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姉/姉妹と姉弟 - (2018/05/27 (日) 21:49:25) のソース

*姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM

私を組み立てる記憶。
叫んでいるわ、頭の中。


□  □  □


きっかけは、くしくもシャロの時と同じだった。

シャロの心をのぞいて、『好きな人のこと』を暴いてしまった最初の罪。
それを誰にも相談できなかった彼女は、一枚の『共犯者』をカードから取り出したのだ。

名前を、ピルルク。
針目縫の手をへて、彼女の手に戻ってきたルリグカードだ。
何を言うために取り出したわけでもない、しいて言えば、今の自分が傍目にはどんな顔をしているのか、それを知りたくなったのだ。

しかしピルルクは、開口一番に告げた。
そう遠くない場所に、別のルリグがいると。
しかも位置を聞いてみれば、さっきまでいた近辺――リゼの近くだというのだ。
リゼさんに危ない人が近づいているかもしれない。そう危惧して忍び戻れば、すごいことになっていた。

「だから、リゼさんもその銃をおろしてください。
平和島さんにもしものことがあったら、平和島さんの家族だって悲しい思いをします」

その光景を見て、彼女が平和島静雄のことを『あっ危ない人だ』とリゼのようにすぐ反応しなかったのは、ゲームセンターで『殺人事件』の死体を見ておらず、リゼのほどの強い印象が無かったこともあるだろう。
しかし、何よりも『あのリゼが、見たところ危害を加えていない二人組に、剣呑な態度で銃口を向けている』という光景を客観的に見て、驚いたことの方が大きい。
とにかく、リゼさんを何とかしなければと思った。

少女二人の会話を聞いて、『リゼが平和島静雄を疑っているせいでこうなっている』ことは察した。
同時に、背の高い少女の名前が『蛍ちゃん』だということも知った。

下手に『リゼさん!』と呼び掛けることはためらわれた。
映画館の近くで針目縫に声をかけられた経験から、『いきなり予期せぬ方向から声をかけられたら、心臓が飛び跳ねるほど驚く』ことを思い出したからだ。
銃の引き金を引きそうな相手にそうするのは、少し怖い。

だから彼女は、考えて、考えて、考えて、

「ピルルク、あの男の人に『ピーピング・アナライズ』を、使って」

再び彼女に、そう命令した。
今度は、躊躇いがなかった。

「いいの? 以前に失敗したのでは――」
「知ってる。だから『どんな願いを持ってるか』とか、プライベートまで教えてくれなくていい。
 ただ『DIO』に関する願い事を持ってないか、リゼさんも傷つけるような願いを持ってないか、
『殺したい』とか『人を襲いたい』みたいな危ないことを考えてないかどうか、イエスかノーで教えてくれたらそれでいい」

以前に、失敗していたからこそ。
シャロにどれほど酷い事をしたのか、リゼとの会話で改めて思い知ったからこそ。
そのせいで、自失して『銃をリゼの前に置いたまま一人で放置する』という失敗をしたせいで、こうなっているからこそ。

失敗からは、学習する。
人を傷つけないやり方で、力を使うことを考える。
ピルルクにプライベートを覗かせてしまう行為には違いないけれど、『リゼに撃たせる危険』と取捨して、選び取る。
選択者(セレクター)として。

「――平和島静雄は、参加者を害する願いを持っていない」

答えは、得られた。

しかし。

「きりゅういんさつきは、針目のことを妹って呼んだんだぞ。
 妹とも殺し合おうとしてるのに、なんで家族に配慮してやる必要があるんだ!」

同時進行で、リゼの猶予もなくなりつつあった。



「…………私だって、ココアやチノの『お姉ちゃん』になりたかった」



自分は、その『お姉ちゃん』だった。
リゼの頬をつたう涙を見て、それを思い出して。
しかし、その感情のエネルギーの強さは、もはや声をかけた程度では止まりそうになくて。

