たとえ明日を見失おうとも ◆gsq46R5/OE


 「まんまと逃げ遂せたか、不義不徳の槍兵風情が……」

  魂の眠る場所。
  魔術師の英霊が、魔導書を潰さんばかりの力で握り締め、憤怒の形相を露わにしていた。
  あのランサーに己の行いを邪魔立てされたのは、これで二度目だ。
  名簿を見たその時から忌まわしくは思っていたが、よもやこうも早くあの憎き面を拝む羽目になろうとは。

 「一度ならず二度までも……ッ」

  キャスターのサーヴァント。
  その名はジル・ド・レェ。
  第四次聖杯戦争においてキャスターのクラスで召喚されたサーヴァントであり。
  かつて救国の英雄となりながらも狂気へ落ち、『青髭』『聖なる怪物(モンストル・サクレ)』と恐れられた男。

  彼が追い求めるのは、生前から信じ尊んできた麗しの聖女――オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク。
  信仰の果てに裏切られ、陵辱の末に火へとくべられた哀れな彼女。
  積年の想いが聖杯により叶えられたかと思えばまた引き離され、しかし再び同じ戦場へと引き合わされた。
  整えに整えた準備は全て無為となったが、しかしキャスターの胸にあるのは歓喜であったのだ。
  これを運命と言わずして何と言うのか。

  最早聖杯戦争など過ぎた話だ。
  我が信仰は、この地にて聖女とともに完結する。
  だがその為にも、彼女へ相応しき生贄を用意せねばなるまい。
  幸い、此処には数ほどの山羊達がうろついている。
  盟友プレラーティに賜った教本も今は手元にはない。
  万全には程遠いが――だからこそ、キャスターは魂を食らうことで力を充足させておかねばならなかった。

  背神の生贄と、自らの糧とする命。
  その双方を蒐集することこそが、キャスターのこの場においてすべきこと。
  無駄にしていい時間など一秒とてないのだ。
  にも関わらず――あのランサーは自分の出鼻を挫いた挙句、癖の悪い足で羽虫がごとく逃走してのけたではないか。
  断じて許せんとキャスターは思う。
  次に出会ったならば奴の五体を引き裂き、その顔貌をどれだけ醜く歪めようとも終わらない苦痛へ放り込んでやる。

 「あぁ、我が愛しの聖処女よ、もう暫しだけ待っていて下され。
  この不肖ジル・ド・レェ、必ずや貴女の下へと今一度舞い戻らせていただきます故」

  両手を合わせて跪き、天を仰ぐ姿はまさに敬虔なる神の信徒そのものだ。
  何も知らぬ者が見た日には、必ずやこう見えるだろう。
  殺し合いの運命を嘆き、神へ皆の救済を願う信仰者の姿に。
  何故なら過去の聖者を思い返し、その輝きに酔いしれる彼の顔立ちは、つい数十分前のそれとはまるで似つかない。
  ――彼を囲うようにして、無数の死人達が歩き回っていなければ……だが。


 「(まったく、何なんよこれ……)」


  それを墓石の陰から見つめながら……東條希は機を伺っていた。
  何の機かなど言うまでもあるまい。
  彼女は殺し合いに乗っている。
  μ'sを護るために自分の心を切り捨て、既に一人を殺した身だ。
  皆と育んだ日々の象徴である学校を目指さないことに決めた彼女の目的地は、此処からは遠いA-5エリア。
  即ち、病院だった。

  そこを行き先に据えた理由は明快。
  傷ついた参加者が集まってくるかもしれないと読んだからである。
  そして希は、ハイエナさながらにそれらを手にかけていくつもりでいた。
  希は確かにただの女子高生でしかないが、相手が手負いなら、普段敵わないような相手も殺せると踏んだのだ。
  まして今の自分には、樹木をあっさり切断出来る切れ味を持った武器もある。決して、分の悪い勝負じゃない。

 「(……と思ってたんやけどなあ。ホンマ、ラッキーガールは何処行ったって話やわ……)」

  いつから此処は、バイオハザードの舞台になったというのだ。
  希にとって、画面越しにしか見たことのないような光景が今、彼女の目の前にある。
  いっそのことこのままどんどん現実から乖離していって、最後には殺し合い自体夢になってくれるといいのだが。

