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Not yet(後編) - (2016/03/20 (日) 06:44:59) のソース

*Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA
 ラビットハウスのある部屋の窓際。
 そこでリゼは、眼下で行われている戦闘を、固唾を飲んで見守っていた。
 近くにはチノと遊月が、同じように緊張した面持ちでいる。
 雄二から渡されたメモを改めて見ながら、リゼは最終防衛線としての自分の役割を確認した。

「それにしても、あれが針目縫だったとはな……」

 数分前、承太郎がラビットハウスに帰還したとき、リゼはそれが縫の変装だとは想像もしていなかった。
 気付くことができたのは、雄二のおかげだった。
 遊月とWIXOSSの話をしているフリをして、実際には今後の行動について指示していたらしい。
 承太郎と雄二が店を出た直後、遊月がすぐにそのメモを見せてきた。
 内容は大きく分けて三つ。

 《承太郎は縫の変装であること》

 《雄二が縫を誘き寄せて倒すこと》

 《リゼはチノと遊月を守って欲しいこと》

 メモを見た瞬間の、リゼとチノはひどく困惑した。
 遊月との情報交換で、縫が変装できることについては聞いていたものの、実際に変装した承太郎を見たとき、何の疑問も抱かなかったからだ。
 三人の中では最も長く一緒にいたチノは、とりわけ驚いていた。

「どうして風見さんは分かったんでしょう……?」
「うーん……?」
「とりあえず、風見さんを信頼してみよう」

 三人とも、承太郎が縫の偽物だと、にわかには信じられなかったが、冷静沈着な雄二の言葉を信用することにした。
 そして、銃声や爆音が響き、戦闘が始まったことを確認すると、二階へと逃げた。
 窓から様子を見る限り、雄二と縫の実力差は大きかった。

「な……銃撃を食らってピンピンしているぞ!?」
「……化け物ですね」

 リゼもチノも、無意識に声が震えていた。
 縫は大きな鋏のような武器を振り回し、それは雄二の身体に幾つもの傷を付けていた。
 対する雄二はキャリコで応戦するが、たとえ傷を与えてもすぐに回復するため、決定打を与えられなかった。
 いわゆるジリ貧だ。リゼは雄二のために、何かできないかと考えた。

「拳銃はあるけど……」

 呟いて、カードから黒光りする拳銃を取り出した。
 リゼは軍人の娘だ。銃を撃ったこともある。
 同年代では、こうした経験を持つ人は少ないことも理解していた。
 チノや遊月には、縫を狙撃することはできない。この場で拳銃を撃てるのはリゼだけだ。

(自分にしか、できない――)

 そう考えた瞬間、手に持った拳銃が、最初に手に取ったときよりも、更にズシリと重くなったように感じた。
 窓の外では、雄二がシャツの肩の辺りを血に染めて、縫と相対している。
 手からはキャリコがなくなり、代わりにアゾット剣が握られていた。チノから貰っていたジャスタウェイは、一つ使ったため残りは一つ。
 初めて戦闘らしい戦闘を見るリゼでも、雄二が劣勢であることは理解できた。
 援護射撃をしなければ。そんなプレッシャーがリゼを襲う。

――自分のためには引き金を引けなくても構わない。だが、他人のためなら迷わず引き金を引ける男になれ。

 そのとき、脳裏に甦ったのは、雄二から言われた言葉だ。
 この言葉があったからこそ、リゼはチノやココアたちといった仲間を守るために、拳銃を撃つ『覚悟』を決めることができた。

「風見さん……」

 今、雄二は武器を駆使しながらも、確実に窮地に追い込まれている。
 雄二はリゼにとって頼れる存在であると同時に、大切な仲間の一人でもある。
 それを助けるために、リゼは銃を撃たなければならないと、自分に言い聞かせた。

「死んじゃえー☆」
「はっ!?」

 窓の外では、笑顔の少女が鋏を振り上げていた。
 あまり長い時間、考えている猶予はない。
 リゼは焦りながら拳銃を構えた。狙いを少女の頭に定めようとする。

「く……動かれると狙いが……」

 ぴょこぴょこと、妙に身軽に動く縫に照準を合わせることは、狙撃用の銃ではないベレッタでは困難だった。
 しかし、雄二の投げたジャスタウェイを両断したとき、縫の動きが一瞬だけ停止した。

(――っ、今だ!)

 もはやリゼに躊躇はなかった。
 銃声と共に飛び出した9mmパラベラム弾が、狂気の笑いを浮かべた縫の瞳を貫いた。
 被弾した勢いで、頭からぐらついた縫は、そのまま地面に倒れた。

「うわっ、と」
「リゼさん!大丈夫ですか」
「当たったの!?」

 反動で倒れそうになるリゼのことを、チノと遊月が支えた。
 ベレッタは反動が比較的少ない銃とリゼは聞いていたが、それでもやはり、少女が撃つには衝撃が強い。
 腰が抜けそうになるのを堪えながら、覚悟を決めた少女は答えた。
 化け物に一撃を加えたことに、少しばかりの誇らしさを覚えて。

「……命中だっ!」
「でも、もう立ち上がってます……!」
「なんだって!?」

 リゼは驚愕を顔に浮かべながら、窓に飛びついた。
 倒れていた化け物は、血の涙を流しながらも笑んでいる。
 狂ったような笑い声を上げながら、鋏を振り上げて雄二へと躍りかかった。