彼女に、取れる行動の数は、ほとんどなかった。
そう、ほとんどは。


□  □  □


彼女――遊月が、自らの危険を顧みずに、場を収めようと飛び出した理由ならば、たくさんあった。

どうにか無事で済むかもしれないという、遊月視点での公算も大きかったことが一つ。
まず、リゼの方でも撃つタイミングが早まってしまったように、遊月の方でも『撃つタイミングだけならもう少し先だ』という風に見えたこと。
だから本来ならば、静雄の前に両手を広げて飛び出し、『早まるな』と待ったをかけるつもりだった。
針目縫や『映画館の侵入者』からも生き延びてきたというこれまでの幸運もあり、『今回も何とかなるかもしれない』という期待をかけてしまったのもある。

言峰神父は私達を助けるために戦ってくれたのに、自分は何をしているのだと、神父から助けられた命で何かを成したかった気持ちもある。
リゼをこんな風に放置してしまったのが自分のせいだと思っていたこと、だからこそ自分が事を収めなければと、焦っていたこともある。
リゼから『ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに』と言われて、今度はちゃんと動けるようになりたいと、思いつめていたことも大きい。
	
けれど、それらは『リゼの凶行を止めようとした理由』ではあっても、『蛍たちを庇おうとした理由』とは違う。

紅林遊月は、一番好きな人とまた会うためにも生きて帰らなければと決意している、そんな少女なのだ。
初対面の少女を助けるために、自分の命にまでもリスクに賭けて飛び出すには、正義感や義務感だけではなく、『あの子を助けたい』という意思が必要になる。

実は。
紅林遊月は、一条蛍を知っていた。
最初にラビットハウスを訪れた時に、その場にいた程度の面識しかないけれど、よく知っていた。

なぜなら、『ココアお姉ちゃん』をしていたからだ。
ココアを演じていた都合上、遊月はチノと、リゼを抜きにして一対一で話す時間も多かった。
その間に、二人はいろいろな話をした。

ココアのことをよく知って、よりよく演じるために、ラビットハウスでの話もよく聞いた。
けれど、『ココアお姉ちゃん』とはそもそも、『殺し合いの中で無事に再会できた保登心愛』という設定なのだ。
ココア自身のことを話すだけでなく、チノが『今までに会ったことを聞いてもらいたい』と、いう振りをして殺し合いの中で起こったことを語ることも多かった。
とはいっても、怖い思いをしたような話や、悲しい話ばかりでは現実のことを思い出してしまう。
だからチノは、数少ない『殺し合いで経験した、良かった事』の話をした。
蟇郡苛の名前は、放送で呼ばれてしまったから、話せば悲しくなってしまう。
だから彼女は、まだ放送で呼ばれていない人――こんな場所でも、新しくできた友達の話をした。

一条蛍さんは。
小学生なのに、私よりずっと背が高くて。
でも、ラビットハウスの席に座りながら寝ちゃうような、子どもっぽいところもあって。

小鞠さんを亡くした時はたくさん悲しんでいたけれど。
私がキャラメル入りのコーヒーを持って行ったら、泣きながらおいしく飲んでくれて。

全てが終わったら、蛍さんをラビットハウスに招待しますから、『ココアお姉ちゃんも歓迎してあげてくださいね』と言われた。

殺し合いの中で、大切な人を失い続けてきたチノにとって。
過ごした時間こそ長くなかったけれど、蛍は例外的にも『新しくできた友達』だったのだと、遊月にもよく理解できた。

だから遊月は、『ホタルの光』など関係ない、『チノと友達になった、1人の少女』として、蛍のことを知っていた。

そして、遊月は気が付いたのだ。
チノの『良いお姉ちゃん』を演じていたことで、己も救われていたことに。

自弟――香月に女友達ができるかもしれないと気づいた時に、遊月は強い嫉妬にかられた。
香月が、姉離れしていくのが嫌だった。
それは、香月から一人の女として見てもらえないことだけが理由では無かったと思う。
もしも香月が、自分を恋愛対象足りえるかどうか考えて、その上で自分ではなく別の女の子を選んだとしても、やっぱり嫉妬していたと思う。
香月を自分だけのものにしたい。それが偽らざる本音だった。

