の女の子を止める。


だが、これは無理だ。
お互いの力量差がどうこうという話ではない。物理的に、不可能だ。


何故なら、自分と彼女たちの間には『距離』が空きすぎている。


(私が全速力で走ったり、このオートバイを取り出してエンジンを蒸かしたり、『影』で遠距離から攻撃をしたところで、間に合わない)


仮にも相手をあの奇妙な形をした剣(?)で壁に串刺すことが出来るくらいには、あの眼帯ピンクも『やる』のだろう。
先ほどの魔法少女のコスプレっぽいという表現も、あながち冗談では済まされないかもしれない。
少なくとも、この世界には首なしのデュラハンや、弾丸の軌道を自由に操れる超能力者がいるのだ。
他の参加者も、それ相応に現実離れしていると考える方が妥当だろう。
ならば、自分が闇雲に攻撃をしかける素振りを見せた時点で、眼帯ピンクは金髪緑の女の子をまずは殺してから、セルティに対処するに違いない。
もっと距離が近ければそんな隙を与えずには済んだのだろうが、いかんせん、こればかりはどうしようもなく運が悪かったとしかいえない。
そして、もしも万が一彼女の服装が本当にコスプレで、相手を串刺しにしたのも偶然のたまたま上手くいったのであれば、なんて可能性に賭けるほどセルティはリスキーではない。
人の命がかかっているのだ。そんな短絡的には、動けない。


ならば二つ目の方法。相手を説得する。


こちらならば、まだ可能性はあるように思える。
もしも眼帯の女の子が「殺し合いをしなければ帰れないのならば、殺さなければ殺される」という思考をしていたならば、説得の余地は十分に残されているとセルティは考える。


だが、セルティはこちらの方法もまた、すぐには選ぶことは出来なかった。


相手が本気で殺し合いをやりたくて乗っていた狂人の場合は、そもそもこちらの説得に応じるとは思えない。
対話のために差し出したPDA、セルティが他の人間とコミュニケーションを取り得る数少ない手段を破壊されてそれでおしまい、だなんて笑い話にもならない。最悪だ。

ならばもう一方の可能性、相手が今は錯乱しているだけで説得に応じうる人物である可能性はどうか。
いや、こちらもまた、彼女が動くことは出来ないのである。

何度も繰り返すが、彼女、セルティ・ストゥルルソンは首なしの化け物である。

まずこの時点で、他の人間の信頼を得ることなど、ほとんど不可能に近い。
相手がまともな人間であり、今はただ錯乱しているというならば、化け物が近づいてきたところで説得ができるとは思えない。
逆にこの場合は、近づく方が圧倒的に状況が悪くなる。錯乱した人間がどんな行動に出るかなど、予想もつかないからだ。


ならば、最初の前提条件が違う場合はどうか。
つまりピンクの女の子は殺し合いに乗っていた緑服の女の子を止めるために壁に串刺しにしていた場合だ。

この場合でも、セルティが力尽くでピンクの女の子を止めようとした時に、ピンクの子はどんな行動をとるのか予想ができない。
錯乱して緑服の女の子にトドメを刺してしまう可能性もあるし。
そうでなくとも、自分とピンクの子が争っている間に、殺し合いに乗っている金髪緑の女の子を逃してしまう可能性だってある。
説得も、前述のとおり自分が首なしの化け物である以上、難しいだろう。
ガンマンに誤解されたように、セルティは殺し合いに乗っている化け物だと思われても仕方ない風貌なのだから。
あの池袋には奇特な人間が多かったために忘れがちだが、本来首なしなどという見た目は強烈だ。
パニック映画に登場するモンスターと同列に見られ、問答無用で逃げられたり攻撃されたりしても文句は言えないものだ。


結論として、セルティ・ストゥルルソンは、首なしライダーであるがゆえに迂闊には動けない。


動いたところで、どんなパターンだったとしても、状況が良くなる兆しが見えない。

思わず、心中で歯噛みする。もしも自分が普通の人間だったならば、こうも選択肢が狭められはしなかっただろうに、と。
少なくとも、あのピンクな少女に声をかけ、殺し合いをしなくても大丈夫なんだと説得することは出来ただろうに。
もしくは、ヘルメットさえ手元にあれば、少なくとも化け物として認識されることもなかっただろうに。


