信仰は気高き戦士の為に ◆X8NDX.mgrA


 B-8エリアの砂浜では、波の音が穏やかに聞こえている。
 暗く静かな深夜の海を見ながら、ジャンヌ・ダルクは嘆息した。
 ラフな私服姿で海を眺める金髪姿の女性は、平常時なら魅惑的に映るだろう。
 見渡す限り明かりは見えず、それは、この島の近辺には、人の居住する島がないことを示していた。
 他の方角に島がある可能性はあるが、期待はしないほうが賢明だろうとジャンヌは判断する。

「さて、どうするか……」

 ジャンヌ・ダルクは聖女である。
 元は田舎の農民の娘であったが、神の天啓を授かり、聖なる騎士となった。
 王都アナティにおいて、オルレアン騎士団を率いており、民衆からの信頼も厚い。
 その実力は、携えたマルテを用いて、一人で巨大なグール数体を瞬殺できるほどだ。
 凛とした面持ちで駆ける姿は、まさに戦場の華といえた。

「そもそも私は捕らえられていたはず」

 しかし、そんなジャンヌの一番新しい記憶は、牢獄の中だった。
 『国王の命を狙い、それを見咎めた騎士団の副官を殺害した』という嫌疑がかかり、投獄されたのだ。
 否定も弁解も、権威を失うことを恐れた国王に通じることはなかった。
 ジャンヌは牢の中で、泣き喚くのでも怒り狂うのでもなく、ただ神に祈りを捧げた。
 聖なる騎士として殉ずるなら後悔はない――その言葉に嘘はなかった。
 それが何故か、今はこうして殺し合いに巻き込まれている。

「くっ……」

 殺し合いに招かれた今のジャンヌの表情は、心情を反映して苦々しげなものになっていた。
 奪われた『神の鍵』を取り戻す、という天界からの使命を果たせなくなったのだ。
 鍵を奪い、鍵と一体化した悪魔、アーミラは魂を封印されてしまった。
 鍵がなくなってしまえば、もとより不安定だった『バハムート』の封印がより揺らぐのは明白だ。
 天界に、守護天使ミカエルに負担をかけることが、ジャンヌにとっては申し訳なかった。
 不甲斐なさに歯噛みするが、すぐさま思考を切り替えた。

「一刻も早く、王都に戻らねば」

 ジャンヌがしたのは、この島から脱出して、王都に戻るという決意だった。
 神の御言葉を頂き、天界の助けになる行動をする。
 処刑の危機を免れたことは、むしろチャンスであり、生かすべきことである、と。
 ジャンヌの行動方針はどこまでも、神のことを考えた結果であった。

「そのために、殺し合いを止めさせる」

 殺し合いを止めさせる。それがジャンヌの考えた主催者への対抗策だった。
 少女が望んでいる殺し合いが止まれば、少女は再び参加者の前に姿を現す。
 そのときを狙い、少女に攻撃を仕掛けて制圧する。そしてここに連れて来られたときと同様にして王都へ帰る。
 無論、竜の手を召喚する力を持つ少女を、単独で制圧するのは困難だ。
 しかし、殺し合いを是とせず、主催者に反抗する者は他にも必ずいるはずだ。
 そういった人物と協力できれば、不可能ではないだろう。
 方針を固めたジャンヌは、あることを思い出した。

「そういえば、まだ名簿を見ていなかったな」

 ジャンヌは慣れない手つきで、腕輪に嵌った白いカードを操作する。
 種々の機能から名簿を選択し、ざっと目を通す。
 結果、名前を知る者は五人いた。
 ジャンヌと共に、騎士団の一員として戦うラヴァレイは勿論、ファバロやカイザル、リタは信用に足る人間だ。
 殺し合いに乗る可能性が高く不安なのは、アザゼルだけだった。
 アナティ城での戦いでジャンヌはアザゼルを撃退しているが、それはマルテがあったからこそ。
 強力な武器がなければ、どうなることか分からない。