一人の恋する少女としては仕方のないことで、姉としては失格だった。
だから。

遊月は、弟が誰かとともにいることを、喜べない姉だった。
だから、せめて、『妹』に友達ができたことは、本当に喜べる姉でいたかった。

一条蛍ちゃんを、助けたい。

初対面の少女を助けようと飛び出す理由の、それが原動力になった。


蛍たちとリゼの前に割って入ることには失敗したけれど、
ちょうど蛍が静雄を庇おうと飛び出したのを、阻止することには成功した。

実は、もう一つだけ、『最期の手段』も用意していた。

ピルルクは、二人のうちのどちらかが『ルリグ』を持っていると言ったから。
姿は見えないけれど、少なくとも黒いカードに仕舞われている感じはしないと言ったから。
二人ともセレクターではないようだったけれど――ましてや一人は男性だけれど――針目縫や風見雄二も言っていた。
この会場では、セレクターにしかできないバトルでさえ、誰にでもルリグが見えるように可能かもしれないと。

だから、もしかしたら、ルリグが二人いる以上は。
あの『バトルフィールド』を作り出して地形を変えてしまえば、リゼの弾丸も外れるのではないかと、ピルルクを手に持ったまま、叫びながら飛び出した。
もう一人のバトル参加の同意は無いけれども『もしかしたら』という、最後の予防線として。

「オー――!」

しかし、間に合わず。

蛍の左胸を撃ち貫くはずだった弾丸は、遊月の左肩に着弾し、血しぶきをあげ、
そしてその着弾によって弾道を逸らされ、平和島静雄には命中せず、流れ弾となって消えた。


□  □  □


ここに、因果な事情が一つある。

コンテンダーに付属されていた各種弾丸一式の中に入っていたのは、通常兵器としての弾丸だけではなかった。
特殊な弾丸も、混じっていた。
リゼがとっさに選択して装填した30-06スプリングフィールド弾には、別の名がついていた。

起源弾。

魔術師殺し、衛宮切嗣の切り札。

仮に魔術を用いて防御しようとした場合に、その力を成さしめている魔術回路に切嗣の起源――『切って』『継ぐ』が作用する。
つまり、全身の魔術回路をズタズタに切り刻まれて、めちゃめちゃに繋ぎなおされる。そういう現象が発生する。

かといって、魔術師ではない一般人が撃たれても無害、というわけでも決してない。

起源弾はその性質上、魔力のない一般人に当たっても傷口は『切合』され、古傷のようになって残る。
しかし、30-06スプリングフィールド弾自体は自動車の外板を貫通するほどの威力を持っている上に、撃たれた部位も『元通りに戻る』だけではなく『ただ繋ぎ合わされる』だけなのだ。
撃たれた身体の部位の機能は、失われる。
言峰綺礼のように鍛え上げられた肉体を持っているわけでもない普通の小学生が心臓付近に着弾してしまえば、充分にショック死に至るだけの破壊力を持っている。

だから、遊月の身体を張った行為が全て杞憂だったわけではない。

ないのだが。

逆に言えば、庇う方も『魔術めいた力を行使している最中』だった場合、ただでは済まない。

紅林遊月は、夢幻少女になるための条件を満たし、あと一戦で新たな夢幻少女となり得る存在である。
その素質は、この会場においては魔術師や勇者の素質と似通ったものでもあることは、『勇者』への変身を果たしたウリスや、三好夏凜もかつて考察していたところである。
そして彼女は、万が一の銃撃に対処するために、セレクターとしてバトルフィールドを開こうとしていた。
相手方の同意のない一方的なもので、『オープン!』とも叫び終えていなかったけれど。
彼女の中では、ちょうどセレクターとしての力が――それも夢幻少女への転身を果たすまで、あと一歩となるだけの力が――練られているところだった。

もしも、
香風智乃の『お姉ちゃん』でなければ、彼女は蛍を庇おうとはしなかっただろう。
もしも、
紅林香月の『姉』でなければ、彼女は願いを叶えるために、夢幻少女に近づいたりしなかっただろう。

