*La vie est drôle(前編) ◆X8NDX.mgrA 「はははははっ!!おらおら、もっと行くぞ!!!」 「僕も混ぜてくれると嬉しいんだけどね」 「てめえは引っ込んでろ!」 「ぐっ……」 斬撃の風圧で街灯が破裂する。踏みしめた地面が、それだけで抉れる。 市街地に反響する剣戟が、戦闘の激しさを物語っていた。 ここにいるのは、このバトルロワイアルの中でも比類なき強者に分類される三人。 生命戦維の身体を持ち、神衣純潔と一体化した纏流子。 宇宙最強を誇る戦闘種族・夜兎族の神威。 英霊としてセイバーのクラスで顕現した、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。 三人は、出自も経歴も大きく違うが、その強さは誰もが認めるところ。 彼らが暴力的なまでの殺意をぶつけ合う様相は、英霊同士の戦闘にも匹敵する。 もしこの場が「最強」を決定する地下闘技場であったならば、観客は血沸き肉躍るほどの昂揚感を覚えたことだろう。 無論、もしそうだとしたら、観客の命の保障はないが。 ■ 時刻は放送が始まる前に遡る。 セイバーはホテルを出てから、DIOから譲り受けた車を走らせていた。 運転に身体を慣らしてから、目的地に定めたのは、最も近場の施設である本能字学園。 不可思議な力を持つDIOを負傷させるほどの強者がいた場所である。 すでにかなり時間が経過していたが、車を学園の前に停車させると、警戒を怠らないまま校庭へと歩を進める。 (……やはり、戦闘はあらかた終わっていたか) 僅かに鼻腔を刺激するのは血の臭い。 予想通り、その場にいたのは物言わぬ骸と化した参加者だけであった。 できることなら、DIOが闘ったという侍から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したかったが、それは無理らしい。 セイバーの視界に入る限りでは、この戦場で命を散らしたのは三人。 正眼に構えていた剣を降ろし、セイバーは死体の元へと近づいた。 一人は腹部を貫かれた男性。 顔の半分が異形となっており、微かに魔力の残滓が感じられた。 少なくとも魔術師なのは確実で、聖杯戦争の関係者であった可能性もある。 セイバーが把握していないマスターは、キャスターとバーサーカーのマスターのみ。 しかし男の微弱すぎる魔力反応からして、あのバーサーカーに充分な魔力が供給できていたとは考えにくい。 となれば、あの狂人めいたキャスターのマスターだろうか。 勝手な誤解で狙われた身としては、複雑な心境である。 とはいえ、死んだ以上は考えたところで詮無きことだ。セイバーはそこまでで思考をうち切った。 二人目は、鋭利な刃物で胸を刺された痕のある、金髪の女性。 武器は手にしていないが、全身に生傷があり、彼女もまた戦闘に敗北した結果、死を迎えたのだと分かる。 徒手空拳で闘うタイプにも見えないので、おそらく武器は勝者に奪われたのだろうと予想できる。 セイバーの関心を誘ったのは、その表情だ。 先の男もそうだった。表情に死への後悔は微塵も感じられず、あるのはただ微笑だけ。 信念を貫いたまま逝けたのだろうかと、セイバーは少しだけ考えた。 三人目はこれまた女性、年頃からすれば少女と呼べるだろう。 損壊の度合いで比べるなら、この校庭にある三人の内、最も酷い状態と言える死体。 人間の急所の多くは正中線上にあるとされるが、それらが寸分違わず打ち据えられていた。 とりわけ喉笛に刻まれた一撃の跡は、それを撃ち込んだ者の強さを知るには充分なほどであった。 それと同時に、女子供にも情け容赦のない参加者の存在を認識した。 (……ん?これは、カードか) 死体に近付いたことで、セイバーは傍に落ちていたカードに気付いた。 近くには日本刀も落ちていた。 他の二人は奪われていたのにも関わらず、だ。 何か理由があるのかと、落ちていた日本刀を拾い上げてみると―― (――愛愛愛愛愛愛あなたを愛してる愛愛愛愛愛愛――) 「なっ!?」 ――愛を求める悲鳴が、セイバーの脳裏にこだました。 不意の衝撃に驚いたセイバーが咄嗟に手放したことで、罪歌は地面にからんと落ちた。 