「あれあれあれ~。西部劇とモンスター映画の夢の共演ってやつぅ?」


だが、セルティ・ストゥルルソンには、そもそも分かっていなかった。


「こんばんは~。ボク、針目縫っていうの!よろしくね☆」


加害者側の少女、針目縫の異常性を。

人を人とも思わぬ、その残虐性を。


「……おう。よろしくな、嬢ちゃん」

「おじさまったら、かったーい♪もっとリラックスリラックス☆」


例え、セルティがどんな行動を取ろうとも。


「そちらの貴方はお返事ないの~? あ、そっかぁ!お口がないから喋れないんだねえ」


いや、むしろ、セルティが針目縫に出会ってしまったからこそ。


「そうだ」


この悲劇は、避けられなかったことを。





「いいこと、思いついちゃった☆」





□ □ □ □ □



犬吠埼樹もまた、動けなかった。

戦いに敗れ、壁に磔にされ、意識を失った彼女に、動くことなどできるはずがない。
代わりに、樹は夢を見ていた。悪夢を見ていた。
勇者として針目縫なる少女と戦った際の記憶を、時間を巻き戻すように再び体験していた。

樹は細いワイヤー、糸を何十も同時に操る戦闘スタイルを取る。
標的を縛り上げ、巻きつき、そのまま動けなくなった相手を裁断する。それが彼女の必勝法だ。
大剣のような破壊力はないし、長銃のようなリーチもない。
だが、多くの敵を一度に相手にできる攻撃範囲の広さを避けられる存在などそう多くはないし、何より、剣や銃と違い、糸は相手を傷つけずに無力化する術にたけている。
そう考えると、あくまでも人間サイズの存在が相手となるこのバトルロワイヤルにおいて。
また、決して殺し合いになど乗る気のない樹にとって。
その力は強力なものであり、彼女に適合したものでもあるといえよう。

だが、しかしこの相手に限って言えば。

リボックス社のグランクチュリエ(高次縫製師)にして、自身が生命繊維の化け物である針目縫に限って言えば。
糸による攻撃などは、カモでしかなかった。

「どうして」

樹の放つワイヤーは、そのことごとくが断ち切られた。
縫の武器は片太刀バサミ。
生命繊維と呼ばれる、生きている繊維の命を断つために作られた、まさしく『糸殺し』の武器。

「どうして、こんな!」

「どうしてって?誰かを切り刻むのに理由なんていらないよ♪」

正面から縫を襲う十の糸が、目に見えない速さで振るわれたハサミによって、全て細かくバラバラにされる。
ならばと左右正面の三方向から仕掛けるも、縫は冗談のようにクルクルと回りながら、全ての糸を断ち切っていく。
それぞれの糸が彼女に到達するタイミングの違いなど、コンマ数秒の違いのはずだ。
だが、針目縫はそれを為す。スピンしながら、一番最初にやってきたワイヤーに片側だけの不格好なハサミを合わせる。
次の緑糸を返す刃で殺し、3度目の正直と言わんばかりに眼帯の死角から襲い掛かる3本目を、気配だけで切り刻む。
遅れてやってきた4つ目と5つ目をかわしながらまとめて叩き斬り、6、7、8と、ダンスを踊るように、リズムを取るように、テンポよく。
斬る、殺す、斬る、殺す、斬る、殺す、斬る、殺す。
斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す斬る殺す。
人を喰う羅刹のように。人を喰った笑顔を全く崩すことなく。
斬る。殺す。斬る羅KILL。

「そん、な」

化け物。そう、口に出かかる。
彼女はバーテックスのように大きくもなければ、異形めいた見た目をしているわけでもない。
どちらかといえば自分たち勇者のような衣装を身に纏った女の子だ。そのはずだ。
なのに、こちらのワイヤーを片太刀バサミで尽く無力化していく縫の姿は。
アハハ☆なんて口ずさみながら、戦いを、殺し合いそのものを楽しんでいる彼女の姿は。
自分たちと同じ人間だとは、どうしても思えない。
未知の惑星からやってきた宇宙人だといわれればそのまま納得してしまいそうだ。
理解できる気も、ましてや勝てる気も。
全く、しない。

「あなた、よっわーい!飽きちゃった☆」

そんな絶望に囚われかけていた樹が、突然回転を止めこちらに飛びかかってくる縫のスピードに、対応できるはずもなく。
慌てて正面に集中させたワイヤーが潜り抜けられた、と知覚した瞬間。
目の前に、針目縫の顔があった。