ましてや、庇ったのが他の人間だったならば、即死さえしていなければ、その場にいたエルドラの能力、『ハンマー・チャンス』による治癒能力が作用して、死ぬことだけは絶対になかっただろう。
しかし、起源弾による体内魔力の暴走は、同じく魔術めいた力によって修復することはできない。
電流が流れているところに水を一滴おとしてショートさせている現場を、同じ電流でどうにかすることができないように。

しかし彼女は、香風智乃の、そして紅林香月の、『姉』だったので。

しばしば、起こり得ることでもあるが。
このバトルロワイアルでも、ある『魔王』がそうあったように。
もしくは、白衣の少女と、黒衣の少女、そして生命繊維の怪物の少女三人の間に、この場でも因縁があったりするように。
たとえ、これまでどんなに悪運の強かった少女だろうとも。
『姉』の歩みを止めるのは、『妹/弟(姉たらしめる者)』だったりするもので。

着弾した次の刹那に。
紅林遊月は、大量の血を吐きだして苦しみ倒れた。


□  □  □


「ぐあっ――!」

リゼの身体を襲ったのは、針目縫を撃った時とは比較にならないほどの反動だった。
直接的に後ろに飛ばされ、だいぶ離れた場所へと尻餅をつき、木の幹へと激突する。
それでも腕を脱臼するような後に残る外傷がなかったのは、何度かベレッタを撃っていたために反動が装丁できたことと、日ごろからそれなりに身体を鍛えていたことがあったのだろう。

だから、そんな反動よりも。
顔を上げ、立ち上がりかけた時に見たモノの方が、よほど衝撃は大きかった。

「え―――――――?」

紅林遊月が。
さっき、『謝りたい』と思っていたはずの相手が。
自身の身体よりも面積が広い、血の海の中で倒れている。

割り込んできた時にふわりと翻っていたラビットハウスの制服のスカートも、べっしょりと血の海で濡れそぼっている。
もともとは天々座理世の服だった、それが。

「あ――――」

殺すつもりのなかった相手に、しかも仲間と呼べる人に、致命傷を与えてしまった。

人を殺してしまった。
しかも仲間に当たる人を、そうしてしまった。
チノの『お姉ちゃん』を、撃ち殺してしまった。

「どうして…………?」

殺し合いなんてものをやっている中では、よくある悲劇かもしれない。
しかし、天々座理世にとっては、決してよくある事ではなく、それ以上に、特殊な事情がある。

彼女には、現実逃避をする場所がもうないのだ。
ラビットハウスに立ち入ることはできなくなり、
例えば『勇者』だとか、例えば『これからどこそこの施設に行って、対主催として何かをしよう』といったアテのように、
ただの少女を、『今はそんなことを考えている場合ではない』と逃避させてくれる目的も何もなくなった。
彼女の戦う目的だったはずの『妹』は、ついさっき、あっけなく失われている。

そして彼女には、己の罪を暴き立てる存在もいる
そばには『お笑い草だな』と嘲笑する悪魔のような者こそいないけれど、
彼女の脳裏には、『まだ生きている友人』である宇治松千夜の嘆く顔が想像できるのだ。
あの優しかったリゼちゃんが人殺しをするなんて、そんなの嘘でしょう、と。
実際の宇治松千夜は、もう生きてはいないしリゼ以上に手を汚していることなど、知る由もない。
承太郎と遊月が気を使って、教えなかったからだ。

そして、何より。

「風見さんの言う通りに…………撃とうとしたのに!!」

彼女に、『人を撃つ』ことを教え、見守り続けてきた、風見雄二は、今もどこかで戦っている。

こうして。
もう少し先の未来に、春になったら。
チノやココアと共に、『ラビットハウスの三姉妹』と評されるはずだった少女は。

今度こそ本当に、寄る辺を見失って。
ただその場から、脱兎のように逃げ出した。

【G-4とH-4の境界付近/夜中】

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】 
[状態]:混乱、疲労(極大)、精神的疲労(極大) 
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ 
[装備]: トンプソン・コンテンダーと弾丸各種(残りの弾丸の種類と数は後続の書き手に任せます)@FATE/zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10) 
    黒カード:不明支給品0枚 
[思考・行動] 
基本方針:風見さんに会いたい 
0:風見さん……私は、間違ってたのか……?
1:チノを殺した白い服の女は許さない 
[備考] 
※参戦時期は10羽以前。 
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。 
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。 
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。 
※第三放送を聞いていません。ラビットハウス周辺が禁止エリアになったことは知りました