「ふむ……支給品とやらも確認しておこう」

 ジャンヌはマルテが出てくることに期待を寄せながら、黒いカードを取り出した。
 しかし期待通りにはいかず、三つあった支給品の中で武器と呼べるものは、紅い長槍だけだった。
 とはいえ、武器があるのとないのとでは、かなり違う。
 説明によれば、この槍は名のある英雄の持ち物らしく、握ると確かに強い魔力を感じた。
 槍を携えたジャンヌは、迷いなく市街地に向けて歩き出した。

 数分後、ジャンヌは自身の知識とかけ離れた市街を見て、盛大に困惑することになる。




 どうにか街並みにも慣れてきたころ、ジャンヌは一人の参加者と遭遇した。
 これまでジャンヌが見たことのない服装をした、一人の少女。
 ジャンヌが戦闘の意思がないことを証明しようとする前に、相手は無防備にも走ってこちらに近付いて来た。
 その行動に面食らい、続いて警戒したものの、その顔からは殺意は読み取れず、ジャンヌは槍を降ろした。
 見た目からして若い印象を抱かせた少女は、名を結城友奈と名乗った。

「私はジャンヌ・ダルク。当然だが殺し合いに参加するつもりはない」
「ジャンヌさん、ですか?私も同じです!殺し合いなんて……」

 『殺し合い』という単語自体までも、友奈は嫌悪している様子だった。
 ジャンヌは友奈の瞳を見た。反抗の意志と、少しの憂いが窺える。
 心根の優しい少女なのだろうと判断したジャンヌは、同時にある可能性に思い至る。

「君の知り合いも、ここに呼ばれているのか?」
「っ!……はい。勇者部のみんなが、ここに」

 ジャンヌが勇者部とは何か問う前に、友奈自身が話し始めた。
 あまり説明上手ではないらしく、ジャンヌは話す内容の要点を掴むのに苦労した。
 友奈が全てを話し終えるまでおよそ五分。
 ジャンヌが理解したところによれば、勇者部とは人助けをする友達同士の集まりらしい。
 「人のためになることを勇んでする」――なるほどそれは勇者といえよう。
 勇者の名を冠するあたり、純粋な子供らしいと思いつつ、ジャンヌは言葉をかけた。

「立派だな、君達のその『勇者部』というのは」
「あ、ありがとうございます!……あの、それで……」
「ん?」

 緊張しているのか身体をもじもじとさせながら、友奈は次の言葉を紡ぐべきか迷っているようだった。
 ジャンヌは想像する。守って欲しいという申し出なら、二つ返事で受け入れるつもりだった。
 やがてうつむき加減だった友奈は、意を決したようにジャンヌの顔を見据えた。

「……協力してくれませんか。殺し合いを、止めさせるのを」

 投げかけられた力強い申し出は、ジャンヌの目を見開かせるには充分だった。
 つい先程、心優しい少女だと思わされたが、それ以上に勇気ある少女であったと認識を改めた。
 返事をするより早く、友奈は更に言葉を紡ぐ。

「殺し合いをしようとする人がいたら、全力で止めるんです。それを繰り返せば殺し合いもきっと終わります」

 それはジャンヌの考えた方法と、殆ど同じだった。
 殺し合いを止める、それは力を以て闘争を収めるということであり、それができるのは強者に限られる。
 そして、その力とは、多くの場合は武力だ。
 騎士として武功のあるジャンヌならいざ知らず、まだ年端も行かない少女が同じ発想をするとは。
 少々の意外さと、友奈の自信の出処に疑問を持ったジャンヌは問いかけた。

「あ、ああ。それには同意見だ。しかし、私はこれでも騎士だが、君は……」

 言葉の端々から、ジャンヌが友奈の力に疑問を持っていることを、本人も感じ取ったようだ。
 友奈はそれに対して、言葉を紡ぐのではなく、妙な板を出すことで答えた。
 ジャンヌにとって未知の機械を操っていた友奈は――次の瞬間、光に包まれた。

「なっ!?」

 突然の光に、ジャンヌは思わず目を伏せてしまった。
 ピンク色の光は、友奈がスマホを用いて変身したことに起因するものだ。
 光が収まり、ジャンヌが伏せていた顔を上げると、そこにはがらりと服装が変わった友奈がいた。
 予想外の事態に、即座に反応出来ないでいるジャンヌに、友奈はこう言った。