 「(って、アホか。そんな上手く行くわけがないやろ……)」  

  先ほど殺した少女、神代小蒔の顔は目を瞑っただけでも思い出せる。
  レーザーの刃越しに、彼女を貫いた感触も、何が起きたかわからないまま息絶えている彼女の死に顔も、全て。
  あれは夢や間違いなんかじゃない。
  全部、れっきとしたリアルだ。
  東條希は、人を殺した。
  その手は血塗れだ。
  どんなに取り繕ったって、その事実だけは絶対に消えることはない。
  そして――消そうとも思ってはいなかった。

 「(ま、何にせよ、や。此処は見なかったことにして、トンズラさせてもらうと――――っっ!?)」

  とはいえ、流石にあの中へと突っ込んでいくのは無謀が過ぎる。
  希は出していた顔を引っ込め、早々にこの場を後にしようとした。
  だが。


 「……おや?」


  一瞬、遅かった。

 「……ふむ」
 「(アカン、――アカンアカンアカンアカンて! 気付かれてもうたか……?)」

  ――いや、待て。
  希はパニックに陥りかけた自分の頭を、すんでのところで落ち着かせる。
  この趣味が悪い景色を作り出している張本人らしい奇妙な男は、どうも完全に希を認識したわけではないらしい。
  大方、頭を引っ込める瞬間をギリギリ見たか見ないか……といった所だろうか。

  足音がする。
  それも、急いだものではない。
  あくまで何か居るのかどうかを確認するつもりだけのようだ。
  希にとって都合が悪いのは、身を隠しながら逃走に走れる経路が近くにないこと。
  逆に都合が良いのは――

 「(わざわざ自分から覗きに来てくれる、ってことやな)」

  男は本らしきものを持っていた。
  一見聖書かと思ったが、明らかに世に広まっているそれとは意匠が違う。
  ともなれば、アレが死人達を操っている元凶だということにもおのずと察しは付く。
  ……危機を脱するついでにあれを手に入れることが出来れば、万々歳だ。

  チャンスは一度きり。
  奴が様子を伺うため、希の隠れている墓石の裏側を覗き込んだ一瞬だ。
  希はあくまで冷静に、ビームサーベルの刃を出現させた。

  死人を操るという信じ難い光景を見て、現実感が麻痺しているのか――それとも、相手が悪人だからか。
  顔を見せた魔術師の脳天目掛けビームサーベルを突き出すのに、不思議と躊躇いは感じなかった。


  だが。


 「おやおや、覗き見とはいけないお嬢さんですねぇ」


  希の頼みの綱である光の刃が、キャスターの頭を貫くことはなかった。
  その髪の毛何本かを焼き切ることは出来たが、彼にとっては痛くも痒くもありはすまい。
  剣を突き出したその右手首から先は、キャスターの片腕によって掴み取られていた。
  不健康そうな外見はお世辞にも力があるようには見えないが、どれだけ力を込めてもその手はびくともしない。
  仕方がないので手を解くのではなく懸命に力を込めて、光を彼へ届かせようとする希だったが。

 「あ……!?」
 「しかし、珍しいものをお持ちのようだ。是非此処は一つ、私にお譲り戴けるとありがたい」
 「ぎ……ッ」

  みしみしと、掴まれた右手が悲鳴をあげ始めた。
  経験したことはないが、万力に締め上げられるというのはきっとこんな感じなのだろう。
  そんな他人事めいた感想を抱けていたのも最初の内だけ。

 「あ゛、ああああぁぁッ――――!!」  

  発泡スチロールを握り潰すような鈍い音と共に、希の手首から先がぐしゃぐしゃになった。
  原型こそ留めてはいるものの、その中身はそうではない。
  骨は今ので完全に砕け散り、肉は潰れ、更に常に激痛がそれを希へ懇切丁寧に知らせてくれる。
  ビームサーベルがからんと乾いた音を立てて地面へ落ちた。
  そしてそれが、彼女にとっての最大の――しかし遅すぎた――ラッキーだった。