□  □  □


蛍は、飛び込んできた彼女の名前をとっさに思い出せない。
十八時間近く前の接触だったし、最初に会った時からは服装が大きく変わっていたし、大量の血を流してやつれた顔は、すっかり面影をなくしていたから。
ただ、わずかに聞き取れた声には、どこか懐かしい響きがした。
あの分校にいた三人の先輩の中でも、一番年下の人。
越谷夏海を思わせる声だった。それ以外は分からない。

だから彼女は。

「目を開けてください、お姉さん!!」

血にぬれた喫茶店店員の少女を揺さぶり、抱え起こそうとしながら。
紅林遊月の名前を知らない蛍は、そうやって彼女を呼んだ。
しかし、その名前は、彼女の琴線に触れるものでもあった。
だから。

「香月……」

ほとんど、走馬灯のような夢のような境界にいた瀕死の少女は。
お姉ちゃん、起きてとゆり起こされるような、
そんな、微睡から少しだけ戻ってくるようなぼんやりした意識で、弟の名前を呼んだ。

それから、そうではないのだと、ここに弟はいないけれど、
友人ならいるのだっけと、そんなことを寝ぼけるような感覚で思い出して。

「るう子……」

結局、その友達とは会えないままだった。
あの子のことだから、自分がいなくなったら『遊月と仲直りできないまま死んでしまった』と泣くかもしれない。

ああ、でもいつかの情報交換で言われてたっけ。
友達同士でも、お互いに違う時点から来て記憶が噛み合わなかったりするのだと。
だったらるう子は、自分と仲良くなる前から来てたりしたらいいな、と勝手に思った。

そう言えば…………友達と言えば、もう一人。

「花代さん……」

彼女のことを連想して、意識が未練へと傾いていく。
意識が朦朧としていたはずなのに、ここに彼女がいないと自覚しただけで、初めてここがいけない場所みたいになった。

ピルルクとは、少し打ち解けたけれど。
私のパートナーは、やっぱり彼女しかいないはずで。

彼女がいちばん、私のことを分かってくれているはずなのに、どうしてここにいないんだっけ。

「私の………願い、まだ」

叶ってなかったのに。

花代さんは嘘つきだけど、叶えてくれるはずだったのに――

「――叶ったっスよ」

そう言葉を引き取ったのは、どこかで聞き覚えのある声だった。

「――――誰?」

その時、遊月の瞳が、呼びかけた者を探すように揺れ動いた。

どうにか肩から上を抱き起した蛍は、その仕草を見て悟る。
この人はもう、眼さえ見えていないのだと。

語りかけたのは、エルドラだった。
遊月を抱き起す前に、『そう言えばエルドラさんは不思議な力があったとか言っていなかったっけ』と蛍が取り出したものだ。
蛍は二つのライトを持つことで両手がふさがっていたし、静雄も片手に白カードのライト、もう片方の手がいざという時に塞がるのも不味いということで、
静雄のバーテン服のポケットの中に、デッキの他のカードと共に突っ込まれていたのだ。
だから、ピルルクの接近を感知しても、蛍やリゼがかなりの大声で言い争っていたことと、デッキのカード束や静雄の衣服に声が遮られて、上手く伝えられなかったのだが。

接近したルリグの持ち主が紅林遊月であることを、彼女は顔を見て初めて知った。
そして、自分の能力では治癒できない、何かが働いていることも。
そして、もう一つ察した。