「私――結城友奈は、勇者なんです」

 ジャンヌはそれを聞き、『勇者部』が単なる子供の集まりでないことを理解した。
 目の前の少女から伝わる力は本物だった。
 いや、放たれているのは力だけではなかった。
 友奈の何とも言えない、神々しさのようなものに当てられて、ジャンヌは無意識に呟いていた。

「ああ、君も――」

 神に選ばれたものなのか、と。




 街灯があり、開けた場所に移動した二人。
 そこから先の情報交換は、つつがなく終了した。
 友奈は『勇者部』の仲間たちの名前、そして大体の性格をジャンヌに教えた。
 ジャンヌも同様に、ラヴァレイら騎士たちが頼れることと、悪魔アザゼルが危険であることを教えた。
 この先の目的地についても、さして悩まなかった。
 この島に点在する施設をくまなく調べていく、という、いたってシンプルなものだ。
 道中、意志を同じくする参加者には協力を取り付け、殺し合いに積極的な参加者は打ち砕く。
 最終的に主催者を打倒する、という点で、二人の意志は固まっている。
 とはいえ、ジャンヌには懸念すべき点があった。

「不安ではないのか?殺し合いに乗る者が大勢いるかもしれないんだぞ」
「えっ?」
「……見たくないものも見ることになるかもしれない、ということだ」

 ジャンヌは戦場を何度も経験している。
 友奈に力があることは確かだ。戦闘経験もそれなりにあると聞いた。
 だが、話を聞く限り、戦場に出た経験があるわけではないらしい。
 ジャンヌは戦場を知っている。戦場が生み出す、血生臭くて、残酷な光景を知っている。
 言外に人が死んだ姿を見て平気なのかという心配を含ませ、ジャンヌは問いかけた。
 いかな聖女も、勇者でさえも――死者は防げないのだから。

「えっと、その……」

 ジャンヌは我ながら酷な質問をしたものだ、と反省した。
 騎士として、その点はジャンヌが対応すればいい話である。
 撤回するべきだろうか、と考えるが、意外にも友奈の返事は早かった。

「私は平気です。覚悟はしたつもりだし……それに」
「それに?」
「私たちのことは、神樹様が守ってくれますから!」

 純粋な心を感じる、はつらつとした答えに、しかしジャンヌは顔を強張らせた。
 答えた友奈はその機微を感じ取ったのか、再び不安げな表情をする。
 友奈の言葉が原因で、ジャンヌの脳裏に甦ったのは、牢獄の中で聞いた男の声だった。
 ねっとりとした、嫌悪感の塊のような声。

――貴方の身になにが起きようと、慈悲深い守護天使様は救いに来てはくれますまい――

 その言葉に、反駁できなかった自分がいた。
 悪魔の言葉に耳を貸さないと誓ったからというのもあるが、単純に否定できなかったのだ。
 無論、ジャンヌは守護天使ミカエルを心から信仰している。
 しかし当時は、国王に反逆者扱いされ、あまつさえ『魔女』と罵られて、心が弱ってしまっていた。
 その結果として、悪魔の言葉に揺らいでしまったのだろう。

「あの、私もしかして、不味いこと言っちゃいましたか?」
「ん、あぁ……そんなことはない」

 そんなことはない、訳がなかった。それは友奈も悟ったようで、黙ってしまう。
 ジャンヌは何か言おうとしたが、口をついたのは新たな疑問だった。

「君は、その神樹様を……疑ったことはないか?」

 神を信仰する者からすれば禁忌である問い。
 それでも、その問いに、友奈はまっすぐな眼で答えた。

「神樹様を疑ったことなんて……ありません」

 神樹は、友奈の住む四国の住民から、多大な信頼を得ている。
 四国の海と大地に恵みをもたらしてくれる存在なのだから、当然だ。
 学校では毎日必ず、神樹に向かって拝礼をする習慣が出来上がっているほどだ。
 会話でもごく自然に神樹“様”と付けていることからも、信仰の浸透度は窺い知れる。
 友奈も当然、信仰を当たり前のものだと考えていた。