「そんなっ……!」
「風見さんは武器を手にしたみたいですが……」

 不安そうなチノの言葉に、リゼは何も言えなかった。
 そうして、手に汗を握りながら戦闘を眺めて数分が経ったころ。

「あれ……牛です!」
「こっちに向かってる……このままじゃ、二人にぶつかるぞ!」

 焦るリゼたちの目の前で、縫は奇妙に明るい声を上げながら、戦車に轢かれていった。
 三人は口を開け、頬を引きつらせながら、それでも戦場を見守ることにした。



■



 戦車が目の前を駆け抜けた直後、雄二は縫の姿を見失った。
 二匹の神獣『飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)』による蹂躙走法は、航空機の爆撃にも匹敵する高火力だ。
 雄二はその事実を知らないが、見ただけでも威力が並外れていることは理解できた。
 挽き肉になったかとも一瞬考えたが、まさか銃で撃たれても回復する化け物が、牛に踏まれた程度で死ぬとは思えない。
 また狂人じみた声で笑いながら、急襲してくるはずだ。

「風見!針目は何処へ行った!?」
「承太郎か。奴は確かに轢かれたはずだが、姿がない」

 周囲を見回していた雄二は、御者台から降りた承太郎たちと合流した。
 承太郎と共に近づいてきた神父は、言峰綺礼と名乗った。
 雄二も同様に名乗り、縫の居場所を捜索することにした。

「逃げるだけの時間はなかったはず……まさか、戦車の下に?」
「Moooooooooooooooooo!!!!!!」
「なっ!?」

 雄二の予感が正解だということは、叫び声によって証明された。
 二頭の神牛の片方、その首が斬り落とされていた。
 相方を殺害されたもう一匹の神牛が、怒りの叫びを上げたのだ。

「もー、うるさいなぁ☆」

 縫は全身に、蹄に蹂躙された跡が残っていた。
 それでも、少しだけ不満げに眉を下げてはいたが、相も変わらぬニコニコ顔だ。
 鋏に付着した血を払う動きからして、身体に支障があるようには見えなかった。

「さっきぶりだね、無能なヤンキーの承太郎くん」
「てめぇ……」
「いやーまさか牛に轢かれるなんて思いもしなかったなー。
 それであんまり痛かったから、つい一匹殺しちゃった!ごめんねー。
 こういうの戦車(チャリオット)って言うんだっけ?
 そういえばさっきのホウキ頭さんも、シルバーチャリオッツ!とか馬鹿みたいに叫んでたよね」

 全く悪びれない様子で、承太郎に向けて挑発する縫。
 雄二には、まるで承太郎の総身からオーラが放たれているように見えた。
 単に危険人物を警戒しているだけではない、怒りのオーラが。

「空条承太郎は、針目に仲間を殺害されている」
「……そうか」

 綺礼の説明に納得しながら、雄二は戦況を確認した。
 手持ちの武器はアゾット剣とキャリコ。キャリコの残弾は半分以下にまで減った。
 三対一で数の上では優位に立っているが、縫の化け物さ加減を考えると、優位と思わない方が良い。
 相手に実力を行使させずに、戦略的に戦うことが必要だ。
 そう考えた雄二は、承太郎と綺礼に話しかけた。

「承太郎、話がある」
「風見。傷は大丈夫なのか」

 雄二の全身、肌が見える部分にはいくつもの切り傷がついていた。
 更に肩口には浅くない傷があった。そこからの出血は止まっていない。
 念のために、早めに処置をした方が良いだろうが、それをしている余裕はなかった。
 雄二は顔色を変えもせずに答えた。

「いたぶられただけだ。行動に支障はない。
 それよりも、奴の弱点は目だ。目を潰せば、数十秒は動きが止まる」

 雄二は思い出す。縫が目を銃弾で貫かれた後、回復するまでの時間は、他の部位――関節や四肢など――を貫かれたときよりも長かった。
 再生能力は脅威だが、急に視力を失えば行動は大幅に制限される。
 その隙を突いて更に攻撃を加えることが可能だと、雄二は淡々と述べた。

「ふむ、どう目を狙うかが問題だな」
「そうだな。下手な攻撃ではすぐに回復される。
 至近距離で目を狙うのがいいだろうが、そう簡単ではない」
「……ならば、私がその役目を負おう」

 雄二と承太郎が話していると、綺礼が唐突に話に入って来た。

「いいのか?奴は相当な化け物だが」
「隙くらいは作れるだろう。その機を逃すな」

 綺礼とつい先程あったばかりの雄二は、綺礼が戦闘するところを見ていない。
 それは承太郎も同じらしく、意外そうな顔をしていた。
 雄二が綺礼の身のこなしを改めて観察すると、僧服の下には確かに鍛えられた筋肉があることが分かった。
 戦闘能力があることは自負しているのだろう。

「ねぇ、作戦会議は終わったのー?」

 縫は強者特有の余裕の表れか、話し終えるのを待っていたらしい。退屈そうに鋏をくるくると弄びながら歩いてくる。
 無言のまま、雄二と承太郎、綺礼はラビットハウスを背にして縫と相対した。
 そして、僧衣に付いている十字架に触れながら、綺礼が縫へと告げた。

「貴様の相手は私が務める」



■


(どうしよっかなー?)