――エルドラさんの探してる人も、もしかしたらエルドラさんのことを知らないかもしれないんです。

一条蛍と、雑談を交わす中で、エルドラも『参加者同士の時間軸の食い違い』は耳にしている。
そして、探していたうちの一人――紅林遊月は『花代さん』と言い、『願いが、まだ』叶っていないと言った。
つまり彼女は、夢幻少女になる前の、ルリグと入れ替わる前の、紅林遊月だったのだ。

だから彼女には、聞きたいことも、話してみたいことも、無くはなかったのだけど。
「誰?」と聞かれたら、伝えてやることが別にある。

「あたしゃただのルリグで――まぁ、風の噂で、アンタが夢幻少女になって、ちゃんと願いを叶えたってことを聞いたんスよ。どんな願いかは知りませんけど」

そんな風に、伝えた。

願いを叶えた後の――ルリグとしての彼女(ユヅキ)に、エルドラは出会っている。

ふたせ文緒の自宅をちよりやるう子たちと共に訪問した時にも、『人間に成り代わったルリグも、願いを叶え続けるために大変な苦悩をした』という話を聞いている。
その時にルリグとなった遊月もその場にいて、『願いはかなうけど、かなわないよ』と、思う所あるように言っていた。
つまり、遊月の身体を手に入れた花代は、遊月の願いを叶えることに成功していたのだろうとエルドラには推測できる。
だからエルドラの言葉は、全てが真実ではないけれど、嘘を教えているわけでもない。
自分が話したかったことよりも、彼女の知りたかったであろう事を教えてあげる方が大事だと、そう判断するだけの情けが、そのルリグにはあった。

教えられた言葉を、呑み込んで。
茫洋としていた遊月の眼が、はっきりと見開かれる。

「……そう、なんだ」

やっと、だった。

やっと遊月は、答えに辿り着いた。
この殺し合いに呼ばれる前から、ずっと求めていた答えに。
弟と恋人になれない世界を、反転させることはできるのかという問いかけの。

なぁんだ。
花代さんは嘘つきだったけど、間違いなく私の願いを叶えてくれたのか。

「花代さん……………ありがっ…………」

そんな結果を知ることができたのが、ご褒美なら。
そんな未来を見るこもなくなったのは、罰なのだろうか。

お礼の言葉を、ちゃんと言い切れたかどうか自信がない。
エルドラもルリグなら、いつかどこかで花代さんに出会った時に、伝えてほしいものだけど。

そう思い、眼を閉じた時だった。
ふわりと、血の匂いではない別の匂いが、真っ暗になった視界をとりまいた。



『コーヒーの匂いは好きです。でも、他にも、いちばん安心する匂いがあります』



それは、血だまりの外から、薫って来る匂いだった。
もしかしたらここに来る前――リゼあたりが、さっきここでアレを飲んでいた時間もあったのかもしれない。その残り香だろうか。

この匂いより、安心する匂いって何?
そう聴いたら、チノは顔を少しだけ赤くさせて、答えた。



『内緒です』



匂いと言えば。
いつだったか、花代さんがこんな風に言ってたっけ。



『運命の相手はね、いい匂いがするんだって』



それは、甘くて苦い、コーヒーの匂いだった。
とても、いい匂いだった。

そんな風に、一人のセレクターであった少女は死んだ。

&color(red){【紅林遊月/姉 @selector infected WIXOSS  死亡】}



□  □  □


少女を一人、何もできずに死なせて。
平和島静雄には、懺悔する機会も、地団太を踏む暇も、与えられなかった。

「そこの貴方」

赤く染まった喫茶店の服を着た少女の手元から、一枚のカードに話しかけられたからだ。

「一つ、言っておく。
 私は貴方が、『繭を殺す』という願いを持っていることを、知っている」

何だお前、とガンを付ける暇もなく。
青いカードの少女――ピルルクは次の言葉を繰り出した。

「そこにいる子は、『何があっても絶対に報復しない』とか言っていたけれど、
 あなたが『繭を殺す』つもりでいることを知っているの?」
「それは――」

そう、静雄の眼前で呆然としている少女――一条蛍には、『殺人犯』が誰だろうと、報復するつもりはない。
しかし彼女が、本気でこの殺し合いを生き残りたいと望むならば、いずれは対峙しなければならないのだ。
そもそも、越谷小鞠が死んでしまうような催しを開催した、真犯人とはまた別の『首謀者』――殺し合いの主催者を、打倒しなければならないのだ。