「神樹様は、恵みを与えてくれるし……何より、仲間と出会わせてくれたんです」

 だが、友奈にとっては、神樹を信仰することにはそれ以上の意味がある。
 それが勇者部の存在だった。
 友奈は、神樹様が自身と仲間たちを引き合わせたことにも、また感謝していた。
 危険な戦いに巻き込まれた、という自覚もある。
 満開の後遺症『散華』の実態を知り、怒りに震える先輩の姿も見た。
 それでもなお、友奈は適性のお陰で大事な友人と出会えたことを喜んだ。

「そうか……強いんだな、君は」

 ジャンヌは悟った。信仰の形態の違いもあるが、友奈は精神的に強いのだと。
 神樹への揺らがない信仰、否、それは尊敬や感謝の念に近いであろう。
 ジャンヌにも同様に、天啓を与えてくれた神々への感謝があるはずだった。
 ただ、その想いが、今は悪魔のせいで揺らいでしまっている。
 思わず俯く。それは一時の感情なのだ。
 そのことでジャンヌは、ひたすら前向きな友奈に、僅かばかりの羨望を抱いた。
 それに比べて自分は――と、暗い感情に支配されかける。

「わっ、牛鬼!いきなり出てこないでよもー」
「……?」

 突然驚いたような声を上げた友奈につられて、ジャンヌは顔を友奈に向けた。
 すると、友奈の頭に何かが乗っていた。
 それは一見すると人形のような印象を与えたが、よく見ると動いている。
 精霊。神樹が勇者に与えた、勇者を助ける重要な存在がそれだった。
 しかし、そのことを伝えられていなかったジャンヌは、悪魔が呼んだ生物か何かと勘違いをしてしまう。
 そして反射的に、槍を向けてしまう。

「な、なんだ、これは!」
「あっ、ジャンヌさん、これは、その……私のペットみたいなもので!」

 しどろもどろになる友奈。
 槍を向けられた牛鬼は、慌てて友奈の後ろに隠れる。
 友奈の必死の説明で、ジャンヌはその槍を降ろしたが、今度は牛鬼が憤慨したのか暴れ出す。
 とはいっても、せいぜい友奈に軽くぶつかる程度だが。
 それを落ち着かせるために、友奈は赤カードを使用して、大盛りのうどんを牛鬼に食べさせた。

「もう、驚かせちゃだめだよ?」

 器用にうどんを食べる牛鬼をたしなめる友奈と、それを見るジャンヌ。
 ジャンヌの目は穏やかで、傍から見れば日常の一コマのようでもある。
 その頃には、ジャンヌも自らの中に生まれた疑心を忘れようとしていた。

「……私は、神を信じるだけだ」

 願わくば、友奈のように揺るぎない信仰を。
 そう願うジャンヌの言葉は、どこか自己暗示をかけているようにも聞こえた。


【B-8/市街地/一日目・深夜】

【ジャンヌ・ダルク@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:健康
[服装]:普段着
[装備]:破魔の紅薔薇@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:2枚(本人確認済み、武器とは判断できない)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止め、主催者を打倒する。
   0:自身の信仰心に疑心。
   1:結城友奈と施設を見て回る。
   2:知り合いと合流したい。優先度は(ラヴァレイ>その他三人)
[備考]
※参戦時期は10話終了時点です。
※友奈の仲間の名前を覚えました。


【結城友奈@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、味覚が『散華』、満開ゲージ:5
[服装]:讃州中学の制服
[装備]:友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止め、主催者を打倒する。
   1:ジャンヌさんと施設を見て回る。
   2:勇者部のみんなと合流したい。
[備考]
※参戦時期は9話終了時点です。
※ジャンヌの知り合いの名前と、アザゼルが危険なことを覚えました。



【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)@Fate/Zero】
ジャンヌ・ダルクに支給。
第四次聖杯戦争におけるランサーの宝具の一つ。紅色の長槍。
刃が触れている間だけ、刃が触れた箇所の魔力的効果を打ち消す能力を持つ。
作中では、セイバーが魔力で編んだ鎧を無効化したり、キャスターの宝具を一瞬だけ無力化したりしている。


【友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である】
結城友奈に本人支給。
勇者へと変身するためのアプリが入った携帯電話。精霊は牛鬼と火車。


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ジャンヌ・ダルク 051:本能字の変(2) その覚醒は希望
結城友奈 051:本能字の変(2) その覚醒は希望