 縫は考えていた。
 神威の車輪で轢かれたダメージは、ほぼ回復した。
 先程まで考えていた通りに逃げの一手を打つか、元々の目的である虐殺を行うか。
 この場の全員を殺すだけの余力はある。
 乱暴なやり方は嫌いではないし、目指しているのは優勝なのだから、殺害を躊躇う理由もない。
 しかし、承太郎を罠に嵌める目論見が外れたことが、少し心残りだった。

(何か鼻を明かせること、したいなぁ)

 縫をコケにした承太郎と遊月は言わずもがな、爆弾を投げてきた雄二や、銃弾を瞳に命中させたリゼ。
 彼らにも報復はしたいところだ。
 気晴らしも兼ねてラビットハウスを襲うつもりが、即座に正体がばれたせいもあって、苛立ちの種は増えるばかりだった。
 誰か、苛立ちをぶつけて発散する相手が欲しかった。

「貴様の相手は私が務める」

 当然、こんな言葉をかけられたら、遊びたくなる。
 何も縫は、正攻法でしか戦えない脳筋ファイターではない。
 必要とあれば、変装もするし操り人形も使う。分身して襲うことも可能だ。
 そんな縫が、綺礼と相対することになって、使うと決めたのは、この島に来て遊月から奪ったカード。

「神父さんってなんだか人殺してそうだよねー」
「針目縫。ジャン=ピエール・ポルナレフを殺害した懺悔ならば、神父として聞こう」

 茶化すような縫に、真顔で返す綺礼。
 その表情に、今まで同行してきたポルナレフを殺害された、怒りや悲しみのような感情は見られない。
 もちろん、例えあったとしても、縫は全く意に介さない。
 そんなことより、ストレス発散がしたいだけなのだ。

「もー、なんかボクの会う男の人は不愛想な人ばっかり!
 懺悔なんてどうでもいいけどー、神父さんの心をちょっと覗かせてよ!」

 そう無邪気に言いながら、縫は青色のカードを取り出し、ルリグ・ピルルクの特殊能力を発動させた。
 相手の願望を覗き見る、ピーピング・アナライズ。
 それは、不愛想な神父の本性を曝け出させてやろうという、縫のちょっとした遊び心だった。



■



 心を覗く。その言葉の意味を、綺礼は即座には理解できなかった。
 そして、頭が意味を理解するよりも早く、綺礼は悪い予感に襲われた。
 縫がかざしたカードから、魔力にも似た力が漂うのを感じ取る。

「ピーピング・アナライズ」

 攻撃の類ではない。となれば幻惑か精神操作か、と考えたが、身体に異変が起こることはなかった。
 不審に思いながらカードを凝視すると、そこには少女が描かれていた。
 おとぎ話に出てくる妖精か何かをモチーフにしたのであろう姿。
 その少女の双眸が、奇妙な光を発しているのだ。

「ほらほら、神父さんの願いはなんなの?言ってよピルルクちゃん!」

 カードに向けて、煽るように話しかける縫。
 ピルルクと呼ばれたカードの中の少女は、淡々と告げた。

「彼の願いは――色々あるわ」
「そうなの?じゃあ、ぜーんぶ言っちゃおっか♪」

 ピルルクはじっと綺礼を見つめながら、言葉を選ぶようにして述べていく。
 少女の表情から感情の機微を察することは難しく、平坦な声は機械のようにも聞こえた。

「――ごく普通の、人並みの幸せを経験すること――」
「なにそれ、割りと普通なんだね」

 綺礼の心臓が、ドクンと不自然に脈打った。
 けらけらと笑う縫を視線で捉えながらも、綺礼はカードの次の言葉に耳を傾けてしまう。
 理性は聞くべきではないと訴えている。本能は聞くことを求めている。

「――自分自身の空虚を埋める方法を探すこと――」
「黙れ……」

 綺礼は心の奥底を覗かれている感覚に、言いしれない嫌悪感を覚えた。
 承太郎や雄二では察することはできない。覗かれている本人だからこそ分かる、気持ち悪さ。
 カードの少女ピルルクは、巷の心理テストや占いのように、おふざけに適当なことを述べているのではない。
 確かに綺礼の根底にある願望を、言い当てているのだ。

「それからそれからー?」

 本当に願望を覗き、それを述べているのであれば、綺礼はそれを看過できない。
 確かに、綺礼は己の空虚を埋めるために試行錯誤してきた。
 いくつもの系統の魔術を学び、ある程度まで修得しては別の系統を学ぶことを繰り返した。
 父に師事を受けた八極拳は、実践の中で独自の人体破壊術にまで昇華させた。
 神への信仰、功徳を積み重ね、それでも埋まらない自身の欠落したモノを、綺礼は知りながらも認めようとはしなかった。

「そして――」

 第四次聖杯戦争において、衛宮切嗣に執着したのは、自身と同じように空虚な存在であった切嗣が、答えを見つけたと考えたからだ。
 そして、その答えは見つけられないまま、この殺し合いに巻き込まれた。

「彼の根源的な願望は――」

 しかし、もし綺礼自身の奥底に眠っている願望を告げられてしまえば。
 綺礼が無意識下で目を背けていた、生来の性質に等しい願望を告げられてしまえば。
 これまでの全ての努力が、空虚を埋めるための試みが水泡に帰す。
 その確信が、綺礼にはあった。

「――極限状態における、人間の本性、魂の輝きを見ること」

 告げられた言葉を、綺礼はもはや聞いていなかった。

「ん~?それってどういうこと?」

 この願望だけは、認めるわけにはいかない。

「分かりやすく言うなら、他人が苦しんだり、必死になったりしているところを見てよろこ――」

 それは、決して許されない願望なのだから。

「黙れッ!!!」

 轟、と大気が唸ったかと思うと、次の瞬間には綺礼の拳が縫の胸部を捉えていた。
 ラビットハウスの女子たちは勿論、承太郎も、雄二も、縫でさえも、綺礼が大地を踏みしめた後の動作を視認することは敵わなかった。
 縫と綺礼との距離は四歩。
 相対するが刀と拳ならば、先に届くは刀が道理。
 しかし、綺礼は震脚からの『活歩』という八極拳の歩法により、氷上を滑走するが如き移動で彼我の間合いを詰めたのだ。
 そうして抉り込むように撃たれ、めり込んだ拳の威力には、それまで余裕を崩さなかった縫も、顔を歪めて吐血した。
 刹那の後に、縫の身体は後方へと吹き飛び、煉瓦造りの家屋へと激突した。