「っく……!」

身を捩るも、身体のあちこちが何度も切り刻まれる。
防御しようとした木霊は、邪魔だといわんばかりに、瞬時に針目の片手で鷲掴みにされていた。
その隙に少しでも距離を開けようとバックステップを踏む、が、無駄だった。速さが違いすぎる。
左脇腹が浅く切り裂かれたかと思えば、右肘が骨ごと抉られていた。
その痛みを我慢しながら死ぬ気で後ろに下がった瞬間、お臍の表面に刃が突き刺さる。
あと数センチ下がっていなければ内臓までズタズタだ、なんて他人事みたいに考えた。
とにかく体勢を立て直さなければ。もう一回、気合で後ろに飛ぼうと足に力を籠め。


「はい、ばんざーい」


両腕が、ひょい、と背後から持ち上げられた。
針目縫の姿は、もう正面にはない。
つまり、樹の気合の全力後退をあざ笑うかのように、回り込まれたのだ。
思わず、振り返る。そんなことをしている暇などないというのに。
振り返ったところで、どうしようもないというのに。
だけど、樹は振り返った。もはや勝ち目がないと悟ってしまったからこそ、振り返り。
わけのわからないスピードで自分の背後に居座った針目縫の笑顔を。

「貴方は、間違っています」

「ぐさぁー☆」

睨み返すことしか、できなかった。



「…………んっ」


「あ、丁度良いや」


そんな悪夢から目を覚ました樹を迎えたのは、またしても悪夢だった。
縫に切り刻まれた身体のあちこちが焼けるような熱を発している。
特に、自分の頭の上でクロスに組まれている両掌の痛みがひどい。

「はい、おはよ~」

「う、ぐ、ああああああああぁぁ!?」

ぐじゅり、ぐじゅり、ぐじゅり。
掌に突き刺さっている異物が、抜き差しされ、抜き差しされ。
爪が、小指が、掌の一部と思しき部分が、上から降ってくる。
あまりの痛みに視界が赤く染まり、気を失いかけるも、もう一度引き抜き、差し込まれ、痛みで現実に引き戻される。
視界の隅に移った落ちていく『中指』を見て、私の手が欠損していくという現実に、引き戻される。

「君、あの首なしさんとお話したいよね。そうだよね。そうに決まってるよね☆」

涙目を開けると、ものすごい近くに、針目縫のゆがんだ顔があった。
何を言っているのかは良く分からなかったが、ロクでもないことだということだけは確信する。
導くように遠くを指す縫の人差指に釣られて、正面を見れば。
私たちの戦っていた校庭の入り口のあたりに男の人と、針目縫の言う通り……首なしで立っているナニカが、いた。




「だから、ボクが君に首なし語をマスターさせてあげるよ☆」



ぶちり、と何かが千切れていく音が聞こえる。
ずるずる、と。私の手から、異物が引き抜かれていく感覚が続いた。
掌を抑えつけていた圧迫がなくなり、代わりに、拳を握るべき部分に空いた穴が、夜の冷たい空気に当てられる。

「が、がぁあああああああああああああああ!」

「我慢我慢。勇者なんでしょ~?」

こんなに涙が溢れ出したことは、生まれて一度もなかった。
こんなに大声を出したことは、カラオケで歌の練習をした時だって、なかった。
痛い。死にたい。いっそ殺してほしい。そんな弱気が頭の中を駆け巡る。

でも、駄目だ。

どんなに苦しくても。どんなに辛くても。




犬吠埼樹は、勇者なのだから。




「ほい、っと」


急激な、浮遊感。


涙でぼやけた視界が空を飛ぶ。
投げ捨てられたのだろうか。痛みがすっと引いていく。
何故、突然針目縫がそんなことをしたのかは分からない。
だが、これはチャンスだ。この機会をモノにしなければ嘘だ。


(勇者部五箇条、その二……!)


なるべく、諦めない!


何故か言葉が口から出せなかったので、心の中だけでも強く思う。
そうだ、こんなところで諦めるわけにはいかない。
まだ、バーテックスだって全部倒したわけじゃない。
まだ、あのオーディションの結果だって受け取ってない。
まだ、皆とお喋りもし足りないし、カラオケだって、もっともっと沢山行きたい。


まだ、あの『色紙』のお返事だって、返せてない!


まだまだ、したいことは沢山あるんだ!