妖刀・罪歌は全ての人間を愛するが、とりわけ強い人間を愛する傾向にある。 そしてセイバーこと騎士王・アルトリア・ペンドラゴンは、竜の因子を持つ不老不死の少女とはいえ、種族的には人間である。 夜兎や吸血鬼ではなく人間であれば、罪歌が反応するのも当然だった。 (宝具とはまた異なるようだが、魔剣の類か……?) セイバーは未だ反響する声を無視しながら考える。 アーサー王の持つ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は聖剣である。 聖剣とは、手に取った者に栄光を与える、奇跡の結晶。 それと対照的な形で、ダーインスレイヴや村正のように、災禍をもたらす意味での魔剣もまた存在する。 そのような魔剣を、セイバーは実際に手にしたことはない。 しかし、日本刀を手にした瞬間、直感的に異常な感覚に襲われたのだ。 (手放したのは正解だった……か) セイバーが罪歌の異常性を察知できたのは、彼女の予知にも等しい直感によるものだ。 倉庫群での戦闘時に、ランサーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ジャルグ)』による一撃を辛くも回避したのと同じ原理である。 刀を持ち続けていれば、何か良くないことが起こる、という程度の予感。 (近寄らない方が得策かもしれない) 地面に落ちた日本刀を今一度眺めると、セイバーはそう判断した。 魔剣は手にしただけで呪われる種類のものもあるとされる。 既にセイバーは罪歌を手にしている以上、そういった種類ではないことは確かだが、それでも近寄って要らぬ災厄を招く必要もない。 そもそも聖剣がある以上、それ以外の刀剣類を手に入れても意味がない。 また、日本刀は慣れていないので、仮に手に入れても満足には使えまい。 (それにしても、このような細い刀身では、すぐに折れてしまいそうだ……。 ……先程の、あの東洋の侍は、相当な実力の持ち主だったということなのでしょうね) 数刻前に侍に切られた傷跡にそって、首筋をそっとなぞる。 東洋の侍と決闘をするのは初めてだった。 聖杯から与えられる知識が不完全なセイバーでも、侍や武士が西洋の騎士と対比される存在ということは理解していた。 なればこそ、無意識の内に、対抗心が燃えていたのかもしれない。 セイバーは日本刀と少女の骸に背を向けた。 (それより、施設の破壊に努めなければ) セイバーは呪われた妖刀を思考の外へと追いやり、屹立する本能字学園を仰ぎ見る。 改めて見ても、その壮大さは学び舎の域を超えていた。 冬木市にも学校施設は存在するだろうが、ここまで巨大ではあるまい。 ここを訪れた本来の目的は、参加者の捜索と施設の破壊。 だが、前者はともかく、後者は骨が折れそうだと思いながら、セイバーはまず校内を探索することにした。 ■ 結論を言えば、学園での探索では成果は得られなかった。 参加者の気配どころか、人間が過ごしていた痕跡、足跡の一つすら存在しなかったのだ。 (おそらく参加者は、校内に出入りすることなく、校庭で殺し合ったのだろう) となれば、学園を隅々まで探索するのは、時間を無駄にすることになる。 そう判断して、セイバーは全ての部屋をくまなく探索するのを止めた。 また、施設の破壊は諦めるより他ないと考えた。 聖剣を真名解放すれば容易なのだが、それにはまた、膨大な魔力を動員する必要がある。 すでに一度、A-3の橋を落とすために使用してしまった以上、それは極力避けたいところだった。 (……ならば、ここは仕方あるまい) もとより施設の破壊は、時間と魔力を浪費しない程度にする心づもりでいた。 加えて本能字学園は、目立ちこそすれ、駅のように移動手段があるわけでもなく、病院のように、医療設備が整っているわけでもない。 ならば、ここで破壊しなかったところで大した影響はない。 半ば言い訳めいた結論だとセイバー自身も感じたが、能力が制限されている身としては、軽率な行動はできないのも事実であった。 ――効率を考えた選択により、他の施設と繋がっているワープの部屋が無事であったことは、セイバーはもちろん、誰の知り得るところでもない。 こうして、セイバーは本能字学園を後にした。 学園を訪れてから、時間にして実に一時間足らず。 セイバーは次の目的地にC-6エリアの駅を定めると、再び車を疾駆させた。 (だいぶ慣れてきたな……そもそも操作が困難な代物ではないのだろうが。 少なくとも、前に切嗣が用意したあのバイクに比べれば、格段に扱いやすい) あれは相当なじゃじゃ馬であった、とセイバーは思い返す。 第四次聖杯戦争の最中、改造のなされた操縦の困難なバイクを、セイバーは切嗣に渡されたのだ。 それに比べれば、自動車を駆るのは赤子の手を捻るようなもの。 駅まで行くのにもそう時間はかからないだろう、などと考えていると。 「よう」 運転している真横から、少女の声がした。 それも、助手席からではない。 車と並走する形で空中を飛んでいる少女に、セイバーは完全に虚を突かれた。 反射的にブレーキを強く踏み、車を急停止させる。 少女はやや遅れて空中で静止すると、くるりと振り返って運転席のセイバーを見てくる。 奇妙な服装をした少女は、残虐な笑みを浮かべていた。 「おいおい、無視かよ?」 (この少女……何者だ?) 少女の問い掛けを、セイバーはまともに聞いていなかった。 人間が空を飛べないのは、自明の理である。 現代人でさえ、己の力のみで飛行することは不可能なのだ。過去の英霊であるセイバーもまた、それを理と考えていた。 すなわち、ただの人間が空を飛べる道理はない、と。 「へっ、ビビったのか? こんな状況で車なんて目立つモン使ってるから、度胸のある奴かと思ったら、拍子抜けだぜ」 つまり、眼前の少女は人間ではない可能性がある。 不敵な笑みを浮かべ続ける少女の全身を、セイバーは今一度見た。 英霊が発する魔力特有のものこそ感知できないが、幾度も戦場を駆け抜けてきた騎士としての観察眼を以てすれば分かる。 脈動する膨大な力が、少女の身体には漲っているのだ。 セイバーは緊張感を持ちながら、少女との会話を始めることにした。 ■ 纏流子がセイバーを発見したのは、単なる偶然だった。 神威とDIOの館を訪れて、スタンド使いの情報を手にした後のこと。 今後の目的地を決めようとした流子は、しかし考えあぐねてしまった。 皐月とはまだ会いたくない、などと考えている内に、頭がごちゃごちゃ混乱してしまったのだ。 こういうときには、まず行動するに限る。 流子は答えを待つ神威に向けて、真面目な顔で言った。 「ちょっと待ってろ、空からちょっと眺めてくる」 「え?」 神威が言葉の意味を理解するのを待たずに、流子は純潔旋風の形態になり、大きく飛び上がった。 容易く十メートル以上の高さまで飛び、殺し合いの舞台を俯瞰する。 地図の通り、三つの島が繋がっていることが確認できた。 中央の砂浜の辺りには、妙な形の棒がある。 “ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲”という名称のそれから、流子はすぐに目を逸らした。 そして、さも何も見ていないかのように再び俯瞰する。 「特に目的にしたい場所もねぇ……ん?」 下半身のブーストを上手く調節し、ホバリングを保ちながらきょろきょろと見回していると、流子の目が動く物体を認めた。 それは自動車、しかもオープンカーらしく、運転手の姿まで丸見えであった。 金髪の少女が達者なハンドルさばきをしている。 「――丁度いいや、私のストレス発散に役立ってくれよ」 言うが早いか、流子は車の元へと向かっていた。 本能字学園で自身が殺害した、金髪の女性に舐めたことを言われたことによる苛立ちは、未だに収まってはいなかったのだ。 どこか苛立ちをぶつけられる場所が欲しかった。 そんな折に見つけた参加者が、自動車を運転しているときた。 流子は決して頭脳明晰ではないが、それでも一般人にとって、殺し合いの最中に目立つことが危険なことは理解できる。 ならば、運転という目立つ行為をしている少女は、どんな存在か。 (相当な度胸があるか、さもなくば殺し合いに乗ってるか――だよなぁ!) 