「…………」

 ひらひらと、青いカードが綺礼の足元に落ちた。
 心を乱す原因となったそれを拾おうともせず、攻撃を直撃させた綺礼は、苦々しい顔をしていた。
 先の剛拳は、相手が常人ならば胸を貫いて余りある威力だった。激情に駆られながらも、その技は正確に心臓を打ち据え、肺腑を砕いた。
 だというのに、綺礼には、針目縫を殺害した確信が微塵もなかった。
 今しがた出来た瓦礫の山を、綺礼は注意深く見つめ、そして瞠目した。

「……そんなっ!?」

 背後のラビットハウスから、悲鳴に近い女の声が聞こえる。
 口を開くことこそしないが、綺礼とてその驚愕は同じ。否、我流の殺人拳を見舞った綺礼の方が、より多大な衝撃を受けていた。
 他でもない針目縫が、ふらふらと揺れながら、それでも突き立てた鋏で身体を支えて立っていたのだ。

「……成る程。DIOと比較しても遜色ない。
 承太郎、君があそこまで警戒した理由が理解できた」

 この瞬間、綺礼は縫を最優先で殺すべき相手として理解していた。
 聖堂教会の代行者として、異端を排除する活動をした経験のある綺礼にとっても、縫は異常な存在だった。
 回復力、耐久力、どれをとっても人間の領域外だ。
 縫の次なる動きを警戒していると、隣に承太郎が並んだ。

「言峰。あいつを倒せるか?」
「殺すつもりの一撃だった、と言っておこう」

 厳しい顔で、承太郎の言葉に返答する綺礼。
 言外に倒すのは難しいと述べた綺礼に対して、自身も戦闘を繰り広げた承太郎は何も言わない。
 承太郎自身も、縫の超人的な強さを理解しているからだ。
 二人の元に、銃を構えた雄二が駆け寄った。

「やはり積極的に目を狙おう」
「ああ」
「了解した」

 三人は首肯を交わすと、まず綺礼が前に出た。
 八極拳は超近接格闘。距離の遠い相手には『活歩』のような手段もあるが、まずは近づかなければ技を当てることも叶わない。

「行くぞ」

 再び胸部への打撃が放たれることを警戒して構える縫に、綺礼が選択したのは前方への跳躍。
 ふわりと空中を跳び上がる姿に虚を突かれ、縫は一瞬反応が遅れた。
 そして、達人ならばその一瞬で事足りる。

「何処を見ている」

 綺礼は縫のヒラヒラした服の腰の辺りを掴むと、自らが空中前転する勢いで、肩、後頭部と掴んだ手を移動させていき、地面に叩き付けた。
 流れるような投げ技『天頭墜』。
 食らった縫は、叩き付けられたうつ伏せの姿勢そのままで、ポカンと口を開けていた。
 その状態のまま、雄二のキャレコが数発撃ち込まれる。

「……あはっ」

 縫は撃たれた反動でビクン、ビクン、と痙攣しながらも、数十秒後には立ち上がった。
 そこにすかさず綺礼が技を見舞い、これが避けられると、代わりに承太郎のスタンドによる一撃が直撃した。
 また立ち上がる縫。今度は綺礼も承太郎も攻撃を外すが、雄二の銃撃が胸を貫いた。
 隙を生じない三段構えといったところか。
 三人の連携は、驚くほど上手くかみ合っていた。

「あはははっ」

 しかし、そのような戦術を駆使しても、縫は一向に倒れなかった。
 何度となく拳打を食らい、銃弾で貫かれても、その顔から笑顔が消えることはなかった。
 やがて綺礼たちに疲労が出始めたころ、縫はこう呟いた。

「まさか、ただの人間がここまでやるなんて、ちょっとだけ誤算だったかな~」

 呟きながら、綺礼の打開を跳んで避け、承太郎のスタープラチナを躱し、雄二の銃弾を叩き落とした。
 連携が鈍ったのではない。縫が本気を出したのだ。
 そのことは、実際に相対して戦闘している三人自身が一番よく分かっていた。

「もう出し惜しみはやめるよ」

 そう宣言した縫は、一転して攻勢に回り始めた。
 まず、綺礼の技がほとんど当たらなくなった。どの技をどんなタイミングでかけても、簡単にあしらわれるようになった。
 何度も食らったのはこのためか、と綺礼は唇を噛んだ。

「あははははっ!!!」

 次に、雄二の銃弾も回避されるようになった。
 綺礼はこの短時間の戦闘の中でも、雄二の射撃の腕前を高く評価していた。 
 綺礼や承太郎の動線を阻害することなく、かつ的確に目を狙って撃つというのは、並の腕前ではない。
 その銃撃が回避されるとなれば、一体どのような攻撃なら当たるのか。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」

 その答えは、スタープラチナだ。
 一つの拳が避けられようと、別の拳を当てればいいという思考に基づく、単純明快な連打(ラッシュ)が、縫の身体をしばしば捉えていた。
 しかし、それも決定打には至らない。
 吹き飛ばされた縫の姿は、さながら紙でできた人形か何かのようで。
 綺礼は眉をひそめた。何かをしようとしている。