 「ぬッ」

  地へ落ちたビームサーベルの切っ先が、一瞬だがキャスターの足を掠めたのだ。
  走る熱さと鋭い痛みは予期せぬもので、彼は咄嗟に掴んだ希の手を離す。

 「――~~~~ッ!」

  振り返らずに、希は脇目もふらず駆け出した。
  ビームサーベルを奪い返すことなど、脳裏の片隅にすらない。
  彼女を支配しているのは潰された右手の激痛と、あの邪悪な男への激しい恐怖だけだった。
  しかしそれは正しい判断であると言えるだろう。
  彼女が今目の前にしていたのは、墓場をさまよう死人などよりも余程恐ろしき存在、サーヴァントだ。
  ビームサーベルを奪われた以上、どれだけ足掻いても希に勝ち目はない。ただいたずらに死期を早めるだけである。

  もちろん、逃げるその背中をただ眺めるだけのキャスターではない。
  墓地を離れれば操れる死人の数は減ってしまうが、折角の手負いの山羊を捨て置くのも勿体ない。
  逃げた彼女を追うのは決まったが――しかし、その前に。
  拾い上げたビームサーベルを、彼は適当にぶん、と手近な墓石目掛けて振るってみる。
  すると、まるでバターにナイフを滑らせるような滑らかな感覚とともに、間もなく石塊は横一文字に切断された。

 「やはり、これは良い」

  自分の『宝具』を見つけ出すまでは、これと『魔導書』で戦力の欠けを埋め合わせるとしよう。
  機嫌良さそうに笑みを浮かべながら、キャスターは五体の死人を連れて希の後を追った。

【D-2/墓地/一日目・深夜】

【キャスター@Fate/Zero】
[状態]:健康
[装備]:ビームサーベル@銀魂、リタの魔導書@神撃のバハムート GENESIS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:ジャンヌ・ダルクと再会する。
1:少女(東條希)を追い、魂を食らう
2:生贄を確保しつつ、自身の宝具を探す
3:名簿にはセイバー以外にもジャンヌの名がある……?
[備考]
※参戦時期はアインツベルン城でセイバー、ランサーと戦った後。




 「はぁ、はぁ、はあ、は…………うぐっ……」

  追いつかれれば死ぬ。
  そう分かっているのに、東條希は今にも座り込んでしまいたい衝動へ駆られていた。
  砕かれた右手は動かせすらしないにも関わらず、いつまでも新鮮な激痛を希へ伝えてくる。
  無論、それはスクールアイドルなこと以外はごく普通の女子高生である希には過ぎた苦痛だ。
  その顔は今や、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 「何がっ、ラッキーガールや……ホンマ……」

  希の体は走りながら、小刻みに震えている。
  それが何に対しての震えかなど言うに及ばず。
  キャスター。
  自分へ傷を与えた、死人使いの男への激しい恐怖だ。
  追いかけてきた彼を迎撃して殺し、武器を奪い返そうとは希には到底考えられない。
  だが、それでも希は強い娘だった。
  こんな有り様になってもまだ、仲間のために戦うことは毛ほども諦めてはいなかった。

 「……この手じゃ、もうアイドルは無理やなあ……」

  困ったように笑って、未練らしいものを呟いて、東條希は再び逃げ切るために全力を尽くすのだった。


【東條希@ラブライブ!】
[状態]:疲労(中)、右手首から先を粉砕骨折、キャスターへの強い恐怖
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:
[道具]:黒カード:スパウザー@銀魂、腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0~2枚、神代小蒔の不明支給品0~2枚(全て確認済み)
[思考・行動]
基本:μ'sのために……
 1:キャスターから逃げる。返り討ちにするのは考えない。
 2:μ'sのメンバーには会いたくない
 [備考]
※参戦時期は1期終了後。2期開始前。


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010:きっと青春が聞こえる キャスター 041:LOVELESS WORLD
002:輝夜の城で踊りたい 東條希 041:LOVELESS WORLD