穴だらけの考察も、暴れる理由が欲しい流子にとっては完璧な証明となる。 心中の昂りを抑えることもせず、流子は風の如く飛んだ。 このとき、神威のことは忘却の彼方である。 ■ そうした経緯を経て、流子はセイバーと相対していた。 ここは本能字学園と駅のちょうど中間点――ではなく、そこから少し離れたC-6の市街地である。 数分前に、流子が運転中の少女を止めてから、少しのやり取りがあった。 「開けた場所の方が闘いやすいだろう」 開口一番、そう言った少女に対して、流子は一瞬呆気に取られてから、すぐさま嗜虐的な笑みを浮かべた。 もし少女が無反応を貫いていたならば、イライラは更に増していただろう。 だが、今の少女からは確かに闘気が発されている。 「なんだ、やる気はあるんじゃねぇか」 肌にピリピリと感じる闘気を心地よく思いながら、流子は車の助手席に、無造作に腰を下ろした。 何をしているんだと言わんばかりの視線に、流子は不敵な笑みで返した。 「飛ぶのにもエネルギーが要るんだよ。無駄な力を使いたくはないからな」 ふてぶてしさすら感じさせるその態度。 乗せていけという意思を言外に感じ取ったのか、少女は黙ってアクセルを踏んだ。 かくして数分後、公園程度の広さがある場所に出てきたところで、車は停止した。 ドアを開けるのももどかしいのか、流子は勢いよく飛び降りる。 「んじゃ、始めようぜ」 流子は紅の長槍を取り出して構えると、少女に向けてそう言い放った。 すると、少女がそれまでより剣呑な雰囲気を纏った。 低い声で問う姿は、どこか緊張しているようにも見える。 「……その槍は」 「あ?これか?さっき殺した奴から奪ったんだよ」 手元の槍に目をやると、想起されるのは本能字学園での戦闘。 姉妹の喧嘩に横槍を入れた挙句、敗北して死んだ金髪の女が脳裏に浮かぶ。 敗者のくせに清々しい笑顔を見せた女は、未だに流子の苛立ちのもとになっている。 そのせいで、流子は余計なことを言ってしまった。 「なんだ、知り合いだったか?――大して強くもなかったぜ」 その瞬間、少女から緊張感が消えた。 しばし無言でいた後、やおら“剣を構える姿勢を取って”明確な殺気を流子に向ける。 だが、その手には何も握られていない。 「おい、そりゃ何の真似だ?大道芸なんて望んでないぜ?」 呆れを込めて、流子は空いた手をひらひらさせながら問いかけた。 叩きつけてくる殺気こそあれ、少女の姿勢はまるでパントマイムのようだった。 しかし、問われた少女は至極真面目な顔をして、こう答えた。 「……これは不可視の剣。侮るならそれでもいいだろう。すぐに貴様の首が飛ぶだけだ」 これには流子も、へえ、と感嘆の声を漏らした。 不可視の剣があるのならば面白い。首を飛ばすと豪語する少女の態度も納得だ。 言われて少女の手元をまじまじと見れば、なるほど剣の周りの部分だけ、大気が妙に揺れているように見える。 不可視の理屈はわからないが、流子は一向に気にしなかった。 退屈な戦闘にはならないだろう、という予感が、ひたすら流子の気合を高めていた。 「ま、私は暴れるだけだから――なっ!」 流子は気迫と共に、凄まじい速さで跳躍して少女に迫り、そして戦端は開かれた。 ■ 「おらあっ!」 先制は流子。 速攻をかけるつもりなのか、近づいて腕力任せに長槍を薙ぎ払う。 僅かに届かない範囲まで身を引くと、すぐさま攻撃に転じるセイバー。 振り下ろされた不可視の一撃を、流子は槍の持ち手の部分で受け止める。 凄まじい圧力に、流子の足元の道路が砕けて破片が飛び散った。 片手ではとても受けきれないと判断したか、流子は力任せに剣を押し返す。 それを予期していたかのように、セイバーはすぐさま横薙ぎの一閃に移行する。 その転換の速さに、流子は槍を戻す暇さえない。 ぎりぎり避けきれずに、胸に赤い線が走った。 間髪を容れず繰り出された切上げによる追撃を、流子は大きく飛び退くことで回避した。 立場が変わり、追い討ちにとセイバーが駆け出してくる。 飛び退いた流子は槍を両手で構え、串刺しにせんと大きく踏み込む。 流子や傍観者からすれば、胸を穿つように見えたそれを、セイバーは不可視の剣で打ち槍先をずらした。 