「ボクにここまでのダメージを負わせたお返し、あげるね♪」

 両腕を肩の高さまで上げた姿勢で、ストンと地面に着地した縫。
 その異常性さえなければお姫様にも見えそうな姿を、綺礼はただ見つめ続ける。

「mon mignon prêt-à-porter(モンミニヨン・プレタポルテ)♪」

 可愛らしい声でそう告げた次の瞬間、縫の分身が出現した。
 同じ姿の少女が六人。くるくると回りながら、驚愕する綺礼たちを囲んだ。

「どう?これで数の有利はなくなったよ?」

 ニコニコと。

「さあ、皆でパーティーをしようよ」

 ケタケタと。

「鮮血と臓物に彩られた真っ赤なパーティー」

 楽しそうに。

「場所はラビットハウス」

 愉快そうに。

「主催はボクで、お客さんはここにいる皆!」

 笑う。笑う。笑う。

「まずはお客さんに飾り付けを手伝ってもらわなきゃ――ねっ!」

 声を立てて笑いながら、六体の化け物が一斉に、綺礼たちに襲い掛かった。



■



「オラァッ!!」

 承太郎は一つの分身をスタンドで捕らえると、その身体を力任せに引き千切った。
 普通の人間には困難な芸当でも、スタープラチナの桁外れなパワーにかかれば、普通の服を割くのと同じように千切れる。
 ペラペラな身体は、やはり耐久力では本体に劣るらしい。
 本体もこれだけ簡単に引き千切れれば楽なんだが、と承太郎は考えた。

(しかし……何がしたい?)

 はっきりしないのは、縫がこのような行動をする理由だ。
 分身を含めた縫は、承太郎たち三人だけを標的にしている。ラビットハウスの店内にいる、非力な少女たちを狙おうとはしていない。
 存在を知らないはずはない。雄二と戦闘になっていた以上、縫は殺意を抱いてあの店に入ったはずだ。
 それなのに、今この場で遊月たちを狙わないのはなぜか。

(分からねえ……狙われたらそれはそれで困るが、な)

 三人は、ラビットハウスに入られないように戦闘していた。
 扉の前に近づこうとする縫を、優先的に追い払う。数の上で劣勢なのもあり、戦況は非常に危うい状態だった。
 承太郎は、雄二をしようとした縫の一体をむんずと掴んで、自分の元へ引き寄せた。
 殴って吹っ飛ばしてから、鋭い視線を周囲に向ける。しかし、分身が交錯する状態では、本体だけに狙いが付けられない。

「てめえ、何が目的だ!」

 苛立つ承太郎は、再び一体の縫を殴りつけながら問いかけた。
 これで本体だけが反応してくれれば、と期待するが、なんと五つの口が同時に開いた。

「「「「「うーん、それを言ったら面白くないでしょ?」」」」」

 まともに答えるつもりはないらしい。承太郎は再び周囲を確認した。
 現状、五体の分身のうち、雄二と綺礼が二体ずつ引き付けており、もう一体は少し離れた場所にいた。
 その一体が、勢いをつけて跳躍すると、ラビットハウスの屋根に立った。

「っ……てめえ!」

 やはり遊月たちを狙うつもりはあったようだ。
 帽子の向きを直した承太郎は、屋根の上に向けてスタンドを放った。
 隆々たる筋肉での一撃は、縫にひらりと躱された。しかし承太郎は諦めず、次の一撃を見舞おうと試みた。

「あれれー?いいの、まっすぐ向かってきて?カッコいいー♪」

 背後から奇襲されることは考えていない。雄二と綺礼が対処してくれると信じているからだ。
 事実、綺礼が分身を拳で吹き飛ばす音は、背後から何度も聞こえてきた。
 雄二による銃声も同様に、長い間を置かずに何度も響いていた。
 二人は必死にラビットハウスを守ろうとしている。ならば承太郎は、頼れる仲間に背中を預ける。
 そんな承太郎の行動に、縫は煽るように問いかける。

「だけど、まっすぐすぎると――」

 明らかに挑発であると理解できた。それでも承太郎は、スタンドの勢いを止めることはしなかった。
 走ることを止めては、絶対に拳は届かないからだ。

「オラアァッッ!!」

 ポルナレフを殺された怒りが、心の力までも強くする。
 ブチのめす。その激情を拳に乗せて、承太郎は化け物の顔面を殴らんとした。

「――罠に嵌まっちゃうぞ☆」

 その瞬間、承太郎の視界から、縫の姿が掻き消えた。
 同時に、攻撃対象を見失ったスタンドも消えた。

「承太郎、後ろだ!」
「オラァッ!!!」

 すぐ背後から聞こえた雄二の声に、承太郎は自分が振り向くより早く、スタープラチナを放った。

「オラオラオラオラ――っ、いない!?」

 幾人ものDIOの刺客を殴り倒してきたラッシュは、しかし、縫を捉えずに空を切った。
 承太郎は振り向いたが、そこに縫はいない。

「ぐああああっ!?」
「どうした、風見!」

 承太郎が視線を横にずらすと、雄二が天を向いて声を上げていた。
 といっても猛々しい鬨の声ではない。むしろ苦しげな声だ。それは次第に、凶暴なものへと変化していく。

「じょう、たろ……おおおおおおおおおっ!!!」
「何っ!?」

 承太郎は白く染まり凶暴化していく、雄二と綺礼の姿を見た。
 二人の背後には、分身が消え去り一人きりとなった縫の笑顔が見えた。
 口に手の平をかざして、アハッと笑っている。

「ゴメンね、この二人、ボクがちょっと洗脳しちゃった☆」
「洗脳だと……!?」

 そんな搦め手まで使えるのかと驚いていると、雄二と綺礼が腕を押さえてきた。
 がっしりした体つきの二人に抑えられ、承太郎もすぐには拘束を解くことができない。
 その間に、縫は悠然と近づいてきて、承太郎の額に手を置いた。
 必死にもがく承太郎は、頭の中に何かが侵入してくる感覚に襲われた。
 脳内に糸が入り込んでいくような、生々しい感覚。

「承太郎くん、君も洗脳させて貰うよ!」

 この言葉が聞こえるか聞こえないか、といったところで、承太郎の意識はいよいよ朦朧としてきた。

 ――壊せ――暴れろ――壊せ――暴れろ――
 ――ラビットハウスを――安住の小屋を――
 ――暴れろ――壊せ――暴れろ――壊せ――

 脳内に響く声。それは破壊を強制してくるものだった。
 承太郎はその声を、自然と受け入れていた。とてつもない衝動に襲われていた。
 破壊する。壊滅させる。ラビットハウスの全てを壊す。