だから、動け身体。


まずは、空中で体勢を立て直す。
それから、針目縫から少しでも距離を取る。あの近接能力には、悔しいが勝てる気がしない。
出来れば、さっき見た男の人とも協力したい。どうか殺し合いに乗っていませんようにと強く願う。
それから、針目を倒して、お姉ちゃんや他の皆とも合流して、それから、それから。



…………あれ?



身体が、動かない。



というよりも。


身体の感覚が、ない。


頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ私の身体!



今動かないで、いつ動くの!



でも、駄目だ。



なんでだろう。こんなにも、私の頭はやる気に満ち溢れているのに。
東郷さんならそれらしい難しい理屈を並べて、説明してくれるのかな。
友奈先輩なら、夏凛先輩なら、こんな時どうやって頑張るんだろう。


お姉ちゃんなら。


励まして、くれるかな。


……あれ、どうしちゃったんだろう、私。


こんな大事な時に、皆のことばかり、思い浮かんで。



と、ここで。


落ちつつある私の視界が、針目縫と




身体を、見つめた。




その身体は、薄い緑色の、服を着ていた。                       


その身体は、噴水のように、真っ赤な液体を噴いていた。






その身体に






首はなかった。




そう






わた






びを


きら


れたん






今、空にすぽーんと打ち上げられている私は。



首だけなんだ。









………………ごめんね、お姉ちゃん。



【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である 死亡】




針目縫が、動かないわけがなかった。
彼女が、ホル・ホースやセルティ・ストゥルルソンに対処する前に樹を殺すと決めていた時点で。


どう足掻いても、犬吠埼樹に助かる道など存在するはずがなかった。



「こんばんはー☆」



そして、その光景は、異常に過ぎた。


「私は貴方と同じ首なしだよー♪」


『彼女』の首から噴き出した血に濡れることもお構いなしで。
『彼女』の尊厳を力いっぱい踏み躙っていることも気にしないで。


針目縫は、犬吠埼樹の首なし死体を、人形のように後ろから操っていた。


首をなくした樹が、手を振った。
首をなくした樹が、ステップを踏んだ。
首をなくした樹が、かっこいい決めポーズを取った。


「あれえ、どうしたのかな?首なしなら同じ首なしと電波とか、そういうので通じ合えると思ったんだけど。
ほら、早くあの首なしさんのご挨拶を受信しなよー。ぺしぺし☆」

壊れた旧型テレビを直す時のように。
本来首のあったはずの場所を無遠慮に叩く。
それでも何の反応を返さない樹の胴体を、2,3秒見つめ続けて。
針目縫は「はぁ」とわざとらしい溜息をつく。

「マジ、死んでも使えない」

あっさりと、樹の死体を人間離れした膂力でポイ捨てする。
ひゅーん。どさり。それでおしまい。
樹の決意も、悲鳴も、涙も、何もかもが、ただの使い捨ての消耗品であったかのように。
あまりにもあっさりと、針目の中で犬吠埼樹の出番は、終わりを告げた。


「あれ、もしかして怒ってる?」


そこで彼女は、あることに気付いた。
ガンマン風な男の後ろにいたはずの、黒い服の首なしが、男の前に出ている。
そして、こちらに歩いてきながら、その身体から大量の黒い霧のようなものを噴出していた。
首なしは、何も語らない。彼女には、口がない。
首なしに、顔はない。だから、そいつがどんな感情を持っているのかは、普通ならわからない。

だが縫は、ソレが先ほどよりも「やる気」になっていることを、肌で感じた。

「お待たせ、次は貴方達の番だね☆」

だが、彼女にとってはそのプレッシャーなど、毛ほどの恐怖も生み出さない。
首なしだから?化け物だから?それがどうした。斬れば死ぬ。刻めば死ぬ。死ななくても殺し続ける。そうすればいつかは死ぬ。
所詮こいつらなど、元の世界に帰るために潰すモブキャラのようなものだ。
自分の力さえあれば、取るに足りない小さな化け物だ。

だって、ほら。


「はい、そんな激おこな首なしさんにはプレゼント―☆」


こんなにも、ちょろい。

縫と首なしには未だ十分な距離が空いている。だからあいつはまだ、余裕をもって歩いてくることができるのだ。
だから縫は、落ちていた樹の首を無造作に拾い上げこちらにやってくる首なしに向かって投げつけた。
縫の力で投げつけられたソレを慌てて受け止めようとする首なし。
もうソレは死んでいるのに。お前は化け物の癖に。
こんなモノは無視して、私に挑みかかってこればいいのに。
人間の慈悲とか、倫理とか、そういうのに囚われている。
やっぱり、こいつは『良いやつ』なんだ。馬鹿だなあ。


