ネクロウィッチ ◆7fqukHNUPM

「死人に『殺し合え』ですって」

高い橋梁から見下ろすと、黒々とした水面が少女の瞳にうつった。
真夜中の入江は闇と同化して、姿をうつす水鏡の役目を果たさない。
黒いワンピースと黒いミニハット。
十歳にも満たないような、どこから見てもただの子どもである――肌の色が、青白いのを通り越して灰色になっていること以外は。

「繭とか言ったかしらあのお子ちゃま。『死人使いが荒い』なんてもんじゃないわね」

達観したように独白しながらも、その瞳には憂いの色がある。
それも当然のことだ。
あの広い部屋で起こったことは、彼女の怒りに触れていた。彼女を怒らせる琴線は、さほど多くないというのに。
バハムートという巨大竜があの『繭』によって使われていたことと、そのバハムートを解放するかもしれない『神の鍵』だったという少女の喪失。
それらは間違いなく世界にとっての大事なのだろうが、その少女――リタにとっては、そこが問題だったわけではなく。
むしろ『鍵の娘を殺した』という客観的事実ならば、世界にとっては有益かもしれないだろう。
これでバハムートが復活することが無くなったと喜ぶ人間だっているかもしれない――もっとも、そのバハムートがなぜか蘇っている以上、意味の無い仮定でしかないのだが。

だが、『アーミラ』を殺害し、『カイザルとファバロを死の遊戯に放り込んだ』となれば、話は変わる。

「あの坊やたち、腑抜けになってないといいんだけどね。
ショックを受けやすいのはカイザルの方だけど、あの5歳児に入れ込んでたのはアフロの坊やの方だし」

リタにとって、世界の行く末だとか、たくさんの人の命のことなどはどうでもいい。
むしろ、二百年もの間を滅んだ村でずっと引きこもり、死んだ家族のゾンビと共にひっそりと暮らしていたような少女に、『世界を守りたいと思え』という方が難しい。
彼女が気にかけるのは、そんな二百年を終わらせた青年と、彼を取り巻く人々のことだけだ。
彼等が見苦しくもがきながらも明日に向かうところを見ているのは、決して嫌いじゃなかった。

「報酬で、どんな願いでも叶えてあげる――フン。
なら、『カードにされた子達を出してください』って言えば叶えてくれるのかしら。
違うかもね。同じ口で『絶対にカードから出してあげない』なんて言ってたもの。
……あのガキンチョ、そんなにヒトを閉じ込めるのが好きなの?」

思う。
外界から閉ざされた村で、両親の死体をネクロマンサーとしての力を使って無理矢理に動かして、喋らせて、
小さな村で死体と一緒の生活を二百年続けた。それだけでも虚しく、うんざりするような長い時間だったのに。
狭くて何もないカードの中で、まったく誰もいない世界で、未来永劫にわたって過ごすと言うのなら、それはどんな死人よりも苦痛ではないかと。

「そんな運命、私は認めない。死人が世界に関わる理由なんて、それで充分よ」

カイザル達を見つけだし、そんな運命を絶対に回避させる。
そして考えたくもない仮定だが――もし万が一にも、彼らがカードにされてしまえば――その時は、どんな手段を用いてでも、絶対にその牢獄から解放してみせよう。

決断し、彼女は己の手のひらを見下ろした。
ゾンビらしくぱさぱさと乾いた、そして人間らしい体温の無い手だ。
いつもの魔道書も杖も、そこには無い。無くても戦えないわけじゃないけど。
心もとなくなんか無い、と言えば嘘で。
しかし、何もない手の上でもない。
出てきたからだ。
黒いカードを、何とはなしに取り出してみたら。



「にゃあ」



ヒョウ柄をした猫――のぬいぐるみ。
同梱されていた説明書に依れば、名前はアスティオン。
その正体は、魔導士の扱うインテリジェントデバイス――魔術を修得しているリタにも聞いたことのないアイテムだった。
つまり、魔術の術式を簡易にするために、その発動を補助したり、強化してくれる人口生命のようなものらしい。
要は、リタも使っているような魔導士の杖に、自力で考える脳みそを与えたようなものだろうかと理解した。