「オラァ!」

 手始めにドアを蹴破った。承太郎に次いで、雄二と綺礼も店内に入る。
 店内を滅茶苦茶にしろ、そう響く脳内の声を、承太郎は自然に受け入れていた。
 雄二が椅子を投げて、綺礼がテーブルを叩き割り、承太郎が食器の入った棚を倒す。
 破壊の限りを尽くせという言葉通りに、三人は抗うことなく従った。
 しかし、次の命令に、承太郎の動きが止まった。

 ――殺せ――殺せ――遊月を殺せ――
 ――刺し殺せ――殴り殺せ――撃ち殺せ――
 ――惨たらしく殺せ――痛めつけて殺せ――

 それを聞いた承太郎は動けない。否、動かない。
 雄二と綺礼は辺りを見回してから、二階へ向かおうと歩き出した。
 それでも承太郎は動かない。ポケットに手を突っ込み、淡々と語り始めた。

「俺は――この空条承太郎は、いわゆる不良のレッテルを貼られている」



■



 破壊活動を店の外で見ていた縫は、動かない承太郎に不審を抱いた。
 店内に入ると、何やらブツブツと呟いていた。

「ケンカの相手は必要以上にブチのめすし、能無しの教師には気合を入れてやる」

 近付くと、そんな言葉が聞こえてくる。縫は嫌な予感に襲われた。

「だが……仲間を傷つけること……まして殺すことは絶対にしない……それは『悪』だからだ」

 まさか、洗脳が解けている?ここまで短時間で解けるはずはない。

「そんなことをしたら、俺は自分自身を許せねぇ」

 現に雄二と綺礼の洗脳は解けておらず、二階に向かおうとしている。
 しかし、承太郎からは反抗する意思が感じ取れた。

「たとえ洗脳されていたとしてもな!!!」

 承太郎はスタープラチナを発動させ、自らの脳から僅かに出た糸を、一瞬で抜いた。
 縫は驚きで目を真ん丸にした。承太郎が振り向いて、縫を指さした。

「改めて理解したぜ……てめーは正真正銘、吐き気のする邪悪だ!」

 縫は驚愕と屈辱に顔を歪めた。
 鬼龍院羅暁が纏流子を洗脳した際、流子は己の意思で洗脳に抗い、断ち切ることに成功した。
 承太郎もまた、仲間を殺さないという強い心が、洗脳に抗ったのだ。
 ほつれた糸を抜き取るくらい、精密動作性の高いスタープラチナには雑作もない。
 針目縫の『精神仮縫い』は、ここに敗れた。

(これは予想外だなぁ……)

 承太郎は洗脳された二人のことも抜糸した。二人は頭を押さえて呻いているが、洗脳は完全に解けていた。
 こうして、数十秒も経たない間に、縫は圧倒的優位な状況を失っていた。
 洗脳が失敗した以上、三人は同じ轍は踏まないように行動するはずだ。となれば、戦闘は今まで以上に面倒になり、長引いていく。

「俺がてめーという邪悪を裁くぜ」
「ゴメンだね!」

 縫は後ろ向きに跳び、店内から勢いよく出た。
 承太郎は眼光鋭く、超然と歩いて出てくる。縫はじっと承太郎の動作を注視しながら、次の策を考えた。

(とりあえずもう一回、数の差を作ろっかな!)
「それじゃ、モンミニヨ……なあぁっ!?」

 分身を作ろうとした直後、縫の身体を衝撃が襲った。
 その衝撃は、疲労した身体にはあまりに強烈で、縫はぶっ飛んで行った。
 縫に体当たりを食らわせたのは、誰あろう『飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)』――神威の車輪を担う、一頭の神牛である。

「……お前、どうして」
「Mooooooooooo!!!」

 もはや二頭で大地や空を駆け回ることはできないと悟り、神牛は悲しみに暮れた。
 征服王イスカンダルの戦車(チャリオット)として、二匹揃って駆けた過去に思いを馳せた。
 そうして数分後に立ち直り、憎むべき敵が棒立ちになっているのを見たとき、怒りのあまり突進することを抑えられなかったのだ。

「……そうか、相棒をやられたお返しってことか」

 承太郎の言葉に、神牛は短く啼いた。



■



 ラビットハウス前での戦闘から離脱した縫は、再び市街地を歩いていた。
 肩を落としながら、よろよろと力なく。それでも口もとには笑顔を忘れずに。

「あぁ~疲れた~」

 いかに生命戦維といえども、長時間の戦闘を繰り広げたために、疲労は蓄積されていた。
 特に、牛の強烈な突進を二度も食らったのが、相当なダメージになっていた。
 支給品を確認すると、食料カードは殴られて吹っ飛ばされたときの衝撃で落としてしまったようだと分かった。
 食事は絶対必要なものでもないが、あるに越したことはない。

「まっ、誰かから奪えばいっか☆」

 食事については思考を打ち切り、自らに課せられた制限について考えた。
 元々の身体能力に課せられた制限に加えて、『モンミニヨン・プレタポルテ』と『精神仮縫い』にも制限が課されていると判明した。
 前者は作れる分身の数。その気になれば十体も二十体も作れるが、それではかかる疲労が乗算的に増していく。
 無理せずに作れる数は五体が限度だと分かった。