「喜んでもらえたかなあ?」


当然、首なしが動揺しながら樹の首を受け止めた隙を見逃すほど、縫は愚かではない。
そのまま、目にも留まらぬ速さで疾走。黒い首なしと少しでも距離を詰める。
慌てた素振りで開始された首なしによる『影』の迎撃を細身の体で潜り抜け。
こちらを絡め取ろうとする影を、樹の糸に対して行ったように片太刀バサミで寸断し、乱舞しながら前へ行く。
捌いて裁いて数歩を進めば、そこはもう針目縫の間合い。


「さっきの子といい芸がないね」


振り下ろしたハサミが、影で固めた漆黒の鎌で迎え打たれる。
少しびっくり。こんなことも出来るんだ。便利そうな能力だね。
でも、ちょっと私とやりあうには役者不足かな?
一合、二合、三合と打ち合い、火花を散らし、四合目で首なしの持つ鎌を弾き飛ばす。
全くもって張り合いのない。まるで弱かった頃の流子ちゃんを相手にしてる時みたい。
せめて、最初に隙を晒さなければ、もう少しは楽しめる勝負になっただろうに。
もしくは、今も後生大事に片手で抱えてるその首を手放せば、もう少しは寿命が延びただろうに。
まあ、そういう駆け引きも含めて、勝負なんだけどね☆


「首がないから、とりあえずテキトーに切り刻んどくね♪」


例えそれが、セルティの能力である『影』で作られたライダースーツといえども。
例えそれが、銃弾程度ならばダメージにならない強度を誇っていたとしても。
針目縫の片太刀バサミに、断てぬものなどない。
ありとあらゆる物質を刻み、繊維に宿った魂でさえ切り刻むこのハサミにかかれば。
デュラハンの不死身の身体を、魂ごと断つことなど、そう難しいことではないのだ。
参加者の中でも随一な再生力を持つセルティでさえも、当たれば必死。
更に、鎌を失い影を刻まれ、今や素手同然となってしまったセルティに、針目縫の一撃を避けることなど、もはや不可能。

セルティ・ストゥルルソンの敗因は、彼女が優しすぎたことだ。
怒りに身を任せ、それこそ完全な『化け物』と化していれば、あるいは針目に一矢報いれたのかもしれないが。
あくまでも『人間』らしい心を失わず、死んでしまった者の遺体にも気を遣ったからこそ。
彼女は本当の『化け物』である、針目縫には及ばない。
セルティ一人では、到底勝ちには至れない。




そう。




セルティ・ストゥルルソン一人だけ、ならば。





セルティを斬ろうと振りかぶったハサミがピタリと止まる。
風切り音だけを頼りに、生命繊維の化け物は攻撃から、回避挙動に移った。
首を大きく捻ると同時に、フィギュアスケート選手のように、身体を軟体動物のように捩じる。
一瞬遅れて彼女の身体があった場所に飛来したのは――――弾丸。
顔面への攻撃を回避されると見るや否や、的の大きい胴体狙いに『軌道を変更した』鋼鉄の死神に対し、針目は大きく跳躍し、距離を開ける。

「邪魔くさーい☆」


「お嬢ちゃん、こんな名言を知ってるかい」


ズアァァァと、かっちょつけた効果音と共に。
遂に、その男は動き出した。
今まで『見』に徹していた男が。
『一番よりNo.2!』をモットーに掲げる男が。


「銃は剣よりも強し、ってなぁ」


『皇帝』のホル・ホースが、化け物どもの争いに参戦する。



□ □ □ □ □



ホル・ホースは、動くべきタイミングを誤らなかった。


「人生の終わりってのは、たいてーの場合あっけない幕切れよぉー。
いつまでも他人の死に囚われてんと、そいつとまとめてオダブツだぜぇ~?」


それを聞いた首なしは、針目縫への警戒はそのままに、手に持っていた少女の首を『影』で作った籠に安置した。
あくまでも、死人だろうと無碍に扱う気はないようだった。
化け物のくせに、アマチャンめ。


(ふぅ~。ヒヤヒヤさせやがる。ここでテメエまで死んだら一巻の終わりってやつだったぜぇ~)