その際、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が魔力を打消し、『風王結界(インビジブル・エア)』によって隠された聖剣を晒す。 二人の間に風が巻き起こった。 「なんだぁ!?」 予想していなかった現象に、流子は驚愕した声を上げたが、セイバーは意に介さない。 セイバーはその紅い槍の持つ特性を、身を以て知っているからだ。 下がった剣先を、流子の首筋めがけて払う。 流子は首を後ろに逸らしてかろうじて避けると、右手一本で槍を薙いだ。 不安定な体勢から放たれた一撃は、それでも多少の風圧を起こすものだったが、セイバーを捉えることは叶わなかった。 バックステップで距離を取る流子。 姿勢を直した流子が首元をなぞると、その指先には血が付いていた。 セイバーの剣は不可視であるがゆえに、初見では間合いを測ることが難しい。 避けたと思っていたのに傷を負ってしまうこともあるだろう。 「くそっ……」 流子は苦々しげに歯噛みすると、再びセイバーに突貫する。 横薙ぎの一撃は、先程よりも速度を増していた。 しかし、剣を用いて受け止めるまでもないとばかりに、セイバーは寸前で身を引いて躱して見せた。 もちろん流子も、同じ轍を踏むほど愚かではなかった。 同じ流れで剣を斬り下ろそうとして、それまで真顔だったセイバーは、眉をひそめた。 右手の槍を薙いだ流子は、左手に何かを持っていた。 それは黒カード。ランダム支給品の入ったカードである。 セイバーの剣が流子を捉えるよりも速く、流子はその支給品を取り出す。 そしてしっかりと手に掴むと、腰を捻って手を突き出した。 流子はにやりと笑みを浮かべた。 まるでセイバーの喉元を的確に貫くことを、確信したかのようなそれ。 だが、異常なまでの反応速度で、セイバーは身をよじって急所に当たることを避けた。 実際に刺突が決まったのは、鎧で覆われていない右肩であった。 流子は目を見開いて、セイバーからある程度の距離を取った。 「……ちっ」 二本の槍を構えて、流子は舌打ちをした。 紅の長槍に意識を集中させ、寸前で短槍を出して急所を狙うという作戦。 流子の策は、セイバーの反射神経の良さのせいであっけなく失敗した。 喉元に当たると確信した槍が当たらなかったという不可思議が、流子を苛立たせている。 疲労こそないものの、胸中の焦りは推して知ることができる。 対するセイバーは、傷つきこそすれ、汗一つかいていない余裕の構えだ。 汗だけで優劣は決まるものではないが、流子の頬には一筋の汗が見えることから、そこに差を見出すのはごく自然な流れだろう。 そう、セイバーと流子の勝負は拮抗状態ではなく、セイバーが有利であった。 原因と呼べるものは多数ある。 流子が慣れない槍を使っていることや、暴れ回るという単純な思考でいたこと。 セイバーに類稀なる槍術の使い手との戦闘経験があること。 そもそも、命がけの戦闘の経験回数からして、騎士王と不良女子高生では差が大きすぎた。 当人同士も彼我の差は感じていることだろう。 それでも流子は、闘志が萎えるどころか、むしろ殺気を増している。 セイバーも全身に気を漲らせており、二人の間の空気は張りつめていた。 再度ぶつかるかと思われた瞬間、ピンと張った空気が、ふと途切れた。 第一回放送が始まったからだ。 ■ 放送が終わりを告げた。 セイバーは右肩を押さえながら、視線は目の前の少女に向けていた。 どうやら少女も放送は気になっていたようで、その間は仕掛けてこなかった。 さて、問題はその放送内容である。 禁止エリアは言うまでもなく注意事項だが、それ以上に、セイバーが破壊した橋を直されるというのは誤算だった。 橋を破壊して参加者の行き来をできなくするという目論見は、水泡に帰した。 この先は方針を変える必要があるかもしれない――セイバーはそのことを頭に留め置いた。 次に、脱落者についてだ。 第一回放送までには、セイバーの知る人物は誰一人として脱落していないことが判明した。 第四次聖杯戦争でのマスターである衛宮切嗣や、アイリが警戒していた神父の言峰綺礼、そしてセイバーへの執着を見せたキャスターはもちろん。 