「もー、制限かけすぎだよ。男三人を操ろうと思ったら、その技も制限されてるなんて!」

 それは、鬼龍院羅暁が本能寺学園の生徒たちを洗脳した際に使った技だった。
 『精神仮縫い』――人間の脳を生命戦維で縛りつけて、強制的に支配する技術。
 縫のスタンスを考えると厄介極まりない技だが、実はこの殺し合いの主催者である繭により、ある制限が課されていた。
 その制限とは、生命戦維を脳に侵入させるには、侵入させたい相手の頭に、直接触れていなければならない、というもの。
 更には時間制限もある。十分もすれば洗脳は解け、元の精神に戻ってしまう。

「ほんっとうにムカつく!!」

 繭による制限は、縫のポテンシャルを封じているも同然だ。
 勝手に呼び出して勝手に制限をかけて殺し合わせて。縫の怒りは更に増したといってよい。

「……でも、洗脳を自力で解かれたのは、予想外だったなぁ」

 『精神仮縫い』で洗脳して、ラビットハウスを破壊させたのは気まぐれだった。
 ウサギがのうのうと暮らしていた場所が破壊されていく経過を見るのは、なかなかに愉快なものではあった。
 しかし、縫は悠長にやりすぎた。
 遊月を殺す機会はあったのに、承太郎たちを上手く洗脳できたことで欲が出てしまった。
 より遊月が苦しみ、絶望しながら死んでいくように、承太郎たちに遊月を嬲り殺させようとしたのが、全ての失敗だった。

「失敗失敗☆」

 しかし、悩んでも仕方ない。
 この先も固執しすぎない程度に、遊月の殺害は視野に入れておくことにした。
 承太郎に成りすまして悪事を働くことも忘れていない。
 ただし、成りすますのは綺礼や雄二、あるいは女子たちでも構わないとも思い始めていた。

「これからどうしよっかな~」

 ラビットハウスから離れたことによって、行動の方針を一旦失った縫。
 当てもなく歩き続ける化け物は、その果てに、何を見るのか。


【G-6/市街地/一日目・昼】
【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、繭とラビットハウス組への苛立ち
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0~1(紅林遊月が確認済み)
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:どこへ向かうか考える。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:流子ちゃんのことは残念だけど、神羅纐纈を完成させられるのはボクだけだもん。仕方ないよね♪
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。



■



 遊月はただただ呆然と、ラビットハウスの店内を見つめた。
 生き残ったテーブルは二つ。少ない調度品は殆どが壊された。窓ガラスも割れていない部分の方が少ない始末だ。
 隣にいるチノとリゼを見ると、遊月と同じ気持ちの顔をしていた。

「すまない」
「面目ねぇ」
「申し訳ない」

 深々と頭を下げる雄二。帽子で目元を隠す承太郎。じっと目を閉じる綺礼。
 縫の『精神仮縫い』で洗脳された三人の男たちは、ラビットハウスの店内を荒らしまわったのだ。
 荒らされたのは店舗部分だけであり、上階のチノやココアの部屋などには被害は及ばなかったので、遊月たちは怪我していない。
 しかし、その代わり店の部分は壊滅的な状態だった。

「仕方ありません、悪意はなかったんですから……」
「チノ……」

 代理マスターは冷静だが、にじみ出る悲壮感は隠せていない。
 カウンターの中で、虚ろな目で壊れたコーヒーミルをずっと回し続けるチノの姿は、どこか哀愁が漂っていた。

「おんぼろ喫茶店がボロボロ喫茶店になっただけです……」
「上手いな」
「風見さん!チノも、反応に困るから!」

 チノの痛々しい自虐と、雄二の空気を読まない賞賛にリゼが突っ込みを入れた。
 暗くなりかけた雰囲気を打ち消すかのように、リゼがフォローに入る。

「ま、まあ全員生き残ってよかった。
 今後どうするかは、そろそろ流れるはずの放送を聴いてから決めないか?」
「そうだな。俺としては情報交換もしたいところだ。
 特に言峰神父。針目と対等に渡り合えていた貴方の話は、是非聞きたい」

 真面目に戻った雄二が、この場の主導権を握ろうとした。
 ごく自然に、情報交換の流れにしようとしている。

「私の話か?」
「そうそう、凄かったよ神父さん。まるで映画の格闘シーンみたいで」

 腕を振って再現しようとした遊月はしかし、目を見開いた綺礼に、腕をぎゅっと掴まれた。
 そして、令呪が刻まれた右手の甲をじっと見つめて、綺礼はこう呟いた。

「……やはり令呪か。こんなものまで支給されていたとはな」
「あの、これが何か……?」

 疑わしげな遊月の言葉に、綺礼はしばし考えてから全員に語りかけた。

「……休憩しながらでも、魔術について、私の知る限りのことを教えよう。
 風見雄二、君の持つアゾット剣についても、その一般的な使用法を教えておく」
「魔術について、か。願ってもない」

 その言葉に誰より驚き、誰より喜んだのは雄二だった。
 表情の変化は乏しいものの、声の調子がやや上向きになっていた。

「私としては、あの青いカードについて訊きたいことがあるのだが……詳細を知る者はいないだろうか」

 遊月の心臓がドキリと跳ねた。
 綺礼に対してピーピング・アナライズを使用したのは縫であり、遊月ではない。
 だから責められることもないと考えていたが、いざ屈強な男性を前にすると、自分から言い出すのは躊躇われた。
 すると、承太郎がカードをかざして見せた。

「このカードだろう。あのとき願望がどうのと言っていたのは」
「承太郎。拾っていたのか」
「まあな」

 カードの中には、確かにピルルクがいた。
 能力を使ってすぐだからか、ぐっすり寝ているようだ。
 チノやリゼは可愛いものを見る目で眺めていたが、遊月はそんな気にはなれなかった。
 人の心を覗く、それがどれだけ重い行為か、自身に使われ、また自身でも使った遊月は深く理解していた。
 雄二が承太郎からカードを受け取る。