二人の化け物に見せつけたニヒルな笑い顔の裏で大汗をかきながら、ホル・ホースは自分の算段を確認していた。

まず、彼が針目縫に感じたのは、あのDIOに負けずとも劣らぬ、圧倒的『化け物』のオーラだった。
間違いなく殺し合いに乗っていると思わされる、悪の気配。
こんな界隈で仕事をしていれば嫌でも感じざるを得ない『俺よりほんの少し強いかもしれない』と思わされる、実力差。


まず、この時点で彼は、一人で針目縫と真正面から渡り合うという選択肢を排除した。


そして、自分の後ろにいるあの首なしが、このまま自分を縫と挟撃しに来たら『それまで』だろうと、ある種諦観さえ覚えつつあった。
勿論、セルティはセルティでそんなことをする気など毛頭なく、それどころか彼女はホル・ホースのことなど二の次で人命救助を優先する思考だったわけだが。


次に、針目縫があの悪趣味極まりない『遊び』を始めた時点で、これは縫との『共闘』など不可能だと思い知った。


イカレてやがる。死人をこんな風に弄ぶこいつに比べれば、あのJ・ガイルの旦那ですら人間的だと思わされる。
ホル・ホースとて暗殺者として数多くの人間を殺し、場合によっては目標の冷静さを奪うために他者の死を利用したこともある。
だが、アレは違う。アレは本当に、その場その場の思い付きで、楽しむためだけにああいう行為を行っている。死者の身体を辱めている。
なので、少なくともこういう場で、こんなやつと『チーム』を組むなど金輪際御免こうむる。
いつなんどき「飽きちゃったから殺すね☆」などと後ろから刺されてもおかしくない。


ならば、彼が選ぶべきは逃走だ。


名も知らぬ少女の敵討ちなど知るか。
他の参加者の心配なんてする余裕があるわけないし、元よりする気もない、
そもそも、今から始まる化け物同士の殺し合いなんぞに巻き込まれるなんぞ、たまったものではない。
首なしである自分のことを馬鹿にされたと感じたのか、それとも、万が一この『化け物』が義憤なんてものを持ち合わせているのかは知らんが。
ホル・ホースを追いかけていた首なしは、今や彼のことを完全に無視して、針目縫に相対しようとずんずんと前に歩いていく。
黒いスモッグ、あえて言うなら形を成した影のような得体のしれない物質を身体中から噴出させ、進んでいく。

これは、千載一遇のチャンスだ。
こいつらが争っている間に、自分は悠々自適にこの場を離れさせてもらうとしよう。
どっちも死力を尽くして相打ちにでもなってくれねぇかなぁ~。
そう思い、身を翻そうとしたホル・ホースだったが。
最後に一目、やつらがどんな力を持っているのか確認しておこう、と後ろを振り返った彼が見たのは。

「嘘、だろ」

あまりにも一方的な、蹂躙だった。

彼が目を離したほんの少しの合間に、あのホル・ホースを苦しめた首なしが、ふざけたファッションの少女に殺されかけていた。
遠目から一瞬眺めるだけで理解できる実力差。
『ウサギがライオンに追いかけられているのを目撃した』時のような、分かりやすすぎる捕食者と被捕食者の関係。
しかも、あの少女のナリをした化け物は凄まじいスピードで剣を振るい、首なしを追い詰めながら、それこそ片手間で。


ホル・ホ-スの方を見て、余った片手で「やぁ」なんて挨拶の素振りを見せつけて『ニタリ』と、笑ったのだ。


ウサギは、自分もだ。


そこから先の判断は、彼自身も驚くほど神がかり的なスピードで行われた。


背中にゾワリと悪寒が駆け抜ける。全身の汗腺から、止め処なく冷汗が流れ落ちる。
ホル・ホースは、そんな生理的現象が彼を襲う『前』から行動を、もはや反射や本能レベルといった瞬発力で首なしの援護を始めていた。
もしもあのまま逃走を続けていたら、彼は10秒後にはセルティを殺した針目縫に追いつかれ、瞬殺されていただろう。
ひとえに彼を救ったのは、彼自身の生存欲求。どんな手段を使っても生き延びたいという、意志の強さ。
それと同時に、今までの暗殺者稼業で培った、生きるか死ぬかの瀬戸際を見極めるセンスだった。