「殺し合いに放り込んだ首謀者に報復して終わらせるつもりなら、
 隣にいる女の子にそれを黙っているのは欺瞞だわ。一つ言いたかったのは、それだけ」

ピルルクは、心を凍らせたルリグだ。
本来ならば、参加者の行動方針にちょっかいを出したりはしない。

それでもそう言い切ったのは、彼女にも思うところが無くは無かったからだ。
『自分でも好きではなかった自分の力』を、反省して正しく使おうとした少女――遊月に対して。
彼女がピルルクに『心を読め』と命令したことを、無意味にしないだけの義理は果たしてもいいと、そんな気まぐれを起こした。

それに、青年の心を読んで分かったことだが。
平和島静雄には『蛍を守る為にも、本当の強さを手に入れたい』という願いがあり、同時にまた『この殺し合いを開いた存在を殺してやりたい』という願望があった。

まるで姫と騎士。
なのにその二人は、逆のことを考えている。
殺さず終わらせようとする者と、殺してやりたくて仕方がない者。
互いに本音をぶつけず、すれ違っている。
それがピルルクには、無性に腹の立つことだった。
『復讐心をうちに秘めている』のに、『その復讐心を平素は見せず、表向きは善良な少女に協力する振りをしている』のも、
我が身と大差ない振る舞いのようで、苛々したのだった。

「俺の弱さなんて……………俺が、一番分かってんだよ」

そして、静雄にも言いたいことを言って眠りに落ちたピルルクへのいら立ちはあったけれど、それは痛いところをついていたし、
何より、静雄よりも危うい心を抱えた少女が、眼の前にいるのだ。
自分を庇って倒れた少女の血で、衣服を濡らしたまま。

「蛍ちゃん、立てるか……?」

そろそろと声をかけ、手を差し伸べる。
あいにくと、ここで座らせておくわけにもいかない。
これ以上、血に濡れさせておくわけにもいかない上に、先刻の銃声が、危険な者を呼び寄せてしまう可能性もあるのだ。

そう、ここはまだ、天国ではない。
越谷小鞠に『がんばったね』と言ってもらうよりも、折原臨也にお礼を言うのよりも、
その前に、一条蛍は、直面しなければならない。


平和島静雄と、現実を。


【G-4とH-4の境界付近/夜中】 

【平和島静雄@デュラララ!!】 
[状態]:こんな状況を招いた自分への怒り(大)、全身にダメージ(中)、疲労(小) 、ピルルクの言葉に動揺
[服装]:バーテン服、グラサン 
[装備]: ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(6/10) 
    衛宮切嗣とランサーの白カード 
    黒カード:縛斬・餓虎@キルラキル、 コルト・ガバメント@現実、軍用手榴弾×2@現実、コシュタ・バワー@デュラララ!!、不明支給品0~1(本人確認済み) 
[思考・行動] 
基本方針:あの女(繭)を殺す 
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。 
  1:銃声が鳴ってしまったし、まずはこの場から離れて蛍の様子を見る。
  2:理世を追う為に南下するか、蛍を休ませるためにいったん城へと向かうか? 
  3:移動を終えたら、蛍ちゃんと、しっかり話をする。主催者をどうしたいかということも含めて。
  4:小湊るう子を保護する。 
  5:1と2を解決できたら蟇郡を弔う。 
  6:余裕があれば衛宮切嗣とランサーの遺体、東條希の事を協力者に伝える。 