「これは……遊月の言っていた『WIXOSS』のカードじゃないか?」
「あぁ、うん。そうだよ」
「喋るとは聞いていなかったがな……おい、何か言ったらどうだ、ピルルク」
「…………」

 だんまりか、と雄二は息を吐いた。そして遊月に手渡した。
 遊月はそっとピルルクを手に取ると、ポケットにしまい込んだ。

「これのことは、あとで話すよ」

 問い詰めるような綺礼の視線にそう返すと、綺礼はひとまずは追及を避けてくれた。
 遊月は話を変えようと、雄二に気になっていたことを尋ねてみた。

「そういえば風見さん、どうして針目の変装を見抜けたんだ?」
「ああ、その話か。針目は承太郎が衛宮切嗣を疑っていたことを知らない。聞いていたとしても、その理由までは知らない。そうだろう?」

 遊月は最初にここに来たときの会話を思い返して、首肯した。
 承太郎の衛宮切嗣への不信感は、具体的な説明はされなかった。

「……そういえば、『心を許すな』とは言われたけど、その理由までは聞いてないや」
「承太郎は衛宮切嗣を殺人犯ではないかと疑っていた。
 その彼が逃走したんだ。『なぜか逃げ出した』と言うのはおかしい。
 承太郎が本物なら、少なくとも、「やはり奴が怪しい」くらいのことは言うだろうと思ったんだ」

 よく分かってるぜ、とでも言いたげに頷く承太郎。
 それに、と雄二は付け加えるようにして言った。

「戦闘を繰り広げたにしては、随分と学生服が綺麗だったからな」

 おお、と声を上げるラビットハウスの店員二人。
 そうでなくても、ここにいる全員が、雄二の鋭さに感心していた。
 ただ、話題を振った遊月だけは、どこか陰のある表情を見せていた。

(はぁ……)

 遊月は複雑な心境で、現状を振り返った。
 どこかにあるかもしれない、殺し合いを隠蔽する装置のことも。
 圧倒的な強さを披露して逃げていった、針目縫という凶悪な敵のことも。
 強大な力を持っていることしか分からない、諸悪の根源である繭のことも。

(まだ、なにも解決していない)

 このままで大丈夫なのか。
 この島から生還することができるのか。
 漠然とした不安が、遊月の胸中には暗雲のように立ち込めていた。



【G-7/ラビットハウス/一日目・昼】
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、ショック
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
   黒カード:果物ナイフ@現実、救急箱(現地調達)、チャンピオンベルト@グラップラー刃牙、グロック17@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:皆で帰りたい
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:ラビットハウスの店番として留守を預かる。
   2:ここでココアさんたちを待つ。探しに行くかは相談。
   3:衛宮さんと折原さんには、一応気をつけておく。針目さんは警戒。
   4:承太郎さんが心配。
   5:お店、どうしよう……。
[備考]
※参戦時期は12羽終了後からです。
※空条承太郎、一条蛍、衛宮切嗣、折原臨也、風見雄二、紅林遊月と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※紅林遊月の声が保登心愛に少し似ていると感じました。



【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
     1:ここで友人たちを待つ。
     2:外部との連絡手段と腕輪を外す方法も見つけたい
     3:平和島静雄、キャスター、DIO、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、針目縫を警戒
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。



【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、決意、不安
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(20/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。それから……。
   1:シャロを探し、謝りたい。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない……。
   3:蒼井晶、衛宮切嗣、折原臨也、針目縫を警戒。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。



【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:疲労(中)、右肩に切り傷、全身に小さな切り傷
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。
     1:天々座理世、香風智乃、紅林遊月を護衛。3人の意思に従う。
     2:入巣蒔菜、桐間紗路、保登心愛、宇治松千夜の保護。こちらから探しに行くかは全員で相談する。
     3:外部と連絡をとるための通信機器と白のカードの封印効果を無効化した上で腕輪を外す方法を探す
     4:非科学能力(魔術など)保有者が腕輪解除の鍵になる可能性があると判断、同時に警戒
     5:ステルスマーダーを警戒
     6:平和島静雄、衛宮切嗣、キャスター、DIO、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、針目縫を警戒
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。



【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、胸に刀傷(中)、全身に小さな切り傷、針目縫への怒り
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:平和島静雄と会い、直接話をしたい。
   3:静雄が本当に殺し合いに乗っていたなら、その時はきっちりこの手でブチのめす。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。



【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(中)、全身に小さな切り傷
[服装]:僧衣
[装備]:神威の車輪(片方の牛が死亡)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0~1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0~3(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
    不明支給品1枚(希の分)、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。魔術について教える。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:DIOの言葉への興味&嫌悪。
   3:希への無意識の関心。
   4:私の、願望……。



[全体備考]
※針目縫が落とした持ち物は、風見雄二と紅林遊月が回収しました。
※ポルナレフの遺体は、ラビットハウス二階の部屋に安置されています。
※ポルナレフの支給品及び持ち物は、言峰綺礼が全て回収しました。まだ確認していないものもあります。
※神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、二頭のうち片方の牛が死んだことで、若干スピードと火力が下がりました。


*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|145:[[Not yet(前編)]]|風見雄二|150:[[記憶の中の間違った景色]]|
|145:[[Not yet(前編)]]|天々座理世|150:[[記憶の中の間違った景色]]|
|145:[[Not yet(前編)]]|紅林遊月|150:[[記憶の中の間違った景色]]|
|145:[[Not yet(前編)]]|空条承太郎|150:[[記憶の中の間違った景色]]|
|145:[[Not yet(前編)]]|言峰綺礼|150:[[記憶の中の間違った景色]]|
|145:[[Not yet(前編)]]|針目縫|149:[[killy killy MONSTER]]|