誇り高き騎士としてセイバーと何度も決闘をした、ランサーも死んではいなかった。 そして、少女との数分間の戦闘で確信したことがある。 「……なるほど」 少女の持つランサーことディルムッド・オディナの宝具である二本の槍は、ランサーを殺して奪ったものではない。 ランサーは脱落していないのだし、何よりランサーが少女に引けを取るとは思えない。 槍の筋は、セイバーが剣で防御するまでもなく避けることができた。 膂力だけはランサーに匹敵するかもしれないが、逆に言えばそれだけだ。 有り体に言えば、少女ではランサーに及ばないのだ。 恐らく、他の参加者に支給されたランサーの槍を、少女が殺して奪ったのだろう。 それならば、少女の予想外の弱さにも納得がいく。 “大して強くなかった”という発言に目くじらを立てたセイバーであったが、その必要はなかったらしい。 その人物は、かのランサーではないのだから。 そして、セイバーは、少女を殺すのは困難ではないと判断した。 誤算だったのは、ランサーの持つ黄の短槍である『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の一撃を食らったことだ。 常時発動型の宝具は、使い手が誰であれその特性を発動する。 治癒不可能の傷を与える槍で、右肩に傷を受けたために、右腕を肩より高く上げにくくなってしまった。 つまり、剣を振る動作に支障がでることになる。 となれば、セイバーが取るべき手段は決まっていた。 少女を殺して短槍を奪い取り、迅速に破壊して、右肩の傷を治癒可能なものとする。 そうすれば、後は自然治癒で対処可能だ。 相手が短絡的な攻めしかしてこないようなら、倒すのも容易いことだろう。 唯一負った手傷も、不意打ちによって食らっただけのこと――二度はない。 「どうした、続けないのか」 「――うるせえっ!」 軽く挑発すると、少女はいささかの怒気をはらんだ声で言い放った。 例によって素早く駆け出して迫りくると、左手の短槍を――投げつけた。 投擲は立派な攻撃手段である。 それが並外れた腕力で投げられるとしたら、人の殺害も容易いだろう。 (剣で受けては隙が出る、ここは――避ける!) セイバーは飛来してくる短槍を、剣で防御するのではなく身体をずらして避けた。 目を見開く少女を見て、セイバーは勝利を直感した。 少女は短槍を避けられることを予想していなかったに違いない。 両脚に力を込めて、止まろうとしているのがその証拠。 勢いを必死に殺そうとしているが、もはやセイバーの剣を避けきることは叶わない。 車は急に止まれない。勢いをつけ過ぎたものは急停止できないのだ。 刹那の後に振り下ろすイメージを浮かべながら、セイバーは今一度、聖剣を握り締めた。 ■ (うん、いい勝負だ。俺も混ざりたいな) 神威は物陰から、流子と少女の命を掛けた戦闘を観戦していた。 飛び出した流子を探して数十分、放送が始まる直前に二人を発見していたが、とても軽々しく声をかけられる雰囲気ではなかった。 流子の実力は手合せをして既に知るところであるし、見たところ相手の少女もかなり強い。 間に割って入ろうものならば、一刀のもとに切り伏せられそうな緊張感。 神威は不本意ながらも、観客としての立場を取った。 (それにしても、見えない刀なんてあるんだなぁ) 神威は少女の構えを見て、手練れの剣士のそれであると悟っていた。 幼いながらも落ち着いた様子と、全く隙のない構え。 そして、理屈は不明だが刀身の見えない武器。 侍とはまた異質でありながら、圧倒的な強者の風格を携えている少女に、神威は俄然興味が湧いた。 (やっぱり宇宙は広いなぁ。彼女も俺を楽しませてくれるかな) 自然と、夜兎の本能が疼き出す。 異常なまでの戦闘欲求は、本能字学園からこっち、輪をかけて高まりつつある。 二人の侍に吸血鬼DIO、そして『勇者』と名乗った子。 どれも神威と真っ向から戦うことのできる、強固な意志を持った存在だった。 最初に期待した通り、この島には強者が溢れている。 「ああ、わくわくする」 わくわくする。神威は包み隠さない本心からそう言った。 