[備考] 
※一条蛍、越谷小鞠と情報交換しました。 
※エルドラから小湊るう子、紅林遊月、蒼井晶、浦添伊緒奈、繭、セレクターバトルについての情報を得ました。 
※東條希の事を一条蛍にはまだ話していません。 
※D-4沿岸で蒼井晶の遺体を簡単にですが埋葬しました。 
※D-4の研究室内で折原臨也の死体との近くに彼の不明支給品0~1枚が放置されています。 
※衛宮切嗣、ランサーの遺体を校舎近くの草むらに安置しました。 
 影響はありませんが両者の遺体からは差異はあれど魔力が残留しています。 
※校庭に土方十四郎の遺体を埋葬しました。 
※H-4での火災に気付いています。 
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。

【一条蛍@のんのんびより】 
[状態]:全身にダメージ(小)、精神的疲労(中)
[服装]:普段通り 、服が遊月の血で濡れている。
[装備]:ブルーリクエスト(エルドラのデッキ)@selector infected WIXOSS 
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10) 
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、 
    ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン(考察メモ付き) 
    蝙蝠の使い魔@Fate/Zero、ボゼの仮面咲-Saki- 全国編、赤マルジャンプ@銀魂、ジャスタウェイ×1@銀魂、 
    越谷小鞠の不明支給品(刀剣や銃の類ではない)、筆記具と紙数枚+裁縫道具@現地調達品 
[思考・行動] 
基本方針:誰も殺さずに、帰りたかったんですが…… 
   1:リゼさん……お姉さん………ごめんなさい……ごめんなさい……。
   2:折原さんがどんなに悪い人だったとしても、折原さんがしてくれたことは忘れない
   3:何があっても、誰も殺したくない。 
   4:れんちゃんと合流したいです…。
[備考] 
※旭丘分校のどこかに蛍がれんげにあてた手紙があります。内容は後続の書き手さんにお任せします。 
※セレクターバトルに関する情報を得ました。ゲームのルールを覚えている最中です。 
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣、平和島静雄、エルドラと情報交換しました。 
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。現状他の参加者に伝える気はありません。 
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。 
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

※折原臨也のスマートフォンにメモがいくつか残されていることに気付きました。 現状、『天国で、また会おう』というメモしか確認していません。
 他のメモについては『「犯人」に罪状が追加されました』『キルラララララ!!』をご参照ください。また、臨也の手に入れた情報の範囲で、他にも考察が書かれている可能性があります。

※エルドラの参加時期は二期でちよりと別れる少し前です。平和島静雄、一条蛍と情報交換しました。 
 ルリグの気配以外にも、魔力や微弱ながらも魂入りの白カードを察知できるようです。 
 黒カード状態のルリグを察知できるかどうかは不明です。 

※紅林遊月の持っていた装備一式、およびM84スタングレネード@現実は、まだ回収されていません。


□  □  □




それは、ある日の昼下がり。
うたたねをする、君の寝顔。
小さな声で、もっと頑張らなきゃと、そういう意味の寝言が聴こえたから。

君の耳元で、そっと囁いた。



『お姉ちゃんに、任せなさい』



【M84スタングレネード@現実】
ジャン・ピエール・ポルナレフに支給。
花京院典明に支給されたものとは別型だが、スタングレネードである。


【トンプソン・コンテンダーと弾丸各種@Fate/Zero】
ジャン・ピエール・ポルナレフに支給。
衛宮切嗣の切り札である弾丸『起源弾』を含む各種弾丸一式もセットで支給。
仮に魔術を用いて防御しようとした場合に、その力を成さしめている魔術回路に切嗣の起源――『切って』『継ぐ』が作用する。
つまり、全身の魔術回路をズタズタに切り刻まれて、めちゃめちゃに繋ぎなおされる。
『魔術を持って防ごうとした場合』に発動する初見殺し。
その他にも拳銃弾などコンテンダーで撃てるタイプの弾丸は、様々な種類が入っている模様。

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|191:[[Lostorage/記憶の中の間違ってない景色]]|紅林遊月|&color(red){GAME OVER}|
|191:[[Lostorage/記憶の中の間違ってない景色]]|平和島静雄|196:[[有為転変]]|
|191:[[Lostorage/記憶の中の間違ってない景色]]|一条蛍|196:[[有為転変]]|