微風に揺れるミニハットをじゃれつきたそうにうずうずと見つめる姿は、ただの子猫にしか見えないが。

「役に立ってくれるなら何でもいいわ――私の体とも、相性がよさそうだし」

飼い主を探して周囲をキョロキョロする子猫の頭を制するようにかるく押さえ、指でのどを掻いてやることでなだめる。
説明書によれば、アスティオンはデバイスの中でも防御と回復――術者の動きをサポートすることに特化したデバイスであるらしい。
そして、リタはゾンビ――その体を構成するものは、純度100パーセントの『くさった死体』だ。
人間をやめてしまったこともあって力はそれなりにあるが、その反面、『くさった死体』の肉体は時としてひどく脆い。
大剣を豪快に振り回して敵をばったばったと切り伏せるぐらいの腕力はあるにも関わらず、固く結ばれたロープをほどこうとするだけで手がくずれてボロボロになってしまうほどだ。

つまり、肉体を外部からの衝撃に強くするか、もしくは負傷しても回復する手段があれば、ずいぶんと有利に行動することができる。
説明書に書かれている通りに『仮マスター認証』の言葉を口にし、人懐っこそうな猫の瞳に向かって告げてみた。

囁くように。

「アスティオン――――セットアップ」

猫がにゃぁーぉうと高く鳴き、地面に光のラインで三角形の魔法陣が描かれた。
その三角形の三つの頂点にはそれぞれ円形の魔法陣が組まれていて、魔術を理解するリタから見ても複雑な術式だということが把握できる。
すぐに体感として黒いワンピースがパージされ、その肌を埋めるようにして新たな衣服――体を防護するバリアジャケットが出現した。
それは実際の時間にして、ごく一瞬に近い出来事だが。

「………………何これ」

己の姿を見下ろし、彼女は今までで一番冷たい声を出した。
肩の上で、『にゃあ?』と首をかしげるような声が聞こえる。

服装が変わる。それは知っていた。
白と黒の二色で構成された衣服だ。白い上衣と、黒いスカート。下には白いハイソックスで、頭には花飾りのついた黒いカチューシャ。それは良い。
だが、黒いスカートは正面が大きく空いていた。
脚から黒いパンツ――それもいわゆるホットパンツではなくビキニパンツ――を経由してへそに至るまでの素肌が、全て見えていた。
上衣にも、袖は無い。脇が大きく空いていた。
聞いてない。
説明書では、『デザインはマスターのイメージやデバイスの配慮、マスターの暮らす文化圏等によって左右されます』と書かれていた。
こんな衣服をイメージした覚えもないし、こんな衣服を子どもの身体に着せて誰かが喜ぶとも思えない。
ならば文化圏の影響を受けた――とは、あまり考えたくないのだが。

「……アンタが猫じゃなかったら問い詰めてたところだけど」

着用しているだけでも少しずつ魔力を使うらしいので、ひとまずは着衣を解除する。
アスティオンが掌へと再び降りてきた。
もういいのかと尋ねるように『にゃあ』と鳴くので、『けっこうです』の代わりにその毛並みを乱雑に撫でる。

その体は、本当の生き物のようにあたたかかった。
稼働することで熱が発生する仕組みなのだろうか、と推測する。

そして、思った。

もし、人間ではないこのデバイスが『生きている』から体温を持つというのなら。
体温を持たない――『死んでいる』この身を『殺し合い』へと参加させるあの少女は、よほど悪趣味な皮肉屋なのだろう、と。

【A-4/橋上/深夜】

【リタ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康、羞恥(小)
[装備]:アスティオン@魔法少女リリカルなのはvivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0~2枚
[思考・行動]
基本方針:カイザルとファバロの保護。もしカイザル達がカードに閉じ込められたなら、『どんな手段を使おうとも』カードから解放する
0:右岸を目指す?それとも左岸を目指す?
1:カイザル達の捜索。優先順位はカイザル>ファバロ
2:繭という少女の持つ力について調べる。本当に願いは叶うのか、カードにされた人間は解放できるのかを把握したい
3:アザゼルは警戒。ラヴァレイも油断ならない。
[備考]
※参戦時期は10話でアナティ城を脱出した後。

【アスティオン@魔法少女リリカルなのはvivid】
リタに支給。
アインハルト専用の真正ベルカ式のデバイスで、雪原豹のぬいぐるみの形をしている(外装が雪原豹のぬいぐるみなだけで、本体はクリスタル型)。愛称はティオ。
雪原豹とはいっても、実質、ただの猫であり、喋らずに「にゃあ」と鳴いて意思疎通する。表情も豊かで、物凄く喜んだり険しい目をしたりが忙しい。
攻撃補助をしないが、ダメージ緩和と回復補助能力に特化している(ただしそれも限界があるので、ティオ自体の疲労時には使用できない)。
また、本ロワでは仮マスター登録を行う事により、アインハルト以外の参加者でも起動させられるようになっている。ただし制限により本来のマスターが行使した時より性能が低下している可能性がある。


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リタ 043:薄氷の殺人