夜王鳳仙を倒した侍に対する感情と、それは殆ど同質の感情であった。 戦闘の末に強くなることを目的に置いている神威にとって、強者は己を研鑚するための獲物だ。 纏流子はもちろん、少女剣士とも戦いたい。 胸の奥をじりじりと焦がす熱を感じながら、神威は戦闘を見続けた。 「あらら」 神威の予想に反して、二人の決着は、あっけなく訪れた。 交差した直後に、流子は袈裟切りにされ、盛大に鮮血を噴き出した。 膝をつき、そのまま上半身から倒れ込む。 常人なら致命傷か、それ以前にショック死しそうな量の出欠だが、倒れた流子は僅かに息があるのが見えた。 (へえ、あれで生きてるんだ) 少女剣士も流子の生存に気付いたらしく、ゆっくりと近づいていく。 殺す気だ――神威はそれを察知するが早いか、跳び出して少女の背中へと突きを見舞った。 人を容易く殺す拳が当たる直前に、少女は振り向いて横飛びに避ける。 「……何者だ」 「俺は神威。この子と一時的に行動してるんだ」 突然の乱入に、しかし少女剣士は僅かに眉をひそめた程度で、さほど動揺した様子はなかった。 剣を油断なく構えたままで、真意をはかるような視線を向けてくる。 少女剣士の気迫にも、神威はまったく臆さない。 「今の彼女は本当の彼女じゃない」 意味深な言葉に、少女剣士は眉根を寄せた。 神威は、流子と勝負をしたときに感じたことを思い出す。 凶暴な纏流子の本質は、しかし未だに殻に覆われたままなのだ。 「俺は本当の、本気の彼女と戦いたいと思ってる。だから殺すのは見逃してくれないか?」 「……できない相談だ」 少女剣士は当然のように、神威の提案を却下する。 提案を飲む必要などどこにもないのだから、当然といえば当然だ。 しかし、神威にとって今の流子は、きっかけにすぎない存在であった。 「じゃあ俺と戦ってよ」 「な――!?」 神威は次の瞬間、少女剣士に突撃していた。 御託を並べて、苦手な交渉もしてみたが、やはり本能は止められない。 結局のところ跳び出した理由は、少女剣士と戦いたかったから、というだけなのかもしれない。 持ち前の俊敏さを活かして懐に入り込み、掌底を鎧に打つ。 急襲は予想できなかったと見える少女剣士は、たたらを踏んだ。 すかさず顔面への突きを見舞おうとするが、これは飛び退いて避けられた。 「いい反応だ」 満足げに言う神威を前に、少女剣士は後ろをちらと見た。 神威もつられて少女剣士の背後を見ると、そこには自動車。 少女剣士の考えていることを察して、神威は少し興が冷めた。 「おいおい、まさか逃げようとしてるんじゃ――」 「…………ねぇ」 「ん?」 言い終わる前に背後から聞こえた声に、神威は振り返った。 そこには紅い槍を支えにして、身体を震わせながらも立とうとする流子がいた。 声もまた震えていたが、こちらは緊張や寒さによるものではない。 怒り。とてつもない激情が、そこにはあった。 「……ざっけんじゃねぇ」 「おいおい、その傷で――?」 呆れて流子を止めようとした神威は、しかし途中で言葉を切った。 わずか数分前に、深く袈裟がけに斬られた箇所からの出血がないのだ。 簡単に塞がるはずのない傷だったが、出血がない以上塞がっていることは明白だ。 「ふざけんじゃねえええぇぇぇ!!!」 神威は思う。これは予想外だと。 戦闘民族として名高い夜兎は、耐久力も人間とはかけ離れて高い。 しかし、どうやら流子のそれは全く異なる次元にある。 なにせ傷が短時間で完全に塞がっているのだ、身体の作りが人間とは根本的に異なる。 いや、もはや人間ではない。 纏流子は、夜兎族にも匹敵する強さと、異常なまでの治癒力を兼ね備えた存在ということになる。 夜兎族の“宇宙最強”はやはり過大評価かもしれないと思いながら、神威は呟いた。 「どうやら思ったよりずっと、化け物みたいだ」 *時系列順で読む Back:[[わるいひとなどひとりもいないすばらしきこのせかいで]] Next:[[La vie est drôle(後編)]] *投下順で読む 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