死ぬ気で、今まで生きてきた中で1,2を争うほどの早抜きで『皇帝』を顕現。銃弾を発射。
女だからとかそういうのは一切無視して、針目縫を狙い撃った。
もっとも、彼の『皇帝』は対象から離れれば離れるほどパワーが弱くなるので、これだけで殺せるとは思っていなかったが。
あくまでも、彼の狙いは針目に首なしを殺させないこと。
そして、この場を生き残れる唯一の可能性に賭けるためだ。


「おい、首なしさんよ。理屈は分からんが、耳はなくても俺の言葉が理解できてるな?」

「今までのは全部水に流して、このホル・ホースとは一時休戦といこうや」


すなわち、首なしの化け物との共闘。
それこそが、絶望的すぎるこの状況におけるたった一つの光明だ。


「おじさまはデザートにとっておいたんだから、もう少し待っててくれればよかったのに」

「こんなカッチョイー男をデザート扱いとは、さては俺に惚れたな?」

「ううん。だって、デザートっていうのは一番なまっちょろくて、ペロリとお口に入っちゃうものだもの☆」

「そうまで言ってくれちゃあ、是非ともこの『皇帝』を嬢ちゃんの口ン中で味あわせてやりたくなったぜ」


大口を叩いているのは自分の方だという自覚はある。
針目にかかれば、ホル・ホース一人だけを料理するなど数秒で済むだろう。

銃弾を操作するという能力は一般的な反射神経をもった人間からすれば脅威でしかないが、超人相手にサシでやるにはあまりにも心もとない。
一度避けられて、再度相手の方へ軌道を修正する前に、あの速さで距離を詰められオダブツだ。
実際に、先ほどは彼なりにドンピシャなタイミング、軌道で狙い撃ったつもりだったが、首なしを相手にしていた針目にさえも、傷一つ付けられていない。
実力差、相性差は歴然。絶望的なまでに、歴然としている。
だからこそ、ホル・ホースが針目縫に勝つためには、相手を寄せ付けず、なおかつ自分のスタンドの力が発揮される程度の距離でチャンスを窺いつつ攻め続けるしかないのだ。

そのためには、『皇帝』の軌道修正までに時間を稼いでくれる協力者が必要だ。
そのためには、針目縫を防御に専念させるための、手数が必要だ。
そのためには、いざという時に陽動や切り捨てに使えるような、肉壁が必要だ。

そのためならば。


ホル・ホースは、首なしの化け物なんていう不確定要素の塊にだって、縋って見せる。


「無敵のコンビとは程遠い、即席コンビだがよ。
少なくともここを乗り切るまではよろしく頼むぜ、首なしの旦那」

肯定の返事なんて、もらえるとは思っていなかったが。
首なしは少し考える素振りをした後に、意外にも言葉の代わりに親指を上に立て、サムズアップを返してくれた。
なんだ、案外ノリの分かるやつじゃねえか。






(当然!逃げられる好機を逃す気はないがなぁ~!
せいぜい上手く利用させてくれや、首なしさんよ)


【F-4/旭丘分校前/一日目・黎明】

【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:胴体にダメージ(小)針目縫に対する強い怒り、少女(犬吠埼樹)を失った悲しみ。
[服装]:普段通り
[装備]: 犬吠埼樹の首(影の籠の中)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、
    黒カード:PDA@デュラララ!!、V-MAX@Fate/Zero、不明支給品0~1枚
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
1:ホル・ホースと共に針目縫を止める。
2:首を隠す手段を探す。できればヘルメットがほしいところ
3:知り合いとの合流。臨也には一応注意しておく。
4:旦那、か……まあそうだよな……。
[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。


【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(小)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、黒カード:不明支給品0~3
[思考・行動]
基本方針:生存優先。女は殺さない……つもり。
1:首なし(セルティ)と共に針目縫への対処。勝てなくてもいいから上手いことトンズラこきたい。
2:ジョースター一行やDIOには絶対に会いたくない。出来れば会う前に野垂れ死んでいてほしい。
[備考]
※参戦時期は少なくともDIOの暗殺に失敗した以降です


【針目縫@キルラキル】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する
1:男と首なしを殺す。
2:流子ちゃんのことは残念だけど、神羅纐纈を完成させられるのはボクだけだもん。仕方ないよね♪
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。


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020:MONSTERS 犬吠埼樹 GAME OVER
020:MONSTERS セルティ・ストゥルルソン 065:闇を欺いて 刹那をかわして
020:MONSTERS ホル・ホース 065:闇を欺いて 刹那をかわして
020:MONSTERS 針目縫 065:闇を欺いて 刹那をかわして